この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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オソクナッチャッタ。
お兄さん赦して!

いやーガチ難産…というより、切間がなかったですね。
ま、まぁめぐみんの初戦闘ですしおすし。
免罪符!


第七話・後半『この紅き新米に初陣を!』

 

 

 ……寒い。

 

 まず、そう思った。

 

 目を開けるより先に、肩口から入り込む冷気に身体が縮こまる。

 

 ポッケ村の朝は、そりゃもう冷える。

 雪山ほどではないにしろ、家の中でも朝方の空気は、遠慮なく冷たい。

 

 ……ましてや、寝ている間に布団を奪われればなおさらだ。

 

 んで、誰が奪ったかと言えば。

 

「すぴー……むにゃ……カズマぁ、それ私のお肉ぅ……」

 

 隣で幸せそうに寝言を言っている駄女神である。

 

 俺の布団を半分どころか九割五分くらい巻き込み、自分のものみたいな顔で丸まっている。

 

 いや、寒いんですけど?

 普通にものすごーく寒いんですけど?

 

 こいつ、女神なんだったら人間から暖を奪うなよ…。

 

 この素晴らしい世界に来てからというもの、俺はティガに追われ、雪山で凍え、森丘で毒と爆弾とガルルガに巻き込まれ、そして今朝は味方に布団を奪われている。

 

 何だこの新しい人生。

 難易度設定、間違えてないか?

 

 寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、足元の方で小さな物音がした。

 

「……」

 

 薄く目を開ける。

 

 そこにいたのは、めぐみんだった。

 

 昨日まで集会所の前で腹を鳴らし、紅魔族だの爆裂だのと胸を張っていた少女が、妙に遠慮がちな顔をして立っている。

 

 手には、余っていた毛布が一枚。

 

 どうやら、寒そうにしている俺にかけようとしていたらしい。

 

 そのまま、目が合った。

 

「……あ」

 

 めぐみんが固まる。

 

「……お、おはようございます?」

 

「……おう」

 

「あの……起こしちゃいました?」

 

「いや……そろそろ起きようと思ってたよ」

 

 嘘である。

 

 アクアに布団を奪われていなければ、もう少し寝ていたかったのが本音。

 だが、せっかく気を使ってくれた相手に、寒さで起きたとは言いづらい。

 

 めぐみんは、少しだけほっとしたように息を吐いた。

 

「その……とても寒そうでしたので」

 

「そっか。ありがとな」

 

「い、いえ。泊めていただいた身ですから。この程度は当然です」

 

 そう言って、めぐみんは小さく胸を張った。

 

 昨日、風呂の後。

 

 路銀なし。

 宿なし。

 登録なし。

 

 なしなし尽くし。

 なかなか綺麗な三拍子が揃っていることが発覚しためぐみんを前に、俺たちはしばらく沈黙した。

 

 アクアは「女神的に野宿は駄目」と言い出し。

 ダクネスは真面目に頷き。

 めぐみんは最後まで「星を見ながら己の明日へ思いを馳せる予定でした」とか言っていた。

 

 いや、野宿を格好よく言うな。

 

 結局、どう飾ったところで野宿は野宿。

 ダクネスが見過ごすはずもなく、めぐみんは俺たちの家に泊まることになった。

 

 まあ、俺も反対だったんですけどね、野宿は。

 

 そしてアクアは、今まさに俺の布団を奪っている。

 

 うん。

 なんかおかしいよなァ?

 

「……よぅし」

 

 俺は身体を起こし、アクアの額に指を構えた。

 

「んふふぅ……もっと崇めてもいいのよぉ……」

 

「起きろ、駄女神」

 

 ぱちん。

 

「ぁいったぁ!?」

 

 アクアが額を押さえて飛び起きた。

 

「何するのよカズマ! 女神様の額に攻撃するなんて罰当たりにもほどがあるわよ!」

 

「人の布団を強奪した罰だ」

 

「強奪なんてしてないわよ! 布団が私を包み込みたがっていたの!」

 

「布団に意思を持たせるんじゃない」

 

 アクアはぷりぷり怒りながらも、ようやく俺の布団を離した。

 

 返ってきた布団を肩にかける。

 思いっきり被ってやがったからか、温かい。

 

 …布団って偉大だ。

 あと、布団を奪う女神は偉大ではない。

 

 そんな俺たちのやり取りを、めぐみんが妙にじっと見ていた。

 

「……?」

 

「どうした?」

 

「あの……」

 

 めぐみんは少し言いづらそうに視線を泳がせる。

 

 そして、俺とアクアを交互に見た。

 

「お二人の関係は、その……どういう……?」

 

「は?」

 

「へ?」

 

 俺とアクアの声が重なった。

 

 めぐみんは慌てたように手を振る。

 

「い、いえ! 深い意味はありません! ただ、その……同じ家で寝泊まりしていたと聞きましたし…布団を奪い合うほど距離も近く、朝から額を弾いても許される関係というのは、その……なかなか特殊なのではないかと思いましてッ!」

 

 ちょっと顔を赤らめて早口で言ってきやがった。

 さては勘違いしているな? この思春期ガールめ。

 

「許してないわよ!? 私はまだ怒ってるわ!!」

 

「そこかよ」

 

 ……だがまぁ確かに、めぐみんの言いたいことは分からなくもない。

 

 俺とアクアの関係。

 

 この世界の住人に説明しようとすると、かなり面倒くさいのだ。

 

 女神に転生を持ちかけられて。

 特典として連れてきて。

 その結果、一緒に雪山に放り出されて。

 ティガに追われて。

 なし崩しで同居している。

 

 ……うん。

 

 信じねーし。

 言えるか、そんなもん。

 

「あー……あー……」

 

 俺は頭をかいた。

 

「何よカズマ。言えないなら私が言うわよ?」

 

「お前が説明したら余計ややこしくなるだろ」

 

「失礼ね! 私を誰だと思っているの? 女神よ!」

 

「それを言うからややこしくなるんだって」

 

 どう説明したものかと考えた結果、俺は諦めた。

 

「……内緒」

 

「内緒、ですか」

 

「ああ。内緒だ。……そのうち分かるさ」

 

 めぐみんの目が、すっと丸くなる。

 

 それから、なぜか少し頬を赤くした。

 

「や、やっぱり……ただならぬ間柄なのですね!」

 

「何がやっぱりだ、何がただならぬだ」

 

「いえ……いえいえ、分かりましたとも! 紅魔族たるもの、他人の秘め事に無粋に踏み込むような真似はしません」

 

「待って。絶対に何か誤解してるって」

 

「していません」

 

 アクアが腕を組んで、ふふんと胸を張った。

 

「何よ、もったいつけちゃって! 強いて言うなら、私とカズマは契約で結ばれた関係よ!」

 

「け、契約……!」

 

「やっぱり更にややこしくなったじゃねーか」

 

「何でよっ!?」

 

 朝から余計な誤解が一つ増えた気がする。

 

 このすばらしい世界、どうして静かな朝すらまともに始まらないのだろうか?

 

「それにしても……この村の朝は、思っていたより騒がしいのですね」

 

「騒がしいのは村じゃなくてコイツだけな」

 

「何よ! 私がいるから明るい朝になるんでしょ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ダクネスも起きてきた。

 

「おはよう。皆、早いな」

 

「おはようダクネス。起こされたんだ、コイツに」

 

「おはようダクネス! 起こされたのよ、カズマに!」

 

「おはようございます、ダクネス……聞き流した方がいいですよ」

 

「ふむ、めぐみんがそう言うのならそうなんだろうな」

 

「「んなぁ!?」」

 

 コイツ……俺たちよりも信頼を得ているだと!?

 

 めぐみんがぺこりと頭を下げる。

 

 ダクネスは穏やかに微笑んだ。

 

「よく眠れたか?」

 

「はい。……気にかけて頂きありがとうございます」

 

 めぐみんの顔や言葉は、昨日よりも明らかに落ち着いていた。

 

 飯を食って、風呂に入って、屋根のある場所で寝る。

 

 たったそれだけで、人の顔色は変わるものらしい。

 

 ……おっと、いけね。涙が出そうになったぜ。

 

 この世界に来てから、命に関わるものの基準がどんどん低くなっている気がする。

 

 飯がある。

 布団がある。

 朝まで凍えず生きている。

 

 それだけでありがたいのだから、なかなかどうして、このすばらしい世界は厳しい。

 

「さて」

 

 ダクネスが武器を手に取る。

 

「朝食を済ませたら、加工屋へ行こう。カズマとアクアの武器は仕上がっている頃だろうし、めぐみんのガンランスも……形になっているはずだ」

 

「ガンランス……!」

 

 めぐみんの目が一気に覚めた。

 

 さっきまでの寝起きの柔らかい雰囲気が消え、いつもの紅魔族の顔に戻る。

 

「ついに……ついに我が爆裂の第一歩が形となるのですね!」

 

「砲撃だってば」

 

「細かいことはいいのです!」

 

「細かくないと思うわよ?」

 

 アクアも布団を畳みながら立ち上がる。

 

「それで私の太刀も強くなってるのよね? 名前も格好よくなってたりするのかしら!」

 

「名前で性能判断する気か?」

 

「大事でしょ、名前よ名前!」

 

 とはいえ、俺も少し楽しみだった。

 

 昨日まで使っていた片手剣。

 森丘でクック先生を斬り、ガルルガに弾かれ、何度も肝を冷やした武器。

 

 それがどう変わるのか。

 

 ゲームなら、素材を選んで強化して、それで終わりだ。

 だが、この世界では違う。

 

 炉の音がして。

 鉄が叩かれて。

 素材が組み込まれて。

 俺たちの手に戻ってくる。

 

 その重さを、俺はもう少しだけ知っている。

 

「カズマ、顔がにやけてるわよ」

 

「は、はぁ!? にやけてねえし!」

 

「新しい武器、楽しみなんでしょ?」

 

「……くっ。否定はしない」

 

「素直でよろしい!」

 

「何でお前が偉そうなんだよ」

 

 簡単に朝の支度を済ませ、軽く飯を食べる。

 

 俺とアクアの武器は加工屋に預けたままなので、腰元が少し心許ない。

 村の中で飯を食うだけなら問題ないだろうが、それでも武器がないと落ち着かないあたり、俺もだいぶこの世界に慣れてきたらしい。

 

