この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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いやー難産気味でしたね!
感想評価ありがとうございます!

余談ですが最近ダブルクロスにハマってます。
エリアルでぴょんぴょんフルバするの楽しいですね。




第六話・中盤『この素晴らしき先生の初授業を!』

 

 森丘。

 

 その名前を聞いた昨日から、俺の中の何かが少しだけ浮き立っている。

 

 雪山とは違う。

 白い息を吐きながら、凍えた指で武器を握る場所じゃない。

 ホットドリンクの残り時間を気にしながら「これ切れたら終わるな……うー寒ッ!」などと内心で震える場所でもない。

 

 森。

 丘。

つまり、

 緑。

 風。

 木漏れ日。

 

 そして、ハンターとして次に進むための場所。

 

 ……まあ、この世界の場合、名前だけ聞いて油断すると大体ひどい目に遭うのがお約束なのだが。

 

「森丘での記念すべき最初の依頼は、イャンクックの狩猟だよ」

 

 集会所の前。

 

 いつもの場所で湯呑みを手にした村長が、依頼書を俺たち三人の前へ差し出した。

 

 アクアが横から覗き込み、首を傾げる。

 

「いやーん……くっく?」

 

「イャンクックだ」

 

「…ちょっと可愛い名前ね」

 

「名前だけで油断するな、コイツは火を使うぞ」

 

「うげ…やっぱ可愛くないかも」

 

 俺はアクアとダクネスのやり取りを傍で聞いていた。

 

 イャンクック。

 

 知っている。

 いや、知っているどころではないぞ。

 

 初心者ハンターにとって、ある意味最初の先生。

 通称、クック先生。

 

 突進。

 ついばみ。

 尻尾回転。

 火球。

 怒り状態。

 飛行。

 逃走。

 そして瀕死になると足を引きずって巣に戻る。

 

 大型モンスターの基本とも言える動作を、嫌というほど叩き込んでくる鳥だ。

 

 ……いや、先生と呼ばれているのは知っているが、当時の俺は普通に何度かボコられた記憶がある。

 

 もしかしなくても、俺…下手だったのか。

 

「カズマ、顔が変よ?」

 

「失礼な。これは昔の授業を思い出している顔だ」

 

「授業って?」

 

「そうだ。あいつは…先生だからな」

 

「先生?」

 

 アクアがますます怪訝そうな顔をする。

 

 ダクネスも少し興味深そうにこちらを見た。

 

「カズマはイャンクックを知っているのか?」

 

「え、えーと…まあ、多少な。俺の知ってる範囲だと……初心者の壁というか、基本を教えてくれる相手というか、そういうイメージなんだ…ちなみに合ってる?」

 

「なるほど。先生というのは言い得て妙だな。確かに、あの怪鳥は若いハンターが最初にぶつかりやすい大型モンスターの一つだ。慣れれば動きは分かりやすいが…それでも油断すれば痛い目を見る」

 

「…痛い目で済むのかしら?」

 

「済ませるために学んでいくんだ」

 

 ダクネスが真面目にそう言う。

 

 説得力がある。

 

 そして俺は思った。

 

 クック先生の授業は、たぶんこの世界でもちゃんと厳しいらしい。

 

「ただし」

 

 村長が湯呑みを置いた。

 

「今回の目的は、ただ狩るだけじゃない。森丘へ向かうための手順や、地形の確認。帰還ルートの把握までを一通り経験してもらう」

 

「遠足みたいね」

 

「遠足にイャンクック出てくるの嫌すぎるだろ」

 

「でも、雪山でガムートとティガレックスを見るよりはマシじゃない?」

 

「…確かに」

 

なんてこった。完全に納得しちまった。

そう、アクアの言う通りである。

 

ガムートとティガレックスの衝突。

あんな大怪獣の正面衝突を見たあとだ。

 

イャンクックと聞いて、心のどこかで「まあ、まだマシだな」などと思っている自分がいる。

 

だが、これが危ない慣れ方なんだ。

気を引き締めよう、うん。

 

「それと、森丘では雪山とは違う素材も採れる」

 

村長は続けた。

 

