この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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第六話・後半っすね。

クック先生の初授業を終え、森丘での狩りにも少し慣れてきたはず…でしたがぁ!!
(ファンタ飲んでて思い出しました)


第六話・後半『この森丘の問題児に洗礼を!』

 

 

 狩猟を終えたあと、俺たちは森丘を少し回った。

 

 目的は村長から言われた採取と採掘。

 

 アクアは最初こそ「まだ歩くのー?」と文句を言っていたが、鉱石が金になる話を思い出した途端に態度を変えた。

 

「採掘しましょう! 今すぐしましょう! そうしましょう!!」

 

「分かりやすいな、お前」

 

「お金は大事よ!」

 

「確かに先立つものは大事だが、その…」

 

 なんてやり取りしているうちに、目当ての場所に辿り着く。

 そこは岩場の採掘ポイント。

 俺たちは、握りしめたピッケルを振るう。

 

 カン、カン、と硬い音が森の中に響き始める。

 

「鉄鉱石」

 

「大地の結晶」

 

「お、黄金石!」

 

 黄色がかった鉱石が出た瞬間、俺は思わず声を上げた。

 

「それがいいやつね!」

 

「そうだ、今の俺たちにはかなり嬉しいやつだ」

 

「いくら?」

 

「…えーっと」

 

「ふむ、このサイズなら…回復薬3つ分といったところか」

 

「…だ、そうだ」

 

「思ったよりも買い叩かれるのね、ちぇ」

 

 ダクネスも採掘しながら苦笑する。

 

「回復薬を補充するのも良いが…片手剣なら、斬れ味を上げる強化が欲しいところだな。盾ももう少し補強できれば安心だ」

 

「防具もだよな」

 

「ああ。昨日のような相手は例外としても、これからは一撃の重い相手も増えるだろう」

 

「嫌な予言しないでもらえませんかね?」

 

「事実だ」

 

「…それだけ頼られるようになった、って思っとくよ」

 

「そうだな、それがいい」

 

ダクネスが俺に笑いかける。

思わず目を逸らす。

 

目を逸らした先に映るのは…

 

「こーれーはー??」

 

アクアが採掘した石を持ち上げる姿。

 

「でっかい石ころだな」

 

「ああ、見事な石ころだ」

 

「……いらないわね」

 

「投げれば使える」

 

「ほんとに??誰が投げるの??」

 

「お前」

 

「適当じゃないの!もうっ!」

 

 程なくして、採取に移った。

 

 薬草。

 ペイントの実。

 骨。

 虫。

 

 森丘は、雪山よりも明らかに素材の種類が多い。

 

 何より、こういった行為をする時、寒くないだけで精神がだいぶ楽だった。

 

「さっきの話だけど…装備、どうする?」

 

 俺は鉱石を袋へしまいながら、作業のついでに話を振った。

 

「まずはカズマの盾と武器でしょうね」

 

 アクアがさっき拾った凄まじい色のキノコを仕舞いながら、意外にもまともなことを言った。

 

「…お前、珍しく俺優先なのか」

 

ちょっと感動すら覚えるぞ。

 

「だって、あんたがすぐ死にそうになるし、治すの面倒だもの」

 

「理由がひどい」

 

感動を返せ。

 

「でも事実でしょ?」

 

「……否定できないのが腹立つぜ」

 

 ダクネスは少し考えてから言った。

 

「アクアの太刀も強化したい。今の動きなら、斬れ味が上がるだけでもかなり変わる」

 

「あらダクネスってば、良いこと言うわね!」

 

「ただし、太刀に振り回されないようにな」

 

「違うわ! 私が太刀を振り回してるの!」

 

「まだ言ってる……」

 

 そんな話をしながら、一通り荷物をまとめた俺たちはベースキャンプへ戻りはじめた。

 

 

 

 

 採取した素材やクックの素材は、それなりに嵩張るので、配送を頼むことにした。

 

 キャンプにいたアイルーへ荷物を渡す。

 

「これ、ポッケ村まで頼めるか?」

 

「任せるニャ。鉱石と素材、まとめて送るニャ」

 

