Fate/stay night[Endless Stardust]   作:おーたまー

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5日目-逆手・騎英・秘剣

「ほう。斯様な夜更けに参拝客とは。それも随分と大所帯で来たものよ」

 

 柳洞寺の長大な石階段。その頂、夜の闇に深く沈む山門から、冷徹な声が降ってきた。

 風雅な長刀を肩に預け、涼しげにこちらを見下ろしている男。背筋が寒くなるような、圧倒的なまでの剣気がそこにはあった。立っているだけで周囲の空気が重く引き絞られていくのがわかる。

 

「……分かっちゃいたけど、友奈ちゃんはアサシンじゃないのね」

 

 遠坂が視線を鋭くしたまま、低く呟く。その言葉に、隣に立つ友奈は応じない。ただ、目の前の敵から一切の視線を外さず、いつでも跳べるようにその小柄な身体を深く沈めていた。

 

「私はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。この山門の門番として、お前達を迎え撃つのが仕事だが──」

 

 アサシンは困ったように首を竦めてみせる。だが、その目は全く笑っていない。

 

「流石に三人を一度に相手取るのは骨が折れる。お主らも、キャスター相手に少しは力を温存したいだろう。しからば、ここはひとつ、取引というのはどうか」

「取引?」

「そこの白髪の男は通し、女衆は私と踊ってもらうのだ。汗臭い斬り合いは槍兵に狂戦士と飽き飽きしているのでな」

 

 あいつ、ランサーとバーサーカーと戦って無傷で撃退したのか。アサシンクラスってのは大して強くないって遠坂も慎二も言っていたはずだが、まるで話が違うぞ、これ。

 焦る俺は遠坂に視線をやる。遠坂の表情にも余裕が消えていた。

 

「アサシンに、ライダーと友奈ちゃんふたりがかり、キャスターにはアーチャーひとり、か……」

 

 呟き、遠坂は隣のアーチャーへと視線を走らせた。

 

「アーチャー、どう思う?」

「ま、悪くない話だと思うがね。恐らく、キャスターは我々にまだ気付いていない。もし本格的な戦闘を始めれば、化物共があの門から湧いてくるかもしれん。運良くアサシンを仕留めることが出来ても、キャスターには逃げられてしまう。そうなっては本末転倒だ」

 

 言いながらアーチャーは目を細め、アサシンを値踏みするように見つめる。

 

「それに、あの立ち振る舞い。あれは剣に身を捧げた類いの終着点だ。純粋な戦い以外のものを求めてはいないだろう」

 

 アーチャーの奴、やけにアサシンを高く評価している。だが、確かにあの男から放たれる殺気は尋常じゃない。戦うためだけにそこにいる、純粋すぎて揺らぎのない気迫は、周りの全ての首を無音で斬り落としてくるような危うさがあった。

 

「衛宮くん、貴方はどう?」

 

 遠坂に話を振られ、俺は喉を鳴らしながら、無言で深く頷いた。アサシンの実力は底が知れないが、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。それに、たった一人のサーヴァントにしり込みしてちゃ、この先の戦いに勝ち抜けるわけもないんだ。

 

「その誘い、乗ったわ」

 

 遠坂の言葉と同時に、二人の影がアサシンの横をすり抜け、山門の奥へと駆け抜けていく。アサシンは本当に、約束通り二人を素通しさせた。その長刀の切っ先は、ピクリとも動かない。

 

「よいのですか。そう易々と通してしまって」

 

 階段に取り残された俺たちを背に、ライダーが氷のように冷徹な声を投げかける。

 

「善い善い。主従というのは互いに敬意無くして成立し得ぬもの。ましていち農民に過ぎん私が忠義を尊ぶことはない。それに、私の主はキャスターでは無くこの山門そのものだ。故に私は、キャスターでは無くこの山門そのものの護り手ということよ」

「山門の……? お前、マスターは柳洞寺の管理者かなんかなのか」

 

 思わず叫ぶように口を挟んでいた。寺の者がマスターだというなら、話はさらにややこしくなる。

 

「いやあ? マスターというのが令呪を持ち私に命令を下す存在というのなら、それはキャスターというのが答えになろうな。だが、この世に繋ぎ止める要石であるのはこの山門。なにせ我が身は生前、この寺に縁があったというだけで喚び出された架空の英霊に過ぎん。そう、この山門が消えれば私は依代を喪うのでな。私はここから動くことが出来んのだ」

「……ペラペラ喋りすぎじゃないか。お前」

 

 初対面の敵にそこまで手の内を明かすなんて、一体何を考えているのか。こいつ、聖杯戦争に勝つ気あるのか。

 