「雪山のものとは違う鉱石、骨、虫、薬草。せっかく行くんだから、持ち帰れるものはできるだけ持ち帰るといい。装備の幅も広がるだろうよ」

 

「鉱石…ですか」

 

俺は少し食いついた。

 

今の装備で限界を感じる場面は増えていた。

片手剣も、防具も、盾も。

少しずつ強くなってはいるが、それでも昨日のティガレックス相手には、ほぼ祈りと根性で立っていたようなものだ。

 

「森丘の鉱石って、何が取れるんだ?」

 

「場所にもよるが、黄金石や原珠あたりは期待できるだろう。運が良ければ、もう少し良いものが出るかもしれんがね」

 

「黄金ッ!!」

 

アクアが一段高い声で繰り返す。

もっとも、俺も少しばかり浮き足立ってしまったのだが。

 

黄金。

黄金である。

 

名前に“黄金”とついている時点で、もうだいぶ心に良くない。

俺の中の小市民的な何かが、静かに立ち上がっていた。

 

素材名を聞いてテンションが上がるようになっているあたり、俺もだいぶハンター側へ寄ってきた気がする。

……いや、これはハンター側というより、単純に金に弱いだけかもしれない。

 

「……二人とも? 原珠ではなく、黄金の方で目が輝いていないか?」

 

ダクネスが、少しだけ呆れたように言う。

そして言葉を続ける。

 

「黄金石も確かに価値はあるが、村長の話で注目すべきは原珠の方だと思うぞ」

 

「原珠?」

 

 俺が聞き返すと、ダクネスは頷いた。

 

「ああ。原珠は、装備に付ける装飾品を作るための素材になる。防具に小さな飾りを嵌めて、戦いに役立つ力を引き出すんだ」

 

「装飾品……」

 

その単語に、俺の中のゲーム知識が反応した。

 

 スキル。

 防具。

 穴。

 珠。

 

記憶のピースが組み合わさって、

なんとなーく、思い出してきたぞぅ…。

 

「……なるほど。そういうやつか」

 

「分かるのか??」

 

「まあ、多少はね。防具そのものの性能とは別に、細かく能力を足すための素材ってことだろ?」

 

「そうだ。まだ十全に使いこなせる段階ではないかもしれないが…先々を考えるなら集めておいて損はないだろう」

 

「へえ……」

 

アクアが少し考えるような、真面目な顔をした。

 

「つまり、それを使えば私の女神パワーがさらに輝くってこと?」

 

「女神パワーがどうかは知らんが、たぶん生存力は上がるんじゃね?」

 

「じゃあとっても大事ってことね!」

 

「命に関わる話だと急に素直だな」

 

「命は大事でしょ!さくせんは“いのちだいじに”オンリーよ!」

 

「日常生活からその判断力を出してくれ」

 

 ダクネスはそんな俺たちを見て、少しだけ笑った。

 

「よし、ならば狩猟後にしっかり採掘もしていこう。森丘は雪山と違って視界も広い。油断しなければ、素材集めには良い場所だ」

 

「寒くないしね!」

 

「そこが一番なの?」

 

「一番でしょ!」

 

アクアは今日一番のいい笑顔をしていた。

さっむい雪山から解放される。

それだけで、こいつの幸福度はだいぶ高いらしい。

 

「ふむ…それじゃあ、準備を整えて行っておいで」

 

 村長が依頼書を俺に渡す。

 

「イャンクックは、決して最強の相手ではない。だが、侮ると痛い目を見る。先生と呼ばれるだけの理由はあるよ」

 

「村長まで先生呼びなんすか……」

 

「先生という表現が気に入った。なーに、これから流行っていくさ」

 

 村長はからからと笑った。

 

 俺は目を逸らすように、依頼書をもう一度見る。

 

 …森丘。

 イャンクック。

 そして、新しい素材。

 

 雪山とは違う狩りが始まる。

 

     ◇

 

 森丘に足を踏み入れた瞬間、アクアが言った。

 

「…緑だわ」

 

「緑だな」

 

「…雪がないわ!」

 

「ないな」

 

「息が白くないわ!!」

 

「「そこまで感動するのか?」」

 

