何書いたらええねんってなってました。
感想と評価とネタを頂けますと感謝の極み。
ポッケ村の朝にも、結構慣れてきた。
いや、正確に言うなら――慣れようとしている最中だ。
朝、まだ暗いうちに目が覚める。
暖炉の火を見る。
…消えかけてるから、ちょちょいと薪を足す。
外を見れば、白い息を吐きながらアイルーたちが走り回っていて、遠くでは煙突から細い煙が立ちのぼっている。
ここで寝て、起きて、飯代を気にして、農場で小銭を稼いで、クエストに行って帰ってくる。
そういう生活の繰り返しが、少しずつ“自分のもの”になってきていたと感じる。
「……ん」
寝台から身を起こした瞬間、背中から肩にかけて鈍い痛みが走った。
「いてて……」
昨日のドスギアノス戦の疲れが、まだ残っているらしい。
防具が守ってくれたぶん、致命傷にはならなかった。だが、その代わりに“地味に嫌な痛み”だけがきっちり残っている。
「朝から情けない声出してるわねー」
隣の寝台から、やけにしゃっきりした声が飛んできた。
見ると、アクアはもう毛布から抜け出していて、髪を適当にまとめながらこっちを見ていた。昨日より少しだけ新しい防具姿にも慣れたのか、妙に堂に入っている。
「お前、今日は早いのな」
「何よ。私だって毎回だらけてるわけじゃないのよ」
「いや、だらけてる率の方が高いだろ」
「それはそれ、これはこれよ!」
アクアは立ち上がると、軽く腕を回した。
「でも分かるわ。ちょっと体重いのよね。昨日、最後の方で変な踏ん張り方したし」
「ボス戦だったからな」
「ええ。……まあ、でも」
そこでアクアは、少しだけ得意げに笑った。
「ちゃんと倒せたし」
「…それはそうだな!」
大型モンスターのドスギアノスを倒した。
それは、俺の中でも思ったより大きかったらしい。
ティガレックスへの恐怖が、完全に消えたわけじゃない。
けれど、あの雪山の中で“ボスを倒して帰ってきた”という事実は、気休め以上の効力があった。
もっとも――
「だけど…天狗にならないように注意しような、うん」
「何よ急に」
「オレ達、今日の依頼が軽いやつだったら…絶対イキりそうじゃん?」
「私はイキらないわよ!まったく…失礼しちゃうわね!」
「じゃあ言い換える。妙に元気になるだろ?」
「……それは、ちょっとだけあるかもしれないけど!」
アクアはふんと鼻を鳴らしたが、その直後、俺の肩の動きを見て少しだけ眉を寄せた。
「……ん?ちょっと」
「何だよ」
「そこ、まだ痛むの?」
「まあ、少しな。昨日の最後、思ったより押し込まれたし」
「ちょっと見せてみなさい」
「は?」
「いいからいいから。とりあえず肩出しなさいって」
何だその、急に医者みたいな言い方は。
やらしいことする気か?
