真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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12話

 慌しい入学式から一夜明けて、天神館生活のスタートである。

 初回から本格的な授業は始まらないが、それでも毎時間繰り返される教師との顔合わせや特別教室への案内は生徒たちの体力を削る。

 そんな中で、ひときわ異彩を放つ授業があった。

 武術。それは体育とは別枠で設けられている、天神館独自のカリキュラム。

 体を動かすのは同じだが、この授業ではその名の通り武術のみを行なう。何かしらの武術を身に着けた生徒が多いので、基本的には自己鍛錬と手合わせが中心になる。

 また、有馬のような武術の心得のない生徒相手に、護身術の手ほどきなども行なわれている。

 この授業の担当は虎之助たちの担任である島津なのだが、今回は鍋島も同行ている。

 

「本来ならこの時間は俺の受け持ちなんじゃが、初回ちゅうこっで特別に館長自らレクリエーションをしてくうこっになった」

 

 手を向けられた鍋島は一歩前に出ると、音を立てて大きく匂いを嗅ぐ。

 それで何が分かるのか、満足そうに顔を綻ばせる。

 

「うんうん。伸び盛りのいい匂いだ」

 

 彼独自の感性による感想。

 一応は褒めているであろうソレに、皆も満更でもない。

 

「さて、今日はレクリエーションだが。まだお前らもお互いのことをよく知らないだろ。そこでだ、一丁俺に向かって自慢の武を見せてみろ」

 

 この提案にクラス中がにわかに沸き立つ。

 世界でも一握りしかいないようなトップクラスの武術家と直接手合わせできる機会なんて滅多にない。確かにそれは天神館の売りの一つだが、まさかこんなに早くその機会に恵まれるなんて誰も思っていなかった。

 それでも、全員がその提案に乗り気という訳ではない。

 

「いやぁ。見せてみろ言われても、館長クラス相手に怪我しにいくだけやん」

 

 むしろ怪我の心配はしなくていい様な、恰幅のいい宇喜多が真っ先に不満を口にする。

 口では色々と言い訳しているが、ようは面倒なだけだろう。

 

「しかたねぇヤツだな。よし、それなら特典をつけよう。俺に一撃入れたヤツには何でも願いを叶えてやる」

 

「何でも?」

 

「俺に出来ることならな」

 

 先ほどとは違う理由でざわめきが起きる。

 館長に出来ることとなれば、この学校において大概の我が侭は通ることになる。

 

「それは銭でもええか?」

 

「さすがに教え子に現金はまずいな。食券で我慢しろ」

 

「よっしゃぁぁぁ! 先鋒行かせてもらうで!」

 

 賞品を聞いたとたんにヤル気を見せた宇喜多が、外見からは想像も出来ないスピードでハンマーを振るう。

 しかし、鍋島はそれをひょいと避けると軽く宇喜多の足を蹴飛ばす。

 それだけでバランスを崩した宇喜多は転がりながら去っていく。

 

「現金なのはいいがな、ちと後先考えなさ過ぎだな」

 

 何気ない動き一つを見ても、やはり達人。特典に沸き立っていた者たちも思わず息を飲む。

 それでも、瞳から闘志を消す者がいないことに鍋島は嬉しそうに微笑む。

 

「さあどんどん掛かって来い」

 

 覚悟を決めた者から、次々と挑んでいくが皆簡単にあしらわれてしまう。

 それを見ていると、生徒たちも頭を冷やして作戦を練り始める。

 

「館長相手にいつもの手でいけると思うか?」

 

「正直分からないな。気で気配を探れるレベルなんだろ」

 

「だな。しかし、それを言ってしまえば策など不要になる」

 

「じゃあダメもとで試すか?」

 

 頭をつき合わせて作戦会議をする虎之助と大友。それでも、相手が強大すぎてなかなか決定打になるようなものが思いつかない。

 二人で難しい顔をしていると、それを長宗我部が笑い飛ばす。

 

