この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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第七話・中盤『このすばらしき新装備は爆裂の予感!?』

 

 と、いうわけで。

 

 森丘から帰ってきて、村長への報告を終え、謎の紅い瞳の新入生まで拾ってしまった俺たちは、予定通りに猫メシ屋へ向かうことになった。

 

 もっとも、予定通りという言葉が正しいのかは分からない。

 

 本来なら、俺たちは森丘でクック先生を倒し、採掘をして、素材を配送に回して、今日は珍しく綺麗に終われるはずだった。

 

 それが、ガルルガに絡まれ。

 アクアは毒を受け。

 でっかい爆弾を使っても倒せず。

 偶然、別の咆哮に助けられるような形で生き延び。

 村に帰ってきたと思ったら、気付けば今度は紅魔族とかいう新ジャンルの面倒ごとを拾っている。

 

 うん。

 

 俺、何か悪いことしましたっけ?

 

 今日も今日とて、このすばらしき世界で綱渡りである。

 

「カズマ、早くしなさい! 猫メシ屋が混む前に席を取るのよー!」

 

「はいはい……」

 

 アクアはいつもの調子を取り戻しつつあった。

 

 まあ、毒も解けているし、本人もこうして騒げるくらいには元気だ。

 良いことではある。

 

 ……騒がしいのが良いことかは別として、だ。

 

 まだ少し早い時間だったためか、幸い猫メシ屋は混み切っておらず、広めの端の席が空いていた。

 

 席の準備を待つ間、めぐみんは店内をきょろきょろと見回していた。

 

「ここが、ポッケ村の食事処……!」

 

「大げさだな」

 

「大げさではありません。旅人にとって、食事処とは命を繋ぐ聖域。腹を満たし、明日への英気を養い、時には仲間と語らう神聖な場なのです」

 

「めっちゃ腹減ってるだけだろ?」

 

「……否定はしません」

 

 素直だった。

 

 さっきまでの紅魔族だの爆裂だのという大仰な口上から考えると、ずいぶんしおらしい。

 

 いや、単に腹が減りすぎて空元気というか、勢いが落ちているだけかもしれない。

 

「えっと……めぐみん、大丈夫か?」

 

 ダクネスが声をかける。

 

「顔色があまり良くないぞ。無理をするな」

 

「大丈夫です。紅魔族は空腹程度で倒れたりはしません」

 

「さっき座り込んでたじゃねーか」

 

「あれは……力の制御の一環ですね」

 

「嘘こくんじゃありません」

 

 そんなやり取りをしながら席に着くと、夕飯前の時間帯ということもあり、店の中はそれなりに賑わい始めていた。

 

 木の椅子。

 湯気の立つ鍋。

 肉の焼ける匂い。

 魚を炙る香ばしい匂い。

 何かよく分からないが、疲れた身体に染みる匂い。

 

 ……ああ。

 腹が鳴る。

 

 森丘では色々ありすぎて忘れていたが、どうやら俺も相当腹が減っていたらしい。

 

「今日は肉よ! 絶対に肉! ね? 食べたいわよね?」

 

「お前、今日毒受けてたよな?大丈夫なの??」

 

「もう毒は消えたわ! でも代わりにお腹は空いてるのよ!」

 

「生命力すげーな」

 

 アクアが意味不明な理屈を展開しながら、意気揚々と座る。

 

 メニューもろくに見ず、慣れた口調でアイルーたちに注文をしている。

 その横で、めぐみんは少し遠慮がちに椅子へ腰を下ろした。

 

 椅子に座った姿を見ると、小さい。

 

 態度だけなら村長より偉そうなのに、身体は普通の子供である。

 

 それがあんな重いランスを短時間とはいえ構えたのだから、紅魔族というのは本当に妙な一族らしい。

 

「めぐみん、お前は何食いたい?」

 

「私は……その」

 

「何でもって言うの禁止で」

 

「……では、えっと、その……最も安いもので」

 

 めぐみんは真面目な顔で言った。

 

 その言い方が、妙に引っかかった。

 

 さては、金がないから遠慮しているな?

 

 アクアもそれに気づいたのか、注文を終えてこちらに戻ってきながら、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「何言ってるのよ。こういう時は、ちゃんと食べられるものを頼むものよ?」

 

「ですが、その……」

 

「何も返せるものがない、とか考えているな。そういうことは後で考えたらいい。今は腹いっぱい食べるんだ」

 

「……あなたたち、噂によらず優しいのですね?」

 

「噂によらずって何よ?」

 

 アクアが即座に反応する。

 

 だが、頬が少しだけ緩んでいる。

 めぐみんに素直に言われて、ちょっと嬉しかったのだろう。

 

 ちょろい。

 

「とりあえず今は、美味しい食事に感謝だけしなさい。ね? カズマ」

 

「おう」

 

 良いこと言うじゃねえか…!

