Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
バーテックス。友奈にそう呼ばれた巨大な浮遊物が、下腹部の管のような器官を赤く光らせながら膨らませていく。何かを押し出すように膨らみは下に流れていき、先端から複数の何か丸いものをこちらに向けて放ってきた。
「アーチャー!」
遠坂の合図で、アーチャーは複数の矢を番え弓を構える。放たれた赤い流星は追尾ミサイルのようにそれらを貫き、直後、爆風が俺達の髪を揺らしていく。
流石アーチャーと言ったところか。一発も外しちゃいない。
「ったく白昼堂々舐めた真似してくれるわね! 慎二! ここに結界貼ってるのあんたでしょ! 同盟組んであげるから、発動しなさい今、すぐ!」
「は、はあ? あれがどういうものか分かって言ってるわけ!?」
結界。どうやら慎二は学校に何か仕込んでいたらしい。そういえば、入ってきた時から何か甘ったるい感じがして少しだけ気分が悪かった。あれはその影響だったのか。
「いいから早くしなさい! 逃げられたら後処理が大変なんだから!」
「し、知らないからな! ライダー!」
ライダーは姿を現し、直後──視界がぐらりと捻れた。
「──な」
視界の色相が赤く変容し、内蔵の内側と外側が丸ごと裏返って痙攣する。何の前触れもなく全身を襲うこの不快感と倦怠感に、感覚という感覚が追いつかず暴れ回っているみたいな。
宙を見ると、血で象られた天幕が校内の全てを覆い尽くしていて、紛れもなくこれが結界と呼ばれるそれであるということを理解させてくる。
俺は膝に手を付き、切りつけられたように痛む喉をガラガラにしながら、慎二に訊ねる。
「慎二、なんだって、こんなもの」
「ただの保険さ。学校で襲われても逃げやすくなるし。ま相当キツイだろうけど我慢してよ。文句なら遠坂に頼むぜ」
「──」
なんっだそりゃ。冗談で済むキツさじゃないぞ。
なんて悪態ついてる場合じゃない。奴の追撃は止まることなく、俺達に向け爆弾を次々に放ってくる。
アーチャーの撃ち漏らしをライダーと友奈が叩き、なんとか凌いではいる。ただあの弾、どう考えてもサーヴァントじゃなく、俺達三人に吸い寄せられるように不自然に軌道を変えている。
「ふむ。意図的にマスターを狙っているな」
「ええ。恐らくキャスターね。うう、現代の作法を知らない老害めぇっ……! あーっもう! 頭に来るっ!」
あの遠坂が普段じゃ考えられないくらい取り乱している。
もしや、あれが素の状態だったりするのだろうか。
いかん、余計な事考えてたらぶっ倒れそうだ。とにかく、今なにか俺に出来ることは──
「私が何とかする!」
なんてもたついてる俺を置いて友奈は武装し、屋上から跳躍、怪物へと突貫していっちまった。
ああくそ、あんな化け物に一人で向かっていくなんて信じられない、一体何考えてんだあいつ……!
「お、おい友奈! 慎二頼む、あいつを……!」
ふらりとよろける俺を抱きとめ、慎二はライダーに叫ぶ。
「ライダー、あいつの援護だ! ペットを使え!」
「了解しました、マスター」
ライダーはいつの間にか傍に来ていた赤い紋様の刻まれた白い化け物に金色の手綱を付け、天高く駆け抜けていく。
そして友奈を取り囲む化け物と爆弾を、縦横無尽に叩き落とす。ライダーというクラスの利点か。あんな動きは他のサーヴァントじゃとても真似出来やしないだろう。
ライダーの助力の甲斐あって、友奈は怪物に肉薄し、拳に魔力を集中させ、昨夜放ったあの宝具を炸裂させる──!
「うわ……!」
まるで大砲でもぶっぱなしたみたいな重低音が鳴り響く。白桃の怪物はただの一撃でその半身を木っ端微塵に打ち砕かれ、残った残骸から巨大な三角錐の無機質な浮遊物体が顔を見せた。
「うそ、あいつめちゃくちゃ強い」
拳を振り抜いた姿勢のまま、落下中の友奈。眺める遠坂は驚愕を隠さない。直後、鬼気迫る友奈の声が赤く染った校庭に響き渡る。
「アーチャーさん、それを壊して!」
「なるほど、そういうことか」
あれこそが本体。即座にその意図を汲み取ったのか、アーチャーは無骨な大弓を左手に握ったまま、右手に魔力を集中させる。しかし──
「「「!?」」」
その場の全員が、背後からの圧倒的な力の奔流に振り返る。
さざ波を津波が飲み込んでいくように、一瞬で全身はそれ以外の魔力をまるで感じ取れなくなる。狼狽える俺の視線の先で、貯水タンクの上に立つ漆黒の騎士が黒い炎の巨塔を握り締めていた。
いや、塔に見えたのはその天高く伸びる魔力の塊ゆえ。実際その両手の内にあったのは、この世の全てを焼き尽くすほどの殺意に染まった暗い昏い魔剣だった。
騎士は俺達をちらりと見て、興味を失ったのか上空に浮かぶ浮遊物に狙いを定める。
何をするのか悟った俺達全員は、その場で思いっきり姿勢を下げ──
ありふれた曇りの冬木が、一瞬で暴風域の中心になる。
空を裂く風が余りにも激しく、自分の息遣いさえももはや聞こえはしない。
当然ろくに目を開けることも出来ず、ようやく静寂を取り戻したと思えば、校舎はひび割れ、今にも崩れそうにコンクリートを散らしていた。
黒い騎士と化け物は既に跡形もなく、黒い炎の残滓だけが、いま起こったことが現実なのだと示していた。