※ED後です。ネタバレ注意。
※なんでも許せる人向け。
※キャラ崩壊を助長させる題材を扱っています。本来の言動と著しい乖離が見られます。許してヒヤシンス。

信じてもらえないかもしれませんが推しはエマちゃんです。

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良心を失った桜羽エマによる無差別口撃事件の全容

その事件が起こったのは、牢屋敷の悪夢が解決してから一年後のことだった。

その日は久しぶりに12人の少女たちが牢屋敷で一堂に会していた。

もちろん私、二階堂ヒロもその中の一人だ。

 

進む道はそれぞれ別となったが、この牢屋敷で同じ時を共有した少女たちの絆はその程度では薄れることはない。隙あらば会おう会おうと画策していたこともあって、一年周期で同窓会めいたものを開くことになった。今回はその初回だ。

長期休みに合わせた数日がかりのお泊まり会のようなものだ。小旅行とも言える。

 

牢屋敷での日々は地獄のような時間だったが、同時にそこで育まれた絆はかけがえのないものだ。皆懐かしそうに笑い合い、この機会をそれぞれに楽しんでいる。どうせならと、ハンナがサイズを仕立て直した衣装に着替えたりもして。今となってはこの衣装も、まぁそう悪くはないと思える。

私もマーゴと運営についての相談をしたり、ノアの作品を見せてもらったり、レイアの面倒くさい絡みに付き合ってやったりと、それなりに充実した日々を過ごしていた。

 

そんなある日のことだ。

その事件は医務室で起こった。

 

「……なんだ?」

 

中庭にでも行こうかと廊下を通りがかった私は、何やら騒がしいことに気づく。あろうことかそれは医務室から聞こえてきた。

病人が運び込まれるかもしれない医務室で騒ぎ立てるのは正しくない。そう思った私は、騒ぎを収めるべく医務室の扉を開いた。

 

「シェリー、ハンナ? それに……エマ?」

 

騒ぎの中心にいたのはいつもの、というべきか。少女たちの中でも特に仲の良いお騒がせトリオだった。

私の大切な幼馴染、桜羽エマ。そして橘シェリー、遠野ハンナ。

牢屋敷を出た後も仲良くやっている三人は、この同窓会においても同様にしていた。

今はベッドに座ったエマを囲うようにして二人の少女が騒ぎ立てているようだ。

しかし、その様子がどうもおかしい。

 

「うわ゛あ゛あああああんっ!!」

「あぁっ、ハンナさんが泣いてしまいました!」

 

突如として泣き崩れるハンナ。それを見てシェリーは珍しく青ざめてオロオロとしている。

 

「おい、一体どうした!?」

 

ハンナが喚くのはいつもの光景だが、流石に突然起きれば看過はできない。私は事態を把握するべく三人に近づいた。

そして、気づく。

騒ぎの中心にいる少女、エマ。

いつも太陽のように笑う、可憐な少女。

そんな彼女の口が──三日月のように不気味な弧を描いていたことに。

 

それは、私が経験した最初の裁判の時に見たような。

いや、それよりももっと恐ろしい──

 

「あ、ヒロちゃん」

 

私の名を口にするエマ。しかし、そこにいつものような嬉しげな温度はない。

まるでただ識別をしているだけのような、そんな無感情な響きだけがあった。

 

「エ、エマ?」

「何」

「いや、何か……様子がおかしい、気がして」

 

動転しながらも私は言った。その辿々しい言葉を発する間にも私の背筋は恐怖で粟立ち、心臓はうるさく鼓動している。

 

「様子がおかしい?」

 

クスリとエマが笑う。しかしそれは微笑と言うにはあまりに邪悪な、嘲笑であった。

 

「君に何がわかるのかな。中学時代のボクの精神状態に気づかなかったクセに」

「ヴッ」

 

急に来た重い一撃に私は膝をついた。

 

「よく見ていると言うのなら、留学から戻って来た時に気づくべきだったんじゃないかな」

「カハッ」

「罪自体はおあいこになったとしても、見る目のなさは擁護することができないよね」

「ウグッ」

「本性を見抜いているとか言ってたけど笑わせるよね。幼馴染のクセに何も見ていなかったんだね」

「グハァッ」

 

