1話
朝日が眩しい夏の朝。普段はまだ寝ている時間だというのに、夏休みというイベントでテンションの上がった少女が早くから元気に家を飛び出す。
といっても、向かう先は海でも山でもなく隣の家。
「おはようございまーす!」
勝手知ったる他人の我が家。既知の間柄で、呼び鈴も鳴らさずに勢いよく玄関を開く。
そのままドカドカと上がりこむが、家主も気にせずに迎え入れる。
「あら焔ちゃんおはよう。うちのならまだ寝てるから起こしてやってね」
「まかされた!」
頼まれた少女、大友焔は起こす相手の部屋を目指して階段を駆け上がる。
すでに何度も通った部屋を間違えるはずも無く一直線に目的の部屋へと突撃する。扉を蹴破る勢いで踏み込むと、そのままベッドへダイブする。
「起きろトラ! 今日から夏休みだぞ!」
寝ている相手を気にせずにそのままゴロゴロと転げ回る大友だが、それでベッドの中がもぬけの殻だということに気がつく。
そして、その大友の背後から勝ち誇った笑い声が。
「残念だったな焔。今朝はオレのほうが早く起きたぞ!」
「たまたま一日だけ起きれたくらいで威張るな!」
無駄に威張ったせいで大友に枕を投げつけられたのはこの部屋の主、立花虎之助。
やられっぱなしでいられない虎之助が枕を投げ返し、そのまま始まる枕投げ。お互いに夏休みということではしゃいでいるのだろう、普段からしている朝の特攻ですら新しい遊びへと繋がる。
「二人ともー。早く行かないとラジオ体操始まるわよー」
「「はーい」」
枕投げに熱中するあまりに二人とも忘れていたが、小学生の夏休みといえばラジオ体操である。大友もしっかりと首からスタンプカードをぶら下げている。
机の上に放られていたカードを首に掛けて、虎之助と大友は家をでる。
途中で友人とも合流して向かった公園には、普段から健康のためにラジオ体操に勤しんでいる老人たちがすでに集まっていて、ほどなく体操が始まる。
ラジオから流れるリズムに合わせてせっせと体を動かす子供たち。その元気を分けてもらったのか、老人たちもいつもよりも動きに切れがある。
最後の深呼吸も終わり、子供たちがスタンプを貰うために担当者の前に列を作る。
スタンプと一緒にもらった缶ジュースを片手に、友人たちと集まる虎之助。せっかくの夏休みなのだから時間は一秒でも無駄に出来ないと、帰る道すがらさっそく遊びの計画を立てるのだ。
「じゃあ有馬は来週から旅行か」
「うん。お母さんが温泉の招待券貰ってきたの」
「ならば花火は明奈が戻ってきてからだな」
家が花火屋の大友と、その花火屋で親が働く虎之助にとって夏の花火は毎晩のようにやってもいいほどのイベント。それを待ってくれると言われ、メガネを掛けた三つ編みの少女、有馬明奈がありがとうと笑う。
「ではソレまではひたすらにサッカーだな」
「場所は大丈夫か? 学校のグラウンドとかは上級生に取られちゃうぞ」
「それなら問題ない」
心配する友人に胸を張る虎之助。その顔には我に名案ありを書かれている。
「川原に廃車場があるだろ。そのすぐ横に何か建てるらしくてさ、いい感じの空き地になってたんだよ」
廃車場とは正式な名称ではないが、誰かが乗り捨てた一台の車から始まり、二台、三台と廃車が捨てられ、果てには家電まで置いていかれるようになった不法投棄の名所? のことだ。一応は私有地なのだが、土地の所有者である老人が寝たきりのため放置されているらしい。
その横が新しく空き地になっていたのを虎之助が目ざとく発見して、遊び場として考えていたのだろう。
しかしみんなの反応は悪く、今一乗り気ではない。
「どうしたお前ら?」
「あのねトラちゃん。廃車場ってブラックキングの住処だって噂だよ」
「なんだって!?」
「そんなことも知らなかったのかお前は」
黒毛のラブラドールレトリバーの野良犬、通称ブラックキングはその大きな体から子供たちの間で恐れられている存在だ。
実際に人を襲ったという話は無いが、威圧感のある巨躯と唸り声と共に口から覗く鋭い牙はそれだけで腰が抜ける。
そんな野良犬が隣に住み着いていると分かれば、どんなに良い空き地でも遊び場には使えない。
「くそー。大発見だと思ったんだけどなぁ」
「まったくトラはいつも詰めが甘い」
「む。まだ使えないか分からないだろ。もしかしたらその噂が間違えてるかも知れないじゃないか」
家族ぐるみの付き合いゆえに遠慮の無い大友の言葉に、虎之助は少し反発してみせる。自分の非を分かっていても苦し紛れを口にする。しかし、それは他の友人に却下されてしまう。
「誰が調べてくるんだよ。お前が行くのか?」
その一言で虎之助も言葉に詰まる。ブラックキングが怖いのは彼も同じだから、自分で行くとはいえない。かと言って誰かに行けと言っても拒否されるのは目に見えている。
