Fate/stay night[Endless Stardust]   作:おーたまー

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3日目-火種Ⅱ

 街灯の光が、まるで水底から見上げたみたいに歪む。

 次の瞬間、視界いっぱいに広がる水の塊が、音もなく押し寄せる。

 

「うあっ──!」

 

 避ける暇なんてない。叩きつけられる衝撃と同時に、肺の空気が一瞬で押し出された。冷たいはずの水は妙に重く、粘つくように身体に絡みつく。

 

 息が、できない。

 

 上下も分からない。どこが外でどこが内側なのか、境界が曖昧になる。水が喉に入り込み、焼けるような苦しさが胸を締め付ける。

 

 もがく。腕を振る。蹴る。けど全部が空回りだ。水の中なのに、まるで固体の中に閉じ込められているみたいに動かない。

 

 ──このまま溺れる。街の中で。馬鹿げてる。

 

 そんな言葉が、妙に冷静に頭をよぎる。

 その瞬間、視界の端で何かが蠢く。あの白い化け物だった。それらは意思を持つ群れのように、こちらへと流れ込んでくる。

 

 次々と水球の中へ侵入してきて、身体に絡みついた。むちゃくちゃに引っ張られる。水球ごと纏めて移動しているみたいだ。

 どこへかは分からない。ただ、ここじゃないどこかへ、無理やり引きずり込まれようとしている。

 

「──がぼばべ」

 

 酸素がない。

 全てが暗くなっていく。

 意識が、遠く──

 

 その時。暗転していく視界が、黄金に輝いた。水球の外側から“何か”が次々に突き刺さる。

 

 ──鎖? 

 

 黄金に輝くそれは、まるで意志を持つ蛇のように化け物達へ絡みつき、一瞬でその動きを封じる。

 そこに、稲妻みたいな光の筋が目にも止まらぬ早さで打ち込まれていく。雨どころじゃない。暴風みたいな勢いで放たれたそれらが、奴らをまとめて貫き、叩き潰し、粉砕していく。

 

 何かの力が喪われたのか、突然水球が弾けた。

 

「っ、は……ぁ、は……っ!」

 

 俺は地面に叩きつけられ、ようやく空気を取り込む。

 肺が焼ける。喉が痛い。咳が止まらない。

 霞む視界の中、聞こえてきたのは、やけに傲慢な声だった。

 

(オレ)の通る路に生ゴミを並べおって。目が腐るわ」

 

 顔を上げる。

 そこに立っていたのは、黒いジャケットを来た金髪の外国人。人間離れした気配を纏った男が、無表情に周囲を見渡していた。

 

 その視線が、ふと倒れ伏した俺に落ちる。

 

「ふむ。貴様魔術師か。教会に用があるのか?」

 

 問いかけは軽い。だが、その奥にある圧が異様だった。

 

「先輩!」

 

 駆け寄ってくる足音。振り向けば、友奈がこちらへ来ている。

 ──まずい。

 

「友奈、そいつサーヴァントだ!」

 

 反射的に叫ぶ。

 金髪の目の前で足を止め、警戒の色を強めた、その瞬間。

 背後から迫っていた巨体が、水球を膨らませていく。

 

 しかし、金色の男は眉ひとつ動かさず、退屈そうに首を傾ける。それだけで、背後に開いた歪む空間から無数の武器が射出される。容赦のない一斉掃射が、水球ごと化け物を粉砕した。

 

 信じられないことに、あれは全てが別の武器、別の宝具だった。あれだけの数の宝具をなんの躊躇いもなく、弾丸みたいに放っていくなんて、そんな英霊が居ていいのか。

 

 ──夜の街に静寂が訪れる。

 残ったのは、破壊の痕跡だけ。

 

 男はゆっくりと身構える友奈へ視線を向ける。

 近付き、値踏みするように、じっと観察し、静かに手を上げる。まずい、このままじゃ殺られる……! 

 

「まて、お前──!」

 

 しかし、そのままぽん、と小さな頭に手を置いた。

 

「……は?」

「……?」

 

 完全に予想外だった。俺も友奈も困惑した声を漏らす。

 男は満足気に頷いた。

 

「よし。この(オレ)手ずから教会に送ってやろう。よいよい遠慮はいらん。出血大サービスというやつよ」

「は──?」

 

 何する気だ、こいつ。

 その意味を理解するより早く全身が鎖に絡め取られ、一気に視界が黄金に飲み込まれた。

 

「「うわああああああ!!!」」

 

 身体が宙に浮く感覚。まるで何かに投げ込まれたみたいな。落ちる感覚も時間の流れも曖昧で、気付いた時には、友奈と一緒に石畳の上に転がっていた。

 

「む?」

 

 顔を上げる。そこで、昼間の神父が俺を見下ろしていた。どうやら教会に戻る途中だったらしい。

 

「どういうつもりだ」

 

 そう見上げて声を張る神父。

 視線の先には緑色に発行する隼のような飛行艇が浮かんでいて、金髪は腕を組んで俺達をふてぶてしく見下ろしていた。

 

