この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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な、難産でした…!
感想と評価とお気に入り、誤字報告全部全部ありがとうございます!

頑張っていきます。


第五話・後半『この素晴らしき親子に助け舟を!』

 

 

 

 ティガレックスの顎が、再度、母ガムートの前脚へ深々と食い込んだ。

 

 響いたのは、耳を塞ぎたくなるような咆哮だ。

 轟竜のものとはまた違う。

 もっと重くて、離れて聞いてるオレの腹の底まで揺れる…怒りの声だった。

 

「っ……!」

 

「カズマ、早く下がれ!」

 

 思わず耳を塞ぐ。

 そんなオレを庇うように、

 ダクネスさんが即座に前へ出る。

 

長いランスを低く構え、ティガレックスやガムートが何かを飛ばしてきても防ぐつもりで、雪面へ立ったのだ。

 

 その直後、母ガムートが鼻を振り上げた。

 ぶおん、と空気が唸る。

 

 ティガレックスの巨体が、まるで放られた荷物みたいに横へ吹き飛んだ。

 

「はぁ!? ティガレックスも投げ飛ばせるの!?」

 

「でかいんだから力もでかいのか…?」

 

「…理屈では分かるけど納得したくないわね!!」

 

ぶっ飛ばされたティガレックスが雪面を抉り、雪煙が爆ぜる。

岩も砕ける。

ポポたちが恐慌状態になって右往左往と散ろうとしている。

 その群れの中心にいた子ガムートが、ひときわ甲高い鳴き声を上げた。

 

 母ガムートはそちらをひと目向いたあと、トドメを刺してやると言わんばかりに、再びティガレックスへ身を向ける。

 だが、当のティガレックスはもう立ち直っていた。

 

やっぱりあいつはおかしい。

 普通なら今の一撃で多少は怯むだろうに、むしろ目の色が赤く変わってきている。

 獲物を諦めるどころか、余計に執念深くなったみたいだった。

 

「……まずいな」

 

「まずい要素が多過ぎて…どれのことか分からないんだけど…?」

 

「…そうだな、一番まずいのは、ティガレックスの狙いが母親じゃない点だ」

 

 ダクネスさんがそう言うと、俺もアクアも、ほぼ同時に子ガムートの方を見た。

 

 ティガレックスは雪を蹴り、低く姿勢を落としている。

 それを塞ぐように、母ガムートが立ち塞がっている。

 

 …ティガレックスのあの目は、さっきまでの“邪魔な大物”を見る目じゃない。

 もっと露骨に、獰猛に…母ガムートの奥に居る“狙える獲物”を見ている目だ。

 

「子供の方か……!」

 

 俺が呟いた。

 

「カズマ、アクア! 絶対にあれを通すな!……でないと本気でマズいことになる」

 

「ああ!」

 

 そうだ。

 子ガムートに万が一でもあったら…母ガムートは怒り狂うだろう。

 ……村に近い、此処でだ。

 

 でも、さ。

 

「…それ言うの簡単だけど、相手ティガレックスなんですけど?」

 

アクアがげんなりした顔で言う。

 

「分かってる!…だから、なんとか工夫するんだ!」

 

 言いながら、俺の喉は乾き始めていた。

 

 やべーくらいに怖い。

 そりゃ怖いに決まっている。

 

 何しろ相手は、俺がこの世界へ来て最初に「これは無理だ」と叩き込まれた化け物。

……そして、傍らにはその化け物を投げ飛ばすモンスターだ。

今回のは、ただの逃走戦じゃない。

 

 母ガムートに子ガムートだけでもややこしいのに、未だ離れることのないポポの群れ…ティガレックスからすれば、極上の獲物なんだろうが…俺たち三人、下手に動けば、全員まとめて酷いことになる。

 

とりあえず、ややこしい要素から排除していかないと!

 

ならば、どうする…!

 

っ!!

