白の目覚め/色彩の邂逅
炎が燃え盛る。
街が崩れていく。
空は黒く染まり、人々が叫んでいる。
その中心で。
一人の少女が倒れていた。
赤い髪。
血に濡れた手。
少女がこちらへ手を伸ばす。
「――――」
声は聞こえない。
だが。
その手を掴まなければならない。
そんな気がした。
――◇――
「……?」
少年は目を開いた。
柔らかな朝の日差し。
若草の匂い。
人のざわめき。
腰には一振りの剣。
目の前には巨大な門。
(……ここは?)
頭の中を探る。
だが――何もない。
記憶が、ない。
(俺は……誰だ?)
少し考えて、ようやく一つだけ答えが浮かんだ。
ひとつだけ、名前が浮かんだ。ルクス、と。
それ以外は、「白紙」だった。
なぜここにいるのか。
どこから来たのか。
何をしていたのか。
何も思い出せない。
(この剣は……?)
腰の剣に触れる。
理由はわからない。
だが、 大切なものだ。
それだけは、なぜか確信できた。
その時だった。
「ちょっと」
背後から、棘のある声。
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
鮮やかな赤い髪。鋭い視線。
明らかに機嫌が悪そうだった。
「あんた、そこ邪魔なんだけど」
「……え?」
「学園に入るならさっさと入ってくれる? 門の前で突っ立たれると迷惑なのよ」
「学園?」
言われて初めて、門の上の看板が目に入る。
『シアトルム騎士魔導学園』
(学園……?)
やはり思い出せない。
だが、少女の苛立ちは明らかだった。
「すまない。俺は――」
その瞬間。
――視界が、揺れる。
――炎。
燃え盛る街。
崩れる建物。
響き渡る悲鳴。
そして。
傷つき、それでも力強く立つ、一人の少女。
赤い髪。手には一振りの剣。
対峙するのは少女より二回りほど大きな影。
「―――。―――――」
こちらに振り向き、何かを告げる。
穏やかな、しかしわずかに怯えの滲む微笑み。
影が大きく振りかぶる。
視線を戻し、立ち向かう少女の背中。
なぜか体は動かない。
それでも、手を伸ばそうとし――
――世界が、元の彩を取り戻す。
手が前に伸びる。
ふにゅん
「ひゃんっ」
伸ばした手に、柔らかい感触。
「……?」
現実に引き戻された。
目の前には赤髪の少女。
そして――
自分の手。
それが。
少女の胸を、しっかり掴んでいた。
沈黙。
数秒。
「……」
少女の顔が、ゆっくりと赤くなる。
「……あんた」
低い声。
「初対面の女に対していきなり胸を揉むなんて」
底知れぬ圧を放つ笑顔。
「なかなかいい度胸じゃない」
ルクスは反射的に手を離し、後退した。
「いや、これは……!」
「言い訳は聞いてあげる」
少女は腕を組む。
「納得できなかったら……わかるわよね?」
鋭くなる眼光。
(どうする)
思考をフル回転させる。
だが、記憶がない。
自分の名前しか知らない。
つまり、使える情報は一つだけ。
ルクスは深く頭を下げた。
「本当に申し訳ない。俺はルクス。君の名前は?」
渾身の謝罪と自己紹介。
「それが最後の台詞でいいのね?」
少女はにっこり笑った。
「あたしはアイリス。よろしくする時間は、なさそうだけど」
拳を握り、振りかぶる。
その瞬間――
世界から、色が抜け落ちた。
時間が遅くなる。
こちらに迫る拳の動きが緩慢になる。
体が、勝手に動いた。
「なっ!?」
ルクスの手が、アイリスの腕を掴み止めていた。
アイリスが目を見開く。
「え?」
ルクス自身も驚いていた。
(今の……俺が?)
次の瞬間。
パァン!!