完全に手詰まりの虎之助を見て、大友が勝ち誇ったように笑う。
「ハッハッハ。トラにそんな度胸あるわけがなかろう」
「何だと。それなら焔が行って来るのかよ」
さすがに度胸がないと言われては、男子としてカチンと来る。それで思わず零れる売り言葉。そして九州女子として大友はその言葉を買わずにはいられなかった。
「当たり前だ。この大友が犬程度に怯えるものか! ま、トラには無理だろうがな」
「何おう! オレだってそのくらい簡単さ」
「言うだけなら誰にでもできるわ!」
「ソレはこっちの台詞だ!」
大声で言葉を売り買いする二人は他の友だちをほったらかしてヒートアップしていき、ついには動物のように唸り声を上げて睨み合う。
こうなってはこのまま空き地を諦めるという選択肢は無くなる。全員で顔を見合わせて意思確認。それで一度頷くと、代表して有馬が二人におずおずと声を掛ける。
「ほむちゃん。トラちゃん。そこまで言うならみんなで行こうよ」
「む、そうか。大友は一人でもいいのだが明奈が言うなら仕方ない」
「そうだな。オレだって一人で行くつもりだったけどしょうがないな」
内心は二人とも怖がっていたため、強がりながらも二つ返事で有馬の提案を承諾する。
意地を張る必要が無くなったとたんに、今まで睨み合っていたのが嘘のように肩を並べてみんなを先導し始める二人。その姿に友人たちはヤレヤレと従う。
ぞろぞろ賑やかに歩く虎之助たちは寄り道をしたりしながらも、すぐに目的の空き地にたどり着く。
元は草が生い茂って鬱蒼としていたが、現在では草は刈り取られ、土もならされ遊ぶにはもってこいのコンディション。
これには野良犬を怖がっていたみんなも目を輝かせる。
「な、いい空き地だろ」
「うむ。確かにコレならば思い切り遊べるな」
さっそく空き地へと踏み入った虎之助と大友が目的も無く走り回る。友人たちもそれに続こうとするが、そこで恐れていた野良犬ブラックキングが姿を見せる。
すぐに逃げ出すべきなのだろうが、みんな体が凍り付いて動かない。それはあれだけ強がっていた虎之助たちも同じで、追いかけっこの体勢で冷や汗を流す。
一歩、一歩と近づいてくる黒犬。鼻先を二人に近づけてフンフンと湿っぽい空気をかけながら匂いを嗅ぐ。
しばらく続いた緊張だが、動かない虎之助たちに危険はないと判断したようだ。ブラックキングはフイと視線を外すと、住みかと噂の廃車場へと入っていく。
その大きな黒犬が尻尾の先まで完全に見えなくなってからようやく息をつく。
「フゥ。今のはさすがにビビッた」
「あれは不意打ちすぎる」
「二人とも大丈夫?」
へたり込む二人に駆け寄る友人たち。みんなの心配も余所に、肝心の虎之助たちはニカっと笑顔を浮かべる。
「とにかく。コレでこの空き地が使えるな」
「そうだな。ブラックキングが出ても、ああして動かなければ問題ない」
危険に一番接近したというのに笑顔でそんなことを言う二人に、一同呆れるしかない。
「この空き地があれば夏休みはサッカーも花火もやり放題だな」
「うむ。さすがトラだ。よく見つけたな」
先ほどはどちらが調査に来るか、また行けないかと言い合っていたのが、結局は二人で安全確認をして仲良く笑っているのだから自然とみんなも釣られて笑い出す。
「まったく。この二人の喧嘩には付き合ってられないよ」
「フフ。そうだね。ほむちゃんとトラちゃんは結局仲良しだもんね」
そんな呆れと慈愛の篭った視線に気がついた大友が、やはりにっかりと笑いながら答える。
「当然だ。大友とトラは生まれた時から一緒だからな」
「そうだな。もう家族、キョウダイみたいなもんだ」
「おお! それはいい例えだ。確かにトラは手の掛かる弟だ」
虎之助の言葉に、我が意を得たりと賛同の声を上げる大友。しかし、虎之助は何故か不満そうに顔をしかめる。
「何言ってるんだ。オレが兄ちゃんで焔が妹だろ」
「いいや、大友のほうが一ヶ月くらい先に生まれているのだから姉だろう」
「それでもオレのほうが三センチは身長が大きいぞ」
「大きいだけでなんだ。この前のテストは大友のほうが五点上だった!」
「百メートル走はオレが勝った!」
「去年までおねしょしていたくせに!」
「まだ夜に一人でトイレにも行けないくせに!」
そのまま取っ組み合いを始める二人。
その様子をはたから見る分には、弟と妹で弟妹(きょうだい)と言ったところか。
まだまだ二人は互いを異性と見ていないほどの子供だ。しかし、人はいつまでも子供のままではいられない。
この夏休みに大きな成長をもたらす出来事があることを、今はまだ虎之助は知らない。
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