 

「カズマ!」

 

オレが思い至ったと同時に、アクアが叫ぶ。

 

「方向性、決まったようねッ!?」

 

「……子供とポポの群れをあっちへ誘導しよう!んで、母親にティガレックスを追っ払ってもらう!これで行こう!!」

 

「そんな簡単にいくの、ソレっ!?」

 

「いかなくても、やるしかないだろ!!」

 

 その時だった。

 

 ティガレックスが跳んだ。

 

 狙いは引き続き、子ガムートたち。

母ガムートが阻止するように鼻を振るう。

…だが間に合わない。

さっき前脚を噛まれたせいで、一瞬だけ踏み込みが遅れたからだ。

 

「やべぇっ、ダクネスさん!なんとかなりませんかッ!!?」

 

このまま子ガムートが襲われたら、怒り狂う母ガムートが誕生してしまう!

ならば…一か八かに賭けて、閃光玉を使うのが最適解だろう!

 

「任されたッ!」

 

だが、言うやいなや、ダクネスさんが真正面から走り出した。

 

「ちょッ!!!?マジですか!!?」

 

 いや、走るというよりも突っ込んだ、が正しい。

 巨大なランスと盾を構え、雪を削りながら一直線に。

 

ティガレックスの突進と、ダクネスさんの踏み込みが交差し…

 

 ガギィンッ!!

 

激しくぶつかった。

 

 耳をつんざく金属音と衝撃が雪原に炸裂した。

 

「ぐっ……!」

 

 ダクネスさんの体が大きく後ろへ押される。

 だが、止めた。

 

 完全に止め切ったわけじゃない。

 それでも、子ガムートへ一直線だったティガの進路を、わずかにずらした。

 

 その数歩が、命取りを防いだ。

 

「ダクネスさん!?」

 

「平気だ! まだ立てる!」

 

「…どっちがモンスターか、もう分かんないわね」

 

アクアの意見に同意する。

 

だが息を整えたティガレックスが、地面へ爪を食い込ませ、強引に体勢も立て直す。

そして今度は、押し返された勢いのまま横へ薙ぐように前脚を振るった。

 

 ガギィンッ!!

 

「ぐっ――!」

 

 ダクネスさんは盾を返して、正面で受けた。

 だが、ポポやガムートといった比較的重い連中が、ここら辺を闊歩していたからだろうか…雪深い足場がそこで仇になった。

 

 踏みしめた片足が、ぐしゃりと深く沈む。

 

「あ……!」

 

 ほんの一瞬の隙。

 たったそれだけだが、ティガレックスの爪が盾を弾き、ダクネスさんの体が雪の上へ大きく崩れる。

 

「ダクネスさんッ!!」

 

 まずい。

 

 転ばされた。

 

 この化け物相手に、その隙はまずい。

 

 案の定、ティガレックスは逃さなかった。

 前脚を叩きつけた反動のまま、低く身を沈める。

 

 追い打ちだ。

 

 あのまま噛みつかれたら、終わりだ…!

 

 考える前に、体が動いていた。

 

「ぬおおおぉぉっ!!」

 

 俺は片手剣を捨てる勢いで駆け込み、小盾を前へ突き出した。

 

正直、オレの足じゃあ、間に合うかなんて知らない。

知らないが、ここで動かなきゃ、あとで絶対後悔する。

 

 ティガレックスの顎が、眼前に迫る。

 俺の視界が橙色で埋まる。

 

 妙にスローモーションに見える。

 

「カズマ!?」

 

 ダクネスさんの声が聞こえた。

 

 その直後――

 

 ガッ!!

 

「っ、ぐぁッ!!」

 

 盾で噛みつきをまともに受けた。

 

 小盾越しでも分かる。

 重いなんてもんじゃない。

 

 腕の骨が嫌な悲鳴を上げ、肩までまとめて持っていかれそうになった。

 

 だが、ほんの一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけでも、噛みつきの勢いは、硬い盾を噛んだことで止まった。

 

「身体を預けてくれっ!!!」

 

 その隙に、ダクネスさんがオレを抱え転がるように後ろへ離脱する。

 勢いがあったからか、俺は吹き飛ばされながら雪の上を転がった。

 

「いっ、っっったぁぁぁ……!」

 

 息が詰まる。

 肋骨は無事か?なにとぞ無事であってくれ。

 …ダメだ、たぶんちょっと危ない。

 上から下まで全部が“痛い”と点呼している。

 

 だというのに…ティガレックスは、もう一度こちらへ顔を向ける。

 どうやらガムートやポポよりもこっちを優先しているようだ。

 

 …アクア、しっかり頼むぞ。

 

 ……やばい。

 更に、痛くなってきてしまった…。

 …次は避けられないかも。

 

「カズマ、痛くても息を吸え!」

 

 ダクネスさんの声と同時に、何かが俺のすぐ横へ叩きつけられた。

 

 ぱんっ!