「するわよ!!」

 

 アクアは両手を広げ、森丘の空気を全身で受け止めるように深呼吸した。

 

「はぁぁぁ……あったかい! 風が痛くない! 地面が全部滑らない! 飲まなくても死なない!」

 

「最後のはホットドリンク基準か」

 

「もう暫くは雪山には戻りたくないわね」

 

「夕方には戻るぞ。俺たちの拠点が拠点だもん」

 

「ソレ今言わないでよ…」

 

 森丘は、本当に別世界だった。

 

 青い空。

 柔らかい陽射し。

 遠くまで続く緑の丘。

 木々の間を抜ける風。

 鳥の声。

 虫の音。

 

 雪山の張り詰めた白さとは違う。

 

 ここには、様々な生き物が普通に息をしている感じがあった。

 

「……いいな」

 

 これまで経験したことのなかった大自然に囲まれて、思わずわくわくしてしまう。

 

 記憶の片隅、ゲームで見た森丘の記憶と、今目の前にある景色が重なる。

 

 懐かしい。

 けれど、現実として見ると全然違う。

 

 木の匂い。

 土の湿り気。

 草を踏む感触。

 遠くで何かが動く気配。

 

 全部が全部、本物だ。

 

「カズマも嬉しそうね」

 

「まあな。確かにアクアの言う通り雪山続きだったし」

 

「えらく素直じゃなーい」

 

「お前に言われたくないやーい」

 

 寒くないというのは、こうも人を上機嫌にさせるものなのか…。

 そんな俺たちを見てダクネスはため息をこぼす。

 そして、周囲を見回しながら言う。

 

「景色に見惚れるのはいいが、油断はするな。口酸っぱく言うが、森丘には森丘の危険がある」

 

「分かってる」

 

「大型だけではなく、肉食小型もいる。茂みから飛び出てくることもある」

 

「…結局どこに行っても安心できないのね」

 

「安心できる狩場なんてないだろ」

 

「それはそうだけど〜」

 

 正直、風景だけ見れば観光地みたいだなぁ、なんて思った。

 ……だが、ダクネスの言う通り、ここは狩場だ。

 見た目が穏やかだからって、安全とは限らない。

 

「……と、散々脅しておいてだが、楽しむ余裕は大事だな」

 

 ダクネスは少しだけこちらを見て、穏やかに笑った。

 

「私がしっかり守らせてもらおう、安心してくれ」

 

やだ、ダクネスってばちょーイケメン……。

 

「……」

 

 あれ?

 

 ダクネスが、ものすごーくじとっとした目で俺を見る。

 

「……カズマ」

 

「はい」

 

「そういうのは……むず痒いぞ?」

 

「あ、声に出てた?」

 

 ダクネスは咳払いを一つして、少しだけ照れを隠すように前を向いた。

 

「……と、とにかく行こう。まずはベースキャンプで支給品の確認だ」

 

「了解」

 

 俺たちはダクネスの案内で、木々の間を進んでいく。

 

 やがて、開けた場所に簡素なテントと支給品箱が見えてきた。

 雪山のそれと似ているのに、周囲の緑があるだけで随分と印象が違う。

 

 こうして俺たちは、森丘での最初の拠点――ベースキャンプへと辿り着いた。

 

 

  ◇

 

 

 ベースキャンプで支給品を確認する。

 

 地図。

 応急薬。

 携帯食料。

 砥石。

 ペイントボール。

 そして、その中でも妙に存在感のあるのは……。

 

「音爆弾か?これ」

 

「そうだな、支給用の物だが…イャンクックには有効だ」

 

「なら活用させてもらおう」

 

「なんなのソレ?」

 

アクアが聞いてくる。

 

「端的に言えば…大きい音で相手を怯ませるやつだ」

 

「へ〜便利じゃないの。私やってみたいわ!」

 

「便利ではあるし、ぜひやってほしいがクック先生には注意が必要だぞ?音でびっくりして大きな隙を見せるが、その後攻撃的になるのがほとんどだ」

 

「え……騒音にキレるの!?」

 

「先生だからな。授業態度が悪いと怒るんじゃね?」

 