強烈な衝撃。
視界が回転する。
地面。
痛み。
頬が熱い。
「……ふん」
見上げると、アイリスが腕を振っていた。
「一回防いだからって油断しないことね」
冷たい視線。
「じゃあね。もう会うこともないでしょうけど」
そう言って、彼女は門の中へ消えていった。
ルクスはまだ地面に寝転がったまま、じんじんと痛む頬をさする。
(今のは……何だ)
あの炎。
あの街。
あの少女。
そして、さっきの自分の動き。
(俺は……)
立ち上がり、服についた土を払う。腰の剣が、カチャリと音を立てた。
改めて周囲を見る。
自分や先程の赤髪の少女と同じ格好の人間が、次々と門をくぐっていく。
(……とりあえず)
結論は一つだった。ここに入るしかない。その他の指針など持ち合わせてはいないのだから。
門をくぐると、そこは別世界だった。
白い校舎、広い芝生。奥に見えるのは森だろうか?
行き交う学生たちの流れに従っていると、掲示板の前に人だかりができている。
後ろからのぞき込むと名簿のようだ。その中に、自分の名前を見つける。
『特待クラス プロタゴニスト』
(……特待?)
文字通り、右も左もわからない。ルクスは地図を頼りに、自身のクラスだという場所に向かうことにした。
たどり着いた教室はやけに小さかった。
(ここで合ってるのか……?)
その時、背後から声。
「ちょっと」
聞き覚えがある声に振り向く。
見覚えがある赤い髪。先程と同じ睨みつける視線。
「……朝の変態。――まさかあんたもこのクラス?」
アイリスだった。不満を隠そうともしない態度。
「最悪ね」
そう言ってルクスを押しのけ、教室へ入っていく。
ルクスも後に続いた。
中にはすでに二人の少女がいた。
青色の髪、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の少女。
翡翠の髪、翡翠の目、どこか神秘的な少女。
ルクスとアイリスを合わせて四人。それが、このクラスの定員らしい。
空いている席に座るも、アイリスからの睨みつけるような視線が刺さる。
居心地の悪さに耐えていると、教室の扉が開いた。
現れたのは金髪の女性。教壇に立ち、穏やかな声で話し始める。
「皆さん初めまして。私はマリア。女神様に仕えるシスターであり、この特待クラス『プロタゴニスト』の担任です」
静かな教室。ひとつ頷くとマリアは続ける。
「まずはそれぞれ自己紹介をお願いしますね」
初めに、アイリスが立つ。
「アイリス。役割は騎士」
迷いのない声。
「世界を守るために戦う」
次に青色の少女。
「ソフィア。役割は賢者」
淡々とした口調。
「世界の真理を探究する」
そして翡翠の少女。
「クロエです。役割は聖女」
少し緊張している。
「平和な世界を作るために頑張ります」
三人の視線がルクスに集まる。
ルクスは立ち上がった。
(何を言えばいい)
答えは出ない。
結局。
正直に言うしかなかった。
「……ルクス」
教室が静まる。
それだけ?という三組の視線。
代弁するように、マリアが優しく言った。
「ルクス君は記憶喪失なんです。ですが役割は決まっています。ルクス君の役割は――勇者です」
また一瞬の沈黙。
次の瞬間。
ガタン!
アイリスが立ち上がった。
「どういうこと!?」
机を叩く。
「こいつが勇者!?しかも記憶喪失!?」
ルクスも混乱していた。
(なんで俺の記憶がないことを……?)
自身のことを知っているような素振りのマリア。
加えて、さらに疑問が浮かぶ。
ルクスは手を上げた。
「質問、いいですか」
「どうぞ」
「勇者って何ですか?」
凍り付く教室。完全な沈黙。
「……」
「……」
「……」
数秒後、再びアイリスが叫んだ。
「あんた自分の役割の事も知らないの!?」
「あぁ、知らない」
教室は混乱に包まれた。
ルクスからすれば本当に知らないのだが、よっぽどおかしな事態のようだ。
困惑するルクス、その傍らで。
――カタリ。
誰にも気づかれないほど小さな音。
腰の剣が、わずかに震えた。
――◇――
そして、世界の果てよりも遠い場所、世界の外側。
――天座の書架。
本を読んでいた女神が、ふと微笑んだ。
『……へぇ?』
それは未知の物語への興味。
「面白くなりそうじゃない」
物語は、今。
新たな分岐点に辿り着こうとしている。
文字数少なめですが、次話から一話当たりの分量が増していきますのでご了承願います。