1万の竜に滅ぼされる世界に転生した。 作:絶望の未来
781年7月
切り立った岩壁が、飛竜の羽ばたきで震えている。上空、十頭。
かつては絶望の数だった。毒に焼かれ、四肢を凍らされ、内臓をブレスで炙られた日々。その地獄が、今の俺の「前提」だ。
一頭が痺れを切らし、音速に近い突進を仕掛けてくる。
俺は構えない。ただ、呼吸を一段深く沈める。
「…………」
回避はしない。星崩しも使わない。
激突の寸前、右の拳をわずかに引き、突き出した。
『
――ガァンッ!
金属同士がぶつかり合うような硬質な音が響く。
次の瞬間、飛竜の頭部が、目に見える「圧力」に押し潰されて霧散した。
断末魔すら許さない。質量が生物の構造を上回った結果の、事務的な破壊。
残りの九頭が逆上し、一斉に火炎と氷結のブレスを吐き散らす。
交差する属性の嵐。
俺はその中心を、無言で歩き出す。
「…………(星霊衣・重力膜)」
魔力が俺を包む。肌を焼くはずの熱も、細胞を壊死させる冷気も、俺の周囲数センチで歪み、逸れていく。
死線を超えすぎて、恐怖はとっくに摩耗した。今、俺の胸にあるのは、あの日見た「泣いている少女」の残像だけだ。
ブレスの合間を縫い、一瞬で距離を詰める。
『
加速の余波で地面が爆ぜる。
逃げようと翼を広げた三頭の懐へ。
一撃。裏拳で首の骨を粉砕する。
二撃。回し蹴りで巨躯を岩壁まで蹴り飛ばし、埋める。
三撃。逃げる尾を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。
岩が砕け、土煙が舞う。
静寂。
数分後、谷には動く飛竜の姿はなかった。
「…………ふぅ」
ボロボロの拳を見つめる。飛竜の毒血が皮膚を焼こうとするが、もはや痛みすら遠い。
影から、竜座の星霊ドラコが姿を現す。
「……見事です、マスター。大技を使わずに10頭を3分で片付けるなんて、誇って良いですよ。ですが…、これでもまだ『奴等』には届きません」
「……わかってる」
短く、掠れた声で応える。
脳裏に浮かぶのは、アクノロギアか、それともまだ見ぬドラゴンの群れの絶望か。
「……足りない。もっと、重く……もっと大きな星を落とせるくらいに……」
再び拳を握り込み、俺は次の獲物を探して、光の届かない谷の深淵へと無言で足を進めた。
781年9月
飛竜の谷に、帳が下りる。夜になった。街の光がない中、空には星が光る。
昼間の激戦で魔力は枯渇し、肺を焼くような喘鳴が静寂に響く。周囲を囲む五十頭の飛竜の群れ。その中心で、俺は重く沈む瞼をこじ開けた。
「……ドラコ。……やるぞ」
影から這い出した竜座の星霊が、懸念を押し殺して頷く。
「……正気ですか。人間の回路で、天の奔流を受け止めれば、内側から弾け飛ぶかもしれません」
「…………構わない」
短く応じ、俺は深く、深く意識を沈めた。
視界から飛竜の姿が消え、脳裏に広がるのは漆黒の
『
刹那、頭上の夜空が震えた。太陽の光に隠されていた、無数の星々。その一つ一つが、膨大な魔力を秘めた巨大な核融合炉だ。俺の魔導士としての回路を「プラグ」として、天の彼方にある熱源へと直結させる。
――ッ。
銀色の光糸が、天から垂直に降り注いだ。
それは魔力という名の「星の質量」。
大気中から
血管が焼き切れ、骨の髄が沸騰するような劇痛。だが、絶望的なまでに空だった魔力タンクが、一瞬で溢れんばかりの銀光に満たされていく。
「…………(重い)」
全身の毛穴から銀色の粒子が吹き出し、重力膜が物理的な圧を持って周囲の地面を陥没させる。
星の力を借りるのではない。俺自身が、地上に降りた「星の器」と化す。
満天の星々を背負い、俺はボロボロの拳を静かに握りしめる。