 アクアは当然のように多めに食べ、めぐみんは昨日より落ち着いた様子で、それでもしっかり食べた。

 ダクネスはそんな二人を見て、少し安心したように頷いている。

 

 俺はと言えば、それを尻目に、財布の中身を確認して少しだけ現実に戻った。

 

 飯代。

 風呂代。

 めぐみんの装備代。

 自分たちの強化費用。

 

 うん。

 すぐにどうこうってレベルではないが……。

 

 強くなるって、金がかかるのな。

 

 夢より命。

 浪漫より生存率。

 そして、そのどちらにも金がいる。

 

 朝っぱらから嫌な真理にたどり着いてしまったぜ、ちくせう。

 

「……あの、カズマ」

 

「ん?」

 

 ふと、めぐみんが箸を置いた。

 

 昨日のように、腹が減って勢いが落ちている顔ではない。

 かといって、いつもの紅魔族全開の顔でもない。

 

 妙に真面目な顔だった。

 

「昨日のご飯と、お風呂と、泊めていただいたこと。それから、装備のお金のことも」

 

「あー……」

 

 出た。

 朝から借金確認である。

 

 いや、正確には借金というより、こいつなりのけじめなのだろうが。

 

「私はまだ、何も返せていません。ですが、必ず返します。採取でも、小型の討伐でも、荷物持ちでも、薪割りでも、できることなら何でもします」

 

「……薪割りはガンランスでやるなよ?」

 

「やりません! ……たぶん」

 

「そこは言い切れ」

 

 めぐみんは少しだけ頬を膨らませたが、すぐにまた真面目な顔に戻った。

 

「でも、本当に。昨日、声をかけてもらえなかったら、私はどうなっていたか分かりません。ですから」

 

 めぐみんは、膝の上でぎゅっと手を握る。

 

「この借りは、絶対忘れませんから」

 

 その声は小さかったが、芯があった。

 

 紅魔族だの爆裂だのと大げさに飾られていない分、かえって本気に聞こえた。

 

 アクアも、珍しく茶化さなかった。

 ダクネスも、静かに見守っている。

 

 俺は頭をかいた。

 

「まー、そのうち返してくれ」

 

「そのうち、ですか?」

 

「今すぐどうこうできるもんでもないだろ。まずは倒れないこと。次に、勝手に爆発しないこと。で、働けるようになったら、その時に返せばいい」

 

「勝手に爆発はしません。私は爆裂を愛する者であって、無差別に爆ぜる者ではありませんので」

 

「信用していいのか、それ」

 

「もちろんです!」

 

 めぐみんは勢いよく頷いた。

 

「必ず返します。紅魔族の名にかけて!」

 

「じゃあ、その紅魔族の名とやらに期待しとくよ」

 

「はい!」

 

 めぐみんの返事は、朝の冷えた空気を少しだけ弾くくらいにはまっすぐだった。

 

 たぶん、こいつにとって、これから受け取る武器はただの武器ではないのだろう。

 

 借りを返すための道具。

 憧れへ近づくための一歩。

 自分がここにいていいと証明するための、最初の形。

 

 見習い用だろうが、砲撃控えめだろうが、本人にとっては十分すぎるほど大きい。

 

「よし。そろそろ行くか」

 

     ◇

 

 朝のポッケ村は、昨日の夕方とは違う顔をしている。

 

 白い息。

 雪を踏む音。

 家々の煙突から上がる煙。

 荷物を運ぶアイルーたちの声。

 遠くで聞こえる、加工屋の炉の音。

 

 その音を聞いた瞬間、めぐみんが帽子を押さえた。

 

「……あそこで、私の武器が待っているのですね!」

 

「まだ見習い用だからな?」

 

「それでもです」

 

 めぐみんは前を見たまま言った。

 

「私にとっては……本当に最初の一歩ですから」

 

 昨日も聞いた言葉だった。

 

 だが、朝の空気の中で聞くと、少しだけ違って聞こえた。

 

 腹を空かせた迷子の言葉ではない。

 これから何かを始めようとしている、新米ハンターの言葉だった。

 

 ダクネスが静かに頷く。

 

「なら、しっかり受け取ろう。武器を持つということは、同時に責任も持つということだ」

 

「はい! 見ていてください、カズマ! アクア! ダクネス! このめぐみん、必ずや一撃で――」

 

「はいはい、爆裂禁止。加工屋に着く前から物騒なこと言わないの」

 

「まだ爆裂とは言ってません!」

 

「言う顔だったぞ……?」

 

「顔だけで判断しないでくださいよ!」

 

 アクアが楽しそうに笑い、ダクネスも小さく笑った。

 

 俺たちはそんな調子で、朝のポッケ村を歩いていく。

 

 向かう先は加工屋。

 

 昨日より少しだけ頼れる形になっているはずの、俺たちの武器と。

 

 紅い瞳の新米が、初めて手にする武器が待っている場所だった。

 

 加工屋に近づくにつれて、炉の音がはっきり聞こえてきた。

 

 朝の冷たい空気の中に、鉄と炭の匂いが混じる。

 昨日の夕方にも感じた熱気すら、戸の隙間から漏れている。

 

 俺たちが戸を開けると、火花が散る音が一つ響いた。

 

「来たか、新米ども」

 

 加工屋のおばちゃんが、炉の前から振り返る。

 

 その顔には、昨日のような忙しさの名残があった。

 だが、疲れた顔ではない。

 

 仕事を終えた職人の顔だった。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、おばちゃん! 私の太刀、すごくなった?」

 

「朝から声がでかいね。……そこにあるさ。二人とも、持ってみな」

 

 その言葉に、俺とアクアは同時に反応した。

 

 指差された作業台の上には、俺の片手剣と盾。

 それから、アクアの太刀が置かれていた。

 

 昨日見た時とは、違う。

 

 いや、形だけ見れば、元の武器から大きく変わったわけではないだろう。

 だが、分かる。

 

 刃の光り方。

 柄の締まり。

 盾の縁に足された金具。

 鞘に収められていても伝わる、妙な存在感。

 

 ゲームなら『○○改』のように名前が変わるだけだ。

 だが、こうして目の前に置かれると違いが分かる。

 

 これはもう、昨日までの武器ではない。

 

「まずはアンタのだ」

 

 おばちゃんが俺の片手剣を手に取り、こちらへ差し出した。

 

「預かっていたハンターカリンガを、さらに打ち直した。刃は鋭く、欠けにくくしてある。盾も縁を補強した。無茶をすれば壊れるが、昨日みたいな逸らす受け方をするなら前よりは持つ」

 

「昨日みたいな受け方って……見てないのに分かるんですか?」

 

「盾は嘘をつかないよ」

 

「何その職人っぽい台詞」

 

「職人だからね」

 

 確かにそうだ。

 

 俺は片手剣と盾を付ける。

 

 ……軽い。

 

 軽いのに、頼りない感じが薄くなっている。

 

 柄を握ると、手の中にすっと収まる。

 前のハンターカリンガは、言ってしまえば「とりあえず持たされた武器」に近かった。

 今のこれは違う。

 

 俺が振るために、俺が受けるために、少しだけ近づいてきた感じがする。

 

「……すげぇ!」

 

 思わず声が漏れた。

 

「どうだい」

 

「これ、ほんとに俺が使ってた武器ですか?」

 

「アンタが持って帰った鉱石と、アンタと共に生きて帰ってきた武器だ。アンタのもんだよ」

 

 おばちゃんはそう言って、少しだけ口元を緩めた。

 

「もう別の武器と銘打ってもいいだろう。ハンターカリンガじゃない。そうさな…銘打つなら、アサシンカリンガだ」

 

「アサシン……」

 

 思わず、手元の片手剣を見る。

 

 アサシン。

 

 暗殺者。

 

 いや、俺にそんな物騒な適性はない。

 ないはずだ。

 もしかしたら、盗賊スキルとか潜伏とか、そういうのにちょっと向いてそうな気はするけど、そこは認めたくない。

 

「カズマにぴったりじゃない」

 

「何でだよ」

 

「こそこそしてるし」

 

「してねえよ」

 

「地味に嫌なことするし」

 

「評価の仕方が悪役側なんだよ」

 

 アクアがけらけら笑う。

 

 だが、悔しいことに、名前の響きは悪くない。

 

 ハンターカリンガ。

 初心者用の武器。

 

 そこから、アサシンカリンガ。

 

 刃は鋭く、欠けにくく。

 真正面から力で押し切るのではなく、機動力と手数で生き残る武器。

 

 俺向きじゃないか。

 

「顔がにやけてるわよ、カズマ」

 

「にやけてないし」

 

「にやけてますよ」

 

「めぐみんまで言うな」

 

「にやけてるな。気持ちは分かるが」

 

「……気持ちを分かってくれるのはダクネス、お前だけだ」

 

 だって仕方ないじゃん。

 強くなった武器を手にしたんだもん。

 そりゃちょっと気分が上がってくるって。

 

 加えて、この世界で命を預けるものが少し頼れるようになるのは、普通に嬉しい。

 

「次、女神の嬢ちゃん」

 

「待ってました!」

 

 アクアがぱっと前に出る。

 

 おばちゃんは作業台から太刀を取り、アクアへ渡した。

 

「今まで使ってた鉄刀を打ち直した。刃を整えて、重心も少し手元に寄せてある。アンタは振り回す力はあるが、武器に振り回されがちだからね」

 

「それはつまり、私の舞に武器が追いついてきたってことね!」

 

「転ばずに振れるようにしたってことだ」

 

「言い方ァ!」

 

 アクアは頬を膨らませながらも、嬉しそうに太刀を抜いた。

 

 鞘から現れた刃が、朝の光を受けて鈍く光る。

 

 昨日より、明らかに綺麗だった。

 

「すごい。ほんとに、何か……違うわ!」

 

「語彙力死んでるぞ」

 

「だって違うんだもの! ほら、握った感じが前よりちゃんとしてる! 軽いっていうより、私の手に戻ってくる感じ!」

 

「お前にしては分かりやすいな」

 

 アクアは太刀を構え、少しだけ振った。

 

 もちろん村の中なので、大きく振り回すわけではない。

 だが、それでも昨日までより余計な動きが減っているのは分かった。

 

