電脳空間ツクヨミで宮大工やってます。   作:あけろーん

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※この作品は既存カップリングを遵守いたします。





ツクヨミの宮大工

 

 

 

 

─────私、まだまだ見たいものがあるんだ!

 

 

 

心の底から笑う、太陽のように眩しいその声に自然と頰が緩む。そうだ、俺はこの声がずっと聞いていたくて─────。

 

 

 

「────白樺(しらかば)。おい、白樺 蒴」

「……ぁい」

 

 

コツン、と机の上に固いものが置かれる音と共に意識が浮上する。輪郭のぼやけた視界にはうっすら人の顔が映り込み、それがはっきりすると呆れた顔の我らが担任先生の御尊顔が見て取れる。

 

 

「…おはようございます?」

「あぁ、おはよう。今何の時間かわかるか?」

「……日本史ですね」

「そうだ。それで、お前にとって日本史の時間は睡眠時間なのか?」

 

 

腰に手を当てて溜息を溢す担任に「すんません」と軽く頭を下げると、そこまで怒っていなかったのか「次眠ったら評定下げるからな」と脅し文句を落としてから教壇へと戻る。

 

 

「えー、話を戻すぞ。江戸幕府の3代目将軍である────」

 

 

うっすら残る眠気を頭を振って追い出すと黒板とノート、それとタブレットへと視線を移す。これ以上悪目立ちしたくないと真面目に授業に取り組もうとシャープペンに手を取る。

 

 

【よっ、ようやく起きたか寝坊助さん】

 

 

そんな俺を見越してか、タブレットのメッセージアプリの通知に薄情者からのメッセージが飛んでくる。

 

 

「…………」

 

 

視線を横に向ければそこにはマッシュヘアーの薄情者がニヒルな笑みを浮かべており、神経が苛立った俺は教科書画面から即座にメッセージアプリへ移し怒涛のフリック入力を始める。

 

 

【おい、なんで起こしてくれなかったんだ。お陰で悪目立ちしただろうが】

【気持ちよさそうに寝てたからさ。なにか良い夢見れた?】

【夢なんか見てない。ただの居眠りさ】

 

 

頭の中に過るさっきまで見ていた夢に蓋をし、息を吸うように嘘をつく。別に深掘りするような話でもないし、こいつに話したところで荒唐無稽な話と一笑に付されるだけで終わることが目に見えている。

 

 

【そうだ。一応聞いておくんだが、今日も「ツクヨミ」に行くんだろ?】

【そりゃあ行くけど…なんだよ薮から棒に】

 

 

ツクヨミ────現代でもはやインフラと化した電脳空間。数万の配信者が軒を連ね皆が思い思いの配信を行う雑多で、けれどそれ故に酷く楽しい異世界。

そんな、今をときめく我らが男子高校生が行かないはずがない場所。故にその確認はやたらと不気味に思えて顔を顰める。

 

 

【いんや、それなら良い。いつもの所で集合な】

【わかった】

 

 

だがそれをここで問い詰めた所で横のマッシュヘアーはニヒルな笑みを浮かべるだけだ。どうせツクヨミに行くのは変わらないのだからと、頭の片隅に疑念を押し除ける。

 

 

 

 

 

───────キンコーン。

 

 

 

 

それからは睡魔に負けることもなく真っ当に先生の言葉と黒板に走るチョークやキーボードの音に耳を傾けていると、徐にチャイムが鼓膜を叩く。

 

 

「お、もう時間か。それじゃあこのままホームルームやるぞ〜。まず明日から休みに入るが────」

 

 

担任の話を半分だけ聞き流すように机に広げた教材をテキパキと鞄にしまい込む。そう、明日から華の土日。我らが高校生のゴールデンタイムの始まりだ。高等教育という軛から解き放たれた、まさにこの世の春である。

 

 

「───以上で終わりだ。それと最後に白樺、今日の授業眠った罰でこの後教材を職員室に届けに来ること。それじゃあ解散」

「えっ」

 

 

急に名前を呼ばれた矢先に颯爽と教室から去っていく先生を呆然と見送る。教壇の上には先ほど先生が使った教科書やタブレット端末が置かれており、それを届けさせるつもりはなのは一目瞭然だった。

