この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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やあ (´・ω・`)
ネタを考えるのに必死だったんだ。
じゃあ、注文(ネタ)を聞こうか。


第五話・中盤『この素晴らしい雪原に潜むものは?』

 

 

俺たち三人は、雪の上に刻まれた巨大な足跡をひたすら追っていた。

 

先頭を行くのは変わらずダクネスさん。

その少し後ろに俺。

さらに後ろからアクアが、寒いだの静かすぎて逆に怖いだの、さっきから落ち着きなく文句をこぼしながらついてくる。

 

コイツの文句が聞こえるうちは、まだ大丈夫だ。

 

問題は、その文句すら止まる時だと、ここ最近で嫌というほど学んだ。

 

「……止まってくれ」

 

前を歩いていたダクネスさんが、不意に片手を上げた。

 

俺とアクアも足を止める。

 

「何かあったの?」

 

「…これを見てくれ」

 

「……うげぇ」

 

ダクネスさんが指した先には、雪を深く抉るような跡が残っていた。

最初に見つけた足跡だけでも十分大きかったが、奥へ進むにつれて、周囲の様子そのものが変わってきている。

 

細い木が一本、途中からへし折られていた。

雪面には、何か巨大なものが踏み込んだような窪みがいくつもある。

岩壁には擦れたような白い痕と、氷を削ったような跡まで残っていた。

 

「……大きなドスファンゴでは、説明がつかないですよね?」

 

「ああ」

 

 ダクネスさんが低く答える。

 

「え、そこまで?もっと大きなドスファンゴとか…」

 

 アクアが思わず声をひそめる。

 

「いや、流石にそれはないだろう。例えば…ファンゴやドスファンゴなら、ここまで高い位置に傷はつかない。体高も、重さも違う」

 

 そう言って、ダクネスさんは岩壁の擦れた跡へ手を当てた。

 

「見ろ。雪だけじゃなく、その下の氷の表面まで削れている。しかも一度や二度じゃない。かなり大きな体が、ここら一帯を何度も通った跡だ」

 

「うわぁ……」

 

 アクアが露骨に肩をすくめる。

 

「そういうの、やめてほしいんですけど…」

 

「私も言っていて楽しいわけではないぞ?ただ事実をな」

 

「真顔で真実をポンポン並べられると余計怖いのよ!」

 

 俺も跡を見回す。

 確かに、ダクネスさんの言う通りだった。

 

ゲームで知ってる雪山には、確かにいろんな大型モンスターがいた。

 

だが、所詮それは…あくまで“ゲームで知っている雪山”だ。

 今俺たちが歩いているのは、その雪山によく似た、でも明らかに別の現実だ。

 

 しかも…今回の相手は、俺の知識のどこにも、うまくはまってこない。

 

ドスファンゴではない。

ティガレックスとも違う。

 

 記憶をフル回転させる。

 だが候補は出てこない。

 でかい。とにかくでかい。

 そんなヒントがあるのに、だ。

 

そして、この痕跡の荒っぽさには、ただ大きいだけではない“独特な圧”があった。

 

「……カズマ?」

 

「…ん?」

 

 横から、アクアが顔を覗き込んでくる。

 

「さっきからやけに黙ってるけど、また変な予感でもしてる?」

 

「変な、って何だよ」

 

「だってあんた、その顔してる時、大体ろくでもないこと思い出しかけてるじゃない」

 

「否定できねぇ……」

 

 実際、ここしばらく嫌な感じはしていた。

 

 だが、今回に限っては“思い出しかけている”というより、“知らない何かに近づいてる”感覚の方が正しい。

 それが余計に嫌だった。

 

「…その、俺の持ってるゲームの知識と違うんだよ」

 

「何が?」

 

「全部だよ。雪山にティガレックスがいて、意味深な巨大足跡が増えて、ドスファンゴじゃ済まない何かが近くにいる……。こういうの、知ってるはずなのに、肝心なところだけ知らない感じが一番気持ち悪い」

 

 アクアは俺の顔をしばらく見てから、少しだけ真面目な声で言った。

 

「…大丈夫よ」

 

「何が」

 

「分かんないなら、分かんないなりに三人で逃げればいいじゃない」

 

「その励まし、後ろ向きな発言なのに、何でちょっと安心するんだろうな……」

 