 

 白い煙が、一気に広がる。

 

 …なんだっけ、これ。

 

『なんか力みなぎるんですけどー!?』

 

 アクアの声が離れたところから飛んできた。

 

 そうか。

 ダクネスさんが懐から投げたのは、回復薬グレートでも応急薬でもない。

 そういや…前に村長から教わったことがある。

 狩場では、大範囲に回復効果を及ぼす、生命の粉塵というものを使うことがある、と。

 

 甘い薬草みたいな匂いが、白い煙と一緒に肺へ入ってくる。

 傷そのものが即座に消えるわけじゃない。

 だが、痺れた腕と潰れかけた呼吸が、少しずつ持ち直してきた。

 

「動けるか!?」

 

「なんとか……!」

 

 俺が歯を食いしばって起き上がると、ダクネスさんも盾を構え直していた。

 さっき転ばされたとは思えないくらい、目が死んでいない。

 

 ティガレックスはこの煙を嫌ったのか、低く唸りながら数歩下がる。

 そのわずかな間に、ダクネスさんが痛みに耐える俺の前へ立ってくれた。

 

「改めて、すまない……助かったぞ」

 

「いや、今のは反射で…そもそも、オレが頼んだからダクネスさんが危なかった訳で…」

 

「それでもだ。ああやって対峙したのは私の判断。あの一瞬がなければ、私は立て直せなかった」

 

 そう言う声は、驚くほど素直で真っ直ぐなものだった。

 もっとも、それをストレートにぶつけられたせいで、こっちが変に気恥ずかしくなる。

 

「……別に、そんな大したこと」

 

「別に、じゃないだろう」

 

遮られるように言葉を重ねられた。

 

ティガレックスとの距離は、先ほどよりも空いている。

 

だからか、俺の状態の確認も含めてなのか、ダクネスさんがちらりとこちらを振り返り、見る。

 

目が合う。

 

その目は、さっきまでの戦闘中の鋭さとは…また違っていた。

 

「君は、ちゃんと私を庇ってくれた…それが嬉しかったのだ」

 

 その一言に、心臓が妙な跳ね方をした。

 

 いややめてくれ。

 そんな真正面から礼を言われると、照れる。

 こっちはただ必死だっただけなのに、急に格好いいことした人みたいになるだろ。

 

 少しだけ呼吸を整えたダクネスさんが、改めて俺の名を呼ぶ。

 

「だから、その……よければ私のことも呼び捨てにしてくれないか?」

 

「……はい?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。

 

「私は君を、もう十分信用出来る仲間だと思っている。それこそ、背中を預けても良いと思えるほどに。…なのに、私に対して“さん”付けのままだと、どうにも距離を置かれているみたいでな」

 

 そこでほんの少しだけ、困ったように眉を下げる。

 

「もちろん、無理にとは言わない。だが……その方が、私は嬉しいし、なにより…やる気が出る」

 

この状況で何を言い出すんだ、この人は。

 

いや、言いたいことは分かる!

俺とアクアの言い合いをチラチラ見てて、疎外感感じておられるかなーって薄々思ってたもん。

でも…分かるけど、今言うんですか?!

 

こっちを見たダクネス…さん、とチラリと目が合う。

その視界の奥で、ティガレックスが再び低く唸り声を上げる。

そろそろ煙が晴れる。

俺たちを狙うにせよ、はたまたガムートの方を向くにせよ、そろそろ次が…来る。

 

……わかった、分かったよダクネスさん。

やる気が出るって言うなら…!

 

「…だ、ダクネス!」

 

あ、やっぱり、ちょっと照れてしまった。

おかげで、噛んでしまったじゃないか…!!

