「オラァッ!」
赤鬼の金棒が唸りをあげてこちらに振り下ろされる。
自分たちが今立っている橋ごと叩き割らんばかりの一撃、まともに受ければ防御の上から潰されるだろう。
瞬時にそう判断しこれに対処する。
「フッ──!」
両手に握られた二刀を振るい金棒に合わせる。しかしどれだけ力強く刀を振るったところで一撃の重さでは敵わない。
だからこそ、受けるのではなく受け流す。水が物を伝って流れるように、合わせた刀をさらに別方向に振るって金棒の衝撃を逃がした。
「ちっ、さすがにこれじゃ決まんねぇよな」
「息抜きの対戦とはいえ攻撃が少々雑では? 次の大会に響いても知りませんよアキラさん」
「言ってくれんじゃん。そういうお前は戦い方がつまらなくなったなジュウベイ。あのころのギラギラしてたお前の方が俺は好きだぜ?」
赤鬼──帝アキラが俺──宮本ジュウベイに向けて不敵に笑う。
明らかな挑発だ。今度はこちらから仕掛けてこいということだろう。
「余計なお世話です──よ!」
一瞬の溜めを挟み、躊躇いなくその挑発に踏み込む。手に持つ二刀を閃かせ、防御の隙を仕留めんと連撃を放つ。
しかし、さすがに何度も
武器による防御は最小限に、体捌きと跳躍による回避行動で連撃に捕まらないようにアキラさんは立ち回る。
互いに攻撃をしかけてはのらりくらりとかわし続ける完全な膠着状態。このままでは決着が着くことはないだろう。
逆説──どちらかが踏み込んだ瞬間、決着は訪れる。
「ふっ!」
「っ!」
アキラさんの何度目かの回避、スウェーバックで足が浮いた瞬間を狙い左手の刀を投擲、金棒が振るわれこれは弾かれる。しかしほんのわずか、だが確かにアキラさんの体勢が崩れた。
続く本命の袈裟斬り、小細工無しの最短最速で勝負をかける。
だが相手はトッププロゲーマー、これを黙って受け入れるほど甘くは無い。
最速で体勢を立て直し、防御ではなく後の先によるカウンターを選択。金棒を
刹那、月明かりに照らされた2つの影が交錯した。
「──俺の勝ちだな」
「──そのようですね」
互いの体には深々とダメージエフェクトが刻まれているが、一瞬の差でアキラさんの攻撃の方が速かったようだ。
視界に表示された敗北の2文字がそれを如実に物語っている。
「やっぱりお前弱くなったよな。前までならお前の方が速かったろ」
「1年もブランクがあればそんなもんでしょう。今じゃアキラさんに呼び出された時しかプレイしてませんし……おっと、もうこんな時間か」
「バイトか?」
「ええ。蓄えがあるとはいえ油断できませんから。食費ぐらいはしっかり稼がないと」
「なら今日はここまでだな。付き合ってくれてサンキュー」
「いえいえ、それでは──」
「なぁ」
ログアウトしようとしたタイミングでアキラさんに呼び止められる。次の予定でも決めたいのかと思い顔を向けると、真っ直ぐに見つめられながら問いかけられた。
「おまえ、もうプロには戻らねぇのか?」
「────お疲れ様でした」
答えられなかった。その目が、声が、あまりに真っ直ぐすぎて言葉が詰まったから。
──答えたくなかった。もう、あんなに苦しい思いはしたくなかったから。
そうして別れの挨拶だけを残して、今度こそ俺はゲームからログアウトした。
***
「ったく、いつまでグズグズ悩んでんだか」
さっきまで対戦していた、あまりに愚直な後輩のことを思い、無意識のうちに頭を搔く。
一時よりは元気になってみたいだが、胸に巣食った記憶は未だにあいつを縛り付けているようだった。
「まぁ、あれは簡単に拭えるもんでもねぇよな──ん?」
自分が立っているすぐ近くで光が集まり人の形を成していく。どうやら誰かが入室してきたようだ。
現れたのは黒と藤色を基調としたローブを纏った男。俺が率いるプロゲーマーユニット『ブラックオニキス』のメンバーの1人、雷がそこにいた。
「悪ぃ、時間に遅れたか?」
「いや、俺が勝手に来ただけだ──ジュウベイが居たんだろ?」
ああ、そういうこと──雷は寡黙だがノリが良くて気遣いいもできるいい男だ。大方対戦ログでジュウベイの名前が見えたから心配して覗きに来たんだろう。
「まぁな。気晴らしに付き合ってもらってたんだよ」
「その気晴らしも自分ではなくジュウベイのためだろう?」
「あららバレてら。プロに戻らないのかって聞いてみたけどな、結局フラれちまったよ」
宮本ジュウベイ──俺たちがプロとして活動するゲーム『KASSEN』において、14歳という異例の若さでプロ入りし、1年という短い活動期間である偉業を打ち立てた天才プレイヤーだ。
アマチュア時代から1対1の対戦モードである『SETSUNA』部門での公式大会を次々と制覇し、その活躍から数多くのスポンサーと契約を結んでプロデビューを果たした。
中でもファンたちの間で語り継がれているのは、あいつが行った『百人斬り企画』だ。
企画の内容自体はシンプルなもので『SETSUNAモードで100連勝を目指す』というものだったのだが、その内容が凄まじい。
企画を聞きつけ集まったのはランキングでトップ100に名を連ねる猛者ばかり。中には期待の新人に対し洗礼を浴びせようとしたプロまで混ざっていた。
そんな連中を相手にして──あいつはそのことごとくを斬り伏せた。
目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。100連勝まであと1人──最後に戦ったのは俺だった。
こっちは万全、向こうは99連勝の間に疲弊しきってガス欠寸前の状態。普通に考えればこの時点で勝敗は決まってる。