「女神様の言葉だからでしょ?」

 

「自分で言うな」

 

「うぎゃっ!?」

 

 デコピンを喰らわせる。

 少しだけ息が抜ける。

 

 こういう時、アクアは不思議だ。

 気の利いたことを言うわけじゃない。

 むしろ雑だし、たまに腹立つし、真面目な場面でも平気で変なことを言う。

 

 でも、それで完全に空気が沈みきらない。

 

 この雪山みたいな場所では、それが……ありがたかった。

 

     ◇

 

さらに奥へ進む。

 

吹雪いてくる風が変わった。

冷たさそのものは同じなのに、肌に当たる感じが違う。

まるで切り刻まれる感じだ。

雪の音も、さくさくではなく、ぎゅっ、ぎゅっ、と重い。

おそらく、雪そのものが、硬い。

 

しばらくして、ダクネスさんがまた立ち止まった。

 

「……ポポだな」

 

前方の窪地に、ポポの群れがいた。

 

白い息を吐きながら、毛むくじゃらの巨体がいくつも身を寄せ合っている。

数は多い。十頭近いかもしれない。

 

だが、様子が妙だった。

 

「何か……変じゃない?」

 

アクアが小声で言う。

 

「…そうだな、確かに変だ」

 

 俺も同意する。

 

ポポは本来もっと鈍く、のんびりしている印象がある。

だが今見えている群れは、妙に落ち着きがない。

鼻を鳴らし、足を踏み鳴らし、周囲を気にしている。

受ける印象は、逃げ出したいのに逃げない、そんな感じがあった。

 

 しかも、群れの形もおかしい。

 

 普通なら草を食みながら緩く広がるはずが、今は円を作るみたいに固まっている。

 何かを中心にして、外から見えないよう庇っているような――。

 

この間、アイテム屋の安売りに負けて買ってしまった双眼鏡を使う。

 

「……何だ、あれ」

 

 俺は更に目を細める。

 

 庇っているポポたちの隙間から、一瞬だけ白いものが見えた。

 

 毛並みは似ている。

 だが、体つきが違う。

 ポポより丸く、鼻先が長く、耳も妙に大きい。

 

「やっぱり何か変なのいるわよね?」

 

「いるな」

 

 アクアがごくりと唾を飲む。

 

その時、群れの一頭が少しだけ位置を変えた。

隠れていた白い影が、今度ははっきり見えた。

 

 小さい。

 だがポポではない。

 “ポポっぽい何か”としか言えない形状で…。

 脚は短く太く、体はまだ丸みを帯びている。

 だが鼻は明らかに、他の個体のものよりも長い。

 耳は大きく、そして頭のあたりには、将来巨大になることを予感させる、まだ小さな突起があった。

 

「ポポも大概象っぽいけど、それとは違うわねぇ……」

 

 アクアが珍しくまともな観察をしている。

 

 ダクネスさんは、じっとその小さな白い影を見つめていた。

 そして、10秒ほど経っただろうか。

 何かに思い至ったようで、その端麗な横顔が、少しずつ険しくなっていく。

 

「まさか…アイツは…!」

 

「えっと…何か分かったの?」

 

「…しっかりとした確証は無い。…だが、似ているんだ。昔、一度だけ撃退したことがある相手に」

 

「撃退、ですか?」

 

「ああ。『討伐』じゃない。もっとも…それでも、人数と準備が必要な相手だったが」

 

 ダクネスさんの声は落ち着いていた。

 慌てふためくような様子は無く、その声色に安心出来る。

 …だが、その落ち着きの奥に、はっきりした警戒が混ざっている。

 

「…そんなにヤバいの?」

 

「ヤバい、では片づけられないな」

 

「………」

 

 アクアがものすっっごく嫌そうな顔をした。

 

「本当にヤバいやつじゃないですか…」

 

 ダクネスさんはすぐには答えなかった。

 ただ、ポポの群れの中心にいるその幼い別種を見たまま、ぽつりと呟く。

 

「……成程、そういうことか」

 

「何がそういうことなの?」

 

「アイツは子供…なんだ」

 

「はい?」

 

「おそらく、あれは以前撃退したモンスターと同種の幼体だ。それ故に、共生関係であるポポの群れに紛れて守られている」

 

俺とアクアは、同時にもう一度その白い小さな影を見る。

 

 子供。

 あれが、あの巨大な足跡の主の子供?

