天座の書架と白紙の勇者   作:maki@

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蒼穹の覚醒~探求する者~

「くっ!いくらなんでも厳しいわね……!」

 

 魔法による援護が抜け、少しずつ押し込まれていく。その間にもゴブリンキングはこちらに近づいてくる。

 

(ふざけるな)

 

その時、ルクスの胸に沸いたのは静かな怒り。

 

(彼女はやっと立ち上がったんだ。それをこんな強いだけの力でもう一度折られてたまるか)

 

 自傷をためらわないほどの絶望。それでも、もう一度立ち上がり、歩む姿勢を見せていた。その心が、再び折られようとしている。

 

(彼女を一人にしない。隣に立ってともに世界の真理をつかむ!そのために――この世界を『視る』んだ!)

 

 ともに世界の真理を解き明かす。あの夜に約束したことは今も胸にある。

 

(もう二度と、彼女の心を傷つけさせない!世界の謎を解き、その心が救われるまで!!)

 

 思いが、胸の中で形を結ぶ。

 

 その瞬間。

 

 『無銘の剣』が、熱を持った。

 

 じわりと、根元から。まるで長い眠りから目を覚ますように。

 

 白かった刀身が、青く染まり始める。主の願いに応えるように。

 

 白磁から、空色へ。空色から、蒼穹へ。その感情の純度が高まるように。

 

 それは、叡智の色だった。あるいは、真理の色だった。

 

 記憶も経験も持たない少年が、それでも確かに手に入れた、一つの色。

 

(――『クエリトル』?それが、この剣の本当の名前……?)

 

 ルクスの脳内に自然と浮んだ銘。

 

 その聖剣の銘は『クエリトル』。世界に秘められた謎を、その叡智で探求する聖剣。

 

 聖剣が目覚めると同時、ルクスの瞳も同じ色に染まり始める。その瞳に映し出されたのは――

 

(地、水、火、風……これ――世界の記述!?ソフィアから聞いていたものとは毛色が違うけど……)

 

 様々な色で書かれた記述。何をどうすればどの属性が作用するのか。それが文字通り読めるようになっている。

 

 導かれるように聖剣が躍る。自然と魔力を行使し、口ずさんでいた。

 

「ロックブラスト!」

 

 周辺の地面から岩が浮遊する。前方の魔物に向けて飛翔し――それを突風が後押しする。

 

 岩をぶつけるだけでは倒せなかった。突風だけでは押し返せなかった。しかし、それらが合わさり――

 

「――よし!倒せる!」

 

 着弾した魔物が霧散していく。二つの属性の同時発動。これまででは考えられない絶技が自分の手足のように操れる。

 

「ルクス!今のは――それに、その剣!?」

 

「アイリス、話は後だ!あのでかいのが来る前に雑魚を蹴散らす!」

 

「――了解!あたしが前衛、あんたが中衛ね!」

 

 即座に陣形を組み直す。一つの魔法で魔物が倒せるならここまでの戦闘とは流れがまるで変わる。

 

「ピアッシングストリーム!」

 

 剣先に水球が生成される。それを突き出すと、風によって舗装された進路をすさまじい勢いの水流が迸る。その直線状にいたすべてが風穴を開け、霧散する。

 

「クレイウォール!」

 

 大地が隆起する。そこに生成される高熱の炎。焼き固められた堅固な土壁が魔物の進路を限定した。

 

「マッドウェーブ!」

 

 そこに殺到する石や岩を含んだ濁流が、まとめて押し流し、飲み込んでいく。

 

 あれほど押し込まれていた戦線は今や完全に優勢になっていた。

 

 

 

 

「ルクス、キミは……」

 

 周囲を囲んでいた魔物の大半が霧散し、濁流によってゴブリンキングすら後方に押し戻した。その間隙。突然信じられない力を発揮したその背に、声をかける。

 

「……やっぱり、難しいか?何の根拠もない俺の言葉だけじゃ」

 

「っ!そんなことはない!本当に救われたんだ!」

 

 真実、あの時のソフィアは明確に救われ、希望を抱いていた。――それを超える絶望に打ちのめされてしまったが。

 

「でも……私は、キミのように心が強くないみたいだ。一人では、立ち上がれない……」

 

 視線を逸らす。

 

「キミはどうしてそんなに強い?記憶もない。自分が何者かもわからない。そんな状態でなぜそんな風にできる?」

 

 少し考える様子を見せるルクス。

 

「俺が強いかどうかはわからないけど……俺が立ち上がる理由は、いつだって君だった。君に憧れて。君の力になりたくて。君を……救いたくて。だから、もし俺が強いんだとしたら……それは、君のおかげだよ」

 

「わ、たし……?」

 

 ぽかんとした表情。ルクスは苦笑し、改めて振り返る。復帰した一部の魔物、そしてゴブリンキングが迫っている。

 

「あぁ。だから見ていてくれ。君にもらった力で、君にもらった心で。君を救ってみせる」

 