 

先生の解散の言葉に他の生徒達は思い思いに席を立ち上がったり話し始めたりする中、がっくりと肩を落とす。この教室、意外と職員室から遠いのに…。

 

 

「災難だな白樺。まぁ眠ったお前が悪いということで」

「何も言い返せねぇ…」

「まぁまぁ。ほら、俺も付き合ってやるから」

「…助かる」

 

 

殊勝にも自ら同行を申し出る悪友に益々怪しさを感じる────だが、職員室までのやや長い道のりに付き添い人がいること自体はありがたいことだったので素直に応じる。

 

机の横にかけた鞄を肩に掛け、静かに席から立ち上がると教壇から教材を回収する。教員用のタブレットは俺たち学生のものとは機種が違うのか、やや重たく感じる。

 

 

「それにしても、白樺が授業で眠るのなんて珍しいよな。昨日も遅かったのか?」

「ん、あぁ…まあね」

 

 

悪友からの言葉に曖昧に答える。確かに昨日…というより眠りについたのは今日の午前3時を少し過ぎた辺りだったが、それは自分が好きでやっていることなので、それを生活を疎かにした理由にしたくなかったからだ。

 

 

「あんまり気を張るなよ。お前の活動は─────おっと」

「どうした?」

 

 

まるで珍しいものを見たように言葉に詰まった悪友の方へ向き、それから彼が向く視線の先を見る。

 

 

「この前の小テスト彩葉の予想バッチリだったね〜。流石彩葉」

「いやぁ、今回のは偶々だよ。ほんと、偶然ヤマカンが当たったって言うか」

「そんな事言って、この前のヤツも当ててたじゃん」

 

 

同級生の中でも一際目を引く容姿の3人組が廊下の反対側から歩いてくる。特に面識のなかった俺は特に会釈することもなくそのまま素通りすると、横から「良いもの見たなぁ」と感嘆の声が聞こえる。

 

 

「良いもの?」

「さっきの3人組だよ。知らないのか?」

「そりゃ知らないよ。同じクラスになった事ないだろ」

「はぁ…お前って奴は…」

「む、何だよその言い方は」

 

 

まるで俺を世捨て人のような可哀想な目で見る悪友へ疑念の視線を向ける。

 

 

 

「今のは酒寄さん、綾紬さん、諌山さんの3人だよ。美少女揃いの我が校でも屈指の可愛さを誇る3女神の事を知らないなんて…」

「3女神?宗像三女神のことか?」

「いや、そんな大仰しい名前じゃねぇよ。お前のその博識もどこから来るんだか…」

 

 

なんだ、3女神というからてっきりさっきの日本史繋がりかと思ったがどうやら違ったらしい。

 

 

「俺が言えた身分じゃない事は重々承知しているけどよ、もうちょっと周りに目を向けた方が良いぞ」

「耳の痛い事を…」

「お前も花の男子高校生なんだ。推し方も良いけど、良いな〜とか、気になる女の子とか居ないのか?」

「気になる女の子ねぇ…」

 

 

気になる女の子。という単語に頭の記憶を掘り起こす。

 

 

「気になる、という事ならさっきすれ違った真ん中の子が気になるかな」

「えっ。それって酒寄さんの事か?そりゃお前、無謀を超えたナニカだぞ。素手で時計塔のマリアを倒す事の方が余程現実味がある」

「そんなに?…って、そうじゃなくて。気になったのは恋愛的な意味じゃない」

「恋愛的な意味じゃないって、じゃあどんな意味なんだよ?」

 

 

そんな、彼の至極真っ当な指摘に「んー…」と頭を悩ませる。彼女の何が気になったのかと言われれば言語化が難しいのだが、強いて言うのであれば────。

 

 

「下手に触ったら折れそうな所、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

─────電脳世界・ツクヨミ

 

 

アイコンタクト型次世代インターフェース【スマコン】を用いるフルダイブ型の電脳空間。

空に光る魚が泳ぎ、和風だがディスコのように華やかな世界。どこかチグハグだが、それすらも居心地の良さに感じるそんな場所に音もなく降り立つ。

 

 

「さて…と」

 

 