…なんてことを思うものの、言われるまま服の襟元を少しずらす。
すると、アクアは近づいてきて、俺の肩口をじっと覗き込んだ。
「うわ、結構青痣きてるじゃない」
「…見た目ほどじゃない。動かすと痛くて嫌なだけだ」
「そういうのが一番長引くのよ?」
そう言うと、アクアは俺の肩へ手をかざした。
『therapévo』
次の瞬間、柔らかな光がそこに集まる。
「え」
淡い青白い光が、じんわりと傷んだ場所へ染み込んでいく。
ほんのりと熱い。
だが…悪化しているわけじゃない。
むしろ逆だ。
張っていた痛みが、すっとほどけていく感じに近い。
「……お前」
「ほら、動かしてみなさいよ」
言われるまま、おっかなびっくりと肩を回す。
さっきまで残っていた鈍い痛みが、かなり薄くなっていた。
「……お前、マジもんだったのか!?」
「マジもんよ!!失礼しちゃうわね!!!」
アクアが即座に噛みついた。
「何だと思ってたのよ! 飾り!? 歩く騒音源!?」
「それはかなり近いっ!」
「ひっど!?」
でも、痛みが引いているのは本当だった。
俺は肩を何度か回してから、改めてアクアを見る。
「いや、ちょっと待て。ほんとに回復したぞ」
「だからそう言ってるでしょ。それくらいなら簡単に治せるわ」
「…ありがたいけど!できるならもっと早く言えよ!!」
「言うタイミングがなかったのよ! 毎回バタバタしてたじゃない!」
それはそうだ。
異世界転生即雪山。
ティガレックス遭遇。
草むしり、魚釣り、虫取り、採掘。
ギアノス五匹。
ポポの舌。
そして…ドスギアノス。
思い返せば…今まで、落ち着いて「ところでお前って何ができるの?」などと確認する余裕なんてほとんどなかった。
「……じゃあ、毎回これやってくれればいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、アクアは少しだけ目を逸らした。
「…まあ、それができたら苦労しないのよね」
「何だよ」
「まずしっかりと治すなら今みたいに落ち着く必要があるわ」
「ふむふむ」
「…そして全力でやるなら、一日二回までね」
「少なっ!?」
「少なくないわよ! むしろ十分すごいでしょ!?」
アクアは胸を張る。
「軽い擦り傷とか、ちょっとした疲れを和らげるくらいならいくらでも何とかなるわ。私の昨日の傷だって治したしね…でも、本気で“やばいのを立て直す”のは一日二回が限界。神気とか天界規定とか…そういうのが色々あるのよねえ」
「それは色々で済ますんじゃない」
「専門用語は長いから省いたのー」
なるほど。
つまり、よほどまずい傷を負っても、アクアが本気で引き戻せるのは二回まで、ということらしい。
「……ちなみに三回目の大怪我は?」
「一日気合いで耐えて」
「気合いで済まねえだろ!」
「そこはもう、根性で死なないように頑張るの!」
「雑すぎるわ!」
だが、言いたいことは分かった。
二回までは、本気で立て直せる。
けれど、無限じゃない。
だからこそ、無茶しない方がいい。
この世界の“やり直しが利く回数”というのは…はっきり言って転生特典のようなものだろう。
だが、そこに、ちゃんと限度があるというのは、妙に生々しかった。
「……でも、もう一度ちゃんと言っとく。ありがとうな」
俺がそう言うと、アクアは一瞬だけきょとんとした。
それから、いかにも満更でもなさそうに鼻を鳴らす。
「ふふん。感謝しなさい。これが女神の実力よ」
「…普段からもうちょっとそれっぽくしてくれ」
「なんですってぇ!?」
少しだけ笑い合う。
空気がさっきより軽くなった気がした。
そうして、朝のポッケ村に出る。
集会所の前では村人が雪かきをしていて、食事処からはもう湯気と匂いが流れてくる。
農場へ向かう小道には、昨日のうちに踏み固められた足跡が薄く残っていた。
「……何か、ちゃんと暮らしてる感じするわね」
隣でアクアがぽつりと言った。
「急にしみじみしてんな」
「何よ、たまにはこういうことも言うわよ。だって、最初はほんとにどうなることかと思ったもの」
「それは同感だ」
