「おお! 話には聞いていたが、由紀江殿の料理は本当に美味しいな!」
「素材が新鮮なおかげですよ。お口に合って何よりです
「由紀江ちゃんの腕前だって。焔も見習えよ?」
「お前はまだ言うか! 大友だって上達している!」
「ハハハ。これは大友さんの手料理も期待しないといけないね」
夏休みを利用して黛家へと遊びに来た、虎之助の幼馴染大友焔。
気風のいい大友はあっという間に黛家の面々とも打ち解け、食卓を囲む会話は何時も以上に弾んでいた。
ただ一人、沙也佳を除いて。
(トラお兄ちゃんに残って欲しいのは本心。これは間違いない。じゃあ、残ってくれればそれでいいのかな? 例えば本当にお姉ちゃんと結婚して……)
家族同然に生活していた自分や姉と同じ、もしくはそれ以上に虎之助に近しい女性の登場に彼女の心は多いに乱されていた。
安穏とした余裕は取り払われ、自覚しないわけにはいかない本心と向かい合うハメになったのだ。
(確かにあの二人なら仲良くやってるし似合わないってことはないよね。で、ソレを見ながら私はどうするんだろ? やっぱり私も誰かしら男の人とお付き合いして結婚? 一体誰と?)
沙也佳も年頃の少女だ。友人たちと色恋沙汰で盛り上がることも少なくないが、友人たちが憧れるに本心から同意したことはなかったように思う。
考えれば考えるほど、虎之助以外を異性として見たことはなかった。今まではソレよりも家族という思いが先にたっていただけに過ぎないのだ思い知らされる。
(ああもう! まさか自分がこんなに我が侭だったなんて)
蓋を開けてみればなんてことはない、幼稚な独占欲にも似た物。
彼女の年齢からすれば当たり前とも言えるが、根がしっかり者の沙也佳だ。自分の幼さを自覚し、自己嫌悪やら気恥ずかしさやらで一杯だ。
当然、食事も思うように進まない。
「どうした沙也佳?」
そんな彼女の様子を、家族が気が付かないはずがない。
父、大成の言葉に意識を食卓に戻すと、皆が心配そうな顔で見ている。
思っていた以上に考え込んでいたことに驚きつつも、何とか笑顔を作って誤魔化す沙也佳。自分でも持て余している感情、その上ソレは大好きな姉を傷つけかねないのだからおいそれと口出せるはずがない。
「ううん。なんでもないよ。チョット宿題のこと考えてて」
「珍しいですね。何時もは休みの前に計画を立ててしまうのに」
はて、と小首を傾げる由紀江。そんな姉の姿を見ていると、いよいよ持って感情を持て余す。
この姉は優しすぎるところがある。もしも妹が自分と同じ相手に好意を持っていると知れば、即座に身を引いてしまうだろう。しかし、そんなことをされては今度は沙也佳の方が申し訳なく思い、虎之助とは上手くいかないだろう。
(やっぱり私が身を引くべきだよね。でも)
チラリと大友の顔を窺う。向こうは向こうで、皆が心配する沙也佳の様子が気になっていたのだろう、視線が合ってしまい愛想笑いで目を逸らす。
(もしも、お姉ちゃんじゃなくて大友さんがトラお兄ちゃんを持っていっちゃうなら)
言ってしまうと悪いが、大友が相手ならば姉ほど気を使う必要はない。むしろ、虎之助を九州へと連れ帰る敵と言える。
そういった思いが、無意識ながら合ったからこそ出会いがしらにアレだけ挑発行為も出たのだろう。
「また考え込んで、本当にどうした? まさかオレの宿題の心配までしてるんじゃないだろうな」
「大友に気を使っているならば不要だぞ?」
「アハハ。本当に何でもないってば。トラお兄ちゃんの宿題だって、ちゃんと計画に入れてングッ!?」
誤魔化すように食事をかき込んだのがよくなかった。米粒が器官に入って咳き込む沙也佳。はずみでひっくり返した味噌汁で服まで濡らしてしまう。
「まったく何やってるの沙也佳。タオル持ってくるから待ってて」
「ほらしっかりしろ。落ち着いて呼吸をして」
客人に後始末を手伝わせる訳にもいかない。黛家の人々がひっくり返した食事の片付けをしているので、手持ち無沙汰になった大友が沙也佳の背中を優しくさする。
呼吸が落ち着くにしたがって広がるのは大友の手の温かさ。
(あれ? でもなんだか懐かしいような)
「染みになっちゃうから、あなたは先にお風呂入ってきなさい」
懐かしさの正体を考える暇もなく脱衣所に連行されてしまう。
姉に半ば剥ぎ取られるように衣服を脱がされ、やむなく湯船に浸かると、それでもやはり一息ついてしまうのは日本人の習性か。
「あー、なんだかスッキリする」
体を温めると、それだけで気持ちまで楽になった気がするのだから人間とは現金なものだ。
「そういえば、トラお兄ちゃんも修行でどんなにボロボロになってもお風呂入ればすぐに元気になってるっけ」
その様子を思い出して笑みが零れる。すると、それに釣られて零れ出てきたのは、大友の手に感じた懐かしさの正体。