私はその場に吐血して倒れ伏した。

 

「ああ、ヒロさんも撃沈してしました!」

 

頭上でシェリーが嘆く声が聞こえるが、今の私はそれどころではない。

 

エマが……あのエマが? そんなことを言うなんて。

いや、私も当然、そのことに関しては罪悪感を抱いている。ユキの手のひらの上でダンサブルしたのは明確な私の罪だ。だからこそこれ以上彼女を傷つけまいと何も言わずに牢屋敷から出て行こうとしたのだし。エマはおあいこにしてくれたが、私の方からそれに甘えるつもりはない。一生かけて償うつもりなのに変わりはない。

 

だが……エマ本人の口から告げられるなんて。

あの優しいエマに!!

 

「ヴッ、ヴゥゥ……!」

「這いつくばりながら嗚咽まで始めました……!」

 

精神的ショックが大きすぎて涙が溢れる。魔女因子が残っていたら多分一撃で魔女化していた。

 

「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」

 

隣ではハンナが同じように呻きを漏らしている。どうやら私と同じような状態だったようだ。

今、医務室の床では二人の少女が人目を憚ることなく蹲っている。異様な光景だった。

 

「ここは緊急避難しましょう!」

 

シェリーが両手で私とハンナのことを連れて医務室から退避する。何故かついでに口に薬ビンを一つ咥えながら。

それはいいのだが、ハンナをまるで姫のように抱えているのに対し、私のことはゴミ袋の如く引き摺っていくのはいかがなものだろうか。【怪力】の魔法はもうないのだし、体重の差と言われてしまえば、それまでなのだが……。

とにかくエマの口撃でノックアウトさせられてしまった私たちは抗う気力もなく、なすがままに運ばれていく。

 

私たちは医務室の入り口で降ろされた。

周囲には他の少女たちが騒ぎを聞きつけ、続々と集まっていた。

 

「んだよ、なんか騒がし──げっ、遠野、二階堂!?」

「わー、ヒロちゃんがなめくじみたいになってるー」

「何コレ。お嬢、夜泣き人形にジョブチェンジしたん?」

 

ゾロゾロと集まって来た少女たち。みんな、しくしくと涙し続ける私とハンナに驚愕している。

ノアに木の枝でツンツンされながら、私は気力を振り絞ってどうにか立ち上がった。

私があの忌々しき魔女裁判で学んだ一番の教訓。それはどんな状態であっても、状況把握はするべきだということだ。

 

「一体、何があったんだ。ハン……シェリー」

 

最初にハンナに問おうとして、すぐにそんな状態ではないことを思い出して矛先を変えた。シェリーはそんなハンナの背中を撫でながら、んー、と顎に指を当てて答える。

 

「えっと、順に説明しますね」

「頼む」

 

シェリーは事件の始まりを説明する。

 

「ユキさんが魔女因子を全て連れて逝ったことで、この牢屋敷から全ての魔法は消えました」

「……ああ」

 

親友の死。今私たちが生きているという事実そのものが彼女のもたらしてくれたものであることを思い出し、胸が疼く。

 

「でも魔法で生み出されたものが全て消えるワケではありません。例えば、ノアさんの作品の数々」

「ほえ?」

 

唐突に名前を挙げられたノアが可愛らしく小首を傾げる。

 

「【バルーン】として描いた数々の作品は、消えてしまったワケではありませんよね」

「うん、そうだねー。でもあれは液体を操作して描いただけで、全部が魔法ってワケじゃないよー?」

「ええ、その通りです。だったら、同じような理屈で残っているものがあるんじゃないかって思ったんですよ」

「……なるほど」

 

そこまで言われてピンと来た。ありがたいことに、この状態になっても脳の働きは衰えていないらしい。

 

「魔法は消えても、魔法が生み出した存在は残り続けている、ということか」

「はい! 私の推理の結果、そう辿り着いたんです」

「……そうね。それは確かにあるわ」

 

マーゴが同意のため息を漏らす。牢屋敷の現在の管理者である彼女には、思い当たる節があるのだろう。

 

