クック先生の初授業を終え、森丘での狩りにも少し慣れてきたはず…でしたがぁ!!
(ファンタ飲んでて思い出しました)
狩猟を終えたあと、俺たちは森丘を少し回った。
目的は村長から言われた採取と採掘。
アクアは最初こそ「まだ歩くのー?」と文句を言っていたが、鉱石が金になる話を思い出した途端に態度を変えた。
「採掘しましょう! 今すぐしましょう! そうしましょう!!」
「分かりやすいな、お前」
「お金は大事よ!」
「確かに先立つものは大事だが、その…」
なんてやり取りしているうちに、目当ての場所に辿り着く。
そこは岩場の採掘ポイント。
俺たちは、握りしめたピッケルを振るう。
カン、カン、と硬い音が森の中に響き始める。
「鉄鉱石」
「大地の結晶」
「お、黄金石!」
黄色がかった鉱石が出た瞬間、俺は思わず声を上げた。
「それがいいやつね!」
「そうだ、今の俺たちにはかなり嬉しいやつだ」
「いくら?」
「…えーっと」
「ふむ、このサイズなら…回復薬3つ分といったところか」
「…だ、そうだ」
「思ったよりも買い叩かれるのね、ちぇ」
ダクネスも採掘しながら苦笑する。
「回復薬を補充するのも良いが…片手剣なら、斬れ味を上げる強化が欲しいところだな。盾ももう少し補強できれば安心だ」
「防具もだよな」
「ああ。昨日のような相手は例外としても、これからは一撃の重い相手も増えるだろう」
「嫌な予言しないでもらえませんかね?」
「事実だ」
「…それだけ頼られるようになった、って思っとくよ」
「そうだな、それがいい」
ダクネスが俺に笑いかける。
思わず目を逸らす。
目を逸らした先に映るのは…
「こーれーはー??」
アクアが採掘した石を持ち上げる姿。
「でっかい石ころだな」
「ああ、見事な石ころだ」
「……いらないわね」
「投げれば使える」
「ほんとに??誰が投げるの??」
「お前」
「適当じゃないの!もうっ!」
程なくして、採取に移った。
薬草。
ペイントの実。
骨。
虫。
森丘は、雪山よりも明らかに素材の種類が多い。
何より、こういった行為をする時、寒くないだけで精神がだいぶ楽だった。
「さっきの話だけど…装備、どうする?」
俺は鉱石を袋へしまいながら、作業のついでに話を振った。
「まずはカズマの盾と武器でしょうね」
アクアがさっき拾った凄まじい色のキノコを仕舞いながら、意外にもまともなことを言った。
「…お前、珍しく俺優先なのか」
ちょっと感動すら覚えるぞ。
「だって、あんたがすぐ死にそうになるし、治すの面倒だもの」
「理由がひどい」
感動を返せ。
「でも事実でしょ?」
「……否定できないのが腹立つぜ」
ダクネスは少し考えてから言った。
「アクアの太刀も強化したい。今の動きなら、斬れ味が上がるだけでもかなり変わる」
「あらダクネスってば、良いこと言うわね!」
「ただし、太刀に振り回されないようにな」
「違うわ! 私が太刀を振り回してるの!」
「まだ言ってる……」
そんな話をしながら、一通り荷物をまとめた俺たちはベースキャンプへ戻りはじめた。
◇
採取した素材やクックの素材は、それなりに嵩張るので、配送を頼むことにした。
キャンプにいたアイルーへ荷物を渡す。
「これ、ポッケ村まで頼めるか?」
「任せるニャ。鉱石と素材、まとめて送るニャ」
「助かる」
「割れ物注意でお願いするわよ!」
「…なんか割れるもんあったっけ?」
「気分の問題よ!」
配送の手続きが終わり、俺たちはようやく帰る準備に入った。
「いやー、いい依頼だったわね」
アクアが伸びをする。
「寒くないし、先生はちゃんと倒せたし、新しい素材も取れたし」
「たしかに、珍しく綺麗に終われそうだな」
俺がそう言った瞬間だった。
森の奥から、声が響いた。