けど──プロとしてこんなことは言いたくないが、あの時のあいつには微塵も勝てる気がしなかった。
そうしてジュウベイは俺に勝ち、100連勝を達成。『百人斬り』はそのままやつの異名として知れ渡ることとなった。
達成した時点でまだ15歳、誰もがジュウベイの未来に期待し夢を見ていた──あんな事件が起こるまでは。
「今はそっとしておいてやるのがいいだろう。立ち直るためのきっかけはいつかジュウベイにも訪れるさ」
「そうだな。にしても、今日はよく喋るな雷」
「俺にだってそういう時はあるさ……そろそろ時間だ、行こう」
「ああ」
雷の言うとうり、今俺たちにできることは何も無いのだろう。けど、かつてしのぎを削ったライバルがこのままってのは後味が悪い。
せめてもの手助けとして、これからも閉じこもってる殻から引っ張り出してやるとしよう。
(だから、さっさと胸張って戻ってこいよジュウベイ)
***
目を開けるとまず視界に映ったのは代わり映えのない自室のデスク。毎度のことだが仮想空間から現実へ戻った時の感覚はなんとも言い表しようのないものがある。
2時間ほど対戦に付き合わされたおかげで体が固まっており、それをほぐすために1つ伸びをして再びゲーミングチェアに体を沈めた。
(もう1度プロに、か……)
アキラさんの言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
正直なところを言えば、戻りたいと思ったこともある。あの時抱いた情熱と観客から発せられた熱気が忘れられず、中途半端なまま未だに胸の中で燻り続けているからだ。
でも──
『俺たちの努力を踏みにじりやがって……この卑怯者!』
『そんな人だったなんて思わなかった! 最低だよ!』
『チート使って勝ててよかったな。さっさと消えろよクズが』
『お前なんか────』
────死んじまえよ
「っ──! はぁっ……! はぁっ……!」
自分から思い出したくもない
浅い呼吸を何度も繰り返し、胃から溢れ出そうになるものを押し込めるのを何度か繰り返してようやく平静を取り戻した。
(……バイト行くか)
このまま部屋にいては何度も同じことを繰り返しそうだし、何より遅刻をするわけにはいかない。
重い腰を上げてバイト用のカバンを引っ掴み部屋を出る。すると同じタイミングで隣室のドアが開き、中から見知った顔の人物が出て来た。
「あ、月村君おつかれ」
「お疲れ様です、酒寄先輩」
こちらに向けて挨拶をしたのは酒寄彩葉さん。学校の先輩であり、バイト先の先輩であり、住んでるアパートの隣人であり──自分と何かと繋がりの多い女子高生だ。
「月村君なんか顔色悪そうだけど大丈夫?」
「ただの寝不足ですよ。それに目元に隈がこびりついてる先輩に言われたくないです。少しは自分に気を遣ってください」
「相変わらず辛辣だなぁ……」
「めまい起こして階段から落ちかけた人に反論する権利はないかと」
「うっ……」
先輩とこんな風に話すようになったのはある出来事がきっかけだ。
あの日も今みたいに同時に部屋を出てバイト先に向かおうとしていたのだが、アパートの階段に差し掛かった時だった。
『あっ────』
『危ねぇっ!!』
前に倒れ込み、先輩の体が宙に投げ出される寸前に腕を掴んで引き寄せ、何とか最悪の事故は防ぐことができた。
勢い余って階段で背中を強打したのは今となってはいい思い出──なのか? クソ痛かったけども。
「その節はご迷惑を……でも、それを言うなら月村君だって私と同じで苦学生してるんだからさ!」
「苦学生のレベルが違うでしょ。適当に食費だけ稼いでる男と、生活費と学費を自力で捻出してるあなたを一緒にしちゃいけませんって」
そう、酒寄先輩は学校でも有名な超の付く苦学生なのだ。
どういう経緯でそうなったのかは知らないが、バイトで生活費と学費まで賄っているのだとか。
その上で学校では文武両道の品行方正、誰もが憧れる完璧女子高生を貫いているのだから恐れ入る。
いやほんと、この人まじで人類レベルで見ても相当な上澄みなんじゃなかろうか。
ちなみに俺もいわゆる苦学生ではあるが、単に身寄りのない一人暮らしと言うだけでしっかりとした蓄えはある。なんならバイトなんかしなくても高校生活は乗り切れるくらいには。
ともかく。
そんな学園のマドンナ的存在とお近づきになって、さらには気の置けない関係を築けているのだ。普通に考えれば役得というものだろう。
代償として同級生(男女問わず)からの風当たりは強いが、それは必要経費というものである。
「はぁー……宝くじでも当たらないかなぁ……」
「切実ですね……着きましたよ。一旦願望は諦めてバイト頑張りましょう」
たどり着いたのは住宅街の一角にある隠れ家カフェ『BAMBOO cafe』。今日みたいな木曜日は何故か週末よりも混み合うのだが──
「ねぇハンバーグなんで冷たいの!」
「注文まだー?」
「おいおい、どうなってんだよ!」
「す、す、す、すみませーん!」
──うむ、見事なまでに
隣に目を向ければ酒寄先輩も同じことを考えてるのか、悟りを開いたような目をしている。
「うし、今日も気張りましょうか。ホールは頼みます、酒寄先輩」
「うん、月村君は厨房をお願い。お互い生きて帰ろう」
先輩がいてくれて助かった。これで厨房とホール間でのシャトルランは避けられる。
とはいえしんどいことに変わりはないので、着替えを済ませる30秒の間に再び覚悟を決めてから戦場へと飛び込んで行った。
こうして俺こと『