この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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やっと…やっとこの子が出せました!
長かった…エタらず書けてるのも皆様のおかげです!
ありがとうございます!!


第七話・前半『紅き瞳の新入生に祝福を?』

 

     ◇

 

 命からがらに、森丘からポッケ村が見えてきた頃には、空の色が傾き始めていた。

 

 今日は早く帰れると思ったんだけどな…。

 

 ちょっと目を閉じただけで、

 

 雪山とは違う森の匂い。

 クック先生との狩り。

 採掘で得た素材。

 そして、黒紫の問題児。

 

 思い出される。

 

 ……はぁ。

 身体は疲れている。

 だが、それ以上に、頭の奥が妙に重かった。

 

 イャンクックはドスなんちゃら達よりも強かった。

 

 けれど、それでも分かりやすかった。

 避ける。

 斬る。

 転ばせる。

 そして、追う。

 ゲームと同じく、大型モンスターとの戦い方を、確かに教えてくれる印象だった。

 

 …だが、イャンガルルガは違うだろ。

 

 少なくとも、あれは先生ポジションではない。

 因縁をふっかけてくる輩だ。

 

 ただ暴れて、ただ壊して、ただ戦いたがる。

 そういう感じの目をしていた。

 

 しかも、俺たちが追い払ったわけじゃない。

 倒したわけでもない。

 気まぐれに、別の何かへ興味を移して飛び去っただけ。

 

 ……やっぱり森丘、普通に怖いんですけど??

 

「カズマ、顔色悪いわよ」

 

「お前は元気だな」

 

「私もお腹すいて力が出ないわよ?でももう毒の影響も無いのよねぇ…?」

 

「だいぶ元気じゃねえか」

 

 アクアはそう言いながらも、いつもより少しだけ大人しかった。

 

 毒を受けたこと。

 ルナさんを庇ったこと。

 ガルルガの咆哮を真正面から聞いたこと。

 

 色々あって、さすがのアクアも疲れたのだろう。

 

 ……いや、やっぱり単に腹が減っているだけかもしれないが。

 

 ため息が出てしまう。

 

「以前やってくれたみたいに…その、おぶろうか?」

 

「…いや、またの機会にとっとくよ」

 

 背負ってもらいながら、村に入るのが恥ずかしい…とかじゃないんだからな、うん。

 

「そうか?…辛かったらちゃんと言うんだぞ?」

 

 そう言ったダクネスは一歩前を歩いている。

 

 背筋は伸びている。

 ランスも盾もいつも通り持っている。

 だが、その横顔には、俺やアクアとは違う種類の疲労が見えた。

 

 先輩ハンターとしての責任感。

 村へ報告しなければならないという緊張。

 そして、あのガルルガを見た者としての警戒。

 

 たぶん、今一番色々考えているのはダクネスなんだろうな。

 

「帰り着いたら…まずは村長へ報告だな」

 

「ああ」

 

 ダクネスが頷く。

 

「森丘でイャンガルルガが確認された。しかも、毒と強い攻撃性を持つ。これは軽く見ていい話ではない」

 

「ですよねぇ……」

 

 軽く見たかった。

 すごく軽く見たかった。

 できれば「ちょっと変なイャンクックでした」で済ませたかった。

 

 だが、あれは無理だ。

 

 あんなものが森丘にいるなら、近隣の村の人間や他のハンターにも知らせる必要がある。

 それは分かる。

 分かるが。

 

「俺たち、何か毎回報告内容重くなってない?」

 

「気のせいではないな」

 

「否定してほしかった」

 

 そんな会話をしながら、俺たちは集会所の前へ向かう。

 

 そこには、いつものように村長がいた。

 

 湯呑みを手に、少しだけ目を細めてこちらを見る。

 

「おかえり。ずいぶん疲れた顔をしているね」

 

「まあ、色々ありまして」

 

「クック先生は倒したわよ!」

 

 アクアが胸を張る。

 

 その言い方だけなら、今日の依頼は成功そのものだった。

 

 実際、イャンクックは狩猟した。

 言われてた採掘もした。

 素材も配送に回した。

 森丘の地形も少しは確認できた。

 