 

「あ、もちろん私にも感謝していいのよ?“ありがとうございます女神様〜”って」

 

「は、はぁ…」

 

「台無しじゃねぇか…!」

 

 そう返した俺に、アクアがちらりと目を向けた。

 

 よく見れば、いつもの調子に乗った顔ではない。

 何かを言いたそうで、でも言葉にはしない顔。

 

 その目を見て、俺は少しだけ黙った。

 

 ……なるほどな。

 

 たぶん、アクアが言いたいのはこういうことだ。

 

 俺たちだって、この世界に来てすぐ、何も持っていなかった。

 

 雪山に放り出されて。

 ティガレックスに追われて。

 右も左も分からないまま、ポッケ村に転がり込んだ。

 

 あの時、俺たちには金もなかった。

 まともな装備もなかった。

 泊まる場所だってなかった。

 

 それでも、村長は話を聞いてくれた。

 村の人たちは飯をくれた。

 加工屋のおばちゃんは武器を見繕ってくれた。

 猫たちは、変な顔ひとつせず飯を出してくれた。

 

 ダクネスだってそうだ。

 雪山で俺たちを助けてくれて、今もこうして一緒にいてくれる。

 

 俺たちは、運が良かった。

 

 拾ってもらった側だ。

 

 だから。

 

 集会所の前で腹を鳴らして、それでも胸を張ろうとしているこの紅魔族の少女を、完全に他人事みたいに扱うのは、少しだけ違う。

 

「……まあ、そうだな」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「腹が減ってるやつに、最安値の飯だけ食わせて終わりってのも、寝覚めが悪いしな」

 

「そういうことよ」

 

 アクアが得意げに頷く。

 

 めぐみんが俺たちをきょとんと見ていた。

 

「……えっと」

 

「気にするな、めぐみん。二人とも根はとても善い、私が保証しよう」

 

「どういう意味よ!」

 

 俺はアイルーの方へ手を上げる。

 とりあえず、無理なく食べられそうなものを頼む。

 

「…三人とも、ありがとうございます! このご恩、紅魔族の名にかけて決して忘れません!」

 

「大げさだな。あ、あと、食いながら爆裂の話は禁止な」

 

「それは無理ですね」

 

「即答するな」

 

 結局、めぐみんには肉とスープ、それに温かい飯がついた定食を頼むことになった。

 

 俺とアクアとダクネスも、それぞれ食事を頼む。

 

 森丘での報酬がある。

 採掘もした。

 素材もある。

 

 今日は、多少贅沢に食べても罰は当たらないだろう。

 

     ◇

 

 適当に話していると、料理が運ばれてきた。

 

 湯気。

 肉。

 スープ。

 飯。

 

 それを見た瞬間、めぐみんの目が完全に料理へ吸い寄せられた。

 

「……」

 

「見すぎだろ。冷める前に食えよ」

 

「あ、そ、そうですね! ありがとうございます……い、いただきます」

 

 めぐみんは小さく手を合わせた。

 

 そして、最初の一口を食べる。

 

 その瞬間。

 

 めぐみんの表情が、ふにゃりと緩んだ。

 

「……おいしいでふ」

 

 さっきまでの大仰な名乗りも、紅魔族の誇りも、爆裂への情熱も、その一言の前では少しだけ影を潜めていた。

 

 年相応の、腹を空かせた女の子の顔だった。

 

「そうか、良かったな」

 

「はい……とても」

 

 めぐみんはそう言って、次の一口を食べる。

 

 その速度は控えめだ。

 だが、明らかに空腹だったことが分かる食べ方だった。

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは飯を食べた。

 

 森丘での疲れ。

 ガルルガの緊張。

 村長の不穏な話。

 

 そういったものが、温かい飯と一緒に少しだけ溶けていく気がした。

 

 飯は大事だ。

 これは本当に大事だ。

 

 生きて帰ったら飯を食う。

 アクアの言っていたことは、珍しく正しかったのかもしれない。

 

「それで」

 

 肉を飲み込んだあと、飲み物を口に含み、喉を潤す。

 俺はめぐみんを見る。

 

「お前、結局どうしてハンターになりたいんだ?」

 

「爆裂の道を極めるためです」

 

「そうじゃなくて」

 

「違うのですか?」

 

「違うというか、それだけだとギルドに追い返される理由にしかならないぞ」

 

「む……」

 

「もちろん、話したくなければ話さなくてもいいんだけどな」

 

「い、いえ…その…どこから話そうか悩んでまして」

 

 めぐみんは少し思案顔を浮かべる。

 

 だが、食事をしたおかげか、さっきより少し落ち着いている。

 

「……そうですね。まず我が故郷では、文化的に己の力を磨き、己の浪漫を追求するものとされています」

 

「浪漫、ねぇ」

 

「はい。そして私にとって、それは……爆裂でした」

 

「小さい頃からか?」

 

「もちろんです。幼き頃、空をも焦がす大爆裂を見ました。全身が震え、魂が叫び、私は悟ったのです。これだ、と」

 

「何よその危ない悟り」

 

 アクアがスープを口に含みながら、言う。

 

「普通、子供が爆発を見たら泣くんじゃないのか?」

 

「泣きませんよ。感動します」

 

「そ、そうか……うん」

 

 めぐみんはヒートアップし、ダクネスはちょっと引いている。

 

 なかなか見ない構図である。

 

 だがそこで、めぐみんは少し箸を止めた。

 

 さっきまでの勢いが、弱まる。

 

「……ただ」

 

「ただ?」

 

「最初に見た爆発は、楽しいだけのものではありませんでした……」

 

 めぐみんの声が、少しだけ静かになった。

 

「幼い頃、故郷の近くで遊んでいたことがあるんです。私と、ゆんゆ……他の子たちと。山の方までは行くなと言われていたのに、少しだけなら大丈夫だろうと、勝手に森の奥へ入ってしまったのです」

 

「あー……」

 

 何となく、察して嫌な予感がした。

 

