彼方の光芒   作:総流し

7 / 7
甘寧

 先刻あらわれた一団の護衛を受けて、劉琦は危地を脱した。

 一度接舷し、陸に上がる。安定した足場に降り立つと、昂揚していた気分がようやく静まった。

 同じように、乗組員が船から下りてくる。城郭で見かける兵士とはかなり違った出で立ちをしている、と劉琦は思った。

 

「みなのおかげで、命を拾うことができた。この劉琦、受けた恩はいつまでも忘れぬ」

 

 臣下と、それから救ってくれた乗組員たちに向けて言葉をかける。

 襄陽を発つと決めてから、死ぬ覚悟はいつでもできている。それにしても、とにかく江夏入りを実現させてからでなければ、荊州に波風ひとつ立てることすらできないのだ。

 

「劉琦様。もう、そのくらいで。お気持ちは、十二分に伝わっておりますから」

 

 黄忠に、優しく背中を撫でられる。

 ざわめき。劉琦という名を聞いたからか、乗組員たちが俄然色めき立っている。彼らは、どこまで事情を説明されていたのだろうか。段取りを整えた黄祖は、黙ったままである。

 屈強な男たちを押しのけて、ひとりの女が近づいてくる。身体つきこそ華奢であるが、発する雰囲気は鋭かった。

 女の目が、黄祖をしっかりと捉えている。滲んでいるのは、怒りなのか。

 

「ふふっ……。大儀であったぞ、甘寧。錦帆賊の働きには、わが主も満足されている」

「黄祖。貴様、よくもやってくれたな。われらの闘った相手、あれは蔡瑁の麾下だろう。ちっ……。なにが、くだらん賊徒を打ち払ってくれだ」

 

 二人の緊迫したやり取りを観察する。とくに、甘寧はいまにも黄祖に斬りかかりそうな雰囲気だった。

 これが、噂に名高い錦帆賊の頭目。誰に仕えることもなく、仲間と気ままな暮らしをしていると聞いている。賊といっても民を苦しめるようなことをせず、むしろ水上の治安維持に努めているとの話である。ただし、その義侠心ゆえに公的な軍勢との諍いがしばしば起こる。本格的な戦にはならずとも、襄陽の役人からの評判は悪かった。

 

「口では文句を並べても、受けた仕事だけはまっとうしようとする。おまえの美徳だな、甘寧。ククッ……。だが、これでもう後戻りはできぬぞ。蔡瑁は、いよいよ本気で錦帆賊を潰しにかかるであろう」

「仕組んだ本人が、よく言う。ここで貴様たちの首を()り、蔡瑁にくれてやってもよいのだぞ。その薄ら笑い、地上から消し去れると思うと、気分がいたく晴れやかになる」

 

 甘寧が、剣の切っ先を黄祖に向ける。どうやら、半分騙すようなかたちで今回の依頼を受けさせたらしい。それに、二人は元々不仲なようでもある。

 隣りにいる魏延が、肩を指で突いてくる。

 

「なあおい……。まずいんじゃないか、劉琦様。無茶苦茶怒ってるぞ、あの甘寧って女」

「黄祖さん、人を怒らせるの得意そうだもんね。いざとなったらお願い、魏延ちゃん」

「いや、知らないが。劉琦様のことはお守りするが、璃々は自分でどうにかしろ」

「うわ、ひどーい。だったら私、ずっと兄様の後ろに隠れてよっと。間違って撃ったらごめんね、魏延ちゃん」

「ぐぬぬっ……。き、貴様ぁ……!」

 

 言葉とは裏腹に、璃々も魏延もまだまだ余裕そうだ。襄陽からここまで、船上で緊張と闘ってきた経験がある。溜まっている鬱憤も、あるのだろう。

 

「甘寧。私が、蔡瑁に追われている張本人の劉琦である。巻き込んだことは、謝罪する。だから、首を奪るのはしばらく待ってもらえると助かるのだが」

「ああ、だろうな。噂に聞いている通りの優男だから、すぐにわかった」

「少し、二人で話したい。いま黄祖の顔を見ていると、おまえも腹が立ってくるのではないか」

「ちっ……。まあ、いいだろう。こい、劉琦。水くらいは出してやる」

 

 唾を吐き捨て、甘寧が指で合図をする。

 怒っていても、筋だけは通そうとする女だ。黄祖が、引き合わせたいと考えたのもわかる気がする。

 立ったまま、甘寧と水平線を見つめる。先に声を発したのは、劉琦だった。

 