 だが、問題はその後だ。

 

 村長は俺たちの様子を見て、湯呑みを置いた。

 

「……また、何かあったようだね?」

 

 ダクネスが一歩前に出る。

 

「報告します。森丘で、イャンガルルガと遭遇しました」

 

 その名を聞いた瞬間、村長の目がわずかに細くなった。

 

「……そうか。そこにも現れたのか」

 

「そこにも?」

 

 俺が思わず聞き返す。

 

 村長は湯呑みに視線を落としたまま、小さく息を吐いた。

 

「最近、他の狩場でも似た報告が上がっていてね。黒紫の甲殻を持つ、攻撃性の高い鳥竜種。毒を持ち、火球を使い、イャンクックに似てはいるが、まるで性質が違う」

 

「……まさにそれです」

 

 ダクネスが頷く。

 

「威嚇用の大タル爆弾でも完全には怯みませんでした。こちらが退けたわけではありません。森の奥から別の咆哮が聞こえ、その声に反応して飛び去っただけです」

 

「別の咆哮……」

 

 村長は静かに呟いた。

 

 その声には、いつもの穏やかさだけではない、少し重いものが混じっていた。

 

「それで、その個体に追われた者は?」

 

「今のところ、私たちとルナさんは無事です。アクアが毒を受けましたが、すぐに解毒しました」

 

「そうか。よく帰ってきたね」

 

 村長のその一言に、俺は少しだけ肩の力が抜けた。

 

 倒したわけじゃない。

 追い払ったわけでもない。

 あいつが勝手に俺たちへの興味を失っただけだ。

 

 それでも、生きて帰ってきた。

 

 その事実だけは、確かだった。

 

 村長はしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく息を吐く。

 

「……最近、環境が乱れ過ぎているね」

 

 その一言に、俺たちは誰もすぐには返せなかった。

 

 ティガレックス。

 ガムート。

 イャンガルルガ。

 そして…森の奥から聞こえた別の咆哮。

 

 一つ一つは偶然かもしれない。

 だが、こうして並べると、何かが記憶からちょっとずれているように思える。

 

「雪山だけじゃなく、森丘もか……」

 

 村長は遠くを見るように呟いた。

 

「本来なら、それぞれの縄張りや生態にはある程度の流れがある。もちろん、自然はいつも人間の都合通りにはいかない。だが、最近はその乱れ方が少し大きい」

 

「……何か原因があるんですか?」

 

「…私にもまだ分からないよ」

 

 村長は首を振った。

 

「だから、今は情報を集めるしかない。君たちの報告は大きい。ルナさんからも詳しい記録が上がるだろう」

 

「…何か討伐要請が?」

 

 ダクネスが尋ねる。

 

「すぐに君たちへ出すことはないよ」

 

 村長は穏やかに言った。

 

 正直、少し安心した。

 

「今の君たちには危険すぎる。ダクネスがいてもだ。もちろん、いずれ関わることになるかもしれない。だが、今はまず、装備を整えること。森丘の地形を覚えること。そして、無理をしないことだ」

 

「賢明な判断です」

 

「カズマ、本音が出てるぞ?」

 

「出してるんだよ」

 

 あんなのと連戦させられたら、普通に泣く。

 

 村長は少しだけ笑った。

 

「ともあれ、イャンクックの狩猟は成功。森丘の初調査としても十分すぎるだろう。今日はよく休むといい」

 

「やったわ! お風呂入ってからご飯よ!」

 

「お前は本当に切り替え早いな」

 

「生きて帰れたら汗を流す、ご飯を食べる。これが冒険者の基本でしょ?」

 

「正しいのが腹立つ」

 

 そんなやり取りをしていた、その時だった。

 

 

     ◇

 

 

「ですから! 私はハンターになるべく、このポッケ村へやって来たのです!」

 

 集会所の前に、やけに通る女の子の声が響いた。

 

 俺たちは一斉にそちらを見る。

 

 声の主は、小柄な少女だった。

 

 赤っぽい服。

 妙に大きな帽子。

 そして、やたら自信満々な立ち姿。

 

