真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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29話

「いい加減に諦めろ! お主ではそれがしには勝てん」

 

「例え勝てなくてもいい。少しでも仏田さんの役にたてるなら」

 

 そう言って分銅を繰り出す大黒。洗練されていない攻撃は避けることも弾くことも容易く、そのたびに島の槍が反撃を繰り出すが、躊躇から槍先の動きが鈍い。

 武人としての鍛錬を積んでいない大黒の体は細く、島から見ると少し強めに抱きしめればそれだけで折れてしまいそうなほどか弱い。それを気に掛けないことも武人として戦う相手への礼儀とも言えるかもしれないが、それよりも優しさが上回ってしまう。

 

「くっ! どうしたものか」

 

 弱さに守られた大黒に強打を打ち込むことが出来ず、そのような攻撃はヨーガによる痛覚遮断で無効化されてしまう。むしろ甘い攻撃は隙を作ることになり、大黒の放つ分銅が島の体を打ち据えていく。

 一撃一撃は弱いのだが、確実にダメージを蓄積していく。

 そんな島の様子に、石田は呆れたように溜め息をつく。

 

「島の甘さにも困ったものよ。敵に情けをかける必要などなかろうに」

 

「ほう、では情け無用でこれだと?」

 

 強かに小手を打たれながら、反撃の拳を石田の頬に打ち込む仏田。こちらは武術の心得を持ち、腰の入った打撃だ。

 このまま相打ちを続ければ、負けるのは痛覚遮断の無い石田だということは、本人が一番良く分かっている。その上で不敵な笑みを崩すこはしない。

 

「案ずるな。ここまでは所詮お遊び。ココからが情け無用よ!」

 

 言うが早い、目にも留まらぬ速さで再び小手を打ち抜く。これに今まで通りに相打ちの拳を繰り出すが、それは石田の刀によって弾かれてしまう。

 

「なるほど確かにお遊びだったようだな。ならばこちらも容赦はせん!」

 

 肉薄しようと歩みを進めると同時に繰り出す仏田の左拳。だがそれは容易く小手打ちで迎撃される。

 普通ならば痛みで動きも止まるだろうが、それを無視して攻撃を続けられるのが痛覚遮断の強み。空手の順突きがそうするように、さらに歩みを進めて今度は右拳を繰り出す。

 拳を打ち落とす石田だが、確実に彼我の距離は詰めらている。刀と拳では間合いが違うため、後退を余儀なくされるが、それが隙となる。

 

「破ぁ!」

 

「ぐぁ!?」

 

 この戦いが始まってはじめて見せた仏田の蹴り。拳を打ち落とすために刀を構えていた石田にその防御の用意があるはずも無く、中段回し蹴りは綺麗に肝臓を蹴り抜く。

 蹴り足を戻さずにその場で下ろすことで一気に距離を詰め、追い討ちの拳をくりだす。

 

「先ほどの威勢はどうした? さばくばかりでは勝てはしないぞ?」

 

 情け無用を宣言した瞬間こそ激しさを増した石田の剣だが、今は防戦一方。辛うじて攻撃を打ち落としてこそいるが、それでも全ては防ぎきれない。傷みを感じない仏田の回転は速く、確実に拳を命中させていく。

 

(今のうちに調子に乗っていろ。痛覚遮断など、所詮は子供だまし。それは強みなどではなく――……)

 

 決して有利とはいえない状況にありながら、石田は内心でしてやったりと笑ってみせる。だが、それを感じ取ったように仏田が顔に笑みを浮かべる。

 

「痛覚遮断は強みではなく、むしろ弱点だと思っているんだろう?」

 

「……違うとでも言いたげだな」

 

 考えていたことをずばり言い当てられ、動揺を隠しながら話を合わせる。

 普通に考えれば痛覚遮断があれば、攻撃をくらいながら攻撃を繰り出せる。これ以上ないほどの強みにも思える能力だが、それは反面自身の状況を把握できないということにもなる。痛みとは生物がその命を守るために発する危険信号。それを遮断したとなれば、体の限界に気がつけずにいつの間にか壊れていた、などということもありうる。

 

「違わないさ。だからこそ、手首への集中攻撃は正解だ。“痛覚遮断”の破り方としてはな」

 

 答え合わせをするように自らの手首を見せ付ける仏田。その手首に石田が驚愕する。

 そこには傷一つ、痣の一つさえなかった。幾度と無く打ち据えた刀の痕跡はまったく見当たらない。

 

「貴様、一体何をした!?」

 

「驚くことはあるまい。大黒の痛覚遮断は私が授けたもの。ならば私がそれ以外を持っていておかしくはないだろう?」

 

 まさかという思いに駆られた石田が刀を振るうが、それは仏田の腕を打ったところでピクリとも動かなくなる。

 あたかも鉄柱を打ったかの様な痺れる手応え、動く拳を打ち落としていた時は分からなかったが、これはとても人体の手応えではない。

 

