真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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そうでない方には、どうか気軽に楽しんでいただければ幸いです。


IFルート 黛の剣 その2

 八月某日。夏休みシーズン真っ只中の金沢駅前は、地元民だけでなく多くの観光客で賑わっている。

 そんな中、虎之助と黛姉妹は暑い日差しとうるさい蝉の声にダレながら行き交う人々に視線を巡らせていた。先日こちらに来ると連絡を寄こした大友を待っているのだ。

 とは言え大友の顔ちゃんと知っているのは虎之助だけ。由紀江は幼い頃に一度会った記憶を懸命に掘り起こしてみたりもしているが、まったくの初対面の沙也佳はすでに諦めて木陰でジュースを飲んでいる。

 

「ねー。まだ見つからないの?」

 

「こうも人が多くちゃな。てか、沙也佳まで来なくても良かったんだぞ? 荷物もあるんだから一度帰るし」

 

「だって将来の義妹としては気になるじゃない。お姉ちゃんの恋敵が」

 

 おどけた調子の台詞に、虎之助と由紀江はそれぞれ焦りと溜め息を。

 

「こ、恋敵ってそんな!? バカなことを言うんじゃありません。私が虎之助さんのお嫁さんだ何てそんなおこがましい。あ、決して虎之助さんが嫌という訳ではなくてですね、むしろ嬉しいくらいですが――……」

 

「まだ言ってるのかお前は。焔が本気にして、うちの親にでも話したらややこしくなるからヤメロって」

 

 はーいと気の無い返事を返す沙也佳。その顔には、むしろそれが目的ですといわんばかりの悪戯っ子の笑顔が浮かんでいるのだが、残念なことに虎之助は大友を探していて見逃してしまった。

 そんな無駄話をしてる間にも人の流れは行きかい、その波間に虎之助は見覚えのある人影を見出す。声を掛けようとするが、それよりも早く向こうが気がつく。

 

「おーいトラ!」

 

「よっす焔!」

 

 まるで男友達のように拳をつき合わせて挨拶を交わす二人。

 由紀江たち姉妹も挨拶をしようとするのだが、虎之助たちは幼馴染特有の呼吸で会話を続けるために割って入ることが出来ない。

 口下手な由紀江はこういった事態にも嬉しくない慣れがあるため普段通りにあたふたしているのだが、社交性の高い沙也佳には初めての経験と言ってもいいくらいだ。当初こそ呆けていたがのだが、次第にイラつきが湧いてくる。

 

「いい加減に紹介して欲しいんだけどトラお兄ちゃん?」

 

 虎之助の腕を引きながら存在をアピールする沙也佳。そこで大友も黛姉妹の存在に気がついたようで、はしゃぎすぎたことに顔を赤らめつつ名乗る。

 

「これは失礼した。大友焔だ! いつもトラが世話になっている」

 

「黛由紀江と申します。こちらこそ虎之助さんにはいつもお世話になっています」

 

「妹の沙也佳です。大友さんのことはトラお兄ちゃんによく聞いてます」

 

 にこやかに挨拶を交わしながら、視線を大友の頭の先からつま先まで走らせる沙也佳。普段の彼女ならばそんな露骨なことはしないのだが、興味からついつい不躾になってしまう。

 さすがにそれには、虎之助に土産などの荷物を渡していた大友も気がつく。

 

「なにか大友に話でもあるのか?」

 

「あ、すいみません。本当に異性じゃないみたいに仲がいいと思って」

 

 異性じゃないという部分を若干強めに言う沙也佳。

 少々引っかかりを覚えるが、確かに距離が近すぎたと慌てて一歩後退する。その様子に虎之助は苦笑しながら最後の荷物を受け取る。

 

「まあ、生まれた時から一緒にいるキョウダイみたいなもんだからな。今さら男女とか言われてもな」

 

「う、うむ。そうだな家族同然だからな」

 

 俯き加減に寂しそうに呟く大友。キョウダイというところを、家族と微妙に言い換えた真意は、残念ながらすでに歩き始めた虎之助の背中には届かない。

 しかし、横からじっくりと彼女を観察していた沙也佳には十分に理解できる。そして、冗談で言った姉由紀江の恋敵と言うのが、冗談では済まないということも。

 