「助かる」

 

「割れ物注意でお願いするわよ!」

 

「…なんか割れるもんあったっけ?」

 

「気分の問題よ!」

 

 配送の手続きが終わり、俺たちはようやく帰る準備に入った。

 

「いやー、いい依頼だったわね」

 

 アクアが伸びをする。

 

「寒くないし、先生はちゃんと倒せたし、新しい素材も取れたし」

 

「たしかに、珍しく綺麗に終われそうだな」

 

 俺がそう言った瞬間だった。

 

 森の奥から、声が響いた。

 

 甲高い。

 

 だが、イャンクックとは微妙に違う。

 

 似ているようで、似ていない。

 クックのどこか間の抜けた鳴き声とは違い、もっと鋭く、刺々しく、耳の奥に残る声。

 

 まるで、悪魔が笑っているみたいな。

 

 そんな感じの声だった。

 

「……今のも、クックかしら?」

 

 アクアが固まりながら言う。

 

「…いや」

 

 ダクネスが否定する。

 その視線は、声がした方に向いていた。

 

 俺も、同じく森の奥を見た。

 

 なぜだろうか。

 背筋に、途轍もなく嫌なものが走る。

 

「似てるけど、違う」

 

 ダクネスも表情を引き締めた。

 

「……今の声は、私も聞き覚えが薄い。だが、思い当たる存在はいる。無論、クックではないが」

 

「帰りましょ!今すぐ帰りましょ!!綺麗に終わったんだから、ね? もう帰りましょ!!!」

 

「準備を整える…という意味ならば賛同するが……」

 

 その時、ベースキャンプの反対側から、トットットッと軽い足音が近づいてきた。

 

「すみませーん! そこのハンターの方々!」

 

 切羽詰まっている中、明るさを思わせる声。

 

 振り返ると、そこにいたのは、ポッケ村でよく見る、受付嬢のような服を着た女性だった。

 

 柔らかい笑顔。

 きちんとまとめられた髪。

 どこか人当たりの良さそうな雰囲気。

 

 ただし、手元には調査用らしい帳面と、妙に分厚い資料束を抱えている。

 

「私はギルドから森丘の調査に来ているルナと申します。少々、お時間よろしいでしょうか?」

 

「……ぁい」

 

 逃げられないと悟ったアクアが、消え入りそうな返答を返す。

 やれやれ。

 

 ルナと名乗った女性は、森の奥へ視線を向けた。

 

「今の声、聞こえましたよね?」

 

「聞こえましたけど、正直…聞かなかったことにしたいです」

 

「本当に正直ですね」

 

 ルナさんは困ったように笑った。

 

「実はここ最近、森丘でイャンクックに似た、けれど明らかに異なる大型鳥竜種らしき目撃報告が出ています。ですが、調査隊も接近できず、詳しい確認が取れていません」

 

「ふむ……」

 

「……」

 

「……」

 

 俺たち三人は、顔を見合わせた。

 

 綺麗に終われそうだった依頼。

 倒したクック先生。

 採掘できた鉱石。

 配送済みの素材。

 

 そして、帰ろうとした矢先の追加イベント。

 

「…カズマさん?」

 

 アクアが低い声で言う。

 

「何だ」

 

「さっき、綺麗に終われそうって言ったわよね?」

 

「言っちゃったな」

 

「謝って」

 

「すみませんでした」

 

 あれフラグだったのか…。

 

 ダクネスがルナさんの話を聞いて、仕舞おうとしていたランスを握り直す。

 

「つまり…調査要請、ということであっているのか?」

 

「はい」

 

 ルナさんは、にこりと笑った。

 

 その笑顔は優しい。

 優しいが、言っている内容は全然優しくなかった。

 

「勿論無理に討伐していただく必要はありません。ですが、可能であれば姿の確認、危険度の判断、そして必要に応じた足止めをお願いしたいのです」

 

「足止めって時点で結構危険じゃないか?」

 

「はい。危険ですね」

 

「笑顔で言ってくれるなぁ……」

 

