新生活が始まって、早くも一週間ほど経とうとしていた。
虎之助たちは初めての休日に、友人たちと釣りにやってきた。
「いやぁ、絶好の釣り日和だな」
「うむ。今日は大物を釣って帰るぞ」
借り物の釣竿をブンブンと振り回して意気込む大友。それを微笑ましく見ながら、有馬は餌をつけてくれているあまごへと質問する。
「今ぐらいの時期は何がつれるの?」
「そうだな、いまのじきはメバルにアジなんかがつれる」
「大物狙いならばクロダイなんかも釣れるな」
「男ならば狙うのはクロダイしかないな。そうだろうトラ」
有馬たちの会話が聞こえていたのだろう、長宗我部が一足先に釣り糸を放りながら挑発するように言ってくる。
学校生活にも慣れてきて、今ではすっかりと互いをあだ名で呼び合うほど仲も深まっている。
虎之助も続いて沖へと釣り糸を飛ばし、挑発に答える。
「もちろんだ。なんなら、どっちが大物釣り上げるか勝負するか?」
「面白い。瀬戸内で鍛えた俺に勝てると思うなよ」
「こらこら。大友抜きで何を盛り上がっておる。勝負なら大友も負けぬぞ」
初心者がいることも忘れてすっかりと盛り上がる三人。呆れたように肩を落とす尼子たちは、少し離れた場所で有馬への釣り授業を始めるのだった。
「あいつらは、ありまのことをかんぜんにわすれてるな」
「放って置けばいい。こっちはこっちで楽しくやろう」
「ねー尼ちゃん。なんだか急に巻けなくなったんだけど、どうしたんだろ?」
有馬は有馬で、忘れられているはずなのにマイペースで初めての釣りを満喫する。
彼女にとって運動系で輪から外れるのは良くあること。今回は尼子たちがいてくれるお陰で参加しているが、後ろで応援に徹することだって、別に苦ではなかったりする。
そして、釣り勝負に熱中する三人には早速最初の当たりが来ていた。
「トラトラトラー! 早速来たー!」
「ぬう、先を越されたか」
景気良くリールを巻いていく虎之助。大友たちも、悔しがりながらも注目する中水面から顔を見せたのは、エビ。
「……エビか」
「エビだな」
「そいつは確かウシエビ、よく言うブラックタイガーだな」
「なんだ、トラがトラをつったのか」
まさに友釣り。周りは笑っているが、本人は良い気分ではない。
「まだ始まったばっかりだ。これからこれから」
「そんなこと言ってる間にこちらも来たぞ!」
続いて魚の掛かった大友は、虎之助の時と違ってリールを巻くのがやや辛そうだ。
歯を食いしばる彼女の様子から、凄い大物が期待される。
「もう、一息。で、りゃあぁぁぁ!」
数分に渡る格闘の末、釣り上げられたのは狙い通りの見事なクロダイ。
サイズは残念ながら二十センチほどとやや小ぶりだが、幸先のいいスタートだろう。
「ふむ。クロダイにしてはちと小さいようだな」
「なあに、肩慣らしには丁度よい相手ということだ。トラ写真を頼む」
なんだかんだ言って嬉しいのだろう、虎之助の携帯電話で写真を撮ってもらっている大友は満面の笑み。
撮影が終わると早速有馬へと自慢に走っていく。
「さて、この隙に俺がもっと大物を釣ってやろう」
「そうは問屋がおろさないっと。二ヒット目来たぜ」
せっかく当たりが来たというのに、あまりはしゃがない。
何故なら、その手に掛かる重みには覚えがあった。分かりやすく言うと、さっきブラックタイガーを釣ったときをほぼ同じ手ごたえ。
「また友釣りか」
「うるせぇ! 次はクロダイ釣ってやるよ!」
十分に大物なのだが、どうしても友釣りのイメージで笑いに方向で取られてしまう。
イラつきながら二匹目のエビを水を張ったバケツに放り込むと、初心者講座のほうで歓声が上がる。
何ごとかと目を向けると、なんと有馬の持つ竿にクロダイが掛かっているではないか。それも四十センチを超える大物が。
「わわわ!? なんだか凄いのつれちゃった」
「すごいなありま。とてもしょしんしゃとはおもえない」
「やったな! これは大友もうかうかしておれん!」
予想外の有馬の戦果に触発されて、大友が再び釣竿を振るう。
とは言っても、すでに一匹釣り上げている彼女には若干の余裕が見える。
余裕がないのは未だにクロダイを釣り上げていない男二人。
「ま、まあ俺が本気を出してしまってはお前らに見せ場を作ってやれんからな」
「オレだって、今まではあえて笑いに走っただけさ」
それをはたから見ている尼子たちからすると、勝負などこだわらずに釣りを楽しめとしか言い様がない。
「どうしてすぐにきそいたがるんだ」
「馬鹿なのだろう。どうしようもなく」
そんな悟ったようなことを言いつつも、しっかりとクロダイを釣り上げる尼子姉弟であった。
釣りを始めて数時間。そろそろ日も傾いてきたことで、そろそろ帰ろうかという時間。
それぞれの釣果はごらんの通り。
大友【クロダイ一匹、アジ二匹、メバル一匹】
有馬【クロダイ一匹】
尼子【クロダイ四匹、アジ二匹】
あまご【クロダイ三匹、メバル四匹】
虎之助【ブラックタイガー五匹】
長宗我部【アジ一匹】
一番の大物は有馬の釣った四十センチのクロダイ。
虎之助と長宗我部以外の面々は十分に満足して、いい加減帰ろうというのだが、この二人が意地になってしまっている。
「トラいい加減に帰ろうではないか」