(どう見ても大友さんって……。トラお兄ちゃんがバカでよかったけど、お姉ちゃんも奥手だし、ここは私がしっかりしなきゃね。黛家の将来のために)

 

 当人たちの意思を無視したまま全力で決意する沙也佳。一度決めてしまえばしっかり者の妹、すぐに行動に移す。

 

「そうだ大友さんて食べ物の好き嫌いとかあります?」

 

「いいや。特別嫌いなものはないぞ。ソレがどうしたんだ?」

 

「折角だし、今夜のご飯は私とお姉ちゃんでご馳走しようと思って。ね、お姉ちゃん」

 

 突然話を振られた由紀江が少しだけ慌てた様子を見せるが、その提案自体に異論はないのだろう。すぐに冷静さを取り戻し頷く。

 

「そうですね。大友さんさえよければ、ぜひ腕を振るわせてください」

 

「ではご馳走になろう」

 

 歓迎されていることに満面の笑みを見せる大友。だが、沙也佳の計算通りならば、ここで自ら人生を損しに行く兄がやらかしてくれるはず。

 

「よかったな焔。由紀江ちゃんの手料理は絶品だぞ」

 

「そんな私なんてまだまだ修行中ですよ」

 

「謙遜しない、謙遜しない。今すぐにでも嫁さんになれるくらいだって」

 

「む、そうなのか」

 

 当人としては同居人の妹分を褒めたような気分なのだろう。しかし冗談めかして笑う虎之助と、照れて頬を赤らめる由紀江の姿に、大友は面白くなさそうな表情をする。

 しかしこのまま黙って引き下がるような性分ではない。果敢にも同じ戦場へと踏み込んでいく、

 

「ならば、明日には大友がお礼に料理を振舞おう」

 

 のだが、それこで戦果をあげるにはに、彼女の女子力はいささか発展途上過ぎた。

 

「ハハハ。止めとけ止めとけ。他所の家の台所を火事にするつもりかよ」

 

「なんだと! あれは少々焦げ付かせてしまっただけだろうが!」

 

 悲しいかなそこは家族ぐるみの付き合い。長期休暇のたびに実家に帰れば、そういった失敗談の一つや二つは耳にする。

 そんなことをしていれば現在の実力も分かるという物だ。

 

「だから焔は火が強すぎなんだよ。常に強火キープしてるからすぐに炭になるんだって」

 

「ええい不慣れで段取りに手間取っただけだ。今はあのような無様は晒さん」

 

「お、お二人ともそのくらいに。お客様に料理をさせるなんて、そんなにお気遣い頂かなくて大丈夫ですから。どうか大友さんはゆっくりとくつろいで行ってください」

 

 普通に考えて客を持て成そうと気遣った言葉だろう。しかし、人の言葉というのは取りかた次第でどうとでも化ける恐ろしさがある。特に、知恵の回る者にとっては、下手な刃よりもよっぽど頼りになる武器になるほどに。

 

「そうですよ。それに、私だってまだまだ練習中でお姉ちゃんやお母さんと一緒じゃないと今一ですもん」

 

「そ、そうか。では、お言葉に甘えさせて貰おうか」

 

 上手く逃げたな等と虎之助に冷やかされるのを睨み返す大友。擁護意見が入って気が緩んだのだろう、その姿は無防備この上ない。

 そこを狙い済ました沙也佳の言葉が突き刺さる。

 

「お姉ちゃんだって、トラお兄ちゃんへの花嫁修業だから張り切ってるんですし」

 

 ニコニコと語る沙也佳の口調の軽やかさとは正反対に、凍りつく空気。

 由紀江は羞恥心のメーターが振り切れてしまって処理が追いつかないのだろう、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる。大友は虎之助に向き合ったまま、顔から感情を消していくが、それとは反比例して怒りのオーラを燃え上がらせる。その大友に睨まれたまま、カエルのように動けなくなって脂汗を流す虎之助。

 このままでは不味い。そう思った虎之助が行動を起こす。

 