 森の奥から、もう一度声が響いた。

 

 さっきより近い。

 

 クックに似ている。

 けれど、やっぱり違う。

 

 獰猛で、話の通じなさそうな声。

 

 アクアが肩を震わせる。

 

「ねえ、先生の次に来る声じゃないんだけど」

 

「…だな」

 

 俺は、嫌な予感と一緒に、ゲームの記憶の奥からその名前を引っ張り出した。

 

 黒紫の甲殻。

 片耳のような尖った輪郭。

 異様な攻撃性。

 そういや、毒もあったっけ。

 あと響き渡る咆哮。

 クック先生に似ているようで、似ても似つかない凶暴さ。

 

「先生の親戚みたいな顔した、問題児だ」

 

 ルナさんが帳面を開く。

 

「では、調査にご協力いただけるということで?」

 

「まだ何も言ってないですけど!?」

 

「ギルドからの謝礼はこれくらいです」

 

「うぅぅぅ…シュワシュワが30回は飲めるじゃないの!」

 

 アクアがしょうもない計算を弾き出していた。

 

 だが、そのやり取りを遮るように、森の奥から三度目の声が響いた。

 

 今度は、はっきりと分かる。

 

 向こうは、こちらに気づいている。

 多分、帰り始めたとて、絡まれるような気がする。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 森丘。

 クック先生。

 採掘。

 素材。

 装備強化。

 

 ここまでは順調だった。

 

 だが、やっぱりこの世界は、綺麗に終わらせてはくれないらしい。

 

「はぁ…」

 

「…行くんだな?」

 

「ああ…行くぞ。調査だけな」

 

「…その言い方で調査だけで済んだことある?」

 

「ないな」

 

「最悪だわ!」

 

 ダクネスが静かに前へ出る。

 

「ならば、なおさら慎重に行こう。回復薬の手持ちも限られている、ゆえに無理はしない。危険ならすぐに退く」

 

「それで問題ありません。よろしくお願いします」

 

 俺はルナさんの声を聞き、片手剣の柄を握った。

 

 森の奥。

 クック先生とは違う、凶暴な声がまた響く。

 

 授業は終わったはずだった。

 

 だが、どうやら。

 

 森丘には、補習どころでは済まない何かがいるらしい。

 

     ◇

 

 ダクネスとルナさんの案内で、俺たちは声がした方へ向かった。

 

 案内、と言っても、ルナさん自身が前へ出るわけではない。

 

 あくまで調査員として、地図と目撃情報を照らし合わせながら、後ろから道を示す。

 

「この先の開けた場所で、鳥竜種らしき影が確認されています」

 

「鳥竜種……」

 

「はい。イャンクックに似ているという報告もありますが、痕跡から気性の荒さがはっきりとしていて、複数の調査員が接近を断念しています」

 

「断念で済んでよかったですね」

 

「ええ。本当に」

 

 ルナさんが真顔で頷いた。

 

 アクアは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「…ねえねえ、やっぱり帰らない? 今ならまだ“聞こえなかったことにしました”で済むんじゃない?」

 

「さっきルナさんと一緒に聞いちゃったじゃん」

 

「じゃあ、“聞いたけど忘れました”で」

 

「通るか!」

 

「ギルドの正式な調査記録に残りますね」

 

「ほーら見ろ」

 

「ギルドって融通利かないわね!」

 

 ダクネスが小さく息を吐く。

 

「アクア、気持ちは分かるが、調査だけでもしておこう。ここが本当に危険なら、村や他のハンターにも知らせる必要がある」

 

「それは……そうよねぇ」

 

 アクアが不満そうに唇を尖らせる。

 

 だが、それ以上は文句を言わなかった。

 

 こういう時、アクアは最終的にちゃんとついてくる。

 うるさいし、怖がるし、文句も言う。

 でも、本当に必要な時は逃げない。

 

 その辺は、正直かなり助かっている。

 

「……何よ」

 

「いや、何でもない」

 

「また変なこと考えてた?」

 

「女神ってたまに鋭いよな」

 

「たまにって何よ!…え、変なこと考えてたの!!?」

 