「いきなり雪山のど真ん中に放り出されるし」
「それはお前のせいだろ…」
食事処へ入ると、いつものアイルーたちが忙しそうに動いていた。
席につき、今日の飯を選ぶ。
財布の中身を一応気にしつつも、以前ほど切羽詰まってはいない。
農場での蓄えと売却があるだけで、人間の心はこうも穏やかになるものらしい。
「今日はお肉多めがいいわね」
「朝から元気だな」
「大事でしょ。昨日のボス戦で、やっぱり体力って大事だって分かったもの」
「そこは珍しく正論だな」
「珍しくって何よ!」
料理が運ばれてきて、二人で食べ始める。
温かいスープ。肉。焼いた魚。
こういう平穏な朝食風景だけ切り取れば、異世界転生生活も悪くなさそうに見える。
――まあ、数時間後には雪山で変なモンスターに追い回される可能性があるので、完全に錯覚なのだが。
「それで、今日は何の依頼になるのかしらね」
アクアがパンをちぎりながら言う。
「ドスギアノス倒したあとだから、少しはまともな評価されてもいいわよね?」
「評価っていうか、順当に次だろ」
「でも、もう“雑魚五匹”みたいなのはやめてほしいわ。この村、五匹って数字好きすぎるもの」
「…それは俺も思ってる」
「でしょ?でしょでしょ??」
俺はそこで一瞬、嫌な予感を覚えた。
少し装備が整って、昨日の勝利で気分も上向いて、村での日常にも慣れてきて、朝飯も美味くて、ついつい軽口が増えてくる。
その直後に、ゲームでも物語でも大体ろくでもないことが起きる。
「……」
「何よ、急に黙って」
「いや、何でもない」
「??……あっ!なんか知ってるわね!?その“何でもない”は絶対何でもあるやつでしょ!」
「気にするな」
「気になるわよ!」
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
今日の依頼が、思った以上に厄介で、ドスギアノスとは別の意味で、だいぶ面倒なやつだということを。
◇
寒い村中を歩く。
村長はいつもの場所でお茶を飲んでいた。
「おや、二人とも早いね」
「今日はこいつもちゃんと起きたんで」
「何よ、私を寝坊常習犯みたいに言わないで」
「違うのかい?」
「寒い日とか…たまにしかしないわよ!」
「つまり大体寝坊してるってことでアンサー?」
村長はそんなやり取りを見て、少しだけ楽しそうに目を細めた。
「昨日はよくやったね。ドスギアノス相手に二人でちゃんと勝って帰ってきた。新米としては上出来だよ」
「ありがとうございます」
「でしょでしょ? 私たちももう、かなりハンターっぽくなってきたと思うのよね!」
「その台詞は依頼内容聞いてからにしろ」
「何よー、少しくらい自信持たせなさいよ」
村長は湯呑みを置き、今日の依頼内容が書かれた紙をこちらへ向けた。
そこに書かれた文字を見て、俺は思わず片眉を上げる。
突進突進!また突進‼︎
何となく嫌な単語が並んでいる。
「なに…その…なに??」
アクアが横から覗き込み、そのクエスト名に声を上げた。
「“突進”ってもう嫌な予感しかしないんですけど!3回も言ってるんですけど!」
「そこは冴えてるな……」
全くもって、なんでこんなクエスト名にしたんだ?
ファンゴ、か…。
ソイツについては知っている。
図鑑にも載っていた。
大型というほどではないが、完全な小型でもない。
でかい猪。
そして何より…画面外からの突進が面倒くさかった。
その攻撃方法から…おそらく頭がまあまあ硬いハズだ。
そして動きは単純だが、それなりの速度で突っ込んでくる。
村長がのんびりと言う。
「内容はファンゴ五頭の討伐だよ」
「また五頭!?」
アクアが即座に机へ身を乗り出した。
「だから何なのよこの村の五頭信仰は!? 三とか四じゃ駄目なの!?何なら二でもよくない!?」
「二だと物足りないだろう?」
「少なめがいいのよこっちは!」
「まったくだ」
思わず同意してしまう。
村長はまるで意に介さず、湯呑みを傾ける。
「ファンゴは大きめの猪だ。気性が荒くて、こっちを見るとすぐ突っ込んでくる。だが動き自体は単純。慣れれば対処は難しくない」
「……“慣れれば”な」
