天座の書架と白紙の勇者   作:maki@

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色彩の融和/紺碧の絶望

 深呼吸を一つ。緊張しつつ教室の扉を開く。

 

「……心配をかけて悪かった。改めて――」

 

「ルクスさん。私がどうして怒っているかお分かりですか?」

 

「……わかりません」

 

 翌朝の教室。数日ぶりに姿を見せたソフィアが謝罪と共に入室する。その目に飛び込んできたのは圧のある笑みを浮かべたクロエと、その前で正座しているルクス、それを呆れたように見つめるアイリスの姿だった。

 

「……なんだ、この状況は?」

 

「ソフィアさん、おはようございます。」

 

「あ、あぁ、おはよう……」

 

「お元気そうで何よりです。すみませんが取り込み中なので」

 

「――うん、そうか……」

 

 恐怖。いつも通りの微笑みのはずなのに、とてつもない圧を感じる。とりあえずアイリスの方に向かうことにした。薄情者、と言わんばかりのルクスの顔は見なかったことにする。

 

「おはよう、ソフィア。……もう大丈夫なのかしら?」

 

「あぁ。全快、とはいかないがもう迷惑はかけないよ」

 

 アイリスの表情が緩む。相応に張っていた緊張が解けていった。

 

「なら、いいわ。改めてよろしくね」

 

「こちらこそ、よろしく頼む。……それで、あれはいったい?」

 

「あぁ……あれね……」

 

 二人の視線が正座の勇者と仁王立ちの聖女に向けられる。

 

「ソフィアさんを元気づけてくれたことは感謝しています。私にはできませんでしたから。その中でアクシデントがあって怪我をしたのも……納得は、できます」

 

「はい」

 

「私が怒っているのはその後です!止血しただけで放置なんて何考えてるんですか!」

 

「いや、だって疲れてたし……痛みもそこまでだったし、夜に訪ねるのも悪いかなって……」

 

「それは感覚が麻痺していただけです!結局今は痛いんでしょう!?」

 

「はい……」

 

 珍しく大声で怒っているクロエ。どんどん縮こまるルクス。

 

「朝、あいつの手にすごい傷があるのをクロエが見つけて、ね。止血だけしてそのまま寝ちゃったみたいで、それを怒ってるみたい」

 

「……なるほど?私にも責がある話だったか……」

 

「あ、やっぱりそうなのね。ルクスのやつ、『色々あって……』しか言わないから。それでクロエも余計に怒ってるのよね」

 

「ふむ。流石に忍びないな。ちょっと行ってくる」

 

 改めてクロエとルクスの方に向かう。

 

「いいですか!そもそも普段からルクスさんは自分の体に頓着しなさすぎで――」

 

「あー、クロエ?ルクスの手に関しては私にも責任があるから……程々にしておいてやってくれないか?」

 

「ソフィアさん……」

 

 さすがのクロエも復帰したてのソフィアには強く出にくい。

 

「……わかりました。とにかく!ルクスさん!今後はけがをしたならすぐに私のところに来てください!それを治すのが私の役割なんですからね!遠慮なんていりませんから!」

 

「はい……わかりました……」

 

 全くもう、とルクスの手の治療を始めるクロエ。

 

「おはよう。助かったよ。もう、いいんだな」

 

「おかげさまでね。とりあえず、やるべきことをやろうと思う」

 

 そういってほほ笑むソフィアは、やや疲れを残していたものの、昨日とは比べ物にならないほど良い表情をしていた。

 

「ん、その顔が見られたなら、このくらいの傷なんて安いも――いった!ちょ、クロエ!?クロエさん!?そこ、傷口!痛い!」

 

「まだそんなこと言うルクスさんなんて知りません!もう!」

 

「全く……あんなのでどうやって説得したんだか、ねぇソフィア――ソフィア?」

 

「――いや、えっと、それは……」

 

 呆れたようにソフィアに話を振るアイリス。歯切れの悪い返答を不思議に思って視線を向けると――

 

「え、噓でしょ。本当に何があったのよ」

 

 そこにいたのは理知的な賢者ではなく、顔を赤く染めた一人の少女だった。

 

 

 

――そんな四人の会話を教室の外から聞いていた人物がいた。

 

「思ったより早かったですね……これなら、物語を次に進めてもいい頃合いでしょうか」

 

 マリアはいつもの微笑みを浮かべ、教室の扉に手をかける。

 

「さぁ、みなさん。本日の授業を始めますよ?」

 

 その笑顔の裏では彼女自身の役割を果たすための算段がくみ上げられていた……

 

 

 

 四人での訓練を再開してから数日が経った。

 

 ソフィアの動きは最初こそぎこちなかったが、日を追うごとに戻ってきた。四人での連携、それによって多少の群れなら危なげなく蹴散らせる程度には練度が上がってきた。

 