「体罰教師なんて今ドキ流行んないわよ…」

 

 アクアが支給品の音爆弾をつっつきながら、少しだけ嫌そうな顔をする。

 

「んじゃ、音爆弾二個あるし」

 

「え?」

 

「出会い頭に頼むわ」

 

「何を!?」

 

「音爆弾投げる役」

 

「なんで私なのよ!?理不尽に怒られるかもしれないじゃない!」

 

「さっき“やってみたいわ”って立候補したじゃん」

 

「んぐぅッ!」

 

ダクネスが苦笑しながら、ランスの留め具を確かめながら言う。

 

「最初に大きな隙を作れれば、こちらも立ち回りやすくなる。私からも、頼めるか?」

 

「んぐぐぐぅッ……わ、分かったわよ!」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺たちはイャンクックを探し始めた。

 

     ◇

 

  森丘を歩く。

 

 今度は、ただ景色を楽しむためではなく、痕跡を探しながらだ。

 

 草むらの中。

 木の根元。

 岩場の陰。

 地面の柔らかい場所。

 

 ダクネスは慣れた様子で足跡を見つけ、俺たちにも分かるように説明してくれる。

 

「ここを見ろ。土が少し抉れているだろう」

 

「本当だ」

 

「二本脚で歩く鳥竜種なら、こういう跡が残りやすい」

 

「よく分かるわね」

 

「慣れだな」

 

「私、足跡見ても“なんか踏んだ跡”くらいしか分かんないわ」

 

「最初はそんなものだ」

 

 ダクネスはそう言うが、俺も内心ではアクアと大差ない。

 ゲームなら足跡アイコンなり、エリア移動なり、ペイントなりで追えた。

 だが現実は違う。

 

 地面のちょっとした違い。

 草の倒れ方。

 匂い。

 鳴き声。

 それら一つ一つが、モンスターの痕跡になる。

 

 ゲーム知識は役に立つ。

 でも、それだけでは足りない。

 

 ……少しずつ、本当にこの世界でマジのハンターをやっている気分になってくる。

 

「カズマ、これなんか素材じゃない?」

 

 アクアがしゃがみ込んだ。

 

 その手元には、赤みがかった硬い欠片が落ちていた。

 

「……これは、イャンクックの鱗か?」

 

 俺も膝をついて見る。

 

 薄いが、硬い。

 光にかざすと、赤茶色の表面が鈍く光る。

 サイズは大きくないが、明らかにただの石ではない。

 

 ダクネスがそれを確かめ、頷いた。

 

「よく分かったな。確かにイャンクックの鱗だ、それも新しい」

 

「新しいってことは……」

 

「近くにいる可能性が高いな」

 

 その瞬間、俺とアクアは同時に周囲を見回した。

 

 森の奥。

 丘の斜面。

 茂みの向こう。

 

 どこからともなく出てきてもおかしくない。

 

「……急に景色が怖くなってきたわね」

 

「さっきまで観光気分だったくせに」

 

「鱗が落ちてる観光地なんて嫌よ」

 

「まあ、それはそうだな」

 

 その時だった。

 

 遠くから、妙な鳴き声が聞こえた。

 

 甲高く、間の抜けたようでいて、どこか耳に残る声。

 

「……いたな」

 

「え、あれ?」

 

 アクアが指さす先。

 

 開けた丘の向こう。

 草地と岩場の間を、何かが歩いている。

 

 赤みがかった甲殻。

 大きな耳。

 鳥のような嘴。

 細い脚。

 妙にせわしなく動く首。

 

 イャンクックが、地面をついばむように歩いていた。

 

「何か……思ったより変な鳥ね」

 

「見た目で判断するな。きっと教育熱心だ」

 

「どの辺が?」

 

「今から嫌というほど分かる」

 

 俺は片手剣を抜いた。

 

 ダクネスがランスを構え、アクアが音爆弾を握る。

 

「作戦はどーするの?」

 

「まず俺がペイントボールを使う。逃げられたら追うの面倒だからな。んで、多分俺の方に気が向くだろうし、その間にアクアが音爆弾。ダクネスはその隙を叩いてくれ」

 