 そう言い残し、魔物へと駆けるルクス。その背中をソフィアが見つめていた。

 

 

 

「悪い!待たせた!」

 

「遅いわよ!あのでかいの、どうする!?」

 

「あの力、私の盾でも簡単には守れないかもしれません……」

 

 前線に戻る。間近に迫った巨体はより一層その威圧感を増していた。

 

「まずは強度を確かめてみるか……ピアッシングストリーム!」

 

 再び発動する水風の魔法。凄まじい速度で進むそれと、ゴブリンキングが衝突し……

 

「ガァッ!?」

 

 その表皮を、わずかに削る。

 

「うっそだろ!?」

 

「さっきはあんな簡単に魔物を貫いていたのに……」

 

 戦慄するクロエ。かすり傷を負ったゴブリンキングの視線がルクスに向けられる。

 

「あんたの相手はこっちにもいるわ……よっ!」

 

 その隙に接近したアイリスの一撃。数多の魔物を切断してきたその一撃も……

 

「っち!通らないか……!」

 

 甲高い音を立て、弾き返される。反撃に振るわれる巨大な腕。

 

「プロテクション!」

 

 展開される光の盾。

 

「うぅ、やっぱり重い……!」

 

 ミシリ、と嫌な音がすると同時、砕ける盾。寸前で身をかわし、事なきを得るアイリス。

 

「助かったわ。でも、これは攻め手が……」

 

 あまりにも硬い体。単純で強大な力が立ちふさがる。

 

(どうする……?単純な火力だと残りの手札は後一枚。それが通らなかったら……)

 

「ルクス!危ない!」

 

「っ!?おっと!」

 

 鋭い警告に顔を上げれば、ゴブリンキングがこちらに向けて走ってきていた。巨体ゆえに速度は大したことなく、余裕をもって回避する。

 

 攻撃の通らない勇者たちと、攻撃の当たらない魔物。薄氷の均衡が保たれていた。それを崩すのは――

 

 

 

 ただ、見ていた。

 

 希望を謳う少年を。彼が操る鮮やかな魔法を。彼と共に戦う二人の少女を。

 

(なぜ、私がそこにいない……?)

 

 体は動かない。頭では動かなければならないとわかっている。しかし絡みつくような絶望がそれを妨げ続ける。

 

 魔法が走る。わずかに魔物に傷がつき、咆哮する。反撃を躱し、陣形を整える。ソフィアのいない、しかし滑らかな連携。

 

(私は……必要ないのか。私がいなくても、キミたちは、戦える……なら、私の存在に意味は……っ?)

 

 チクリと刺す痛み。

 

(なんだ?この痛みは。私は必要ない。もし必要だったとして、別の『私』が生み出されるだけの可能性すらある)

 

 顔のない人々を観測して以降、絶えず心に巣食っていた自己の揺らぎ。それが、少女の胸に一つの感情を生み出す。

 

(……寂しいのか?私は。私ではない『私』が生み出され、キミたちと過ごすことを想像するだけで、胸が痛む)

 

 それは、寂しいという感情。そして、その裏返しに――

 

(いや、それだけじゃない。私自身が、キミたちと共にいたいと思っている。役割のためじゃない。世界の真理とも関係ない。私自身の願い……)

 

 それは、初めて自覚した願い。『賢者』とも、『ソフィア』とも関係がない、一人の少女の願い。

 

(そうか。これが、私なのか。心揺らぎ、一人では立てない。だからこそ、仲間と共に歩む。その果てで、世界の真理をつかめばいい)

 

 それは、賢者という役割と、一人の少女の調和。今ここに、『賢者ソフィア』は成った。

 

(行こう。みんなが待っている。私は私として、明日を生きるために。共に戦う!)

 

 仲間の元へと駆け出す。その足取りにはもはや一片の迷いもなかった。

 

 

 

「腹だ!腹の中央を狙え!そこが一番脆い!」

 

「っ!?ソフィア!?」

 

 突然の助言。思わず振り返れば息を切らして走ってくるソフィアの姿。

 

「手間をかけた!謝罪は後でいくらでもする!今はこいつを!」

 

「……後で色々聞かせてもらうわよ!」

 

 ゴブリンキングと切り結んでいたアイリスが下がる。詰め寄ろうとするその足元から巨大な土壁。何層にも重なるように、進路をふさぐ。

 

「クレイウォール!よし、それで?腹を狙えばいいのか?」

 

「あぁ、そこだけ明らかに記述が薄い。といってもそこらの魔物よりは硬いだろうが……」

 

「火力という面ではやはりルクスさんでしょうか?何とかして隙を作れれば……」

 

 手の中の聖剣が熱い。まるで何かを語りかけてくるような。この少女達を救え、という意思が流れ込んでくる。

 

「……あぁ、ほんの少しでいい。全力を叩き込む隙があれば、必ず決めてみせる」

 

「よし、ならさっさと方針を決めるわよ。詰めはルクスだとして、どうやって隙を作るか」

 

「私に考えがある。まずは――」

 