 そんなやり取りをしながら進んでいくと、森の空気が変わった。

 

 さっきまでの穏やかな緑ではない。

 

 鳥の声が少ない。

 虫の音も遠い。

 風は吹いているのに、妙に湿っている。

 

 そして、地面に焦げ跡があった。

 

「……火球か?」

 

 俺はしゃがみ込む。

 

 草が焼けている。

 土が黒く焦げ、木の根元にまで火の跡が残っていた。

 

 イャンクックの火球でも焦げ跡は残る。

 だが、これは少し違う。

 

 荒い。

 範囲が広い。

 何より、同じ場所へ何度も叩きつけたような跡がある。

 

「クック先生もなかなか火を吐いてたけど、これは……」

 

「より攻撃的だな」

 

 ダクネスが周囲を警戒しながら言う。

 

「獲物を追い払うためというより、痛めつけるために撃っているように見える」

 

「嫌な分析しないでほしいわ……」

 

「私も言いたくて言っているわけではない」

 

 ルナさんが帳面に何かを書き込む。

 

「火球の痕跡、通常のイャンクックよりも激しい。攻撃性高。記録しておきます」

 

「その記録、今後の誰かの役に立つんですよね?」

 

「はい。生きて帰れれば、ですが」

 

「そこ、力強く言わないでほしかった」

 

 さらに進むと、木の幹に深い傷が残っていた。

 

 嘴か。

 爪か。

 それとも尻尾か。

 

 削れた木片が地面に散らばっている。

 

「……これ、ただ暴れただけか?」

 

「そうとも見える、が」

 

 ダクネスは傷を指でなぞる。

 

「だが、妙だ。餌を取るためでも、巣を作るためでもない。ただ、そこにあるものを壊したように見える」

 

「なんだよそれ」

 

 アクアが小声で言う。

 

「何か、性格悪そうなんだけど」

 

 アクアの言いたいことは分かる。

 

 ガムートは違った。

 あれは怖かった。

 でかすぎたし、近づけば確実に潰される相手だった。

 

 でも、あの目には理由があった。

 子供を守るため。

 近づくものを追い払うため。

 

 見た目は怖いが、分かる怖さだった。

 

 今、森の奥から感じる気配は違う。

 

 理由が分からない。

 いや、理由なんてないのかもしれない。

 

 ただ、戦いたい。

 ただ、壊したい。

 ただ、自分の前にいるものを傷つけたい。

 

 そんな嫌な気配だった。

 

「……こんなのがいるんじゃねぇか、森丘」

 

 思わず呟く。

 

「雪山より楽って思った俺が馬鹿だったわ」

 

「まだ決めつけるには早い。そう自棄になるな」

 

 ダクネスが言う。

 

 だが、その声もいつもより低い。

 

「ただし、油断できる相手ではないのは確かだ」

 

 その時だった。

 

 森の奥で、黒い影が動いた。

 

「っ!」

 

 俺たちは一斉に構える。

 

 開けた場所。

 岩場と草地の間。

 そこに、そいつはいた。

 

 イャンクックに似ている。

 

 確かに、第一印象だけならそう言える。

 

 鳥のような体。

 大きな嘴。

 翼。

 細い脚。

 長い尻尾。

 

 だが、違う。

 

 甲殻は黒紫。

 ところどころ傷だらけで、まるで戦い続けてきた古傷をそのまま鎧にしたようだった。

 耳のような部分は鋭く尖り、片方だけが妙に目立つ。

 目は赤く、こちらを見た瞬間、獲物を見つけたというより、喧嘩相手を見つけたような光を帯びた。

 

 その嘴の端から、低い唸りが漏れる。

 

「……イャンクック?」

 

 アクアが小さく言った。

 

「違う」

 

 俺は即答した。

 

「アイツは、先生じゃない」

 

 そいつは首をゆっくり持ち上げた。

 

 そして、裂けるような声で鳴いた。

 

 森が震えた。

 

「うわっ!?」

 

「耳がっ……!」

 