「実際、そういうのはたまに見つかるわ。牢屋敷は歴史が長すぎて、全ての探索が済んでいるとは言い難いもの」

「花畑とかも、枯れてるワケじゃねーしな」

「そもそも魔法が全部なくなってんなら、牢屋敷とかも消えてそうじゃね?」

「……ゴクチョーも、まだ動いてるわね」

 

悩みの種なのだろう。マーゴは憂鬱そうに頷いた。他の少女たちも同意する。

 

「ですよね! 私もそう思って、医務室をハンナさんとエマさんと一緒に探してみたんです!」

「あったのか!?」

「はい! 私の探偵の直感で、隠し戸棚を見つけたんです。中には数点の薬が入っていました」

 

シェリーが医務室の中を指差す。退屈そうにベッドに腰掛け足をぶらぶらとさせるエマの足元に、いくつかのビンが転がっていた。

 

「どうやら、過去に【調薬】の魔法を持つ少女が作ったもののようです。私たちに分かる言葉で注意書きも書かれていました」

「そうか……それはお手柄だったな。厳重に、管理、しないと……」

 

そこまで言いかけて、私の背筋に悪寒が走った。何せ第一発見者が、あのお騒がせ探偵である橘シェリーであったのだ。

そしてそこから導き出される最悪の想像を、私は震えながら口にした。

 

「ま、まさかシェリー……君、試飲しようとしていないだろうな?」

「え? またまたー」

「は、ははは。そうだよな。流石にそんなこと……」

「するに決まってるじゃないですか!」

「馬鹿野郎!!!」

 

ダメージがなければ胸ぐらを掴み上げていただろう。

そのくらいの怒りに駆られていた。

 

周囲の少女たちも一部(ノア)を除いてドン引きだ。

 

「橘……いくら薬中のウチでもそんなことはしねぇぞ」

「ああ、そういえば別世界の記憶でも睡眠薬を飲んじゃってたっけ……」

「コイツの前にトレデキムあったら一発で終わってたんじゃねー?」

 

口々に言われる中で、シェリーはたはー、と頭を掻いている。

 

「ええ。一緒にいたお二人にも、そんなことを言われて止められてしまって……」

「……完全に読めたぞ。その騒動の際、誤ってエマが薬の一つを飲み込んでしまったんだな?」

「はい!!」

「最悪だ……」

 

元凶だった。

ドタバタとエマのドジが合わされば、そのくらいは起こり得る、か。

全てが解決したら縛り上げてやると心に決めながら、今は話を更に先に進める。

 

「それで……エマが飲んでしまった薬とやらは、どんな薬だったんだ?」

 

重要なのはそれだ。一体、エマにどんな症状が現れているのか。

尋常ではない状態なのは明らかだ。あの優しいエマがあんな冷たい目をしている。

一体どんな薬を飲めば、あんなことになってしまうのか。

 

「それは【全ての良心を失ってしまう薬】ですね!」

「バッッッッッッッッッッカ野郎!!!!!!!!!!!!」

 

今日一の罵声が出た。いや、人生で一番かもしれない。

【全ての良心を失ってしまう薬】。よりにもよってそんな代物を誤飲させてしまうなんて……!

 

「なんてことだ。だが、それならエマくんのあの様子にも納得がいく」

「ええ。そのくらいじゃないとエマちゃんがあんな表情するハズがないもの」

 

私に代わって冷静な二人、レイアとマーゴが結論づける。

私も嵐の海の如く荒れ狂う心を鎮め、同意した。

 

「ああ。あの全ての感情が抜け落ちたような顔……間違いなく、薬が効いている」

 

エマは善性の少女だ。

良心の塊と言ってもいいかもしれない。

そんな彼女からその良心を奪ってしまえば、ほとんど何も残らないのは当たり前だった。

 

やっと思い出した。あの表情は、一周目……ユキの囁きによって魔女化したエマそっくりだ。

彼女の優しい部分が全て剥ぎ取られ、植え付けられた殺意だけが暴走した姿。

見ているだけで本能的な恐怖が沸き起こってくる。

それは他の少女たちも同様で、なるべく医務室の中に目を向けないようにしていることからも明らかだ。

 

「いやー、面目ない」

「それで……解決方法はあるのだろう?」

 

