翌朝。
『プロタゴニスト』に割り当てられた教室は、今日も姦しかった。
「ふふ。ルクスさんが私との記憶も取り戻したことですし、ここからですよ!」
「まぁ?森での実戦訓練がない以上、一番多くあいつとの時間が取れるのはあたしなんだけどね?」
「何を言っている?ようやく前提が揃ったんだ。ここからは私との研究に本腰を入れてもらうに決まっているだろう」
(……入りづらいなぁ)
今日もルクスは、教室の扉の前で立ち止まっていた。
今、少年の中には三つの鮮烈な記憶がある。それらは相互に影響し合い、現在の『ルクス』の人格を形作っていた。つまり、彼は真紅の勇者であり、蒼穹の勇者でもあり、翡翠の勇者でもある。その時々で均衡が崩れることはあれど、普段の少年は三つの人格が釣り合った、絶妙なバランスの中で生きていた。
無意識に握りしめた腰の剣、今はその刀身が元の白に戻っている。それは、この世界で新たに始まったルクスの人格が前面に出ていることを表していた。故に、誰か一人に肩入れすることもできず、かといって足を踏み入れてしまえば否応なく修羅場に巻き込まれると容易に想像できる。
(『俺』たちめ……)
ため息を一つ、扉に手をかける。部屋の中の騒がしさがまた一段と激しくなった。
『修練の森』への立ち入り禁止が解除されたのは、それからすぐのことだった。
「今日から『修練の森』での実戦訓練を開始してください。四人での戦闘における連携の確認を密に、お願いしますね」
それだけだった。なぜ今まで立ち入りを禁止していたのかも、なぜこのタイミングで解禁するのかも、何も説明はなかった。
数日ぶりに見たマリアはどこか疲労をにじませていたが、貼り付けた微笑みだけは最後まで崩れなかった。
初めて足を踏み入れた――しかし、見覚えのある『修練の森』は、薄暗く、湿った空気に満ちていた。
「――こんなに静かだったか?」
「魔物の気配が薄いわね。あたし達が入れなかった間に何かあったのかしら」
「ふむ、確認してみようか。ルクス、君もだ」
「よし、クエリトル!」
ルクスの声と共に引き抜かれた剣。その真っ白だった刀身が、鮮やかな蒼穹に染まる。呼応するように同じ色に染まった少年の双眸が、世界の記述を映し出した。
「なんか、変だ。記憶よりも全体的に記述が薄い。これじゃ大した魔法は使えなさそうだな」
「魔物もかなり少ないか――いや、違うな」
隣で短杖を構えて解析を行うソフィア。その瞳が、すぐに森の異常を看破した。
「……間違いなく魔物の気配は薄い。ただ、これは元々いなかったわけじゃなく――掃討された跡だ」
「掃討? 私たちが来る前に、誰かが?」
「そうなる。かなりの腕前だ。この規模でこれだけきれいに片付けるとなると……」
ソフィアが言葉を切った。
「マリア先生かしら?ここ数日見なかったし」
「そうする理由が不明だ。彼女は基本的に、こちらに大きな干渉はしてこなかった。わざわざ立ち入りを禁じてまでやることか……?」
手早く手帳に書き留め、閉じる。
「まぁ、今は置いておこう。魔物が少ないなら、安全に訓練に臨める。好都合だ」
「そうね――ようやく魔物も来たみたいだし、さっさと始めましょうか!」
茂みから数体の魔物が現れた。アイリスが剣を抜く。
「予定通りに検証と確認を進める!アイリス!ルクス!」
「よし、ルクス、遅れるんじゃないわよ!」
「そっちこそ!アペリトール!」
聖剣が色彩を変える。蒼穹から真紅へ。同時に、ルクスの体へ爆発的に力が満ちる。
「アペリトールは強力な身体強化をもたらす。その出力は概算だが、サルヴァトルによる強化をも上回っているな」
「――そうですね。単体の強化幅なら間違いなくこちらが上です……私とルクスさんが力を合わせればその限りじゃないですけどね?」
「どこに対抗心を燃やしてるんだ、キミは……」
事前に確認しておいた情報を整理しながら、二人の剣が凄まじい速度で魔物を刈り取っていく。最初にあったわずかな動きのずれが、見る間に無くなっていく。
(アイリスの剣、やっぱり綺麗だ!少しでも、これに追いつく!)