「知ってるのかい、カズマ」
「まあ、多少はですね」
俺は依頼が書かれた紙を見たまま、小さく息を吐いた。
確かに村長の言う通り、単純な相手だとは思う。
だからこそ、避け損ねると面倒だ。
そして――突進してくる大型寄りの何か、という時点で、どうしても昨日までの記憶が刺激される。
アクアが横から、俺の顔を覗き込んできた。
「…結構嫌なやつ?」
「嫌なやつではある」
「どのくらい?」
「ティガレックスよりかはマシな」
「…なら平気じゃない?」
「比較対象をあいつにするな。感覚が壊れる」
「…それもそうね」
思い出したのか、
うげぇ…とでも言いたげな表情。
そう、問題は別のところにある。
実のところファンゴの突進は、ティガレックスほど速くも重くもない。
でも、**“こちらへ向かって真正面から暴力が来る”**という一点だけで、オレ達の嫌な記憶を勝手に引っ張り起こしてくるのだ。
昨日までよりマシになったとはいえ、モンスターの突進は…まだ完全に克服したわけじゃない。
「相手は雪山の低い方にも出る。群れでいることもあるし、狭い場所で遭うと少し厄介だね」
「厄介って言い方で済ましていい相手かしら、それ?」
「…ちなみに、ソイツらはこっちから手を出さなくても突っ込んで…」
「…来るの?」
「来るぞ」
「うっわ、すっごくイヤなんですけど…」
アクアが更にに顔をしかめる。
「何なのよもう。トカゲの次は猿、その次は猪って、雪山ってもっとこう、綺麗な景色を楽しめる場所じゃないの?」
「上の方に行ったら綺麗な景色があるハズなんだけど…そろそろ勇気を出して行ってみるか?」
「やっぱ聞かなかったことにしてちょうだい」
解せぬ。
◇
いつものようにネコ飯を食い、装備を整え、村を出る。
……のだが。
今日は、昨日までと少しだけ違っていた。
別に、足が震えているとか…そういうわけじゃない。
息が上がっているわけでもない。
けれど、体のどこかがずっと「まだ油断するな」と言い続けている感じだった。
…つまるところ突進されるのがイヤだった。
それでも、雪山へ向かう道は、昨日までと何も変わらない。
白い息。
踏みしめる雪の音。
頬を刺す冷たい風。遠くに見える、
もはや見慣れつつある白い斜面。
「……カズマ?」
「何だ」
「もしかして、ちょっとビビってる?」
いきなり図星を突かれて、思わず眉をしかめた。
「ちょっとどころじゃない。結構イヤだ」
「そこは素直に認めるのね」
「嫌なもんは嫌だからな。突進系はな」
「思い出すから?」
「……まあ、そう」
俺がそう言うと、アクアは少しだけ黙った。
てっきり、
「うわー、まだ引きずってるのー?」
とか、
「器ちっさくない?」
とか、そういう感じで雑に煽ってくるかと思ったのだが、珍しくそれをしない。
隣を歩く足音だけが、しばらく雪の上に続いた。
「でも、ティガじゃないんでしょ?」
「違うな、比べもんにならない」
「だったら、昨日のボスよりは?」
「それよりも弱い」
「じゃあ、大丈夫よ」
「雑な励ましだな、おい」
「雑で悪かったわね」
アクアはふんと鼻を鳴らす。
だが、そのまま言葉を切らず、少しだけ声を柔らかくした。
「でも本当に、あんた昨日よりはちゃんとしてるもの。防具も強くなったし、武器も前よりマシ。私だって前よりはちゃんと動ける。それに…突っ込んでくるなら避ければいいのよ」
「言うは易しってやつじゃないか、それ」
「そうね。でも、あんたなら避けられるでしょ?」
妙に素直な言い方だった。
ただ、当たり前みたいにそう言う。
だから逆に、少しだけ効いた。
「……お前、女神っぽいな」
「そうでしょ?たまにはそれっぽくしないと忘れられるもの」
「忘れはしないけど…やっぱり普段が普段だからな」
「なんですって!」
少しだけ笑う。
呼吸がほんの少し楽になった。
人間、こういうことがあると、無駄に張っていた力が抜けるらしい。
雪山へ入ると、風は相も変わらず鋭かった。
だが、防具が少し良くなったぶん、前ほど“寒さだけに意識を持っていかれる”感じはない。
「……やっぱ違うな」
「何が?」
「防具。昨日までより体が楽だ」