甲高い。
だが、イャンクックとは微妙に違う。
似ているようで、似ていない。
クックのどこか間の抜けた鳴き声とは違い、もっと鋭く、刺々しく、耳の奥に残る声。
まるで、悪魔が笑っているみたいな。
そんな感じの声だった。
「……今のも、クックかしら?」
アクアが固まりながら言う。
「…いや」
ダクネスが否定する。
その視線は、声がした方に向いていた。
俺も、同じく森の奥を見た。
なぜだろうか。
背筋に、途轍もなく嫌なものが走る。
「似てるけど、違う」
ダクネスも表情を引き締めた。
「……今の声は、私も聞き覚えが薄い。だが、思い当たる存在はいる。無論、クックではないが」
「帰りましょ!今すぐ帰りましょ!!綺麗に終わったんだから、ね? もう帰りましょ!!!」
「準備を整える…という意味ならば賛同するが……」
その時、ベースキャンプの反対側から、トットットッと軽い足音が近づいてきた。
「すみませーん! そこのハンターの方々!」
切羽詰まっている中、明るさを思わせる声。
振り返ると、そこにいたのは、ポッケ村でよく見る、受付嬢のような服を着た女性だった。
柔らかい笑顔。
きちんとまとめられた髪。
どこか人当たりの良さそうな雰囲気。
ただし、手元には調査用らしい帳面と、妙に分厚い資料束を抱えている。
「私はギルドから森丘の調査に来ているルナと申します。少々、お時間よろしいでしょうか?」
「……ぁい」
逃げられないと悟ったアクアが、消え入りそうな返答を返す。
やれやれ。
ルナと名乗った女性は、森の奥へ視線を向けた。
「今の声、聞こえましたよね?」
「聞こえましたけど、正直…聞かなかったことにしたいです」
「本当に正直ですね」
ルナさんは困ったように笑った。
「実はここ最近、森丘でイャンクックに似た、けれど明らかに異なる大型鳥竜種らしき目撃報告が出ています。ですが、調査隊も接近できず、詳しい確認が取れていません」
「ふむ……」
「……」
「……」
俺たち三人は、顔を見合わせた。
綺麗に終われそうだった依頼。
倒したクック先生。
採掘できた鉱石。
配送済みの素材。
そして、帰ろうとした矢先の追加イベント。
「…カズマさん?」
アクアが低い声で言う。
「何だ」
「さっき、綺麗に終われそうって言ったわよね?」
「言っちゃったな」
「謝って」
「すみませんでした」
あれフラグだったのか…。
ダクネスがルナさんの話を聞いて、仕舞おうとしていたランスを握り直す。
「つまり…調査要請、ということであっているのか?」
「はい」
ルナさんは、にこりと笑った。
その笑顔は優しい。
優しいが、言っている内容は全然優しくなかった。
「勿論無理に討伐していただく必要はありません。ですが、可能であれば姿の確認、危険度の判断、そして必要に応じた足止めをお願いしたいのです」
「足止めって時点で結構危険じゃないか?」
「はい。危険ですね」
「笑顔で言ってくれるなぁ……」
森の奥から、もう一度声が響いた。
さっきより近い。
クックに似ている。
けれど、やっぱり違う。
獰猛で、話の通じなさそうな声。
アクアが肩を震わせる。
「ねえ、先生の次に来る声じゃないんだけど」
「…だな」
俺は、嫌な予感と一緒に、ゲームの記憶の奥からその名前を引っ張り出した。
黒紫の甲殻。
片耳のような尖った輪郭。
異様な攻撃性。
そういや、毒もあったっけ。
あと響き渡る咆哮。
クック先生に似ているようで、似ても似つかない凶暴さ。
「先生の親戚みたいな顔した、問題児だ」
ルナさんが帳面を開く。
「では、調査にご協力いただけるということで?」
「まだ何も言ってないですけど!?」
「ギルドからの謝礼はこれくらいです」
「うぅぅぅ…シュワシュワが30回は飲めるじゃないの!」