(ルクスのやつ、更に速くなってる……負けてられない!)
競い合うように剣を振る二人。周囲から魔物が消えるまで、そう時間はかからなかった。
「ふむ、お疲れ様。やはりこの組み合わせはバランスがいいな。私とクロエの援護も差し込みやすいだろう」
「ま、当然よね!あたしが一番こいつと訓練してるんだから!」
そう言って、アイリスは嬉しそうにバシバシとルクスの肩をたたく。
「ちょ、痛、痛い!」
「……じゃれるのはそのくらいにしておけ、次が来たぞ」
短杖を構えて一歩前に出るソフィア。
「次は私だ。アイリス、悪いが前衛は頼むぞ」
「任せなさい!今のあたしなら全部受け止めてやれそう!」
「いや、全部止めたら訓練にならないだろ……よし、クエリトル!」
再び聖剣が蒼穹に染まる。世界の記述が少年の瞳に映し出された。
「さぁ、小手調べだ。ウインドバレット」
「こっちも、ウィンドバレット!」
短杖と聖剣から同時に風の弾丸が射出される。
近寄る魔物の頭を正確に打ち抜き、その体が霧散していった。
「いいね。ならこれはどうだ。ストーンバレット」
「だったら、こうだろ!ウィンドストーム!」
連射される礫が魔物を穿つ。そのまま落下するはずの礫を、ルクスが発生させた暴風が再び勢いづかせる。即席の弾丸を装填した凶悪な嵐が、魔物を飲み込んでいった。
「これで決まりだ!フレアバースト!」
「乱暴だな。スプラッシュボム!」
聖剣から放たれる火と風の複合魔法。灼熱の嵐が残った魔物をすべて焼き尽くす。その直上で炸裂した水の爆弾が過不足なくそれを消火していった。
「最後のはやりすぎだろう?森なんだからもう少し気を使いたまえ」
「でも、ソフィアがいるなら大丈夫だろ?今だって、きっちり処理してくれたし」
「――全く。キミは……そういうところだぞ」
「……え?なにが?」
少し顔を赤らめ、ふい、と視線を逸らすソフィア。首をかしげるルクスを、半目で睨む二人の少女。
「あんた、ほんとそこだけは成長しないわね……」
「……まぁ、いいです。ルクスさん、次は私とですよっ!」
未だ首をひねったまま、更に森の深部へと歩みを進めるのだった。
「さて、いよいよ最後なわけだが……」
平静を取り戻したソフィア。視線の先には翡翠に染まった聖剣――サルヴァトル。
「その力に関してはルクスの消耗が激しい。くれぐれも注意してくれよ」
「あぁ、気を付けるよ」
「大丈夫です!いざと言うときは私もいますから!」
「戦闘中にいざ、となられたら困るのよ。よく考えて動きなさい?」
「わかってる……行くぞ!」
三度現れた魔物の一団に向けて走り出す。
「支援、行きます!」
クロエからの援護。全身に力がみなぎる。
「ふっ!はっ!」
自前の身体強化も絡めて二重に底上げされた身体能力を存分に発揮し、一太刀で魔物を排除していく。
(軽く、試してみるか!)