「なあに。互いに困ることもあるまい。私は聖杯などというつまらん茶器などどうでも良いのだ。我が望みはただ一つ。死力を尽くした戦いのみよッ──!」

 

 大気が爆ぜた。

 アサシンの言葉の終わりと同時に、ライダーの腕が揺らぎ、重い金属音を立てて鎖のついた短剣が投擲される。しかし、それはアサシンの風を切り裂くような長刀によって、紙一重で弾き飛ばされた。金属火花が闇夜を赤く染める。

 

「まて、友奈──!」

 

 俺の静止は遅すぎた。返す刀の隙を突き、今度は既に友奈が弾丸のように突貫していた。だが、アサシンの不可視の斬撃が彼女の肉体を捉える方が遥かに早い。

 

 あの異常な長さの刀。かつて佐々木小次郎が握っていたとされる『物干し竿』。拳で戦う友奈とはあまりにも間合いが違う。普通に考えて、あの長さの長刀を軽々しく扱える訳はない。懐に入り込めれば友奈が有利だが、しかし、先程ライダーに見せた一閃は、既に奴の人間離れした実力を示していた。

 

 ガキン、と硬質な、耳を聾するような衝撃音が響き、友奈の周囲に桜色の精霊バリアが展開される。宝具でもない、ただの通常攻撃のはず。しかし、その衝撃は離れている俺の髪を吹き抜けていく。防ぎはしたものの、そのあまりの速度と重さに俺の目は全く追いつけなかった。なんなんだ、あの異次元の剣技は……! 

 

「友奈!」

「だ、大丈夫です」

「……ならば」

 

 ライダーの足元に強烈な魔力の光が奔り、彼女の使い魔である調教済みの化物が姿を現した。

 ライダーはその異形に飛び乗るや否や、月光を避け、木々の隙間に身を隠す。そのまま闇夜に乗じて、全方位からの三次元的な猛攻を仕掛けていく。音速に極めて近い、瞬く間に数を重ねていく質量を伴った突撃。その戦い方は、どちらが暗殺者なのか分からないほどに流麗で無駄が無い。が、アサシンは完全にそれを防ぎきっていた。

 

「あれを乗りこなすとは、流石は騎兵と言ったところか。だが、その駄馬は些か大きすぎる。選べるのなら、より小さくて素早いものにすべきよ。喩えるならば──」

 

 アサシンが階段の段差を滑るように平地へと降り、長刀を静かに引き絞る。その瞬間、男から放たれる魔力が、世界を凝固させるほどに変質した。

 

「まさに、燕をな──!」

「──!」

 

 ライダーが驚愕に顔を歪ませ、俺は息を呑んだ。

 

 

──秘剣・燕返し──! 

 

 

 世界が一息に引き斬られる。

 アサシンの手から放たれた、円をなすように放たれた“一閃”。そう、それは確かに一刀だった。しかし、月明かりを反射した刀身は同時に三つの光の筋を描いて、空間そのものを切り裂く檻となってライダーに襲いかかった。

 

 風ひとつ吹くことなく、まるで清流のように静寂を纏うその剣技。一瞬の後に響いたのは、空間が引き裂かれる悍ましい音だけ。ライダーの乗っていた化物が、その中心を綺麗な三角形にくり抜かれたように切断され、一瞬にして霧のように消滅した。まるで舞い落ちる花弁を刻むような、圧倒的な何かだった。ライダーは着地し、静かに問う。

 

「それが、貴方の宝具」

「おうとも。秘剣・燕返し。燕を堕とすには、一息に三つほどは剣筋を用意せねばならなかった。これはその為の技に他ならん」

 

 語るアサシンの背後、山門の向こうから、突如として天地を揺るがすような爆音が響き渡った。奥で遠坂とキャスターの戦闘が始まっている。

 

「女狐めの怒りが伝わってくるわ。手土産を急いで用意せねば、なにをされるか分からんな、これは」

 

 アサシンが再び刀を構え直す。その瞳に、極彩色の戦闘への狂気が宿る。

 

「宝具を使います。宜しいですか」

 

 そう言ったのはライダーだった。彼女の全身が、かつてないほどの濃密な殺意に染まる。

 

「なら、私も。先輩、いいよね」

「──いや、けど」

 

 友奈が俺を振り返る。そのまっすぐな眼差しに、俺の胸が詰まる。あのアサシンの宝具を()()()()に躱す術はない。友奈の切り札が何かは理解している。しかし、ここで仕留められなければ、一度防いでも、その後必殺の間合いに踏み込んだ友奈は確実に殺されるだろう。

