「いよいよ、か」
『修練の森』の奥。歪んだ光の穴――ポータルの前に四人の少年少女が集った。
「これをくぐればすぐにテルミナ――魔王の目前だ。準備はいいかい?」
「えぇ、あたしたちの使命を果たすときね」
「必ず、世界を救いましょう!」
「――行こう」
同時に踏み出す。わずかな浮遊感。周囲が歪み、視界が白く染まる。そして――
真っ先に視界に入ったのは、灰。灰と白が混じり合ったような空が頭上に広がっている。足元は石と砂。何の変哲もない、何の生命の気配もない地。まさしく世界の終焉、終端だった。
「……ここが、テルミナ」
クロエが呟いた。
「世界の果て、か」
アイリスが剣に手をかけながら周囲を見回した。
「あれが、魔王」
魔物の群れの先、巨大な黒い影をルクスの目が捉えた。手の中の聖剣が震える。アレを倒せと叫ぶように。
「……ふむ」
そんな中最低限の警戒とともに周囲に解析魔法を走らせていたソフィア。
「ふむ、魔物の数は大したことないね。手早く片付けて、魔王との決戦といこうか」
魔物が来た。一体ではなく、群れで。しかし――
「一掃しよう。ルクス、打ち合わせ通りに!」
「あぁ、やってやる!ダストカーテン!」
聖剣が煌めく。理論や過程を無視して、ルクスが望む状況を魔法の力で作り上げていく。
微細な土砂が舞い上がり、風の力で適切に配置されていく。群れの先頭の足を止め、瞬く間に後方までを覆いつくす。
視界を塞がれ、動きが鈍っていく。その間に、砂塵と空気が混ぜ合わされていく。
「……実験でできるのは分かっていたが……本当にとんでもない精度だ」
自身も魔法の準備を進めながら慄くソフィア。
「俺自身は何もしてないんだけどな……全部この目と聖剣頼りだ」
「キミの力には変わりないさ。クロエ、念のための防壁を頼む!」
「はい!プロテクション!」
ソフィアの短杖に光が灯る。
「衝撃に備えろ!フレアバレット!」
打ち出されたのは何の変哲もない炎弾。それが今も魔物たちを戒める砂塵に衝突した。次の瞬間。
「ぐっ!」
衝撃、突風、熱。思わずふさいだ目を開くと――
「……とんでもないな」
そこには、何もなかった。魔物しか存在しなかった地表から、それをすべて吹き飛ばした結果、残ったのは高熱で焼け付いた地表のみ。
「計算通りではあるが……本当に恐ろしい威力だ」
「こんな魔法、他で使うんじゃないわよ……?」
「流石に二度と使わないだろうな、これは……」
「ひえぇ」
破壊を齎した側がしり込みするほどの衝撃。世界の記述からあらゆる物理法則を演算した結果の、たった二つの魔法による大規模爆発。
「とにかく、これで道は開けたわね。行きましょう」
先陣を切るアイリス。それに続く面々の目には、破壊痕のさらに奥、未だ動きを見せない巨大な影が映っていた。
散発的に襲い来る数匹の魔物を蹴散らし、たどり着いた巨体――魔王。その足元からは今もなお魔物が生み出されている。
巨躯。人の形をしているが、人ではなかった。顔に相当する部位――目のようなものが鈍く光っている。どこも動いていないのに、声が響く。
「接近するオブジェクトを確認。周囲の被害レベル、甚大。明確な敵対者と認識する」
――意味を持たない、終わりを告げるだけの言葉だった。
「当機の識別名は『フィニス』。世界の終末、その具現。魔王、フィニスである。敵対者の集団に勇者を確認。これより世界の終焉を開始する」
宣言と共に魔物があふれ出していた影が消える。立ち上がり、拳を構えた。世界を終末へと導く機構がその役割を全うし始める。
