「オレに剣を教えてくれ!」
はじめは冗談か何かだと思う虎蔵。しかし、真っ直ぐに見つめる虎之助の瞳に本気を感じて、読みかけの新聞をたたむ。
虎之助の本気に答えるように姿勢を正し答える。
「あんなモン糞の役にもたたん。別のこと頑張れ」
短く言い捨てると、話は終わったと再び新聞を広げる。あまりにも簡素な会話に、終わったことすら気がつけない虎之助。
茶を啜る音で、理解が追いついき詰め寄る。
「って早いよ! 教えてくれって!」
「だから教えねぇって言ってんだろうが。子供は子供らしくサッカー頑張ってろ」
「サッカーじゃなくて剣がやりたいんだよ! 爺ちゃんが昨日の夜触ってたようなの教えてくれよ!」
その瞬間に虎蔵の気配が変わる。夜の闇の中で刀を見つめていた時とにた、ソレよりも鋭い眼差しで虎之助を射抜く。
「見たのか」
「う、うん。だからオレもあんな風に」
「なるな」
もはや最後まで言わせない。聞く耳持たないと席を立って、用事もないのに部屋を出て行く。
それでも虎之助は後をついて歩き、食い下がる。
「いいじゃんか。教えてくれよ」
縁側のほうへと移動する。
「教えてくれー」
今度は台所へ。
「剣術ー」
部屋に戻ってきてしまう。
「爺ーちゃーん」
「うるせぇ! そんなに剣術やりたきゃ木刀でも振ってろ!」
そのまま部屋の外に放り出される。襖が壊れるのではないかと思うほどの勢いで閉められ、それきり開きそうにない。
しばらくその場で粘る虎之助だが、一向に開かない扉に諦め、次郎の土産の木刀があるだろう物置へと向かった。
一週間後。次郎が新たな出張先へと飛び立ち、立花家に日常が戻ったかのように思われた。
ただ一つ、庭先で木刀の素振りをする虎之助以外は。
「九十五、九十六、九十七、九十八、九十九、百!」
木刀を体の正面に真っ直ぐに正眼に構え、頭上に振り上げて勢いよく降り下ろす。
漫画などからの見よう見真似のため姿勢がなっておらず、一振りごとに体がぶれるが、どうにか切りのいい数をこなして一息入れる。
溢れる汗を流すため、庭に備え付けられた蛇口の下へ頭を突っ込み、そのまま勢いよく水を被る。運動して温まった体には水の冷たさが心地いい。
しばらく流水に身を任せていると、虎之助と同じ様に汗をかいた大友が駆け寄ってくる。
「ちゃんと鍛錬したかトラ」
首に掛けたタオルで汗を拭う大友。彼女も武士の血を引くもの。虎之助が突然素振りを始めたことに触発され、翌日から彼女も鍛錬を始めたのだ。
それからは、二人とも毎朝遊びに行く前に一汗流してから合流している。
「当たり前だろ。このくらい楽勝だ」
その返事に満足そうに頷くと、虎之助に続いて気持ちよさそうに水を浴びる。汗を流し終わると、濡れた髪もろくに乾かさずに遊びに飛び出す。
その後ろ姿を虎蔵は苦虫を噛み潰したような顔で見送る。
剣術を教えるつもりはなく、諦めさせようと適当に言った素振りだった。しかし、虎之助は律儀に素振りをはじめ、まだ一週間とはいえ自分から続けている。
孫のことだからすぐに飽きると思っていた虎蔵は、これから先どうすればいいか思案していた。
「一回ワシが相手してやるか? いや、それじゃ余計にアイツが剣術やりたがるか。たく、孫ながら面倒クセェ」
虎之助に剣術を諦めさせる次の手を練っていると、奥から電話のベルが聞こえてくる。虎蔵が出るまでもなく、他の者が電話を取ったのかすぐに鳴り止む。
しかし、すぐに電話の元へと向かうことになる。
「お義父さーん。黛って方から電話ですよー」
孫のことで手一杯だというのに、またもやあまり聞きたくない名前が出てきて天を仰ぐ。
どうして皆、自分と剣術を結び付けようとするのかと。
「いや、まてよ。剣聖だろ、子供でもいりゃ……」
なにやら思いついたのか、重い足取りながら電話へと赴く。
祖父の企みなど知るはずもない虎之助は、すっかりとお馴染みになった空き地で無意味なピンチに陥っていた。
有馬が旅行から帰ってきたのだ。新たな知識(フレンドリーファイア)と共に。
「頭を……口の中に?」
口から食べかけの温泉饅頭をはみ出させながら、聞こえた単語を繰り返す虎之助。それに有馬は笑顔で頷く。
「温泉宿の近くにワニ園があってね。そこのショーでワニの口の中に係員さんが頭を入れてたの」
「それをオレにやれと」
「トラちゃん、ブラックキングと仲良しになったんでしょ?」
確かにあれから毎日餌を与え続けたお陰で、廃車場に入っても威嚇されない程度にはなれた。しかし、それでも一定の距離は開けられるし、仔犬に触れようものなら猛烈な勢いで吠え立てられる。
ソレを口に頭なんか入れたら……。熟れすぎたトマトのような有様になるだろう。
「あれだ、ワニと犬とでは口の大きさが違うであろう」
「あ、そっか」
物理的な理由を持ち出した大友のアシストに、ポンと手を打って納得してくれる。
そこで胸を撫で下ろしたのもつかの間。彼女の過大評価はその程度で揺るぎはしないのだ。
「じゃあ手だね」
「同じだろ!」
「でもギブリで」
「それは前にも聞いた!」
いよいよこうなったら他の友人に救助要請(ながれだま)を出そうかと、不穏なことを考え始めたところで空き地の入り口から複数の足音が。