 

ダクネス…さんは盾を構えたまま、寒さのせいではなく身悶えするオレを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「ああ!」

 

 そこへ、少し離れたところからアクアの叫びが飛んでくる。

 

『ちょっとぉ! いい感じの空気作ってる場合じゃないんですけど!? こっちはポポ誘導しながら全然動いてくんない子供まで見てるのよ!? 手を貸しなさいよぉー!!』

 

「分かってる!もうちょい待って!」

 

 俺が叫び返すと、ダクネスは一度だけ小さく頷いた。

 

「……無事切り抜けられたのなら、改めて頼む」

 

 その言い方が、妙に真面目で。

 妙に嬉しそうで。

 だから余計に、変な汗が出た。

 

「お、おう……!」

 

 まったく、こんな雪山の修羅場で何やってるんだ俺たちは。

 

 だが、おかげで頭は妙に冴えた。

 痛い。怖い。相手は最悪。

 それでも、さっきより足は動く。

 

煙は晴れきった。

ティガレックスが再び吠え、今度は母ガムートを狙おうとしていた。

母ガムートはそれを迎え撃つかのように、鼻を振り上げている。

 

つまり…白と橙の巨体が、膠着し、もう一度ぶつかり合おうとしていた。

 

だが、俺にとって、この睨み合いは猶予となる。

 

 ――落ち着け、落ち着くんだ。

 優先する順番を、間違えるな。

 

今、この場で一番でかいのは母ガムートだ。

そして子供がいる。

あの図体で、あの距離で、必死であの子を守ろうとしている相手を、今さら俺たちがどうこうできるわけがない。

 

なら優先するべきは、母ガムートじゃないだろう。

 

…ティガレックスだ。

 

あいつがいる限り、ガムートの子供は狙われ続ける。

母ガムートも、俺たちよりティガレックスを脅威と見ている。

実際、アクアが子供のそばにいても、母ガムートの殺気は主にティガレックスへ向いている。

誰が子供に害をなそうとしているのか、分かるのだろう。

 

薄氷の上を歩くような論理は積み重なった。

 

…なら、やることは一つだ。

 

どうにかして、“ティガレックス対ガムートの構図”をはっきりさせる。

その間に、子ガムートをポポの群れごと離す。

そして、ガムートと共にティガレックスをどうにかする。

 

なら、今俺たちに出来ることは?

 

再びアクアの方に目を向ける。

“こっちに来なさい!早くー!”なんて叫んでるがさっきから全然動いていない。

 

…いや、待て。

動いていない、のか?

 

さっきのティガレックスと母ガムートの叫び合いを見たじゃないか。

あの集団は、間違いなくティガレックスに怯えてる。

…だが一向に逃げようとしない?

…いずれにせよ…確かめなければ分からない、か。

 

〜〜〜

 

「すまんアクア! 待たせたっ!」

 

「待たされたわッ! んで、この子たち…なんだけど…なんか全然動いてくれないのよね。どーしましょ?」

 

「ふむ…こうも密集されると、人の手で動かすのは難しそうだが」

 

「そうなのよねぇ…」

 

アクアの言葉を尻目に、離れた巨大モンスター二体を見る。

引き続き、母ガムートはアクアや俺たちより、明らかにティガレックスを強い脅威として見ている。

あれはきっと、近づくもの全部を敵として警戒しているが、子供を直接脅かす相手が誰であるのか、分かっているのだろう。

 

と、なればだ。

 

「……アクア!」

 

「何よ」

 

「女神的なパワーでなんとかして、ポポだけ動かしてくれ!」

 

「はあぁ!?何言ってんのよ!?やったことないわよ!!?」

 

「そこをなんとか! シュワシュワ好きなだけ奢るから! この作戦はアクアにかかってるんだ!」

 

「…できなくても知らないわよっ! もうッ!!!」

 

 アクアは半泣きみたいな顔をしながらも、すぐにポポの群れの横へ回り込んだ。

 

 こういう時、文句は言う。

 めちゃくちゃ言う。

 だが、なんだかんだ動くのがアクアだった。

 

「はい、そこの毛むくじゃらたち! こっち! こっちよ! こっちを見なさい! そして動きなさい! そこ、詰まってる! もっと右詰めて! あんたは左! そう、整列! せ・い・れ・つ!」

 

 雪山に、やたら通る声が響く。

 

 ポポたちがびくりと耳を揺らした。

 最初は戸惑うように足踏みしていたが、やがてアクアの声に押されるみたいに、少しずつ群れの形が崩れていく。

 