「身体硬化だよ。そして、これが筋力の制限解除だ!」

 

 刀による迎撃すら跳ね除け、拳が石田の鳩尾を打ち抜く。

 今までとは比べ物にならない威力に、言葉を発することすら出来ずにただただ吹き飛ばされる石田。

 止めを刺すには持って来いのチャンスだというのに、あえて仏田は余裕を見せつけながら歩み寄る。

 

「どうだね私のヨーガの味は。自惚れながら、なかなかの物だと自負しているのだが」

 

「な、ぜだ……」

 

「ん? よく聞こえないぞ?」

 

「何故、これほどの力を……持ちながら」

 

 半分は息を整えるための時間稼ぎ、半分は本心からの疑問。これほどの術技、生半可な努力では身につかないだろう。それほどの苦労をしながら、どうしてこんな不良校でコソコソと悪事を企てているのか。

 

「何故か……。そうだな、この力を身につけたからこそと言えるかもしれん。私は悟ったのだよ、あのインドの森で」

 

 視線を僅かに上へと逸らし、懐かしむように語る仏田。

 

「当時の私はひたすらに悟りを求め、己に苦行を課す毎日を送っていた。いくら経文を読もうと、いくら体を痛めつけようと望むものは得られず、ついには海を渡りインドへと向かっていたよ。そこで見たのだ」

 

 一度言葉を区切る。その顔に浮かぶのは、意外なことに敬意を持った表情。石田が言えた義理ではないが、傲岸不敵そのものとしかイメージの無かった仏田にはあまりにも似合わない表情だ。

 

「一体なにを見たというのだ」

 

「青年だ。一人の……虎と戦う青年を見たのだ」

 

 言葉の意味が理解できずに呆ける石田だが、仏田の顔にはふざけた様子は無い。それで何とか言葉をそのまま受け入れると、続きが語られる。

 

「環境が変われば、本場に行けば何か新たなものが得られると期待していたが、そんな物は世間知らずの幻想だった。日本とは比べ物にならない苦行も、ガンジスの流も、ヨーガでさえも、何一つ私に新たな教えを与えてくれはしなかった。そんな時に、ふと立ち寄った森の中で日本人の青年を見かけた。異郷の地で久しぶりに日本人を見つけたものだから、思わず声を掛けようとしたができなかったよ。彼は巨大な虎と向かい合っていたのだ」

 

 その時の光景を思い出したのだろう、僅かに身を震わせる仏田。いつしか聞き入っていた石田も想像の中に同じ光景を描く。

 

「彼が何を思ってあの森に入ったのか、何を求めて虎と対峙したのか、それが得られたのかは私には分からない。しかし、彼の顔には確かに覚悟と決意があった。例えそれが正しい物ではなく、悪意から来るものだろうと否定は出来ない。それほどの覚悟が。そして彼は成し遂げたのだよ……虎殺しを!」

 

 自らの偉業かのように誇るその声に、知らずに石田が後ずさる。

 

「その光景を見た瞬間に私は知ったのだ、私が得たかったものは、知りたかったものは、この世の真理とは何かを」

 

 仏教の教えの極致、悟りを開いたと言うのか。そう主張するには、仏田の瞳に映る光は不気味なもの。しかしそれ以上に、その瞳の色を自覚した上で浮かべる笑みが禍々しく仏教徒に有るまじき邪悪さを醸し出す。

 

「所詮この世は諸行無常。映り行く世界では人の善悪など瑣末なことに過ぎないのだよ。ゆえに確固たる覚悟さえあれば、心の赴くまま、欲望に生きるのもまた正しきありようなのだとな」

 

「……安いな。所詮は凡俗が垣間見た妄想よ」

 

 長い思い出話の間に十分に体を休めた石田が、立ち上がりながら簡単に否定する。それに気を悪くした様子も無く、むしろ当然だろうと笑みまで浮かべる仏田。

 

「理解して欲しいとは思っていない。悟りとは己の力でしか得られないのだからな。さて、ではそろそろ終わりにしようか」

 

 ゆっくりと拳を構える仏田。それに応じるように石田も刀を構える。

 虎之助の八双の構えに似た、右上に掲げる構えながら左肘をしっかりと固定した示現流蜻蛉の構え。

 

「そうだな。では、最後に貴様には良いものを見せてやろう。ここまでする必要はないと思ったが、予想以上ではあったぞ」

 

 賞賛の言葉を浴びせながら、体に気を巡らせる石田。沸々と力が膨れ上がるのを感じながら、仏田は泰然としたまま。絶好のチャンスだというのに、あえて見過ごすのは自信の表れだろう。

 そして、体を満たした力が一気に弾ける。

 

「光龍覚醒!」

 