何でもいいから話を変えるきっかけにと視線を向けるが、それは話を変える程度で済みそうなものではない。
虎之助たちよりも一回り大きな体。おそらくは一つ上の学年であろう少年たちは、虎之助たちを見て舌打ちする。
そのままズカズカと空き地に入ってくると、肩を怒らせながら歩み寄ってくる。
とっさにみんなを庇うように前にでた虎之助と大友の二人が、上級生たちと対峙する。
「ここは俺たちが使うからお前らどっかいけ」
「な、いきなりなんだよ!」
「大友たちが先に来ていたんだぞ!」
有無を言わせない口調に、カチンときた二人がとっさに噛み付く。しかし、それに対する五年生の反応は小さい。
「うるさいな。おしゃべりならどこでもできるだろ」
すでに虎之助たちは帰るということで決まっているかの様に、サッカーのポジションで広がっていく。確かに今は雑談しかしていないが、虎之助たちだってそのつもりでしっかりとボールを持ってきているのだから納得できるはずがない。
「これから使うんだよ! 大体、上級生なら校庭使えよ」
「そうだぞ。だからこそ大友たちが空き地に移ってきたのに、どうしてココまで明け渡さねばならん」
この反論に、上級生たちが顔をしかめる。それは、奇しくも彼らの横暴に不満を言う虎之助たちと同じもの。
「六年生たちが野球してるんだよ。分かったらもう行けって!」
その時のやり取りを思い出したのだろう、語気を荒げて大友の肩を突き飛ばす。
向こうも本気であるはずもなく、少しよろめいただけだったが、喧嘩っ早い彼らを動かすには十分過ぎた。
「そっちが出て行けばいいだろう!」
上級生よりも強く押し返す。年下、それも女の子から反撃されては彼らも黙ってられない。
ここで引いては女子相手に逃げたと、夏休みが開けてから学校で笑いものになるのは確定したも同然。
「生意気言ってないで出てけばいいんだよ!」
「った!?」
「テメェやりやがったな!」
ココまでやれば怖がるだろうと、大友が倒れるほどの力で突き飛ばしたのだが、それが裏目にでた。
友人以上の付き合い。家族とも言える大友にここまでされた虎之助が相手を押し倒す。
コレには回りの上級生たちも駆け寄り、引き離そうとするがその後ろから大友が蹴りをくれる。
「でりゃ! やられっぱなしだと思うなよ!」
「こいつ等、調子にのんな!」
「先に手を出したのはそっちだろ!」
こうなると、どちらも手を引けない。
人数の多い上級生が相手のため、今までは有馬を守るように下がっていた友人たちも喧嘩の輪に加わって拳を振るう。
一人が殴られれば、別の一人が殴り返す。誰かが押し倒されれば、相手を仲間が蹴倒して助ける。
そんな乱戦の中においても、やはり虎之助と大友のコンビが光を放つ。
「食らえこの野郎!」
虎之助が大きく振りかぶった拳を放つが、準備動作が長過ぎて難なくかわされる。しかし、背後に隠れていた大友が、回避直後の不自然な体勢を狙う。
「こっちが本命だぁぁぁ!」
「ぐぼぉお!?」
的確に鳩尾を貫く拳。しかし、体格にも筋力にも劣る大友の攻撃ではいかに急所を突いても一撃では倒せない。
鳩尾を押さえながらも、反撃に腕を振り回すせいでなかなか止めを刺せない。
「ええい、大人しく寝てろ!」
拳をくらいながら虎之助が放った前蹴りが、再び鳩尾に入り今度こそ倒れる。
それを喜ぶ暇もないうちに、次の相手が虎之助の背後を狙う。
「させぬ! トラの背中は大友が守る!」
互いに背中を任せて構える二人だが、相手の数が多すぎるためにカバーしきれない。
そうこうしている間に、友人たちも圧され気味になりどんどんと囲まれてしまう。
決定打として、喧嘩に加わっていなかった有馬が捕まってしまう。
「ハァ、ハァ。コレで分かっただろ。さっさと出てけ。ここは俺たちが使う」
とても納得は出来ないが、有馬が捕まっている以上は頷くしかない。
不承不承ながら虎之助が頷こうとした時、隣の廃車場から大きな黒い影が飛び出す。
「バァァァウ!」
恐怖の黒犬、ブラックキング襲来。
ここ最近は家族の存在や、餌付けのせいで恐怖心の薄れていた虎之助たちでさえ竦んでしまうほどの迫力。
それはこの黒犬と初めて対面した上級生たちにとっては、生まれて一番の恐怖。
耳にこびり付く唸り声に、知らずに彼らを一歩後ずさらせる。
「ブワアァァアアァァァウ!!」
牙を見せ付けるかのような咆哮に、ついに上級生たちは悲鳴を上げて駆け出す。
もはや虎之助たちを気に掛ける余裕もなく、無様に転んだりしながら見えなくなるまで逃げていく。
残されたのは呆気に取られる虎之助たちと、一仕事やり遂げたと鼻を鳴らすブラックキングだけ。
しばしの間呆然としていたが、緊張が解けると上級生を退けたことに対する喜びが沸いてくる。
「やった! オレたちの勝ちだ!」
「よっしゃー!」
「ブラックキングもありがとうね」
「ありがとうな!」
襲ってこないと分かっていても、まだ恐れの残っていた友人たちも一緒になってブラックキングを揉みくちゃにする。
それでも頼もしい黒犬は牙を剥くこともなく、父親のような鳴き声を上げるだけ。
「バウ」
ブラックキングの活躍でどうにか空き地は守られた。
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