小さく言葉を漏らすと共に軽く当たりを見回す。相変わらず空には数十のディスプレイが浮かび、それぞれが配信者やゲーム画面を映し出している。あいも変わらず賑やかな場所な事で。

 

 

「おーい」

 

 

そんな中聞き慣れた声が鼓膜を叩く。銀の頭髪に青のメッシュ、頭に鷺の羽をあしらった髪飾り、背中に背負った背丈より大きな銀色の大和弓。見間違えるはずもない悪友のアバターに軽く手を上げる。

 

 

「悪い悪い、少し待たせちまった」

「全然、俺もついさっきログインしたばかりだから」

 

 

事実、つい先程までログインしていなかったのだ。ここで謝られても気分が悪いのであえてぶっきらぼうに返す。

 

 

「そうか?それなら良いんだが…」

「それより、なんかお前今日は随分怪しいよな?」

「エッ」

 

 

普段らしからぬ態度の悪友に疑惑の視線を向ける。

 

 

「自分から職員室の付き添いに同行するし、態々ツクヨミにログインするのか聞いてくるし」

「そ、そうかなぁ…?」

 

 

そうやって問い詰めるようににじり寄ると、明後日の方向へ視線を逃す。益々怪しい態度にもう一歩詰め寄る────その矢先だった。

 

 

 

ガラガラガラガラ!

 

 

「…なんだ?」

 

 

地面を走る滑車の音が鼓膜に響く。ツクヨミで盛んに走っている牛車の類である事は明らかだが、ここはメインストリートから離れた小道だ。態々牛舎で乗り入れるような場所ではないと、牛舎の存在を確かめるべく視界を泳がせると不意に身体に軽い衝撃が走る。

 

 

「……?」

 

 

身体に走った衝撃の正体。甚兵衛に食い込んだ鍵網型の鏃には長い紐が続いていて──────⁉︎

 

 

「────乃依。引っ張れ」

「あいあいさ〜」

 

 

間延びした声に咄嗟に紐を切ることも敵わず、身体が紐に引っ張られる。

 

 

「ちょ⁉︎なんで───⁉︎」

「すまんセイメイ!このお詫びは必ずやるから!」

 

 

両手を目の前で合わせて頭を下げる悪友が遠ざかって行く。

引っ張られた先に視線を向けると、そこには黒に紫をあしらった魔王城のような牛舎から弓を構えるやたら顔の良い中性的な男子が悪戯っ子の笑みを浮かべている。

 

移動する牛舎の中から正確に対象物を居抜く中性的な美少年アバターについて一人しか心当たりが浮かばず、まさかと言う疑惑が脳裏を過った刹那。牛舎から伸びた手に襟元ががっちり掴まれ中に引き込まれる。

 

 

「あ痛⁉︎」

 

 

引き込まれた時に勢いが余ったのか、背中から牛舎の壁に激突する。当然ながら痛みはないが、つい肉体の癖で言葉を漏らしてしまう。

 

 

「悪い悪い、勢いをつけ過ぎちまった」

「……絶対悪いと思ってないでしょうに」

 

 

竹を割ったような快活な声に悪態を吐き、その場で立ち上がり目の前にいる人物に怨みがましい視線を向ける。

 

 

「───それで、こんな手荒な方法をして呼びつけるなんてどうしたんですか、帝様は」

「決まってんだろ。仕事の依頼さ」

 

 

────ブラックオニキス。

電脳空間ツクヨミ。数万のストリーマーが軒を連ねる群雄割拠のこの世界でトップを走る配信者集団。ゲームしてよし、歌ってよし、踊ってよし、話してよしと、一つでもあればストリーマーとして活躍できる要素を全て兼ね備えた紛うことなき才能の怪物集団。その頭目である帝アキラが自信満々に言い放つ。

 

 

「仕事の依頼だったらいつも通りディスコードのメッセージで良いじゃないですか…」

「いや、それだと駄目なんだ。今回のはどうしても対面じゃないとな」

「対面じゃなきゃ駄目って、何を頼むつもりなんです?」

「いや、それはな…」

 

 

なんだか訳ありなのか、珍しく言葉を濁す彼に疑問符を浮かべると横から「すまないな」と落ち着いた声が響く。

 

 