 気合の声とともに眩い輝きが室内を満たす。あまりの光に思わずつぶった目を開くと、そこに立っている石田の姿は見違えていた。

 日本男児らしい黒髪は鮮やかな金色に染まり、逆立ったそれは石田のシルエットを一回り大きくし、それ以上に威圧感を増加させる。

 

「ほう、それが君の本気か。くくく、そうでなくてはな。あの鍋島正の教え子だ! こうでなくてはな!」

 

「さあ、行くぞ凡俗!」

 

 二人の動き始めはまったくの同時。

 しかし、次の瞬間には石田の刀は振り下ろされていて、仏田の左腕は肩関節がハズレてだらりと力なく垂れていた。

 

「な、にが? が、が、がぁぁぁああぁぁぁぁ!」

 

 遅れてやってきたのは痛みと痺れ。

 その正体は石田が刀に纏わせた、気を変換した電撃。

 一撃に全てを賭し、振り下ろしの速度だけを求める示現流で理想とされる雲耀。それは稲妻を意味する言葉で、刀が纏った電撃、光龍覚醒によって寿命と引き換えに跳ね上がった身体能力。それらが加わった石田の剣はまさに稲妻となって仏田を襲っていたのだ。

 それはヨーガによって硬化された仏田の体にダメージを与え、電撃による痺れが呼吸を乱し痛覚遮断さえも許さなかった。

 

「仏田さん!」

 

「隙あり!」

 

 主人である仏田のまさかの負傷に、大黒が取り乱す。彼女の中で絶対的存在となっていた仏田の倒れる姿は、ヨーガに必要な特別な呼吸法を乱すのには十分すぎる。

 その隙を見逃す島であるはずが無い。ヨーガの無い大黒はか弱い女の子でしかなく、鳩尾への一撃で糸が切れたように倒れこむ。

 

「あちらも方が着いたようだな。さぁ立て。貴様の口から敗北を認めるのだ」

 

 文字通りに敗者に鞭打つ石田。しかしそれも敗軍の将の務めと思えば、まだ対応はぬるいともいえる。だが、仏田が次ぎの行動を選んだのはそれが理由ではない。

 ただひたすらに、己が見つけた悟りのままに、我欲のままに、右拳を構える。

 

「なんの真似だ」

 

「見ての通り、まだ私には右腕が残っている。右腕も壊されようとも、両の脚が、歯が頭突きが、まだまだいくらでもある」

 

 そう語る仏田の顔にはたしかに、僧侶たる高潔な風格があった。

 彼の悟りは欲望を肯定するための方便ではないのだ。それこそが真理だと、貫く信念なのだ。

 それを感じ取ったのだろう。石田も再び刀を構える。

 

「いいだろう。ならば徹底的に壊して二度と立てなく、」

 

 不自然なところで言葉を止める。その原因は左足に纏わりつく何かで、視線を向ければそれが島に倒されたばかりの大黒だとすぐに分かった。

 

「なんのつもりだ」

 

 石田の問いに大黒は答えない。いや、答えようにも未だに鳩尾の痛みが引かず、まともに喋れないのだ。

 

「なんのつもりだと聞いている」

 

 それを承知で質問を重ねる。奥の手である光龍覚醒を使ってまで闘う価値を認めた仏田との決着。それを邪魔されて、いい気分のはずが無い。

 そのことを知ってか知らずか、大黒が途切れ途切れながら言葉を紡ぐ。

 

「仏田、さんは……。恩、人だから。だから、私も……心の、ままに。役に、たちたいから」

 

「大黒。お前……」

 

 二人の出会いは有り触れた物だった。

 いじめられている女の子がいて、それを見て不快に思う男が居た。そして男が不快な連中を蹴散らした。それは女の子を思ってのことではないが、それに恩を感じるのは当たり前のことだろう。

 そんな、有り触れた出会い。それを大切な思い出と抱き続ける、そんな女の子が居た。それだけのこと。

 

「……くだらんな」

 

 もちろん大黒の言葉だけでは深い事情も、彼女の気持ちも図りきれない。だからこそ石田は一言で言い捨て、刀を納めた。

 

「所詮はすでに戦えない凡俗二人。止めを刺す必要もない。戻るぞ島、大将であるおれが勝ち鬨を上げねば、終わるものも終わらん」

 

「そうですな。では、参りましょう」

 

 無防備に背中を見せて歩き出す二人。

 仏田の右腕は無事だ。今から駆け寄れば、一撃くらいは確実に入れられるだろう。それをしないのは、完全な敗北を彼自身が感じたから。

 例え己の身が滅びようと望むままに振舞うだろう。しかし、考えてしまったのだ。大黒の身の安全を。一瞬でも願ってしまったからには、それに従うのが仏田の信じる道。

 だからこそ認めるしかなかった。敗北を。

 

 こうして、天神館と仏智霧学院のたった二日だけの抗争は、天神館の勝利で幕を引くのだった。




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