真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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15話

 天神館は、全寮制の学校である。

 そのために、学生寮各部屋にキッチンが完備されているものの、弁当を持参する生徒は少ない。

 昼休みの一年一組の教室では、今日も残っている生徒の大半は売店で買ってきた惣菜パン。

 弁当を持ってきている生徒の大半は料理好きの女子生徒で、それでも連日作ってくる猛者は殆んどいない。

 だというのに、この教室には初日から連日弁当持参の男子生徒がいた。

 

「ハチは今日も弁当か」

 

 それが鉢屋壱助。分かりやすく言うならニンジャである。

 どうしても目立つ彼の姿に思わず呟いた虎之助だが、別段それに意味はなかった。

 けれども、一度呟くと周りもそういえばと彼に注目し始める。

 

「無論だ。料理も修業の一環。一日とて欠かせぬ」

 

「しゅぎょう? ハチはむこいりするのか?」

 

 修行で料理と言えば嫁入り修行に決まっている。男の鉢屋だから婿入りと想像したあまごだが、どうにも違うらしく、鉢屋は首を横に振る。

 彼が答える前に、お約束のアピールがカットインしてくる。

 

「と、するならば香川のうどん職人になるのだな」

 

「長宗我部は放っておいて、何の修行だ?」

 

 毎日のように四国の良さを聞かされていれば、嫌でも流せるようになってしまう。そんな慣れた手際で長宗我部を横にどかして尼子が話を戻す。

 

「うむ。言ってしまえばあらゆることの修行だ。まずは献立の段階で栄養学、薬学を。食材選びでは目利き、調理においては作業工程の組み立てから作戦立案を学び、刃物や火の扱いも練習できる。これで、飛び道具以外のほぼ全ての忍術の修行に繋がるのだ」

 

 つらつらと並べられると、なるほどと唸るしかない。

 確かに、考えてみれば料理とは様々な技術、学問の組み合わせで出来ている。それを意識して行なうことで、他のことにも役立てられるのだろう。

 

「凄いなぁハッちゃんは。私なんて料理中にそこまで考えたことないよ」

 

「大友もだ。まさかそんなところまで修行とは、精進せねば」

 

「いや、焔はその前に超強火以外を覚えろよ」

 

「それでは大友が料理を出来ないみたいではないか!」

 

 砲術大好き大友は、料理でも火力主義だ。中華料理なんかは強火でガンガンと焼いていくのでいいのだが、他の繊細な料理は大概は残念な出来になってしまう。

 こちらも最早見慣れた痴話喧嘩。犬も食わない何とやらで、長年の付き合いの有馬に任せるのがお決まりになってしまった。

 

「こっちもおいといて。だからか、ハチのベントーはおいしそうだな」

 

「例え修行といえども食事は娯楽。可能な限り嗜好を凝らしている。一つ食べてみるか?」

 

 料理の腕には自信があるのだろう、美味しそうと言われて得意げに弁当箱を差し出す。

 それはあくまで尼子たちに対してだったのだが、今まで会話に加わっていなかったのに遠慮なく横から手を出せる連中が多すぎる。

 

「ほな一つ貰うで」

 

 まっさきに手を出してきたのは宇喜多。ただで食べられる試食品を見逃さない動きは、専業主婦顔負けの鮮やかさ。

 それに続くのは、無意味にターンを決めた毛利。さらには当たり前のように手を伸ばす石田。

 

「彩りも見事だ。私が食すに値する」

 

「おれも食べてやらんこともない」

 

「三郎様もう少し言葉を柔らかく」

 

 注意しながらも、しっかりとおかずを摘み上げる島。ある意味彼が一番たちが悪いかもしれない。

 

「む、コレこそは徳島のヤーコンではないか。見る目があるな鉢屋」

 

「あトラ! 餃子は二つしかないのにお前が取るか!」

 

「早いもの勝ちだろ!」

 

 話の外に出されていたはずなのに、勝手に戻ってきて、やはり勝手に弁当に手を伸ばしていく虎之助たち。

 はじめに進められた尼子たちが手をつける頃には、すでに半分近くがなくなっている有様だ。さすがにそこから貰うのは気が引けるが、その後ろからやってきた大村がひょいと摘むから、ついつい続いてしまう。

 

「この連中の前に食べ物を出すほうが悪いな。油断大敵だ」

 

「そういういいかたはないんじゃないか?」

 

「ハチの厚意なんだから少しは感謝しろ」

 

 結局、有馬以外の面子に食われた弁当は、最早白米とレタスくらいしか残っていない。

 頬を引きつらせた鉢屋がさすがに激怒しようとするが、タイミング悪くそれに被せる様に賛辞の言葉が。

 

「ちょ、コレマジで美味いで!? 金とれるって」

 

 守銭奴の宇喜多が、金を取れるというほどの美味さ。

 他の者たちも感想は皆同じらしく、口々に褒め称える。

 

「この餃子、納豆が入ってるのか。初めて食ったけど美味いな」

 

「うむ。なんにでも合うとは聞いていたが、まさかココまで応用が利くとはな」

 

「こちらの鮮やかな卵焼きに入っているな。これは松永納豆か?」

 

 褒められたせいで怒るタイミングを逃した隙に、話が弁当そのものから食材にそれていく。

 それに気がついたときには、もう怒るのがバカらしい感じになっている。

 

「ああ、さいきんよくみるヤツだな」

 

「京都の松永か。出世街道から外れて必死だな」

 

「そう馬鹿にしたものでもないぞ。見ろ、ネットではこんなに人気だ」

 