 こいつ、本当に感覚だけは妙にいい。

 

「で、この子の名前は?」

 

 アクアが期待に満ちた目で聞く。

 

 おばちゃんは一拍置いてから言った。

 

「そうだな……銘を付けるなら、鉄刀【神楽】だ」

 

「神楽……!」

 

 アクアの目が輝いた。

 

 あ、これはまずい。

 こいつ、名前だけで絶対調子に乗る。

 

「聞いた!? カズマ、聞いた!? 神楽ってコトは…神に捧げる舞ってことね!」

 

「名前負けしないようにしろよ」

 

「しないわ! このおニューの鉄刀で、私は華麗に舞うわ! ……あれ!? 私が舞うの!? 女神本人よ!?」

 

 とかなんとか言いつつ、アクアはそれでも嬉しそうに太刀を抱えた。

 

 まあ、確かに似合ってはいる。

 名前だけなら。

 

 女神であるアクア本人が、清める側か汚す側かは置いておくとして、太刀の名前としては妙にしっくり来てしまう。

 

「何か失礼なこと考えてない?」

 

「考えてない」

 

「絶対考えてる顔よ、それ!」

 

「気のせいだ」

 

 俺とアクアが言い合っていると、横でめぐみんがそわそわしていた。

 

 視線はずっと、作業台の奥に向いている。

 

「で、最後はアンタだね。紅魔族の嬢ちゃん」

 

「は、はい!」

 

 めぐみんの背筋がぴんと伸びる。

 

 おばちゃんは奥の台から、一本の武器を持ってきた。

 

 ランスに似ている。

 だが、普通のランスではない。

 

 太めの柄。

 武骨な穂先。

 小さめに調整された盾。

 そして、砲口。

 

 昨日見た部品と素材の塊が、ちゃんと武器の形になっている。

 

「見習い用のガンランスだ。正式品より軽くしてある。砲撃の威力も抑えた。今のアンタでも、基本的なことをするだけなら何とかなるはずだ」

 

「……」

 

 めぐみんは、言葉もなくそれを見ていた。

 

 珍しい。

 

 この紅魔族が黙るとは。

 

「持ってみな」

 

「……はい」

 

 めぐみんは両手でガンランスを受け取った。

 

 少しよろめく。

 

 だが、倒れない。

 

 昨日、ダクネスのランスを持った時のように、即座に腕が震えて崩れることもない。

 

 重そうではある。

 だが、持てている。

 

「……もっ、持てます!」

 

 めぐみんが、小さく言った。

 

「私、持ててますよ……!」

 

「苦労したんだよ、持てるようにする調整。だが、全力で振れるかは別だ」

 

「そこはこれから鍛錬します!」

 

「返事だけはいいね」

 

 おばちゃんは腕を組む。

 

 めぐみんはガンランスを抱えるようにして、じっと見つめていた。

 

 その目は、昨日の朝とは違う。

 腹を空かせて、意地だけで立っていた目ではない。

 

 憧れの前に立った目だった。

 

「これが……私の、最初の爆裂……」

 

「砲撃だからな?」

 

「最初の砲撃……!」

 

「言い直せばいいってもんじゃないと思うの……」

 

 俺やアクアが突っ込むと、めぐみんは真剣な顔でこちらを見た。

 

「この武器には、砲撃があるんですよね?」

 

「そうだな」

 

「つまり、撃てるのですよね?」

 

「ダクネス、抑える準備を頼む」

 

「わ、分かった」

 

 テンションが上がっためぐみんは、ゆっくりとおばちゃんの方へ向いた。

 

「おばちゃん」

 

「何だい」

 

「……ここで撃っていいですか!?」

 

「出禁だね」

 

「そこをなんとか!」

 

「粘るなッ!? ダクネスぅ!」

 

「め、めぐみん……撃つなら村の外に行こうな? な?」

 

「ああっ!? なぜ止めるのですかっ、ダクネスぅっ!」

 

 めぐみんは抱えられた。

 

「ダクネスが見ているならば大丈夫だろうが……命に関わるからね、しっかりと教えてやってくれ」

 

 ものすっごい正論だった。

 

 めぐみんはと言えば、ガンランスを抱えたまま、目だけはきらきらしている。

 そこに、おばちゃんがさらに追い打ちをかけるように言った。

 

「それと、浮かれ切る前に聞いときな。ガンランスには、普通の砲撃のほかに大技がある」

 

「大技ッ!!!!」

 

 めぐみんの声が変わった。

 

 非常にまずい。

 今、絶対に何かに火がついた。

 

 なぜ、今言ったんですか。

 

 おばちゃんは、あえて俺たちの反応を気にせず続ける。

 

「竜撃砲だ」

 

「竜、撃、砲」

 

 めぐみんが一文字ずつ噛みしめるように言った。

 

 やめろ。

 その区切り方、すごく危ない。

 

 アクアが俺の袖をつかむ。

 

「ねえカズマ。あの子、今すごい顔してるんだけど」

 

 ちらりと見る。

 その通りだった。

 

 めぐみんはガンランスを抱えたまま、今にも空を見上げて何かの詠唱を始めそうな顔をしている。

 

「竜撃砲……つまり、竜をも撃ち抜く砲撃……!」

 

「名前だけで盛り上がるな」

 

「いえ、名前は大事です! 竜撃砲。何という響き。何という浪漫。何という爆裂の気配!」

 

 俺とアクアが同時に一歩引く。

 

 ダクネスでさえ、少しだけ苦笑していた。

 

「最後まで説明を聞け、紅魔族の嬢ちゃん」

 

 おばちゃんが、声を少し低くする。

 

 めぐみんの背筋が伸びた。

 

「竜撃砲は、撃てば強い。だが、強いってことは、それだけ隙も大きい。構えて、溜めて、撃つ。充填している間に動かれたら外れる。味方が前にいたら巻き込む。撃った後は武器も熱を持つから、すぐにもう一発とはいかない」

 

「……つまり一発を外せない、と」

 

「そうだ。一発撃ったら放熱開始さ。外したら終わり。味方を吹き飛ばしても終わり。撃った後に自分が動けなくなっても終わり。分かったかい」

 

「……ということは」

 

「ということは?」

 

「最高の一撃ということですね!」

 

「………はぁ」

 

「どうしてそうなる!?」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

 おばちゃんは額に手を当てる。

 

「……ダクネス」

 

「はい」

 

「本当にこの子に持たせるのかい?」

 

 おばちゃんがダクネスを見る。

 

 それは軽口ではなかった。

 

 この村で何度も狩りをしてきたダクネスに、判断を預ける目だった。

 

 ダクネスは少しだけ考え、それからめぐみんを見る。

 

「危うさはある。ただ撃ちたいだけなら、昨日の時点で止めていた」

 

「……」

 

「だが、彼女は誰かの前に立ちたいと言った。守るための一撃に憧れたと言った。その気持ちが本物なら、教える価値はあると思う」

 

 めぐみんの顔から、少しだけ浮ついた色が引いた。

 

 ダクネスの言葉を、ちゃんと聞いたのだろう。

 

「もちろん、勝手に撃たせるつもりはない。最初は私たちの指示の下で使わせる。撃つ場所も、撃つタイミングも、必ず覚えさせる」

 

「……ならいいさ」

 

 おばちゃんは短く言った。

 

「武器は渡す。けど、武器に振り回されるなら取り上げる。いいね」

 

「はい!」

 

 めぐみんは力強く頷いた。

 

「このめぐみん、ガンランスに振り回されるような真似は――」

 

 言いかけた瞬間、ガンランスの重さに少しだけ身体が傾いた。

 

「おっと」

 

 ダクネスが横から支える。

 

「……しません」

 

「今しただろ」

 

「今のは地面の揺れです」

 

「全く揺れてなかったわよ……?」

 

 アクアが冷静に突っ込んだ。

 

 おばちゃんは呆れたように息を吐いたが、どこか楽しそうでもあった。

 

「まあ、誰だって最初はそんなもんさ。新米はだいたい武器に振り回される。問題は、振り回された後に覚えるかどうかだ」

 

「覚えます!」

 

「返事だけじゃなくて、身体で覚えな」

 

「はい!」

 

 めぐみんはまた大きく頷いた。

 

 そのたびにガンランスが少し揺れるので、俺は内心ひやひやする。

 

 怖い。

 この武器、存在するだけで周囲に緊張感を与えてくる。

 

「……頼むから、今は構えるだけにしてくれよ?」

 

「念のため確認ですが……それは振りですか?」

 

「違う!」

 

「違うわよ!」

 

「違うぞ!」

 

 俺、アクア、ダクネスの声が綺麗に重なった。

 

 おばちゃんはそれを聞いて、短く笑った。

 

「いい仲間じゃないか」

 

「どの辺がですか?」

 

「止める時に息が合ってたぞ」

 

「なんとも嬉しくない連携ですね」

 

 俺は肩を落とした。

 

 だが、悪い気分ではなかった。

 

 アサシンカリンガ。

 鉄刀【神楽】。

 見習い用のガンランス。

 

 昨日より、確かに俺たちは少し変わった。

 

 武器が変わっただけではない。

 立っている場所も、少し変わった気がする。

 

 初心者用の装備を抱えて震えていた俺たちが、今は次の武器を手にしている。

 

 まあ、その次の武器の一つが、村を出禁にされかねない砲撃武器なのは問題だが。

 

「カズマ、何で遠い目をしているのですか?」

 

「未来を見てたよ」

 

「私の伝説ですか?」

 

「俺たちの苦労だよ」

 

 そんなことを言っていると、加工屋の入口から声がした。

 

「カズマさんたち、いますかニャ?」

 

 配送アイルーとは別の、村長の使いをしているアイルーだった。

 

「村長が呼んでるニャ。急ぎの話があるそうですニャ」

 

 俺たちは顔を見合わせる。

 

 新しい武器を受け取ったばかり。

 めぐみんはまだガンランスをまともに構えられるかどうかも怪しい。

 アクアは鉄刀【神楽】の名前でまだ浮かれている。

 俺は財布の中身で軽く死んでいる。

 

 そんなタイミングで、村長から急ぎの呼び出し。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「……なあ」

 