「なにを難しい顔をしている。確かに館長は凄まじいが、俺ならば問題ない」

 

 どこから来るのか、凄まじい自信でもって悠然と歩いていく長宗我部。

 一体どんな秘策があるのかと見守っていると、彼はおもむろに油を被る。

 

「ヌルッヌルだ。このオイルレスリングに掛かれば館長といえど敵ではないは!」

 

 確かにあれならば他の者たちのように近づいたとたんにあしらわれるということは難しいだろう。

 不気味に光る体の悪印象とは裏腹に、もしかしたらという期待が湧いてくる。

 

「バカ野郎。服が汚れるだろうが」

 

 だが、期待も虚しく油の上からガッチリと腕を掴まれた長宗我部は、片手だけで放り投げられる。

 彼の着地点ではヌルヌルが移った生徒たちの阿鼻叫喚に包まれるが、その喧騒に紛れて人影が飛び出す。

 

「おっと不意打ちなら真正面からはないんじゃないか」

 

「私一人ならばな」

 

「なに?」

 

「わたしがほんめいだ!」

 

 尼子の後ろにぴったりと張り付いていたあまごが、姉が掴まれた直後に躍り出る。

 それには一瞬だけ驚く鍋島だが、残念なことに彼の腕は二本ある。

 難なくあまごも捕らえ、生徒たちへと投げ返す。こちらは長宗我部と違い、一部の男子が全力で受け止める。

 

「なるほど。ならば五人いれば両手足では足りまい」

 

 続く鉢屋がそう呟くと、彼の姿が五人に増える。これぞ忍法分身の術。

 原理はさっぱり分からないが、コレならば運悪く本体を押さえられない限りいける。

 

「分身て言ったって本当に増えたわけでもあるめぇ、よ!」

 

 中国拳法で言うところの震脚。力強く床を踏みしめる足の生み出した振動は、体育館を揺らし鉢屋の動きを止める。

 とたんに消える分身たち。露になった本体は容赦なく投げ飛ばされる。

 

「ふっ。まったく愚かな奴らだ。一撃入れるならば、優美に射撃にきまっているだろうが。見よ、これこそが美しき毛利の三連矢」

 

 素早い射撃によって、三本同時に矢が打ち出される。

 下手な達人レベルでは、一本を対処したところで残り二本にやられてしまうだろう。

 残念なのは、鍋島がそれに対処できるレベルの達人ということ。

 

「見事だが、それだけだな」

 

「なバカッ!?」

 

 三本まとめて掴み取ると、そのまま毛利へと投げ返す。

 防ぐ術を持たない毛利は、彼の嫌う無様な姿でそれを受けるしかなかった。

 主だった生徒たちが、思いつく限りの手段を講じてなを一撃には届かない。

 今までは作戦会議に徹していた虎之助たちも、ここまで来れば逆に開き直るというモノ。

 

「こりゃ、小細工は通用しないな。いくぞ」

 

「おうよ。トラの働きを信じておるぞ」

 

「任せときな」

 

 他の生徒の後ろを隠れるように移動を始めた虎之助は、そのまま鍋島の背後へと回りこむ。

 鍋島は今も他の生徒たちの相手をしていて、後ろを気にした様子はない。

 それを確認すると、次に飛び掛った生徒とタイミングを合わせて斬りかかる。

 

「トゥラトゥラトゥラーー!」

 

 気合と共に放った奇襲の一撃だが、それ自体は尼子たちが試みたのとさして変わらない作戦だ。勝手に囮に使った生徒共々鍋島に捕まってしまう。

 しかし、虎之助の顔に浮かぶのはしてやったりの表情。

 

「今だ焔ぶっ放せ!」

 

「合点承知! 国崩しでりゃぁぁぁ!」

 

 虎之助の合図と共に、引き金を引く大友。気合の叫びと共に放たれる必殺の砲弾に、さすがの鍋島も一瞬だけ焦った顔をする。

 

「危ねぇ、な!」

 