 子供だけで森。

 んで、この世界。

 蔓延るモンスター。

 

 ろくなことになるわけがない。

 

「そこで……大きなモンスターに遭いました」

 

 めぐみんは淡々と言った。

 

 だが、その手は椀を持ったまま、ほんの少しだけ強く握られていた。

 

「いいえ、正確には……モンスター同士の縄張り争いに、巻き込まれました」

 

「縄張り争いか……」

 

 ダクネスの表情が少しだけ険しくなる。

 

「片方は、地面を踏み砕くような大きなモンスターでした。拳のような部位が地面や岩を叩くと、少し遅れて爆ぜるんです」

 

 めぐみんの声は落ち着いている。

 

 けれど、その目は少しだけ遠くを見ていた。

 

「もう片方は、そいつを狙って空から来ました。影が差したと思ったら、鱗のようなものがばらばらと落ちてきて、それが爆発して。周りの木も、岩も、地面も、全部が次々に吹き飛びましたよ……ははは」

 

「……それ、子供が巻き込まれていいやつじゃないだろ」

 

「我ながらそう思います」

 

 めぐみんは小さく頷いた。

 

「正直、怖かったです。ここで死ぬんだなって思いましたし」

 

 その一言だけ、妙に素直だった。

 

「爆発の音が大きすぎて、誰の声も聞こえませんでした。地面が揺れて、熱くて、煙が立ち込めて、前も見えなくて。逃げようとしても、どちらへ逃げればいいのか分かりませんでした」

 

 アクアもダクネスも黙って聞いている。

 

「紅魔族であるこの私が、ですよ? 声も出せず、足も動かず、ただその場で固まっていました。自分では何もできませんでした」

 

 それは、先ほどまでの大仰なめぐみんではなかった。

 

 紅魔族随一だの、爆裂だの、未来の大ハンターだの。

 そういう言葉で自分を飾る前の、普通に怖い目に遭った子供の声だった。

 

「……でも! その時、助けてくれた人がいたんです!」

 

「それがハンターだったと?」

 

「はい!!」

 

 めぐみんはぱっと顔を上げて頷いた。

 

「たまたま近くにいた女のハンターでした。大きな盾と、砲口のついた長い槍のような武器を持っていました」

 

 その言葉に、ダクネスがわずかに反応した。

 

「その人は、爆発の中へ走ってきました。私たちの前に立って、盾で爆風を受け止めて、逃げ道を作ってくれたのです」

 

「……」

 

「そして、最後に」

 

 めぐみんの声に、少しだけ熱が戻る。

 

「周りで起きていた爆発よりも、もっと大きな一撃を放ちました」

 

 アクアが目を丸くする。

 

「もっと大きな一撃?」

 

「はい。盾で爆風を受け止めたまま、その武器の砲口に力を集めて……空気が震えて、地面が鳴って、次の瞬間、視界が真っ白になりました」

 

 めぐみんは、ゆっくり息を吐いた。

 

「あの一撃は、ただ壊すための爆発ではありませんでした。私たちを守るための偉大な爆発……否、爆裂でした」

 

 俺は何も言えなかった。

 

 めぐみんの言葉の中で、爆発は恐怖だった。

 けれど同時に、救いでもあった。

 

 だからこいつは、こんなにも爆裂にこだわるのかもしれない。

 

「そのハンターは、片方のモンスターを討伐しました。もう片方は傷を負って、森の向こうへ逃げていきました」

 

「へー、すごい人だったのね」

 

「はい」

 

 めぐみんは迷わず頷いた。

 

「あのモンスターたちは……とても、恐ろしかったです。今でも、低い唸り声や、地面の奥から響くような爆発音を聞くと、少しだけ身体が固くなることがあります」

 

 めぐみんはすぐに胸を張ろうとした。

 

「ま、まあ! 今の私は紅魔族随一の爆裂を愛する者ですから? もう怯えたりはしませんが!」

 

「今ちょっと怯えながら話してたじゃねえか」

 

「話の腰を折らないでくださいよ!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて叫ぶめぐみん。

 

 だが、その誤魔化し方は少し下手だった。

 

「正直、嫌な記憶ですし、忘れたいな……と思ったこともあります」

 

 俺は茶化さず、黙って続きを待つ。

 

「……でも、それ以上に」

 

 めぐみんは、今度はダクネスの方を見た。

 

 きっと面影が重なるのだろう。

 

「あの時、助けてくれたお姉さんが、とてもかっこよかったのです」

 

「……」

 

「怖いものの前に立って、誰かを守る。逃げろ、と叫ぶだけではなく、自分が前に出る。私の憧れた爆裂は、その人が私たちを守るために放った最後の一手でした」

 

 ダクネスが少しだけ目を閉じる。

 

 たぶん、その光景が想像できたのだろう。

 

「だから、私は思ったのです。いつか私も、ああいうふうになりたいと……」

 

「なるほどな……」

 

 めぐみんは、真面目な顔で続ける。

 

「何度でも言います。恐ろしいものの前で動けなかった私が、いつか誰かの前に立てるようになる。あの人のように、誰かを助けられるようになる。そのために、私はハンターになりたいのです」

 

 少しだけ、場が静かになった。

 

 アクアはスープの椀を持ったまま、何か言おうとして、結局黙って、啜った。

 

 スープを口にする直前、ちらりとダクネスを見たのは、俺たちよりも彼女からの言葉の方が適していると思ったからだろう。

 