 

「心配は要りません。友奈さんは少し足止めをするだけでいい。私の宝具でとどめを刺します」

 

 静かに、しかし絶対の確信を持って告げたライダーの言葉。

 

「──」

 

 短く「頼む」とだけ応じる。悔しいが、俺の投影魔術で剣を作ったところで、あのアサシンには目眩しにすらなりはしない。そのくらい、俺にだって分かっている。

 ──くそ。結局、俺は友奈に頼るしかない三流魔術師のままだってのか。

 

「行きます、小次郎さん!!!」

 

 だが、俯くことを友奈は許さない。次の瞬間、地面の石を爆砕しながら突貫した。アサシンの腕が揺らぎ、二度目の、あの逃げ場のない『燕返し』が放たれる。

 

 だが、友奈は退かなかった。自らの精霊を事前に顕現させ、その神速の三連撃を真っ正面から強引に受け止める。

 

 激しく、狂ったように火花を散らす桜色の防壁。同時に、ゲージ三つが消失する。その防壁越しに、アサシンの顔が驚愕に歪むのが見えた。自らの絶対の秘剣が、真っ向から、純粋な『硬さ』によって止められた──その事実が、希代の剣士の目を見開かせたらしい。

 

「よもや──!」

 

 アサシンの長刀が硬直したその刹那、遮二無二踏み込んだ友奈の右拳が、アサシンの胸元へと真っ直ぐに突き出された。

 

 

天ノ逆手(勇者パンチ)──!」

 

 

 大気を引き裂く咆哮とともに放たれた、ゲージひとつ分の勇者パンチ。凄まじい衝撃波がアサシンの肉体を直撃し、彼の身体を後方へと強烈に吹き飛ばす。

 

 宙に浮き、口元から鮮血を垂らしながら、体勢を完全に崩すアサシン。鎧の類を身に付けていないアサシンにとって、その至近距離からの純粋な攻撃は致命傷になりうる。

 

 その瞬間、俺の目の前、彼の遥か前方から、すべてを灼き尽くすほどの莫大な光の奔流が解き放たれる。

 

 

「『騎英の手綱(ベルレフォーン)』──!!!」

 

 

 解き放たれたライダーの切り札。それは、超高速で疾駆する彗星そのものだった。

 

「フフ……面白い……!」

 

 アサシンは長刀を地に突き刺し、信じられないことに一瞬のうちに体勢を整えてみせた。

 まるで友奈の一撃を敢えて受け、次のライダーの宝具を迎え撃つ覚悟を、事前に決めていたようにも見える。

 

 遠坂は言っていた。ここでの戦闘は、アサシン以外のサーヴァントの性能を低下させるだけではない。サーヴァントの宝具そのものの潜在能力を、大幅に奪う効果があると。

 アサシンがランサーとバーサーカーを撃退できたのもきっとそれだ。あいつには、あの規格外のライダーの宝具でさえも、抑え込める自信がある。

 

「なに──?」

 

 だが、その光の巨弾は、刀を構えたアサシンの身体をあえて完璧に素通りした。アサシンを殺すためではない。その背後にある、彼をこの世に繋ぎ止める『要石』──柳洞寺の巨大な山門、ただそれ一点へと、全威力を集中させて放たれたのだ。

 

「──成程。いや、口が災いを喚ぶとはこのことよな」

 

 閃光。そして、世界がひっくり返るほどの、鼓膜をぶち破るような大轟音。

 爆風が猛烈な勢いで周囲の木々をなぎ倒し、砂塵が視界を覆う。

 嵐が収まった時、そこに残っていたのは、木端微塵に破壊され、跡形もなくなった山門の残骸だけだった。

 

 依代である門を失ったアサシンの身体が、足元から徐々に光の粒子となって崩れ始める。

 

「貴方は配分を間違えたのです。キャスターに押し付けるべきサーヴァントは二体でした。我々どちらかであれば、あなたの剣技に対抗する手段は持ち合わせていなかったのだから」

 

 消えゆく敵を見つめながら、ペガサスから降りたライダーが淡々と告げる。その声には、冷徹な勝利の響きがあった。

 

「そうさな。ま、これも結果は結果、受け入れるしかあるまい。願わくば、セイバーとも手合わせ願いたかったが」

 

 アサシンは悔しげに、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべながら、最期まで誇り高き侍の佇まいのまま、夜の闇へと溶けるように消滅していった。




神樹の護り手である無名の英雄である勇者と、門番である架空の英霊アサシン。和製サーヴァントということもあり、人知れずシンパシーを感じる友奈だったり。
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