「でしょ? 私もそう思ったもの」
「…だから、無駄に突っ込まなくていいからな?」
「それは別問題よ!」
「別じゃねえよ!」
そんな軽口を叩きながら、俺たちはファンゴの気配を探した。
雪の積もった地面に、何本か太い足跡が見える。
ギアノスやブランゴとは違う、まっすぐで重そうな跡。
余計な迷いのない、鈍くて、それでいて妙に圧のある足跡だ。
「……あるな」
「ほんとに猪っぽいわね」
「たぶんな」
しばらく進んだ先、少し開けた場所で、それはすぐ見つかった。
白い息を吐く、灰色がかった巨体。
丸太みたいな胴。
短く太い足。
そして何より、頭から生えた鋭い牙。
「うわ……」
アクアが小さく声を漏らす。
「思ったより、ちゃんと猪ね…」
「だろ」
「そして思ったより、ちゃんと嫌な見た目してる」
その感想は正しい。
愛嬌のある動物的な何かではない。
野生の猪をそのまま凶悪寄りにした感じの、実に“轢くために存在してそうな形”をしていた。
しかも、一頭だけじゃない。
少し離れた場所にも二頭、さらに奥にも何か動く気配がある。
「……五頭って、あれ全部?」
「かもな」
「…やっぱり多いわ!!」
その時だった。
こちらに気づいた一頭が、ぶしゅっ、と鼻息を鳴らした。
顔が上がる。
小さな目がこっちを見る。
その目は、初っ端から驚くほど迷いなく「敵だ」と言っていた。
「……おいおいおい」
「何よ」
「来るぞ!」
「え?」
次の瞬間、ファンゴは何の前触れもなく地面を蹴った。
一直線。
迷いなし。
そのまま、こっちへ。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
思った以上に速い。
ただ重そうに見えるだけじゃない。
真正面から、塊みたいな勢いで突っ込んでくる。
その光景を見た瞬間、背筋がびりっと粟立った。
――突進。
頭の中に、あの橙色の巨体が一瞬よぎる。
ティガレックス。
雪を砕きながら、こっちへ一直線に迫ってきた、あの悪夢の動き。
「っ……!」
足が、一瞬だけ固まった。
分かってる。
違う相手だ。
ティガほど速くも、重くも、理不尽でもない。
分かってる。
分かってるのに、体が一瞬だけ過去の恐怖に引っ張られる。
「カズマ!?」
アクアの声で、我に返る。
「避けろ!!」
叫ぶのと同時、俺は横へ跳んだ。
アクアも間一髪で避けている。
…目も鼻の先をファンゴの突進が、すぐ脇を抜けていく。
風圧は強く感じ、雪が巻き上がる。
鼻先が掠めた気さえした。
「な、何あれ速っ!?」
「言っただろ、突っ込んでくるって!」
「聞いてたけど、思ってたよりちゃんとした突進してきたわよ!?」
「ちゃんとした突進ってなんなんだよ!」
ファンゴは少し先で勢いを止め、雪を蹴り上げながら向きを変える。
その単純さが、逆にまずい。
考えなしに、また来る。
ほらみろ…考えなしだからこそ、
全くためらいもなく、また来るんだ。
「……おいおい」
俺は、思わず片手剣の柄を握り直した。
新しい防具。
少し強くなった武器。
さっきまでの日常の穏やかさ。
そんなものを一発で吹き飛ばすみたいに、その猪はもう一度こちらへ鼻を向けていた。
「もう一回くるわよね、あれ!?」
「ああ、くるな!」
「やっぱりめっちゃ嫌なやつじゃないの!もうっ!!」
そしてファンゴは、迷いなく再び地面を蹴った。
◇
「また来る! また来るわよこいつ!」
「見りゃ分かる! 横だ、横へ避けろ!」
「言われなくても避けるわよっ!」
アクアが悲鳴混じりに飛び退く。
俺も横へ転がるようにかわした。
ファンゴはさっきまで俺たちがいた場所を、雪ごとえぐるみたいな勢いで突っ切っていく。
「……っ、さっきより速くねぇか、おい!!?」
「しかも全然止まらないんだけど!? 何なのよあの猪、雪山でスピード出しすぎでしょ!」
「雪山の猪だからだよ!」
「便利な言葉ね、それ!」
ファンゴは少し先でずざざっと雪を削って止まり、短く鼻を鳴らした。
そしてまたこっちを向く。
分かりやすい。
分かりやすいが、厄介だ。
「カズマ、これどうするの!?」