 クックの鳴き声とは違う。

 音そのものが、こちらを殴ってくるような咆哮だった。

 

 ルナさんが後ろで身を低くする。

 

「確認しました、報告にあった個体です!」

 

「名前はなんなの!?」

 

 俺は片手剣を構えながら、喉の奥で呟いた。

 

「……イャンガルルガ」

 

 黒狼鳥。

 

 クック先生の親戚みたいな見た目をしていながら、中身はまるで違う。

 

 怒りっぽいとか、そういうレベルじゃない。

 こいつは最初から喧嘩腰だ。

 

「やはり知っているのか、カズマ」

 

「知識としてはな。だけど、正直……今このタイミングで会いたいやつじゃない」

 

「いつなら会いたいのよ!」

 

「できれば一生会いたくなかった!」

 

 ガルルガが一歩踏み出した。

 

 ただそれだけで、空気が変わる。

 

 こちらを見ている。

 間違いなく見ている。

 

 逃げるか。

 攻めるか。

 いや、そもそも調査だけでいい。

 

 分かっている。

 分かっているのに、あいつの目を見ると嫌でも理解させられる。

 

 向こうは、こちらが戦うかどうかなんて気にしていない。

 

 自分が戦いたいから、来る。

 

「下がれ!」

 

 ダクネスが叫んだ。

 

 次の瞬間、ガルルガが突っ込んできた。

 

 速い。

 

 クック先生よりも、明らかに鋭い。

 

 地面を蹴った瞬間の加速が違う。

 首の振り方が違う。

 嘴の狙いが違う。

 

 ただ驚かせるような動きじゃない。

 こちらを壊しに来ている。

 

「ッ!」

 

 ダクネスが盾を構えて受ける。

 そして流す。

 

 ガギィンッ!!

 

 嘴が盾にぶつかり、金属音が響く。

 

「クッ……!重いなっ!」

 

「大丈夫か!?」

 

「イャンクックとは比べものにならんがな!」

 

 ガルルガは盾に弾かれ、止まれなかった。

 否、止まらなかった。

 そのまま、鋭い嘴を前面に、地面を抉り取るような顔面スライディングを決める。

 ダクネスが弾き流さなければ、皆すっ飛ばされていた。

 

 すぐに体勢を立て直し、次の行動に移る。

 首を捻り、嘴を横から叩きつける。

 さらに踏み込み、尻尾を振る。

 

「尻尾がくる!」

 

 俺は叫ぶ。

 

 だが、クックの尻尾回転とは速度が違った。

 

 黒紫の尻尾がしなる。

 

 

 

俺は避けることができた。

 

だが、しなった尻尾の先端から棘が抜け落ち、後ろにいたルナさんの方へ飛んでいく。

 

「……ぁ」

 

「こらっ!ルナ!ボサっとしてるんじゃないわよ!」

 

アクアがルナさんを庇うように飛び込んだ。

 

すんでのところで、飛んできた尻尾の棘は、アクアの腕をかすめる。

 

「っ、いた……!」

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

「アクア!」

 

 傷は浅そうに見える。

 …だが、次の瞬間、その顔色が変わった。

 

「何これ…気持ちワル…」

 

 傷口の周囲が、嫌な紫色に変わっていく。

 

「毒か!」

 

 そうだ。

 ガルルガの尻尾。

 尻尾のトゲに毒があったのか。

 俺の背筋がまた冷えた。

 

「アクア下がれ!」

 

「言われなくたってぇ…あぅぅ…」

 

 アクアが膝をつきかける。

 

 ルナさんが慌てて荷物を開く。

 

「解毒薬を――」

 

「必要ないわ…」

 

 アクアが歯を食いしばりながら、片手を自分の腕へかざした。

 

「……ἀντίδοτον」

 

 聞き慣れない響きの言葉だった。

 

 だが、意味は分かった。

 

 解毒。

 

 淡い光が傷口を包む。

 紫色に染まりかけていた肌が、少しずつ元の色を取り戻していく。

 

「ふぅ……スッキリ!」

 

「大丈夫か!?」

 