「ハァ…ハァ……ちゃんと退けたわよ!」

 

ずらりと整列したポポ軍団を背に、アクアが振り返って言った。

 

「……す、すごいな」

 

ダクネスは唖然とした顔で思わず呟いた。

 

「…ハンターの前は何をしていたんだ?」

 

「企業秘密ね!」

 

アクアが偉そうに胸を張る。

 

「というか、カズマ!ちゃんと動かしたわよ!そんで、次!次はどうするの!?」

 

「……分かった」

 

 ポポの群れが少し開いたことで、中心にいた子ガムートの姿がはっきり見えた。

 

 小さいと言っても、ポポよりは一回り大きい。

 だが、母ガムートやティガレックスと比べれば、まだ幼い獣でしかない。

 

 丸みのある体。

 短く太い脚。

 長い鼻。

 怯えたような目。

 

そして、その前脚に赤い筋が走っていた。

 

「……これが、動けなかった理由か」

 

「カズマ? どうしたんだ?」

 

「見てくれ。この子ガムート、怪我してる」

 

ダクネスが視線を落とし、息を呑んだ。

 

「だから逃げられなかったのか……。母親の気が立っているのも、これが理由か」

 

「おそらく……」

 

 子供が怪我をしている。

 逃げられない。

 だからポポの群れが庇っている。

 だから母ガムートは、ここから動けない。

 

よし…しっかりと理由が繋がったぞ。

なら、やることは一つだ。

 

 俺はアクアを見る。

 

「アクア…もう一個頼みたい。お前、アレ出来るか?」

 

「アレって何よ?」

 

「治すやつだよ」

 

「……できるけど、ソレ…この子に、よね??」

 

 アクアは子ガムートの傷を見て、珍しくすぐに真面目な顔になった。

 

「多分、結構時間かかるわよ? あの子、体が大きいし、普通の擦り傷と同じようにはいかないわ」

 

「頼む。動けるようになったら、さっきのポポみたいに高台の方へ避難させてくれ」

 

「…まさか、アンタ達は?」

 

「時間を稼ぐさ。母ガムートと一緒にな」

 

 俺はダクネスへ目を向ける。

 

「いけるよな? ダクネス」

 

まだ少しだけ、呼び捨てが舌に引っかかる。

だが、さっきよりは言えた。

 

ダクネスは一瞬だけ目を丸くして、それから強く頷いた。

 

「う、うむ……。ところで、アレとは?この傷を治す術があるというのか?」

 

「…そうね」

 

アクアは子ガムートへ向かいながら、少しだけ得意げに笑った。

 

「企業秘密その二よ。帰れたら教えたげるわ」

 

「その二とは?」

 

「ポポの整列がその一ね!…ねえカズマ?」

 

「どした?作戦に不安か?」

 

「いいえ?…あとで百回くらいシュワシュワ奢りなさいよ?」

 

「…分かった。だから今は頼む」

 

「任されてあげるわ!」

 

その時、ティガレックスの咆哮が雪原を裂いた。

 

振り返ると、白と橙の巨体が、真正面から動き出していた。

 

ティガレックスがガムートへ突っ込む。

 

小細工も、回り込みもない。

ただただ、自分の力で相手を打ち砕くとでも言うような、真っ直ぐな突進だった。

 

 雪を蹴る。

 岩を砕く。

 肩から、顎から、爪から、全身を武器にして迫る。

 

対する母ガムートは全く逃げない。

 

先ほど噛まれて、傷ついた前脚を踏みしめ、巨体を低く沈める。

長い鼻を振り上げ、巨大な牙を前へ向ける。

雪をまとった白い壁が、橙色の暴竜を真正面から受け止める構えだった。

 

 そして――ぶつかった。

 

 轟音。

 

 雪山そのものが、本日何度目か分からないほどに、大きく揺れた気がした。

 

 ティガレックスの顎が、ガムートの牙とぶつかる。

 ガムートの鼻が、ティガの肩を横から叩く。

 押し返されたティガレックスが雪を削り、だがすぐに踏み直して、また正面から押し込む。

 

