Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
2日目-開幕
黒煙と朱に染まる空。
身体は動かない。動かせるのは、痙攣の止まらない目蓋だけ。
何も出来ないまま見つめるそこに、黒い太陽のような孔と、それを支えるように聳え立つ黒い影。その周囲を旋回する無数の白い蛆を、孔から吹き出す泥の塊がどこまでも追い掛けていく。
あの泥が、人間にとって善いものなのか、そうでないのかは分からない。けど、あの白い怪物を燃やし尽くしてくれるのなら、どちらでも構わなかった。
あいつらが黒い炎に包まれて消えていくところを見て、ほんの少しだけ、絶望を忘れられたから──
「……ん」
身体を起こす。
あーあ。俺は胸の内でそう呟いて、シャツを脱いでため息をつく。
背中が寝汗でびっちょり。時々見る、昔の夢だ。
しばらく見てなかったもんだから油断してた。
……と。顔を顰めながら時計を見る。
「……まっずい」
5時20分。もう桜が来るまで一刻の猶予もない。
「先輩、おはようございます。って、なんで脱いでるんですか!」
「え?」
襖が開いて、そこに制服姿の少女が一人。
寝起きで上手く働かない頭で数秒考えて、昨夜のことをようやく思い出す。
そうか。俺、聖杯戦争とかいう厄介事に巻き込まれてるんじゃないか。
「学校に行くんですよね? まだ早いですけど、準備しますか?」
「学校?」
はて。
そんなことを言ったような言ってないような。
……まてよ。
そもそも、今日は休みだ。なんだ、なら何も問題は無いじゃないか。
「悪いセイバー。昨日はああ言ったけど、今日は学校無いんだ。居間で待っててくれ、今飯の支度をするから」
「え、作れるんですか」
「作れるも何も、俺は一人暮らしだからな」
この返答に、セイバーは少しぎょっとした顔をして、口に手を当てて何やら考えている。
まあ、他所様から見たら特殊な立場であることには変わりない。セイバーみたいな中学生からしたら、奇妙に見えることもあるんだろう。
着替えて台所に立ち、味噌汁用の大根を切る。手伝おうと立ち上がるセイバーを静止して、いそいそと下拵えを進めていく。
と、ふいに電話がジリジリと。再びセイバーを止めつつ、俺は受話器を持ち上げる。
「衛宮です。どちらさま?」
「おっはよー! 藤村でーす。今日も早起き偉いぞー士郎」
ったく、朝からうるさいのが。
まてよ。藤ねえが電話をかけてくる用事ってのはひとつしかない。であれば、今回に限っては好都合だ。
「あれだろ。弁当でも作れってんだろ」
「え? 士郎、もしかしてエスパー? さっすが、士郎ったらお姉ちゃんのことは何でもお見通しってわけね〜!」
お見通しも何も、パブロフ的な反復の結果というか。
気を取り直して、俺は続ける。
「弁当は昼前には学校に持っていってやる。ただし、ひとつ頼みを聞いて欲しいんだが」
「えーなになにー? なんでも聞くよー? 他でもない士郎の頼みだもーん当然とうぜーん」
よし、言ったな。言質は取った、もう取り消せないぞ。
飯に釣られたとはいえ、軽率にもほどがあるな、藤村大河。
「詳しいことは学校で。それじゃ」
「はーい! 美味しいおべんとにしてねー!」
通話を切る。
相変わらずというかなんというか。普段なら人使いが荒いと不満のひとつも漏らすところだが、今日は例外だ。
この街のこと、セイバーに知って貰ういい機会だしな。
少しして、セイバーと朝食をつつく。
顔を見る限り、中々満足してくれているみたいだ。
「先輩、料理上手ですね!」
「そうか? そう言ってもらえると嬉しい。あ、飯食ったらこの辺りを歩き回ろうと思うんだけど、一緒に来てくれるか?」
「ああ、はい。学校に行く機会も出来たみたいですしね」
焼き鮭を口に運び、白米を流し込むセイバーを見て、ふと思う。
昨日見たサーヴァントは二人。青い槍兵と、赤い外套を纏う白髪の男。彼らとこの子はあまりにも異なっている。
なんというか、カテゴリが違うというか。生きている世界そのものが違うと一瞬で分かるあの男達に対して、逆にこの子は、俺みたいな現代人との目線が随分と近しいというか。
「あ、そういえば、考えてたんですよ」
「何を?」
「私の名前です。サーヴァントの真名、つまり本名は、本来は敵には隠し通すべき情報なんですけど、私に関しては、その必要は無いと思っていて」
セイバーは続ける。
そもそも、サーヴァントとは何なのか。
それは、神話や伝承に言い伝えられる英雄を、現代に喚び起こしたものであると。
サーヴァントはその伝説を体現する宝具を持っており、それは唯一にして必殺の切り札。その英雄を英雄たらしめる、物語の結晶のようなもの。
その性質上、真名さえ分かれば、そのサーヴァントの持つ宝具や弱点もある程度の推測は容易になる。その為、そのサーヴァントの器であるクラス名で呼ぶことがセオリーとなっている……らしい。セイバーってのも、そのクラス名とのことだ。
「ですが、私は未来から来た英霊です。なので、私の正体はもちろん、名前だって誰も知らないわけです。こうなると、かえってクラス名で呼ぶ方が、情報を敵に与えてしまうことになります」
なるほど、違和感の正体はそういうわけか。
奴らは過去の英霊であって、この子は未来の英霊。だから、雰囲気や考え方、価値観も、今を生きる俺とそう乖離することはないってわけだ。
「未来から……そんなこともあるのか。でも、なんだかそれってずるくないか?」
これを聞いて、セイバーはふふ、と笑う。
俺はちょっとだけムッとして、思わず目を細めてしまう。
「ああ、ごめんなさい。でも、そうでもないんですよ。有名な英霊であるほど情報は漏れやすいですけど、その分、性能自体は強力になりますから。英霊というのは、人々のイメージによって形作られる側面が強いですからね」
「ふうん。そういうもんか。んじゃ、早速名前を教えてもらってもいいかな」
セイバーは箸を置き、真っ直ぐにこちらを見て、元気よく言った。
「讃州中学二年、結城友奈です!」
アンケートが半々で笑うしかない笑