Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
黒い騎士が消えた後、校内を見て俺は絶句する。
誰一人として意識は無く、全員がその場で倒れ伏していた。
いや、訂正。藤ねえだけは這いずって職員室に移動し続けていた。恐らく、電話で助けを呼ぼうとしていたのだ。なんたる生命力。いや、教師としての責任感故かもしれない。
後は任せろと藤ねえの手を取り、彼女は安心して眠りにつく。その時脳裏に浮かぶのは、親父との最後の夜だった。
正義の味方になるという俺の決意を見届けて親父は逝った。
あれは言わば継承の儀式だった。叶えられなかった親父の夢、どこまでも遠い理想を、俺が代わりに成し遂げるのだと。
あんな化け物が襲って来る世界だ。誰かがなんとかしないと、いずれとんでもない被害になる。
せめてあの化け物をなんとかするまでは、きっと俺には戦う義務がある。あの時の誓いが、本物だというのなら。
*
「ほう。これはまた随分散らかしたものだ」
その後、遠坂の連絡により、聖杯戦争の監督役を名乗る神父が学校に到着する。
校庭にて神父はその荒れようを見て、呆れた声を隠さない。
「なによ。しょうがないでしょ。あんな非常識な奇襲」
遠坂は不機嫌そうに腕を組みながら、屋上を睨む。
「あの宝具……あれは十中八九セイバーだわ」
「ほう。セイバーか。全ての役者が揃ったというわけだな」
一段と声を低くする遠坂に対し、神父はどこか愉しげに笑っている。一体何が可笑しいってんだろう。こんだけ被害が出てるってのに。
考えると眉間に皺が寄っちまう。はっきり言って不愉快だった。
というか、セイバーって言わなかったか。セイバーってのは友奈のクラスだったような。疑問に思い、傍らの友奈をちらりと見る。が、友奈は何やら考え込んで俯いている。
いやまあ、同じクラスのサーヴァントがいないとは限らないか。
釈然としなさはあるが、それはひとまず後回しだ。
「衛宮くん、貴方の家ってあの和風のお屋敷よね。間桐くんと二人でそこで先に集まっておいてくれる? 私達は後片付けがあるから」
遠坂は背後に親指を向けながらそう言う。
俺は頷き、慎二と一緒に踵を返した。
「そこの少年。名はなんというのかな」
ふと、神父に何気なく呼び止められる。
俺は顔だけ向けて、静かに答える。
「衛宮……士郎」
絞り出された声が、自分でも驚くほど神経質に震えていた。
そうか。俺今、機嫌悪いんだ。
「では衛宮士郎。聖杯戦争で疑問に思ったことがあれば、坂の上の教会を尋ねてくるといい。この儀式の監督役として、出来る限りのことには答える用意がある」
微笑を浮かべながら、神父は背を向ける。
俺はそれを見つめている自分に腹が立って、競うように敷地を出る。一体何やってんだろう、俺。
「相変わらず古臭い家だね。まあ衛宮らしくはあるけどさ」
自宅に到着し、慎二を居間に招き入れる。
早速小言を言われちゃいるが、まあ俺も初めてこれを見た時は似たようなことを思ったもんだ。それ以上に、あまりのデカさに面食らっていたけど。
「はいはい。紅茶と緑茶どっちがいい」
「そうだね……ま、今日は衛宮の趣味に合わせてやるよ」
戸棚を物色しながら苦笑する。まあ話の流れ的に緑茶かな。
「友奈は?」
「あ、じゃあ私も緑茶で。ライダーさんは……」
友奈の傍らで立っていたライダーは静かに口を開くが──
「サーヴァントに茶なんて出さなくていいって。引っ込んでろライダー」
「「……」」
慎二の一声で霞となって消えた。
なんというか……うん、慎二のサーヴァントってのは気苦労が多そうっていうか……とにかく頑張れ、ライダー。
「しかしさあ、中々の連携だったんじゃない? あんな風にお前のサーヴァントの宝具とライダーの機動力を合わせれば、バーサーカーだって何とかなると思うんだよね」
湯呑を置いて楽しそうに語る慎二。こう言っちゃなんだけど、割と危ない状況だったのに呑気だな。てっきり少しはビビってるもんだと思ってたけど。
ああそう、聞いておかなきゃいけないことがあった。
「慎二。お前、聖杯で何か叶えたい願いがあるのか」
聞いた慎二は少し茶を啜って、特に悩む素振りも無く笑う。
「叶えたい願いって、そもそもなんでも願いが叶うアイテムなんか欲しいに決まってるじゃん。変なこと聞くね衛宮は」
「命をかけた戦いなんだろ、これ。願いを叶える魔法が欲しいってのは理解できる。でも、もし負けたら死ぬんだぞ。そんなリスクを背負ってまで、お前はなんで戦おうとするんだ」
そう言うと慎二は少し黙って、俺でもあまり見た事のない神妙な表情を浮かべる。
湯呑に映る自分の顔を見つめながら、慎二は静かに語り始めた。
「……僕はさ、由緒正しい魔術師の血を引いているんだ。間桐は聖杯戦争に参加し続けている。だったら、僕は間桐の神秘を受け継ぐものとして、結果を残さなきゃならないだろ」
──そうか。
俺は魔術師じゃなく、魔術使いとして親父に魔道を授けて貰った。
けど、本来魔術ってのは受け継がれていくものだし、魔術師ってのは自分よりも魔術そのものを磨いていく為に生きるものだ。
たとえ魔術を使えなくても、いや、だからこそ長く伝えられてきたものを守ろうと必死になる気持ちは分からないでもない。
……ん?
それはそれとして、
「ちょまて。聖杯戦争って、今回が初めてじゃないのか」
「ああ。確かこれで五回目だったかな」
五回? あんなふざけた非常識な戦争を、今までに四回もやってきたっていうのか。
「……前回はいつなんだ」
「あー……確か10年前」
「──」
瞬間、時が止まる。視界の色が一気に消えた。
10年前? 10年前だって?
だとしたら、ああ、いやそうか、そうだったのか。
まだ確証は無い。けど、偶然にしちゃ出来すぎている。
あの炎も、化け物も、悲鳴も、喪失も、何もかも──
「悪い慎二、すぐ戻るからここで待っててくれ」
「は、はあ? 客を置いてどこ行くってんだよお前」
「俺より先に遠坂が来たら入れてやってくれ」
「お、おい、衛宮!」
慎二の声は既に遠い。とにかく頭が真っ白だった。
気付いた時には顔を冷気が包んでいて、けれど全身は燃えるように熱い。
四肢をがむしゃらに回しまくって、ただ、走り続ける。
あの神父。監督役だっていうなら、何か知っているんだろう。
確かめなければならない。今、すぐに。
──と。俺の右腕を、誰かが掴んだ。
「ど、どうしたんですか先輩、なんか変ですよ」
追いかけてきていたのか。友奈が俺を心配そうに見つめている。
俺は息を切らしながら、呻くように呟いた。
「10年前……」
「え?」
「俺が親父に拾われたのも10年前。人食いの化け物の襲撃と大火災の中で唯一生き残ったのが俺なんだ。けど、もしあれが聖杯戦争のせいで起きたことなんだとしたら、俺は──」
突如、街灯の光が真っ黒に塗りつぶされる。
顔を上げるとそこで、水球ドームを左右に携えた深海生物のような巨大な化け物が、俺達の行く手を塞いでいた。
友奈は呟く。“アクエリアス・バーテックス“と。
昼間に続き、その無機質な殺意が全身を襲う。