 視線を受けたダクネスは、めぐみんを見て静かに頷く。

 

「良い志だと思う」

 

「ダクネス……」

 

「恐怖を知っている者が、それでも前に立ちたいと願う。それは、決して軽い願いではない。その貴い願いを、私は応援したい」

 

「……はい」

 

 めぐみんは少しだけ照れたように目を逸らす。

 

 そして、すぐにいつもの顔を作った。

 

「もちろん! そこに爆裂の浪漫が加われば、より完璧ですよね!」

 

「台無しにすんなよ」

 

「台無しではありません! 浪漫は大事ですって!」

 

 アクアがようやく口を開く。

 

「でもまあ、ただの爆裂好きよりは、ちょっとだけ見直したわ」

 

「ちょっとだけですか!?」

 

「ちょっとだけよ。まだ爆発物を持たせるのは怖いもの」

 

「クッ……そこは否定できませんね」

 

「自分で認めるのかよ」

 

 めぐみんは少しだけ視線を落とした。

 

「……ですが、ハンター登録にはお金が必要でした」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「加えて、装備も必要でした」

 

「だろうな」

 

「クエストを受けるのにも結構なエリスが必要でした」

 

「……そうなの?」

 

「知らなかったぜ……」

 

「二人は主に村長からクエストを受けていたから、事情も汲まれていたのだろう。ギルドからの依頼は、めぐみんの言う通り契約金を払って受けることになる。……あ、すまない。続けてくれ」

 

「……こほん。なので、登録費用を前借りできないかと交渉をしていたというわけです」

 

 係員が疲れた顔をしていた理由がよーく分かった。

 

 やる気はある。

 成長性もある。

 だが、今戦える実力や金がない。

 装備もない。

 しかも表で「爆裂で全部吹き飛ばします」とか言ったに違いない。

 

 そりゃ警戒される。

 

 ダクネスが静かに言う。

 

「そうだな。まずは条件を整える必要がある、ということだ。ハンター登録は、ギルドが命を預かる許可でもある。単純に力があるだけでは難しい」

 

「……はい」

 

 めぐみんは珍しく素直に頷いた。

 

 少し意外だった。

 

 少しして、その視線はダクネスのランスへ向いている。

 

「……えーと、ダクネス?」

 

「ん、どうした?」

 

「先ほどのランス。あれを、あなたは普段から扱っているのですよね」

 

「ああ。ランスは私の得意武器だからな」

 

「…すごいです」

 

 めぐみんがぽつりと言った。

 

 それはさっきまでの大げさな賞賛ではなく、素直な感想に聞こえた。

 

「私は、ほんの一瞬しか構えられませんでした。紅魔族の力を使って、それでも本当に一瞬だけです。けれど、あなたはそれを当然のように持っている」

 

 ダクネスが少し目を丸くする。

 

「いや、私も最初から扱えたわけではない。鍛錬を重ねただけだ」

 

「鍛錬……」

 

 めぐみんはその言葉を小さく繰り返す。

 

 さっきまで一撃だの爆裂だの言っていた少女が、ほんの少しだけ考え込んでいる。

 

 ダクネスは続けた。

 

「瞬間的な力は確かにとてつもない武器になる。だが、狩りでは一瞬だけでは足りないことも多い。ランスであっても…辛い中でも構え続けること。背後の仲間を意識すること。退く判断をすること。そういう地味なことの積み重ねが、最後に…皆の命を救う」

 

「……地味なこと」

 

「そうだ」

 

「…爆裂とは遠いですね」

 

「そうだな…確かに遠いかもしれない。だが、爆裂を撃つために必要なことかもしれないと、私は思うぞ?」

 

 めぐみんが顔を上げる。

 

 その目が少しだけ変わった。

 

 ダクネスの言葉は、たぶんめぐみんに刺さったのだろう。

 

 俺が同じことを言っても、たぶんここまでは聞かなかった。

 アクアが言ったら、そもそも話が別方向へ飛んでいた。

 

 ダクネスだからこそ、素直に届いている。

 

「…ダクネスって、ちゃんと先輩ハンターなんだな」

 

「…カズマ?何だその失礼な言い方は」

 

「いや、褒めてるつもり」

 

「本当か?」

 

「本当本当」

 

「…流したな?」

 

 アクアがじとっと俺を見る。

 

「何よ。ダクネスばっかり褒めて」

 

「お前はさっきめぐみんに肉分けたろ。偉かったぞ、さすが女神様だー」

 

「ふ、ふーん? そうでしょ?」

 

「ちょっっっろ」

 

「…今のは聞こえたわよっ?!」

 

 

     ◇

 

 

 飯を食べ終えたあと、俺たちはそのまま解散……とはいかなかった。

 

「加工屋が閉まる前に、装備の相談だけしておこう」

 

 そう言い出したのはダクネスだった。

 

「森丘の素材も配送に回してある。今日のうちに依頼だけでもしておけば、明日以降の準備が早くなる」

 

「…あのー…今日はもう休むんじゃ?」

 

「憂いを絶って休むためにも準備は大事だろう、カズマ?無論アクアもな?」

 

「うっ…正論で殴ってくるなぁ」

 

「うへぇ…もうお風呂入って寝たかったわ…」

 

 確かに、クック先生相手にも斬れ味の問題は感じた。

 ガルルガ相手には、そもそも通らなかった。

 盾も、あの爆風や突進を考えると、今のままでは心許ない。

 