一周回って冷静になったのか、私はそう自然と口にしていた。

 

「おや、分かりますか」

「ああ。でなければいくら君でもそこまで冷静にはいられないだろう」

 

事態の割に、シェリーは冷静だ。

人とかけ離れた精神構造をしていると自他ともに認める彼女だが、彼女の本質は友だち想いの少女だ。

親友とも言えるエマがあんな状態に陥って、もしそれが不可逆なものであるならばこんな風に落ち着いてはいられない。

……ハズだ。

 

「ええ。ありますよ、解決策」

「なんだ。早く言え」

「これを飲ませれば一発で解決です」

 

シェリーが出したのは医務室を脱出する際に咥えてきた小瓶だった。

 

「解毒薬です! 一瓶分を飲ませればどんな薬でも一発解除! 注意書きにそう書いてありました!」

「……なるほど。だからおめーも躊躇なく飲もうとしたワケかよ」

「ですです! いやー流石同室にして薬中、分かってくれますか!」

「分かりたくねぇけどよ。だが、これを飲ませれば解決ってことか?」

「はい! そういうことになりますね! めでたしめでたし!」

 

アリサの言葉にシェリーは頷く。

確かに、希望は見えてきた。だが、一つの問題も浮上した。

 

「……で、誰が飲ませるん?」

 

ココの言葉に場がシンとする。

誰が行くのか。それが問題だった。

 

「……ヒロくん」

「無理だ。絶対。二度と行きたくない」

 

視線を向けてくるレイアに私は断固として言った。

 

「しかし一番適任じゃないかしら」

「だからだ。エマが私を罵倒する要素など無限に出てくるぞ」

「言ってて悲しくならないのかしら」

「すごく悲しい」

「……そう」

 

ナノカのどこか冷たい目線を浴びながら、私はシェリーを睨みつけた。

 

「ここはやはり元凶が行くべきだ。責任をとれ、シェリー」

「いやぁ、私もそうしたいところなんですが……」

 

シェリーはいまだに床に転がったままのハンナを見て言った。

 

「ハンナさんのあの惨状を見てしまうと、いくら私でも躊躇われるというか……」

「……ちなみに、どんなだったんだ」

「ええっと」

 

シェリーはその時のことを簡潔に説明した。

 

『エ、エマさん? しっかりしてくださいまし!』

 

薬を飲んでしまったエマの変化にハンナはすぐに気付いたという。

 

『ど、どうしましょうシェリーさん! エマさんが!』

『いやぁ、どうしましょうね』

『言ってる場合ですか! ああ、エマさん、すぐに横になってくださいまし!』

 

何が起きたか分からないハンナはとりあえずエマを寝かせようとしたらしい。彼女らしい気遣いだ。

 

『優しいね、ハンナちゃん』

 

しかし、良心をなくしたエマにとっては口撃の隙になってしまったようだ。

不気味な笑いを浮かべてエマは静かに口にした。

 

『でもハンナちゃん、ボクのこと殺したよね』

『』

『それも犯行を目撃したなんて浅い理由で』

『』

『禁忌に触れられてもいないのに人を殺したの、メルルちゃん以外にはハンナちゃんだけなんじゃないかな』

『ピッ』

 

そして私が目撃した現場に繋がるらしい。

 

「む、むごい……」

「容赦ないね……」

 

少女たちも顔を青くしている。特にそれは別世界で殺人を犯してしまった少女たちに顕著に見られた。

無闇に心の傷には触れないという良心すら失ったエマには、ブレーキが存在しない。

一切の躊躇なくタブーを抉ってくる。

 

「ど、どうするのだ」

「……その辺りのことを言われると弱いわね」

 

アンアンやナノカといった、殺人を犯してしまった少女たちは尻込んでいる。

その中で挙手をした少女がいた。

 

「マーゴ」

「私が行こうかしら。一応、ほら。ここの管理者として、ね」

「だが……」

「それに私の場合、罪悪感がないワケじゃないけれど、当の本人は、ね?」

 

確かに、それはそうだ。

マーゴが殺してしまった少女、メルルはユキと共に旅立った。それで殺人の後悔が消えるワケではないだろうが、当事者がここにいない分、いくらか傷は浅く済むかもしれない。

 

