天座の書架と白紙の勇者   作:maki@

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色彩の激励/翡翠の決意

 夕暮れの訓練場は、橙色に染まっていた。

 

「――せいっ!」

 

 一人、剣を振るう影。翡翠の輝きを散らし、残心を解く。

 

(このままじゃだめだ。ちゃんとこの剣の力を使いこなさないと――)

 

 脳裏に過るのは昼間の森での戦闘。聖剣が目覚める前よりも仲間に迷惑をかけていた。

 

(書き換えにかかる負担……その大小の基準ははっきりしない。そもそも頼らなくてもいい立ち回りを考えるべきか……?)

 

 考えがまとまらないまま再度構える。そして、剣を振ろうとし――

 

「――なにやってんだか」

 

「――ん?」

 

 隣から声。気づけばアイリスが近づいてきていた。

 

「さっきから見てれば、型が滅茶苦茶じゃない。あたしが教えたこと全部忘れたわけ?」

 

「あー、いや、これは……」

 

「その剣の振り方、斬る気ないでしょ。いや違うか、斬れなくてもいいと思ってるでしょ?」

 

 背筋がヒヤリとする。自分の体の動きだけでそこまで看破するのか、と。

 

「その剣があれば、遠くの敵だろうと硬い敵だろうと振れば斬れる。だから力が込められていなくてもとにかく振れればいい、そんな考えが駄々洩れなのよ」

 

「……その通りだよ。でも、これじゃ駄目なのも分かってるんだ。じゃあ、どうしたらいいのか、それを悩んでいるんだが――っ!?」

 

 俯き、考え込むルクスの視界、その端に銀閃が映りこんだ。咄嗟に躱せばそこには剣を振り下ろした体勢のアイリス。

 

「いきなり何するんだっ!」

 

「いいから構えなさい。どうせ考えたって上手くいかないわよ。とっとと体で覚えた方がいいわ」

 

「だからって……!しかも木剣じゃなくて真剣でか!?」

 

「あたしはちゃんと寸止めできるし、もしあんたの手元が狂ってもその剣なら治せる、でしょう?」

 

 そう言い放つアイリスの表情には一切の恐れがない。

 

「勝手な……!うまくいく保証なんてないんだぞ!?」

 

「やかましい!どうせあんたが使い物にならなきゃ魔王に勝つなんて無理よ!そっちが来ないなら……こっちから行くわ!」

 

 最速の踏み込み。瞬きの間に眼前に迫る真紅の騎士。

 

「くっ!」

 

「まだまだっ!」

 

 弾く、弾く、躱す、受けとめる。

 

「この……!どうなっても知らないからな!」

 

 アイリスの剣を弾き返す。同時、聖剣が一際強い輝きを放った。

 

「この斬撃は必ず当たる!」

 

 僅かに間合いの外。アイリスの剣は届かないが、ルクスの聖剣の前に間合いという概念は存在しない。

 

(軽く当ててやればいい、それで終わりだ!)

 

 横なぎに、急所は避けて掠らせるつもりで振るう。世界に命中を約束された一太刀が――

 

「――ふっ!」

 

――キィンッ!

 

「――――は?」

 

 甲高い音を立てて弾かれた。予想外の感触に思わずたたらを踏む。その隙はあまりにも大きかった。

 

「――まずは一本」

 

 眼前に突き付けられる剣。宣言通りの寸止め。

 

「なに、が……」

 

「今のあんたに説明する義理はないわ。さっさと次行くわよ」

 

「くっそ……!」

 

 再び構える二人。

 

(当たるはずだったのに防がれた。どんな理屈だ……?)

 

「もう一回だ!」

 

 再度世界を書き換える。今度は弾かれても立て直せるほどの距離。振るわれた剣は――

 

「……ここね」

 

「なんで防げるんだよ……!」

 

 再び弾き返される。即座に距離を詰めてくるアイリス。応戦しようとした、その時。

 

「――っ!?」

 

 ガクン、と膝が折れる。書き換えの代償に力が抜ける。

 

(さっきは大丈夫だったのに、なんで……!)