「何よ、カズマ」

 

「こういう時って、だいたい試し斬りの相手が来るんだよな」

 

「縁起でもないこと言わないでよ!?」

 

 アクアが叫ぶ。

 

 めぐみんは、ガンランスを抱えたまま目を輝かせていた。

 

「試し撃ち……!」

 

「試し斬りだからな? 念押しするけどお前は勝手に撃つなよ??」

 

 このすばらしい朝は、どうやら静かに終わらせてくれる気はないらしい。

 

 俺たちは新しい武器を手に、加工屋を後にした。

 

     ◇

 

 村長が待っていたのは、いつもの集会所の前だった。

 

 焚き火のそばで、毛皮を羽織った小柄な老婆が、湯呑みを片手にこちらを見ている。

 

 朝のポッケ村は穏やかだ。

 煙突からは白い煙が上がり、アイルーたちが荷物を運び、遠くでは誰かが雪を払う音も聞こえる。

 

 パッと見は、いつも通りの村の朝。

 

 その中で、村長だけが少しだけ難しい顔をしていた。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「来たね。カズマ、アクア、ダクネス……それに」

 

 村長の視線が、俺たちの少し後ろへ向く。

 

 そこには、見習い用のガンランスを抱えた紅魔族の少女が、いつになく緊張した顔で立っていた。

 

「……お前さんが、めぐみんだね?」

 

「はっ、はい!」

 

 めぐみんが、がちがちに背筋を伸ばした。

 

 昨日までの名乗り口上はどこへやら。

 紅魔族随一だの、爆裂を愛する者だのと言い出す気配はない。

 

 村長を前にして、さすがに緊張しているらしい。

 

「昨日は、ずいぶん賑やかだったようだねぇ」

 

「お、お騒がせしました」

 

「元気があるのは悪いことじゃないさ。だが、ここは狩人の村だ。元気だけで山へ出るには、少し辛い場所でもある」

 

「……はい」

 

 めぐみんは、ガンランスを抱える手に力を込めた。

 

 村長はその武器を一度見て、それからめぐみんの顔を見る。

 

「その得物を持つなら、なおさらだね」

 

「はい!」

 

「いい返事だ」

 

 村長は小さく頷く。

 

 その声は柔らかい。

 だが、何となく分かる。

 

 今のは歓迎というより、確認だ。

 

 武器を持ちたいと言った少女が。

 本当に自分の足で立つつもりがあるのか。

 

 村長は、それを見ているのだろう。

 

 ……俺たちも、あんな感じで見られていたんだろうな。

 

「さて」

 

 村長は湯呑みを置いた。

 

「少しばかり、頼みたいことがあってね」

 

 来た。

 

 俺の中の危険察知スキルが、今、静かに仕事を始めた。

 

 この人の「少し頼みたいこと」は、大体少しで済まない。

 雪山で草を取るだけだと思ったらティガに追われたし、森丘でクック先生に会いに行ったらガルルガとかいう問題児に絡まれた前科がある。

 

「森丘の方から、ランポスの群れが流れてきておる」

 

「ランポス……」

 

 俺は眉を寄せる。

 

 青い鳥竜。

 動きが速く、群れると面倒なやつ。

 ゲームでなら序盤の小型モンスター代表みたいな顔をしているが、この世界では普通に人を噛み殺せる。

 

「正直、ランポスの群れだけなら、見回りの者で追い払えるだろう。……だが今回は、頭クラスが二ついるようでね」

 

「頭、ですか?」

 

 めぐみんが首を傾げる。

 

 ダクネスの表情が、少しだけ引き締まった。

 

「ドスランポスか」

 

「そうさ。それが二頭だよ」

 

「二頭か……」

 

 思わず、俺は繰り返した。

 

 ドスランポス。

 ランポスのリーダー格。

 

 もちろん、舐めていい相手じゃない。

 現実の爪と牙は、ゲーム画面のダメージ表示よりずっと生々しい。

 油断したら普通に死ぬ。

 

 ただ。

 

 俺たちはもう、雪山でギアノスを狩った。

 雪山版ドスランポスとも言えるドスギアノスも倒した。

 なにより、今朝、武器も新しくなった。

 

 今の俺たちなら、ドスランポスそのものは「何が何だか分からない相手」ではない。

 

 飛びかかりは盾で逸らす。

 脚を削る。

 鳴かれたら小型を散らす。

 無理に追いすぎず、柵へ抜けるやつだけを止める。

 頭の動きを抑えて、隙を作る。

 

 三人でなら、安定して勝つまでの流れは頭の中にある。

 

 そう。

 問題は、ドスランポスそのものじゃない。

 

 ちらりと、後ろのめぐみんを見る。

 

 見習い用ガンランスを抱えた紅魔族の少女は、真面目な顔で話を聞いている。

 だが、その手元はまだ武器の重みに慣れていない。

 

 ……今回、こいつがいるんだよな。

 盾持ちとはいえ、できる限り危険は減らしたい。

 

「二頭とも、村の北東側へ向かっている。まだ柵までは来ていないが、このまま放っておけば農場か家畜の柵に被害が出るだろうね」

 

「連携している様子は?」

 

 ダクネスが確認する。

 

 村長は小さく頷いた。

 

「見張りの話では、ただ暴れているだけではないようだね。どちらの鳴き声でも小型が動いている。片方が獲物を追い、もう片方が群れを寄せるような動きもあったそうだ」

 

「厄介だな。傷ついた時、追い詰められた時、獲物を囲む時……ああいう頭は鳴き声で小型を集める。ドスギアノスで見た通りだ」

 

「……あー」

 

 嫌な記憶が蘇った。

 

 ドスギアノス。

 あいつも、鳴いてギアノスを呼んだ。

 

 小型だからと侮ると、横から噛まれたり、足を取られたりして、囲まれる。

 

 単純な強さとは別の面倒くささ。

 こっちの意識を散らし、逃げ道を塞ぎ、気づけば体力と集中力を削ってくる。

 

 そういう地味で嫌なやつだ。

 

「片方に手間取れば、もう片方が群れを呼ぶ。群れを追い払っても、別の小型を集められる。二つの鳴き声で群れが散ったり集まったりすれば、防衛線はすぐ混乱するだろうねぇ」

 

「うわ、面倒くさい」

 

「面倒で済めばいい方だよ。村の中へ入り込まれたら、家畜も畑もただでは済まん」

 

 村長の口調は穏やかだった。

 

 だが、その言葉には妙な重みがあった。

 

 ランポス一匹なら、まだ追い払えるかもしれない。

 だが、群れになる。

 それを二頭の親玉が動かす。

 

 それはもう、ただの雑魚の群れではない。

 

「依頼は村の防衛ですね」

 

 ダクネスが静かに言う。

 

「そうなるね。できれば、村の外で止めてほしい」

 

「討伐ですか? それとも追い払い?」

 

「できるなら討伐だ。だが、新米もおる。無理はしなくていい。まずは村へ入れないこと。それが一番だよ」

 

 村長はそう言って、俺たちを順に見た。

 

 俺。

 アクア。

 ダクネス。

 そして、最後にめぐみん。

 

「二頭を一箇所に寄せると、群れも寄るだろう。そうなれば、守りきれん場面が出るかもしれない」

 

「二手に分かれて、それぞれの頭を止める必要があるということですね」

 

「そういうことだね」

 

 村長は俺を見る。

 

「カズマ」

 

「はい?」

 

「全体を見るのは、お前に頼みたい」

 

「俺ですか!? ……あの、ダクネスの方が」

 

「前を支えるのはダクネスにしかできない。だが、危ない時に引く判断が早いのはお前さんだろう。今日はそれも大事だよ」

 

「あのー……褒められてる気がしないんですが」

 

「褒めているよ。戻ってくるためには大事なことさ」

 

「素直に喜びにくいぜ……!」

 

 だが、言いたいことは分かる。

 

 ダクネスは責任感から前に出るだろう。

 アクアは調子に乗る。

 めぐみんは……多分、撃ちたがる。

 

 いざという時に、この三人を止める役。

 つまり、ツッコミ兼ブレーキ係のようなもの。

 

 ……俺しかいないのか。

 

「それと、めぐみん」

 

「は、はい!」

 

 めぐみんが、ガンランスを抱えたまま背筋を伸ばす。

 

「お前は、まだ正式な狩人じゃない」

 

「……はい」

 

「だから、今日のこれは依頼じゃない。見習いとしての手伝いだ。いくら盾があっても、無茶をしろとは言わない」

 

 村長の声は穏やかだった。

 

 だが、甘いわけではない。

 

「仲間の言うことを聞いて、ちゃんと戻ってこられたなら、その時はわしからギルドに話しておこう」

 

 めぐみんの目が見開かれた。

 

「それは……」

 

「見習いとして、この村に置くくらいはできるかもしれん。もちろん、今日のお前さん次第だがね」

 

「……!」

 

 めぐみんの顔が、一瞬で明るくなる。

 

 だが、すぐに唇を結んだ。

 

 たぶん、昨日の加工屋のおばちゃんと、ダクネスの言葉を思い出したのだろう。

 

 武器を持つなら、責任も持つ。

 勝手に撃たない。

 仲間の指示を聞く。

 

 こいつなりに、その辺を必死に飲み込もうとしている顔だった。

 

「やります」

 

 めぐみんは、小さく、けれどはっきりと言った。

 

「私、やります。見習いとしての役目を、ちゃんと果たします」

 

「うん。いい返事だ」

 

 村長は小さく頷いた。

 

「めぐみん」

 

「はい!」

 

「撃ちたいから撃つ、では駄目だよ」

 

「……っ」

 

 めぐみんがびくりとする。

 

 図星だったらしい。

 

「武器は強い。強い武器ほど、使う者の我慢がいる。そこを間違えると、モンスターより先に仲間が危なくなる」

 

「……はい」

 

「そこを守れるなら、お前さんのその一撃は、きっと誰かを助ける力になっていくはずだよ」

 

 めぐみんはガンランスをぎゅっと抱えた。

 

「はい。必ず」

 

 珍しく、茶化しも名乗りもなかった。

 

 俺は横で少しだけ感心する。

 

 ……少しだけな。

 

「……分かりました。オレもやれるだけやります」

 

「頼んだよ」

 