 装備更新は必要だ。

 俺もアクアも必要なのは分かる。

 

 分かるが、疲れている時の加工屋って、なんか…唯一残った元気と財布の中身を吸われそうで怖い。

 

「あーもう!行くと決まったならサッサと行きましょう! 私の太刀も女神仕様に強化するのよ!」

 

「女神仕様って何だ」

 

「こう、光って、綺麗で、強いやつ!」

 

「雑すぎない?」

 

 アクアはやる気満々だった。

 

「はぁ…めぐみん、お前も来るよな?」

 

「もちろんです!」

 

 めぐみんも当然のようについてくる。

 

 ダクネスは微笑む。

 

「良いことだ。武器を知るのは大事だからな」

 

「ダクネス…めぐみんに甘くない?」

 

 というわけで、俺たちは食事処から加工屋へ向かった。

 

 夕方の加工屋は、昼間とは少し違う空気だった。

 

 炉の熱。

 金属の匂い。

 並べられた武器と防具。

 作業台に置かれた素材。

 

 クック先生の素材や、森丘で採った鉱石もすでに一部届いているらしい。

 

 さすがは配送アイルー、仕事早いな。

 

「帰ったか。……ずいぶん賑やかじゃないか」

 

 加工屋のおばちゃんが、俺たちを見るなりそう言った。

 

 そして、俺とアクア、ダクネスを順に見て、最後にめぐみんで視線を止める。

 

「新入りか。……また妙なのを連れてきたね」

 

「第一声がそれですか」

 

「違うのかい?」

 

「否定しきれないのがつらいトコロですね」

 

 めぐみんがむっとして胸を張る。

 

「なっ!?何をぅ!?妙な子ではなく、我が名はめぐみん! 紅魔族随一の爆裂を愛する者にして――」

 

「はいはい。名乗りは後だ。長くなりそうだからね」

 

「流されましたッ!?」

 

 強い。

 

 このおばちゃん、強い。

 

「で、森丘はどうだった」

 

「イャンクック先生は倒しました」

 

「ああ、クックか。初めての森丘でしっかり狩れたなら上等だ」

 

「その後、ガルルガに絡まれました」

 

「なら、生きて帰っただけで上等だね」

 

「おかしいな?評価が急に生存前提になったぞ??」

 

 おばちゃんは軽く言ったが、その目は少しだけ真面目だった。

 

 ガルルガの話はもう村長から回るのかもしれない。

 あるいは、加工屋として聞き覚えがあるのかもしれない。

 

「ダクネス、あんたが一緒でそれなら、相当面倒な相手だったんだろう」

 

「ええ。正直、今の私たちだけで狩る相手ではなかった」

 

「だろうね。あいつに絡まれて五体満足なら、胸張っときな。……で、装備かい?」

 

「はい。武器と盾を少し強化したく…」

 

 俺がそう言うと、おばちゃんは俺の片手剣と盾を受け取り、刃と縁を手早く確認した。

 

「斬れ味が足りないね」

 

「クック相手でもちょっと。ガルルガ相手だと、まあ…基本弾かれてました」

 

「そりゃそうだ。今のままじゃ無理がある」

 

「ですよねぇ…」

 

 分かってはいたが、はっきり言われるとちょっと落ち込む。

 

 おばちゃんは作業台の素材を確認しながら言った。

 

「……森丘で採った鉱石があるね。鉄鉱石、大地の結晶、少しだがマカライトもある。片手剣は斬れ味を上げる。盾は縁を補強して、正面からの衝撃に少し強くする。今夜中に仕込みくらいはしてやる」

 

「お願いします!」

 

「迷いがないね」

 

「命に関わるので」

 

 夢より命。

 浪漫よりも生存率。

 

 これが俺のハンター道である。

 

「夢がないわねー」

 

 アクアが言う。

 

「夢を見て死ぬより、生きて地味に稼ぎたい」

 

「本当に夢がないわね」

 

「二回も言うな」

 

 おばちゃんは今度はアクアを見る。

 

「そっちのアンタの太刀も見せてみな」

 

 アクアは得意げに太刀を渡す。

 

 おばちゃんは刃を確認し、ふむ、と頷いた。

 

「こっちも悪くない。けど、森丘の相手にはもう一つ斬れ味が欲しいね。……動きはどうだった」

 

「私の舞うような太刀捌きで、クック先生は翻弄されてたわ!」

 

「振り回されてた場面もあったけどな」

 

「だが、アクアの踏み込みは悪くなかった。咄嗟に人を庇う判断も早い。太刀の扱いは荒いが、前に出る勇気はある」

 

「ダクネス……!」

 

 アクアがぱっと顔を明るくする。

 

「やっぱり分かる人には分かるのね!」

 

「ただし、力任せに振る場面が多い。重心が前に流れると、戻りが遅くなる。そこを直せばもっと良くなると思う」

 

「ダクネスぅ!??」

 

 おばちゃんは笑いながら太刀を作業台に置いた。

 

「ダクネスがそう言うなら、見込みはあるんだろうさ。なら、こっちも刃を整える。少し重心も手元に寄せるよ。振り回されるんじゃなく、振り回すんだろ?」

 

「そ、そうよ! 分かってるじゃないの!」

 

「気付けー、気を使われてるぞ」

 

「違うわ! 私の理解者よ!」

 

 俺とアクアの装備更新。

 

 それを、めぐみんはじっと、静かに見ていた。

 