「いよいよ私の出番ね!四番ピッチャーの肩見せてあげるわ!」

 

「……一応言っておくけど、外すなよ?」

 

「外さないわよ! 女神を信じなさい!」

 

「打率の方は一割もないしなぁ…」

 

「いーからさっさと投げなさい!」

 

「…おうよ」

 

 イャンクックに目を向ける。

 

 周囲を見渡しており、何か違和感を感じているようだが…まだこちらへ完全には気づいていない。

 頭を上下させ、時折、地面をついばんでいる。

 

 距離はある。

 だが、ペイントボールなら届く。

 

 俺は息を整えた。

 

「…アクア、しっかり足元か胴体にぶつけろよ?」

 

「分かったわ!」

 

「ダクネスは前頼むぞ」

 

「ああ。音で怯んだ直後、こちらが攻める隙を作ろう」

 

「よし……行くぞ」

 

 俺はペイントボールを握り、距離を詰めた。

 

 イャンクックがこちらに気づく前に、腕を振る。

 

「そらっ!」

 

 投げたペイントボールが、クックの首筋に当たって弾けた。

 

 赤く染まり、独特の匂いが広がる。

 

 次の瞬間、僅かに気が立ったイャンクックがこちらを振り向いた。

 

 目が合う。

 

 先生の授業開始である。

 

「アクアぁぁ!」

 

「任せなさい!」

 

 アクアが音爆弾を振りかぶる。

 

 だが、投げ方が妙に大げさだった。

 

「いっけぇぇぇぇっ! 女神様の開幕チャイムよぉぉぉっ!」

 

 音爆弾が弧を描いて飛ぶ。

 

 狙いは、イャンクックの足元――だったはずなのだが。

 

「あ」

 

「え?」

 

 地面から少し突き出た岩には当たった。

 本来なら、その瞬間に大きな音が響くはずだった。

 

だが、なぜか爆ぜない。

 

形を保ったまま、音爆弾は地面を跳ねた。

 

「…アクアさん?」

 

「い、いや今回のは私絶対悪くないわ!そうよねダクネスっ!!?」

 

「え、う、うむ…多分な?」

 

「どーしてキッパリ否定してくれないのよっ!?」

 

 そんな俺たちを尻目に、イャンクックは落ちた音爆弾をクチバシで拾い上げる。

 

 次の瞬間。

 

 ばぁんッ!!!!!

 

 空気が爆ぜた。

 

「っ!?」

 

「うおっ!?」

 

「ぎゃっ!?」

 

 思った以上の音だった。

 

 耳の奥を直接殴られたような衝撃。

 森の鳥が一斉に飛び立ち、近くの草むらがざわつく。

 音というより、もう小さな爆発だ。

 

 イャンクックは、白目を剥いて完全に硬直した。

 

 大きな耳をびんと広げ、首を伸ばしたまま、動かない。

 

「……効いた!」

 

「…こんなに効いているのは、私も見たことないな」

 

「効いたけど耳が痛いわ!」

 

「俺も痛い!」

 

「だが先生への挨拶としては満点だ!行こう!」

 

 俺たちは一斉に走った。

 

 予想外な始まりだったが、そこからは予定通りだ。

 ダクネスが正面から踏み込む。

 ランスの穂先がクックの胸元をかすめ、動きを牽制する。

 

 俺は横へ回り、片手剣を脚へ入れる。

 

 手応えはある!

 刃が通る!

 ガムートやティガレックスみたいな絶望的な硬さはない。

 

「いける!」

 

 アクアも太刀を抜き、反対側から踏み込んだ。

 

「せぇいっ!」

 

 太刀が脚へ入る。

 イャンクックがびくりと体を震わせた。

 

 だが。

 

 次の瞬間、クックの目つきが変わる。

 

 耳が大きく広がり、首がぐいっと上がった。

 口元から、怒ったような息が漏れる。

 

「怒ったぞ!気をつけろッ!!」

 

「もう!?」

 

「授業中うるさくしたらそりゃキレるだろ!」

 

「先生、短気すぎるわ!?」

 

 イャンクックが甲高く鳴いた。

 