 

 何とか立て直すが、既にアイリスは間合いに踏み込んできている。

 

「だったら、これで!」

 

 三度聖剣が輝く。今度は自身の攻撃が防がれないように。防御の上から叩き潰そうとする。

 

「そんな大振り、当たるわけないでしょうが!」

 

 するりと躱したアイリスが剣を振りかぶる。

 

「ぐぅっ……!まだだ!」

 

(書き換えろ、この剣は当たらない!)

 

「っ!?っと!」

 

 振り下ろされた剣の軌道が不自然に曲がる。反撃しようとして――カラン、と乾いた音。

 

「――は?」

 

 手から聖剣が零れ落ちていた。同時、酷い脱力感がルクスの体を覆う。

 

「はい、これで終わり」

 

 切り返したアイリスの剣が眼前に止まる。

 

「なんで……!?」

 

「――なるほど、ね。次で最後にしましょうか」

 

 最早平静ではいられない。初撃から全力だった。

 

「あぁぁぁぁ!」

 

 止めなければならない。戦いではなく訓練。そういった自制の全てが吹き飛んでいた。

 

 最高速で接近する。至近距離から必中と防御不可を書き加えた一撃を振るった。

 

「――ふんっ!」

 

 鮮血が舞う。アイリスの肩を浅く切り裂いたのが目に入る。

 

 次の瞬間には視界を銀が埋め尽くしていた。三度目の敗北、完敗だった。もはや何も考えられない。

 

「大体わかったわね――痛ぁ……」

 

「――っ!サルヴァトル!」

 

 痛みに顔を歪めたアイリスを見て、即座に再起動する。翡翠の輝きが傷口を覆い、次の瞬間には何事もなかったかのように傷が消えていた。同時に、虚脱感。

 

「ありがと。さて、と――」

 

「――悪い」

 

「うん?」

 

 こともなげに話を始めようとするアイリス。それを遮ったのはルクスの謝罪だった。

 

「やりすぎた。ちゃんと止めなきゃいけない、わかってたはずなのに……」

 

「いいのよ、こうなるのは分かってたしね。それでもやるべきだと思ったからやったの」

 

「なんでだ、なんでこんなこと」

 

 その問いに、アイリスは目を細める。

 

「……一つは、あんたの――その剣の力を確かめるため。不確かなままじゃ背中を預けられないから。もう一つは――」

 

 そこで言葉を切る。どこか躊躇うような、そんな雰囲気。

 

「もう一つは?」

 

「――一度、あんたと話しておこうと思って」

 

 そう言ったアイリスの表情は初めて見るものだった。気遣うような、躊躇うような、曖昧な雰囲気。

 

「こうやって剣を交えて確信した。あんた、なんか悩んでるでしょ」

 

「あぁ、さっきも言ったけど戦い方が――」

 

「そうじゃない」

 

 ぴしゃり、と言葉を遮るアイリス。

 

「それも嘘じゃないでしょうけど、それだけじゃないでしょう?もっと深い、なにかがある。違う?」

 

「――お見通し、か」

 

 ため息とともに肩をすくめる。

 

「言ってみなさい。解決できる保証はしないけどね」

 

「そこは無責任なのか……まぁ、いい」

 

 深く息を吸い込む。そして勇者は胸の内に秘めた弱音を吐き出し始めた。

 

「――怖いんだ。もし、魔王を倒せなかったら。倒しても、その勝利ごとすべてが消えてしまったら、って」

 

「それは――」

 

「俺はクロエの殉教を否定した。彼女が救っていたかもしれない世界を、俺が滅ぼしてしまったら。それは彼女が手に入れた、生きる意志そのものを否定してしまうんじゃないか?」

 

 それは、勇者が聖女を救ったあの日からずっと頭にあった考え。

 

「もしそうならかったとして、俺たちの歩みそのものが、誰にも知られず消えてしまったら。彼女の――俺たちの思いは、どうなってしまうんだ?そう思ったら、先に進むのが怖くなったんだ」

 

 テルミナへとつながるポータルが見つかった以上、決戦は間もなく。勇者と魔王と世界。それぞれの結末が決定しようとしている。

 