「それにエマちゃんがあんな状態になってるのは、いつまでも見ていられないもの」

「マーゴ……!」

 

決意の表情を浮かべるマーゴに涙腺が緩みそうだった。

やはり彼女の精神力は並外れて強く、頼りになる。

マーゴはシェリーの手から解毒薬の瓶を受け取り、医務室の中へと一歩踏み出す。

ベッドに座るエマへと近づいていくのを、私たちは固唾を飲んで見守った。

 

「エマちゃん」

「マーゴちゃん」

「お薬は飲まないとダメよ。それとも私に飲ませてほしいのかしら♡」

「それは怖いね。一度はボクを処刑台に送った人の手で薬を飲むなんて」

「」

「一周目の最後で信じてみようって言ったけど、逆に言えばそれまでは信じてくれなかったってことだよね」

「」

「それって手のひら返しって言うんじゃないかな」

 

「……ウッ」

「マーゴ!!!」

 

あのマーゴですら──!

崩れ落ちたマーゴをレイアとミリアが回収し、戻ってくる。

 

「なんということだ、マーゴくん! メディック、メディーーック!!」

「ふふ、衛生兵(メルルちゃん)ならいないわ。私が殺しちゃったもの……」

「うわごとを呟く気力はあるようだな……」

 

しかし傷は深そうで、ハンナほどではないが私と同じくらいの状況にはなってそうだ。つまりグロッキーだ。

 

「しかし、凄まじいな。まさか人によって傷の抉り方を変えてくるとは」

「ですね。マーゴさんがエマさんに対して一番罪悪感を抱いている部分を的確に狙ってきました」

 

シェリーがふむふむと頷いている。元凶がなぜ冷静なんだと問いただしたくなるが、言っていることは確かだ。

冤罪で危うくエマを処刑台に送るところだった。そこが共有した記憶の中でマーゴが一番気にしていたところなのだろう。本来のエマなら一切気にせず笑いかけてくれるだろうが、今のエマにとってはただの口撃材料だ。

 

「とにかくマーゴは失敗してしまった。次の鉄砲玉を探さなくては」

「消耗品扱いかい!?」

 

ガーンとするミリアを含めた少女たちを見回し、適格者を探す。

 

「マーゴはエマに強い好意を抱いているからこそ撃沈した。となると次は……」

 

私はその少女に目を向けた。

 

「アンアン、君だ」

「な、なぜわがはい……!?」

 

白羽の矢が立ったことが信じられないのだろう。スケッチブックを取り落とすほどにアンアンは驚愕している。

 

「正直言ってこの中で君が一番エマに対する好感度が低かろうと思ってな」

「うぐ……!?」

「一週目ではエマに対して直球の殺意を向けていたし、二周目でもドッキリとはいえエマに向けてナイフを振るっていたからな。エマに何か言われても、一番傷は浅いと判断した」

「な、なぁ……わがはいは貴様を怒らせるようなことをしたか、ヒロ?」

「そんなことはない。普通に例のドッキリを思い出すといまだに怒りが湧いてくるとか、そんなことはない」

「うぐぅ……」

 

項垂れるアンアンだが、あれに関しては本当に反省してもらいたい。それはノア以外の全員が抱く共通の思いだろう。

 

「し、しかし……嫌だ!」

「何故だ?」

「何故も何も……わ、わがはいとてああはなりたくない!」

 

アンアンが袖で指す先にはまだ復活できず床に伏せたままのハンナと、どさくさに紛れてミリアの膝枕をもらっているマーゴがいた。

 

「お前も知っているだろう! わがはいは打たれ弱いぞ! すごく!」

「メンヘラもやしヒッキーであることを誇らしげに言うん?」

「ココ、黙れ! それにわがはいとエマの確執が深いということは、口撃の材料も多いということではないか!」

「気付いたか……」

「騙そうとしているではないか!」

 

憤慨するアンアンに私は心の中で舌打ちをする。【偽証】は効かなかったらしい。

 

「では、アリサ」

「ぜってぇ嫌だ。桜羽に嫌われたくねぇ」

「君はエマに嫌われるようなことはしていないハズだが」

「万が一ってことがあんだろうが。そしてその万が一があった場合……」

「あった場合?」

「ウチは死ぬ」

 

