天座の書架と白紙の勇者   作:maki@

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青の狼狽/蒼穹の解明

「うーん……」

 

 修練の森から帰還して数日。

 

 訓練場で、頭をひねるルクスの姿があった。その眼前には、蒼穹に染まった己の剣、『クエリトル』がある。

 

(突然世界の記述が読めるようになったのは、やっぱりこの剣の影響だよなぁ……)

 

 聖剣に力を込める。自身では観測できるわけもないが、その双眸が美しい蒼穹に染まっていく。

 

(地面、空気、的、剣……どこをどうすれば属性の要素を取り出せるかが、手に取るようにわかる。これが世界の記述なのか?)

 

 あの日、二つの属性を同時に行使した。これまでの自分では考えられない精度だった。しばらくの休息を命じられたものの、どうにも落ち着かなかった。

 

「おはよう。精が出るね、ルクス」

 

「ソフィアか。おはよう。どうした?」

 

 近づいてくるソフィアは、手帳と短杖を抱えていた。隈はすっかり消え、肌の艶も以前よりずっといい。何より、その瞳に宿る知性の光が、どこか楽しげに揺れていた。

 

「しっかり休息をとれたからね。……そろそろ研究を再開しようと思って」

 

「なるほど、ということは……」

 

 こちらに来た時からソフィアの視線が釘付けになっているもの――蒼穹の聖剣。

 

「その剣を見せてほしいんだ。突然色が変わったり、複数の魔法を自在に操ったり……実に興味深い」

 

 かつて彼女が一人で図書室に籠もっていた時の、あの危うい雰囲気はない。今は純粋な未知への好奇心――研究者としての顔だった。

 

「あぁ。頼むよ。俺にもこいつがどうなったのか、よくわかってないんだ。それに……聞きたいことも、ある」

 

 美しい蒼穹の瞳。それに見つめられ、トクン、と小さく胸が高鳴る。

 

「……?まぁいい。では、図書室に行こうか」

 

 そんな自分の反応に違和感を覚えつつも、今は知的好奇心を優先するのだった。

 

 

 

 

「解析魔法、展開……」

 

 短杖から淡い光が放たれ、剣を包み込む。ソフィアは流れる記述を追い、手帳を走らせる。

 

「……ふむ。以前はノイズに埋もれていた中枢の記述が、君の魔力と完全に同調している。まだまだ読み取れない部分も多いが……」

 

 一度言葉を切る。

 

「どこか解析魔法に似た気配を感じる。世界の在り方を観測しているような――あるいは世界そのものを『識って』いるような――」

 

「確かに、この剣を握っていると記述が見える。これを君に聞こうと思ってたんだが……解析魔法で見えるものと、少し違う気がするんだ」

 

「へぇ?また興味深い話が出てきたね。それがあの時の複数属性を組み合わせた魔法のタネってことかい?あんな芸当、私にもできないんだけどね」

 

 手帳に書き込む手が止まる。一言一句聞き逃さない、という表情。

 

「世界のどこにどう魔力を通せばどんな変化が生まれるのか……それがわかるんだ。属性のイメージをするまでもなく、勝手にそうなる。だから二つ同時でも扱えるんだと思う」

 

「……確かに、私が解析魔法越しに見ているものとは違うね。私が見ているのはあくまで対象の情報――パラメータだ。対してキミに見えているのは世界全体であるように聞こえる。特定の物体に注目するのではなく、視界に入るもの全ての記述を読み取るような……」

 

「……あぁ。なんかしっくりくるな、それ。そうか、全部を見ている――確かにそうだと思う」

 

 今の自分の視界に映るもの。その正体に近づいていく。

 

「なるほど。ならこれはもう、ただの剣、武器じゃない。世界の記述を驚異的な精度で読み取り、どう干渉すれば望む結果が得られるか、という最適解をキミに提示している――観測器の役割も果たしているのか」

 

「観測器?」

 

「あぁ。君が望む結果を世界に書き込むための道具、と言い換えてもいい。細かい理論を飛ばして、結果だけをつかむ――あまり丁寧とは言えないが、戦うための方法としては分かりやすい」

 

 手帳に書き込む手が再び動く。自身の身に起きたこと。それを理解したものの、ルクスの表情はいま一つ晴れない。

 

「……なんだ?かなりすごいことだぞ、これは」

 

「いや、それはわかるんだけど……君と同じものが見られるのかも、と期待していたから、な。そうしたら、もっとそばで力になれるだろ?」

 

 ピタリ、と動きが止まる。停止は一瞬、すぐに再開した。

 

「……何を言うかと思えば――逆だよ、ルクス。私に見えているものがキミに見えないように、その逆だってあるんだ。二つの視点がある方が情報は増える」

 

 顔を伏せ、より素早く手帳に書き込んでいくソフィア。

 

「……そうか。なら、いいか」

 

「……よし、じゃあ次はこの剣が青く染まった時のことを聞かせてくれ」

 

 そういって視線を合わせるソフィア。頬が少し赤い。

 

