真剣で私に恋しなさい!S ~西方恋愛記~   作:youkey

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37話

「――――」

 

 空に浮かぶようなまどろみの中。遠くで誰かが自分を呼んでいるような声が聞こえる。

 浅い眠りから覚めようとしていると自覚をながらも、虎之助は再び眠りの中に落ちようとしていた。それだけこのまどろみは心地よい。

 だが、ソレを良しとしない人間が無理矢理に起こそうと肩を揺さぶる。

 無視を決め込もうと声から顔を背けるが、ソレは体を揺する力を強くするしか効果はなかった。

 数秒だけ抵抗を続けた虎之助だったが、一向に弱まる気配のない力に諦めて目を開く。

 

「お、やっと起きたな」

 

「ミギャーー!」

 

 近すぎる長宗我部の顔に、身の危険を感じたので本能のままに頭突きをかます。

 

「ぬおおお!?」

 

「まえにもおなじことやってたよな、おまえら」

 

 あまごの呆れた声に周囲を見渡し、頭が覚醒する虎之助。

 ココは新幹線の車内。関東への修学旅行を終え、天神館へと帰る途中だ。

 旅の疲れと程よい揺れについつい眠ってしまったのを、到着前に起こされたようだ。

 

「長かった旅行も、もう終わりかぁ」

 

 座席という狭いスペースで眠ったために凝り固まった体を伸ばしたり、関節を鳴らしたりしてほぐす虎之助。それ自体は別段珍しい行動でもないだろうに、長宗我部がなにやら含みのある笑顔で寄って来る。

 

「フフフ。どうやら随分と疲れているようだな」

 

「そりゃ、交流戦で派手にやらかしたからな。疲れてないヤツなんていないだろ」

 

「とぼけるな。とぼけるな。昨日の夜のことだ。随分とお盛んだったんだろう」

 

 小声で囁き、下品に笑う長宗我部に、曖昧な笑顔で誤魔化す虎之助。

 

「ハ、ハハハ。ま、ソレは……なぁ?」

 

 果たして昨夜、彼に何があったのかと言うと。

 

 

 

 

 

 

 川神駅で盛大に見送られた天神館の面々。彼らはあれからどこへ行ったのかと言うと。

 

「締まらないよなぁ。すぐ近くのホテルとかさ」

 

 川神市から電車で数分、七浜にあるホテルの部屋でくつろいでいた。

 

「まぁ仕方がないだろう。飛行機が飛んでいないんじゃどうしようもない。ゲホゲホ」

 

 予定していた飛行機がトラブルがあり飛ばなくなったため、急遽コチラでもう一泊することになったのだ。

 交流戦での負傷者も多く、何よりも宿泊費は運行スケジュールを乱した航空会社が持ってくれるというのだから文句を言う者はいない。

 

「お前も手ひどくやられたんだ。ゆっくり休むといい」

 

 言いながら多目に持参していたのだろう、栄養ドリンクを差し出す大村。

 ソレを受け取りながら、虎之助もベッドの上で手足を思い切り伸ばす。

 

「それもそうだが、この時間だと暇だよな。飯は食ったけど、寝るには早いし……風呂は宗男が入ってるか」

 

 旅先でありがちなことだ。日の高いうちは観光だグルメだとやることは山のようにあるが、一度ホテルで落ち着いてしまうと、夕飯と風呂くらいしか特別楽しむものもない。

 

「ふむ。ではゲホ一勝負どうだ?」

 

 提案しながら携帯ゲーム機を取り出す大村。その画面に映るゲームタイトルを見て、虎之助も好戦的な笑みを浮かべる。

 

「いいぜ。何時までもオレがカモだと思うなよ」

 

 自分のゲーム機を取り出しながら応じる虎之助。

 入っているソフトは大村の物と同じ、格闘ゲーム『無礼武龍』。ゲームセンターなどでもお馴染みの、オーソドックスな2D格闘ゲームだ。

 素早く対戦モードを繋げると、互いに操作キャラクターを選ぶ。

 

「コホコホ。トラはいつも通りマオカカでくるか」

 

 虎之助が選んだキャラクター、猫ミミがついたフードを被った女性、マオカカを見て思わず零す大村。

 

「男がコレと決めたら一直線にだろう。ヨッシーはまた違うキャラなのな」

 

 大村が選んだのは正に魔法少女と言ったデザインのキャラクター、プラティナ。今まで虎之助が見てきた対戦では使っていなかったはずだ。

 

「ゲーマーは全てのキャラを使いこなせなければいけないからな! ゲホッゲホ!」

 

 互いにこだわりがあるのは理解しているのだろう、特に主張をぶつけ合うこともなく試合開始を静かに待つ。

 二人が息を潜めるなか、画面の中ではゆっくりと試合開始が告げられようとしていた。

 

『レディ……ファイトッ!!』

 

「先手必勝!」

 