 村長は、そこで少しだけ表情を緩めた。

 

「けれど、忘れないようにね。村を守るのも大事だが、お前さんたちが戻ってくることも大事だ」

 

「……はい」

 

「危ないと思ったら引く。無理に二頭とも仕留めようとしなくていい。まずは村へ入れない。それで十分だよ」

 

 村長は湯呑みを手に取り、いつもの調子で小さく息を吐いた。

 

「さあ、行っておいで。ドスランポス二頭くらいで、朝飯を台無しにされるのも癪だろう?」

 

「いや、こっちは朝飯どころか命がかかってるんですけど」

 

「だからこそ、腹に力を入れて行くんだよ」

 

 村長は、ほっほっほっと笑った。

 

「……よし、行くぞ」

 

 ダクネスがランスを構える。

 

「ええ! 私の鉄刀【神楽】の初舞台ね!」

 

「私の初陣でもあります!」

 

「初舞台とか初陣とか、もうちょっと怖がれお前ら」

 

 俺はアサシンカリンガの柄を握り直した。

 

 ドスランポス二頭。

 群れを呼ぶ頭が二つ。

 

 油断すれば普通に死ぬ。

 だが、手順は見えている。

 

 片方ずつ受けて、頭を止める。

 小型は散らす。

 柵へ抜けそうなやつを優先して払う。

 無理に全部を倒そうとしない。

 

 俺たちなら、問題無くやれる。

 

 だから怖いのは、そこじゃない。

 

 村の北東側。

 

 そこから聞こえてくる甲高い鳴き声に向かって、俺たちは歩き出した。

 

     ◇

 

 柵の外には、うっすら雪の残る道が森丘方面へ続いている。

 

 雪山ほど深い雪ではない。

 だが、踏み込めば足元が“きゅっ”と鳴る程度には冷えている。

 

 木々の隙間から吹いてくる風は、森丘の青い匂いと、どこか獣臭い空気を一緒に運んできていた。

 

 その先の林から、甲高い鳴き声が聞こえている。

 

 キィ、キィ、と耳障りな声。

 それが複数。

 

 そして、それより一段低い、喉の奥を震わせるような鳴き声。

 

「近くまで……来てるな」

 

「ああ」

 

 俺はアサシンカリンガの柄を握った。

 

 昨日までのハンターカリンガとは違う。

 手に馴染む。

 刃の重みも、盾の縁も、頼りなさが減っている。

 

 だからといって、怖くないわけじゃない。

 

 ただ、何も分からず震えるだけだった頃とは違う。

 

 ギアノスを叩っ斬った。

 その経験から、ドスギアノスを倒せた。

 クック先生の動きを見て学び、ガルルガ相手に盾を構えることもできた。

 

 身体はこの世界に来てから、少しずつ覚えている。

 ドスランポスが相手なら、多少怖くたって動ける。

 

 どう止めて、どこを見て、いつ下がればいいか。

 

「……」

 

 隣のめぐみんが、ガンランスを抱え直した。

 

 不安なんだろう。

 

 いつものように派手な名乗りをするでもなく、静かに森の方を見ている。

 

 こいつは、今日が初めてだ。

 

「作戦を詰めるぞ」

 

 俺が言うより先に、ダクネスが一歩前へ出た。

 

 さすがに、この辺りは先輩ハンターだ。

 説明の声が、自然と低く落ち着く。

 

「二頭を同じ場所に寄せてはいけない。群れごと柵へ流れ込まれる」

 

 ダクネスは槍先で、雪の上に簡単な線を引いた。

 

「私は右を受ける。アクアは私の近くで、小型が柵側へ抜けるのを払ってくれ。深追いは不要だ。柵へ向かうものだけを見る」

 

「はいはい、了解。抜けそうなやつだけね」

 

「小回りが効くカズマは左。…その、めぐみんを見る役も兼ねてもらえるか?」

 

「まあ、そうなるよな」

 

「カズマの危ない時に下がらせる判断は私も買っている。めぐみんにはそれが必要だ」

 

「褒め方が毎回微妙なんだよなぁ……」

 

「ほ、褒めているぞ?」

 

 ダクネスは真面目な顔で言い切った。

 

 素直に喜びづらい。

 だが、信頼されているのは分かる。

 

「めぐみん」

 

「は、はい!」

 

「今日のお前の役目は、派手に倒すことではない。まずはカズマの声を聞くこと。盾を構えること。撃つべき時まで待つことだ」

 

「……はい」

 

「怖いと思うのは悪いことではない。怖さを知らない者ほど、前に出過ぎる。自分の武器だけを見ている者ほど、仲間の位置を忘れる」

 

 ダクネスは、めぐみんのガンランスを見た。

 

「ガンランスは強い。だからこそ、我慢がいる。撃ちたい時ほど待て。怖い時ほど周りを見ろ。分からなくなったら、カズマの後ろに戻れ」

 

「……分かりました」

 

 めぐみんはガンランスをぎゅっと抱えた。

 

 昨日までなら、ここで「我が爆裂の伝説が始まるのです!」くらい言っていたはずだ。

 それが出てこない。

 

 たぶん、分かっているのだ。

 

 今からやるのは練習ではない。

 村の外で、実際にモンスターを相手にする。

 

 それも、初めての狩猟だ。

 

 ガンランスを手に入れた嬉しさと、憧れに近づく高揚。

 その下に、ちゃんと怖さがある。

 

 俺はめぐみんの横に立った。

 

「怖いなら怖いでいい。怖がるなとは言わない」

 

「……」

 

「その代わり、怖い時ほど、俺の声を聞け」

 

 めぐみんは、ゆっくり頷いた。

 

「……はい。聞きます」

 

「よし」

 

 珍しく素直だ。

 いや、本当に怖いんだな、こいつ。

 

 …俺はドスランポスに勝つことだけを考えているわけじゃない。

 めぐみんを前に出し過ぎないこと。

 砲撃で味方を巻き込ませないこと。

 怖がって固まった時に、逃げ道を作ること。

 

 そっちの方がよほど難しい。

 

「いいか、俺たちの役目は倒すことだけじゃない。こっちのドスランポスを、ダクネスたちの方へ行かせない。村の柵へ抜かせない。小型が寄ってきても慌てない。お前は俺の後ろ。分からなくなったら下がる」

 

「はい!」

 

 そんなことを言っている間に、森の方から影が飛び出した。

 

 ランポス。

 

 一匹。

 二匹。

 三匹。

 

 青い体が雪の上を跳ねる。

 長い尾でバランスを取り、首を上下させながら、こちらを見ている。

 

 小型とはいえ、近くで見ると十分怖い。

 爪も牙もある。

 何より、動きが軽い。

 

 めぐみんの喉が、小さく鳴った。

 

「……あれが、ランポスですか」

 

「そうだ」

 

「思っていたより、目が怖いですね」

 

「初感想がそれで大丈夫か?」

 

「あと、速そうです」

 

「実際速い」

 

「……ぶっちゃけ、あの目を見てたら帰りたくなってきました」

 

「おい紅魔族」

 

「冗談ですよ! 冗談に決まっているでしょう!」

 

 めぐみんは慌てて胸を張る。

 

 だが、ガンランスを持つ指先が、握りしめていたせいか、少しだけ白くなっていた。

 

 そして、その後ろから、一回り大きな青い影が現れた。

 

 頭のトサカ。

 鋭い爪。

 跳ねるような脚。

 

 ドスランポス。

 

 さらに、少し遅れて別方向からもう一頭。

 

「……大きい」

 

 めぐみんが、今度は本当に小さな声で呟いた。

 

 さっきまでの軽口が、一瞬で消えた。

 

 無理もない。

 

 俺だって初めて目の前で大型を見た時は、身体が固まった。

 ギアノスより、ランポスより、ひと回りどころか存在感が違う。

 

 こいつはこっちを見ている。

 獲物として見ている。

 

 その視線だけで、足の裏が少し冷える。

 

 ただ、今の俺は、固まるだけでは終わらない。

 

 脚を見る。

 跳ぶ方向を見る。

 小型の位置を見る。

 盾を出す場所を考える。

 

 大丈夫、大丈夫だ…。

 処理の手順は見えている。

 

「めぐみん」

 

「……はい」

 

「俺の後ろ、小型が近づいてきたら突いてやれ」

 

「はい」

 

 めぐみんが、素直に俺の後ろへ下がった。

 

「来たぞ!」

 

 ダクネスが叫ぶ。

 

「予定通りに動く! 私は右を受ける! カズマ、左を頼む!」

 

「了解!」

 

「アクア、私から離れすぎるな!」

 

「言われなくても!」

 

 ドスランポス二頭が、ほぼ同時に鳴いた。

 

 耳に刺さるような声。

 

 小型のランポスたちが、それに合わせて散るように動き出す。

 

 うわ。

 画面で見るより数倍嫌だ。

 

 だが、何も分からないわけじゃない。

 

 ドスランポスが前へ出る。

 小型が、その横から回ってくる。

 …こいつらめ、ちゃんとでっかい群れで動いている。

 

 だがしかし、頭を止めれば流れは止まるということ。

 小型を全部倒す必要はない。

 柵へ抜けるやつだけを払えばいい。

 

「カッカズマカズマ!!左からデッカいのが!!?」

 

「分かってる!」

 

 左のドスランポスが、俺たちに向かって跳ねた。

 

 速い。

 

 ギアノスやランポスを見てきたとはいえ、リーダー格は動きが違う。

 一歩の踏み込みが大きい。

 間合いを詰める速度が、予想より早い。

 

「めぐみん、巻き込まれないように!」

 

「はい!」

 

 俺は新調した盾を前に出した。

 

 ドスランポスの爪が盾にぶつかる。

 

 金属音。

 

 衝撃が腕に走る。

 

 だが。

 

「……止まった」

 

 持っていかれない。

 

 昨日までの盾なら、もっと大きく弾かれていたかもしれない。

 体勢を崩されて、そのまま噛みつかれていたかもしれない。

 

 けれど今は、足が残る。

 

 盾が受けてくれる。

 

「おばちゃん……仕事してるなぁ!」

 

 俺は盾で押し返し、アサシンカリンガを振るう。

 

 刃がドスランポスの脚をかすめた。

 