 力と力。

 質量と質量。

 巨大な命同士が、雪原の真ん中で真正面から何度も何度もぶつかり合っていた。

 

「……っ、何だよこれ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 これはもう、今までオレがやってきた狩りじゃない。

 喧嘩でもない。

災害と災害がぶつかっているような光景だった。

 

「カズマ!」

 

 ダクネスの声で我に返る。

 

「行くぞ。前脚をケガしている分、ガムートの方が不利だろう。…私たちは、ティガレックスの動きを少しでも鈍らせる」

 

「ああ!」

 

 俺とダクネスは走った。

 

ティガレックスとガムートの正面衝突に割って入るなんて無謀にもほどがある。

 だから真正面には立たない。

俺たちは、ティガレックスが踏み込む瞬間、雪を蹴る瞬間、その直前に邪魔を入れる。

 

「こっちだ!」

 

俺はティガレックスの横へ回り、片手剣で脚元の雪を削った。

刃が甲殻に届かなくてもいい。

 

 …そう、オレの狙いは傷じゃない。

 その、足場だ!

 

 ダクネスは盾を構え、ティガレックスがこちらへ体を振った瞬間だけ前へ出る。

 

「通さん!」

 

 盾とティガレックスの肩がぶつかる。

 ダクネスの足が雪に沈む。

 

 …だけど、ティガレックスはそれ以上に雪に足を取られて…一瞬だけ動きが完全に止まった。

 

 その一瞬で、母ガムートが鼻を、下から上に振り抜いた。

 

 その凄まじいアッパーカットが、轟音と共に、ティガレックスの巨体を押し返す。

 

「効いてる!」

 

「いいぞ、このまま邪魔をし続けよう!」

 

母ガムートも、こちらの意図を完全に理解しているわけではないだろう。

 

だが、少なくとも俺たちが子供を狙っていないことは分かってきている…そのように思えた。

 

 俺たちがティガレックスの動きを鈍らせる。

 その隙を、母ガムートが逃さない。

 

そんな連携ができていた。

 

 言葉は通じない。

 作戦会議もしていない。

 それでも、今だけは同じ方向を向いていた。

 

 そんな俺たちを見て、

ティガレックスが怒り狂ったように吠える。

真正面から母ガムートへ再び突っ込む。

 

母ガムートもまた、鼻を高く掲げ、全身で雪を巻き上げた。

投げつけようとしているのだろう。

 

 その時。

 

『回復出来たわよー!』

 

『ぱぉん!』

 

遠くから、アクアと子ガムートの元気な声が重なって聞こえた。

 

高台を見上げると、アクアが大きく手を振っている。

その横で、子ガムートが短い鼻をぶんぶん振っていた。

 

 動けている。

 立てている。

 ちゃんと、高台まで避難できている。

 

「よし……!」

 

アクアと子ガムートの妙に平和な様子に、俺は思わず笑った。

 

不敵な笑みを浮かべたダクネスと目が合う。

互いに頷く。

 

 これで母ガムートは、子供を庇うために無理な位置取りをする必要がない。

 

 攻めに転じられる。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 

 

 

 目に闘志を燃やした母ガムートが、今日一番の咆哮を上げた。

 

 ガァァァァァァァァァッ!!

 

 同時に、猛吹雪のような冷気が雪原を襲う。

 

「うわっ!?ダクネス!ダクネスさん!!」

 

「無事だッ!それより目を閉じるんじゃないぞ、カズマ!」

 

「無茶だっ!!!!」

 

 急激に冷えた。

 どうにか目を開ける。

 

 映る景色は、白い。

 何もかもが白い。

 

 その中心に、母ガムートが立っていた。

 

 全身に雪をまとっている。

 …いや、まとっているなんてもんじゃない。

 

 白い毛並みの上に厚い雪の層が幾つも張りつき、巨大な装甲みたいに膨れ上がっている。

 

 雪で覆われた巨獣。

 

 ただでさえ巨大だった体が、さらに一回り大きく…大きな山の一嶺にも見えた。

 

「……あれ、反則だろ」

 

 少なくとも、俺の知っているモンスターハンターに…こんなことをしてくる奴はいなかったぞ、オイ。

 

 ガムートの目線の先……ティガレックスも雪に覆われていた。

 