 開始の合図と同時に、虎之助の操るマオカカが大村のプラティナへと一直線に飛んでいく。

その奇襲に慌てることなくガードで凌ぐ大村。

 

「なんのまだまだ!」

 

 虎之助が前進の追加コマンドを入れると、マオカカはプラティナな頭上を飛び越え背後に回りこむ。ソコから続く空中引っかきの連打は、さすがの大村も食らうしかない。

 

「ケホケホ。ガードされた後まで考えているとは、成長したじゃないか」

 

「ヨッシー相手にするなら防がれる、避けられるは当たり前っと」

 

 会話をしながらも、手元は激しくボタン操作を続けている。

 プラティナが立ち上がると同時に、マオカカの鋭い爪が再び襲い掛かる。

 前進しながらの引っかき攻撃は相手を逃さず、反撃を許さない。

 

「どうだ! 後は体力を削りきるまでひたすら引っかき続ける!」

 

「フ……。ソレは素人の発想だな!」

 

 引っかかれ空中へと放り出されるプラティナ。マオカカの攻撃範囲に落下する直前に行動可能になった僅かな時間を見逃さずに大村が入力したコマンドによって、プラティナは手に持った杖を振るう。

 

「生憎とこのゲームにはハメ技は存在しない」

 

 先ほどとは一転して、一方的に攻め立てるプラティナ。

 その怒涛の勢いとは反して、プレイヤーである大村の口調は落ち着いていて、教師が生徒に物を教えているかのようだ。

 

「あるとすればそれは、プレイヤーの未熟ゆえに反撃の糸口が見出せないからに他ならない」

 

 虎之助がどうにか反撃を試みるも、大村はソレに即座に反応するとマオカカをシャボン玉に閉じ込めてしまう。そして、ソコから再び始まる一方的な攻撃。

 

「丁度、今のトラのようにな」

 

 まるでこのタイミングに合わせたかのように、竜巻のように激しく回転するプラティナの必殺技をくらい、マオカカの体力がソコを尽きる。

 

「ぬあああ負けたぁ!」

 

「まだまだ詰めが甘いな」

 

「クソゥ……。次のラウンドはオレが貰う!」

 

「何をやっているんだお前は」

 

 呆れた声に振り返ると、風呂上りで全裸の長宗我部が、可哀想な物を見る目で見下ろしている。

 

「何って無礼武龍だけど? 負けたら変るか?」

 

 普段遊んでいる時と変らぬ反応の虎之助に、長宗我部は盛大に溜め息をつく。

 一体どうしたのかと首を傾げるが、長宗我部はソレに構わずに強く肩を掴むと真っ直ぐに瞳を見つめて真面目に語る。

 

「お前はそれでも男か」

 

「はぁ?」

 

 意味の分からない言葉に、またもや首を傾げるが、ソレは激しく揺さぶられて遮られる。

 

「大友と付き合うことになったんだろうが! ソレをお前は! 初日に何をゲームなんかやってるんだと言っているんだ!」

 

「いやだから何なんだよ! 初日だったらゲームやってちゃいけないのかよ!」

 

「当たり前だろう! そんな事をやっている暇があったら大友のところに行かぬか!」

 

 幼馴染として今まで多くの時間を共にしてきた二人。だが、これからは恋人同士として新たな関係を築いていかねばならない。

 その為には、確かにゲームをやっている暇があったなら会いに行かねばならないだろう。

 長宗我部にしては的を射た発言に、虎之助もはっとした様に頷く。

 

「確かにその通りだ。何をやっているんだオレは」

 

「なに、今からでも遅くない。確か大友の同室は宇喜多と有馬だったな、二人には俺が電話を入れるからトラは早く行って来い」

 

「おうよ! て、電話? なんで?」

 

 早速飛び出していこうとする虎之助だが、長宗我部の言葉が引っかかり、一時停止。

 だが、長宗我部は長宗我部で、何を言っているんだという表情。

 

「そりゃ、部屋を空けてもらわないとヤル事もやれないだろう?」

 

「……やること?」

 

「やることだ」

 

 握りこぶしの人差し指と中指の間から親指を覗かせる、例のハンドサイン。

 ソレに思わず赤面する虎之助。

 

「ば、馬鹿かお前は!? そんな初日から! 大体オレたち学生だろうが!」

 

 欧米人のように盛大に肩をすくめる長宗我部。

 

「つくづくウブな男だ。いいかトラ? 何事も始めが肝心。ココでガツンと男を見せてやらなくて何時見せるというんだ」

 

「確かに最初の行動で尻にしかれるとは言うけどもさ」

 

「怖いのか九州男児?」

 

 挑発するようなその言葉に、カチンと来る虎之助。

 それが分かっているのだろう、長宗我部は若干見下ろすような視線で、さらにたきつける。

 

「まぁ、逃げたいというなら俺が止めないが」

 

「誰が逃げるだと? いいぜ、いいだろう、やってやるよ! オレは男だ一発決めてきてヤラァ!」

 