 浅い。

 だが、スパっと通った。

 

「すげぇ切れ味!」

 

 思わず声が出る。

 

 これなら、やれる。

 

「カズマ、嬉しそうですね!私もそろそろいいですかっ!?」

 

「ちょっと待って!出番用意するから!!」

 

 寄ってくる小型を露払いしながら、めぐみんが聞いてくる。

 なんだよ、しっかり振れてるじゃないか。

 

 優勢だった立会いだが、唐突にドスランポスが跳ねようとする。

 

 狙いは俺じゃない。

 

 めぐみんだ。

 

「させるかっ!」

 

 俺は片手剣を振りながら、あえて前に出た。

 

 剣で牽制。

 盾で進路を塞ぐ。

 ドスランポスがこちらへ向き直る。

 

 よし。

 こっち見ろ。

 めぐみんを見るな。

 

 横から小型のランポスが飛びかかってくる。

 

「邪魔だって!」

 

 俺は盾でそいつを押し返し、アサシンカリンガの短い刃で横へ払う。

 手応えは浅いが、ランポスは嫌がるように下がった。

 

 やれる。

 相手の動きも、処理の仕方も、見えている。

 

 武器が変わるだけで、こんなに違うのか。

 

 そして同時に、分かる。

 

 俺一人なら、たぶんもっと前に出られる。

 もっと危ない位置で引きつけて、もっと早く削れる。

 

 だが、今日は違う。

 

 後ろにめぐみんがいる。

 

 俺が抜かれた瞬間、この新米に爪が向く。

 

「めぐみん、普通の砲撃で牽制だ! 俺の横から撃て!……当てるなよ?」

 

「は、はい! 善処します!」

 

「確約してくれッ!!」

 

 返事が少し上ずっていた。

 

 俺の後ろで、めぐみんがガンランスに装填する音がした。

 

 ガシャコン!、と金具が鳴る。

 

 だが、少し位置が高い。

 腕が震えている。

 

「砲口をしっかりと向けるんだ!」

 

「わ、分かっています!」

 

「信じるぞっ!」

 

 小型のランポスが一匹、俺たちの横を抜けようとした。

 

「そっち!」

 

「はい!」

 

 ガゥンっ! と、短い砲声が響く。

 

 小型ランポスの足元で雪が弾け、青い影が驚いたように跳びのいた。

 

「当たってません!」

 

「今のは当てなくていい! 追い払えれば十分だ!」

 

「なるほど、牽制!」

 

「そうだ! 牽制!」

 

「地味ですね!」

 

「大事なんだよこーいう地味なことが!」

 

 めぐみんの声が少しだけ戻る。

 

 怖がっている。

 けれど、指示は聞いている。

 震えながらでも、砲口を向け、俺の後ろから役目を果たそうとしている。

 

 それで十分だ。

 

 最初の狩猟で、いきなり平然としている方が怖い。

 

 ドスランポスがそこで、首を持ち上げた。

 

 喉が膨らむ。

 

 嫌な動きだった。

 

「鳴くぞ!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 次の瞬間、ドスランポスが甲高く鳴いた。

 

 キィィィィィッ!

 

 耳を刺す声が、柵の前に響く。

 

 周囲の小型ランポスたちが、一斉に反応した。

 散っていた影が、こちらへ寄ってくる。

 

 くそ。

 本当に呼びやがった。

 

「ダクネス!小型がそっちにも寄るぞ!…めぐみん、下がれ! 囲まれちまうっ!」

 

「は、はい!」

 

「右から二匹来るぞッ! 撃たなくていいから、盾を前に構えてちょっとずつ下がれ!」

 

「盾っ…!!」

 

 めぐみんは慌てて小さめの盾を構えた。

 

 飛びかかってきたランポスの爪が盾に当たり、めぐみんの身体がぐらつく。

 

「きゃっ……!」

 

「踏ん張れ!倒れたらマズい!」

 

「踏ん張っています!」

 

「ならもっと目光らせろっ!」

 

「無茶を言ってくれますね!?」

 

 声は震えている。

 顔も少し青い。

 

 だが、めぐみんは逃げなかった。

 

 盾の向こうで爪を受け止め、歯を食いしばっている。

 

 紅魔族随一だの何だのと大げさな肩書きは、この場では何の役にも立たない。

 役に立っているのは、小さな盾と、踏ん張る足と、俺の指示を聞こうとする意地だけだ。

 

 俺はドスランポスの前から目を離せない。

 

 だが、横の小型を放っておけばめぐみんが危ない。

 盾で受ける。

 刃で払う。

 足元を見て、柵側に流れそうなやつを優先して止める。

 

 これは、ただの討伐じゃない。

 

 防衛だ。

 

 倒すことだけ考えたら、村の方へ抜ける小型を見逃す。

 逆に小型ばかり相手にしていたら、ドスランポスに突破される。

 

 面倒くさい。

 

 すごーく面倒くさい。

 

 だが、負ける相手じゃない。

 

 問題は、俺が焦ってめぐみんを置いていかないこと。

 めぐみんが怖がって勝手に撃たないこと。

 

 そこを守れば、いける。

 

「カズマ! こっちにも来てますよっ!」

 

「分かってる!威嚇で撃ってくれ!」

 

 めぐみんがもう一発、普通の砲撃を撃つ。

 

 雪が弾け、小型が散る。

 

 だが、その反動でめぐみんの腕が跳ね、砲口が変な方向を向いた。

 

「こ、この武器、撃つと腕が持っていかれます!」

 

「だから扱い難しいって言われただろ!もうちょいだから頑張れっ!」

 

「聞いてはいましたが、体験すると説得力が違いますね!」

 

「一つ学べた、なぁっ!」

 

 その隙に俺は前へ出る。

 

 ドスランポスが跳ねた。

 

 盾で受ける。

 

 衝撃。

 何度も防いでるからか、腕がしびれる。

 だが、倒れない。

 

「くっそ、二頭いたらこれを両方でやられていたのかよ!」

 

 村長の言葉が頭をよぎる。

 

 片方に集中したら、もう片方が呼ぶ。

 二つの鳴き声で群れが乱れる。

 柵の前が混乱する。

 

 今、一頭だけなら処理の流れは見えている。

 だが、これが二頭まとまっていたら、小型の処理だけで崩される。

 

「分けて正解だったぜ……!」

 

 俺は歯を食いしばりながら、盾を押し返した。

 

     ◇

 

 右側では、ダクネスとアクアがもう一頭を受けていた。

 

 柵に近いのはこちら側。

 だからこそ、抜かれるとまずい。

 

 ダクネスはランスを構え、ドスランポスの跳びかかりを正面から受け止めていた。

 

 盾に爪が当たり、重い音が響く。

 足元の雪が削れる。

 

 だが、彼女は下がらない。

 

「アクア、柵に寄ってるぞ!」

 

「分かってるわ! ああもう、ちょこまかと!」

 

 アクアは鉄刀【神楽】を振るい、横から抜けようとする小型ランポスを追い払っていた。

 

 おばちゃんの調整が効いているのだろう。

 以前より、太刀に振り回される動きが少ない。

 

 振った後、戻りが早い。

 踏み込んでも、足が前に流れすぎない。

 

 本人はそのことに気づいているのかいないのか、必死に叫んでいる。

 

「神楽なんていうなら、もっと優雅に舞わせなさいよ! 何でこんな泥臭いのよ!」

 

「それが狩りだから、なっ!」

 

「思ってたのと違うわ、ねえっ!」

 

 こっちはこっちでうるさい。

 

 しかし、ダクネスとアクアの組み合わせは安定していた。

 ダクネスが止める。

 アクアが払う。

 抜けそうなものを斬り、柵の方へ行かせない。

 

 即席とはいえ、防衛線としての形になっている。

 

 右のドスランポスが首を上げた。

 

「アクア、耳を塞ぐんだ!」

 

「えっ?」

 

 ダクネスが叫ぶのと、ドスランポスが鳴くのはほぼ同時だった。

 

 キィィィィィッ!

 

「うるさっ!?」

 

 アクアが顔をしかめる。

 

 周囲のランポスが一斉に反応し、右側へ寄っていく。

 

「来たわ来たわ来たわ! いっぱい来たわよ!? 反則じゃない!?」

 

 ダクネスはランスでドスランポスを押し返し、盾を構え直す。

 

 その横を、小型が一匹抜けようとした。

 

「行かせるかぁ!」

 

 ダクネスを尻目に、

 アクアが鉄刀【神楽】を振り続ける。

 

 刃が小型の進路を塞ぐ。

 ランポスが跳びのく。

 

 だが、さらにもう一匹が逆側から回り込む。

 

「ちょっと! 数が多いんだけど!」

 

「だから二手に分けたんだ!」

 

 俺は叫んだ。

 

 これが一箇所だったら、完全に囲まれていた。

 

 片方が鳴き、もう片方が鳴き、小型が左右から集まる。

 そうなったら誰がどれを止めるか分からなくなる。

 

 今はまだ、流れが二つに分かれている。

 

 俺たちが左を受ける。

 ダクネスたちが右を受ける。

 

 だから、何とか柵の前で止まっている。

 

「カズマ! こっち、そろそろ数がきついんだけど!」

 

『こっちも新人の世話で手一杯だー!』

 

「何よその返事!」

 

『事実なんだよ!』

 

     ◇

 

 左のドスランポスが再びこちらへ向き直る。

 

 鳴いて小型を呼んだせいか、周囲のランポスが増えている。

 数で押されれば、俺とめぐみんの二人では持たない。

 

 …だから、長引かせるな。

 

 ここで頭を潰す。

 

「めぐみん」

 

「はい」

 

「小型を散らそう。竜撃砲はまだ撃つな」

 

「まだですか!?」

 

「まだだ! 焦らなくていいから!」

 

「焦ってはいません!」

 

 めぐみんは言った。

 

 だが、その声は明らかに焦っていた。

 

 砲口が震えている。

 足も半歩、後ろへ下がっている。

 

 初めての狩猟。

 初めての大型。

 初めての群れ。

 

 怖くないわけがない。

 

 俺だって怖い。

 だが、俺は何度かこの恐怖を食らってきた。

 

 めぐみんは初めてだ。

 

 だからこそ、声を出す。

 

「しっかり敵を見ろ。でも、俺の声は聞いてくれ」

 

「難しいことを言いますね!」

 

「狩りってそういうもんなんだよ!」

 

「すごくハンターっぽいですね!」

 

 俺は小型を斬り払いながら、ドスランポスを見る。

 

 あいつは学習している。

 盾で止められるのを嫌がって、真正面から来なくなった。

 横から抜けて、めぐみんを狙うか、柵へ向かう隙を探している。

 

 …なら、誘うしかないか。

 

「考えがある…少しずつ右へ下がれ」

 

「右ですか?」

 

「俺の後ろから外れるな。でも、隙があるように見せろ」

 

「…ぇ…もしかして囮、ですか?」

 

 めぐみんが絶望した顔で言ってくる。

 

「安心しろ…俺がアイツ受け止めるからよ」

 

「カズマが?」

 

「何で不思議そうなんだよ」

 

「いえ、カズマってそういうこと言うんだなーって」

 

「俺だって必要ならやるんだよ!」

 

 怖いけどな!