「たく、沙也佳もいつまでその冗談引っ張るんだよ。オレなんかが入ったら、黛の血統を汚すだけだろ」

 

「ハハハ。確かにその通りだな。トラの実力では剣聖の家系には」

 

「えー。でもこの前は乗り気だったじゃない。お姉ちゃんの料理が毎日食べられるなんて、すぐにでも婿入りしたいって」

 

 少々誇張されているが嘘はついていない。こういう類の言葉には後ろめたさがないだけに覆すのが難しい。そう判断すると、虎之助は由紀江に助けを求めて視線を向ける。

 しかし悲しいかな、肝心の由紀江は未だに正常な判断能力が戻って着ていない。

 

「え!? えええとですね。確かに虎之助さんに美味しいって言って貰えるのはとても嬉しいのですが、それがすぐに結婚に結びつくかと言われると即答しかねまして、だからええと……。不束者ですが宜しくお願い致します!」

 

 ガバッと勢い良く頭を下げる由紀江。

 血縁もない幼馴染なので宜しくされても仕方ないのだが、とりあえずは大友の中で一つの決断が下される。

 

「トラ」

 

「おう」

 

 長年の付き合いから察したのだろう、名前を呼ばれた虎之助が気合を入れて体勢を整える。

 

「おのれは剣の修行もせずに何を嫁探しなど軟派な真似をしておるかぁぁぁ!」

 

 唯一預けなかった荷物、自慢の大筒を素早く取り出すと、即座に発射される砲弾。懐かしくも親しみのある火薬の匂い、熱、風圧を感じながら、虎之助は空を飛ぶ。

 

「ちゃんと修行してるぞぉぉぉ!」

 

「いい訳無用だぁぁぁ!」

 

 なおも続く砲撃に、ようやく我に返った由紀江が、彼女にしては珍しく怒りを露にして沙也佳をしかりつける。

 

「こら沙也佳。大友さんは大事なお客様なのに、どうしてあんなことを言うんですか」

 

「お姉ちゃんだって気がついたでしょ? 大友さんもトラお兄ちゃんのことが好きだって。あんなに仲がいいんだもん、ぼやぼやしてたらすぐに取られちゃうよ」

 

 そのことは由紀江も感じていたのだろう、言葉を詰まらせるが、年長者としての威厳を保つためにあえて突っぱねる。

 

「それにしてもわざわざ怒らせるようなことを言う必要はありません」

 

 今度は沙也佳が詰まる。

 確かに、大友の感情はどうあれ現在一緒に暮らしている由紀江のほうがアドバンテージは大きい。長期的な視野で考えれば、ここで大友を攻撃するよりも、由紀江の良妻っぷりを虎之助と大友の二人に見せ付けた方が意味がある。

 では、何故そうしなかったのか?

 すぐには答えが出ずに、一度考え方を変える。大友を怒らせた理由ではなく、虎之助に北陸に残って欲しい理由だ。

 小さい時に家に弟子入りし、明るい沙也佳はもちろん、周囲が遠慮しがちな由紀江にも分け隔てなく接してくれた虎之助。そのまま本当の兄のように、時には我が侭を聞いて甘やかしてくれ、時には厳しくしかってくれた虎之助。

 そんな虎之助だからこそ、時たまやらかす大ポカも仕方ないと笑いながら後始末を手伝えたし、失敗を大目に見て優しい兄として大いに甘えられた。

 だが、それも後一年半もすれば終わり。虎之助は九州に帰り、黛家は四人へと戻る。

 その光景はとても受け入れがたく、その上新たな自覚をもたらした。

 

(あれ? 私もしかしてトラお兄ちゃんを他の人に取られたくない? それってつまり……。ええ!?)

 

 当たり前だからこそ気がつけなかった感情。それに気がついてしまった沙也佳。

 新たなフラグに虎之助の運命やいかに。




ということで、まさかまだまだ続きそうになるとは、私自身が着地点を見失っております。
また、そのうち切がいいときにでもその3を投稿したいと思うので、本編のついでに気長にお待ちください。

次回からは、ようやく原作の時間軸である2009年度に入り『東西交流戦編』をお送りいたします。

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