 すでに注目は鉢屋の弁当から大村のパソコンへと完全に移った。

 その輪から外れてしまった鉢屋が一人で寂しく白米と向き合うが、その肩を優しく叩く者が一人だけいた。

 有馬だ。

 

「私のお弁当分けてあげるから元気だしてハッちゃん。みんなも悪気はないんだよ」

 

 ニンジャとして色気を使った謀を教え込まれた鉢屋は、一般人以上に女性には警戒している。しかし、相手は同級生の中でもおっとりとして気の優しい有馬。

 ついつい気を許してしまう。

 

「かたじけない。ありがたく頂こう」

 

 女の子らしい有馬の弁当は、鉢屋の物に比べると量が少ない。

 その中からメインを取っては悪かろうと、副菜を頂戴した鉢屋。

 それを口にした瞬間に、マフラーとフードの隙間から僅かに見える顔を真っ青にしたかと思うとそのまま倒れる。

 椅子ごとひっくり返ったため、教室中に音が響き、ネットを見ていたみんなも振り返り驚愕する。

 

「ハチ!? どうしたしっかりしろ!」

 

「明奈一体なにがあったのだ!?」

 

 鉢屋と有馬を囲んであれやこれやと騒ぐ。有馬も、突然のことで混乱して上手く言葉が出てこない。

 そんな中で、一人冷静に鉢屋の体に触れていた島が顔を硬直させて呟く。

 

「呼吸も……脈も……ない」

 

 誰もが言葉を失った。

 目の前で、何の前触れもなく友だちをなくしたのだ。十代の少年少女に受け止めきれるはずがない。

とも言ってられない状況に、みな弾かれたように動き出す。

 

「誰か人工呼吸をしろ! 立花は急いでAEDだ! 他に誰か教員を呼んで来い!」

 

「了解した!」

 

「人工呼吸なら俺に任せろ! 四国の浜辺を守った経験がある!」

 

 石田の号令の下で皆がそれぞれの仕事を真っ当し始める。

 慌しく動くクラスメイトたちを横目に、有馬への尋問も始まる。何があったか分からないが、彼女しかその瞬間を目撃していなかったのだから、どんな証言でも欲しい。

 

「落ち着いてあったことを、そのまま言え」

 

「石田は下がっていろ。明菜が怯える」

 

 睨むような石田に怯えながら、たどたどしく有馬が証言を始める。

 

「えとね、ハッちゃんにお弁当を分けてあげたの。それを食べたらいきなり倒れちゃって」

 

「どれを食べさせたんや?」

 

「コレだよ?」

 

 鉢屋が食べたものと同じものを箸で持ち上げる。パッとみおかしなところはないが、よく見ると普通の料理には入ってないだろう、結晶状の物体が見える。

 まさか、毒物だろうか。

 

「これは、あじのもとかなにかか?」

 

「え? なんだろう。私はいれてないよ」

 

 製作者の記憶にない謎の物体。もしや有馬を狙った暗殺か。

 にわかに騒然とする一同だが、一人だけ大村が顔色を青くする。

 

「料理に浮かぶ結晶……まさか」

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

「有馬、もしかしてこの間貸したアレを読んで」

 

 読書が趣味で、ジャンルにこだわらず何でも読む有馬。大村はオタクとしてそんな彼女に色々なライトノベルを布教していたが、その中に嫌な思い当たりがあるのだろう。

 

「うん。ヨシくんの貸してくれた『アホとテストと守護獣』に乗ってたレシピ通りに作ったんだけど」

 

 なんてことなく頷く有馬。その姿に、そのライトノベルの内容をしるものは絶句する。

 この作品のヒロインの一人は、料理を科学的に考える悪癖があるという設定で、作中ではよく劇薬を調理に使って殺人料理を作っているのだ。

 おそらくは、鉢屋が食べたのはそんな中でも作中で猛威を振るわなかった数少ないレシピなのだろう。

 

「すまない鉢屋。俺が不用意な布教をしたばかりに」

 

「気にするなヨッシー。悪いのはお前じゃない。そんな材料を用意できる社会のほうだ」

 

 必死に心肺蘇生法を試みる虎之助と長宗我部の横で、鉢屋に詫びる。

 

「でも材料そろえてくれたのハッちゃんだよ」

 

 これも自業自得と言えるのだろうか。

 もはや誰が悪いのか、むしろ誰も悪くないんじゃないかという空気の中、ようやく鉢屋が生還する。

 

「う、ゴホ、ゲホ……。ここは? ご先祖様は?」

 

 かなり際どいところまで言っていたらしい。何でも初代鉢屋に会って奥義を伝授されていた最中だったらしい。

 ことのあらましを聞かされた鉢屋に、何度も頭を下げる有馬と大村だが、それを彼は悟りを開いたような顔で許す。

 

「二人とも気にするな。全ては拙者の未熟が招いたこと」

 

 その言葉に、謝る二人だけでなく、クラス中に涙が溢れようとする。しかし、それを鉢屋の次の言葉が台無しにする。

 

「そう、例え有馬であろうと女。色気に気をつけるだけでは生温いのだ。拙者はこれから一生、女性と一定の距離を取る。生涯童貞をココに誓おう!」

 

 それは、おそらく世界でもトップクラスに悲しい決意だった。

 だが、悲しみとは無関係に怒りは湧いてくる。

 クラスを代表して石田が、有馬の弁当に残る危険物をつまみあげる。

 

「もう少し寝ていろ」

 

 無慈悲に口に押し込むと、男子総出でソレを飲み込ませる。

 再び死の淵に立たされた鉢屋を教室の隅に放置し、ようやく昼休みは平穏を取り戻した。




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