「荊州は、いまより嵐を迎えることになる。父、劉表が病に倒れ、実権はわが弟と蔡瑁の派閥に移るだろう。私には、それが許せなかった」

「ふんっ……。結局は、くだらん権力争いか。貴様たちは、いつもそうだ」

 

 起伏のない甘寧の言葉が、胸に刺さる。

 

「言い訳はしない。すべては、私によるわがままなのだ」

「つまらん。やはり、時間を無駄にしただけだったな。悪いが、死んでもらうぞ。貴様と黄祖。二つの首さえ揃っていれば、蔡瑁も納得するはずだ」

 

 甘寧が、おもむろに剣を構える。なのに、殺気はそれほど感じなかった。

 

「このままでは、荊州は澱んだ水で満たされる。その停滞を、乱世に生きる群雄たちは見逃してくれぬであろう。それに、蔡瑁が実権を完全に掌握すれば、錦帆賊のような者に対する締めつけは、いまよりも遥かに強くなる。生きづらくなるのは、おまえたちも同じなのだ」

 

 弟と蔡瑁の側には、すでに出来上がった統治の基礎がある。

 であれば、間違いなく今後はその強化を目指すのだろう。それには、中央の力を強める必要がある。在野の勢力は、邪魔な存在でしかなかった。

 

「なんとなく、予感はあったんだ。あの黄祖に乗せられた時点で、私の負けだったのだろう。傲岸不遜で憎たらしいことこの上ない女が、珍しく殊勝な態度で頼みごとにやってきたのだ。それで絆されてしまったのだから、私も焼きが回ったのかもな」

 

 言ってから、前金ありで金払いがよかったのも理由のひとつではある、と甘寧が付け加える。名高い錦帆賊といえども、略奪抜きでは暮らしは楽ではないのだろう。

 

「力を貸してもらえないだろうか、甘寧。統治する側にも、様々な立場の人間がいるべきなのだと私は思う。錦帆賊の中で希望者がいれば、禄を与えて召し抱えてもよい。もちろん、いまの暮らしを続けたければ、それでもよい」

 

 甘寧の眼に鋭さが宿る。首筋。冷たい感触を受けたが、劉琦は動じなかった。このくらいのことで、揺れてはいられない。自分は叛乱軍の盟主として、多くを決断していかなくてはならないのだ。

 

「荊州のため必要なしと判断したときには、私の首を奪ってくれていい。黄祖も、そうした覚悟で私に仕えてくれている」

「あの女が? はははっ。取るに足りない男かと思えば、まったく」

 

 刃の感触が、遠くなっていく。

 

「いいだろう、劉琦。錦帆賊総出で、貴様たちに乗ってやる。真名を教えろ。私のことは、思春でいい」

「緋桜だ。今日よりよろしく頼む、思春」

 

 真名を伝えると、ちょっと満足したように甘寧が笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

諸葛亮孔明は紅茶を嗜む(作者:白石基山)(原作:恋姫†無双)

 ある日、諸葛亮孔明こと朱里の性格が変わってしまった。▼ どうやら彼女は、この世界が『恋姫無双』の外史の一つであることや、様々な世界の孔明の知識を知ってしまったらしい。


総合評価:2240/評価:8.69/連載:7話/更新日時:2026年05月03日(日) 12:07 小説情報

白馬姉「私の弟は最強なんだ!」(作者:ボックス)(原作:恋姫†無双)

地味な彼女に、最強の弟を生やしてその脳をこんがりとウェルダンにしてもらいました


総合評価:17003/評価:8.77/完結:16話/更新日時:2026年03月25日(水) 19:00 小説情報

海蛇(作者:ムンムン)(原作:ヨルムンガンド)

転機は世界のあちこちに転がっている。▼海賊から一転して、PMCの傭兵となった少年は襲った船にて硝煙の香る世界へと足を踏み入れていく


総合評価:1772/評価:8.87/連載:4話/更新日時:2026年04月30日(木) 19:00 小説情報

All or Nothing(作者:真の柿の種(偽))(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

 人生丸ごと賭けたコイントスがしてみたい。


総合評価:2300/評価:8.52/連載:8話/更新日時:2026年05月05日(火) 07:21 小説情報

僕がキャプテン・ジョンの宝だ(作者:Mr.♟️)(原作:ONE PIECE)

▼オリ主物です。▼ヒロイン候補▼ウタ、ビビ、ハンコック、他数人▼挿絵は全てAI絵になります。▼地雷だと思った人はブラウザバックしてください。▼オリ主 幼少期▼【挿絵表示】▼青年期▼【挿絵表示】▼


総合評価:2688/評価:8.67/連載:21話/更新日時:2026年03月31日(火) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>