 年齢は俺たちより下に見える。

 だが、態度だけなら村長より偉そうだった。

 

 その少女は、集会所の前でギルドの係員らしき男に詰め寄っていた。

 

「困ります!登録には手続きと費用が必要ですし、未経験者をすぐに大型狩猟へ出すわけにはいきませんし……」

 

「未経験ではありません! 私は紅魔族随一の爆裂を愛する者! 力ならばあります!」

 

「こ、紅魔族…!その発言が一番不安なんですが……?」

 

 係員の声が疲れている。

 

 とても分かる。

 

 少女はさらに胸を張り、高らかに名乗った。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の情熱を持つ者! いずれ全ての大型モンスターを我が一撃のもとに沈める、未来の大ハンターです!……なので登録費用の前借りをですね」

 

「「…うわぁ」」

 

 思わず声が出た。

 

 アクアも同じ顔をしていた。

 

「…横抜けてお風呂行けるかしら?」

 

「いや、絡まれるぞ」

 

「困っているのだろう?普通に声をかけたら良いのではないか?」

 

「ちょっと待ってくれダクネス、そう安易に…」

 

 その声が聞こえたのか、少女――めぐみんがこちらを振り返る。

 

 そして、俺たちを見た瞬間、なぜか目を輝かせた。

 

「おお! そこにいるのは、狩猟帰りのハンターではありませんか!」

 

「しまった、見つかった」

 

「なんで第一声がそれなのですか!?」

 

 めぐみんはずかずかと近づいてきた。

 

 小柄なのに、圧がある。

 本人の中では完全に劇的な出会いが始まっている顔だ。

 

「あなたたち、ハンターですね?」

 

「違いますね、では」

 

「ちょ!?ちょっと待ってくださいって!!!」

 

「話くらい聞いてあげるべきだろう、ん?カズマ?」

 

 ダクネスに凄まれてしまった。

 

「う……わ、分かったよ。んで?」

 

「よくぞ聞いてくれました!聞くも涙、語るも涙…あれは私が8歳の時…」

 

「アクア、風呂行こうぜ」

 

「あーすみませんすみません!!聞いてください!聞いて損はさせませんから!」

 

 アクアがちびっこを上から下まで見る。

 

「あなた、えーと……めぐみ?とか名乗ってたかしら、子供じゃないの」

 

「【めぐみん】です!子供では…あるかもしれませんが、紅魔族ですよ!!」

 

「紅魔族?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「何よそれ。名前からしてだいぶ面倒くさそうなんだけど」

 

 アクアも結構な事を言ってるな、おい。

 

「しっ失礼ですね!?紅魔族とは、古より高き魔力と叡智を受け継ぎし、選ばれた民の名で…」

 

「ほら面倒くさい」

 

「確かに」

 

 紅魔族。

 名前からして自己主張が強い。

 というか、この少女の名乗りと態度だけで、だいたい面倒な種族なのではという偏見が生まれかけている。

 

そんな俺たちの横で、ダクネスが少し考えるように腕を組んだ。

 

「……紅魔族か。聞いたことはある」

 

「あるのか?」

 

「ああ。山間部に住む、一族だったはずだ。数は多くないが、狩猟や護衛の世界では時折…紅魔族の者の名が出る」

 

 ダクネスの言葉に、めぐみんが満足げに頷いた。

 

「ふふん。さすがは名うてのハンター……よくご存知で」

 

「ただし、扱いが難しい一族とも聞く」

 

「む」

 

 めぐみんの眉がぴくりと動いた。

 

 アクアが少し身を乗り出す。

 

「扱いが難しいって、どういうこと?」

 

「紅魔族は…理屈は分からないが、体内の力を一気に高めることができるらしい。一族では魔力と呼ばれているな。その溜めた力を、ごく短い時間ではあるが、常人離れした集中力や身体能力として発揮する。いわば、瞬間的に限界を超えるようなものだな」

 

「へえ」

 

「そして、その時、瞳が赤く光る。それが紅魔族と呼ばれる由来だと言われている」

 

「目が光るの!?」

 

 アクアが一歩引いた。

 

