ガールズ&パンツァー Interview Log ~戦車道少女たちの記録~   作:Colonel.大佐

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File08 黒森峰女学園 赤星小梅

黒森峰女学園 赤星小梅

 

〔戦車道強豪校の黒森峰女学園、長らく強豪の座の頂点にいたこの学校であるが、その実情……こと62回全国大会前後に関しては謎とされてきた部分も数多い。九連覇という偉業を成し遂げた強豪に纏わる光景を三年間、一軍の主力選手として見て来たのが彼女、赤星小梅選手その人だ。62回大会では氾濫した川へ水没するというアクシデントを経験し、九死に一生を得た彼女であるが、その後も戦車道を続けており、黒森峰激動の時代をその目で見届けてきた。我々が抱いていた黒森峰女学園戦車道に関するイメージに反して、彼女は当時のありふれた日常と、そして自らの選手人生を変えたあの出来事について口を開いた〕

 

 黒森峰は世間一般のイメージだと「堅苦しく規律に厳しく統制が取れた戦車道マシーンの集団」そのままと思われている事が殆どです。無理も無い話だと思います、西住流の門下生が殆どなので、その方針……有名な「撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし」をそのまま体現するような試合スタイルですし、何よりも私達の乗る戦車や強さから、どうしても悪役のような印象を持たれてしまう事も多いので。

 実際に規律に関してはかなり厳しい部分もありました、規則正しい生活に厳しいチェック、練習は厳しく、機甲科(※1)に至ってはちょっとした訓練キャンプみたいな状態でしたから。

 でも、それはあくまで表向きというか、表面でしか見られない光景であって、実際の現場は他の学校とそれほど大差はなかったと思います。私達は同世代の皆と同じ様に、ごく当たり前の女の子として、普通の生活を送っていて、戦車道をしていました。

 確かに厳しい部分は多かったです。戦車道に関しては最強無敵を誇示し、勝利をする事が当たり前とされている学校だけあって、毎日が規律の維持と猛練習の連続でしたね。

 学生寮も寮長の監視が光っていて、とにかく休日であっても規則正しく規律は正しく。でも、厳しい分、仲間との結束は強いものになっていました、同じ戦車に乗り、同じ仲間で三年間試合をする、そういった過程で培われる独特な絆は他の学校とは何ら変わらない事だったと思います。

 練習は辛い事も多かったですけど、練習帰りに寄り道をしたり、皆と雑談で盛り上がったり、試験の結果に一喜一憂したり……

 私は学園に入った当初は、戦車道に興味がありませんでした。でも、中等部で戦車を目にしてからやっぱり興味が沸いてきて、高等部でようやく戦車道を選択しました。

 黒森峰の戦車道は最初に訓練戦車を使って戦車の基礎を勉強する事から始まります、この辺は大体の学校と同じですけど、黒森峰は二号戦車か三号戦車を使いますね。機甲科のように昔から戦車に触れている人はその過程を飛ばしますけど、私みたいに高等部に入ってから選択科目で受講した人はまず基礎訓練を全て終える事が当面の目標ですね。基礎訓練終了後からクラス選択に移ります。

 

 ――クラス選択とは何ですか?

 

 具体的に言うと何の戦車を使うか、という選択です。

 編成に決まりがあって、基本的に選択するクラスによって使用する戦車も変わってきます。軽戦車、中戦車、重戦車、自走砲とクラス分けがされていて、それを選択後に始めて本格的な訓練がスタートします。シャーマン一種に絞っているサンダース大付属とは違って扱う車両に幅があるので。

 私は中戦車クラスの選択だったので、初めは三号戦車でした。一年生は自分の搭乗する戦車を選ぶことは出来ないですけど、本人の能力や学年が上がれば選択できるようになります。

 人気があるのは重戦車クラスで、一番人気が無いのが軽戦車クラスですね。あの全国大会の後でちょっと人気が出てきましたけど、それ以前は不人気の代表格でした。火力が低いとか、装甲が薄いとか、使い勝手が悪いとかで。

 でも、みほさんは軽戦車クラスを気に入ってましたね。みほさんの好きな戦車が二号戦車という理由もありますけど、軽戦車の使い方に関しては自分なりの理論があったみたいで。私も最初は懐疑的だったんですけど、決勝戦を見る限り、火力と装甲を中心としない奇策中心の戦術ではかなり有用でしたね。

 重戦車クラスは……人気はありますけど、狭き門でした。特にティーガーは黒森峰の選手から見れば花形中の花形で、志望者が多い上に定員数と車両数が少ないので、かなり人気がありましたね。特に歴代の隊長車として引き継がれているティーガーに乗るという事はこの上ない名誉でした。その代わり、整備泣かせのクラスだったので足回りの修理に関しては誰もが悩んでいました。

 私の代ではナオさんの「履帯破壊魔事件」が有名でしたね。

 

 ――履帯破壊魔事件とは?