 さっきまで武器を見てはしゃいでいた顔とは少し違う。

 

 素材。

 金。

 武器の状態。

 使い手の癖。

 狩りで感じた問題。

 

 そういったものを、一つ一つ確認しながら装備を整える。

 

 たぶん、めぐみんが想像していた「ハンター」とは少し違うのだろう。

 

 ただ大きな相手に突っ込むだけではない。

 ただ一撃に浪漫を求めるだけでもない。

 

 地味に稼いで、地味に素材を集めて、地味に装備を整える。

 

 その積み重ねの先に、ようやく大型モンスターとの戦いがある。

 

「あ、あの!!」

 

 めぐみんが思い切ったように声を上げた。

 

「ん?」

 

「…わ、私も、装備が欲しいです」

 

 小さく呟くように、口にした。

 

「金ないだろ」

 

「…ありません」

 

 めぐみんは少し唇を結んだ。

 

 だが、すぐに俺を見る。

 

「ですが、働きます。返します。採取でも、小型の討伐でも、荷物持ちでも、何でもします」

 

「お前、さっき小型では爆裂の真価がどうとか言ってなかったか?」

 

「……言いましたね」

 

「言ったよな」

 

「で、ですが」

 

 めぐみんは一度だけ拳を握った。

 

「ここで何もしないまま終わるよりは、ずっといいです」

 

 その声は、さっきまでより少しだけ低かった。

 

「私はハンターになりたくて、ここまで来ました。爆裂の道を極めたいというのも本当です。ですが、その入口にすら立てないまま帰るのは嫌です」

 

「……」

 

「小型でも、採取でも、荷物持ちでも。必要ならやります。だから」

 

 めぐみんは深く頭を下げた。

 

「私にも、始めるための装備をください」

 

 加工屋の中が少し静かになった。

 

 アクアが俺を見る。なぜだ?

 ダクネスも俺を見る。なぜだ!?

 おばちゃんまで俺を見る。なぜなんだ!!?

 

 何で俺を見るの??

 

「……俺が決めることなのか?」

 

 三人が頷く。

 

「まあ、腹ぺこで倒れられるよりは、何か持たせておいた方がマシじゃない?」

 

「お前、優しいのか雑なのかどっちだよ」

 

「優しい女神様よ?」

 

「自分で言うな」

 

 ダクネスも静かに頷いた。

 

「…見習い用の装備を、用意する価値はあると思う。危険なことをさせないためにも、何も持たせない方が危ない」

 

「……それは、まあ」

 

 確かに。

 

 この紅魔族を素手で放っておいたら、何をするか分からない。

 装備がないから安全、ではなく、装備がないまま危ないことをする可能性がある。

 

 それなら、最低限の防具と、扱い方を教えられる武器を持たせた方がマシかもしれない。

 

「おばちゃん、見習い用で何かあります?」

 

「金と素材次第だ。夢だけじゃ武器は打てないよ」

 

「そこが一番怖い」

 

 おばちゃんは棚からいくつか武器を出してきた。

 

 片手剣と小さめの盾。

 軽めのランス。

 ライトボウガン。

 ハンマー。

 

 めぐみんは一つ一つを真剣に見る。

 

「片手剣はどうだ?使いやすいぞ?」

 

 俺が言う。

 

「堅実ですね…」

 

「お前に一番必要なやつだぞ」

 

「堅実すぎます」

 

「だから必要なんだって」

 

 めぐみんは片手剣を見て、少しだけ首を振る。

 

「悪くはありません。…ですが、私の魂が震えません」

 

「武器選びに魂の震えを求めるの??」

 

 お次にライトボウガン。

 

「撃てますね」

 

「撃てるな」

 

「ですが、爆裂というにはまだ少し上品です」

 

「上品って何よ?」

 

「もっとこう、腹の底に響くような、地を揺らすようなものが欲しいのです」

 

「危険思想じゃないの…」

 

 ハンマー。

 

「これはどうだろう?」

 

 ダクネスがヒョイっと持ち上げる。

 …重量物の塊である、デッカいハンマーを。

 

「…あの、とてつもなく重そうなんですが?」

 

「アクア…アレ持てる?」

 

「い、いや…無理じゃない??ダクネス専用よ、アレ」

 

「んなっ!?何を言うっ!?」

 

「…確かに叩き潰す浪漫はありますが、爆裂とは少し違います」

 

「爆裂基準やめような、うん」

 

 そして、ランス。

 

 めぐみんの目が少し変わった。

 

「……ランス」

 

 前半で、一瞬だけ構えたダクネスのランス。

 

 その重さ。

 長さ。

 構えた時の圧。

 

 めぐみんはそれを思い出しているのだろう。

 

 ダクネスが静かに言った。

 

「ランスは守りに優れた武器だ。扱えれば、正面に立って仲間を守ることもできる」

 

「仲間を守る……」

 

 めぐみんは小さく呟く。

 

「ダクネスのように?」

 

「私のように、というほど立派なものではないが」

 

「いえ」

 

 めぐみんは真面目な顔で首を振った。

 

「あのランスを構える姿には、確かに浪漫がありました」

 

「ろ、浪漫……そうか」

 

 ダクネスが少しだけ照れた。

 

 おい、照れてる。

 ダクネスがめぐみんに褒められて普通に照れてる。

 

「何か悔しいわね」

 

 アクアがぼそっと言う。

 

「何に対してだよ」

 