「ん-、何から話したものか……」

 

「なにか、こうなったきっかけ、みたいなものに心当たりはないかい?」

 

「きっかけ、ねぇ……」

 

 あの日のことを想起する。魔物の群れ、ゴブリンキング。そして……

 

「そうだな、やっぱり君だよ」

 

「私?」

 

「あぁ、君と世界を解き明かすって約束しただろ。それを守るために、もっと世界を『視たい』って思ったんだ。その時急に剣が熱くなって……どうした?」

 

 視線がそらされる。

 

「……何でもない。強い感情に反応した、ということか――?」

 

「そうかもな。それで、剣がこうなって、いろいろと見えるようになって――」

 

「ふむ……今一つ確信には至らないが、まぁこんなところか」

 

 そういって、手帳を閉じる。

 

「でも、いいさ。一度にすべてを解き明かしてしまっては、探求の楽しみがなくなる。……記録は終わった。ありがとう、ルクス。君のおかげで、また一歩『真理』に近づけた気がするよ」

 

「それはよかった。ソフィアが元気そうで安心したよ」

 

 ルクスが何気なく言った言葉に、ソフィアの手が止まる。

 

「……元気? そうかな」

 

「あぁ。この前のソフィアは、どこか必死で、なんだか遠くに消えてしまいそうだったけど……今は、ちゃんとここにいる感じがする」

 

 ルクスは彼女の顔を覗き込んだ。

 

「俺がいるところに、君がいる。君がいるところに、俺がいる。それだけで、何でもできそうな気がするよ。世界の真理だろうとつかめそうだ……てのはちょっと無責任か?」

 

 ソフィアは一瞬、言葉を失ったように目を見開き、それから。

 

「……なんなんだ。本当に……」

 

 耳まで真っ赤に染め、顔を伏せてしまった。

 

「? 何か変なことを言ったか?」

 

「……いや。なんでもないよ。今日のところは失礼する」

 

 そう言うと、ソフィアは逃げるように部屋を飛び出していった。

 

 

 

 その日の午後、救護室で、ソフィアはクロエを訪ねていた。

 

 自主訓練中のけがでたまたま居合わせたアイリスもいる。

 

 クロエとソフィアが向かい合い、アイリスが隣のベッドに腰掛ける。ソフィアの表情は、どこか落ち着かない。

 

「……相談が、あるんだ」

 

「相談? ソフィアさんからなんて珍しいですね」

 

 クロエが不思議そうに首を傾げる。アイリスは隣で「まさか」と身構えていた。

 

「個人的な問題なんだ。――近頃、体の調子が変で……」

 

「えぇっ!?もっと早く言って下さい!具体的にどんな症状なんですか!」

 

 慌ててソフィアに詰め寄るクロエ。

 

「動悸がしたり、熱に浮かされたみたいになって……」

 

「ふむふむ、それはどういった時にですか?」

 

「えっと、ルクスと話しているときが多いな。後は、一人で研究していてもふとした時にそうなる」

 

「あぁ……」

 

 顔を赤く染めるソフィア。横で聞いていたアイリスの顔が、目に見えて生暖かくなった。

 

「えっ、とぉ……例えば、動悸と一緒に息切れしたりとかはありませんか?」

 

「……ない。ただ鼓動が速くなるだけだ。同時に顔が熱を持ったようになる」

 

 クロエの表情からも少しずつ力が抜けていく。

 

「なる、ほど――ちょっと、失礼しますね……」

 

「え?あぁ……」

 

 そう言うとアイリスの肩をつかんで部屋の奥に連れ込む。

 

 

 

(アイリスさん、これは……)

 

(まぁ、そういうことよね。ルクスがソフィアを連れ出した日から兆候はあったんだけど……)

 

(えぇ!?私、全然気づきませんでしたよ!?)

 

(あんたあの時ルクスへの説教で頭いっぱいだったんじゃない?)

 

(あぁ、確かに……!どうしましょう。体調不良の話かと思ったらまさかこんな内容だなんて……)

 

(ソフィアに自覚がないってのがおもしろいわね。普段はあんなに何でも知っていますみたいな雰囲気なのに)

 

(素直に伝えた方が良いんでしょうか……うぅ、初めての経験です)

 

(長引かせても仕方ないでしょ。ここはスパッと――)

 

(言えますか?アイリスさん。あのソフィアさんに正面から『あなたは恋をしているんですよ』なんて。私は無理です!)

 

(――確かに、ちょっとハードル高いわね……でも、どっちかがやらないと。どうせルクス本人が気づくことなんてないとは思うし)

 

(あの人、本当に自分のことに無頓着ですからね……ここは、公平に行きましょうか)

 

(……仕方ないわね、恨みっこなしよ!)

 

(はい、行きますよ……!)

 

 拳を構える二人。

 

「「じゃん!けん!ほい!!」」

 

 

 

「ソフィア、あんたのそれは恋よ。ルクスのことが気になってるの」

 

「……は?」

 

 アイリスから告げられたそれにソフィアの思考が混乱する。

 

(私は体調の相談をしていたのでは?そもそもなぜアイリスが?というか恋?ルクスに?私が?)