「何それ怖い」

 

 俺も一歩引いた。

 

 そんな俺たちを見て、めぐみんはふふん、と得意げに笑った。

 

「恐れるのも無理はありません。我ら紅魔族の紅き瞳は、内に秘めた…魔力が高まりし時、真紅の輝きを放つのです!」

 

「言い方がいちいち重いな……」

 

 めぐみんは気にせず続ける。

 

「この瞳こそ、我らが誇り! 闇を裂き、脅威を焼き払い、世界に爆裂の尊さを知らしめるための――」

 

「爆裂?」

 

 俺は引っかかった単語を拾った。

 

 めぐみんの顔が、さらに輝く。

 

「そう、爆裂です!」

 

「あ、拾っちゃいけない単語だったかも」

 

「爆裂とは浪漫! 爆裂とは美学! 爆裂とは全てを一撃で終わらせる究極の回答! この世に生まれたからには、一度は空をも焦がす大爆発に魂を震わせたいと思うのが当然でしょう!」

 

「当然ではないわねぇ…」

 

 アクアが即答した。

 

 めぐみんは信じられないものを見る目でアクアを見る。

 

「何ですって?」

 

「いや、普通は思わないわよ。大爆発で魂震わせたいって。怖いじゃない」

 

「夢が小さいですね!」

 

「ソコ関係ある!?」

 

 ダクネスは苦笑しながら説明を続けた。

 

「紅魔族の話が事実なら、瞬間出力は確かに強力だ。だが、その力は長く続かない。出力を上げすぎれば反動も大きい。中には激しい疲労や脱力を伴うこともあると聞く」

 

「え、じゃあ狩りだと危なくない?」

 

 アクアが言う。

 

 ダクネスは真面目に頷いた。

 

「危ないな」

 

「即答!?」

 

「一撃で勝負を決められる場面なら強い。だが、狩猟は長引くことの方が多い。仲間との連携、時には撤退の判断、継戦能力。…紅魔族を含めたパーティには、その全てが必要になる」

 

「なるほど」

 

 俺はめぐみんを見た。

 

 小柄な体。

 妙に自信満々な態度。

 爆裂という単語に対して異常に輝く目。

 そして、長く続かない瞬間出力。

 

 つまり。

 

「瞬間火力はすごいけど、燃費が最悪な一族ってことか」

 

「身も蓋もないですよっ!?」

 

「だってそうだろ」

 

「我らが誇りを燃費だけで語らないでください!」

 

 アクアが腕を組んで頷いた。

 

「でも分かりやすいわね。赤く光って、すごい力を出して、すぐバテる」

 

「雑にまとめないでください!」

 

「でもそういうことでしょ?」

 

「……たっ確かにそうですが、そうではありません!」

 

 めぐみんが、それはもう悔しそうに叫ぶ。

 

 …うん。

 

 何というか。

 

 ものすごーく面倒くさいのが来た。

 

「私も紅魔族という種族が気になっているんだが…例えば、だ」

 

 ダクネスが手にしていたランスを少し持ち上げる。

 

「私のこのランスは、ただ重いだけではない。長く、重心も前にある。慣れない者が持てば、構えるどころか、穂先を安定させることすら難しい…だが、それも無視して持てるという事なのだろうか?」

 

 そう、めぐみんに問いかけてから、ダクネスはランスの石突きを地面に立てるように置いた。

 

 ずしん、と鈍い音が鳴る。

 

 ……うん。

 音だけで重い。

 ゲームだと平然と構えてたけど、実物を見ると普通に鉄の塊である。

 

「わ、わぁ……!」

 

 何故かめぐみんの目が輝いた。

 

「何ですかそれ! カッコいい! 長い! 重そう! 強そう! 実に浪漫がありますね!」

 

「そ、そうか?…照れるな」

 

「ちょっと貸してください!」

 

「む? 構わないが、無理は――」

 

 ダクネスが言い終える前に、めぐみんがランスの柄へ手を伸ばした。

 

「我が血に眠る紅き魔力よ……今こそ、その片鱗を――」

 

「待て待て待て。何か始まったぞ」

 

