Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
「友奈、ちょっといいか」
朝の居間には、湯気の立つ番茶の香りがゆるく漂っていた。窓から差し込む陽射しはまだ柔らかく、ちゃぶ台の上に置かれた湯呑みの縁を白く照らしている。その向こうで、友奈は両手で湯呑みを包むように持ちながら顔を上げた。
「あ、はい。どうしました」
「遠坂んとこの赤いアーチャーいるだろ。あいつがお前に聞きたいことがあるって。化物のこととか、そういうの」
予想外の名前が出たからか、友奈は目を丸くして少し驚いた顔を見せた。
「はあ、分かりました。今はどちらに?」
「土蔵の近くだ。えと、そんだから、あー」
どう言葉を続けるべきか迷っていると、友奈は柔らかく笑う。
「ああ、心配しないでください。先輩が不利になるようにはしませんから。けど……そうですね。先に話しておきますね」
その言い方に、俺は無意識に背筋を固くする。 友奈の声音に、どこか深刻なものが混じっていた気がして。
「あれはバーテックスという、天の神の手下です。人間を滅ぼす為に放たれた、兵器みたいなものと考えてください」
いきなり神、ときた。
普通は冗談だと思うだろうけど、サーヴァントやら聖杯戦争やら、超常の現象が立て続けに起きている以上、さらりと流すことなんて出来ない。
何より、友奈が嘘をつく理由がないし、つくはずも無いわけで。
「天の……神……お天道様ってことか?」
「はい。私は元々あれと戦う戦士でした。でもあれはこの時代にはまだ現れなかったはずです。そこが、私にも分からなくて」
あまりにもあっさりと告げられた内容に、俺は逆に面食らう。 一昨日の夕方、橋の上で見せた友奈の沈んだ横顔。てっきり、友奈は自分の過去そのものを話したがらないのだと思っていた。
でも、違うのか。
友奈が口を閉ざしているのは、何と戦っていたかではない。 もっと別のこと。
“お前、なんで英霊になんかなったんだ”
俺はそう聞いたはず。戦ったのは経緯で、その果てに何を選び、結城友奈という少女がこの世から消え、英雄と成ったのか──
*
居間から庭に歩いていく友奈を見送り廊下へ出たところで、既に着替えて鞄を持った慎二と鉢合わせた。
「慎二、おはよう。なんだ、出掛けるのか 」
「おはよう衛宮。昨日はバタついてたから一旦家に戻ろうと思って。心配しなくてもすぐに帰ってくるさ」
軽薄そうな口調はいつも通りだが、どこか疲れた色が混じっている。 俺は居間の方へ親指を向けた。
「そうか。朝飯くらい食っていけよ」
「ああ、悪いねわざわざ。頂くとするよ」
二人で居間に入り、ちゃぶ台に配膳。頂きます、と呟き、テレビのスイッチを入れる。朝のニュース番組では、不穏な事件の報道が流れていた。
「今度は新都で事件か。聖杯戦争が関係してるんだよな」
「ああ。キャスター辺りの仕業だろうね。街の人間から魔力を掻き集めているのさ。サーヴァントは幽霊の類いだ。幽霊の栄養ってのは、人間の魂だからね」
慎二は味噌汁を啜りながら、まるで他人事のように言う。
その言葉に、一昨日、夜の新都で慎二とライダーの徘徊現場に遭遇していたことを思い出す。
そうか、あれはそういう狙いだったのか。
「慎二、お前あの時」
「怖い顔するなって。衛宮に邪魔されて未遂だよ。それに、昨日の結界で魔力には当分困らない。もうやらないから安心しなよ」
「絶対だぞ」
「はいはい」
面倒臭そうに手を振る慎二。 ちょうどその時、居間の襖が開いた。
「あ、二人ともおはよう。なに間桐くん、どっか行くの」
「……ふん、一度家に帰るだけさ」
露骨に不機嫌そうな声を残し、慎二は食器を流しへ置いて立ち去っていく。
これに肩を竦める遠坂を見て、俺は首を傾げる。
「昨日俺がいない間、何かあったのか」
「魔力が無いのに聖杯戦争なんて自殺行為だから、今のうちに辞退すればって言っただけよ。まあ昨日は助けられたからそれ以上は言わなかったけど、あのままじゃ死ぬわよ、あいつ」
呆れ半分、本気半分といった顔。
そういえば、一成が言ってたっけ。慎二が凛に告白して、盛大に振られたって。
遠坂も裏ではこんな感じだしな。玉砕した想い人にそんな扱いされちゃ、まあ無理もないというか。
「慎二は跡取りとしてのプレッシャーがあるみたいなんだ。俺だってあいつに助けられた。だから、上手くフォローしてやってくれないか」
「ああ、バーサーカー戦のあれね。ま、そうね。同盟を組むって言っちゃった以上は、もう一蓮托生よね」
遠坂はちゃぶ台の前に腰を下ろし、小さく手を合わせる。
「いただきます」
そう言って焼き魚へ箸を伸ばす。口に運ぶ前に、何か思い出したみたいに遠坂は顔を上げた。
「それで衛宮くん、差し支えなければあなたの使える魔術、聞いておきたいのだけれど」
「あ、ああ。んーそうだな」
口で説明するのもいいけど、折角だ。
立ち上がり、台所に進む。そのまま棚の奥にしまってあった、古くなって使わなくなった包丁を取り出し、遠坂の横に座った。
「刃物の方がうまくいくんだ。見せた方が早いだろ」
包丁を握り、深く息を吸う。 意識を沈め、身体の奥へ潜っていく。