アクアがしょうもない計算を弾き出していた。
だが、そのやり取りを遮るように、森の奥から三度目の声が響いた。
今度は、はっきりと分かる。
向こうは、こちらに気づいている。
多分、帰り始めたとて、絡まれるような気がする。
俺は小さく息を吐いた。
森丘。
クック先生。
採掘。
素材。
装備強化。
ここまでは順調だった。
だが、やっぱりこの世界は、綺麗に終わらせてはくれないらしい。
「はぁ…」
「…行くんだな?」
「ああ…行くぞ。調査だけな」
「…その言い方で調査だけで済んだことある?」
「ないな」
「最悪だわ!」
ダクネスが静かに前へ出る。
「ならば、なおさら慎重に行こう。回復薬の手持ちも限られている、ゆえに無理はしない。危険ならすぐに退く」
「それで問題ありません。よろしくお願いします」
俺はルナさんの声を聞き、片手剣の柄を握った。
森の奥。
クック先生とは違う、凶暴な声がまた響く。
授業は終わったはずだった。
だが、どうやら。
森丘には、補習どころでは済まない何かがいるらしい。
◇
ダクネスとルナさんの案内で、俺たちは声がした方へ向かった。
案内、と言っても、ルナさん自身が前へ出るわけではない。
あくまで調査員として、地図と目撃情報を照らし合わせながら、後ろから道を示す。
「この先の開けた場所で、鳥竜種らしき影が確認されています」
「鳥竜種……」
「はい。イャンクックに似ているという報告もありますが、痕跡から気性の荒さがはっきりとしていて、複数の調査員が接近を断念しています」
「断念で済んでよかったですね」
「ええ。本当に」
ルナさんが真顔で頷いた。
アクアは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「…ねえねえ、やっぱり帰らない? 今ならまだ“聞こえなかったことにしました”で済むんじゃない?」
「さっきルナさんと一緒に聞いちゃったじゃん」
「じゃあ、“聞いたけど忘れました”で」
「通るか!」
「ギルドの正式な調査記録に残りますね」
「ほーら見ろ」
「ギルドって融通利かないわね!」
ダクネスが小さく息を吐く。
「アクア、気持ちは分かるが、調査だけでもしておこう。ここが本当に危険なら、村や他のハンターにも知らせる必要がある」
「それは……そうよねぇ」
アクアが不満そうに唇を尖らせる。
だが、それ以上は文句を言わなかった。
こういう時、アクアは最終的にちゃんとついてくる。
うるさいし、怖がるし、文句も言う。
でも、本当に必要な時は逃げない。
その辺は、正直かなり助かっている。
「……何よ」
「いや、何でもない」
「また変なこと考えてた?」
「女神ってたまに鋭いよな」
「たまにって何よ!…え、変なこと考えてたの!!?」
そんなやり取りをしながら進んでいくと、森の空気が変わった。
さっきまでの穏やかな緑ではない。
鳥の声が少ない。
虫の音も遠い。
風は吹いているのに、妙に湿っている。
そして、地面に焦げ跡があった。
「……火球か?」
俺はしゃがみ込む。
草が焼けている。
土が黒く焦げ、木の根元にまで火の跡が残っていた。
イャンクックの火球でも焦げ跡は残る。
だが、これは少し違う。
荒い。
範囲が広い。
何より、同じ場所へ何度も叩きつけたような跡がある。
「クック先生もなかなか火を吐いてたけど、これは……」
「より攻撃的だな」
ダクネスが周囲を警戒しながら言う。
「獲物を追い払うためというより、痛めつけるために撃っているように見える」
「嫌な分析しないでほしいわ……」
「私も言いたくて言っているわけではない」
ルナさんが帳面に何かを書き込む。
「火球の痕跡、通常のイャンクックよりも激しい。攻撃性高。記録しておきます」