「気持ち悪いのは消えたわ!……でも、何なのよあいつ! 尻尾のトゲかすっただけで毒とか、性格悪すぎない!?」

 

 ダクネスが盾を構えてガルルガの火球の爆風をしのぎながら叫ぶ。

 

「三人とも、距離を取りすぎるな! 散ると各個に狙われる!」

 

「了解!」

 

 俺はガルルガの横へ回る。

 

 脚を狙う。

 クックの時と同じだ。

 

 そう思って片手剣を振った。

 

 ガキンッ。

 

「硬ったァっ!?」

 

 刃が弾かれた。

 

 完全には通らない。

 同じ鳥竜種でも、イャンクックのそれとは比較にならない。

 黒紫の甲殻が、思った以上に硬い。

 

 ガルルガがこちらを向く。

 

 目が合った。

 

 嫌な目だ。

 

 もう怒っている…?

 いや、違う。

 最初からこれだ。

 

「こいつ…最初からずっとキレてるのか?」

 

「そんな生き方疲れそーね!」

 

「今そこ心配するな!」

 

 ガルルガが再び火球を吐く。

 

 今度のものは、明らかにイャンクックの火球より大きい。

 そして、勢いもある。

 地面へ当たった瞬間、爆ぜるように炎が広がった。

 

「うおっ!」

 

 俺は横へ転がる。

 

 熱波が襲ってくる。

 熱い。

 

「カズマ!」

 

「生きてる!」

 

 ダクネスが前へ出る。

 ランスで牽制し、盾で嘴を受ける。

 だが、ガルルガは止まらない。

 

 攻撃の間が短い。

 

 突進。

 嘴。

 尻尾。

 火球。

 咆哮。

 

 どれもクック先生の授業で見た動きに似ている。

 似ているのに、全部が悪意を持って強化されている。

 

 ガルルガが翼を広げる。

 低く跳び、こちらへ斜めに突っ込んできた。

 

「伏せろ!」

 

 ダクネスの声で、俺とアクアとルナさんは同時に身を伏せる。

 

 黒い影が頭上をかすめた。

 

 そのまま着地し、ガルルガはすぐに振り返る。

 

 速い。

 しつこい。

 そして、楽しんでいる。

 

 その顔に、俺はぞっとした。

 

「……こいつ、俺たちを狩ろうとしてるっていうより」

 

「何よ!」

 

「戦いたいだけじゃねえのか」

 

 アクアが青ざめる。

 

「最悪じゃない!」

 

「最悪だよ!」

 

 そこへ、ルナさんの声が飛んだ。

 

「カズマさん! こちらを!」

 

 振り返ると、ルナさんが荷物の中から樽を出していた。

 

 普通のタルの爆弾より、一回り大きい。

 

「調査隊用の威嚇爆薬です! 本来は接近してきた大型を追い払うためのものですが……使えます!」

 

「用意がいいですね!」

 

「調査員ですから」

 

「…今更なんですけど、受付嬢じゃなかったんですか?」

 

「兼任ですね」

 

「ブラックな職場!?」

 

 冗談を言っている場合じゃない。

 

 俺は樽を見て、ガルルガを見る。

 

「ダクネス、あいつのヘイトを買えるか!?」

 

「任せてくれ!」

 

「よし!んじゃアクアが怒らせるからその後に庇う感じで頼むな!!…アクア、お前は火球に気をつけながら、反対側へ回りながら声で引きつけろ!」

 

「また声援部隊なの!?私の太刀捌きの出番は!?」

 

「さっき毒貰って体力戻ってないだろ?ルナさん狙われたらマズいだろ?あとは…」

 

「あーもう分かったわよ!やるわよ!!…アンタもしっかりやんなさいよ?」

 

 …なんとなく俺がやることを察してそうなアクアが、ため息を吐きながら太刀を仕舞って横へ走りだす。

 

「こっちよ! このイキり鳥!!」

 

 一瞬でガルルガの目がアクアへ向いた。

 割と怒って。

 

「…え"っ!?キレんの早くない!??こっち睨んでるんですけどぉぉ?!」

 

「言っちゃいけない悪口言ったのはお前だろ!」

 

 ガルルガがアクアへ突っ込もうとした瞬間、ダクネスが真正面から割り込む。

 

「ここだッ!」

 

 盾で嘴を受ける。

 

 衝撃。

 

 ダクネスの足が地面を削る。

 

「ぐぅっ…!」

 

「ダクネス!?」

 

「案ずるな…これしきッ!」

 

 ダクネスは迫り合いをしていた盾を傾け、ガルルガの嘴をカチ上げる。

 

 …この隙を待っていた!