アリサは真顔だった。

 

「死ぬ」

「そ、そうか……」

 

その気迫に飲まれ、私は諦めて次の少女へ水を向ける。

 

「ではミリア、君は」

「お、おじさんも無理かな……エマちゃんみたいな純粋な子に言われたら立ち直れない……」

「ココ」

「ヤダヤダ! あてぃしは材料いっぱいあるし! 絶対ボロクソに言われるって!」

 

少女は次々と悲鳴を上げながら辞退していく。

 

「いっそ、全員でかかって制圧するのはいかがでしょう」

「ダメだ。それだとエマを傷つけてしまう可能性がある」

 

シェリーの脳筋提案を却下する。

そんなことは私が許容できない。

 

「エマは華奢なんだ。蝶よりも花よりも丁重に扱え」

「過保護に磨きがかかってますね……エレベーターが原因でしょうか」

「ピッ」

 

何かが鳴いた気がしたが、それどころではない。

ワイワイと騒がしく相談しあっていると、私は一人の少女が気配を消していることに気付いた。

 

(……ナノカ?)

 

ナノカは息を潜め、いつの間にか医務室の扉付近に張り付いていた。そして私の視線に気付くと、アイコンタクトで中を示し、手にした解毒薬を見せる。

 

(スニーキングで接近して飲ませるつもりか)

 

ベッドの上には待っているうちに暇になったのか、ゴソゴソと何かしているエマがいる。ベッドなどを遮蔽にコッソリと近づいて、背後から薬を飲ませれば、あるいは。

身のこなしに優れたナノカだ。まさかエマとの格闘に負けることはないだろう。優しい彼女ならエマを傷つけることなく制圧してくれるという安心感もある。

 

(任せるべきか。となると……)

 

陽動が必要だ。私はそれに最適な少女へと目を向けた。

蓮見レイア。私のアイコンタクトを受け取った彼女はナノカも見て、すぐに状況を把握したようだ。覚悟を決めた表情で頷く。

 

「うむ……よし、ならば次は私が行こうじゃないか! みんなの代表といえば私だからね!」

 

そう敢えて目立つように……いや、彼女ならば素の状態かもしれないが、とにかく芝居がかった仕草で宣言すると、勇敢に医務室の中へと一歩踏み出した。

 

「エマくん! どうか私と話をしてくれないk──」

「あ、殺人RTA最速記録保持者だ」

「ガハァッ」

「速い!!!」

 

一撃じゃないか!

瞬殺されたレイアはその場でキラキラと崩れ落ちる。

しかしその姿までも絵になって目立ったおかげか、ナノカの潜入には成功した。エマがレイアをボロ雑巾を見るかのように冷たく見下ろしている隙に、ナノカはささっと素早くエマへと近づく。

流石はゴクチョーの目を長期間掻い潜ってきたステルス能力だ。見る見る内にエマへと接近していく。

 

そして、いよいよエマの背後に──

 

「観念しなさい、桜羽エマ──あっ!?」

 

しかしエマを捕まえるべく立ち上がった瞬間、彼女は何かにつまづいたようにすっ転んでしまった。

 

「な、これは……シーツを、床に!?」

 

どうやら床に落ちていたシーツを踏んで滑ってしまったようだ。エマの背中を取ることに集中していたナノカはそれに気付かなかった。

しかし、何故そんなところに?

 

「ボクだよ」

「さ、桜羽エマ……?」

「みんな構ってくれなくて暇だったからね。さっき仕掛けたんだ」

「トラップ、というワケ」

 

どうやら、エマの方が一枚上手だったようだ。良心を失ったことで却って警戒心が生まれたのか、ナノカ対策は済んでいたらしい。

 

「いつの間に……!」

「ボクに無理矢理薬を飲ませようとしてるんだから、対策するのは当たり前だよね。──計画性のないナノカちゃんとは違って」

「」

「ナノカー!!」

 

ナノカまでもやられてしまった。

残った少女でビクビクと怯えながら回収し、医務室前に転がす。

現在、四つの死体が累々と横たわっていた。

 