 

そう思った瞬間、点と点が少しだけ繋がった気がした。

 

 ポポの群れ。

 大きな足跡。

 異常なほど神経質な気配。

 

「……待て、待て待て待て」

 

 俺は喉の奥がひやりとするのを感じた。

 

「…子供がいるなら、親もいるってことであってます?」

 

「あのサイズの幼体なんだ、九分九厘…近くにいるだろう」

 

ダクネスさんがそう言った、次の瞬間だった。

 

 ずしん、と。

 

 遠くで地面が鳴った。

 

 いや、地面だけじゃない。

 空気ごと揺れた。

 

ポポの群れが一斉に顔を上げる。

中心にいた白い幼体が、音に驚いたのか、短く鼻を鳴らして身を縮めた。

 

「来るぞ!!」

 

ダクネスさんが低く叫ぶ。

 

「距離を取ろう!下がれ!!」

 

思わず俺も叫ぶ。

 

その声と同時に、雪原の奥の壁みたいな白さが、ゆっくり動いた。

 

 俺は……最初は、景色の一部だと思っていた。

 

 雪に覆われた岩か、崖か、そういう類いのものだと。

 だがそれは一歩踏み出し、もう一歩踏み出し、やがてはっきりと“生き物の形”になる。

 

 巨大だった。

 

 でかい、なんて言葉が馬鹿らしくなるくらい大きい。

 白い毛に覆われた巨体。

 長い鼻。

 雪を巻き上げながら動く太い脚。

 そして頭部の左右から生えた、湾曲する巨大な牙。

 

「……は?」

 

 アクアの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

「何あれ」

 

 俺も同じ気分だった。

 

 知らない知らない。

 少なくとも、俺のゲーム知識にはいない。

 

そんな俺たちの前で、その巨大な獣は低く鼻を鳴らした。

声というより、地鳴りみたいな重さだった。

 

「……間違いない」

 

 ダクネスさんが言う。

 

「巨獣、ガムートだ」

 

「「ガムート?」」

 

「牙獣種の大型モンスターだ。普段は雪山でも人目につかない奥地にいるはずだが…何かしらの理由でここまで来ているのだろう」

 

俺の中の警報が全力で鳴り始める。

 

「おいおいおい……村の近くにいていい相手じゃなくないか?」

 

「私もそう思うわ」

 

 アクアが青ざめる。

 

 だが、目の前の母ガムートは、すぐに突っ込んではこなかった。

 

 こちらを見ている。

 見ているが、殺意一色…ではない。

 

 鼻を高く上げ、耳を広げ、地面を踏み鳴らす。

 威嚇だ。

 しかも、自分とポポの群れ、その中心にいる子供との間へ、俺たちを絶対に入れさせない位置取りをしている。

 

「……何か、変じゃないか?」

 

 俺はぽつりと呟く。

 

「変…というと?」

 

「子供の近くに俺達が来ちまって、怒ってるのは怒ってるんだけど……違う」

 

アイツが真正面から狩る気なら、もっと分かりやすく来る。

 ティガレックスはそうだった。

 ファンゴもそうだ。

 あいつらの突進は、“潰す気”が真っ直ぐ見える。

 

 でも目の前のガムートは、違う。

 

 もちろん近づけば危ない。

 踏まれたら終わる。

 鼻で薙がれても終わる。

 だが、それより先に「近づくな」と全身で言っている感じがした。

 

「こいつ……」

 

 俺の口から、少しずつ理解が形になっていく。

 

「俺たちを狩ろうとしてるんじゃなくて、近づくもの全部を追い払おうとしてるのか……?」

 

 その言葉に、ダクネスさんが目を細めた。

 

「…確かに、私もそう見える。神経が立っている。縄張りの主張というよりも……守りの威嚇だな」

 

「それは…子供がいるから?」

 

「そうだろう」

 

 アクアが、小さく息を呑む。

 

「じゃあ、私たち、ものすごく悪いタイミングで来ちゃったってこと?」

 

「そうなるな」

 

「うわー……」

 

 アクアが顔を覆う。

 

「私たち悪いことしてないのに、悪いことしたみたいな気分になるやつじゃない……」

 