 そして、火を撒き散らしながらこちらへ突っ込んでくる。

 

「来るぞ!」

 

「さっきより速いっ!?」

 

「でもティガほどじゃないだろ!避けろっ‼︎」

 

「比較対象がおかしいって何度言えばいいのよ!あつッ!?」

 

 クックの突進は、確かにティガレックスとは比べものにならない。

 でも、だからといって遅いわけじゃない。

 

 低く走り、頭を左右に振りながら突っ込んでくる。

 

 俺はキッチリ横へかわす。

 アクアはぎりぎりで避ける。

 ちょっと焦げた。

 

 そして、最後にダクネスが狙われる。

 真っ向勝負。真正面に立ち、盾で突進を受ける――そして。

 

「むぅんっ!!」

 

 クックの突進は、ダクネスを大きく押しこむほどではなかった。

 力勝負で敵わないと悟ったイャンクックは、すぐさま首を振り、ついばむような攻撃を繰り返す。

 

「動きがせわしないわよ?!」

 

「そこが先生だ!学べ!」

 

「先生関係ある!?」

 

 イャンクックが嘴で地面をつつき、こちらへ連続で首を伸ばしてくる。

 

 俺は盾で一撃を受け、横腹へ片手剣を入れる。

 やはり手応えは軽い。

 だが、あの巨大雪山親子と暴竜に比べれば、ちゃんと俺の片手剣でもダメージを与えられる“狩り”になっている。

 

「よし、落ち着いていけば勝てる!」

 

 そう思った瞬間、クックがその場で体をひねった。

 

「尻尾だ!」

 

 ダクネスの声。

 

 俺は慌ててしゃがむ。

 太い尻尾が頭上をかすめる。

 

「うわぉっ!?助かったダクネス!」

 

 アクアは避けきれず、尻尾の先に引っ掛けられて転がった。

 

「いたっ! 何よ今の!?」

 

「尻尾回転だ! 先生の基本授業その一!」

 

「もっと優しく教えて欲しいわね!」

 

「きっと生活指導だ!優しい先生じゃないんだよ!」

 

 クックがまた鳴く。

 

 今度は頭を上げ、口元に火が見えた。

 

「火球!狙って来るぞ!」

 

「また火!?」

 

 ぼん、と小さな火の玉が飛んでくる。

 

 ティガの突進やガムートの雪塊に比べれば、規模は小さい。

 小さいが、当たりたくはない。

 

 地面に当たった火球が爆ぜ、草が焦げる。

 

 クックが続けて火球を吐く。

 俺たちは横へ散る。

 

 だが、散りすぎると連携が崩れる。

 

「アクア! お前は正面に立つな! 横から脚を狙え!」

 

「分かってるわよ!」

 

「分かってる動きじゃない!」

 

「うるさいわね!イメトレが必要なのよ!」

 

 アクアが太刀を振りかぶる。

 大振りだ。

 相変わらず少し危なっかしい。

 

 だが、当たれば重い。

 

 クックの脚へ太刀が入り、鳥竜がバランスを崩した。

 

「おおっ!」

 

「見た!? 今の見た!?」

 

「見た見た! 調子に乗るな!」

 

「もうちょっと褒めなさいよ!」

 

 クックが怒ったように鳴いた。

 

 その場で跳ねる。

 頭を振る。

 耳がさらに広がる。

 さらに吐息に火が混じる。

 

「怒ったのが継続してるな……!」

 

「何で分かるのよ!?」

 

「見た目で分かりやすいだろ!」

 

「先生、顔に出すタイプなのねー!」

 

 怒り状態のイャンクックは速かった。

 

 さっきより突進が鋭い。

 火球の間隔も短い。

 尻尾回転の切り返しも速い。

 

 ダクネスが盾を構えて前へ出る。

 

「もう一度私が正面を引き受ける!二人は横へ回れ!」

 

「頼む!」

 

 ダクネスの盾がイャンクックの突進を受け止める。

 

「この程度なら、何度でも受けられる!!」

 

「頼もし過ぎるぜ!」

 

 俺はクックの横へ回る。

 