「来るわよ!散開っ!」
ほんの少しだけ鈍重な、しかし巨体相応の力と大きさの拳が迫る。散り散りに躱した四人がそれぞれに動き始める。
「支援します!皆さんに女神様の加護があらんことを……!」
「先に残党を蹴散らしておく!魔王は頼むぞ!」
「あぁ、行くぞ、アイリス!」
「もう行ってるわよ!あんたも早くしなさい!」
アイリスが素早く踏み込んだ。剣が閃く。
しかし。
「……え?」
傷が、なかった。
斬った。確かに斬った。弾かれるような手ごたえもなく。しかし、成果を確認しようと顔を上げた時にはその体には傷一つなかった。思わず足が止まる。終末の機構はその停滞を許さない。
「損傷、皆無。迎撃」
「――っ!?ぐぅっ!」
「アイリス!がっ!?」
振るわれる巨腕。辛うじて成功した防御の上から吹き飛ばされる。後方から回り込んでいたルクスが受け止めるも想像以上の衝撃に押し込まれた。
「ご無事ですか!」
「厳しいわね……二人とも、助かったわ」
すぐさまクロエが近づいてきて治療を施す。
「間違いなく斬ったと思ったんだけど……」
「俺の目にもそう見えた。あれは一体……」
困惑する二人。しかし猶予はそう多くはなかった。
「排除、失敗。迎撃を続行」
魔王が迫る。慌てて散開する三人。
「とにかく色々試すぞ!ソフィア!そっちが片付いたら急いで解析を頼む!」
「……火急のようだね。心得た!」
ちらりと目をやれば殆どの魔物が掃討されている。全滅もそう遠くはないだろう。
「行くわよルクス!合わせなさい!」
「あぁ!」
アイリスとルクス。剣と魔法が魔王に向けて振るわれる。
「……斬ってはいる。それは間違いないのに、その直後には傷がなくなってる……?」
「こっちもだ!撃っても、潰しても、貫いても!すぐに再生されてる!」
異常な再生。世界がその傷を認識していないかのような速度で消えていく。
真っ新になった装甲に、背後から炎弾が叩き込まれた。その痕も即座に消える。
腕、脚、胴体、頭部。どこを攻撃しても等しく傷が生まれ、消えていく。
「……なるほど、これは確かに奇妙だね」
「ソフィア!」
「待たせた!解析を始める。引き続き攻撃してみてくれ!」
その短杖から魔力が走る。世界の終焉を棄却するための蒼い輝き。
「魔王。フィニス。終末機構……」
「本当に、手ごたえがない!なんなのよこれぇ!」
「とにかく、攻撃し続けよう!ソフィアの解析を少しでも助ける!」
「プロテクション!ソフィアさん!急いで移動しますよ!」
解析を試みるソフィア。遮二無二攻撃を加えていくアイリスとルクス。三人を――特に、無防備なソフィアを守るために走り回るクロエ。無慈悲に、無感情に、その暴威を振りまく魔王フィニス。世界をかけた一戦は、終幕へと近づいている。
「――っ!?これは!」
解析を始めて暫く。ソフィアの驚くような声に、ようやく来たかと期待を膨らませる三人。しかし、振り返ったソフィアの視線は険しい。
「何かわかったの!?」
「恐らく、だが。この魔王に傷を付けることができるのはルクスだけかもしれない。」
「は?」
驚愕。しかし――
「でも、俺の攻撃も全部再生されてるぞ?どうやって……」
「正確にはルクスの聖剣、だね。その剣で付けた傷以外は即座になかったことになる」
まさしく勇者にしか倒せない、といったところか、と肩をすくめる。
「……とにかく、試してみよう。確かにここまで魔法でしか攻撃していないしな」