 叫びながら廊下に飛び出すと、虎之助は足音も荒く大友の宿泊する部屋へと翔けて行った。

 その背中を見送りながら長宗我部は感慨深げに頷く。

 

「トラよ、男をみせろよ」

 

 そんなやり取りをひたすらに第三者として見守っていた大村の感想は一言。

 

「まぁ、先生の誰かに捕まるだろう。コホコホ」

 

 そんな冷静で現実的な予想は的中したのか。そんな事はありはしない。

 虎之助は何の奇跡か、男子が宿泊するフロアを抜け、女子が宿泊するフロアにまで到達していた。

 

「見回りは……行ったな」

 

 本職である忍者鉢屋に勝るとも劣らない隠密スキルを駆使して教員たちの目を掻い潜った虎之助は現在エレベーターホールの物陰で息を殺していた。

 大友の部屋までは直線距離にしておよそ15メートル。虎之助ならば一息でたどり着けるが、ソコから鍵を開けて貰い中に潜り込むとなると最低でも数秒を必要とするだろう。

 ソコまで時間が掛かってしまうと、教員に見つかるかどうかはかなり厳しい。

 故にココでタイミングを計っているのだが、不意にポケットの中から振動が。

 

「――――!?」

 

 心臓が飛び出すような驚きを、何とか声を出さずに飲み込む虎之助。振動の発生源は携帯電話。置いてくるのを忘れていたのだろうが、幸いにも着信はバイブレーションに設定してあったようだ。

 無視しても良かったが、これが長宗我部たちからの連絡で「教員に発覚した。すぐに戻れ」と言う内容の可能性もある。

 周囲を窺い、誰もいないことを確かめると素早く画面を確認。映し出されているのは、以外な名前だった。

 

「由紀江ちゃん?」

 

 ソレは川神駅で連絡先を交換したばかりの由紀江だった。友だちを作る為に地元を離れたと言っていた彼女だ、再会できた古い知り合いの虎之助に早速メールを送ってみたのだろう。

 その心境を考えると、無視するのはあまりにも非情に思える。

 

「まぁどうせ、これからよろしくとかその程度……」

 

Frm『黛 由紀江』

タイトル『黛です』

『こんばわ。今日は虎之助さんと久しぶりに会えて嬉しかったです。これからもメールなどでお話したいです、宜しくお願い致します。ところで虎之助さんはお友達が沢山いるようですが何か秘訣があるんですか? 私は見ての通りなので風間ファミリーの皆さんに教えて貰ってばかりです。あ、風間ファミリーと言うのはコチラに着てから出来たお友達なんですがみなさんとてもいい方々で、特に虎之助さんも会った大和さんは人付き合いのプロのような方なんです。虎之助さんの好きな食べ物はなんですか? 実家からよく食材を送ってきてくれるのを皆さんにおすそ分けしているので、日持ちするもので虎之助さんの好きなものがあったら是非送らせてください。ああそうそう、大和さんが虎之助さんと大友さんはとてもお似合いだと言っていました。恋人と言うのはまだピンときませんが、お二人を見ていると私も羨ましく思ってしまいました。追伸、松風からも一言あるようです『おっすオラだぜ! ティーガーは義理人情を理解しているいいヤツだってのは一目で分かった気がするんだ。これからもまゆっちと仲良くしてやってくれ。シーユー』だそうです。では、これからもどうか気軽にご連絡ください』

 

 しばし携帯電話と睨めっこを続ける虎之助。一度画面から顔を逸らして目頭をよく揉む。

 そして確認するが、メールの文面は一字一句変化はない。

 

「何処が気楽なんだ!」

 

 思わず声に出してツッコミを入れずにはいられない。

 交流戦の前後で言葉を交わした由紀江の様子からして、悪気はなく頑張りすぎたと言うのは理解できる。理解できるからこそ、返信に困る。

 悪い点を一つ一つ指摘したとして、今度はソレを一つ一つ反省した返信が来るのが目に見えている。かといって簡素に送ったならば、ソレはそれで自分のメールがいけなかったと思いつめる可能性がある。

 下手に面識があるだけに、気安く返せずに、考え込む虎之助。

 その間にも時間は刻々と過ぎて行き、深夜に達し、明け方に達し、何時しか出立時刻にまでなっていた。

 

 

 

 

 

 

 ソレが虎之助の寝不足の原因なのだが、長宗我部がそのことを知るはずもない。

 虎之助が部屋を飛び出したところまでしか知らないのだから、一晩戻ってこなかった彼を見れば、成し遂げてきたと思うのも無理がないだろう。

 

「トラも中々に男気があるじゃないかガーハッハッハ!」

 

「ま、まぁ……な。は、ははは」

 

「どうにも怪しいがコホコホ。まぁ追求はしないで置こう。ソレよりもそろそろ到着するぞ」

 

 兎にも角にもようやく西の地へと戻ってきた虎之助たち。

 馴染んだ土地で彼らの青春が走り出す。




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