「力を手に入れた。世界を書き換える、馬鹿げた力だ。でも全く使いこなせない。たった今君に負けたように、魔王にも通用しないかもしれない。焦るし、不安だ」

 

 世界の理をも塗りつぶす聖剣の力。白紙だった勇者がつかみ取った翡翠の聖剣は今も傍らで淡く光を放つ。

 

「――情けない。クロエには世界を救うと豪語しておいて、裏ではこうやってうじうじと悩んでいる自分が嫌だ。手に入れた力に見合わない未熟な自分が嫌だ。でも、どうすればいいのかわからないんだよ」

 

 ため込んでいたものを吐き出し切り、辺りには静寂が訪れた。

 

「――難しい問題ね。あたし一人じゃ解決してあげられない」

 

 静かに、語り掛けるように告げる。

 

「それはそうだろう。これは俺が自分で――」

 

「でも」

 

 まっすぐ、正面から見つめられる。視線から熱が伝わってくるようだった。

 

「手助けならしてあげる。さしあたっては、二つね」

 

「なにを……」

 

「一つ、まずは力の話。あんたの書き換え、毎回消耗の度合いが違うわよね?その基準が大体わかったわ」

 

 先程の試合でもばらつきがあった消耗。そのすべてを観察したアイリスにはある基準が見えていた。

 

「書き換えの規模――もっと言うと、現実との差に比例して、消耗が重くなるんじゃないかしら」

 

「現実との、差?」

 

「そ。間合いの少し外への斬撃はほとんど消耗がない。かと思えば遠くにいる標的に当てようとすると負担が跳ね上がる。森でもそうだった。後は、斬れるはずのないものを斬ろうとする、とかね」

 

「……あぁ、なんかしっくりくるな。一番きつかったのはクロエを助けたときだった。どれだけ大きく書き換えるか、か……」

 

 聖剣を握りしめる。なにも語りはしないが、わずかに震えた気がした。

 

「ま、正確なことは今度ソフィアでも連れてきて検証した方がいいわ。それにこっちはおまけ。次が本題よ」

 

「本題?――あぁ、さっきの話か」

 

「そう、悩めるあんたへの手助け、その二よ」

 

 改めて向かい合う。アイリスの視線がルクスのそれをつかんで離さない。

 

「魔王に負けて世界が滅ぶ。魔王に勝って世界が無かったことになる。確かにどっちもバッドエンドよね。でも――」

 

 そこで一度言葉を切る。そして、ゆっくりと続けた。

 

「――あたしからすれば未来の事なんて今はどうでもいいのよ。どうせ頭脳労働ではソフィアに勝てないんだし、まずは魔王を倒すことだけを考えてる。そのために力を高める。あたしは騎士。騎士として生まれて、騎士として剣を振ってきた。それが誰かに作られた役割だったとしても――」

 

 その表情は凛々しい騎士のようで――どこにでもいる一人の少女のようでもあった。

 

「今、ここにいるあたしにはあんたを――みんなを守る決意がある。その先で世界を救うという意思がある。後のことは、その時考えることにしたわ」

 

 あまりにも朗らかな口調に思わず笑いが漏れるルクス。

 

「――随分と楽観的じゃないか?思考を放棄してると言ってもいい」

 

「なるようにしかならないもの。無駄に先を見て躓くぐらいなら、ちゃんと足元を見て歩く方がいいに決まってるじゃない」

 

「足元、か……」

 

「今、あんたがなによりも成し遂げたいことは何?まずはそれを考えてみてもいいんじゃないかしら」

 

 勇者、世界、魔王。そういった『先』のことを一度忘れて自身の胸に問いかける。

 

(俺が成し遂げたいこと――なにか一つ決めるならそれは決まってる!)