 

 ルナさんを庇うように構えていた盾を下ろし、受け取った爆弾を抱えて…駆ける!

 

「今だろ!」

 

 俺は…振り下ろされてくる嘴に当てるように、爆弾を押し当てる!

 

「カズマ!!?」

 

 ダクネスの声が聞こえた。

 

 次の瞬間。

 

 激しい爆音が響く。

 

 俺は…、

 

「ぐぉォッ!!?」

 

 俺は盾で爆風を防いだものの、勢いは殺せず地面へ転がった。

 耳がキーンと響いて痛い。

 砂が口に入った。

 最悪だ。

 

 …だが、間違い無く効いただろう?

 

 ガルルガの巨体が煙の向こうで大きく揺れた。

 黒紫の影が、片膝をつくように沈む。

 

「やった!?」

 

「その台詞はやめろ!」

 

 俺が叫んだ直後。

 

 煙の奥から、低い唸りが響いた。

 

 ガルルガが、立ち上がった。

 

「……嘘だろ」

 

 ダウンしきっていない?

 

 確かに効いている。

 甲殻の一部は焦げ、翼の先も焼けている。

 足取りもほんの少しだけ乱れている。

 

 だが、倒れていない。

 

 それどころか。

 

 目が、さらに赤くなっていた。

 

「…ガッツリ怒ってるじゃないの」

 

 アクアが震えた声で言う。

 

 その通りだった。

 

 ガルルガは痛みに怯んだのではない。

 

 むしろ痛みに、喜んだように見えた。

 

 気のせいかもしれない。

 そう思いたかった。

 

 だが、次の咆哮で、そんな希望は消えた。

 

 ガァァァァァッ!!

 

 森の空気が震える。

 

 木々の葉が揺れ、鳥が飛び立つ。

 ルナさんが帳面を胸に抱え、身を低くする。

 

「これ以上は危険です!撤退戦を推奨します!」

 

「ですよね!俺もそう思いますぅ!!」

 

「…だが、背中を見せれば追われる」

 

 ダクネスがガルルガを睨みながら、言う。

 

 ガルルガが一歩踏み出す。

 

 もう調査どころじゃない。

 足止めどころでもない。

 

 こいつは止まらない。

 止めたところで、さらに戦意を燃やす。

 

 森丘。

 雪山より穏やかだと思った場所。

 

 そこに、こんなのがいる。

 

「新ステージの洗礼、厳しすぎだろ……!」

 

「笑えないわね!」

 

 ガルルガが身を沈める。

 

 来る。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 遠くから、別の声が響いた。

 

 低く、太い。

 鳥竜種の甲高い声ではない。

 

 もっと大きな何か。

 森のさらに奥から届く、別種の咆哮。

 

「……何だ、今の」

 

 俺たちだけじゃない。

 

 ガルルガも反応した。

 

 ぴたりと動きを止め、首をそちらへ向ける。

 

 赤い目が細くなる。

 

 獲物を見つけた目ではない。

 邪魔者を見つけた目…?