 そんなある朝のこと、修練の森に入った瞬間、空気が違うと全員が理解した。

 

「……多いわね」

 

 アイリスが剣に手をかけながら言った。

 

 いつもより魔物の気配が濃かった。足元の草が不自然に揺れている。遠くで枝が折れる音が複数、違う方向から聞こえてくる。

 

「こんな森の入り口から多いことなんてあったか……?」

 

「……記憶にはないね。とにかく、迎撃といこう」

 

 謎を残したまま、戦闘が開始した。

 

「うん!?なんか、こいつら……」

 

「うぅ、動きが速いですっ。一匹抜けました!」

 

「ストーンバレット。……妙に硬いな?」

 

「ウィンドバレット!明らかにおかしい!何が起きてる!?」

 

 普段より多い魔物。それどころか、一匹一匹が速く、硬く、強かった。

 

 なんとか乗り切ったものの、森の入り口でしていい消耗ではなかった。

 

「……どうなってるんだ?」

 

 一息入れつつ、周囲を見回す。

 

「空気が違うような気はするけど……具体的な違いは分からないわね」

 

「解析してみようか。少し消費は高くつくが、仕方ない」

 

 ソフィアが短杖を構えた。魔力が広がり、森全体の記述を走査する。

 

「……全体的に、魔力の密度が高いな。それに、奥の方に記述が集中している箇所がある」

 

「どういうことですか?」

 

「何かがある。まだはっきりとは読めないが、そこを起点に魔物が活性化しているように見える」

 

「……どうする?」

 

 それぞれに顔を見合わせる。

 

「奥に向かうってこと?」

 

「これ以上に魔物が活発になっているなら、危険もありますね……」

 

「だが、原因を取り除かなければ、ここに来るたびに同じことになる。それどころか悪化する可能性すらある」

 

「ここで叩いておいた方が良い、か」

 

 アイリスが前を見た。

 

「……行きましょう。ただし、危ないと感じたら引き返す。全員警戒を怠らず、引き際を間違えないように」

 

 

 

 奥へ進むにつれて、魔物の数は更に増えていく。

 

 一体倒しても次が来る。二体倒しても三体来る。アイリスが前線を支え、ルクスが魔法と剣を使い分けながら側面を守り、クロエが絶えず支援を飛ばし、ソフィアが広範囲魔法で群れを薙ぎ払う。

 

 消耗していた。全員が。

 

「ソフィア、目標は?」

 

「……見えてきた。核のようなものがある。そこから魔力が溢れ出していて、それが魔物を活性化させているようだ」

 

「破壊は可能かしら?」

 

「わからない。詳しく解析できれば可能かもしれないが……今は魔物が多すぎて近づけそうにない」

 

「――さすがに厳しいわね。かなり消耗もあるし……」

 

 ここに来るまでの戦闘で、既に大きく消耗している四人。さらなる激戦を前に進退の判断を迫られている。

 

「仕方ない、今日のところは切り上げましょう。明日、万全の準備をして――」

 

――◇――

 

『せっかく盛り上がってきたのに、そんなつまらない展開はいらないわよねぇ?』

 

――頁が捲られる。

 

――◇――

 

「――待て、これは……」

 

 撤退。その判断をアイリスが下す直前。

 

「どうした?」

 

「……まずい!核の周りの魔物がいきなりこっちになだれ込んできている!」

 

「なんですって!?」

 

「どうして、いきなり……」

 

 動揺。現状では危うい量の魔物が突っ込んでくる。

 

「……やるしかない。なんとかしてソフィアを核のところまで送り届けるんだ」

 

 決意に満ちた声が響く。剣を抜き油断なく周囲を警戒するルクス。その決断が周囲に伝播していく。

 

「どのみち逃げられない、か。腹をくくりましょう」

 

「……壊せるかわからない、なんて言ってられないね。必ず破壊しよう」

 

「全力で皆さんをお守りします!女神様、お力を……!」

 

 『無銘の剣』を強く握りこむ。いつもより熱い気がした。

 

――視界が、揺れる

 

 周囲を取り囲む魔物。

 

 正面には膝をついた騎士。

 

 背後には倒れ伏す聖女。

 

 腕の中には脱力した賢者。

 

「■げなさい!あん■だけでも!」

 

 騎士がこちらに叫ぶ。体は動かない。

 

「ル■スさん……■きて……」

 

 聖女は力を振り絞って支援をかける。体は、動かない。

 

「■ク■……す■な■……やっぱり、■は■じゃなかった……」

 

 賢者の目が閉じられていく。体が、動かない。

 

 気づけば目の前には巨大な影。その腕が降り下ろされ――

 

 

 

「来るわよ!連携を密に、切り抜ける!」

 

 意識が現実に戻る。

 

(今のは……このままじゃあの通りになるってことか……!絶対に、変えて見せる!)

