「すい臓ガンです」
それが病院で目覚めた虎蔵が医師から聞かされた病名。
今だに事情を飲み込みきれて居ない頭には、詳しい病状やらを説明されても何も入ってこない。
なので、端的に核心のみを尋ねる。
「治るんですかい?」
単刀直入にも程のある質問に、面くらい言葉に詰まる医師。
けれどもさすがはプロだ。一度咳払いをすると、数枚のレントゲン写真を取り出す。
「コレは立花さんのレントゲン写真ですが、この黒い影が分かりますか」
白くぼんやりとした写真の中で、差し棒で示す箇所だけに黒いもやのような影が写っている。
おそらくはコレがガン細胞なのだろうが、それにしては示された場所以外にも同じような影が写っている。
「ご覧になっていただければ分かると思いますが、他の臓器にも転移が多数見られます」
「そいつは、つまり」
半ば覚悟を決めた虎蔵の言葉に、無言で頷く。
「このままでは長くは持たないでしょう。放射線や薬物治療を施したとしても、今年いっぱい持つかどうか」
「どうにもなりませんか」
「申し訳ありませんが、私としては立花さんの残りの時間を相談しなければいけません」
「そうですか……」
その後、虎之助の両親を加え具体的な治療方針の話し合いが行なわれる。
といっても、残された時間を家族と過ごしたいという虎蔵の希望を可能な限り叶えるため、治療らしい治療は殆んど行なわれない。
「それで本当によろしいんですね?」
「ええ。お願いします」
それからというモノ、虎蔵は多くの時間を掛けて虎之助のそばにいるようになった。
時には剣術を教え、時には戦争の経験を語り聞かせた。
そんな穏やかな日々も、長くは続かない。一日一日確実に虎蔵の寿命な短くなっていた。
彼自身もそれを感じ取っていたのだろう、ある夜これから眠ろうとする虎之助を自室へと呼び寄せた。
何ごとかと急ぎ足に向かうと、虎蔵はあの日見た剣士の表情で刀を見つめていた。
「爺ちゃん?」
「来たか。まぁ、座れ」
祖父の様子に緊張しながらも、促されるままに正座する。
ソレを待って刀を納めた虎蔵は無言で虎之助に差し出す。
「コレが、この兗洲虎徹がどういった刀かはもう話したな」
「うん。陛下に貰ったうちの家宝だって」
病に倒れてから虎之助に語り聞かせた話の一つ。
以前に大成へと話したように、もしくはそれ以上に自分の感情を乗せて虎之助にも伝えていた。
「ああそうだ。お前にも大体のことは教えたし、こいつをやろうかと思ってな」
「マジで!? 本当にいいの?」
「もちろん。お前が立花家の跡取りだ。ただし」
言葉を区切り真剣な眼差しで虎之助を見つめ、言葉を続ける。
「お前にこの刀を持つ覚悟があるならな」
僅かに、大成すらも飲み込んだ殺気を醸し出しながら覚悟を問う。
「コイツが戦時中に前線で作られた物だってのは話したな」
「車の廃材から作ったんだろ」
「そう、玉鋼も使われてなきゃ、ちゃんとした焼入れもされてない。見ようによっちゃ日本刀とさえ呼べない代物だ」
ソレを受け継ぐのに改めてどんな覚悟が必要なのか。
剣士としての殺人術を扱う意味は何度も教えられた、だというのに刀を受け継ぐに当たって何を今更尋ねているのだろう。
虎之助の表情から、そういった感情を読み取った虎蔵は静かに続ける。
「分からないか? 伝統の製法を無視して、芸術としての刃紋も持たない、正真正銘人殺しのためだけに造られた、人斬り刀なんだよ」
そう言われて虎之助はその刀に込められた祖父の思いを感じる。
虎蔵はこの刀を見るたびに、剣聖の称号の栄誉と人斬りとしての罪悪感を常に自覚していたのだろう。
この?洲虎徹を受け継ぐということは、彼の思いも受け継ぐということ。
思い至って思わず喉を鳴らせる。
「どうだ? お前にコイツを受け継ぐ覚悟はあるか?」
安易には頷けない。頷いた瞬間に虎之助はとてつもなく重いものも引き継ぐことになる。
そうは分かっていても、初めて刀を持つ虎蔵を見た日から、大成との仕合を見てから。憧れた祖父の思い、受け継ぎたかった。
「当たり前だ。オレは爺ちゃんの孫だぜ」
ソレを聞いて、虎蔵は満足そうに微笑むと刀を虎之助に手渡す。
初めて持った刀は予想以上に重く、いっそう受け継いだものの重みを虎之助に自覚させる。
「いいか。手合わせやチャンバラなら相手を殺さない程度に何でもやれ」
「うん」
何度も聞かされた虎蔵の自論。殺し合いじゃないなら誇りなんかかなぐり捨てて勝ちに行け。
そして、もう一つの教え。
「だが、剣士として戦うことがあるなら、そのときは。死ぬ気で殺しにいけ」
言葉の冷たさに体が震える。それさえも刀の重みに許されず、虎之助は小さく、しかし確かに頷いた。
そんな孫を見て虎蔵は思い残すことはないと言うような、晴れやかな笑みを浮かべ瞼を閉じる。
そのまま、穏やかな表情で眠るように息を引き取った。
「親父ィィィ! なんだよ、あんなの縁起でもない冗談じゃなかったのかよ!」
出張先から仕事を放り出して飛び戻ってきた次郎が、冷たくなった虎蔵にすがり付きなが泣き喚く。
虎蔵の通夜には、他にも多くの親族や友人が集まっていて、皆涙しながら彼の死を悼んでいる。
しかし、その中に虎之助の姿はない。あの日、刀を受け継ぎ虎蔵が息を引き取った日から虎之助は部屋に篭り一人で涙を流していた。
形見となった刀を抱きしめ、食事も取らずに篭り続ける彼を両親も心配するが、今は泣かせてやろうとそっとしている。
しかし、その後姿を見て大友はそっとはしていられなかった。
掛ける言葉は見つからないが、それでも何かしてやらなければいけないと言う気持ちに急かされる。
結果、彼女に出来たのはただそばにいてやること。
「トラ」
「な、なんだよ。オレなら大丈夫だ」
大友に涙を見せまいと慌てて顔を拭うが、そんなことお構いなしに後ろから抱きしめられる。
「大丈夫だ。大友が居てやる」
虎之助の言い分も聞かずに、ただ優しく抱きしめる。
一人で悲しみに暮れていた虎之助には、それはとても心地よい。
今までは気づきもしなかった大友の温かさ、柔らかさに包まれていると、拭った涙が再び溢れてくる。
「今は存分に泣け」
「ほむ、ら……。う、う、ワァァァァ!」
その言葉に甘えて虎之助は声を上げて泣きじゃくる。
それを黙って優しく受け止める大友。
夜通し泣き続けた虎之助が眠りについたのは朝日が顔を出し始めた頃。
ぼんやりとした意識の中で、自分を包み込む大友に初めて女性を感じると共に、今まで以上に大切に思う感情が湧いてくる。
短い睡眠から目覚めて、まず二人を襲ったのは気恥ずかしさ。昨夜は互いに意識していなかったが、起きると目の前に相手が居たせいで必要以上に意識してしまう。
しかしそのお陰で虎蔵との別れに立ち会う気力が湧いてきた。
目を真っ赤にして、遺影を抱きかかえる虎之助は目を逸らさずに虎蔵の死での旅を見送った。
祖父との別れを終え、虎之助は改めて教えに思いを巡らせる。
ソレは確かに彼の中に刻み込まれ、少年を成長させていた。
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