「少しだけです。少しだけ…あ、あとこの詠唱は雰囲気です」

 

「その少しだけが信用できないんだよ………え?雰囲気なの??」

 

 次の瞬間。

 

 めぐみんの瞳が、ぼうっと赤く光った。

 

「うわ、本当に光った!」

 

「ちょっと! 怖いんだけど!? 爆発するの!!?」

 

 アクアが俺の後ろに隠れる。

 

「お前、女神様なんだろ!?前出ろよ!」

 

「女神だって怖いものは怖いのよ!いいから爆発する前に盾構えときなさい!」

 

 めぐみんは赤く光る瞳のまま、ランスの柄を両手で握った。

 

「ふっ……この程度の重量、紅魔族の力をもってすれば――」

 

 小柄な体で扱うには、到底難しそうなランスが。

 

 いとも容易く、持ち上がった。

 

「お、おおっ!?」

 

 思わず声が出た。

 

 あのダクネスのランスだ。

 長く重く…重心を掴むのさえ難しい武器を、この小柄な少女が、確かに持ち上げた。

 

 しかも、軽々と。

 

 めぐみんはそのまま、見よう見まねで穂先を前へ向ける。

 

「す、すごいじゃないの!」

 

 アクアも目を丸くする。

 

「見ましたか!使ったこともない大きな武器を持ち上げる。これこそ紅魔族である私の――」

 

 めぐみんが得意げに言いかけた、その直後。

 

 ぷるぷるぷるぷる。

 

 腕が震え始めた。

 

「……あれ?」

 

 ランスの穂先が、ゆっくり下がる。

 

「ちょ、待て待て! 危ない危ない!」

 

「無理をするな!」

 

「ま、まだです……! 紅魔族に、不可能は……!」

 

「いや、あるだろ! 今まさに!」

 

 次の瞬間、ランスの穂先がどすんと地面に落ちた。

 

 幸い、ダクネスがすぐに支えに入ったおかげで、誰かの足を貫くことはなかった。

 

 だが。

 

 めぐみん本人は、その場にふらりと揺れた。

 

「……ふ」

 

「ふ?」

 

「今日は……このくらいにしておいてあげましょう……」

 

 言い終えると同時に、めぐみんはぺたりと地面に座り込んだ。

 

「……え? すごいけど、ガチで一瞬じゃん」

 

「だから言っただろう。長くは続かないと」

 

 ダクネスが溜息をつき、ランスを持ち直しながら言う。

 

 アクアが俺の横で小声で呟いた。

 

「ねえカズマ」

 

「何だ」

 

「この無様っ子、本当にハンター向きなの?」

 

「俺に聞くな」

 

 正直、俺も同じことを思っていた。

 

 瞬間的にはすごい。

 それは認める。

 

 だが、その後があまりにも早い。

 証拠に目の前の子供は、スマホの電池残量一パーセントみたいな減り方をしている。

 

「ぶ、無様ではありません……これは、あくまで……力の制御を見せるための……」

 

「いや、あの…制御できてないから座り込んでるんだろ?」

 

「違います。これは……その……」

 

 めぐみんが少しだけ目を逸らした。

 

 さっきまでの勢いが、急にしぼむ。

 

「……実は、その全力が出せなくて」

 

「なんで?」

 

「その…路銀が尽きてしまいまして」

 

「…おい」

 

「昨日から、ほとんど何も食べていません」

 

 その直後だった。

 

 くぅぅぅぅ。

 

 やけに可愛らしい音が、集会所の前…それなりに人が通るところで、ヤケに響いた。

 

 めぐみんの腹の音だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 俺とアクアとダクネス。

 ついでに村長とギルドの係員まで、全員がめぐみんを見る。

 

 めぐみんは顔を真っ赤にして、帽子のつばを下げた。

 

「……今のは、我が内に眠る紅き魔力の鳴動です」

 

「腹の音だろ」

 

「腹の音ね」

 

「腹の音だな」

 

「三方向から否定しないでください!」

 

 めぐみんが涙目で叫ぶ。

 