「ゴメンナサイ……」

「床の冷たさを感じるのは久々ね……」

「ファーストペンギンって言わないで……」

「計画性あるもん。屋敷に来る前はちゃんとしてたもん……」

 

全員もれなく戦闘不能だ。

 

「大量殺戮だな……」

「一つは立って動いてるけどねー。ヒロっち、平気そうならもっかい行ったらー?」

「無理だ。見ろ、足が小鹿のように震えている」

「マジじゃん……こんな情けない状態になってるヒロっち初めて見た……」

 

なんとか立っている状態だ。これ以上の戦闘機動には耐えられない。

しかし……万策尽きた感もあるのは事実だ。

 

「一体、どうすれば」

 

諦めたくはない。それだけはない。

エマの笑顔が見られなくなってしまう。それだけは嫌だというのが、ここに集った少女たちの共通の本音だ。

しかし、このままではシェリーの言っていた力尽くの最終手段に頼るしか……。

 

みんなの中に絶望が蔓延し始めたその時だった。

一人の少女が手を挙げたのだ。

 

「んー、じゃあ、のあが行ってくるね」

「え?」

 

手を挙げたのは、お絵描き少女城ケ崎ノアだった。

ノアは解毒薬の瓶を手に取ると、軽い足取りで医務室の中に入って行ってしまう。

私たちは慌てて止めようとした。

 

「ま、待て! ノア、危険だ!」

「そうだぞ、ノア! お前もレイアやナノカのように無様にやられてしまう!」

「否定できないね……」

「無様じゃないもん……」

 

私とアンアンで必死に止める。

しかしノアが近づいても、エマは口を開かなかった。

 

「………」

「な、なんだと?」

 

首を傾げ、何を言うか迷っているようだった。その迷う仕草すら、これまでは見たことがなかった。

つかつかとノアが近づいても、反応は薄い。

 

「こ、これはどういうことだ?」

 

アンアンの困惑の声。しかし、私は逆に超速理解した。

 

「そうか。言うべきことがないのか」

「ど、どゆこと?」

 

首を傾げるココに私は答える。

 

「ノアはエマとそんなに関わる機会が多くはなかった!(主に私のせいで)

一周目で早期退場し、二周目で私やアンアンと行動を共にすることの多かった彼女は相対的にエマとの会話が少ない!(主に私のせいで)

決して仲が悪いワケではないが、それほど語るべきエピソードもないために特に言うべきこともないんだ!(主に私のせいで)

──グハァッ!!!」

「じ、自分で解説して自分でダメージを負ってるー!?」

 

血反吐を吐いて再度倒れる。

実際、エマとノアが会話している姿を思い出すことは難しい。

仲が悪いワケではないが、一緒にいるグループの人間関係で自然と話さない……そんな複雑な関係なのだ。

その責任の一端が私にあるという事実に、再び重篤なダメージが私を襲う。

 

私が崩れ落ちている間にもノアはズンズンと進んで……ついにエマへと到達した。

 

「ほら、エマちゃん。お薬は飲まないと、めっ、なんだよ?」

「……別に」

 

ポツリと、小さくエマが言う。

 

「ボクがどうなったって……誰も、気にしないじゃないか」

 

それは、誰かに向けられた言葉ではない。

だからこそ、胸に届いた。

 

「ボクの訴えを、聞いてくれた人なんていなかった。みんな、勝手に行動して、殺人事件を起こして。……だからボクの性格が少し変わった程度で、気にする人なんていないよ」

 

今までのような、誰かを傷つける言葉ではない。

だからこそ、胸が締め付けられる。

 

「いなくたって……いいじゃないか」

 

ずっと、抱え続けてきた言葉なのだろう。

牢屋敷で戦い続け、心の底につけられた傷。

それが今この時、零れ落ちた。

 

私は項垂れた。

彼女を一番傷つけてきたのは私だ。

拒絶し、追い詰め、死ぬまで気付かなかった。

 

『幼馴染のクセに何も見ていなかったんだね』

 

その言葉はきっと、正し──

 

「んー、それは違うんじゃないかな」

 

しかし、エマの言葉をノアはキッパリと否定した。

 

「え……」

「だって、エマちゃんがお熱出しちゃった後、みんな心配してたよ?」

 