「今回のは帝の思いつきなんだが、直接会って話したいのは俺達の総意なんだ。荒っぽい方法で申し訳ない」

「雷さんがそう言うならそうなんでしょうけど…。それで依頼ってのはなんなんです?」

「相変わらずせっかちだなぁセイメイは。そんな様子だとモテないでしょ?」

「それ関係あります⁉︎」

 

 

確かに灰色の高校生活を送っている自覚は大いにあるが、いざそれを真正面から指摘されると心にクるものがある。良いんだ、俺にはヤチヨ様がいるし。

 

 

「そうだ。幾らプロゲームチームの後輩だからって、俺の友人を悪巧みに使うのは辞めてくださいよ。心臓に悪い」

 

 

なにやら様子がおかしかったのは俺をブラックオニキスに売る為だったのかと、頭の中で一人納得する。しかしそんな俺の不満も「悪い悪い」と軽く流されて終わってしまう。

 

 

「それより、着いたぜ」

「着いたって……」

 

 

ゆっくり減速する牛舎の中で外を見ると、そこには馴染みのあるブラックオニキスのホーム拠点が視界に映る。なるほど、プライベートエリアで話したいと言うことか。

 

 

「よっ、と」

 

 

牛舎から降り立ちブラックオニキスのホームを見上げる。鬼の顔をあしらった禍々しいが威厳を感じられる作りのそれにぽつりと言葉を漏らす。

 

 

「このホーム、まだ改装してなかったんですね。企業のスポンサーも付いたんだし、3Dデザイナーを使ってもっと豪華にしていると思いました」

「───変えるわけねぇだろ。俺達の仲間が作った家なんだぜ」

 

 

妙に圧を感じる物言いに眉を曲げると、背中から二つの衝撃が走る。

 

 

「今のはお前が悪いぞ」

「そうそう。著しいデリカシーの欠如だね」

「…すいません」

 

 

雷さん、乃依さんの二人からのお叱りに軽く頭を下げる。

そのままホームの中に入るのかと思ったのだが、帝は玄関に上がる前の石階段で歩を止めるとそこに座り込み「ここなら良いだろ」と小さく息を吐く。

 

 

「家の中でやらないんですか?」

「今ホームは色々と散らかっててな。仕事の確約を貰う前に入れるわけにはいかないんだ」

「はぁ、成程」

 

 

別に珍しくもない、極々ありふれた守秘義務の遵守に一つ頷く。しかしそうなると、今回の依頼は企業も絡んでいる大規模なものだと見るのが妥当か。

 

 

「───近々、俺たちブラックオニキス主導で大規模な【KASSEN】の大会を開く。プロゲーマーや同業者だけじゃなく、一般からも広く募集してな」

 

 

神妙な口振りから語られるそのイベントの内容に頭の中で驚きの声を上げる。

ブラックオニキスが主導するゲーム大会、しかもストリーマーのみならず一般人すら参加できるそれは、どれだけの人が動くのか考えつかないものだ。

しかし、それだけならば俺を呼ぶ必要はない。俺はそこまで熱心に【KASSEN】をプレイしていないし、上手いか下手で問われれば大分下手よりだ。仮にその大会に出たとしても一回戦負けが関の山だろう。

 

 

「別に、お前に大会に出てほしいとは思ってねぇよ。お前、そんなにゲーム得意じゃないもんな」

 

 

俺の疑念が顔に出ていたのか、帝は小さく笑う。

 

 

「…それは否定しませんけど、それじゃあ一体俺に何をやらせようと言うんです?」

 

 

その問いに対し、帝は頰に手を当てて不敵な笑みを浮かべて宣う。

 

 

「【KASSEN】のフィールドテクスチャを作って欲しい。ツクヨミ史上最高に盛り上がる大会に相応しい、俺達ブラックオニキスだけの最高の戦場を」

 

 

 

 

 

 

 

「【ツクヨミの宮大工】の力、俺たちに貸してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

眼下で顎に指を当てて考え込む黒子を見る。

 

 

────────セイメイ

 

 

黒子の仮面を付けたクリエイター系ストリーマー。

ツクヨミの管理人AI【月見ヤチヨ】がツクヨミの知名度向上の為に開催した『ツクヨミプロデュース祭』、そのリアルクリエイター部門でツクヨミの区画丸々一つをミニチュアで表現した事で大賞を獲得した若き天才。