 

「――なにか、見つけたみたいね」

 

「あぁ、見つけた。今の俺がしたいこと。そうだ、まずはそうじゃないとな」

 

「だいぶマシな顔になったわね。もう大丈夫、かしら」

 

「ありがとう、アイリス。君のおかげでなにかつかめたような気がする」

 

「いいのよ、あたし自身のためでもある。あんたがちゃんとしてればその分だけ世界が救われる確率は上がるんだから――さて」

 

 立ち上がり、再び剣を構えるアイリス。その目は先程までの優しさを忘れたかのように真剣で、冷たかった。

 

「え、なに。なんで剣を構える?今いい感じに俺が立ち直りかけてるところなんだけど」

 

「あんたの気持ちの問題はあんたが解決するしかないでしょ。でも『こっち』は違う」

 

 ビュン、と風を切る音。先程の焼き直しのように剣先が付きつけられている。

 

「あの滅茶苦茶な剣の使い方、見過ごせないわ。また一から叩き込んであげる」

 

「――はぁっ!?今!?今なのかそれは!?」

 

「当たり前でしょ。いつ魔王との戦いが始まるかわかんないんだから。ほら、さっさと立ちなさい!」

 

 アイリスが急かす。半分やけになったルクスが立ち上がって構えた。

 

「――よし、こうなったらやってやる!今度は君から一本取ってみせる!」

 

「やってみなさい?そう簡単には負けてあげないけど、ね!」

 

 再び剣戟の音が訓練場に響く。日が沈むまで、それが鳴りやむことはなかった。

 

 

 

 深夜、図書室では、ソフィアが研究を進めていた。

 

 積み重なった書物と計算式。窓の外に月が出ている。その光が差し込む中で、ソフィアがペンを走らせていた。

 

(やはり、世界そのものを丸ごと書き換えるのは難しいか……)

 

 サルヴァトルによる世界の書き換え。世界の漂白自体をなかったことにするには、途方もない出力が要求されていた。文字通り、世界一つ分のエネルギー。そんなもの、どこにもありはしない。

 

(今のところ、書き換えに際して消費しているのはルクスの体力のみ……だが、これほどの規模だ。倒れる程度で済むわけがない。命に係わるのは前提、最悪の場合は、出力不足で何も起きない可能性すらある)

 

 ペンを置き、眉間を揉み解す。肩を回し、背筋を伸ばした。全身に疲労が溜まり切っていた。

 

(業腹だが、やむを得ない、か。何もできないままに世界の終わりを待つわけにもいかない。今の私にできることを――)

 

 再びペンを握り、手帳の上に走らせる。世界を救うための試みは静かに、しかし確実に積み上げられていった……

 

 

 

 一夜明けた早朝、ルクスの足は礼拝堂に向いていた。理由があったわけではない。なんとなく早く目が覚め、訓練に向かうでもなく散歩していた際に、目に入ってきたのだ。

 

(別に信心深いってわけでもないが……願掛けくらいはしておくか)

 

 扉を開けた先、女神の像の前には翡翠の聖女が跪いていた。

 

「――――」

 

 窓から入り込んだ朝の日差しがその髪を一層美しく輝かせている。一枚の美しい絵画のような光景。

 

「……?ルクスさん?珍しいですね」

 

 人の気配に反応したのか、クロエが振り返る。

 

「邪魔したか」

 

「いえ、もう終わるところでしたので。どうされたんですか?」

 

「あー、いや、クロエに言うのもあれなんだが、最後の戦いにむけて願掛けでも、と思って。自分でも都合がいいとは思うんだけどな」

 

「なるほど、いいと思います。女神様に捧げる祈りに貴賤はありません。ただ純粋に、祈るだけです」

 

「そうか。なら、少しだけ――」

 

 クロエの隣に移動し、跪く。手を合わせ、胸の前で握った。見様見真似の、祈りの姿勢。

 

(女神様、こんな時だけ祈るのは虫のいい話だとわかっている。それでも、かなえたい願いがある。あなたがこの世界を見守る存在だというのなら、どうか力を貸してくれ――)

 

 女神像は応えない。あるがままに微笑みを浮かべ、勇者のつたない祈りを聞き届けるのみ。

 

「――よし、こんなところか」

 

「もうよろしいんですか?」

 

「ああ、十分だ」

 

 二人で外に出る。並んで歩く二人の周りを、朝の冷たい風が吹き抜けていった。

 

