Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
4日目-萌芽
朝四時。
昨夜はやけに頭が冴えて寝付けなかった。
とうとう寝るのを諦めて、俺は台所で朝餉の下拵えを始めた。
まな板の上に並べた葱を細かく刻み、トントン音が鳴る度に、脳裏にこびりついた奴の声が反響する。
──どういう……意味だ──
君の願いは、ようやく叶う。
仰々しく告げられたその言葉に、俺は打ちのめされていた。
本当は気付いていたもの。それを見て見ぬふりをして、別の何かで置き換えようとしてずっと迷子になっていた。
すなわち、俺の願いの、その本質を。
──正義の味方になるというのは実現不可能な理想だが、世の救い主になるというのはその限りでは無い。これは時間軸の話だ。アスリートが永遠に最高の選手であることはできない。しかしその時代、その瞬間だけ金メダリストになることは出来るだろう。零れ落とした生命の数千倍のそれをたった一度でも救うことが出来れば、お前という存在に意味は生まれる。お前は、その見えない火傷の痕を癒すことが出来る──
この身は、誰かの為に在らねばならない。
あの場で見捨ててきた全ての生命より、多くの生命を救う。
衛宮士郎という少年は、運命に掬い上げられた、喪われた者達を証明する唯一の痕跡なのだから。
けれど、その願いは、燻り続けたこの渇望は。
あの日のような、大いなる危機の到来を希うことそのものなのだと。
──ふふ。だが、お前が衛宮切嗣と同じならば、その瞬間お前は満足出来なくなるだろうがな。数千人の生命が救えたのなら、次はその倍の生命も救える筈だと──
「──あ」
知らず力を込めすぎたのか、一切れがまな板の外に弾かれる。
「先輩、少しは寝ないと」
心配そうな声が静かに響いて、俺は振り向く。
「悪い、起こしちまったか」
「いいんです。サーヴァントは睡眠、しなくていいですし」
そう言って俺の横に立ち、じゃがいもの皮を剥き始める。
悪いから休んでていい、と言いかけたが、やめた。俺はそのまま、米を研ぎ始める。
ふと友奈を見る。包丁を握る手が、横顔が、桜と重なった。
昨日の結界の発動で、桜も藤ねえも病院に運ばれた。軽い栄養失調のようなもので、大事にはならないとは聞いている。
けれど、この状況が、胸でざわめく10年前の焔の熱が、今までの日常こそがかりそめなのだと俺に迫ってくるみたいで──
「──ぱい、先輩」
「……あ」
我に返る。友奈を見つめる姿勢のまま、壊れたロボットみたいに固まっちまっていたらしい。
……情けない。俺、相当参ってるみたいだ。
「……なせば大抵、なんとかなる!」
「……?」
友奈が、急に格言みたいなことを言い始めた。
上杉鷹山のやつで、似たようなのあった気がするけど。
「心配ないですよ。きっと、なんとかなりますから」
そう言って、友奈は笑った。
澄んだ青空みたいなその表情があまりにも眩しくて、俺はまた動けなくなってしまった。
心臓に絡みついていた鎖が解かれていくように、血管を塞いでいた泥の塊が押し流される。そのせいで、急に逆上せたみたいに耳の全部が熱くなって、俺は誤魔化すように顔を背けた。
「あ、ありがとな。友奈」
慌ててそう付け加える。
友奈は嬉しそうに少し頭を揺らして、赤い髪が電球の光に照らされていた。
まずい。このままじゃ頭がどうにかなりそうだ。
「あっと、その。大体終わったから、米、見といてくれるか。土鍋なんだよこれ。そんであー、日課を済ませてくるから」
「ああ、はい。任せてください!」
「すぐ戻る!」
あー。みっともないったらありゃしない。
けどあんなの反則だ。あんなの見せられたら……くそ。
昨日のことがあって、ちょっとおかしくなってるんだ俺。
頭を冷やせ。戦争なんだ、浮かれてられるか。
「よし……」
シャツを脱ぎ、道場で腕立てを開始する。
とりあえず百回、そしたら腹筋、背筋、その次は──
「朝から精が出るわねえ。でももうちょっとゆっくりやったら?」
「あ、遠坂」
いつの間にか入口に立っている。まだ結構眠そうだ。
学校はめちゃくちゃになっちまったから、しばらく休校。そういうわけだから、遠坂は赤い私服に着替えている。
やっぱり、すごい違和感だ。あの遠坂がうちにいる事実が。
「慎二のやつはまだ寝てる?」
「多分な。遠坂も寝てていいのに」
「朝ごはんは当番制にするって昨日決めたでしょ。初日は私」
「あ」
そうそう、昨日教会から帰ってきて、勝手なことするな、なんて二人に散々いびられた後、今後について話し合った。
拠点は俺の家ってことで、同盟を組んだ以上共同生活をしよう、ということになった。それから今日は遅いから細かいことは明日にしようって辺りで、遠坂は俺が和食派か洋食派かってことだけ聞いておきたいなんて言ってきた。
そんで和食が多いと言うと、あいつは当番制にすると半ば強引に提案してきたわけだ。
「あー、悪い。もう下拵えやっちまった。すっかり忘れてた」
「……あっそ。いいわ。それなら今週は全部洋食ね」
いやなんでさ。
そんな俺の抗議を聞かず、遠坂はふらふら戻って行った。
まあ、俺が悪いのかもしれないけど。なんだかなあ。
トレーニングを終え、土蔵にて魔術鍛錬に移る。
親父に、毎日欠かさずこなすように言いつけられてきたものだ。
魔術師は、世界中に飽和する魔力を、自らの内にある変換器を用い、自分自身が扱える魔術と為し放出する。
その変換器は魔術回路と呼ばれている。この鍛錬は、魔術回路を自分の体内に生成し、その上で魔術を行使するという流れで行う。
俺が扱える魔術は、“強化”。
あらゆるモノには目に見えない隙間があり、その隙間に魔力を通し補強することで、その物質の強度を高めるというものだ。
「──
呟く。
まずは魔術回路の生成を行う。
ファーストステップである以上、これは魔術を扱う上で基礎の基礎。魔術師であるならば呼吸のように当たり前に出来なければならない、のだが。俺にとっては、片手間に出来るようなものじゃない。はっきり言って綱渡りだ。
自分自身の背骨の隙間に、焼けた鉄の棒を突き刺していく。これは比喩であって比喩ではない。己の身体に異物を生み出し固定するのならば、寸分のズレが致命的な結果を引き起こすのだ。
「──よし」
鉄の棒が身体の奥に到達し、安定する。
この瞬間、魔術を扱うことの出来る肉体に変容したということ。そのまま近くにあった手頃な鉄パイプを握りしめる。
そうしたら、後は──
「ふむ。実に無意味な鍛錬だな。それを鍛錬と呼ぶのなら、だが」
「──っ!」
全身の毛が逆立つ。慌てて立ち上がり、鉄パイプを中段に構え、背後の声の主を睨み付ける。
赤いアーチャー、遠坂のサーヴァント……!