 

 二人してひそひそと話していたかと思えば戻ってきて開口一番がこれだった。

 

「いや、いきなり、なにを……」

 

「自覚しなさい!あんたはあいつに懸想していて、いつでもどこでもドキドキしちゃう女になったの!さっさとあいつのところに行って――もがっ」

 

「アイリスさんストップ!ストップです!直球すぎるでしょう!?」

 

「離しなさいクロエ!話すのはあたしの仕事になったでしょうが!」

 

「恋……ドキドキ……私が……?」

 

 突然興奮し始めたアイリス。それを抑えようとするクロエ。顔を真っ赤に染め上げうわごとをつぶやくソフィア。救護室は混沌に包まれていた。

 

 

 

(恋……恋か……)

 

 私が抑えておくので行ってください!と半ば追い出されるように救護室を出たソフィア。普段の知性にあふれた表情はどこへやら、茫然としている。

 

(考えたこともなかった。知識として知ってはいるが、まさか自分がそうなるとは……確かに思い返してみれば、聞いたことのあるような症状ばかりだったな)

 

 自覚してみれば、なんてことはない。ありふれた恋する少女の一人になっただけだった。――それで平静を取り戻せるかは、また別の話だが。

 

 ふらふらと当てもなく歩く。気づけば訓練場の前にいた。中からは破砕音。つまり――

 

(ルクスが訓練をしている。複数属性の魔法にも興味があるしここはひとつ、見学でも――)

 

 ドクン。鼓動が高鳴る。ドクン、ドクン。少しずつ早くなる。頬が上気する。

 

(――あぁ、これは、ダメだな……)

 

 自覚していても。いや、自覚しているからこそ、まともではいられない。

 

(今日のところはやめておこう。機会なら、またあるだろう……)

 

 賢者としての好奇心が少女としての恋心に追いやられる。今後幾度となく繰り返す、その一度目の敗北だった。

 

 

 

 翌日。プロタゴニストの四人は図書室に集まっていた。

 

「さて、今日集まってもらったのは、以前破壊したあの宝玉に込められていた情報について、だ」

 

 口火を切ったのはソフィア。手帳を開き、一つずつ確かめながら口に出していく。

 

「結論から言えば、あの宝玉は魔王が生み出したもの。魔王に関する様々な情報が込められていて――テルミナへの道も記されていた」

 

「それは、つまり」

 

 息を呑むアイリス。

 

「テルミナに向かい、魔王を倒す準備が整った、ということですか……?」

 

 緊張の面持ちでクロエが言う。

 

「その通り。倒せるかどうかは置いておいて、挑む権利は手に入れたわけだ。」

 

 平静な様子のソフィア。

 

「『修練の森』の奥に、ポータルがあるとわかった。それを通じて魔物が現れていたようだね。なぜそんなものが森にあるのか、いつからあるのかは不明だが……」

 

「……単純に考えれば、この間の異常な数の魔物の原因、だよな。つまり――」

 

「あぁ。放置すれば、またあの時のような大量の魔物があふれ出す事態になりかねない。たまたま私たちがいたから森の中で済んだが、そうでなければ魔物は街になだれ込んでいただろうね」

 

「スタンピード……!」

 

 拳を握るアイリス。他者を守る騎士としてはあまり聞きたくない単語なのだろう。

 

(まぁ、スタンピードが発生したからと言ってあの顔のない人影がどうなる、ということもないだろうが……わざわざ言うべきことでもないか)

 

 冷めた考えを飲み込み、今後の予定を語る。

 

「とにかく、あまり時間をかけない方が良いと思う。森の中の魔物があらかた片付いている今のうちに、テルミナに踏み込むべきだろう、というのが私の意見だ」

 

 そういって三人を見回す。

 

「……いいわ、やってやろうじゃない」

 

「はい!今こそ救世の時です!」

 

「行こう。世界の果て、終焉の地――テルミナに」

 

 勇者たちは心を一つに、最後の決戦に臨む覚悟を決めるのだった。

 

 

 

「――なるほど、こうなりましたか……」

 

 部屋の外、内部の会話を聞いていたマリア。

 

「自力でポータルの存在に気づくとは、予想外の展開です」

 

 微笑みは崩れない。彼女にとって予想外とはある種好ましいものでもあるがゆえに。

 

「見せて下さいね。皆さんが描く、この物語の結末を……女神様もそれを心待ちにしているのですから」

 

 夕刻。学園の鐘が響く。その音色は天高くまで響き――

 

 

 

 

――◇――

 

『えぇ。とても楽しみよ。予想を裏切る展開。想像を超える感動。私はいつだってそれを望んでいるのだから』

 

 その手には蒼穹の輝きを秘めた栞。

 

 それをもてあそびながら、うっとりと次のページに手を伸ばす。

 

――頁が捲られる。

 

 物語は終幕へと向かうのだった。

 

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