「当た、れ!」
間合いの僅か外、本来なら届かないはずの魔物に向けて剣を振るう。翡翠の輝きが世界を書き換え、触れていないはずの魔物の首が、ずり落ちていった。
「もう一回!」
今度は二体を同時に狙う。一振りで同時に二体が霧散した。
「よし、こんなとこ――う、お……!」
視界内の魔物を殲滅したところで、ルクスの体から力が抜ける。
「ルクスさん!」
すぐにクロエが駆け寄り治療を施す。幸いにも大した消耗ではなかったらしく、すぐに全身に活力が戻った。
「やはり、その剣は消耗が激しすぎるな。ここぞ、というとき以外では使わない方が賢明だろう」
「そうだな、ちょっと疲れた……」
「少し休憩しましょうか。大分奥まで来たし、ここらへんで引き返しましょう」
「そうですね……では、ルクスさん!こちらへどうぞ!」
「どうぞ、とは?」
その場に座り込んだクロエが自身の膝をトントンと叩く。その意図を読み取れず、ルクスは困惑していた。
「もうっ!こう、ですよ!」
「うおっ!?」
強引に腕を引っ張り、その頭を膝に乗せる。嬉しそうにその髪を撫でながら、再び治療の光を当て始めた。
「……あれ、ちょっとずるくない?」
「羨ましくない、といえば嘘になるが。私やキミがやっても意味がない。ここは譲っておけ」
それだけ言って、自身も腰を下ろす。そのまま手帳を開いて何かを書き込み始めた。
(しょうがない、か。いえ、今度の訓練で思いっきり絞ってやればあたしにもチャンスが……)
「――っ!?」
「どうしました?」
「いや、今、なにか恐ろしい悪寒が……」
「まぁ!それはいけません。早く横になってください!」
「そう言うのじゃない、と思うんだが……」
ルクスのあずかり知らぬところで未来の苦行が確定していた。
ルクスが完全に復帰し、全員が一息ついた頃。改めて検証の結果を話し合う。
「さて、改めて三種類の聖剣を試したわけだが……ルクス、どうだった?」
ソフィアが手帳を取り出しながら尋ねる。
「一番しっくり来たのは、やっぱりアペリトールだな。純粋に剣で戦うだけだから感覚が掴みやすかった」
「ふふん。まぁ当然ね!」
勝ち誇り、これ見よがしに胸を張るアイリス。
「クエリトルは?」
「世界の記述が見えるのは面白い。ただ、取れる手段が多すぎて逆に迷うときがあるな。その分対応力は一番ありそうだ」
「そこは慣れだね。続ければ素早く判断できるようになる」
視線を手帳から上げないまま、ソフィアが答える。しかし、上がっていく口角を隠せてはいなかった。
「サルヴァトルは……正直、難しい」
「えぇっ!?」
驚くクロエだったが、アイリスとソフィアはさもありなん、と頷いた。
「まぁ、あれは、そうよね……」
「世界を書き換える力……強力ではあるが使いどころが難しいな。使わなければ他の二本に劣る以上、タイミングを見計らって使用するべきだが――」
「聖剣の切り替えは短く見積もっても3秒はかかる。流石に難しいぞ」
強力な力に相応の負担。普段使いするには、その負担は重すぎた。
一通りの確認が済み、しばらく沈黙が流れた。風が木々を揺らす音だけがある。
「で、どれをメインにする?」
アイリスが腕を組みながら口を開いた。その目がルクスに向いている。
「そうだな……状況によって使い分けるのが一番だとは思うが」
「それはそうでしょ。その上で、基本の軸をどこに置くか、って話よ」
その言葉に少し考えこむルクス。三色の聖剣、三つの戦闘スタイル。仲間との連携――それらを加味した結果。
「基本的には、アペリトールでアイリスと前衛をやるのが、一番戦力として安定する気がする」
「わかってるじゃない!やっぱり二人で並んで戦うのが一番でしょ!」
「待ちたまえ」
にわかに沸き立つアイリスを制するようにソフィアが声を上げた。
「クエリトルと私の属性魔法の組み合わせは、戦略の幅を大きく広げる。前衛に固執するのは合理的とは言えない」
冷静に、しかし一歩も引かずに根拠を述べていく。