「その記録、今後の誰かの役に立つんですよね?」
「はい。生きて帰れれば、ですが」
「そこ、力強く言わないでほしかった」
さらに進むと、木の幹に深い傷が残っていた。
嘴か。
爪か。
それとも尻尾か。
削れた木片が地面に散らばっている。
「……これ、ただ暴れただけか?」
「そうとも見える、が」
ダクネスは傷を指でなぞる。
「だが、妙だ。餌を取るためでも、巣を作るためでもない。ただ、そこにあるものを壊したように見える」
「なんだよそれ」
アクアが小声で言う。
「何か、性格悪そうなんだけど」
アクアの言いたいことは分かる。
ガムートは違った。
あれは怖かった。
でかすぎたし、近づけば確実に潰される相手だった。
でも、あの目には理由があった。
子供を守るため。
近づくものを追い払うため。
見た目は怖いが、分かる怖さだった。
今、森の奥から感じる気配は違う。
理由が分からない。
いや、理由なんてないのかもしれない。
ただ、戦いたい。
ただ、壊したい。
ただ、自分の前にいるものを傷つけたい。
そんな嫌な気配だった。
「……こんなのがいるんじゃねぇか、森丘」
思わず呟く。
「雪山より楽って思った俺が馬鹿だったわ」
「まだ決めつけるには早い。そう自棄になるな」
ダクネスが言う。
だが、その声もいつもより低い。
「ただし、油断できる相手ではないのは確かだ」
その時だった。
森の奥で、黒い影が動いた。
「っ!」
俺たちは一斉に構える。
開けた場所。
岩場と草地の間。
そこに、そいつはいた。
イャンクックに似ている。
確かに、第一印象だけならそう言える。
鳥のような体。
大きな嘴。
翼。
細い脚。
長い尻尾。
だが、違う。
甲殻は黒紫。
ところどころ傷だらけで、まるで戦い続けてきた古傷をそのまま鎧にしたようだった。
耳のような部分は鋭く尖り、片方だけが妙に目立つ。
目は赤く、こちらを見た瞬間、獲物を見つけたというより、喧嘩相手を見つけたような光を帯びた。
その嘴の端から、低い唸りが漏れる。
「……イャンクック?」
アクアが小さく言った。
「違う」
俺は即答した。
「アイツは、先生じゃない」
そいつは首をゆっくり持ち上げた。
そして、裂けるような声で鳴いた。
森が震えた。
「うわっ!?」
「耳がっ……!」
クックの鳴き声とは違う。
音そのものが、こちらを殴ってくるような咆哮だった。
ルナさんが後ろで身を低くする。
「確認しました、報告にあった個体です!」
「名前はなんなの!?」
俺は片手剣を構えながら、喉の奥で呟いた。
「……イャンガルルガ」
黒狼鳥。
クック先生の親戚みたいな見た目をしていながら、中身はまるで違う。
怒りっぽいとか、そういうレベルじゃない。
こいつは最初から喧嘩腰だ。
「やはり知っているのか、カズマ」
「知識としてはな。だけど、正直……今このタイミングで会いたいやつじゃない」
「いつなら会いたいのよ!」
「できれば一生会いたくなかった!」
ガルルガが一歩踏み出した。
ただそれだけで、空気が変わる。
こちらを見ている。
間違いなく見ている。
逃げるか。
攻めるか。
いや、そもそも調査だけでいい。
分かっている。
分かっているのに、あいつの目を見ると嫌でも理解させられる。
向こうは、こちらが戦うかどうかなんて気にしていない。
自分が戦いたいから、来る。
「下がれ!」
ダクネスが叫んだ。
次の瞬間、ガルルガが突っ込んできた。
速い。
クック先生よりも、明らかに鋭い。
地面を蹴った瞬間の加速が違う。
首の振り方が違う。
嘴の狙いが違う。
ただ驚かせるような動きじゃない。
こちらを壊しに来ている。
「ッ!」
ダクネスが盾を構えて受ける。
そして流す。
ガギィンッ!!