 その時だった。

 

 母ガムートが、大きく鼻を振り上げた。

 

「来る!」

 

 ダクネスさんが叫ぶ。

 

 次の瞬間、巨大な鼻が雪面を薙いだ。

 

「うおっ!?」

 

「きゃああっ!?」

 

 雪が爆発したような感じだった。

 

 真っ白な塊が、波みたいに押し寄せてくる。

 それらを叩きつけてきたのだ。

 

 俺たちは慌てて身を伏せる。

 身体中に当たる雪が痛い。

 冷たい。息が詰まる。

 

「な、何よあれ!?飛び道具じゃないの!!」

 

「雪で追い払おうとしてるんだよ!」

 

「体勢を整えろッ!!」

 

叫ぶアクアに、俺とダクネスさんが構えながら叫ぶ。

 

「カズマ……落ち着くんだ。ガムートが我々を踏み潰す気なら、とっくにもう一歩踏み込んでいる…だが今は違う。分かるな?あれは……狙った攻撃ではなく、距離を取らせようとしているだけだ」

 

 ダクネスさんの言葉に、俺は喉を鳴らしながら頷いた。

 

 言われてみれば、確かにそうだ。

 

 母ガムートは、こっちをまとめて踏み潰せるだけの図体をしている。

 その気になれば、鼻で薙ぎ払うなり、デカい前脚を叩きつけるなり、もっと直接的にやれるはずだ。

 

 なのにこいつは、わざわざ雪を巻き上げて近づくなと……言うなれば、オレたちに警告している。

 

「……確かに、殺る気ならもう終わってるのか」

 

「でも怖いものは怖いわ!?当たったらタダじゃすまないわよっ!!?」

 

「…確かにそれはそうだな!」

 

 叫び返した、その直後だった。

 

 母ガムートが、今度は大きく鼻を振りかぶった。

 

「また来るぞ!」

 

 雪面ごと抉るように振るわれた鼻先から、雪の塊が弾丸みたいな勢いで飛んでくる。

 さっきの警告とは比べものにならない速さだった。

 

「っ、やば――」

 

「下がれ!」

 

オレたちの前に出たのは、ダクネスさんだった。

長く大きな盾を掲げ、真正面からその雪塊へ踏み込む。

次の瞬間――

 

 ガンッ!!!

 

「はあッ!!」

 

鈍く、重い衝撃音が雪原に響いた。

 

拳大どころじゃない、岩みたいに固まった雪塊が、ダクネスさんの盾にすごい速度でぶつかる。

 

…俺なら腕ごと持っていかれてもおかしくない一撃だったぞ、おい。

 

だが、ダクネスさんは膝を深く沈めて踏ん張り、盾の角度をわずかにずらすことで、その直撃を横へ弾いた。

 

弾かれた雪塊が、すぐ横の岩へ叩きつけられる。

 

 どごォッ!!

 

 砕け散った雪と氷が、岩壁を砕きながら、白い破片となって吹き上がった…。

 

「「……うそぉ!?」」

 

 俺とアクアの声が、重なった。

 

「雪玉っていうか、もうほとんど岩だったじゃないの!」

 

「それを真正面から受けて立ってるの、どういう理屈なんですかダクネスさん!?」

 

「…いや、盾の役割とは本来そういうものだろう?」

 

「説得力はあるけど、納得が追いつかないんですけど!?」

 

ダクネスさんは盾を下ろしながら、ガムートを警戒する。

そして、ほんの少しだけ困ったように眉を寄せる。

 

「……その、一撃を防いだだけで、そんなに大げさに感心されると、むず痒いのだが?」

 

「…私も今日から敬語使おうかしら?『ダクネスさん、素敵ですわねー』って」

 

「や、やめてくれ!!せっかく呼び捨ててくれてる仲になれたんだ!本当にやめてくれ!!!」

 

 一瞬だけ、張り詰めていた空気が緩む。

 

 だが、それもほんのわずかな間だった。

 

 ダクネスさんの視線が再び正面へ戻る。

 その横顔から、冗談めいた色がすっと消えた。

 

「……やはりそうだ。敵意は確かにある。だが、私たちを狩るためじゃない。あれは間違いなく防衛の威嚇だ」

 