 

 さらに強く剣を握りこむ。戦いが、始まる。

 

 

 

(厳しい。このままでは……)

 

 賢者としての冷静な部分が戦況を分析する。

 

「くっ!ウィンドストーム!」

 

 普段なら葉を散らすように薙ぎ払える魔物が、嵐を耐え、前進してくる。

 

(手が足りない。一撃で吹き飛ばせないせいで頭数が減らない……!)

 

 戦闘が始まって数分。ソフィアは――四人は苦境に立っていた。

 

 魔法による殲滅が容易でないとわかり、ルクスとアイリスの二人がかりで何とか魔物の足を止め、ソフィアが魔法で殲滅とノックバックを狙う。クロエは前衛の二人を支援と治療するので手一杯だった。

 

(もう、いいんじゃないか?)

 

 頭のどこかで諦めが囁く。

 

(こんなに頑張って、意味なんてあるのか?自分が何者かだってわかってないのに……)

 

(うるさい!今はそれどころじゃ……)

 

 自分が自分である、と自信を持って言えなくなってから、度々頭を過っていた考え。

 

(世界の真理を解き明かす。それが何になる?また、絶望するだけなんじゃないのか?)

 

(違う!違う……私は……っ!)

 

 まるで『自分』が二つに分かれたような感覚。

 

 絶望し、膝をつこうとする自分と、それでも希望を求める自分。

 

 ルクスの言葉に救われたのは後者のみで、ソフィアの頭には今も絶望を囁く自分がいる。

 

(何か突破口を……なんでもいい、なにか――もう一度、周囲を解析して――)

 

 突破できる気配のない魔物たちの壁。ソフィアの精神は膝を折る寸前まで追い詰められていた。

 

 

 

(苦しい、いよいよジリ貧になってきた……)

 

 前衛に張り付き、ひたすらに剣を振るう。アイリスが普段やっている役割が、あまりにも苦しいとルクスは実感していた。

 

 真正面から魔物とぶつかる。後ろに逸らしたり、逃げてしまえばその牙は即座に後方の仲間に向けられる。故に絶対に下がれない。

 

「踏ん張りなさい、ルクス!こんなところで死ぬんじゃないわよ!」

 

「わかってる!」

 

 隣で自分より多くの魔物を引き受けているアイリス。傷を負いながら、それでも仲間を守るために立つその姿に、心が奮い立つ。

 

「一度治療します!」

 

 後方のクロエから魔法が飛ぶ。体の傷は治るが、精神の消耗は蓄積し続けていた。希望は、見えない。

 

 

 

「……おかしい」

 

 戦いの最中、アイリスがつぶやく。それは小さな声ではあったがルクスの耳にも届いた。

 

「おかしいって、何が!?」

 

「ソフィアの魔法がさっきから飛んでこない!魔物の勢いが増していく一方よ!」

 

「――っ!?」

 

 斬り結んでいる魔物を強引に押し返し、振り返る。

 

 信じられないものを見た、と言わんばかりに体を震わせ、怯えているソフィアの姿。

 

「ソフィア、どうした!?なにがあった!」

 

 再び迫る魔物。向き直り対処していく。

 

「……巨大な魔物が、来る。あまりにも強い、これは――」

 

 瞬間、大きく響く地鳴り。茂みが倒され、その奥から現れたのは――

 

「――ゴブリン、キング……」

 

「GYAAAAAA!!」

 

 周囲の魔物とは一線を画する巨躯。手には巨大な刃。方向は空気を震わせ、敵対者を威圧する。

 

「……無理だ」

 

「ソフィアさん!?」

 

 トサリ、と背後から膝をつく音。クロエの声からするに、ソフィアだろう。

 

 振り返れば、数日前に見た、絶望の表情に再び戻っていた。

 

 

 

(あぁ、やっぱり私は……)

 

 苦境の中、さらなる絶望が襲い掛かる。無意識に膝をついていた。

 

(体が動かない。まるで自分の身体じゃないみたいだ……)

 

 仲間たちの声が聞こえる。しかしそれは意味のある音として脳に届かない。

 

(なんとか立ち上がってここまで来た。でも、この世界で生きていくには、あまりも苦しみが大きい)

 

 打ちのめされ、それでも見つけた小さな希望に縋って立ち上がった。しかし待っていたのは圧倒的な暴力という絶望で――

 

(この苦しみの果てに、世界の真理を見つけ出したとして……それは、私を救ってくれるのか?)

 

 希望から、絶望へと。心の天秤が傾いていく。

 

(――もう、楽になりたい。このまま、すべてを投げ出して……)

 

 絶望に濁る瞳。その視線はあの日希望をくれた少年の背中に向けられていた。

 

 ――まるで、希望を求めるように……

 

 

 

 

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