 ドン、ドン、と振動が響く。少しづつ土壁が破壊されていく音。猶予はそう多くない。

 

 

 

「ガアァァア!」

 

 目障りな土壁を砕く。粉塵が舞い、視界が悪い。あの矮小な人間どもはどこにいったのか。

 

 あたりを見回すと、赤い少女。その奥には唯一自身に傷をつけた少年もいた。

 

「さぁ、来なさい!」

 

 少女が待ち構えている。少年は……なにか、力を溜めている?どちらにせよ、優先して潰すべきなのは少年だ。

 

 進路をふさぐ少女を薙ぎ払う。所詮、受け止めることなどできはしない。

 

「ぐっ!させない!」

 

 背後から切りかかってくる。無視する。どうせ効かない攻撃に気を払う必要もない。少年を間合いに捕らえる。まだ、動く様子を見せない。

 

「ガァ!!」

 

 それならば望み通り砕くのみ。携えた巨大な刃を振り下ろし――パリンッ

 

「――ガ?」

 

 何かが砕けた。しかしそれは人間とは違う感触。果たして、砕けたのは――

 

 

 

 パリン、と硬質のものが砕ける音。ルクスがそれを聞いたのはゴブリンキングの正面。ただしその間合いよりわずかに外側だった。

 

 眼前で砕けたのはクロエの盾。そこに映し出されていたルクスの像を本物だと誤認したゴブリンキングは、渾身の振り下ろしの後、明確な隙を晒していた。

 

「今だ!ルクス!」

 

「あぁ!」

 

 背後にはソフィア。熱を生み出し、風を操作し。巧みな魔法によって幻の像を作り上げていた。そしてその風の魔法がルクスの背を押す。

 

 瞬時にゴブリンキングの眼前に至るルクス。まだ、防御の姿勢は取れないまま。すり抜けるように聖剣を腹に突き刺す。

 

「ガァァァァァ!?」

 

 極限まで炎熱を込められた聖剣は容易くその切っ先を体内に滑り込ませる。

 

「フレアバーストっ!」

 

 その熱の全てを風と共に開放する。強靭な肉体の内側で荒れ狂う灼熱の嵐。一瞬の静止。そして、その巨体が崩れ落ちていく。それが地面に倒れこむ前に霧散し、何もなかったかのような静寂が訪れるのだった。

 

 

 

「これが、今回の異常の原因のようだね」

 

 大量の魔物を退け、いきつく暇もなく森の奥へと向かった。その先で見つけたのは妖しい光を放つ宝玉。

 

「なに、これ?みたことないわね……」

 

「すごく、いやな気配です」

 

 吸い込まれそうな輝き。思わず目を奪われる。

 

「詳しく調べてみたいところではあるんだが……さすがに危険だね。破壊しておこう」

 

 そう言って魔法を打ち込む。かしゃん、と乾いた音を立て、あっさりと砕け散る宝玉。

 

――瞬間、文字があふれ出す。

 

(魔物、強化、ポータル……?なんだこれ?)

 

(テルミナ、魔王。勇者。世界……これは、一体……)

 

「……ルクスさん?ソフィアさん?どうかしましたか?」

 

「いや、今、文字みたいなものが……」

 

「何の話よ。宝玉が砕けただけじゃない」

 

(二人には見えてないのか……?)

 

「今のも世界の記述の一片、ということか」

 

 ソフィアが努めて平静に言う。

 

「内容に関しては、後で精査しよう。今は……」

 

「……やっと、終わったか」

 

 四人が、その場に座り込んだ。

 

 しばらく誰も話さなかった。荒い息が落ち着くのを待った。

 

「……なんとか、やったわね」

 

 アイリスが先に言った。

 

「はい……」

 

 クロエが草の上に手をついた。

 

「……みんな」

 

 ソフィアが改まったように言う。思わず姿勢を正すルクスたち。

 

「今回は……というか最近は、大変迷惑をかけた。本当にすまない」

 

 頭を下げる。

 

「……もう大丈夫なのかしら?」

 

「あぁ。今度こそ問題ない。私は私を取り戻した。もう、見失ったりしない」

 

 その目は自信に満ちていた。

 

「私は、世界の真理を解き明かす。その目標は変わらない。でも、それは一人で成し遂げなければならないものじゃ、なかったんだ。私はキミたちと、ずっと一緒にいたい。そう、強く思った」

 

「――んぅ」

 

 思わず声が漏れるクロエ。他二人も似たようなものだったが。

 

 どこか冷めたところのあったソフィアからの突然の宣言に驚き、しかし笑顔で受け入れる。

 

 今度こそ、四人の輪がつながった瞬間だった。

 

 帰りましょうか、とアイリスが言い、その前に軽く治療しておきます、とクロエが立ち上がる。いやぁ、本当に疲れた、とソフィアが続き、君は寝不足が祟っているだけじゃないか?とルクスが茶化す。

 

 青く輝く聖剣が、四人を祝福するようにやさしく輝いていた。

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