「……流石に不安ね。あんたそこまで剣の訓練してないでしょうに。あたしが少しだけ隙を作るからそこを狙いなさい」
「助かる!多少は君に教わったけど正直不安で一杯だ!」
「そんな情けないことを自信満々に言うんじゃないわよ……準備だけはしておきなさい」
そういって魔王に向かって駆けるアイリス。
「クロエ!いいタイミングで盾をお願い!」
「任せてください!」
魔王の足元を駆け回り、斬撃を加えていく。蹴りを躱し、腕を搔い潜る。しかしとうとう回避しきれない――アイリスの誘い通りに拳が迫る。
「――今っ!」
「プロテクション!」
展開される光の盾。一瞬の拮抗。砕いた先には既に標的は不在。
行先を見失った拳は宙を裂き、その下から蒼穹の煌めきが迫る。
「――はぁっ!」
斬撃痕。わずかに刻まれたそれは――消えない。
「!!消えない!消えてないぞ!」
「読み通り、か。なら次だ」
「ルクスの貧弱な剣でどうやってこのでかいのを切り倒すか……無理じゃない?」
「……確かに!」
「み、みなさん……」
この世界で目覚めてから、魔法の訓練を中心にこなしてきたルクスに、わずかながら剣の手ほどきをしたアイリス。彼女から見て、教え子の剣は信用に足るレベルには至っていなかった。
「手はある」
「!流石だ!ソフィア、最高だな!」
「……別に、剣の腕は必要ない。今要求されているのは『勇者の剣でどれだけの威力を出せるか』だ」
戦闘中なため、その赤く染まった表情は周囲に見られていない。努めて冷静な声色で考えをまとめていく。
「ルクス、キミが初めて魔法を使った時のことを覚えているかい?」
「……あぁ、なるほど」
「確かに、あれなら……」
「え?なんかみんな勝手に納得してるけど、俺がわかってないぞ?何の話だよ」
呆れた目が三対。必死に記憶を手繰り寄せる。
「初めて魔法を使った……ソフィアを水浸しにしたくらいしか覚えてないんだが」
「……それじゃない。その前、『修練の森』での話だよ」
「……あぁ!あれか!」
ようやく思い出したか、と言わんばかりの顔から目をそらし、記憶を探る。
「あの時の魔法……確かに、できるかもしれない!」
「じゃ、行くわよ。基本はさっきと同じ流れで!」
(この間までは基礎的な魔法しか使ってこなかった。聖剣が目覚めてからは逆に属性の組み合わせばかり検証していた。だから気づかなかった!)
瞳を閉じ、魔力を聖剣に込める。異様に滑らかに回る魔力。まるでこれが本来の使い方だ、と言わんばかりに。
(集中しろ。魔力を剣に流して……そこに色を付ける!)
「今っ!ルクス!」
目を開けばそこには体勢を崩した魔王。
「――しぃっ!!」
炎を纏う。赤熱した聖剣は、魔王の腕に深い傷を刻む。
「よしっ、これなら……!」
「――待てっ!様子がおかしい!」
踏み込もうとした体を強引に止める。何事かと目をやれば魔王の体から漆黒の光があふれ出していた。
「腕部、損傷甚大。終末機構、臨界稼働。世界よ、よき結末を」
大地そのものが震えるほどの存在感。限界を超えた、世界を終わらせる力が解き放たれようとしている。
「すごい威圧感……」
「だが、間違いなくあと一押し、というところまでは来ている」
「いよいよ、向こうも追い込まれたってわけね」
「……ここで、全部終わらせよう」
力の限り聖剣を握りしめる。自分がやらなければ、世界が終わる。
(どうすればいい?聖剣に魔力を込めるだけじゃさっきと変わらない。何か、もっと強力な一撃がいる……!)