「
じわり、と神経を焼くような痛み。 背骨の隙間に焼けた鉄を差し込んでいく。回路を無理やり形成する不快覚に耐え、その後は包丁に魔力を流し込み──
よしよし、上手くいった。
「包丁を強化したんだ。ほら」
遠坂へ手渡すと、彼女は刃を指先で軽く弾いた。
「……なるほどね。それはいいんだけど、その最初のやつ何なの」
こんこん、と包丁を叩きながら、呆れたような声が飛んでくる。
「最初のやつって?」
「いやだから、10分以上固まってたじゃない」
「ただ魔術回路を作ってただけだ。魔力を作らないと始まらないじゃないか」
俺が当然のように答えると、遠坂はこれみよがしに特大のため息をつく。
「そんなの見りゃ分かるっての。私が聞きたいのはね、なんでわざわざそんなまどろっこしいことをしてるのかってことよ」
「?」
遠坂の眉間に、みるみるうちに皺が寄っていく。
なんだか、天敵を前にした小動物みたいに動けなくなってきた。
「まさかとは思うけど、ずっとそのやり方で魔術を使ってきた訳じゃないでしょうね」
怒っている。 それだけは分かる。 だが、何故そこまで怒られているのかが理解できない。
「……えーっと」
「……はあ。できれば今夜にでもキャスターとやり合いたかったけど、こりゃ駄目ね。いい衛宮くん、魔術回路ってのはね、作るものじゃなくて最初から備わってるものなの。すべきことはその機能のオンとオフの切り替えだけ、分かる?」
なんだそれ。親父から教わった内容と違いすぎる。
親父は普通の魔術師じゃなかったし、その点についてもズレたやり方でやってきていたのだろうか。いずれにせよ、遠坂が言ってたことが本当なんだとしたら、俺はとんでもない遠回りを……というより、明後日の方向に進んできたことになるのでは。
“実に無意味な鍛錬だな”
アーチャーのあれはそういうことか。
くそ、分かってたなら言いやがれってんだ。
「……そうだとして、それ、どうやるんだ」
「ま、やろうとしても無理でしょうね。十年も放置してた自転車みたいなものよ、錆びまくってて動くわけないもの」
「じゃあ、どうしたら」
遠坂は顎へ手を当て、しばらく考え込む。
「そりゃ無理やり動かすしかないわよね。オイルを塗ってあげることも出来るけど……私も家に帰って道具を取ってくるかな」
「凛」
不意に、低い声が割り込んだ。
空気が揺らぎ、赤い外套の男が姿を現す。この感じだと、友奈との話し合いは終わったのか。
「なに、どうしたのアーチャー」
「その男が使い物になるまで、キャスターを放置するつもりかね」
「放置って訳じゃないけど、最低限身を守れるようにしてもらわないと、こっちの足が掬われるでしょ」
アーチャーは腕を組み、俺を見て、黙考するように目を伏せて言った。
「……ではその男、今日一日私に預ける気はないか」
思わぬ言葉に、危うくお茶を吹き出しかける。
こいつ、今なんて言った?
「おま、急に何を」
「そうよ。弓兵だってのに、あなた魔術の心得はあるの?」
「なに、似たような男を知っているものでね。他はともかく、この男に関しては力になってやれるだろう」
遠坂は訝しげに目を細める。
「ふうん。アーチャー、貴方記憶が戻ったのね?」
記憶喪失だったのか、こいつ。
けど、アーチャーは答えない。 その沈黙が答えでもあった。
「ま、衛宮くんがいいなら私は構わないわ。けど、後で色々話を聞かせてもらうからね」
そう言って遠坂が食事を終えたところで、友奈が居間へ入ってきた。遠坂は友奈を見て笑い、俺に向き直る。
「さて、私も一度家に帰るわ。他に使える宝石が無いか探しておきたいし。道中貴方のサーヴァント借りてもいい? 護衛ってことで」
「え」
突然話を振られた友奈が、その場でぴたりと固まる。
「あー、じゃあ友奈、遠坂についていってくれるか」
「いいですけど……私、途中で何するか分かりませんよ?」
俺と遠坂、それからアーチャーを交互に見ては、友奈は困ったようにたじろぐ。
「それ言ったら貴方、私と初めて会った時にいつでもどうにか出来たじゃない。いいでしょ、アーチャー」
「ああ、凛を頼む」
友奈はアーチャーをじっと見つめる。 その後、真面目な顔で小さく頷いた。
「……分かりました」
返事を聞いた遠坂は鞄を肩に掛け、すっと立ち上がり俺達を交互に見る。
「見送りはいいわ。じゃ、そっちもしっかりね」
そうして居間を出ていく二人。
玄関の引き戸の音を聞き届け、俺はアーチャーへ向き直った。
「……で、どういう風の吹き回しなんだ」
「分からんか。今のお前は凛の足枷だ。あの子にとってもな」
「それは分かってる。でも、なんでお前が出張ってくるんだ」
アーチャーは呆れるように鼻を鳴らし、俺を見下ろした。
「そんなことを気にしている場合かね。衛宮士郎は強くなるしかない。元よりそれ以外の歩み方を、お前は理解出来んだろう」
君の願いは、ようやく叶う。
突き刺さるように想起されるその声。
「──くそ」
顔を振って立ち上がり、俺はアーチャーを睨む。対するアーチャーは、平然と首を縁側へ向けた。
「道場に行くぞ。急がねば、凛が帰ってきてしまうからな」