「ダクネスが一番先輩っぽいのが」

 

「実際一番先輩だからな?」

 

 めぐみんはランスを見つめたまま、少し考えているようだった。

 

 だが、やがて首を傾げる。

 

「しかし、守りに優れるのは素晴らしいですが……」

 

「ですが?」

 

「…爆裂がありません」

 

「やっぱりそこかい」

 

 おばちゃんがそこで、奥の棚をちらりと見た。

 

「なら、これはどうだ」

 

 そう言って取り出したのは、ランスに似た武器だった。

 

 だが、普通のランスとは違う。

 

 柄が太い。

 先端も武骨。

 そして、何より砲口のようなものがついている。

 

 俺はそれを見た瞬間、嫌な予感がした。

 

 あ、これ。

 こいつに見せちゃいけないやつだ。

 

「……こ、これは?」

 

 めぐみんがゆっくりと聞く。

 

 声が少し震えていた。

 興奮で。

 

 おばちゃんは答える。

 

「ガンランスだ。ランスに砲撃機構を組み込んだ武器だね。盾で守り、突きで抑え、隙を見て砲撃を叩き込む」

 

「砲撃っ!」

 

 めぐみんの目が輝く。

 ダメだ、紅魔の血が騒いでる!文字通り!!

 ヒートアップする前に止めようかとも思った…。

 だが、もう遅かった。

 

「盾で守り」

 

 めぐみんが小さく呟く。

 

「前に立ち」

 

 その目が、ダクネスを見る。

 

「隙を見て、砲口から一撃を放つ」

 

 そして、ガンランスを見る。

 

「……素晴らしいじゃないですか!」

 

「どこに素晴らしい要素があった?」

 

「全部です!」

 

「全部かぁ…」

 

 おばちゃんは腕を組む。

 

「ただし、扱いは難しい。重いし、隙も大きい。撃てばいいってもんじゃない。砲撃は武器にも負担をかけるし、仲間を吹き飛ばすこともある」

 

「やっぱり素晴らしい…」

 

「本当にどこがだよッ!?」

 

 めぐみんはガンランスから目を離さない。

 

「ダクネスのように正面に立ち、仲間を守る構え」

 

「私のように?」

 

「はい。そして、ここぞという時に放つ砲撃。守りと爆裂。堅実と浪漫。その両立」

 

「爆裂ではなく砲撃だぞ」

 

「細かいことです」

 

「細かくない」

 

 めぐみんは胸に手を当てた。

 

「決めました」

 

「嫌な予感しかしない」

 

「私は、この武器を使ってみたいです!」

 

 アクアが目を丸くする。

 

「本気?」

 

「本気です」

 

「でも重いんでしょ? さっきランスでへたり込んでたじゃない」

 

「だからこそです」

 

「だからこそ?」

 

 めぐみんはダクネスを見る。

 

「私はまだ、あのランスを一瞬しか構えられませんでした。ですが、先ほど伺った通り……私だって鍛錬すれば、構えられます!」

 

 それから、ガンランスを見る。

 

「そして、その先に砲撃がある」

 

「砲撃をゴールにするな」

 

「爆裂への第一歩ですね!」

 

「やっぱりそっちじゃねえか!」

 

 ダクネスは少し困ったように笑った。

 

 だが、完全に否定はしなかった。

 

「……扱いは難しい。だが、盾もある。守りを学びながら、君の望む一撃にも近づける。確かに、君には合っているのかもしれない」

 

「「ダクネスぅ!?!」」

 

 めぐみんの顔がぱっと明るくなる。

 

「あなたはやはり、我が道を理解してくれるのですね!」

 

「い、いや、爆裂の道を理解したわけではないからな?」

 

「そこは理解してください!」

 

 おばちゃんがガンランスを作業台へ置いた。

 

「討伐隊で使われているような正式品は無理だ。金も素材も足りない。今のあんたに作れるのは、見習い用の簡易品。砲撃の威力もかなり抑える」

 

「爆裂が控えめ……??」

 

「爆裂控えめでお願いします」

 

 俺は即答した。

 

 おばちゃんは続ける。

 

「余った鉄鉱石と大地の結晶、それからクック素材の一部を使えば、軽めに調整した訓練用なら組める。盾も中古品を直せば使えるだろう。……だが、防具は軽いものだね」

 

「軽いもので十分です。むしろ重たくて動けなくなる方が怖い」

 

「なぜですか!」

 

「自分の胸に聞いてみ?」

 

 めぐみんは少し不満そうだったが、それでもガンランスから視線を外さなかった。

 

「費用は?」

 

 俺が恐る恐る聞く。

 

 おばちゃんが数字を言う。

 

 俺は目を閉じた。

 

 今日の報酬。

 採掘分。

 クック素材。

 飯代。

 装備更新。

 めぐみんの見習い装備。

 

 頭の中で、俺の財布の中身が泣いていた。

 

「……俺たちの報酬、結構減ってない?」

 

「お肉を満腹まで食べられたからセーフよ」

 

「セーフの基準がおかしいな、うん」

 

 めぐみんが真面目な顔で言った。

 

「か、必ず返します!」

 

「……あー、めぐみん冗談だから」

 

「私は、借りを忘れる紅魔族ではありません。登録できるようになったら、採取でも討伐でも、必ず働いて返しますっ!!」

 

 その言葉は、さっきまでの大げさな口上とは少し違った。

 

 強がりもある。

 見栄もある。

 でも、本気でもある。

 