魔法を直接撃っても意味がない。聖剣を強化しても、さっきの二の舞。思考が走る。
(もう時間がない。多分、次が最後の攻撃になる。どうすれば――)
ひやり、と手に冷たい感覚。
「酷い顔だ。そんなんじゃ世界なんて救えないだろうに。もっと肩の力を抜き給えよ」
「ソフィア……」
ソフィアの手が重ねられていた。少しだけ、力が抜ける。
「……あぁ、やっぱりだ」
「何がだ?」
「この剣には、まだまだ隠された力があるみたいだ。さっきのキミの炎を見て、そうじゃないかとは思っていた」
ルクスの手の上から、聖剣を握るソフィアの手。さっきは冷たく感じたそれから、温かい感覚が流れ込んでくる。
「さっきの炎、あまりにも滑らかに馴染んでいた。いくらキミが世界の記述を読んで最適な運用ができるとしても、だ」
目に映る記述が蠢く。手の中の聖剣に飲み込まれていくかのように。
「これにはもっとたくさんの魔力を、記述を込められる容量があるんだ。それこそ、世界一つ分の力を飲み込めるくらいに」
「世界一つ分って……そんなことあり得るのか?」
「あり得るかあり得ないかの議論なんてどうでもいいさ。今、それがここにある、それだけだよ」
熱が増していく。長い眠りから覚めるように。歓喜の声を上げるように。
「ほら、キミならもう見えるだろう?全てを飲み込んでいく、異常な記述の動きが」
「あぁ……!これなら、やれる!ーーん?」
確信と共に顔を上げると、視界に飛び込んできたのはもう間も無く解放されようとしている漆黒の光。そして、それに注意を払いながらも呆れたような目でこちらを見るアイリスとクロエだった。
「あんたらねぇ……いや、いいけど。さっさと決めてきなさい」
「私たちで牽制してみましたけど、魔王は動けないみたいです。早く終わらせましょう」
「なんでそんな淡白なんだ……?いや、行くけどさ」
「…………っ!?」
突然手を離し、ルクスと距離を取るソフィア。
「ち、違っ……!そういうのじゃないからな!?今、そんな事考えるわけないだろう!?」
「はいはい」
「はいはい」
「----!キミたちねぇ!」
「出力、臨界突破。これより、エンドマークを刻む」
姦しい空気。世界が終わる寸前である事を忘れそうになるが、それを許さないアナウンスがそれを為そうとする張本人から流れた。
「--とにかく!行け、ルクス!キミならやれる!」
「あぁ!これで、決める!」
聖剣が輝く。蒼穹の煌めきが世界を満たしていく。灰の空を塗りつぶし、青空に変えてしまうほどの輝き。
魔王の黒と勇者の蒼穹がせめぎ合うように光を増す。
(世界の記述を――力を、全部この一撃に!)
突如として光が消え、世界が灰色に戻る。膨大な魔力の収束。解放の寸前、一瞬の静寂が訪れた。そして、ルクスの脳裏に浮かぶ、これから放つ魔法の銘。聖剣の銘と白紙に書き込まれた意思の具現――
「クエリトルフィロソフィー!」
世界に満ちる四つの元素を世界の記述ごと取り込み、調和する。統制された『世界そのもの』を内包した蒼穹の輝きが漆黒の魔王を飲み込んでいく。
「損傷、甚大。世界、終幕。完遂――」
世界を探求する意思が世界の終わりを破却する。
静寂。閃光が収まり、視覚が正常に働きだす。
「わぁ……」
「これは……」
頭上に広がっていたのは、先も見た蒼穹。光によって塗り替えられたものではない、本物の青空だった。そして、青い世界の中に黒がひとつ。
魔王フィニスは、その活動を停止していた。
巨躯が、揺らいだ。そして――霧散した。
その筐体は小さな光となって虚空に消えていく。
それをルクスは見ていた。
消えていく粒のひとつひとつに、何かが書いてある気がした。文字のような、記号のような、何かの記録のような。
「ソフィア、あれ——」
「あぁ、私にも見えている」
ソフィアはすでに短杖を向けていた。
「読めるか」
「……読める。けど、内容が断片的だ」
昇っていくログを、ソフィアの目が追い続ける。
「今は深く考えないでおこう。後で整理する」
目に焼き付けた。一文字も逃さないように。
やがて光の全てが消え、雲一つない青空だけが残る。
ソフィアが手帳を開き、猛烈な勢いで書き込みはじめる。
「……終わった、のね」
アイリスが、剣を収めながら言った。
「はい。これで、世界は――」
クロエが、そっと胸に手を当てた。
「あぁ、救われた、と言っていいだろう。大団円、というやつだね」
記録が完了したのかソフィアが手帳を閉じる。
「……帰ろう。今日は、もう疲れた――」
それはそう、と頷く三人。ゆっくりと歩きだす。この地につながっていたポータルへ――彼らの帰る場所へ向けて。