「正面から受けるようとするな! あれは無理があり過ぎる!」
「じゃあ!?」
「…突っ込んできたあとなんとかしよう!」
「その“突っ込んできたあと”が怖いのよ!」
言ってる間にも、二頭目が横の雪林の方から飛び出してきた。
「うわっ、増えたわよ!!」
一頭は正面。
もう一頭は横。
さながら猪のクロスファイア。
しかも雪山の開けた場所で
控えめに言って最低な条件だ。
俺は片手剣を構え直しながら、周囲を見る。
岩。段差。細い通路。雪で滑る斜面。
「…よし!段差で崩す!」
「そんなので上手くいく!?」
「でもやるしかねえだろ!」
正面のファンゴが走りだす。
俺はすぐには避けず、少しだけ引きつけた。
顔もひきつる。
怖い。
正直かなり怖い。
真正面から塊が来る光景は、どうしてもティガレックスの記憶を刺激する。
でも、ここでまた固まったら、今度こそただ轢かれるだけだ。
「……っ、今だ!」
ぎりぎりで体を横へずらす。
ファンゴはそのまま進み、俺のすぐ後ろにあった段差でバランスを崩し、岩へ鼻先からぶつかった。
どすっ、と鈍い音。
「おおっ!」
「ほんとに当たった!」
「今のうちだ!」
俺は振り向きざまに後脚へ片手剣を叩き込む。
幸いコイツの肉はそこまで硬くない。
通る。
手応えはしっかりとある。
そこへアクアも太刀を振り下ろした。
「とどめよ…!えいっ!!」
口ではそう言いつつ、ちょっと硬い頭寄りを狙って危うく弾かれかけている。
危ねえな、こいつ。
「一頭目!!!」
「や、やった――へぶぅっ!?」
「どした!」
「いたたた…後ろよ! 後ろからまた来たのよ!」
振り返ると、もう一頭のファンゴがこっちへ突進を始めていた。
「お前、何でいちいちいいタイミングで呼ぶんだよ……余韻に浸らせてくれよ!」
「それは向こうに言いなさいよ!」
俺たちは再び慌てて散る。
ここで、気付いてきた。
もちろん、当たれば痛いだろう。
でも、本当に腹が立つのはそこじゃない。
無駄にぶっ飛ばされること。
こっちが「よし今だ」と思った瞬間、ファンゴ共が勢いで全部なかったことにしてくる。
痛いというより、うざい。実にうざい。
「こいつら、痛いっていうか……ぶっ飛ばされるのが腹立つんだよな」
「たしかに…今当たったわけだけどそこまで致命傷じゃなかったわね」
ムカっと来たのかアクアは大きく息を吸い込んでから、太刀を振り上げた。
「そーれ、こっち来なさいこの猪共ぉぉぉっ!」
雪山に響く、大きすぎる声。
「……どっちが猪なんだか」
「何よそれっ!いいから手を貸しなさい!」
だが効果は抜群だった。
二頭目が明らかにアクアの方へ向き直り、突進しようとしている。
そして…。
「…げっ!増えたわよ?!!」
新たに二匹が加わり、計三匹から狙われることとなる。
「…よし、そのまま狙われ続けてくれ!」
「命令が酷いッ!」
「でも聞け!オレが横から足を奪う!トドメは任せた」
「う〜〜!任されたわよ!もうっ!!」
アクアが半泣きで走り出し、それを一匹ファンゴが追う。
その隙に、俺は横から回り込んで脚へ一撃。
「今だ、止まれっ!」
勢いを鈍らせたところへ、アクアの太刀が横薙ぎに入る。
綺麗ではない。だが、十分だった。
二頭目は雪を蹴って踏ん張ろうとしたが、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
「二頭目!」
「…まだ三頭も残ってるの最悪なんだけど!?」
「そこは同感だ!」
――その後は、正直ほとんど意地だった。
三頭目は、岩場を挟んで無理やり分断。
四頭目は、俺が盾で受けて痺れているところをアクアが悲鳴つきで横から斬り払い、どうにか片づけた。
やっと見つけた五頭目の前では、俺もアクアも肩で息をしていて、雪の上に立っているだけで膝が重かった。
「……あと、一頭」
俺が息を整えながら言うと、アクアが太刀を杖代わりにして答える。
「ねえ、五頭ってやっぱり多くない?」
「今さらかよ」
「今だから言うのよ!」
最後の一頭は、少し離れた場所でこちらを睨んでいた。