 

 

『ヤチヨ様が現実世界にも出てこられたら良いのに、という気持ちで作りました』

 

 

自らを月見ヤチヨの強火ファンと呼称し、同担拒否を叫ぶ厄介オタクであるがその愛は本物であり、直近に投稿した【月見ヤチヨ等身大フィギュア作ってみた】では月見本人が本気でドン引きするような高解像度のフィギュアを作ったとか。

 

そんなリアルでの創作のセンスはツクヨミでも遺憾無く発揮され、プロデュース祭で大賞を獲得した際に手に入れた公共スペースのオブジェクト管理権限を用いて日夜ツクヨミの発展に貢献している………と、ここまでが【配信者 セイメイ】の話だ。

 

 

 

「…それはまた、随分突拍子もない話ですね」

「どうだ?やってくれないか?」

「やる事自体は吝かではありません。むしろ凄い面白そうです────ただ」

「ただ?」

 

 

声からは「挑戦したい」という、何度も見てきた熱量を感じる。…だがその熱もすぐに冷めて声尻が小さくなる。

 

 

「そう言うオフィシャルな場所に俺が関与するのは…その、前の時みたいに色々と邪推を呼ぶんじゃありませんか?」

 

 

『前の時』。それが指すのはセイメイが配信者になる前、【創作者 セイメイ】としてブラックオニキスの裏方をしていた時のことを指す。

 

 

「呆れた。セイメイ、まだあの時の事気にしてたんだ」

「あの時は偶々タイミングが悪かっただけだ、お前が気にする必要は無い。それに、元はと言えば裏方のお前を半ば無理やり動画に出していた帝が悪い」

「うっ、それは……」

 

 

二人の言うあの時。それはつまるところセイメイが裏方を辞めて配信者として正式に活動することを発表した直後のことだ。

ストリーマー向けの大型大会を優勝し、大手PCデバイスメーカーのスポンサードを獲得した矢先のその話題は要らぬ憶測を多分に呼んだ。

 

曰く、スポンサー収益の分配で揉めた。曰く、俺こと帝が編集者の人気に嫉妬して追放した。曰く、セイメイは女に騙された。

 

 

無論全て事実無根なデマなわけで、悪質なものについては企業の力も借りて法的処置を取った─────しかし、それでも小火が起きた事実に変わりはなくて。

 

 

『しばらく公的に接触するのは避けましょう』

 

 

コイツが、セイメイが気を使って俺たちとの関わりを避けるのには十分すぎる理由だった。

 

 

「あの時の帝めちゃくちゃ荒れてたよね。ちょっと怖いくらいだったし」

「悪かったって何度も言ってるだろ…!」

 

 

確かにあの時の俺は荒れに荒れていた。弟分みたいな奴がどれだけすげぇ功績を打ち立てても、どんなに面白そうな事をしていても近づくことができなかったことがとんでもないストレスだった。

一度だけ配信で話題に上げた時に湧きに湧いたお気持ち勢には未だ殺意を持っている。

 

 

「…ほんと、変わってないんですね」

「んあ?」

 

 

感心したように呟いたと思うと、頭に被っていた黒子を捲り上げる。

深い藍色の瞳がこちらをまっすぐに見据えると、「一つだけ聞かせてください」と力強い声が響く。

 

 

「俺を誘ったのは前の炎上への同情ですか?それとも、昔馴染みだからですか?」

「んなわけないだろ。俺たちがお前に声をかけた理由はただ一つ────お前が今、ツクヨミで一番良いものが作れる配信者だからだよ」

「……それが聞けて安心しました。流石はブラックオニキスです」

 

 

捲り上げていた黒子を戻すと石階段を上がり、真正面に立って右手を差し出される。

 

 

「微力ながら、そのイベント手伝わせてください。一緒に、このツクヨミを盛り上げましょう」

「あぁ。期待してるぜセイメイ、俺たちが驚くようなすげぇもんを作ってくれよ」

 

 

それを固く握り返し、空いた手で肩を叩く───これで話は纏まったな。

 

 

 