 頭を狙いたい。

 耳を壊せば素材的にもおいしい。

 だが、無理に正面へ出れば嘴と火球が来る。

 

 今は堅実に脚だ。

 

「まず転ばせる!」

 

 片手剣で脚を斬る。

 アクアも逆側から斬る。

 ダクネスが正面で動きを抑える。

 

 三人になって、戦い方がだいぶ変わった。

 

 俺とアクアだけなら、どちらかが狙われた瞬間に全体が崩れがちだった。

 だが今は、ダクネスが前にいる。

 受ける役がいる。

 

 それだけで、こちらの動きに余裕が生まれる。

 

「今だ!」

 

 クックの脚がもつれた。

 

 どすん、と体が横へ倒れる。

 

「倒れた!」

 

「頭!」

 

 俺は走る。

 アクアも走る。

 ダクネスも盾を下げて、ランスを構え直す。

 

 俺の片手剣が頭へ入る。

 アクアの太刀が首筋を斬る。

 ダクネスのランスが胴へ突き刺さる。

 

 クックが大きく鳴いた。

 

 そして、耳のあたりが裂けるように傷ついた。

 

「耳、いったか!?」

 

「けっこー痛そうになったわ!」

 

「その言い方はどうなんだ…?」

 

 クックが起き上がり、バサッと翼を広げる。

 

「あ、逃げるぞ!」

 

「逃がすの!?」

 

「もちろん追うぞ!」

 

 クックは低く飛び上がり、森の奥へ向かった。

 

 ペイントの匂いを辿れば追える。

 

 先生の授業は、まだ終わっていないらしい。

 

     ◇

 

 追いついた先で、クックは少し弱っていた。

 

 息が荒い。

 足取りもわずかに鈍い。

 

「瀕死か?」

 

「耳もボロボロね」

 

「先生、かなりお疲れだな」

 

「言い方に敬意があるようでないわね」

 

 イャンクックがこちらを見て、最後の抵抗のように鳴く。

 

 火球。

 突進。

 尻尾回転。

 

 どれも、まだ油断は出来ない。

 だが、最初ほどの怖さはない。

 

 相手の疲労も見えている。

 

 ティガレックスほど理不尽じゃない。

 ガムートほど巨大すぎない。

 ちゃんと相手を見て、避けて、斬れば届く。

 

 だからこそ、練習になる。

 

 先生と呼ばれる理由が、嫌でも分かる。

 

「アクア、焦るなよ!」

 

「分かってるわ!」

 

 アクアがクックの突進を横へかわす。

 すれ違いざまに脚へ太刀を入れる。

 

 クックがよろめく。

 

「ダクネス!」

 

「ああ!」

 

 ダクネスが真正面から踏み込む。

 ランスの一突きが、クックの胸元へ入る。

 

 俺は反対側から回り込み、片手剣を振り抜いた。

 

「これで――!」

 

 クックが大きく鳴いた。

 

 そして、どさりと倒れる。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

「……終わった?」

 

 アクアが小声で言う。

 

「終わったな」

 

「ほんとに?」

 

「たぶん」

 

「やった……!」

 

 アクアがその場でへたり込みかける。

 

「疲れたけど、昨日より全然マシね!」

 

「比べる相手が相手だからな」

 

「クック先生、ちゃんと先生だったわね……」

 

「何を学んだ?」

 

「尻尾や火への対処と突進の避け方と…あ、あと先生はよくキレる」

 

「だいたい合ってる」

 

 ダクネスが小さく笑う。

 

「良い狩りだった。二人とも、動きが良くなっている」

 

「ほんとか?」

 

「ああ。特に、焦って正面に出すぎなくなった」

 

「まあ、正面の怖さは嫌というほど学んだからな……」

 

 俺は倒れたイャンクックを見る。

 

 強かった。

 でも、倒せた。

 

 理不尽ではなかった。

 努力と工夫が届く相手だった。

 

 そういう意味では、本当に先生だったのかもしれない。

 

 …残すところ、やらなきゃいけないのは素材集めくらいか?

 さっさと補習を終えて帰ろう。




お読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ、感想評価頂戴頂けますとありがたいです!

それではまた次回!
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