嘴が盾にぶつかり、金属音が響く。
「クッ……!重いなっ!」
「大丈夫か!?」
「イャンクックとは比べものにならんがな!」
ガルルガは盾に弾かれ、止まれなかった。
否、止まらなかった。
そのまま、鋭い嘴を前面に、地面を抉り取るような顔面スライディングを決める。
ダクネスが弾き流さなければ、皆すっ飛ばされていた。
すぐに体勢を立て直し、次の行動に移る。
首を捻り、嘴を横から叩きつける。
さらに踏み込み、尻尾を振る。
「尻尾がくる!」
俺は叫ぶ。
だが、クックの尻尾回転とは速度が違った。
黒紫の尻尾がしなる。
俺は避けることができた。
だが、しなった尻尾の先端から棘が抜け落ち、後ろにいたルナさんの方へ飛んでいく。
「……ぁ」
「こらっ!ルナ!ボサっとしてるんじゃないわよ!」
アクアがルナさんを庇うように飛び込んだ。
すんでのところで、飛んできた尻尾の棘は、アクアの腕をかすめる。
「っ、いた……!」
「ご、ごめんなさい!?」
「アクア!」
傷は浅そうに見える。
…だが、次の瞬間、その顔色が変わった。
「何これ…気持ちワル…」
傷口の周囲が、嫌な紫色に変わっていく。
「毒か!」
そうだ。
ガルルガの尻尾。
尻尾のトゲに毒があったのか。
俺の背筋がまた冷えた。
「アクア下がれ!」
「言われなくたってぇ…あぅぅ…」
アクアが膝をつきかける。
ルナさんが慌てて荷物を開く。
「解毒薬を――」
「必要ないわ…」
アクアが歯を食いしばりながら、片手を自分の腕へかざした。
「……ἀντίδοτον」
聞き慣れない響きの言葉だった。
だが、意味は分かった。
解毒。
淡い光が傷口を包む。
紫色に染まりかけていた肌が、少しずつ元の色を取り戻していく。
「ふぅ……スッキリ!」
「大丈夫か!?」
「気持ち悪いのは消えたわ!……でも、何なのよあいつ! 尻尾のトゲかすっただけで毒とか、性格悪すぎない!?」
ダクネスが盾を構えてガルルガの火球の爆風をしのぎながら叫ぶ。
「三人とも、距離を取りすぎるな! 散ると各個に狙われる!」
「了解!」
俺はガルルガの横へ回る。
脚を狙う。
クックの時と同じだ。
そう思って片手剣を振った。
ガキンッ。
「硬ったァっ!?」
刃が弾かれた。
完全には通らない。
同じ鳥竜種でも、イャンクックのそれとは比較にならない。
黒紫の甲殻が、思った以上に硬い。
ガルルガがこちらを向く。
目が合った。
嫌な目だ。
もう怒っている…?
いや、違う。
最初からこれだ。
「こいつ…最初からずっとキレてるのか?」
「そんな生き方疲れそーね!」
「今そこ心配するな!」
ガルルガが再び火球を吐く。
今度のものは、明らかにイャンクックの火球より大きい。
そして、勢いもある。
地面へ当たった瞬間、爆ぜるように炎が広がった。
「うおっ!」
俺は横へ転がる。
熱波が襲ってくる。
熱い。
「カズマ!」
「生きてる!」
ダクネスが前へ出る。
ランスで牽制し、盾で嘴を受ける。
だが、ガルルガは止まらない。
攻撃の間が短い。
突進。
嘴。
尻尾。
火球。
咆哮。
どれもクック先生の授業で見た動きに似ている。
似ているのに、全部が悪意を持って強化されている。
ガルルガが翼を広げる。
低く跳び、こちらへ斜めに突っ込んできた。
「伏せろ!」
ダクネスの声で、俺とアクアとルナさんは同時に身を伏せる。
黒い影が頭上をかすめた。
そのまま着地し、ガルルガはすぐに振り返る。
速い。
しつこい。
そして、楽しんでいる。
その顔に、俺はぞっとした。
「……こいつ、俺たちを狩ろうとしてるっていうより」
「何よ!」
「戦いたいだけじゃねえのか」
アクアが青ざめる。
「最悪じゃない!」
「最悪だよ!」
そこへ、ルナさんの声が飛んだ。
「カズマさん! こちらを!」
振り返ると、ルナさんが荷物の中から樽を出していた。
普通のタルの爆弾より、一回り大きい。