「さて、と。それじゃあ早速で悪いんだがこの契約書に電子サインしてもらえるか?最近は企業が煩くてよ」

「スポンサー様の事を悪く言わない方がいいですよ…」

「そりゃそうだ。さ、ちゃちゃっとサインしてくれ」

 

 

投げ渡すような乱雑さで契約書を渡す。それを手に取ったセイメイはすらすらとペンを走らせ────「ん?」と途中で止まる。

 

 

「すいません、この13項の『当該イベント以後もブラックオニキスと業務提携を継続する』ってどう言う意味です?」

「────あー、悪い悪い。それ修正前の契約書渡してたわ。こっちが修正後た」

「おいちょっと待て。そんな軽さで流していい話じゃないでしょ????」

 

 

契約書を破り捨て俺の両肩をブンブンと掴むセイメイに空笑いする。気づかれたか、相変わらず勘のいい奴だ。

 

 

「やっぱり仕込んでいたのか。帝の事だから何かやるとは思っていたが…」

「手放さなきゃ良かったって口癖のように言ってたからねぇ。ちょっと妬けちゃうな」

「あとこのイベントって2週間後に告知、3週間後に本イベってマジですか???俺あと2週間であの広大なエリアのテクスチャを書き上げないといけないんですか???」

「おう!頼むぜセイメイ、お前が頼りだ!」

「───ヒュ」

 

 

ピカソのゲルニカのように顔面のパーツが崩れた矢先、スライムの様に身体が溶ける。

 

 

【えっ⁉︎3日後にゲリラライブ⁉︎ライブステージも新調⁉︎⁉︎⁉︎】

【ホームを作り変えたい?良いですね、それで何時やりますか────えっ?今から?もう日付回りますけど…あっ、さっき起きたばかりなんですね。生活破綻者かな?】

【ヤチヨ様のライブに行ってきます。探さないでください  セイメイ】

【乃依さんあんまりコスチュームコテコテにすると干渉起こして衣装吹っ飛びますよ────って胸見えてる⁉︎カメラ止めて雷さん‼︎】

 

 

 

かつてのブラックオニキスに響く元気な悲鳴を思い出し、自然と笑みが溢れる。ようやくだ、ようやくまた始められる。

 

 

「そうだセイメイ。仕事の打ち合わせも兼ねてこの後飯行こう。交通費も出すからタクシーでこっちまで来いよ。時間は19時で良いよな?」

「あの、今日ヤチヨ様のライブが21時からあるんですけど…」

「良いじゃん、俺の部屋でみんなで見ようぜ。その後ゲームだな、ちゃんとスマコン持ってこいよ?」

「ワァ…ァ…」

 

 

これからまた始まる楽しい予感に身を任せて、電脳の空に笑い声を響かせた─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






白樺 蒴

立川にある高校に通う2年生。京都に本家を置く「松木家」の分家にあたる「白樺家」の長男。遡れば平安時代まで遡れるド級の旧家の出身であり「一芸無くして松木家に有らず」との拷問じみた教育により現在の特技を手に入れた。そんな地獄の中で月見ヤチヨに救われたためとんでもない強火ファンになっている。現在は京都を離れて東京のマンションで一人暮らししている。


セイメイ

上記白樺 蒴のツクヨミ上のアバターネーム。電脳空間ツクヨミにおいて数名にしか与えられていない『公共スペースの固定シンボルの編集権限』を有している。日夜ツクヨミを徘徊し、バグや高負荷によって歪んでしまった街並みの修復やイベントスペースの設営を行っている。他にはツクヨミライバーのライブ会場やホームの設営も手掛けており、関わったライバーの数は100人を下らない。


マッシュヘアーの友人

「どうしたん?話聞こか?」と泣いている女子生徒に近づき、本当に話を聞いて解決策を提示するだけの男。美人な双子の姉がいるため女子への耐性が極めて高い。引くほど女子からモテているが、死ぬほど良い奴な親友の事が好きじゃない女性に好意を抱くことはない。帝が所属しているプロゲームチームの後輩に当たり、基本断る事ができない可哀想な人種。

帝アキラ

一時期配信活動そのものが嫌になっていたが、かつての友人が実力で結果を出して世間に認められている姿を見て再び配信活動に邁進する。セイメイのチャンネルの登録者第一号。


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