その視線の先で、母ガムートがじっとこちらを見ていた。

何度だって追い払う、そんな意志がハッキリと分かる。

 

大きな耳を広げ、鼻を低く構え。

その目には怒りがある。

…だが、それ以上に張り詰めた焦りがあるようにも見えた。

 

 子を守るために、近づくもの全てを敵として見ている目だ。

 

 そして、そこで一つの可能性が頭の中で繋がった。

 

 子供。

 ポポの群れ。

 外敵。

 母ガムートの苛立ち。

 

 …幸か不幸か。

 オレは、もう一つ思い至ってしまった。

 

「……もしかして」

 

「何か気が付いたのか?」

 

 ダクネスさんが短く問う。

 

「…最近、ここいらでティガレックスに…よく会うじゃないですか」

 

「――そんな、まさか」

 

「え?なに?ティガレックスがどうしたの??」

 

アクアはよく分かってなさそうだった。

 

 その瞬間だった。

 

 雪山の奥の方から、何かが砕けるような重い音が響いた。

 

 どん、と。

 雪の底から腹へ突き上げてくるような振動。

 

 次いで、空気そのものを引き裂く咆哮。

 

 喉の奥が、一瞬で凍った。

 

「……っ!」

 

 俺もアクアも、反射でそちらを見た。

 

 嫌でも忘れられない。

 あの暴力の前触れ。

 何もかもを蹴散らしながら迫ってくる、最悪の予告音。

 

 ティガレックスだ。

 

「ま、まさか……!」

 

 アクアの声が裏返る。

 

 母ガムートも即座に反応した。

 さっきまで俺たちへ向けていた威嚇とは明らかに違う、比べ物にならないほど、低く重い唸りを喉の奥から漏らす。

 

 子ガムートを背に庇うように、巨体を半歩だけずらす。

 雪を踏みしめる四本の脚に、ぐっと力がこもる。

 

 その姿は、巨大な壁そのものだった。

 

 そして。

 

 白い吹雪の向こうで、橙色の影が跳ねた。

 

 次の瞬間、雪煙をぶち破って、ティガレックスが飛び込んできた。

 

 速い。

 速すぎる。

 

 雪を砕き、岩を蹴り、斜面の傾きすらものともせず、一直線に駆け抜けてくる。

 その巨体は、ただ走っているだけなのに、雪山一帯を揺らす災害みたいだった。

 

「うおっ…やっぱりかぁッ!!」

 

「カズマ! 下がれっ!」

 

 ダクネスさんが、俺たちを庇うようにさらに前へ出る。

 だが、俺は目を離せなかった。

 

 母ガムートは、逃げない。

 

 白い巨体が、その場に深く根を張るように踏み込み、ティガレックスを真正面から睨み返す。

 

 その一瞬だけで、空気が変わった。

 

 俺たちに向けられていた警戒とは別物だ。

 あれはもう、母親の顔だった。

 

 奪わせない。

 ここを通さない。

 そう全身で言っている。

 

 ティガレックスが、さらに加速する。

 口を開き、あの岩みたいな顎を剥き出しにして跳んだ。

 

 母ガムートが身を翻すより早い。

 

 橙色の巨体が宙を裂き、巨大な顎が白い毛に覆われた前脚の付け根へ食らいついた。

 

 ガァァァァァッ!!

 

 母ガムートの咆哮が、雪山そのものを揺らした。

 

 空気が震え、雪が舞い上がる。

 ポポの群れが一斉に散り、子ガムートが甲高い声で鳴いた。

 

「うわっ……!」

 

 俺は思わず一歩下がる。

 だが、その場から目が離せない。

 

 子を守る母。

 獲物と縄張りを求める暴竜。

 その二頭が、白い雪原の真ん中で真正面から激突している。

 

 母ガムートが鼻を振り上げる。

 ティガレックスは噛みついたまま前脚へ爪を立てる。

 雪が、岩が、空気が、全部まとめて弾け飛ぶ。

 

 まるで、雪山そのものが牙を剥いたみたいだった。

 

 そして俺たちは、白と橙の巨体がぶつかり合う轟音の中で、ただただ…その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 




はぁい!そこの貴方!
ここまで読んでくれてありがとう!

もしよかったら感想や評価していってくれると嬉しい!
やる気に繋がるからね!ドリンコ大事だね、うん!
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