「調査隊用の威嚇爆薬です! 本来は接近してきた大型を追い払うためのものですが……使えます!」
「用意がいいですね!」
「調査員ですから」
「…今更なんですけど、受付嬢じゃなかったんですか?」
「兼任ですね」
「ブラックな職場!?」
冗談を言っている場合じゃない。
俺は樽を見て、ガルルガを見る。
「ダクネス、あいつのヘイトを買えるか!?」
「任せてくれ!」
「よし!んじゃアクアが怒らせるからその後に庇う感じで頼むな!!…アクア、お前は火球に気をつけながら、反対側へ回りながら声で引きつけろ!」
「また声援部隊なの!?私の太刀捌きの出番は!?」
「さっき毒貰って体力戻ってないだろ?ルナさん狙われたらマズいだろ?あとは…」
「あーもう分かったわよ!やるわよ!!…アンタもしっかりやんなさいよ?」
…なんとなく俺がやることを察してそうなアクアが、ため息を吐きながら太刀を仕舞って横へ走りだす。
「こっちよ! このイキり鳥!!」
一瞬でガルルガの目がアクアへ向いた。
割と怒って。
「…え"っ!?キレんの早くない!??こっち睨んでるんですけどぉぉ?!」
「言っちゃいけない悪口言ったのはお前だろ!」
ガルルガがアクアへ突っ込もうとした瞬間、ダクネスが真正面から割り込む。
「ここだッ!」
盾で嘴を受ける。
衝撃。
ダクネスの足が地面を削る。
「ぐぅっ…!」
「ダクネス!?」
「案ずるな…これしきッ!」
ダクネスは迫り合いをしていた盾を傾け、ガルルガの嘴をカチ上げる。
…この隙を待っていた!
ルナさんを庇うように構えていた盾を下ろし、受け取った爆弾を抱えて…駆ける!
「今だろ!」
俺は…振り下ろされてくる嘴に当てるように、爆弾を押し当てる!
「カズマ!!?」
ダクネスの声が聞こえた。
次の瞬間。
激しい爆音が響く。
俺は…、
「ぐぉォッ!!?」
俺は盾で爆風を防いだものの、勢いは殺せず地面へ転がった。
耳がキーンと響いて痛い。
砂が口に入った。
最悪だ。
…だが、間違い無く効いただろう?
ガルルガの巨体が煙の向こうで大きく揺れた。
黒紫の影が、片膝をつくように沈む。
「やった!?」
「その台詞はやめろ!」
俺が叫んだ直後。
煙の奥から、低い唸りが響いた。
ガルルガが、立ち上がった。
「……嘘だろ」
ダウンしきっていない?
確かに効いている。
甲殻の一部は焦げ、翼の先も焼けている。
足取りもほんの少しだけ乱れている。
だが、倒れていない。
それどころか。
目が、さらに赤くなっていた。
「…ガッツリ怒ってるじゃないの」
アクアが震えた声で言う。
その通りだった。
ガルルガは痛みに怯んだのではない。
むしろ痛みに、喜んだように見えた。
気のせいかもしれない。
そう思いたかった。
だが、次の咆哮で、そんな希望は消えた。
ガァァァァァッ!!
森の空気が震える。
木々の葉が揺れ、鳥が飛び立つ。
ルナさんが帳面を胸に抱え、身を低くする。
「これ以上は危険です!撤退戦を推奨します!」
「ですよね!俺もそう思いますぅ!!」
「…だが、背中を見せれば追われる」
ダクネスがガルルガを睨みながら、言う。
ガルルガが一歩踏み出す。
もう調査どころじゃない。
足止めどころでもない。
こいつは止まらない。
止めたところで、さらに戦意を燃やす。
森丘。
雪山より穏やかだと思った場所。
そこに、こんなのがいる。
「新ステージの洗礼、厳しすぎだろ……!」
「笑えないわね!」
ガルルガが身を沈める。
来る。
そう思った瞬間だった。
遠くから、別の声が響いた。
低く、太い。
鳥竜種の甲高い声ではない。
もっと大きな何か。
森のさらに奥から届く、別種の咆哮。
「……何だ、今の」
俺たちだけじゃない。
ガルルガも反応した。
ぴたりと動きを止め、首をそちらへ向ける。
赤い目が細くなる。
獲物を見つけた目ではない。
邪魔者を見つけた目…?