 だが、さっきまでの大げさな名乗りや爆裂語りと比べると、その声には少しだけ弱さが混じっていた。

 

 ハンターになりたい。

 登録したい。

 力はある。

 でも金がない。

 装備もない。

 腹も減っている。

 

 ……何というか。

 

 面倒くさい。

 確かに面倒くさい。

 

 だが。

 

 集会所の前で意地を張って、腹を鳴らして、それでも胸を張ろうとしている姿を見ると、完全に無視するのも後味が悪かった。

 

 もうダクネスが『手を貸そう』って、差し伸べてるしな。

 

 そんな様子を見ながら、アクアがちらっと俺に目を向ける。

 

「カズマさん」

 

「何だよ」

 

「私もお腹すいたわ」

 

「知ってる」

 

「その子もお腹すいてるみたいよ」

 

「それも知ってる」

 

「…今日はクック先生の報酬もあるわよね」

 

「珍しく優しいこと言うのな」

 

「女神様ですから」

 

 俺はため息をついた。

 

 森丘の依頼は成功。

 採掘もした。

 素材も送った。

 正直、今の懐は少しだけ温かい。

 

 大金持ちではない。

 そんな余裕はない。

 

 だが、腹を空かせたちびっこ一人に飯を食わせるくらいなら、まあ、何とかなる。

 

「……とりあえず」

 

 俺はめぐみんを見た。

 

「俺たちも腹減ったし、飯行くか」

 

「飯……?」

 

 めぐみんが顔を上げる。

 

「食うんだよ。村の飯。腹が減ってると話もできねえし…腹一杯食えよ?」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「もちろん奢るとは言ってないぞ。後でちゃんと考える。登録料とか、装備とか、そういう話もな…とりあえず、今は飯だ」

 

 アクアがぱっと顔を輝かせる。

 

「そうよ!ね、めぐみんちゃん!今日は肉がいいわよね?」

 

「は、はい…」

 

「お前は便乗が早い」

 

 ダクネスが少しだけ笑った。

 

「良い判断だろう。空腹では、先のように力の制御もままならないだろう」

 

「そ、それも……そうです」

 

 めぐみんが小さく頷く。

 

 さっきまでの自信満々な態度からは少しだけ離れた、年相応の顔だった。

 

 村長はそんな俺たちを見て、穏やかに目を細めた。

 そして、俺に声をかけてくる。

 

「詳しい話は食事の後でいいだろう。登録のことも、見習いのことも、急いで決める必要はない」

 

「助かります」

 

「ただし、カズマ」

 

「はい?」

 

「面倒を見るなら、最後まで話は聞いてあげるんだよ」

 

「……やっぱり巻き込まれてません?」

 

「ふふ、どうだろうね」

 

 笑ってごまかされた。

 

 最悪だ。

 

 いや、最悪というほどではない。

 少なくとも、ガルルガともう一戦するよりはだいぶマシだ。

 

 ダクネスの肩に寄りかかる、めぐみんの手を見えた。

 

 さっき一瞬だけとは言え、ダクネスのランスを持ち上げたとは思えないくらい、普通の女の子の手だった。

 

「ありがとうございます、えーと…」

 

「カズマです」

 

「ありがとうございます!カズマ!」

 

「礼は飯食ってからしっかり受け取るよ。あと、変な爆裂語りは食事中は禁止な」

 

「それは無理です」

 

「即答するな」

 

 アクアが前を歩き出す。

 

「ほら、早く行くわよ! 猫メシ屋が混む前に席取らなきゃ!」

 

「お前は元気だなぁ…」

 

 村長は集会所の前で、いつものように静かに見送っていた。

 

 こうして、森丘から帰ったばかりの俺たちは、休む間もなく新しい問題と向き合うことになった。

 

 クック先生の授業を終え、ガルルガという問題児に追い回された俺たちの前に現れたのは。

 

 授業を聞く気があるのかすら怪しい、紅い瞳の新入生。

 

 ただし、その新入生は今。

 

『くぅぅぅぅ…』

 

「あっ、ちょっ///」

 

 爆裂より先に、飯を必要としていた。

 




ちなみになんですけど…もしよろしければ
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