真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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28話

 仏智霧学院の最奥。不良校には不釣合いな立派な仏像が鎮座する本堂は、戦いの終わりを感じさせる静寂に包まれていた。

 次々と天神館が勝利を収めているだけでなく、この場所が戦場から離れていると言うことも大きいだろう。そんな場所で仏田はただ一人、座禅を組んである人を待っていた。

 程なくして乱暴に扉を開いて本堂に入ってくる待ち人、天神館の大将石田とその側近島の二人組みだ。仏像の前に座した仏田を見つけ、足音も荒く近づいていくが反応を見せない。すでに諦めてしまっているのかとも思うが、あと三メートルといった所で仏田が声を上げる。

 

「待っていたぞ石田三郎くん」

 

「待っていただと? どういう意味だ」

 

「お待ちください。何を企んでいるか分かりませぬ」

 

 警戒したように島が睨みを利かせる。しかし、それを気にした風も無く石田に語りかける。

 

「相談、いやお願いがあるのだよ」

 

「ふむ。聞くだけ聞いてやろう。言ってみろ」

 

 多少の謀略ならば看破してやるという自信があるのだろう、島に待てと指示を出しながら仏田の話に耳を傾ける。

 

「では単刀直入に言おう。私と手を組んで、この場は勝ちを譲って欲しい」

 

「それでおれに何の利があると言うのだ」

 

「我々二人で日本を取れる」

 

 怪訝そうな石田に対して断言してみせる。あまりにも荒唐無稽な話に、警戒を通り越して呆れて言葉を失う島。しかし石田は思うところがあるのか、無言で話の続きを待つ。

 その様子に満足そうに一度頷き、詳しい内容を話し始める。

 

「まず、私はすでに鍋島正を倒したという箔を手に入れた」

 

 武人として鍋島に尊敬を抱く島が物言いたげだが、天神館の評判とは実質鍋島によるところが大きい。そんな天神館を落としたということは、鍋島を倒したというイメージも生み出す。その場に本人がいたかどうかは問題ではない、鍋島正の看板を背負って戦った天神館生が負けた。それだけが全てだ。

 

「これだけで日本の暴力の世界では随分と自由が利く。そこに石田鉄鋼の表世界の影響力が加われば、あの九鬼とて恐れるに足らん。さあ、共に日本の頂点に立とう」

 

 差し出された手を一瞥し、石田は小さく微笑む。

 

「なるほどな。館長を倒した男とこのおれが手を組めば確かに日本の一つや二つ容易く手に入るだろうよ。とすれば、こうもあっさりと貴様らが敗れていったのも策略のうちだな? 大方、絶望的な状況からの逆転で凡俗どもの忠誠心を確かなものとするためか」

 

「その通り。全て私の手の平の上の出来事だ。そこまで理解できるのならば、もちろん手を組んでくれるな」

 

「ああ」

 

「三郎様!?」

 

 笑顔で手を伸ばす石田に、島が驚愕の声を上げる。あの自尊心の塊のような石田が誰かと手を組む、それも天神館を襲った敵と。信じられない、信じたくない光景に止めに入ろうとするが、それよりも早く二人の手が触れ合う。

 

「もちろんお断りだ」

 

 そのまま力強く弾き拒絶を明言する。

 

「貴様ごとき凡俗がおれと手を組むだと? 笑わせるな。確かに日本は手に入るだろうよ、しかしそれはおれの力だ。助力などと嘘を吐くのもいい加減にしろ、この石田三郎を利用しようなどとふざけるのもいい加減にしろ!」

 

 力強く言い放つ拒絶の言葉に島でさえ気押されてしまうが、肝心の仏田は不敵な笑みを浮かべたまま。

 その様子を見た石田も気分を害した様子はない。二人ともこの程度の思惑は読まれることは想定済み。あえて口に出して問答したのは、万一にも相手を過大評価している可能性をなくすことと様式美。

 それが済めば後の展開は一つしかない。

 

「そうか、では……貴様も私の野望のために討たせてもらう!」

 

 言葉と共に繰り出される正拳。

 

「それはこちらの台詞よ! 精々おれの出世街道の礎となれ!」

 

 拳を避けながら刀を抜く石田。島もそれに続けとばかりに槍を構えて走る。

 二対一、しかも素手と武器と言う圧倒的な不利な状況。だと言うのに仏田は余裕の態度を崩さない。

 それを不信に思った瞬間だった、走る島の横合い。薄暗い本堂の闇から鋭い音と共に彼を狙う凶器が飛んでくる。

 

「くっ! 伏兵か!」

 

 辛うじて反応が間に合った島の槍がそれを弾く。警戒しながら凶器が飛んできた方向へと槍を向ける。姿を現したのは唯一この本堂を出入りしていた少女、大黒空。

 島を襲った武器である分銅を回転させて攻撃の姿勢を崩さない。

 

「すみません仏田さん。失敗しました」

 

「気にするな。しかし、大黒がしとめ損ねるとはな」

 

「驚くこともあるまい。この程度の素人に気がつけないほど、島は阿呆ではない」

 

 本当の所は事前に鉢屋に注意されていたというのが大きいのだが、それでも素人というのは言い過ぎではないか?

