春先の朝だった。
冷たい空気がまだ少し残っていて、吐く息がわずかに白い。
「夜卜、遅い」
振り返ると、緋色がいた。
電柱の影に寄りかかって、腕を組んでいる。
風に揺れた髪が、少しだけ目にかかっていた。
「……まだ集合時間じゃなくね?」
「五分前」
「誤差だろそれ」
「遅刻予備軍」
ぴしゃりと言われる。
夜卜は肩をすくめて、歩き出した。
「で、今日は?」
「低級。数は三」
「楽勝じゃん」
「油断しない」
「してねーよ」
「してる」
間。
「……してるかも」
緋色は小さくため息をついた。
でも、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
---
並んで歩く。
言葉は続かない。
けれど、それが気まずいわけじゃない。
足音だけが揃っていた。
「ねえ」
「ん?」
「昨日、ちゃんと寝た?」
「一応」
「一応って何」
「二時間くらい」
「寝てない」
即答だった。
「いやでも慣れてるし」
「慣れでどうにかなる問題じゃない」
「じゃあどうするんだよ」
「……知らない」
少しだけ、視線を逸らす。
「でも、倒れられるよりはマシ」
それだけ、小さく付け足した。
---
任務は予定通り、軽かった。
建物の奥。
淀んだ空気。
「左」
「分かってる」
夜卜が踏み込む。
緋色が一歩遅れて位置を取る。
連携は、ほとんど反射だった。
「終わり」
呪霊が崩れる。
静寂が戻る。
---
「……やっぱ早いな」
夜卜が言う。
「普通」
「いや普通じゃねえって」
「あなたが遅いだけ」
「それさっきも言ったよな」
「事実だから」
少しだけ、緋色の視線が柔らかくなる。
「……まあ、悪くはない」
小さく、そう言った。
---
外に出る。
光が眩しい。
さっきまでの空気が嘘みたいだった。
「なあ」
夜卜が言う。
「帰り、寄り道しない?」
緋色は少しだけ考える。
「……どこ」
「甘いの」
「子供」
「いいだろ別に」
「太る」
「気にしてんの?」
「してない」
即答。
「じゃあいいじゃん」
「……少しだけなら」
ほんの少し間を置いてから、そう言った。
---
店の前。
ショーケースを覗く夜卜。
「これ」
指差す。
「……甘そう」
「だからいいんだって」
「絶対後悔する」
「しない」
「する」
「しない」
「……する」
「じゃあ賭ける?」
緋色は少しだけ考えてから、
「……いい」
とだけ言った。
---
外のベンチ。
並んで座る。
一口。
「……甘い」
「だろ?」
「……甘すぎる」
「ほらな」
「でも」
少しだけ間。
「嫌いじゃない」
夜卜が笑う。
「だよな」
その横顔を、緋色は少しだけ見ていた。
---
風が吹く。
沈黙。
「ねえ」
「ん?」
「もしさ」
言いかけて、少し止まる。
「明日世界が終わるとしたら、どうする?」
夜卜は少し考える。
「……分かんね」
「そう」
それ以上は聞かない。
でも。
「まあ」
夜卜が続ける。
「一人ってのもダルいし」
「……」
「お前とは、たぶん一緒にいる」
沈黙。
風の音だけが通り過ぎる。
---
「……そう」
それだけだった。
でも。
その一言に、ほんの少しだけ、温度があった。
---
高専からスカウトに来るのはだれ?
-
夜蛾
-
五条
-
まだこない(修行期間突入)