小首を傾げ、心底不思議そうに言う。

 

「最初とその後。どっちでもエマちゃんは倒れちゃったけど、でもみんな心配して集まってたよね?」

「それは……」

「のあはどっちでもいなかったけど、最後の裁判でそれを見て、みんな優しいなーって思ったんだぁ」

 

そうだ。記憶の共有で、私たちは知っている。

エマが倒れたら、みんなが来た。

残っていた少女たちは、みんな心底心配していた。一日でも早く良くなることを、確かに願っていた。

それは絶対に捻じ曲げられない──【真実】だ。

 

「いくら今のエマちゃんでも、それを嘘って言うのはよくないんじゃないかなぁ」

「………」

 

エマは、沈黙した。

そもそも今のエマでも、嘘や、間違ったことは言わなかった。

だから否定できない。

それが──嘘ではないと、理解したから。

 

「だから、はい。お薬飲も?」

 

ノアによって差し出される薬瓶。

それはエマは、手に取り……。

 

「……そうだね。嘘は、つけないね」

 

エマは、飲んだ。

 

 

 

 

 

 

そして事件は収束した。

私たちはノアを英雄として讃え、マーゴの提案でご褒美として全員分の【一日なんでも言うことを聞く券】なるものを進呈した。

ノアの絵のモデルにホントに二十四時間付き合わされたりオブジェ用の石材を運ぶことになったが、しかしそのくらいの対価は然るべきだろう。

 

一方でシェリーは全員に吊し上げられた。

特に回復したハンナの剣幕は凄まじく、一日中追いかけ回されていた。

それでも怒りが収まらなかったのか、それまでは一緒に寝ていた寝床も別々にされた。

……これが一番シェリーに堪えたらしく、珍しくさめざめとガチ泣きをしていた。

結局ハンナが折れた辺り、彼女も彼女で甘いようだ。

 

そして幸いなことに……本当に幸いなことに、エマは一連のことを憶えていなかった。

 

「なんか、シェリーちゃんを止めようとしてた後から記憶がないんだよね。睡眠薬を飲んじゃって眠ってたって言うけど……ホントに何もなかったの?」

「ああ。全く何もなかったよ。一切、何もね」

「そうかなぁ。マーゴちゃんやレイアちゃん、それにナノカちゃんがボクを見る目に怯えが混ざっているような……」

「そんなことは断じてないさ。みんな君に優しかっただろう?」

「う、うん。相談に付き合ってくれたりお小遣いをくれようとしたり……お菓子もたくさんもらっちゃった」

「ならいいじゃないか。それで」

「いや、ボクが一番気になるのはこうしてヒロちゃんが抱きついて離れないことなんだけど……」

「何か問題が?」

「問題がないならこの手を離してもいいよね」

「ダメだ。縄で首を括って死ぬ」

「それをヒロちゃんが言うのは相当だよね!?」

 

真実を伝えても何もいいことはないので、このことは全員が永遠に口を噤むことで決着を見た。

 

本当にエマが憶えてなくて良かった。

私はこの人生で一番の幸運にユキとメルルの墓前で感謝の舞を捧げた。

 

 

 ※

 

 

今回の事件は全員が(エマも含めて)被害者だ。

誰もが傷つき、得るものも何もなかった。

 

──それは【偽証】だ。

 

私にはたった一つだけ、得るものがあった。

それは、エマが口にしなかった一つの事実。

 

……私が彼女を殺そうとしたという、事実。

本来ならば真っ先にあげつらうべき真実だ。しかし彼女は私を口撃する際、決してそれを挙げることはしなかった。

それが意味するところは、一つ。

 

(……エマの中で、それは本当に『おあいこ』になっているんだな)

 

思えば彼女は、私の見る目のなさをこそ責めても、その事実自体には何も言わなかった。

良心を失った状態でなお、もう過ぎた過去として清算されているということだった。

それが苦しくて──でも、嬉しかった。

だってそれは、私たちが前に進めているという証だったから。

 

辛い過去を乗り越え、私たちは確かに──未来に進めていた。

 

 

 

……それはそれとして、もうエマに冷たくされたら耐えきれないので、同窓会中はずっとエマから離れられなかった。


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