「固執してるわけじゃないでしょ。前衛が崩れたら全体が巻き込まれる。あたしは全力であんたたちを守るけど、もう一人前衛がいればもっと安定するわ」
「それは状況による。遠距離への対応や複数の敵への対処を考えれば、魔法を使える人間が二人いる方が優れている場面も多い」
「でも、ルクスとあたしの連携はもう実績があるじゃない。今日だって息が合ってたし」
「私との連携も、十分に機能していたと思うが?」
「あの……」
火花を散らす二人の間、クロエが控えめに手を上げた。
「なんだ?」
「サルヴァトルと私の支援の組み合わせも、検討していただけると嬉しいんですが……書き換えの消耗をカバーできますし、戦況をコントロールする力は他の組み合わせより高いと思うので」
「でも消耗が問題なんでしょ?」
「そこを私の支援でカバーする、という話をしているんです」
「机上の空論だね」
「今日、実際に試しましたよね?」
「最後は倒れてたじゃない」
「そこはこれから、もっと練習すればいい話です」
「まぁ待て」
ソフィアが割り込む。
「落ち着きたまえ。そもそもこれは三択の問題じゃない。状況に応じて柔軟に――」
「それはわかってる! でもメインに使う戦術はどれかって話をしてるの!」
議論は加速した。三人の声が重なり、収拾がつかなくなっていく。
ルクスは少し後ろに下がり、その様子を眺めた。最初に一声上げて以来、彼女たちの熱量にずっと押されっぱなしだった。
(……これは、まとまらないな)
三者三様の主張。どれも間違っていない。その戦い方で、実際に魔王を倒しているのだから。
(俺が何かを言っても、火に油を注ぐだけだな……)
そっと木の幹に背を預ける。今は白に染まった勇者の剣が、かたりと音を立てた。
結局、結論が出ないまま、四人は学園へと戻ってきた。帰り道も散発的な戦闘はあったものの、それぞれの聖剣の力や連携を試す程度の余裕は常にあった。
学園に戻ると、少女たちは教室に集い、ルクスは一人、訓練場に消えた。今の三人から距離を取るための、賢明な避難だった。
「もう!結局決まらなかったじゃない!」
訓練するなら、とルクスに着いていこうとしたところを断られ、アイリスのボルテージは上がりっぱなしだった。
「無理に決めなくてもいいだろう?状況によって最適手は常に変わる。むしろ幅に遊びを持たせておいた方が合理的だ」
研究に誘おうと画策していたソフィアも、冷静な口調の奥にある苛立ちを隠せない。
不機嫌な二人とは対照的に、クロエは物憂げな表情だった。
「折角ルクスさんと結ばれたのに……戦いではうまくかみ合わないのが残念です」
「「……は?」」
その瞬間、空気が凍った。
「へ?あぁ、言ってませんでしたっけ?『前回』の記憶を取り戻した時に、確認し合ったんですよね。お互いのことが好きだ、って。今日は膝枕もしましたし。もう完璧ですね!」
「……なにか勘違いしてるみたいだけど、あいつはあたしのよ。一緒に生きていく、って夕陽を見ながら約束したんだから」
「おいおい、しっかりしてくれよ。ルクスは私の思いに応えたんだぞ?私のことを抱きしめながら、ともに世界の全てを解き明かすと誓い合った仲なんだ」
「「「……は??」」」
更に雰囲気が冷えていく。
「別にさっきみたいにアプローチするのは構わないけど勘違いは駄目よ。あいつの隣はあたしのもので、あたしの隣はあいつのもの。これは変わらないんだから」
「それはこちらのセリフだね。今後、人の男に色目を使うのはやめてくれないか?」
「もう、同じことを言わせないでください。ルクスさんと結ばれたのは、私です!」
一触即発。誰か一人が動けば一斉に爆発する寸前だった。そこに。
「流石にそろそろ落ち着いて……失礼しました」
ガラリと扉が開き、そして即座に閉まった。
様子を窺おうとしたルクスに向けられた視線は凄まじい圧力をもって彼に撤退を即断させたのだ。
「……確保だ」
「任せなさい!クロエ!」
「全力で行きますよ!」
ソフィアの冷徹な号令で、アイリスが弾かれたように廊下へと飛び出す。その身には既に、クロエによる完璧な身体強化の支援がかけられていた。