 だが、轟竜は轟竜だった。

 

積もった雪の合間、わずかに覗く顔を上げ、喉の奥から大咆哮を放つ。

 

「ッ!!?」

 

「私の後ろへ!」

 

ダクネスが盾で音圧を軽減してくれた。

直接聴いていたら、オレの鼓膜はサヨナラしていただろう。

 

その証拠に…ティガレックスはその音圧だけで、身にまとわりついた雪を吹き飛ばしていた。

 

橙色の甲殻が再び露わになる。

全身の血管が、はち切れそうなくらい浮き出ている。

息は荒い。

だが、目はまだ死んでいない。

 

雪の装甲を得たガムート。

身体中の血管を浮き上がらせ、怒りに燃えるティガレックス。

 

 二頭が、真正面から睨み合う。

 

…次にぶつかれば、どちらかがただでは済まない。

 

 そんな空気だった。

 

 だが、ティガレックスは突進してこなかった。

 

 代わりに、ちらりとこちらを見る。

 

 俺。

 ダクネス。

 高台のアクア。

 子ガムート。

 ポポの群れ。

 そして、雪をまとった母ガムート。

 

 人数が増えた。

 子供はもう動ける。

 母親は自由に動ける。

 邪魔をする小さい連中もいる。

 

 ここで続けても、割に合わない。

 おそらくだが…そんなふうに判断したように見えた。

 

「……退いてくれ」

 

 思わず、呟く。

 

ティガレックスは、もう一度だけ母ガムートを睨んだ。

 次に俺たちを睨んだ。

 特に、俺の方を一瞬だけ強く見る。

 

「……何で俺を睨むんだよ」

 

 喉が乾く。

 

 まるで、顔を覚えたぞ、と言われたような気がした。

 

 そしてティガレックスは、低く唸ると、雪煙を蹴散らして身を翻した。

 

 逃げた、というより、退いた。

 

 負けを認めたわけではない。

 だが、この場でこれ以上やる必要はないと判断した。

 

 そういう去り方だった。

 

 橙色の巨体が、吹雪の向こうへ消えていく。

 

 残された雪原には、しばらく誰の声もなかった。

 

 母ガムートが、大きく息を吐く。

 雪の装甲が、ぱらぱらと崩れて落ち始めていた。

 

 そして、ゆっくりと高台の子ガムートを見る。

 

 子ガムートが、元気に鼻を振る。

 

 その瞬間、母ガムートの目から、張り詰めていたものが少しだけ抜けたように見えた。

 

 俺は、ようやく片手剣を下ろした。

 

 生きてる。

 全員、生きてる。

 

 それだけで、もう十分だった。

 

     ◇

 

「……終わった?」

 

 アクアが、恐る恐る口を開く。

 

「たぶん……な」

 

 俺も即答はできなかった。

 

ティガレックスが本当にいなくなったか?

すぐ戻ってこないのか?

そういう不安はまだある。

 

けれど、少なくともこの場の殺気はさっきまでよりずっと薄い。

 

 ダクネスが、ランスを支えにしながら大きく息を吐いた。

 

「……何とかなった、か」

 

「ダクネス、大丈夫か!?」

 

「平気ではないが、立てる…概ね五体満足だ」

 

「…概ねじゃダメじゃないのッ?!」

 

 アクアが駆け寄る。

鎧の継ぎ目からうっすら赤いものが見えて、俺の胃がひやりとした。

 

「治すわね!」

 

「頼む!」

 

アクアが両手をかざす。

 

『……therapévo!』

 

 青白い光がダクネスを包む。

 痛みで強張っていたダクネスの肩から、少しだけ力が抜けた。

 

「助かる…これが、企業秘密その二か?」

 

「そうよ! もっとも、詳しいことはまだ内緒だけどね!」

 

「そうか…ならば、そのうち聞けるのを楽しみにしていよう」

 

 ダクネスのケガが治る。

 そして、声に余裕が戻ってきている。

 それだけで十分だ。

 十分すぎるほどの成功だ。

 

 

 その時。

 

 

 どすん、と重い音がして、全員が一斉に振り返る。

 

 母ガムートだった。

 

 子ガムートを後ろに下がらせながら、こちらへ数歩だけ近づいてくる。

 さっきまでの警戒は、まだ完全には消えていない。

 だが、攻撃の気配もない。

 

「……おいおい」

 

「どうするのよ……?」

 

「どうするって言われても、俺も分からん」

 

 ダクネスを支えて逃げるべきか?