 

 めぐみんが右後方へ下がりだす。

 

 その動きは、少しぎこちない。

 だが、言われた通りには動いている。

 

 ドスランポスの視線が動いた。

 

 よし。

 散漫になってるな。

 

 俺は盾を少しだけ下げた。

 

 敢えて二人揃って隙を見せる。

 だが、完全には崩さない。

 

 ドスランポスが低く身を沈める。

 

 来る。

 

 真正面ではなく、俺の盾の外側。

 めぐみんへ向かう角度。

 

 俺は踏み込んだ。

 

 逃げるのではなく、前へ。

 

 ドスランポスが跳ぶ瞬間に、盾を横へ出す。

 

 全体重を乗せた爪が盾にぶつかる。

 

 重い。

 

 身体が持っていかれそうになる。

 足が雪で滑る。

 

「ぐっ……!」

 

 踏ん張れ。

 

 ここを通したら終わりだ。

 

「めぐみん!」

 

「はい!」

 

「切り札だっ!」

 

「……っ」

 

 返事が、ほんの一瞬だけ遅れた。

 

 めぐみんがガンランスを構える。

 

 だが、砲口が迷う。

 

 目の前にはドスランポス。

 横には小型ランポス。

 盾越しに聞こえる、俺の声。

 背後には村。

 

 初めての狩猟で、初めての大技。

 

 そりゃ、怖い。

 

「めぐみん!」

 

「……はい!」

 

 今度は返事が来た。

 

 カチリと音が鳴る。

 充填され始めたようだ。

 

「私、撃ちますよ!撃っちゃいますよ!!」

 

「角度気を付けて! 俺を巻き込まないでくれよ!!」

 

「分かっています!」

 

「本当にだぞ!?」

 

 ドスランポスが盾を押し込む。

 

 俺の膝が沈む。

 

 これ以上は無理だ。

 

「撃てそうかっ?!」

 

「はい!」

 

 一瞬、めぐみんの声が止まった。

 

 そして。

 

「うっ撃てますっ!」

 

「撃てっ!」

 

 渾身の力でドスランポスを振り払い、地面に伏せる。

 

「竜撃砲――!」

 

 頭上を轟音が通る。

 

 音が腹の底に響く。

 熱風が抜ける。

 俺の髪が変な方向に揺れる。

 

 ドスランポスが吹き飛んだ。

 

 いや、飛んだ。

 

 冗談みたいに、後ろへ転がった。

 

 周囲の小型ランポスたちまで、驚いたように散っていく。

 

「……」

 

 俺は頭を守るように盾を構えたまま固まっていた。

 

 見習い用。

 威力控えめ。

 初心者向け。

 

 誰だ、そんなこと言ったやつ。

 

「……ウソぉ」

 

 情けない声が、俺の口から漏れた。

 

 撃った本人のめぐみんも、ガンランスを抱えたまま尻餅をついていた。

 

「ふ、ふふ……ふふふふ……」

 

「だ、大丈夫かっ?!」

 

「腕が……腕がめちゃくちゃぷるぷるしてます……ですが、見ましたか!? 今の!」

 

「見たよ! 見たから引いてるんだよ!」

 

「爆裂でしたよね!?」

 

「大丈夫そうだな!オイ!」

 

「爆裂でしたよね!?」

 

「大丈夫じゃなさそうだなっ!?」

 

 言いながらも、めぐみんの顔は少しだけ青かった。

 

 笑っている。

 興奮している。

 だが、完全に浮かれているわけではない。

 

 撃った本人が、一番驚いている顔だった。

 

 威力。

 反動。

 音。

 熱。

 

 憧れていた一撃は、たぶん想像よりずっと大きく、ずっと怖かったのだろう。

 

 それでも、めぐみんはガンランスを離さなかった。

 

 吹き飛ばされたドスランポスは、地面でもがいていた。

 

 まだ息がある。

 

 やはり見習い用だからか。

 それともドスランポスがしぶといのか。

 

 どちらにしろ、ここで終わらせる。

 

「めぐみん、動けるか?」

 

「腕も脚も震えてるので、今は格好よく見守ります」

 

「動けないって言え!」

 

 俺はアサシンカリンガを握り直し、駆け出した。

 

 息も絶え絶えのドスランポスが立ち上がろうとする。

 その首元へ飛び込む。

 

 昨日までより踏み込みやすい。

 武器が軽い。

 刃が迷わず入る。

 

「すまんな!」

 

 斬る。

 

 必死のドスランポスが首を振る。

 牙が迫る。

 

 だが、その牙がオレに届くことはなく、刃が首元を裂き、ドスランポスが大きく痙攣した。

 

 そのまま、雪の上へ倒れ込む。

 

 動かない。

 

「……よし!」

 

 一頭。

 

 仕留めた。

 

 周囲の小型ランポスの多くは、散り散りに逃げた。

 

 だが、全部ではない。

 

 右側には、まだもう一頭がいる。

 そちらの鳴き声に引かれて、小型が再び集まり始めていた。

 

「やっぱり頭が残ってると散らないか……!」

 

 息を吐いた瞬間、右手側で大きな金属音が響いた。

 

 

     ◇

 

 

 時同じくして右側では、ダクネスとアクアがもう一頭を押さえていた。

 

 柵に近いのはこちら側。

 だからこそ、抜かれるとまずい。

 

 ダクネスはランスを構え、ドスランポスの跳びかかりを正面から受け止めていた。

 

 盾に爪が当たり、重い音が響く。

 足元の雪が削れる。

 

 だが、彼女は下がらない。

 

「アクア、柵に寄っている個体を頼む!」

 

「分かってるわ! ああもう、ちょこまかと!」

 

 アクアは鉄刀【神楽】を振るい、横から抜けようとする小型ランポスを追い払っていた。

 

 おばちゃんの調整が効いているのだろう。

 以前より、太刀に振り回される動きが少ない。

 

 振った後、戻りが早い。

 踏み込んでも、足が前に流れすぎない。

 

 本人はそのことに気づいているのかいないのか、必死に叫んでいる。

 

「神楽なんていうなら、もっと優雅に舞わせなさいよ! 何でこんな泥臭いのよ!」

 

「それが様式美だ、アクア!」

 

「なんの様式美?!」

 

 こっちはこっちでうるさい。

 

 しかし、防衛線としては形になっていた。

 

 ダクネスが止める。

 アクアが払う。

 抜けそうなものを優先して斬り、柵の方へ行かせない。

 

 討伐だけなら、もっと前へ出られる。

 もっと単純に、攻めることもできる。

 

 だが、今回は違う。

 

 背後には村がある。

 柵があり、家畜がいて、畑があり、人がいる。

 

 敵を倒すだけでは足りない。

 抜けさせないこと。

 散らさないこと。

 守る場所を、最後まで守り切ること。

 

 ダクネスとしても、初めての経験だった。

 

「……村を守る戦いというのは、存外難しいものだな」

 

「何か言った!?突っ込んだらいいの?!」

 

「こちらの話だ!…いや、突っ込むんじゃない!?」

 

 ダクネスは盾越しに、ドスランポスの体重を受け止める。

 

 討伐なら、相手だけを見ればいい。

 だが防衛では、相手だけを見ていては駄目だ。

 

 敵。

 味方。

 柵。

 流れていく小型。

 足場。

 アクアの位置。

 

 見なければならないものが多すぎる。

 

 右のドスランポスが、そこで首を持ち上げた。

 

「アクア、来るぞ!」

 

「えっ?」

 

 ダクネスが叫ぶのと、ドスランポスが鳴くのはほぼ同時だった。

 

 キィィィィィッ!

 

「うるさっ!?」

 

 アクアが顔をしかめる。

 

 周囲のランポスが一斉に反応し、右側へ寄っていく。

 

 さらに、少し遅れて別方向からも小型が流れ込んできた。

 

 左側で鳴いたもう一頭の声に反応した群れが、こちらにも回り込んできたのだ。

 

「来たわ来たわいーっぱい来たわ!! いっぱい来たわよ!? 何なのよ、呼びすぎでしょ!?」

 

「落ち着け! 全部を倒す必要はない! 柵へ向かうものだけ狙え!」

 

「そんなこと言われても、全部こっち向いてるように見えるんですけど!?」

 

「なら、こちらへ向いたものから斬れ!アクアならやれる!」

 

「スパルタァ!?言い方ってもんがあるでしょぉ!」

 

 アクアの声は半泣きだった。

 

 だが、ちゃんと……ちゃんと?一生懸命働いていた。

 

 太刀の刃が小型の進路を塞ぐ。

 ランポスが飛びのく。

 別の一匹が柵へ抜けようとすると、アクアが慌てて追いかけ、地面を蹴って太刀を振る。

 

「女神様をこんな泥臭いことに使うんじゃないわよぉ!」

 

「十分助かっているから!もっと頼む!」

 

「褒めてるのか酷使してるのか分かんない!」

 

 ダクネスのランスが、ドスランポスの突進を止める。

 

 重い音。

 盾が軋む。

 ダクネスの足が雪を削る。

 

 それでも下がらない。

 

 だが、ドスランポスの動きは止まらない。

 鳴いて小型を呼び、隙を見て跳び、柵側へ向かおうとする。

 

 防ぐ。

 払う。

 止める。

 