 けれどもそのことに誰も驚かず、訂正もしない。

 何故ならば彼女の構えは様になっているとは言い難く、石田の言うとおり素人のそれそのもの。

 

「大将とその側近というのは伊達では無い様だな。よろしい、本気で相手をしてやろう」

 

 そう言うと深く呼吸を始める仏田。一呼吸ごとに彼の纏うオーラが膨れ上がっていくような錯覚さえする。

 

「吠えるなよ凡俗が!」

 

 未だに余裕ぶっているが、それでも多少の警戒を抱いたのだろう。仏田の体勢が整う前に仕掛ける。

 

「仏田さん!」

 

「させん!」

 

 互いの敬愛する主のために武器を振るう大黒と島。

 動き出しはほぼ同時だったが、そこは練度が違う。常日頃からの稽古によって体に型を染み込ませた島と、非力さを補うために振り回せるようになった程度の大黒。石田を狙った分銅が放たれた時には、それを妨げる槍が大黒の鳩尾へと叩き込まれる。

 

「部下も録に育てられんとは、やはりただの凡俗だった、か!」

 

 島たちの攻防を横目に眺めながら刀を振り下ろす石田。真っ直ぐに振り落とされたそれを、仏田は避けるそぶりも見せずに額を打たれる。

 もちろん刃を潰した模造刀だが、それでも鉄の塊。それで額や鳩尾を打たれて無事でいられるはずも無いだろう。

 その思い込みが油断を生んだ。

 

「詰まらん相手だったな。島、早くこいつらを縛り上げて帰るぞ」

 

「は、直ちに。ッ!?」

 

 目を離した瞬間に島の頬を掠める分銅。まさかと思いながら振り返れば立ち上がった大黒が分銅を回転させている。

 

「バカな!? 手応えは確かに!」

 

「ほう、貴様“ら”も多少は骨があったか」

 

 確信を込めて振り返れば、やはり立ち上がっている仏田。

 

「フフフ、あの程度で倒れる実力で天神館には手出しはせんよ」

 

「いいだろう。ならば何度でも叩きのめしてくれる!」

 

 再び刀を振るう石田。今度は仏田も遅れることなく拳を振るう。

 大黒と違い武術の心得があるのだろう、仏田の繰り出す正拳は型がなっている。ゆえにその軌道を読むのはたやすく、石田は身をよじってそれを交わす。そのまま反撃の暇を与えずに先ほどと同じ場所、額を打ち付ける。

 

「これも三郎様のため、悪く思うな」

 

「お構いなく。私も仏田さんのために戦うから」

 

 仏田を手助けしようとした先の攻防とは違う。互いに向き合った大黒と島。

 だがそれは実力差を浮き彫りにしただけでしかなかった。ちゃんと島を狙った分銅は確かに彼へと向かっていく。しかしそれは正確ではあったが、速度や切れが無い。

 容易く分銅を弾き飛ばした島の槍が、その勢いのままに大黒の脇腹を薙ぐ。

 今度こそ終わりだろう、そう思ったときだった。

 まるで攻撃など受けていないかのように真っ直ぐに島の目を見つめる大黒の陰鬱な瞳。人外の怪物に睨まれた様な、そんな寒気が走ったかと思うと大黒はもう一方の分銅を振るい島の頭を打ち抜く。

 

「島!? 何をやって、ガハッ!?」

 

 まさかの反撃にあっている島に気を取られた一瞬を見逃さず、石田の肝臓を襲う衝撃。その正体は、二度も額を打たれてまともに動けないはずの仏田が放ったボディブロー。

 相打ちの形で一撃を入れた仏田と大黒はそのまま攻撃の手を休めずに二撃目、三撃目を放ち石田たちにダメージを刻んでいく。

 無論やられっぱなしでいる訳は無く、反撃を試み、確かにそれを成功させている。

 だというのに仏田たちはダメージを感じさせず、攻撃の勢いは一向に弱まらない。

 

「バカな。貴様らには痛覚というモノが無いのか?」

 

「ほう、よく気がついたな。その通りだ」

 

 まさかの肯定にギョッとする石田たち。確かにそのような症状を持って生まれた人間の話は聞くが、それが二人も並んでいるなどといわれて誰が信じられるだろうか。

 

「そう驚くな。無論、私も大黒も生まれ持った物ではない。これはそう、私がインドで修行の末に身につけた力、ヨーガだ!」

 

 止めとばかりに放たれる正拳突き。辛うじてそれを防いだ石田だが、あまりの威力に体が吹き飛ばされる。

 

「ヨーガ、だと? 確かにそういった術を聞いたことはあるが、まさか貴様のような男が身につけていようとは」

 

 怪物染みたタフさの秘密を知り、仏田に対する認識を改め警戒を強める石田。

 そんな主とは対照的に、島は大黒へと戸惑いの視線を送る。

 

「いくら痛覚を遮断しようともダメージはあろう、これ以上はお主の体は耐えられまい」

 

「それでもいい。仏田さんが教えてくれた力、仏田さんのために使えるなら」

 

 武芸者ではなく、華奢な大黒を心配する島だが、肝心の彼女は自分の身の安全すら考慮せずに攻撃してくる。

 人の出来た島だからこそ、彼女の身を案じて動きが鈍る。

 

「これは予想以上の相手ですな」

 

「ふ、むしろようやくおれが討つに相応しくなったのよ」

 

 果たして石田の言葉は強がりか真実か。

 痛覚を遮断した仏田たちを相手に、二人はどう戦うのか。




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