アレはそう、今の悩みの正体でもあった。
「トラお兄ちゃんと同じなんだ。あったかい……やさしい手」
それに気が付いたとたん、モヤモヤとした悩みがお湯に溶けていくかのように気持ちがドンドンと楽になっていく。
そう、沙也佳が虎之助に好意を持ったのは、顔や社会的地位、運送神経や頭の良さ。そういったステータスではない。
家族として、兄として、当たり前のように触れ合うあの温かさが心地よいのだ。
だとすれば、ソレと同じ物を持つ大友を目の仇にしようとした自分のなんと小さいことか。ソコまで思い当たれば、後は決意するだけだ。
「うん。結局はトラお兄ちゃんの決めることだもんね。それに、九州に帰ったって一生の別れじゃないもん。大友さんみたいに、遊びに行けばいいよね」
実際に離れて暮らしていた大友だった、ああやって虎之助と接しているのだ。ソレが沙也佳に出来ない道理はない。ただ、少しだけ臆病になっていただけだ。
今は気持ちに気がついたばかりで混乱していただけ。頭の回転は悪くないのだ、大友とも仲良くやれるし、姉とも互いに幸せになれる着地点があるはず。
半ば思い込みもあるが、後ろ向きに考えていいことなどありはしない。前を向けば、問題は何一つないのだ。全ては沙也佳の一人相撲に過ぎなかったのだ。
そうと理解すれば後は悩むこともない。
一先ずは可能な限り大友を持て成して、こっそりとお詫びとしよう。
気持ちも新たに、新しいTシャツへと袖を通すと居間へと戻る。
襖を開ける沙也佳へと視線が集まるが、さっぱりとした表情に皆も安心したように頬を緩ませる。
ソコまで心配をかけたのかと、少々気恥ずかしくなりながら襖を閉めた時だった。
何の気もなく。本当に、ただ目に留まっただけだった。しかし、その一文を見過ごすことは沙也佳には出来なかった。
居間に入ったすぐ横の戸棚。その上には電話機が置かれ、横にはメモ帳などが置かれている。それ自体は問題はない、沙也佳も見慣れた物だ。問題は、そのメモ帳に書かれた一文にある。
『沙也佳 お見合い』
一見して思い浮かぶ意味合いは一つ。
その嫌な予想を振り払うように、大成へと質問をする。
「お父さん。お見合いって、これ何?」
笑い話か何かとして、さらりと流してくれると思った。いや、願った。
しかし、その願いはあっさりと、本当にあっさりと摘み取られてしまう。
「ああそれか。知り合いのツテでそういう話があってね。折角の機会だし、お受けしようかと思ってな。相手の写真は今度送ってくれるそうだ」
「何、それ……」
優しい笑顔の父のことだ。沙也佳が本気で嫌がれば、相手が誰でアレなかった話としてくれるだろう。しかし、分かっていても勝手に決められてしまうことへの嫌悪感は拭えない。
自覚したばかりの恋慕も拍車をかけて、感情が沸々と湧き上がって来るのが自分でも分かるほどだ。
「ちょっと大成さん。いくらなんでも沙也佳には早すぎませんか?」
「もちろんソレは分かっているよ。何もコレで決めろとは言わないさ。でも、家は由紀江が継ぐとして、沙也佳の将来も考えなければいけないからね。若いうちから色々な道を見ておくのも悪くないだろう」
「ソレはそうかも知れないけど……」
語尾が弱くなる虎之助。大成の言い分は最もだが、年頃の少女の心情を汲み取ってやって欲しいのだろう。残念ながら、ソレを上手く伝えるには虎之助自身の言葉と気概が若干足りていない。
だから、言葉を引き継いだのは姉の由紀江だった。
「でも、沙也佳の気持ちも考えてあげてはどうでしょうか? この子もまだ複雑な年頃ですし、あまりそういったことは」
「うむ。それに、コレだけの器量ならば、恋仲の男子がいるのではないか?」
部外者として黙っていた大友も、女子として共感してくれたのだろう。。控えめながら援護射撃をしてくれる。
「なるほど、どうなんだ沙也佳? お付き合いしている人か、そうでなくても好きな人でもいるならお断りするが」
水を向けられて、一瞬戸惑う。
今打ち明けてもいいのか、と。彼女の中では区切りをつけたが、周囲はそうではない。まだ大友との距離は掴みきれて居ない、姉との折り合いのつけ方も考えていない。
しかし、ココでお茶を濁すのであれば、取り合えずでお見合いをするのとどれほど違うというのか。
「私は……」
踏ん切りがつかず、思わず視線を向けるのは虎之助。力強く頷いて、勇気をくれる兄の姿に、沙也佳が言葉を紡ぐ。
「私はトラお兄ちゃんが好きなの!」
その告白に、黛家の面々は目を白黒させ、大友は驚愕、肝心の虎之助に至っては理解が追いついていない。
ついに思いを吐き出した少女。動かないわけにはいかない状況。
どうするんだ虎之助。しっかりしろ虎之助。
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