 …いや、新しい喧嘩相手を見つけた目。

 

 ガルルガは、傷を負った顔で俺たちを一度だけ見た。

 

 その視線に、背筋が凍る。

 

 逃がしてやる。

 そういう目じゃない。

 

 今は後回しだ。

 

 そう言われた気がした。

 

「……まさか」

 

 ガルルガが翼を広げる。

 

 そして、森の奥へ向かって、裂けるような咆哮を返した。

 

 挑発するように。

 自分の存在を誇示するように。

 ここにいるぞ、と吠えるように。

 

 次の瞬間、黒紫の巨体が地面を蹴った。

 

 翼が風を叩く。

 草がなぎ倒される。

 砂と葉が舞い上がる。

 

 ガルルガは俺たちの頭上をかすめるように飛び上がり、そのまま咆哮が聞こえた方角へ飛び去っていった。

 

 残されたのは、焼け焦げた地面。

 爆弾の煙。

 荒れた草地。

 そして、俺たちの荒い呼吸だけだった。

 

「……行った?」

 

 アクアが恐る恐る言う。

 

「行ったな」

 

 俺は、ガルルガが消えた森の奥を見る。

 

「たぶん、もっと面白そうな相手を見つけただけだな」

 

「最悪じゃない……」

 

 ダクネスが盾を下ろす。

 

 その顔には、疲労と警戒が同時に浮かんでいた。

 

「今の個体は、こちらが退けたわけではないな」

 

「ああ」

 

 俺は小さく息を吐く。

 

「向こうが勝手に飽きただけだ」

 

 森丘の風が吹く。

 

 さっきまでは気持ちよかったはずの風が、今は少しだけ冷たい。

 

 ルナさんが、震える手で帳面に何かを書き込んでいる。

 

「黒紫の鳥竜種……高い攻撃性……毒性あり……タル爆弾による威嚇効果は限定的……別個体の咆哮に反応し移動……」

 

「ルナさん」

 

「はい?」

 

「ここ、本当に森丘ですよね?」

 

「はい。普通の森丘です」

 

「……こんなのがいるんじゃねぇか」

 

 俺は、思わず空を見上げた。

 

 雪山を抜けた。

 森丘に来た。

 クック先生を倒した。

 

 少しだけ、先に進めた気がしていた。

 

 だが、この森には、先生の次にあんな問題児がいる。

 

 そして、その問題児が興味を示すような“別の何か”までいる。

 

「……新しい場所って、もっとこう、希望に満ちてるものじゃないのかよ」

 

「希望はあるわよ」

 

 アクアがぼそっと言う。

 

「何だよ」

 

「帰れるって希望」

 

「切実すぎるな」

 

 ダクネスが小さく笑った。

 

「だが、同感だ。ここはこの機を逃さず退こう。調査としては十分すぎるほど情報を得ただろう?」

 

「十分っていうか、お腹いっぱいですね…」

 

 ルナさんが深々と頭を下げた。

 

「本当に…ご協力、ありがとうございました。特にアクアさん」

 

「いいわよ別に」

 

「しっかりお礼させていただきますね!」

 

 ……なんか、ルナさんのアクアを見る目がキラキラしているように見えるぞ?

 上っ面に騙されないか心配だ。

 

「…さて、皆さんのおかげで必要な情報が得られました」

 

「…危険度は?」

 

「…非常に危険、と評価されるでしょう……そのうち、討伐要請が入るかと」

 

「知ってた」

 

 俺は片手剣を鞘に戻した。

 

 クック先生の授業は終わった。

 

 だが、森丘はどうやら、それだけで卒業させてくれるほど甘くないらしい。

 

 補習どころか、次の教室には問題児が待っている。

 

 しかも、その問題児は俺たちを倒して去ったわけでも、俺たちに負けて去ったわけでもない。

 

 ただ、別の喧嘩に興味を移しただけ。

 

 その事実が、何よりも重かった。

 

「…とりあえず、今日は帰るぞ」

 

「賛成!」

 

「異論はない」

 

 俺たちはルナさんを連れて、ベースキャンプへ戻り始めた。

 

 背後の森からは、もうガルルガの声は聞こえない。

 

 けれど、あの刺々しい鳴き声だけは、耳の奥に残っていた。

 

 森丘。

 

 緑と風と木漏れ日の場所。

 

 けれどそこは、雪山とは違う形で、俺たちに牙を剥く場所でもあった。




感想評価ありがとうございます!
めっちゃやる気に繋がります!

余談ですが最近作曲とプラモにハマってます。
投稿したりエアブラシ買ったりしました。
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