「ちょ、そこまでするか!?なんで追ってくるんだよ!」
「いいから大人しく捕まりなさい!」
既に逃げ出していたルクスの背中に一瞬で追いつくアイリス。そこからの捕縛は一瞬だった。
「……で、一体何なんだ」
椅子に縛り付けられ、憮然とした表情のルクス。連行された彼を待っていたのは三人の少女による尋問だった。
「いい?今からあたし達がする質問に正直に答えなさい。一切の嘘は許さないわ」
「ちなみに、常にキミに解析魔法をかけている。誤魔化せるとは思わないことだ」
「すみませんが付き合っていただきますよ」
被告人を取り囲み、詰め寄る三人。
「まずはあたしから。ルクス、あんたあたしと約束したわよね?一緒に生きていくって。『前回』も、この間も。忘れたとは言わせないわよ」
「忘れるわけないだろ。大事な約束だ。絶対に叶えると決めている」
「ふん。ならいいのよ」
満足げに鼻を鳴らすアイリス。ルクスは依然として状況が全く呑み込めていなかった。
「……次の質問だ。ルクス、キミは私に言ったな?隣で世界の謎を解き明かす、と。『前回』の私の言葉に応える、と」
「あぁ、言ったぞ。間違いない」
「――そうか、クロエ、いいぞ」
望んだ答えを得たはずのソフィアだが、その表情は晴れない。促されたクロエが前に出た――その表情は、暗い。
「――ルクスさん、言ってくれましたよね?好きだって。世界が変わってもまた会おうって。あれは本心ですよね?」
どこか縋るような声色。
「当たり前だ。何度世界が変わったとしても必ずまた会いたい。そう思うくらいには――」
「ルクスさん――!」
ルクスの返答に喜色満面のクロエ。しかし――
「――大好きなんだ、みんなが」
続く一言がその思考を完全に停止させた。
「――ふぇ?」
(よかった!ちゃんと大好きって!でも、あれ?みんな?みんなって言いました?それはつまり、みんなってことで……)
考えがまとまらない。クロエの脳がその言葉の意味を理解することを拒んでいる。
「――ロエ!クロエ!しっかりしなさい!」
「アイ、リスさん?」
「重症だね――私達も、人のことは言えないが」
気づいたときには教室の隅に連れられていた。視線を巡らせれば教室の中央には未だにルクスが縛り付けられている。
「私、今、何を……」
記憶を探る。ルクスとの関係を確かめようと質問をして、望ましい答えを得た。そして――
(みんなが大好き。みんなが大好き!?それって、つまり――)
「え?いや、まさか。そんなことって――!」
「非常に信じ難く、受け入れ難いことだが――そういうことらしい」
「嘘でしょう!?いや、『前回』ならまだわかります!でも、私達ちゃんと告白しましたよね!?」
「――あいつ、多分そういう情緒そのものがないんでしょうね。あたし達の言葉を本当にそのままの意味で捉えてる。そしてそのままの言葉で返してくる。あいつの『好き』が、あたし達の望むものになることはないのかも」
重苦しい空気が教室に漂う。各々が美しく夢想していた甘いハッピーエンドが、一瞬にして幻と消え去った。
「なぁ、そろそろこれ解いてくれないか?いつまでこうしてればいいんだよ」
少女たちの頭を悩ませている張本人が、呑気に声をかけてくる。
三人の少女にとって、魔王を倒すよりも遥かに難解で不条理な問題が、今ここに立ちふさがっていた。
同じ頃。
『修練の森』の、さらに奥深く。
黒い影が剣を収めた。足元には、先ほどまで魔物がいた跡だけが残っている。
(さっきの気配。俺がもう出てこないと踏んで勇者たちを森に送り出したか)
その姿を探すことはない。もし見てしまえば、その時点で何かが崩れてしまう予感があった。
(何度も見た。何度も失った――もう、十分だ)
影が見つめる先には空間に空いた黒い穴。最果ての地、テルミナに続くポータル。
(行こう。全部、終わらせる)
漆黒の剣を握り直す。その刀身が、わずかに揺れた。
影はポータルに入り込む。
後には静寂だけが残った。