「なに、逸材を見つけたのでな。肩入れしたくなった」

「……まあいい。用があるのだろう。中に入りたまえ」

 

 そう言って踵を返し、神父は俺達を連れて門へと歩いていく。

 あーえっと、こいつの名前は確か──

 

「言峰っていったか、なあ、あいつなんなんだよ」

「前回の聖杯戦争で勝ち残り、受肉したサーヴァントだ。聖杯に触れたサーヴァントは肉体を得、マスター無しでも現界し続けることが出来るからな」

 

 教会の扉が、重い音を立てて閉まる。

 外界と切り離されたような静寂が、内部を満たしていた。

 

 高い天井。色の落ちたステンドグラス。足音がやけに響く石床。ここが監督役の居場所だという事実に、妙な納得感があった。まるで、この場所そのものが何かを見下ろしているみたいだ。

 

 言峰は祭壇の前で足を止め、ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「勝ち残ったって、じゃあ聖杯は既に誰かが勝ち取ったってことじゃないのか。第一あんた、あれとどういう関係なんだ」

「そう事を急くな。一つ目だが、聖杯は誰の手にも渡っていない。あれは完成に近づき、降霊した聖杯に触れた結果にすぎん。しかし聖杯は破壊され、結果、再び聖杯戦争が行われることになったということだ」

 

 聖杯が破壊された? 

 聖杯戦争ってのは聖杯を手にする為に争うもののはずだ。なんだってそんなことが起きたんだろうか。

 

「二つ目だ。私はこの戦争の監督役だと言っただろう? 魔術は秘匿するものであり、あれは存在そのものが神秘の最奥だ。必然、この教会に居てもらうしかあるまいよ」

 

 それにしたって、あんなルール違反の塊みたいな奴を制御出来ているのかこの神父は。

 色々気になることはあるが──

 

「しかし、そんなことを聞く為にここに来たわけではないだろう衛宮士郎。君は冬木の大災害の生き残りであり被害者でもある。君の懸念は正しい。あの災害の火種は聖杯戦争そのものであり、炎の海はいわば戦火だったのだから」

 

 ……俯き、拳を握り締める。

 あれは事故や天災じゃない。人の意思によって生み出された破壊だったということ。あの日の全ての命は、喪われたのでは無い、奪われたんだ。

 

 心臓から熱が指先まで広がる。脈が怒りに震えていた。

 

 ふざけやがって。こんな戦争、今すぐ終わらせないと。

 俺は決意し、顔を上げて問う。

 

「てか、なんでお前俺の事そんな詳しいんだ。俺はアンタのことなんかこれっぽっちも知らないってのに」

「ほう? そうか。父親から教えられていなかったのか。まあ無理もない。あれは聖杯戦争が終わったと思い込んでいたはずだからな」

「は──?」

 

 これは、予想外だった。

 いや、でも、あの日あの時、あの場所にたまたま魔術師が居合わせたというのは偶然というには不自然だ。

 そうか。それじゃあ、つまり──

 

「なに、君の父親もマスターだったというだけの話だ。衛宮切嗣。奴は最後まで勝ち残ったマスターの一人だったからな」

 

 言峰は雄弁に語る。俺の余裕の無さに比べて、こいつがずっと愉しそうなのに腹が立ってきた。

 どう考えても笑いながら話せる内容じゃない。こいつ、人として大事なものが決定的に欠けていやがる。

 

「しかし……今のは少々誤った表現だったかもしれんな。君はマスターではないのだから」

 

 言峰は俺の左腕をちらりと見てそう言う。俺もつられて自分の手の甲に視線をやる。そこには何も刻まれてはいない。

 

「それって、令呪ってやつがないからか」

「その通り。令呪は人智を超える力を持つサーヴァントと対等な関係を築く為の安全弁だ。理屈は分からんが、そのサーヴァントはマスターからの魔力供給を必要としていない。そうなれば非力なマスターに従う理由はないし、むしろ足枷にしかなるまい」

「で、でも、先輩は確かに私の召喚者です。これは、ちょっとした手違いか何かなんじゃないかなって……」

 

 友奈は声を張り、抗議する。

 言峰はそれを見て、納得したように微笑する。

 

「ほう。なるほど。そういうことならば問題はあるまい。今のはセオリーであり一般常識のようなものだ。物事には必ず例外が存在する。令呪を持たず、魔力供給も出来ないマスターが、それでも共闘関係にあるサーヴァントを持つというのは、この戦いにおいて強力なレバレッジとなる」

「……? どういうことだ」

 

 尋ねる俺に向き直り、言峰は続ける。

 

「マスターはサーヴァントに勝てない。サーヴァントの力でも倒し難い。そうなれば狙うべきはサーヴァントの楔であるマスターだ。しかし君を倒してもそのサーヴァントは戦い続けることが出来る。むしろ君を殺すことでそのサーヴァントに狙われるリスクが生まれる。そのサーヴァントはマスターというサーヴァント最大の急所がなく、君は自分自身を抑止力とすることが出来る。他のマスターにとってこれほど厄介な相手はいるまい」