 

 決勝戦で大洗のヘッツァーが行った攻撃の事です。決勝戦で本隊の到着を遅延するためにヘッツァーが単独行動で待ち伏せや奇襲攻撃をかけていたんですけど、ナオさんが乗っていたヤークトパンサーの履帯が立て続けに破壊されたんです。合計2回も。

 足回りを攻撃されると移動できなくなるのは常識ですけど、それを意図的に狙われた上に、必死に修理を施して履帯を直して、それから戦列へ復帰しようとしていた所を狙われて……2回も履帯を破壊されたのがよっぽど堪えたみたいで、ナオさんが試合後に大洗チームへ行って直々にヘッツァーのクルーに文句を言いに行ったという話もあったくらいで(笑)

 でも、あの一件以来足回りに関する修理が問題化したお陰で重戦車運用に対する見方も大分変わったのも事実です。特にマウスやエレファント、ヤークトティーガーが撃破されたのは黒森峰にとってはかなり衝撃的でした。エレファントやヤークトティーガーはもちろん、マウスと言った日本の戦車道で唯一といっていい超重戦車を試合に投入したのにも関わらず、砲弾を弾き返すはずの巨体が翻弄され、考え付かないような策で撃破されていったのは、後に物議を醸しました。ヤークトティーガーに至っては殆ど自滅と言ってもいい物でしたし。

 軽戦車・中戦車も運用や指揮次第で強力な戦力になりえること、それに、私達が強い戦車に乗っていても勝てるとは限らない、それが決勝戦で得た教訓です。だからこそ黒森峰は変わるべきだと、副隊長は言っていましたけど……やはりOGや後援会、上層部からの圧力もあったみたいで、私の代では特に大きな変化はありませんでしたね。

 

 ――その後はどうでしたか?

 

 一応は「不測の事態に対応できる別働部門を設置する」という結論で落ち着いたみたいです。私が卒業してから各クラスを統合して作られた独立クラスも出来ましたし。

 でも隊長が卒業する前後は黒森峰もかなり揺れ動いていましたね。長年の伝統と西住流という流派の重み、さらに卒業していったOGや後援会、学園艦の運営委員会、さらには生徒会長や西住師範から直々の圧力がかかったくらいです。隊長が卒業してから、私は新任のエリカさん……隊長の副官として黒森峰の戦車道をまた一から見直すという作業に入りました。それこそ長らく積み上げてきた伝統を無にしかねないような方法で。でも、それは勝利を目指すための至極まっとうな結論でした。昔から変わらないままの戦い方では、大洗の戦い方を見た強豪にいずれ同じ様に潰される時が来る、という感じで。

 ただ、その年の全国大会の惜敗で私たちは三度、敗北の批判を受ける事になりました。でも、師範は何も言わず、卒業していった西住隊長は黙々と私達を擁護してくれたんです。

 結果的に、私達の試みを元にして新たにチーム内に完全別動部隊「Zbv」が作られる事になりましたし、マニュアル一辺倒とは正反対の柔軟な部隊運用も導入されて、私達の試みは決して無駄にはならなかった、それだけでも良かったと思います。実際に黒森峰は後年、優勝校へ返り咲いていますし。

 それに準優勝どまりでも、充実した試合を出来たのであれば負けた所で悔いる事はありません。その点では、私の初試合は最悪な事だらけでしたけど……

 

 ――62回大会の決勝ですが、当日はどんな状況でしたか?

 

 〔言葉に詰まる〕

 

 ――もし気乗りしないようなら……

 

 いえ、大丈夫です。

 あの日の事は鮮明に覚えています。当時は十連覇の快挙に向けて、チーム内の士気は高まっていて、若干熱に浮かされているような部分もあったような気がします。

 試合当日になって、天候は大幅に荒れてきました。大雨が振っているの試合は続行になり、私達は不安になりながらも、特に気にせずに試合を続けました。私は1年生で、まだ満足に中戦車や重戦車に乗れず、三号戦車……それも偵察や警戒という雑務を任されていて、試合当日はフラッグ車の前方を警戒するという役割を持っていました。

 それで……あの悲劇が起こったんです。

 砲撃のショックが来た瞬間、私は砲弾が外れて、これで撃破は免れたと胸をなでおろそうとしました。それと同時に操縦席から悲鳴が聞こえてきました、砲撃の衝撃で車体が僅かに移動したその瞬間……車体は崖の傾斜を滑っていきました。

 その先に何があるかを知っていた私達は戦慄しました。本当なら、あの時点で車体を捨てて脱出するべきだったかもしれません。でも恐怖に怯える私達が反応できる時間はほんの僅か、一瞬しかありませんでした。崖を滑っていく感触がなくなると同時に、私達の三号戦車は氾濫する深い川へと沈んでいきました。

 私達の戦車が着水した瞬間、今まで傾いていただけの車内が急にぐらついたかと思うと、車内の至る所から水が噴き出しました。無線からは怒号と悲鳴が飛び交い、ずぶ濡れになりながら私は今ここで死ぬんだと覚悟しました。

 ……今でも思い出す事があるんです。その瞬間の事を。

 戦車が川底へ沈んでいって、ただでさえ思いハッチは水圧のお陰で重たくなっていました。脱出の望みはなく、閉じ込められた車内でただ黙って“その時”が来るのを待っていた私の前で……ハッチが開いたんです、それから飛び込むように入り込んできた誰かの姿も一瞬だけ見えて、でも、あっという間に車内は濁流に飲み込まれて……

 気が付いたら私は病院に居ました。試合が終わってから何時間もたっていて、付き添いに着ていた仲間から何が起こったかを全部聞かされました。まず三号戦車から全員が脱出に成功した事、それからプラウダ高校が優勝した事、みほさんが助けるためにフラッグ車を見捨ててまで来てくれた事……

 みほさんが危険を顧みずに助けにきてくれた事に泣いて、自分の不甲斐なさに泣いて、試合に負けた事に泣いて。それからみほさんが黒森峰を去った時には、目の前が真っ暗になりかけました。

 それに私はずっとこう思っていたんです、私のせいでみほさんが戦車道を辞めてしまったんじゃないかって。

 でも、次の大会で転校先でも戦車道を続けていて、立ち直ったみほさんの姿で、救われた気分になりました。もしもみほさんが戦車道を本当に辞めていたら……戦車道選手としての道は、あの夏で終わっていたかもしれません。

 

(※1……黒森峰女学園機甲科。国内の学園艦としては珍しく戦車道を専門とする機甲科を有し、戦車道から国防までを中心とする人材育成を行っている。)

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