君を武器にした日   作:なかりょた

1 / 13
何気ない日常

春先の朝だった。

 

冷たい空気がまだ少し残っていて、吐く息がわずかに白い。

 

「夜卜、遅い」

 

振り返ると、緋色がいた。

 

電柱の影に寄りかかって、腕を組んでいる。

風に揺れた髪が、少しだけ目にかかっていた。

 

「……まだ集合時間じゃなくね?」

 

「五分前」

 

「誤差だろそれ」

 

「遅刻予備軍」

 

ぴしゃりと言われる。

 

夜卜は肩をすくめて、歩き出した。

 

「で、今日は?」

 

「低級。数は三」

 

「楽勝じゃん」

 

「油断しない」

 

「してねーよ」

 

「してる」

 

間。

 

「……してるかも」

 

緋色は小さくため息をついた。

 

でも、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。

 

---

 

並んで歩く。

 

言葉は続かない。

 

けれど、それが気まずいわけじゃない。

 

足音だけが揃っていた。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「昨日、ちゃんと寝た?」

 

「一応」

 

「一応って何」

 

「二時間くらい」

 

「寝てない」

 

即答だった。

 

「いやでも慣れてるし」

 

「慣れでどうにかなる問題じゃない」

 

「じゃあどうするんだよ」

 

「……知らない」

 

少しだけ、視線を逸らす。

 

「でも、倒れられるよりはマシ」

 

それだけ、小さく付け足した。

 

---

 

任務は予定通り、軽かった。

 

建物の奥。

淀んだ空気。

 

「左」

 

「分かってる」

 

夜卜が踏み込む。

 

緋色が一歩遅れて位置を取る。

 

連携は、ほとんど反射だった。

 

「終わり」

 

呪霊が崩れる。

 

静寂が戻る。

 

---

 

「……やっぱ早いな」

 

夜卜が言う。

 

「普通」

 

「いや普通じゃねえって」

 

「あなたが遅いだけ」

 

「それさっきも言ったよな」

 

「事実だから」

 

少しだけ、緋色の視線が柔らかくなる。

 

「……まあ、悪くはない」

 

小さく、そう言った。

 

---

 

外に出る。

 

光が眩しい。

 

さっきまでの空気が嘘みたいだった。

 

「なあ」

 

夜卜が言う。

 

「帰り、寄り道しない?」

 

緋色は少しだけ考える。

 

「……どこ」

 

「甘いの」

 

「子供」

 

「いいだろ別に」

 

「太る」

 

「気にしてんの?」

 

「してない」

 

即答。

 

「じゃあいいじゃん」

 

「……少しだけなら」

 

ほんの少し間を置いてから、そう言った。

 

---

 

店の前。

 

ショーケースを覗く夜卜。

 

「これ」

 

指差す。

 

「……甘そう」

 

「だからいいんだって」

 

「絶対後悔する」

 

「しない」

 

「する」

 

「しない」

 

「……する」

 

「じゃあ賭ける?」

 

緋色は少しだけ考えてから、

 

「……いい」

 

とだけ言った。

 

---

 

外のベンチ。

 

並んで座る。

 

一口。

 

「……甘い」

 

「だろ?」

 

「……甘すぎる」

 

「ほらな」

 

「でも」

 

少しだけ間。

 

「嫌いじゃない」

 

夜卜が笑う。

 

「だよな」

 

その横顔を、緋色は少しだけ見ていた。

 

---

 

風が吹く。

 

沈黙。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「もしさ」

 

言いかけて、少し止まる。

 

「明日世界が終わるとしたら、どうする?」

 

夜卜は少し考える。

 

「……分かんね」

 

「そう」

 

それ以上は聞かない。

 

でも。

 

「まあ」

 

夜卜が続ける。

 

「一人ってのもダルいし」

 

「……」

 

「お前とは、たぶん一緒にいる」

 

沈黙。

 

風の音だけが通り過ぎる。

 

---

 

「……そう」

 

それだけだった。

 

でも。

 

その一言に、ほんの少しだけ、温度があった。

 

---

 

高専からスカウトに来るのはだれ?

  • 夜蛾
  • 五条
  • まだこない(修行期間突入)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。