…いや、新しい喧嘩相手を見つけた目。
ガルルガは、傷を負った顔で俺たちを一度だけ見た。
その視線に、背筋が凍る。
逃がしてやる。
そういう目じゃない。
今は後回しだ。
そう言われた気がした。
「……まさか」
ガルルガが翼を広げる。
そして、森の奥へ向かって、裂けるような咆哮を返した。
挑発するように。
自分の存在を誇示するように。
ここにいるぞ、と吠えるように。
次の瞬間、黒紫の巨体が地面を蹴った。
翼が風を叩く。
草がなぎ倒される。
砂と葉が舞い上がる。
ガルルガは俺たちの頭上をかすめるように飛び上がり、そのまま咆哮が聞こえた方角へ飛び去っていった。
残されたのは、焼け焦げた地面。
爆弾の煙。
荒れた草地。
そして、俺たちの荒い呼吸だけだった。
「……行った?」
アクアが恐る恐る言う。
「行ったな」
俺は、ガルルガが消えた森の奥を見る。
「たぶん、もっと面白そうな相手を見つけただけだな」
「最悪じゃない……」
ダクネスが盾を下ろす。
その顔には、疲労と警戒が同時に浮かんでいた。
「今の個体は、こちらが退けたわけではないな」
「ああ」
俺は小さく息を吐く。
「向こうが勝手に飽きただけだ」
森丘の風が吹く。
さっきまでは気持ちよかったはずの風が、今は少しだけ冷たい。
ルナさんが、震える手で帳面に何かを書き込んでいる。
「黒紫の鳥竜種……高い攻撃性……毒性あり……タル爆弾による威嚇効果は限定的……別個体の咆哮に反応し移動……」
「ルナさん」
「はい?」
「ここ、本当に森丘ですよね?」
「はい。普通の森丘です」
「……こんなのがいるんじゃねぇか」
俺は、思わず空を見上げた。
雪山を抜けた。
森丘に来た。
クック先生を倒した。
少しだけ、先に進めた気がしていた。
だが、この森には、先生の次にあんな問題児がいる。
そして、その問題児が興味を示すような“別の何か”までいる。
「……新しい場所って、もっとこう、希望に満ちてるものじゃないのかよ」
「希望はあるわよ」
アクアがぼそっと言う。
「何だよ」
「帰れるって希望」
「切実すぎるな」
ダクネスが小さく笑った。
「だが、同感だ。ここはこの機を逃さず退こう。調査としては十分すぎるほど情報を得ただろう?」
「十分っていうか、お腹いっぱいですね…」
ルナさんが深々と頭を下げた。
「本当に…ご協力、ありがとうございました。特にアクアさん」
「いいわよ別に」
「しっかりお礼させていただきますね!」
……なんか、ルナさんのアクアを見る目がキラキラしているように見えるぞ?
上っ面に騙されないか心配だ。
「…さて、皆さんのおかげで必要な情報が得られました」
「…危険度は?」
「…非常に危険、と評価されるでしょう……そのうち、討伐要請が入るかと」
「知ってた」
俺は片手剣を鞘に戻した。
クック先生の授業は終わった。
だが、森丘はどうやら、それだけで卒業させてくれるほど甘くないらしい。
補習どころか、次の教室には問題児が待っている。
しかも、その問題児は俺たちを倒して去ったわけでも、俺たちに負けて去ったわけでもない。
ただ、別の喧嘩に興味を移しただけ。
その事実が、何よりも重かった。
「…とりあえず、今日は帰るぞ」
「賛成!」
「異論はない」
俺たちはルナさんを連れて、ベースキャンプへ戻り始めた。
背後の森からは、もうガルルガの声は聞こえない。
けれど、あの刺々しい鳴き声だけは、耳の奥に残っていた。
森丘。
緑と風と木漏れ日の場所。
けれどそこは、雪山とは違う形で、俺たちに牙を剥く場所でもあった。
感想評価ありがとうございます!
めっちゃやる気に繋がります!
余談ですが最近作曲とプラモにハマってます。
投稿したりエアブラシ買ったりしました。