 

 ……なるほど。

 どんなに強力なサーヴァントでも、マスターさえ倒してしまえばそれまで。そう考えると、友奈には致命的な弱点が無いのか。

 

 いざとなったら俺を置いて逃げたっていいし、なんなら俺を盾にすることだって出来る。

 

 だったら、やっぱり俺は友奈に守ってもらう必要ないんだな。そう安心して友奈を見ると、じと、と俺を目を細めて見つめている。……まさか、俺全部顔に出てたのか。

 

「しかし、令呪が無い以上、君にはまず戦わないという選択肢がある。どうだ。君はこの殺し合いに身を投じるのかね」

 

 言峰は言葉尻を強める。俺は食ってかかるように言い放つ。

 

「聖杯なんてものに興味は無い。ただ、友奈を放っておけないし、あの化け物もサーヴァントも見過ごせない。だったら、戦うしかないだろ。あと、君ってのやめろ、腹が立つ」

 

 言峰は満足そうに頷き、椅子に座って俺を見据える。

 

「そうか。既に覚悟は出来ていたか。ならば教えてやろう。あの化物共を滅ぼす方法を」

 

 俺は立ったまま言峰を見下ろし、その言葉を待つ。

 言峰は目を閉じ、一層低くなった声を絞り出す。

 

「聖杯だ。あの日、お前は聖杯の力によって駆逐されていく化物共を見ただろう。お前は切嗣より先に、聖杯によって救われた存在ということだ。であれば、お前は聖杯を手にし、お前と同じように人々を救うことを望むのではないかね」

 

 ──脳裏に、黒煙が立ち上る。

 あの日、瓦礫の山に埋もれながら、揺らめく紅い空、墨汁を塗りたくるように蠢いていた黒い泥。

 それが、蛆みたいに湧いてくる化け物を次々と燃やし、燃やし、燃やし尽くして、その果てに俺は親父に救われた。

 

 こいつの言うことは正しい。けどだからって聖杯戦争なんて殺し合いが正しかったことにはならない。そもそも、あの化け物もこの戦争のせいでやって来たんじゃないのか。

 

 前回と、今回と、その間に化け物はやって来なかった。もし聖杯戦争を終わらせることがあの化け物を根絶することに繋がるのなら、俺は確かに勝ち抜かなきゃならない。

 けど、疑問は残る。あれが聖杯の力によるものなのだとしたら、聖杯は使用済みということになるはずだ。

 

「じゃあ、あの日不完全な聖杯に、化物を消せって願ったやつがいたっていうのか」

「そうなるな。不完全であるが故に被害も出てしまったが、聖杯が無ければこの街は化物の餌場になっていただろう」

 

 ──やることは決まった。

 聖杯に、あれに対抗する力があることは証明済みだ。だったら、くだらない願いの為に消費させるわけにはいかない。

 

 守る為、生き抜く為、何よりあの日の生き残りとして奴らを倒すために、俺はこの聖杯戦争で勝利する義務がある。

 

 これで正義の味方ってやつになれるのかは分からない。けど少なくとも、正義の味方というのは、ここで諦めて戦いを放棄する者ではないのだから。

 

「話は分かった。それでその──親父はどんなやつだったんだ」

「善良な殺人鬼だ。聖杯の力で世界を救うことを望み、その大望の為に障害となる少数の人々を容赦なく切り捨ててきた。お前が奴の後を継ぐのなら、同様の覚悟を持たねばなるまい」

 

 ……マスターだったって時点で、親父の手が汚れていないなんて甘い考えはしていない。不殺で勝ち抜けるほど簡単な戦いではなかっただろうし、聖杯が他の誰かに渡った時のことを考えれば、それは必要な犠牲だったのだろう。

 

 けど。それでも誰も殺したくないという俺の葛藤は、ただの我儘なのだろうか。

 

 俺は親父の夢を継ぐと約束した。けど、それは親父のやり方をなぞる事なのか。

 

「あの化物は無尽蔵に現れる。滅ぼすには聖杯の力を使う他ない。であれば、お前が衛宮切嗣の息子ならば、絶対に聖杯を手に入れなければならない筈だ」

 

 言峰は立ち上がり、答えの出せない俺を見下ろす。

 両手を広げ、どこか確信めいた口調で、この男は──

 

「正義の味方となり、平穏で平和で完璧な世界を実現する。それは万能の願望器なくして成しえない奇跡であろうが、世界と人類の危機を打破する救世主(セイヴァー)となる。そこに衛宮切嗣と衛宮士郎(おまえたち)の夢を堕とせるというのなら。悦べ少年。君の願いは、ようやく叶う──!」




余談

友奈恋人ルートが優勢なんですけどほんとに良いんですか!?本当に!?みんな、いいんだね!?民意なんだね?
しらないからね!
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