美少女しかいない部活で、部員全員から「私だけは味方だからね」と耳打ちされたんだが 作:古野ジョン
高校二年生の四月、親の転勤で仙台に引っ越すことになった。前に住んでいたのは中学一年の頃で、それ以来の杜の都ということになる。ちなみに、三月までは盛岡に住んでいた。
転校先は生徒の多い私立高校で、部活動が盛んに行われているようだった。俺は別に帰宅部でよかったのだけど……担任教師(顧問でもある)から勧められたので、放送部に入ることにした。好きに機材をいじっていいから、という言葉にも後押しされた。
ところで、放送部というのは女子部員が多い傾向にある。この
男女比の偏ったハーレム、あるいは肩身の狭い孤立状態。両極端なシチュエーションを想像したくなるところだが、実際の俺がどんな状況に置かれているかというと――
***
放送部の活動場所である「スタジオ」は校舎の一階にある。前室、コントロールルーム、そしてブースを備えているのだけど……実際に名前の通りに使われているわけではなく、俺たちは主にブースの中で過ごしている。
ブース内には何台かのデスクトップパソコンと棚が壁に沿って設置されている。さらに中央には机があり、それを取り囲むように何個かのイスが置かれていた。
今日の俺は机の隅っこを陣取り、黙々と作業をしている。うまくいかずに苦戦していると、横からのぞき込んでくる者がいた。
「
コイツの名は
「ボイスレコーダーの修理。電源が入らなくなったから」
「ふ~ん……」
自分から聞いてきたくせに、随分とつまらなそうな返事だな……。まあ、俺の方が先輩といっても部に入った時期は同じだし。舐められていても不思議ではないけどさ。
「ひまりちゃん、邪魔しちゃダメよ。真面目に作業してるんだから」
「ちょっと話しかけただけですっ!」
「いいから、早くこっち来て。練習の続き」
「は~い……」
穏やかな笑顔で手招きしているのは
「ほらっ、膝に座って」
「子ども扱いしないでって言ってるじゃないですかー!」
「原稿が一枚しかないんだもの。一緒に見ましょ?」
「ちょっ……優花センパイったら~!」
机を挟んで向かいに座る志津川先輩は、愛宕の腰を優しく掴んで自分の膝の上に座らせていた。背の高い先輩だから為せる技だな。
「優花センパイ、原稿見えてます?」
「うなじが見えてるわ~」
「やだっ、そんなとこ見ないでくださいっ!」
「やっぱりひまりちゃんって可愛い~」
「も~、撫でるのやめてくださいってば! 恥ずかしいですっ!」
「いいじゃない、誰も見てないでしょ~?」
……俺が見ているんだけどな。もっとも、こんなのは日常茶飯事だ。この放送部において、遊佐
「はい、あえいうえおあお」
「あ、あえいうえお……」
ふと気づくと、愛宕と志津川先輩が発声練習を再開していた。この二人はコンテストの朗読部門への出場を目指しており、日頃からよくこうして練習している。志津川先輩は流石に慣れているけど、愛宕はまだまだ覚束ないといった雰囲気だ。
「……」
二人羽織、もとい二人ブレザーから手元のボイスレコーダーに視線を戻して作業を続ける。たぶん電池ホルダーの端子が接触不良を起こしているんだと思うんだけど。ここにある工具だけだとなかなか難しいな……。
「遊佐くん、直った?」
ドアを開けてコントロールルームから入ってきたのは
瀬峰は女子の平均くらいの身長をしていて、すらっとしたスタイルが印象に残る。ポニーテールもよく似合っていて、いわば正統派の美少女だ。
「いや、まだ。これはちょっと時間がかかる」
「今日中に使いたいんだけど……難しい?」
「うん。家に持ち帰って直す」
「じゃあ、それでよろしく」
件の修理はコイツに依頼されたものだ。瀬峰はアナウンス部門に出場するべく練習に励んでいて、自分の声を録音するために部のボイスレコーダーを使っているのだ。
「……ちょっと二人とも、何してるんですか?」
「何って……練習です!」
「練習用の原稿、一枚しかないでしょ? いいじゃない、大目に見てよ~」
愛宕と志津川先輩の言葉に、瀬峰が眉をひそめる。普段から真面目なコイツは、練習しながらイチャイチャしている二人のことが気になったらしい。
「コンテストなんてすぐ来ちゃうんですから。あんまりひまりさんを甘やかさないでください」
「え~? 入ったばかりの子はいっぱい構ってあげないと~」
「そうですよー!」
……俺もいちおう
「駄目ですよ。うちの部活はさんに……四人しかいないんですから」
いま
「とにかく、ひまりさんにも早くひとり立ちしてもらわないと」