「いよいよ、最後の戦いですね」

 

「ああ」

 

「――私、怖いです」

 

 クロエが静かに言った。

 

「以前の私なら怖くなかったと思います。怖いと感じる自分がなかったから。でも今は――」

 

「それでいい」

 

 ルクスが言った。

 

「怖いなら、怖い。それが、生きてる証拠だ。俺が、その恐怖から、君を守ってみせる。そのための力だ」

 

 聖剣の柄を握りしめる。この少女を救う、その思いと共に目覚めた聖剣がその身に力を巡らせていた。

 

 決意に満ちた横顔、それを見つめるクロエの胸の中で、何かが揺れていた。伝えたい言葉がある。今なら、言える気がする。ルクスが隣にいて、他にはだれもいなくて――

 

(――いえ、今じゃないですね)

 

 その声が、心の奥から上がってきた。

 

(今ここで伝えたら――何かが切れてしまう気がします。世界を救って、生きて帰って、その先で伝えましょう)

 

 以前の自分には、その先を想像する力がなかった。消えることが役割で、未来を思い描く理由がなかった。しかし今は――

 

(――帰りたい。全員で、帰りたい。未来を、生きていきたい)

 

 その気持ちが、確かにある。

 

「ルクスさん」

 

「なんだ」

 

「全部が終わったら――聞いてほしいことがあります」

 

 ルクスが少し首を傾けた。

 

「聞いてほしいこと?」

 

「はい。今は言えませんけど――必ず、言います」

 

「――わかった。待つよ」

 

 クロエが少し笑った。ルクスも笑った。朝露が煌めき、二人を彩るように光を放っていた。

 

 

 

 そして、幾日か経った頃、『修練の森』深部のポータルの前に全員が集められた。

 

「皆さんが発見したこちらのポータルですが――やはり、テルミナへと通ずるものであると判明しました」

 

 厳かに告げるマリア。そこに常の微笑みはなく、しかし変わらず真意が見えない。

 

「これより、テルミナに侵攻していただきます。魔王を倒し、世界を救う。皆さんの役割を完遂するときです。存分にその力を振るってください」

 

「――はい、必ず、勝って帰ります」

 

「ええ、吉報をお待ちしています」

 

 マリアが下がり、四人が前に出る。

 

「――全員で、帰るぞ」

 

「当たり前でしょ」

 

「もちろんだ」

 

「はいっ!」

 

 四人が、ポータルへ踏み込んだ。

 

 歪みが、四つの影を飲み込んでいく。

 

 最後の一人が消え、マリアが、小さく息を吐いた。

 

「――さて」

 

 ポータルを見つめたまま、誰かに語り掛けるように言った。

 

「どんな物語の幕引きになるか――私にも予測できませんが、是非最後までお楽しみください……」

 

――◇――

 

『――えぇ、楽しませてもらうわ。勇者の祈りなんて珍しいものも届いたことだし――少しばかりサービスしてあげてもいいかしら?』

 

 独り言だった。誰も答えない、答えを求めない言葉が響く。

 

『でも、やっぱり自分の力で切り拓いてこそ、よね。真実を探求し、世界を救済する意思を持った。今までにない程に盛り上がってきたわ』

 

 

 栞を指先で弾く。美しい翡翠の栞。

 

『今を生きる騎士。世界を解析する賢者。未来を願う聖女――それらに影響され、色を手にした勇者』

 

 微笑みが、深くなった。

 

『いい物語だわ、本当に。だからこそ、もっと上を求めてしまう――この欲求に果てはないわね』

 

 今一度本を手に取る。頁を捲れば、灰色が溢れ出す――世界の、物語の果てへとたどり着く。

 

『この物語が終わったら――彼をここに招いてもいいかしらね。また、新しい物語を始められそう……こっちはもう限界みたいだしね』

 

 視線を逸らした先、磔になった男は今も静かにそこにいた。軽く息を吐き、意識を本へと戻す。

 

『見せて頂戴?あなたたちの輝きが、世界を救えるのか。あるいはその『先』まで届きうるのか、をね』

 

――頁が捲られる。

 

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