 急いで虎之助たちを投げ捨てた鍋島は、あろうことか国崩しの砲弾を両手で掴みかかった。

 本来であれば着弾の衝撃で爆発するはずのソレは、両サイドからガッチリとホールドされ勢いを無くすと、そのまま沈黙する。

 

「なんと、大友の砲弾すら止めるとは」

 

「くそー。オレたちの必勝パターンが」

 

 さすがに一般人相手の喧嘩で大筒を使うことはないが、それでも虎之助の奇襲からの大友の一撃というのは二人のコンビネーションの中でも上位に入る戦術。

 それでさえも力技で封じられてしまい悔しがる二人だが、意外な人物が賞賛の言葉を送る。

 

「いや、凡俗にしてはよくやった。お陰で勝ち目が見えたぞ」

 

 鍋島相手に、一撃を入れるどころか勝ちまで見たと不遜なことを言うのは石田。

 側近の島を従えて、勇ましく挑む。

 

「ほう、石田か。お前は確かに腕は立つが、どこまで出来るかな」

 

「フッ。無論、館長以上だ!」

 

 その言葉を合図に鍋島の左右へと広がる石田と島。

 互いに同じだけの距離を取ったところで、島が先に仕掛ける。

 

「何をするかと思えば猿真似かよ。お前にはガッカリだぞ」

 

「それはどうですかな」

 

 島の振るう槍を押さえたまま、背後に近づく石田の気配目掛けて腕を伸ばす。

 しかし、それは石田の体を捕らえることなく空を切る。

 

「あ?」

 

「ある程度、気を扱えるのならば気配を誤魔化すくらいは簡単。貰った!」

 

 気配を消すのではなく、距離を誤魔化すという小技で鍋島を欺いた石田が無防備な脳天へと刀を振り下ろす。

 

「ははは。なるほど良く考えたじゃねぇか」

 

 だが、まだ鍋島には届かない。石田の工夫を褒めながらも、常識ハズレの膂力で島の槍を引っ張り、それで刀を受け止める。

 

「次はもっと頑張りな」

 

 こうして石田たちも吹き飛ばされクラスの武闘派は全滅してしまったかのように思えた。

 

「おい、お前はいいのか? 大村」

 

 しかし、一人だけ戦線に加わらずにずっと壁に持たれかかっていた大村へと、鍋島が直々に話しかける。

 石田のように自信をひけらかすことはしない彼だが、その佇まいと眼差しから相当の実力者だと皆が予想している。

 

「ではそろそろ、俺も稽古をお願いするか」

 

 皆のように一撃入れてやろうと意気込むのでなく、始めから稽古と割り切って挑む大村。

 一見すると始めから負けると思っている情けないものだが、実際に目の当たりにすると先ほどまでの虎之助たちの挑戦が児戯に思える。

 空気からして違った。

 おそらくは、大村はこのクラスの誰よりも鍋島に近いところにいるだろう。ゆったりとした拳法の構えはとても美しく、それに対して鍋島が今日始めて構えを取る。

 

「では、まいります」

 

 静かに始まった攻撃は、その実凄まじく激しい。

 手が幾本にも見えるほどの高速連打。しかし、それも全てが鍋島の手によって外へと弾かれてしまう。

 

「やはり、まだまだ通用しないか。ならば」

 

 手数は通じないと、早々に見切りをつけた大村が必殺の一撃を狙う。

 だが、そんな隙を見逃す相手ではない。

 

「ま、今日はここまでだな」

 

「ぐはっ!?」

 

 大村よりも後から攻撃を繰り出しながら、単純な攻撃速度で上回り先に命中させる。

 その一撃に耐え切れなかった大村が後ろへと吹き飛び、今度こそ全員が敗れた。

 

「うむ。お前らは今まで見たどの生徒よりも筋がいい。精々精進するんだな」

 

 生徒たちとの触れ合いに満足したのだろう、陽気な笑いを残して去っていく鍋島。

 その後姿に、一層の向上心を燃やす虎之助たちであった。




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