こっちも疲れている。向こうも警戒している。なら、焦らない方がいい。
「次で終わらせる」
「お願いだから終わって」
「でも雑に前へ出るなよ」
「分かってるわよ!」
その最後の一頭が、鼻を鳴らして駆け出した。
俺はもう、最初みたいに足が止まらなかった。
怖い。
でも、動ける。
「アクア、そこの穴!」
「ええ!」
左右へ散る。
ファンゴの脚が穴に落ちる。
その隙に俺が脚の根本を斬る。
アクアが横腹へ太刀を入れる。
「これで――!」
「終わりよ!」
最後の一撃が決まると、ファンゴは雪の上へどさりと崩れ落ちた。
しばらく、俺たちはその場で肩を上下させながら立ち尽くした。
「……終わった」
「ほんとに?」
「五頭だ。もう十分だろ」
「やっ、たぁ…疲れたわよぉぉぉ…」
アクアがその場にへたり込み、雪の上へ大の字になった。
俺も片手剣を納めて、大きく息を吐く。
苦労はした。
正直、五頭全部を気持ちよく捌いたとは言いがたい。
だが、勝ちは勝ちだ。
「……なあ」
「何よ」
「最初よりは、お前もちゃんと避けられてたな」
「……まあ、ちょっとはね」
アクアが少しだけ得意げに鼻を鳴らす。
「そこは調子戻るの早いな」
「戻るわよ。ちゃんと倒せたし、痛いのも一回だけで我慢できたし」
「……そういえば」
「何よ」
「お前、自分にはヒール使わないのか?」
俺がそう聞くと、アクアは雪の上に寝転んだまま、片目だけ開けた。
「使ってもいいけど…こういうのは温存が大事じゃない?」
アクアは大げさに指を一本立てた。
「いい? 本気の回復は一日二回まで。これは神聖なる女神ルールなのよ」
「ルールっていうか…どちらかと言えばお前の燃費の話じゃないのか?」
「シャラップ!同じようなものでしょ!」
「違う気がするんだが」
「それに、今はへろへろなだけで死にかけてるわけじゃないもの。ここで一回使って、そのあとで本当にまずい相手が出たらどうするのよ」
「……それは嫌だな」
「でしょ?」
そう言って、アクアはがばっと起き上がった。
「つまり、今日はこのまま元気な内に帰るのが最適解なのよ!」
「お前も頭良さそうなこと言うんだな」
「失礼ね。私はいつだって賢い女神よ」
「普段の言動が追いついてないんだよなあ」
俺たちは依頼分の確認を済ませ、そろそろ戻るかと周囲を見回した。
そこで、俺は足を止めた。
「……ん?」
「どうしたの?」
雪の少し柔らかい場所に、深い跡が残っていた。
ファンゴの足跡だ。
それ自体はおかしくない。
おかしくない、はずなのに。
「……でかいな」
「え?」
アクアが起き上がって隣へ来る。
「ほんとだ。これ、さっきの猪のより大きくない?」
「大きい」
見間違いじゃない。
俺たちが倒したファンゴたちの足跡より、一回り、いや、もっと大きい。
踏み込みも深い。重さが違う。
そして何より、その跡は一つや二つじゃなく、少し先の林の方へと続いていた。
「……何これ」
「たぶん」
「たぶん?」
俺は少しだけ嫌な顔になっていたと思う。
「ろくでもないやつの気配だ」
「やめなさいよその言い方!」
アクアの声が少し裏返る。
「え、何? 何なの? まだ何かいるの?」
「……分からん。でも、あんまり嬉しい予感はしない」
知識の奥で、嫌なものがじわっと引っかかった。
まだ名前までは出てこない。
でも、この足跡はさっきまでの連中とは明らかに違う。
アクアは足跡と俺の顔を見比べてから、露骨に肩を落とした。
「うわぁ……」
「まだ決まったわけじゃないけどな」
「でも絶対そういうやつじゃない! あんたの“まだ決まったわけじゃない”は大体当たるのよ!」
「それは否定できない」
少し先、林の奥から風が抜ける。
何かがいる気配までは分からない。
でも、その足跡だけで十分だった。
この先には、もっと厄介なものがいる。
「……帰るか」
「賛成。大賛成よ。今すぐ帰りましょう」
俺たちは、その大きな足跡を一度だけ振り返ってから、ポッケ村への帰路についた。
今日の依頼は終わった。
ファンゴ五頭は倒した。
でも、雪の上には次の厄介事が、分かりやすく跡を残していた。
まーぼちぼち考えて参りますよーー!