 俺は頭をかいた。

 

「……分かった。見習い期間中の借金ってことで」

 

「借金という響きは、あまり格好よくありませんね」

 

「じゃあ爆裂ローン」

 

「急に格好よくなりましたね!」

 

「なってないわよ…」

 

 アクアが冷静に突っ込んだ。

 

 おばちゃんは笑いながら、注文を書き留める。

 

「仕上がりは明日以降だね。カズマと女神の嬢ちゃんの強化もある。今夜中に全部は無理だよ…すまないね、ダクネス」

 

「いえ、私はまたの機会で大丈夫です…めぐみんの件、よろしくお願いします」

 

「ねえねえ、カズマ! 女神様ってちゃんと呼んでもらえたわ!」

 

「たった今品位が落ちたけどな」

 

  ◇

 

「お風呂タイムよ!」

 

 アクアがぱっと顔を上げる。

 

「ご飯食べて装備も注文したんだから、次はお風呂よ! 森丘の汗と毒とガルルガの嫌な感じを全部流すの!」

 

「毒は流すものじゃないと思うが?」

 

「気分の問題よ!」

 

 めぐみんが少しだけ戸惑ったように言う。

 

「お風呂……」

 

「どうした?」

 

「いえ、その……」

 

 めぐみんは目を逸らした。

 

 さっきまでの勢いがまた少し落ちる。

 

「路銀が尽きているので、湯代も……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 俺とアクアとダクネスは顔を見合わせた。

 

 そう言えばそうだった。

 飯代だけではない。

 こいつ、そもそも宿も風呂も怪しい状態なのだ。

 

 アクアが小声で言う。

 

「カズマ」

 

「何だ」

 

「この子ってば、今日どこで寝るつもりだったのかしら?」

 

「聞きたくないなぁ」

 

 聞きたくない。

 すごく聞きたくない。

 

 だが、ここまで関わってしまった以上、聞かないわけにもいかない。

 

「めぐみん」

 

「はい」

 

「お前、今夜どこに泊まるつもりだった?」

 

「……」

 

 めぐみんは帽子のつばを下げた。

 

「星を見ながら、己の明日へ思いを馳せる予定でした」

 

「…野宿じゃねえか!」

 

「表現を工夫しました!」

 

「工夫するな!」

 

 アクアが腕を組んで頷く。

 

「駄目ね。ご飯食べさせた子を野宿させるのは、女神的にちょっと後味が悪いわ」

 

「お前、今日たまにまともだな」

 

「たまにって何よ!」

 

 ダクネスも静かに言う。

 

「村の中とはいえ、子供を一人で野宿させるわけにはいかないな」

 

「まあ……そうだよな」

 

 俺はため息をついた。

 

 飯を食わせた。

 装備の注文までした。

 風呂代も(俺が)たぶん出すことになる。

 そして今度は寝床である。

 

 おかしい。

 

 俺たちは今日、クック先生を倒して報酬を得たはずなのに、なぜか出費イベントが連続している。

 

「……とりあえず、心配すんな。風呂行くぞ。話はその後だ」

 

「え…」

 

「その後、寝る場所の話をする」

 

「は、はい!」

 

「元気出せ、めぐみん!」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 加工屋を出る直前、めぐみんは作業台の上のガンランスをもう一度見た。

 

 まだ完成していない。

 ただの部品と素材に近い。

 砲撃の威力も控えめ。

 見習い用の簡易品。

 

 それでも、めぐみんの目は輝いていた。

 

 めぐみんは静かに言った。

 

「私は、ここから始めます…必ず、このご恩は返します」

 

 その声だけは、少しだけ真面目だった。

 

 紅魔族。

 爆裂好き。

 燃費最悪。

 金なし。

 装備なし。

 宿なし。

 

 不安要素は山ほどある。

 

 だが、ハンターになりたいという気持ちだけは、どうやら本物らしい。

 

 こうして、紅い瞳の新入生は、見習い用のガンランスを手に入れる目処が立った。

 

 盾。

 槍。

 砲撃。

 爆裂。

 

 本人にとっては夢のような組み合わせだろう。

 

 ……俺たちにとっては、不安要素の詰め合わせだった。

 

「ほら、行くわよ! お風呂!」

 

「はい、アクア!」

 

「返事がいいわね!」

 

「ご飯をくれた人には敬意を払う。それが紅魔族です」

 

「分かりやすいな、お前」

 

 アクアとめぐみんが先に歩き出す。

 

 ダクネスはその後ろで、少しだけ楽しそうに笑っていた。

 

 俺は加工屋の方を振り返る。

 

 片手剣と盾。

 アクアの太刀。

 そして、めぐみんの見習い用ガンランス。

 

 明日から、また少し状況が変わる。

 

 そんな予感がした。

 

 ……主に、騒がしい方向に。

 

 俺たちは加工屋を後にし、湯気の立つ浴場へ向かう。

 

 森丘の疲れを流すために。

 

 ガルルガの嫌な記憶を、少しでも薄めるために。

 

 そして、爆裂よりも先に飯を必要としていた紅魔族の少女が、今度は寝床まで必要としているという現実から、少しだけ目を逸らすために。

 

 いや。

 

 目を逸らしても、どうせすぐ向き合わされるんだろうけどな。

 




ここまでお読み頂きありがとうございました!
よければ感想かなんか頂けると…いにしえの秘薬になりますねぇ!
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