「分かってるよ~。ねっ、頑張ろうね」
「はいっ、優花センパイ!」
学年の異なる三人の部員が、皆で同じ目標を見据えている。なんて素晴らしい光景だろう。……俺だけ蚊帳の外に置かれているのは、ともかくとして。
三人が一致団結しているのを横目に、俺はボイスレコーダーと悪戦苦闘を続けたのだった……。
***
一時間くらい経った頃、俺は帰宅することにした。リュックサックに荷物をまとめて、椅子から立ち上がる。
「じゃあ、俺はそろそろ帰ります」
「はい、読んで」
「拙者親方と申すは……」
愛宕と志津川先輩の二人は隣同士に座って練習を続けている。「外郎売」を読んでいるみたいで、俺の挨拶を気にも留めてくれない。まあ……別にいいけどさ。
「あっ、
「はい?」
ドアを開けてブースから出ようとしたら、志津川先輩に声を掛けられた。先輩は右手に空のペットボトルを持っている。
「これ、ついでに捨ててきてくれないかな?」
「ええ、まあ……いいですけど」
「ありがとね」
先輩はにっこりと笑ってペットボトルを手渡してきた。……あれ、おかしいな。一緒にメモ用紙か何かが握られていて――
「あとで読んでね」
「へっ?」
不意に顔を寄せられて、耳打ちされた。俺が戸惑う間もなく、先輩はすぐさま愛宕のもとへ戻る。
「ほらっ、ひまりちゃん! 止まってるよ!」
「ええっと……お江戸を立って二十里上方……」
まあ、ここを出たら読むとするか。俺はこっそりメモ用紙を学生服のポケットにしまい、ドアを開けてコントロールルームへと出る。そこでは、パイプ椅子に座った瀬峰が原稿を片手にぶつぶつと小声を出していた。
「……」
ここを通らないとスタジオの外に出られないから、仕方ないんだけど……邪魔をしたら怒られそうだ。俺はそ~っと出口の方へと歩いていき、そのまま部屋を出ようとしたのだけど……ドアを開けたところで後ろから肩を叩かれた。
「……ちょっと」
「ん?」
「挨拶くらい、してくれてもいいじゃない……」
振り向いてみると、そこには寂しそうに俯く瀬峰の姿があった。前髪を指にくるくる巻き付け、視線をこちらに向けてくれない。さっき愛宕たちと一緒にいたときとはまるで違い、なんともいじらしい雰囲気。
「いや、邪魔しちゃ悪いかと思って」
「別にいいのに。その……ごめんね、普段は素っ気なくしちゃって」
「えっ?」
「他の二人は分からないけど、私だけは遊佐くんの味方だから。これから一緒に頑張ろうねっ」
「ああ、うん」
「修理のこともありがとね。じゃあね、また明日」
「うん、また明日……」
瀬峰は小さく手を振って、微笑んで見送ってくれた。どういうわけか、コイツは二人でいるときはやたら優しい。普段からこうしてくれればいいのに、なんて思いつつ、俺は前室を通り抜けて廊下に出ていく。
「ん」
スマホが震えたのを感じて、ポケットから取り出す。画面に表示されているのは「愛宕ひまり」の文字。何かメッセージが来たらしい。俺はスマホのロックを解除して、アプリを開く。
『遊佐センパイ、今日もお疲れ様でした!』
……変なところで律儀だな。わざわざ携帯でメッセージを送るくらいなら直接言ってくれればいいのに。ってあれ、まだ続きがある。
『他のセンパイたちは分かんないですけど、あたしだけは遊佐センパイのことも大事に思ってるんで! 味方だと思ってくださいね!』
そう思うならもっと態度に出してほしいんだけどな……。志津川先輩や瀬峰が俺のことを空気扱いしているから、後輩の愛宕はそれに従うしかないんだろうか?
「あっ」
そうだ、志津川先輩から預かっていたメモ用紙があったんだ。あとで読んでね、とは言っていたものの。愛宕や瀬峰の前では言えないようなことなのか? 首をかしげつつ、学生服のポケットから紙を取り出す。
『ごめんね、いつもあまり構ってあげられなくて。本当は雅くんもおひざの上に乗せてあげたいくらいなんだけど』
さすがに俺が志津川先輩の上に座っていたら事案じゃないか……?
『咲季ちゃんやひまりちゃんがどう思っているかは分からないけど。私だけはいつでも雅くんを甘やかしてあげる味方だからね』
……この人も同じだ。他の二人はともかく、私だけは味方だよと優しく微笑んでくれている。
愛宕、瀬峰、そして志津川先輩。三人とも普段は関わってくれないのに、裏では「私だけが味方」だと言ってくれている。要するに、この放送部の人間関係は……
「じゃあ全員味方じゃねえか……」
全員が建前と本音を使い分ける、複雑怪奇な代物なのであった――