 でも走ったら刺激しそうだ。

 かといって近づく気にもなれない。

 

そんな風に悩んでいると、ダクネスが静かに言った。

 

「武器を、向けるな」

 

「え」

 

「今は、そういう空気じゃないだろう」

 

 その通りだった。

 

 母ガムートはゆっくり鼻を伸ばす。

 真っ先に向かったのは、アクアだった。

 

「ひぃっ!?食べられる!?」

 

「う、動くな!」

 

 俺が慌てて言う。

 

 鼻先が、アクアの肩口で止まる。

 ひくり、と動いて、匂いを嗅ぐみたいに触れた。

 

 アクアは完全に固まっていた。

 目だけがものすごい勢いでこっちへ助けを求めている。

 

「こ、これ……どういう状況なの……?」

 

「た、多分……」

 

 俺は、その巨大な目を見る。

 

 さっきまでの、張り詰めた怒りと焦り。

 それとは少し違っていた、雄大な瞳。

 

「お礼、なんじゃないか?」

 

「はい?」

 

「…ホラ、お前、子供治しただろ」

 

「…いや、でも相手ガムートよ!?治したの分かるの!?」

 

「…いやまぁ…そうだけど、母親でもあるんだろ」

 

 母ガムートはさらに鼻を動かし、今度はダクネスへ向けた。

 ランスを構えて子供の前に立った、その匂いを確かめるみたいに見えた。

 

 そして最後に、俺の方へも。

 

「……」

 

 巨大な鼻先が目の前まで来る。

 怖い。

 怖いが、不思議とさっきまでみたいな死の気配はない。

 

 母ガムートは短く、低く鳴いた。

 

 威嚇ではない。

 もっと静かな、喉の奥で転がすような音だった。

 

 子ガムートが、母の脚の後ろからそっと顔を出す。

 さっき治った脚で、きちんと立っている。

 

 そのまま一歩だけ前へ出て、アクアを見る。

 アクアもおっかなびっくりで見返す。

 

「……」

 

「……」

 

「…なんなん、その見つめ合い」

 

「…私に言わないで。向こうが勝手に見てくるのよ」

 

 子ガムートは、短く鼻を鳴らした。

 それから、母の腹へ頭をこすりつけるように戻る。

 

 母ガムートはそんな子を一度だけ確かめるように見て、ゆっくりと体を翻した。

 

 ポポの群れがそれに従う。

 白い毛皮の大きな背中が、雪原の奥へ向かって動き出す。

 

 去り際、母ガムートは一度だけ振り返った。

 

 その視線が、俺たちを捉える。

 

 そして――

 

 もう一度、低く鳴いた。

 

 今度ははっきり分かった。

 敵意の音じゃない。

 

「……ありがとう、ってことかしら」

 

 アクアが小さく呟く。

 

「かもな」

 

「モンスターにお礼言われるとか、初めてなんだけど……」

 

「私もだ」

 

「俺もだよ」

 

 ダクネスがふっ、と笑った。

 

「少なくとも、敵として見られてはいないようだな」

 

「それで十分すぎるだろ」

 

 母ガムートと子ガムート、そしてポポの群れは、そのまま雪煙の向こうへ消えていった。

 

 残された雪原は、また静かだった。

 だが、さっきまでの不穏さとは違う。

 

 嵐が通り過ぎたあとの静けさに近い。

 

「……帰るか」

 

 俺が言うと、アクアもダクネスもすぐ頷いた。

 

 背後ではもう、母ガムートの姿も子ガムートの姿も見えない。

 だが、あの最後の鳴き声だけは、まだ耳の奥に残っていた。

 

 ありがとう。

 

 そう言われた気がしたのは、たぶん気のせいじゃない。

 

 そして俺は、ちょっとだけ思うんだ。

 

 あの子ガムート、またどこかで会うことがあるかもしれないな、と。

 

 ……まあ、その時はその時でまた、とんでもない騒ぎになる気しかしないのだが。

 




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