「ブラックタイガーごひきなら、じゅうぶんすごいって」
「長宗我部も、今日は運が悪かっただけだって」
「チョーさん。次があるって」
慰めやらなんやら、そんな物で保てるほど男のプライドは簡単には出来ていない。
最後の一振りに希望を込めて、ゆっくり、ゆっくりとリールを巻いていく。
「これが最後だ。コレで大物を……。ぬおおぉぉぉぉ!」
結局何も掛かっていなかった長宗我部が頭を抱えて蹲る。
四国を愛する男として、海産物に見放されたのは相当に堪えているようだ。
それを横目に、次は我が身とかすかに震える虎之助。それでも希望を捨てきれずにいると、神が気まぐれを起こしてくれた。
「これは……! 来た! 来たぞ今までにない大物の手ごたえ!」
全員を含めて、今日一番のしなりを見せる虎之助の竿。
まさか本当に来た大物に、帰ろうと促していた大友たちも期待を高める。
強い引きで釣り糸が切れないように、魚の動きに合わせて時には緩め、隙を見て一気に巻き取る。
そんな緊張感溢れるやり取りの末、ついに虎之助は大物を釣り上げた。
「フィィィィッシュ!」
それは、有馬のクロダイを軽く越す大きさで、優に七十センチはあるだろうか。
だが、そのシルエットは平たいクロダイとは似ても似つかない。
釣り上げた魚を陸にあげて見れば、丸い体のソレは、
「トラフグだな」
「また友釣りだな」
「どちくしょうッ!」
大物には間違いないし、フグだから大当たりと言っていいだろう。
だが、何故にトラ。そのせいで喜ぶに喜べない。
「今日はもう諦めろ」
「トラちゃん元気出してね」
さすがに諦めた虎之助を引きずるようにして帰路に着く。
虎之助と長宗我部は残念なことになったが、今日の釣果はすごいものだ。
寮に帰ってからの自炊する夕食はさぞや豪華なものになるだろう。
そのことに大友たちがはしゃいでいると、前方からガラの良くない一団がやってくる。
休日だというのに、全員が傷の目立つ学ランを着て、手にはこれ見よがしにバタフライナイフをくるくると回している。
見ていて気分の良い連中ではないが、何も自分たちから喧嘩を吹っ掛ける理由はない。
目を合わせないようにと通り過ぎる虎之助たちだが、向こうが放っておいてくれない。
「冴えない奴らが上玉連れてるぞおい」
「四人も可愛い子連れて人数が合わないだろ。こっちにも回せよ」
「そんな奴らより俺らと遊ぼうぜ」
下品な笑いと共に投げかけられる言葉。
それだけで聞くに堪えないが、それ以上にあまごに取って聞き捨てならない一言があった。
「おい。かわいいこがなんいんといった?」
「あま、やめろって」
制止も虚しく、男たちが答えてしまう。
「四人だよ四人。もちろんお嬢ちゃんも入ってぷぎゃ!?」
「わたしはおとこだ!!」
女扱いが頭に来たのだろう、あまごが手を出してしまう。
完全に女の子だと思っていた相手からの攻撃に、固まる男たちだが、それも長くは続かない。すぐに顔を怒りの色に染めると襲い掛かってくる。
「まったく。仕様のないヤツだ。俺たちもいくぞトラ!」
「へいよ。焔たちは有馬を任せた!」
「任された! 存分に懲らしめてやれい」
本当の女子三人を後ろに庇いながら虎之助と長宗我部も男たちへと向かっていく。が、そこまですることもなかったか、男たちは喧嘩なれしてはいるがそれだけ。
ちょこまかと動くあまごを追える者はおらず、次々と急所を突かれていく。
長宗我部は抵抗できない男たちを圧倒的パワーで薙ぎ払う。
この二人だけで殆んど倒してしまっているので、虎之助のすることといえば取りこぼしに止めを刺すだけ。
数分にも満たない戦闘であらかた片付いた男たちは、仲間を担いで逃げていく。
さすがに、それを追っていくことはしないが、あまごの怒りはまだ収まっていなかった。
「あのていどでにげるなら、はじめからからんでこなければいいのに」
怒り心頭なのだろうが、そんなあまごを見るとあの男たちの気持ちも分かってしまう虎之助。そんな彼の内心とは関係なく、長宗我部がヤレヤレといった風に相手をする。
「仏院の連中だ。そういった知恵を求めるのが間違いだ」
「なんだっけソレ?」
聞きなれない言葉だ。雰囲気から言って、○○院とかの略であろうとは予想が出来るが、仏閣関係だろうか。
「随分と前に聞いた覚えがあるな。確か、隣街の学校ではなかったか?」
「そうだよ。正式名称、仏智霧学院(ブツチキリガクイン)。仏教系の学校で、ああいう不良の更生が目的で作られたって前にニュースでやってた」
「それも昔の話だな。今は更生に失敗して無法地帯だ」
有馬の説明に、残念そうに付け加える尼子。
確かに成功していたら、先ほどの彼らも爽やかに挨拶をして通り過ぎていったことだろう。
「はた迷惑な奴らってことか。こっちにまでやってきてるのか」
「明奈は一人で出かけるときに気をつけるのだぞ」
ただの不良ということで、戦闘力のない有馬へ注意を促すだけで意識は再び夕食へ。
今はチンピラよりも魚介のほうが大切だ。
その晩は、有馬の知識が良い方向に働き、漫画で見たようなご馳走に舌鼓を打つのだった。
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