「…………これなら、落とせる」
溢れ出す銀の魔力を右手に収束させながら、暗闇の中、眠る俺はヌシの喉笛を見据えた。
神の魔法――『
翌日。
視界が赤い。飛竜の返り血か、それとも酷使しすぎた眼球の毛細血管が切れたのか。
周囲には49頭の飛竜の残骸。だが、目の前にはまだ「ヌシ」が立っていた。
体長は他個体の倍。聖十中位ですら屠りかねない、魔境の王だ。
「…………(まだだ)」
折れた肋骨が肺を刺す。毒に侵された左腕は感覚がない。だが、俺の脳裏にはあの日の未来ルーシィの涙が焼き付いている。1万の絶望を叩き潰すには、ここで止まるわけにはいかない。
「…………ドラコ。座標を、固定しろ」
背後に浮かぶ星霊ドラコが、震える声で応える。
「……正気ですか。今のマスターの魔力で、あれを呼べば――」
「…………やれ」
短く断じ、天を指差す。俺の全魔力が、天の彼方、大気圏外に漂う「本物の質量」へと繋がった。
「…………『天体魔法・
刹那、空が焼けた。
雲を割り、摩擦熱で白銀に輝く「真の星」が、絶対的な引力に従って垂直に落下してくる。
ヌシが本能的な恐怖に咆哮を上げるが、既に遅い。
――轟音。
視界が純白に染まり、衝撃波が谷の地形そのものを消し飛ばす。星の質量は、飛竜の王を塵一つ残さず大地へと埋め殺した。
「…………ふぅ、っ」
クレーターの真ん中で、膝をつく。魔力は空。指一本動かすのも億劫な、完全なる限界。
クレーターの底、荒い呼吸を繰り返す少年の背後で、マルドギールは細く目を細めた。『
「……不可解だな」
マルドギールは手に持った本をパタンと閉じ、優雅な足取りで一歩、歩を進めた。
少年の体から立ち昇る、銀光の残光。それは確かに、天体魔法の極致に至った「星属性」の魔力だ。だが、その奥底に潜む「色の違う輝き」を、悪魔の鋭敏な感覚は見逃さない。
「貴様の魔力の揺らぎ……ただの人間が練り上げたものとは質が違う。星の輝きに混じり、澱みなく流れるこの清冽な気配――」
マルドギールの口角が、不気味に吊り上がった。
「『星霊』か。……ほう、それも並の個体ではない。黄道十二門にも劣らぬ、古の契約の匂いがする」
「…………」
マルドギールに気付いた少年は答えない。ただ、震える膝を叩き、無言で立ち上がろうとする。
その影が、少年の意思に呼応するようにドロリと揺れ、竜座のドラコがその鋭い眼光をマルド・ギールへと向けた。
「……気づいたか、冥府の
ドラコの言葉を、マルドギールは鼻で笑い飛ばす。
「残光だけではない。貴様は星霊の魔力を己の回路に直結させ、あろうことか『人間』の身で星霊界の
マルドギールは確信していた。
目の前の少年は、星霊に教わったのではない。星霊の魔力そのものを「燃料」として、自らの肉体を「触媒」に、宇宙の物理法則を強引に地上へ引きずり下ろしているのだと。
「星霊の魔力を纏い、星の質量を振るう……。フフ、面白い。もはや貴様は、人間と呼ぶには些か『重すぎる』存在だ」
漆黒の呪力がマルドギールの周囲で渦を巻く。
「その異質な魂、我が主ゼレフへの供物として、ここで丁寧に摘み取ってやろう」
飛竜を倒した後の静寂を「異質な足音」が踏みにじった。
「……人間が、これほどの天体操作を。驚嘆に値する」
土煙の向こう。
優雅に本を片手に持ち、漆黒の外套を纏った男が立っていた。
その存在から放たれるのは、魔力ではない。禍々しい「呪力」。
「…………誰だ」
掠れた声で問う。男は、冷ややかな笑みを浮かべて本を閉じた。
「
最悪のタイミングでの、最悪の遭遇。1万のドラゴン戦を前に、転生者の前に「悪魔の王」が立ち塞がった。
主人公は文字通り、エクリプス編の途中までしか見てないのでマルドギールを知りません