 その繰り返し。

 

 だが、守る場所がある以上、少しの抜けも許されない。

 

「アクア、右だ!」

 

「分かってるわよ!」

 

 アクアが鉄刀【神楽】を振るう。

 

 小型ランポスが飛び退く。

 しかしその奥で、ドスランポスが低く身を沈めた。

 

 柵側へ抜けるつもりだ。

 

「行かせん!」

 

 ダクネスが踏み込む。

 

 ランスの穂先がドスランポスの進路を塞ぐ。

 盾で押し戻す。

 

 その瞬間だった。

 

 左側で、轟音が響いた。

 

「――竜撃砲――!」

 

 雪煙と熱風が、遠目にも分かるほど大きく弾ける。

 

 ダクネスもアクアも、思わずそちらを見た。

 

 青い大きな影が、冗談みたいに吹き飛ぶ。

 左側のドスランポスだ。

 

「……やったのか!?」

 

「今の何!? 今の何!? めぐみんちゃん!? あの子、初陣よねっ!?」

 

 アクアが悲鳴みたいな声を上げる。

 

 だが、左のドスランポスはまだ動いていた。

 雪の上でもがき、立ち上がろうとしている。

 

 そこへ、カズマが走り込んだ。

 

 片手剣が閃く。

 

 一度。

 二度。

 

 最後に首元を裂かれたドスランポスが、大きく痙攣して雪の上に倒れ込んだ。

 

「一頭目……!」

 

 ダクネスが短く息を吐く。

 

 頭が一つ倒れたことで、左側の小型ランポスの一部は散り始めた。

 

 だが、問題は終わっていない。

 

 残った小型が、右側のドスランポスの鳴き声に引かれて集まってくる。

 つまり、こちらの群れはむしろ濃くなった。

 

「ちょっと! 減るどころか増えたんだけど!?」

 

「頭がまだこちらに残っているからだ!」

 

「理屈は分かるけど納得はしたくないわ!」

 

 アクアの目尻に涙が浮かんでいる。

 

 それでも、太刀は止まっていない。

 

 ダクネスは一瞬だけ左側を見る。

 

 カズマがこちらへ走ってくる。

 その後ろで、めぐみんはガンランスを抱えたまま座り込んでいた。

 

 腕も脚も限界なのだろう。

 立ち上がろうとして、うまく立てない。

 

 竜撃砲の反動。

 初めての狩猟。

 恐怖と興奮と疲労。

 

 あれ以上動かすのは危険だ。

 

「カズマ!」

 

 ダクネスが叫んだ。

 

「こっちはある程度耐えられる!めぐみんを頼む!こちらへ来る小型から守ってくれ!」

 

「…っ!分かった!」

 

 カズマはめぐみんの方を振り返る。

 

「めぐみん、無理に動くな! 小型が来たら盾だけ構えろ!」

 

「は、はい! 今は腕が浪漫の余韻で震えています!」

 

「反動って言え!」

 

 左の一頭を倒したのはいい。

 だが右側に小型が寄っている。

 

 めぐみんは動けない。

 アクアは半泣き。

 ダクネスも、さすがに一人で全部を押さえ込むには限界がある。

 

「カズマ!」

 

 遠くからダクネスの声が飛んだ。

 

「二人とも、めぐみんを守りながら一分だけ耐えてくれ!」

 

「一分!? この状況で一分っ!?」

 

「頼む!」

 

「頼むって言われてもなぁ!」

 

 文句を言いつつ、カズマはめぐみんの前に立つ。

 

「カズマ、めぐみんちゃん動けるの!?」

 

「無理だ! 竜撃砲撃って腕と脚が死んでる!」

 

「死んでません! 浪漫の反動で一時的に機能を制限されているだけです!」

 

「素直に死んでるって言え!」

 

 小型ランポスが数匹、めぐみんを狙い回り込んでくる。

 

 カズマは盾と片手剣を構え、アクアは太刀を握り直した。

 

「一分って、何するつもりなのよダクネスは!」

 

「知らん! でもあいつが言うなら何かあるんだろ!」

 

「何かって何よ!?」

 

「だから知らんって!」

 

 その頃、ダクネスはドスランポスの突進をランスで受け流しながら、少しずつ後方へ下がっていた。

 

 向かう先は、村の出入口近く。

 狩場へ出る者が一度荷を整える、簡易的なBC付近だった。

 

 そこに、彼女のオトモが待機していた。

 

「オトモ! 準備できてるかっ!?」

 

「ニャ!」

 

「流石だ!!」

 

 オトモが、布に包まれた大きな武器を差し出す。

 

 ダクネスはランスを預け、代わりにそれを受け取った。

 

 布が外れる。

 

 現れたのは、大剣。

 

 ランスとはまるで違う、重く、厚く、斬り伏せるための武器。

 

 ダクネスは柄を握り、肩に担ぐ。

 

「……よし」

 

 短く息を吸う。

 

「これで!」

 

 ダクネスは仲間たちの元へ、走り出した。

 

 

     ◇

 

 

 こっちはこっちで必死だった。

 

「カズマ! 右から来てるわよ!」

 

「分かってる!」

 

 盾で小型ランポスを受ける。

 アクアが横から鉄刀【神楽】を振るう。

 めぐみんは座り込んだまま、小さな盾を構えてぷるぷるしている。

 

 何だこの絵面。

 

 俺とアクアで、座り込んだ紅魔族を守りながら、小型ランポスを散らす。

 

 普通なら感動的なはずなのに、本人が「浪漫の反動です……」とか言っているせいで、いまいち締まらない。

 

「カズマ! もう一匹!」

 

「うおっ!」

 

 横から飛びかかってきたランポスを盾で弾く。

 

 腕がしびれる。

 さっきから受けっぱなしで、そろそろ本当にきつい。

 

「一分って長い! 一分ってこんな長かったか!?」

 

「私も泣きそうなんだけど!?」

 

「お前はもう泣いてるだろ!」

 

「泣いてないわよ! これは女神の聖なる涙よ!」

 

「涙じゃねえか!」

 

 そんなやり取りをしていると、また遠くからダクネスの声が飛んだ。

 

『カズマ!』

 

「今度は何だ!?」

 

「盾を構えろ! そのまま踏ん張ってくれ!」

 

「は!?」

 

 俺は思わず声を上げた。

 

 盾を構えろ?

 踏ん張れ?

 

 何で?

 どっち向きに?

 何から?

 

「ダクネス、説明が足りない!」

 

「すまん、今はその余裕がない!」

 

「えー…」

 

「かっカズマ!」

 

 アクアが半泣きのまま叫ぶ。

 

「と、とりあえず言われた通りにしましょう!」

 

「その方がいいか?ヤバいこと…巻き込まれないかな?」

 

「なに虚無顔してんのよ!? もうヤバいわよ! あの顔のダクネス、絶対何かやる顔だもの!」

 

「何かって何だよ?」

 

「知らないわよ!あーもう早くなさいっ!」

 

 知らないことだらけである。

 

 だが、こういう時のダクネスは外さない。

 

 普段は変な方向に熱い女だが、狩りの場では頼れる先輩ハンターだ。

 

 俺は歯を食いしばり、盾を両手で構えた。

 

「…よしアクア、後ろ下がっとけ!」

 

「もう下がってるわ! これ以上は精神だけ下がるわよ!!」

 

「よしアクア、後ろ下がっとけ!!」

 

「どういう意味よっ!??」

 

 俺は盾を斜めに立て、足を雪に食い込ませる。

 

 何が来るか分からない。

 分からないが、来る。

 

 次の瞬間、背後から足音が近づいてきた。

 

 ダクネスだ。

 

 大剣を背に担ぎ、こちらへ全力で走ってくる。

 

「……おい」

 

 まさか。

 

 いや、まさかだよな?

 

「カズマ、踏ん張れ!」

 

「やっぱりそれ踏むやつじゃねえかぁぁぁ!?」

 

 ダクネスの足が、俺の盾に乗った。

 

 衝撃。

 

 重い。

 

 ドスランポスの突進の方がまだマシな重さだ。

 

 …いや、重いとかそういう問題じゃない。

 

 鎧。

 大剣。

 勢い。

 全部まとめて盾に乗る。

 

「ぐぅっ!?」

 

 膝が沈む。

 腕が悲鳴を上げる。

 足元の雪が潰れる。

 

 だが、倒れない。

 

 倒れたら終わりだ。

 

 ダクネスは俺の盾を足場にして、さらに跳んだ。

 

 跳ぶ瞬間、彼女の背中から大剣が抜かれる。

 

 空中で、重い刃が持ち上がる。

 

 え。

 

 それ、空中で溜めるの?

 

 いやいやいや。

 

 ゲームじゃあるまいし。

 

 いや、ここモンハン世界だけど!

 

「――はああああああっ!」

 

 空中で、ダクネスの身体が大きく反る。

 

 大剣に、全身の重さと勢いが乗る。

 

 ドスランポスは、こちらへ向かって跳ぼうとしていた。

 

 ちょうどその瞬間。

 ちょうどその軌道。

 

 ダクネスの刃が、上から落ちた。

 

 一刀両断。

 

 そんな言葉が、見えた気がした。

 

 重い音がした。

 

 ドスランポスの身体が、雪の上へ叩きつけられる。

 地面が揺れ、雪と土が跳ねる。

 周囲の小型ランポスたちが、悲鳴を上げて散った。

 

 派手な爆発はない。

 めぐみんの竜撃砲のような熱もない。

 

 ただ、純粋に重い一撃。

 

 ダクネスの大剣が、ドスランポスを地面へ縫い止めていた。

 

「……」

 

 俺は盾を構えたまま固まった。

 

 アクアも、鉄刀【神楽】を抱えたまま固まっていた。

 

 めぐみんだけが、座り込んだまま目を輝かせている。

 

「……す、すごいです!」

 

「……嘘ォ……?」

 

「……嘘ォ……?」

 

 俺とアクアの声は、綺麗に重なった。

 

 ドスランポスは動かない。

 

 二頭目の頭が倒れたことで、残っていた小型ランポスたちは完全に動きを乱した。

 鳴き声に従う先を失った群れは、しばらく雪の上をうろつき、やがて一斉に森の方へ逃げていく。

 

 村の柵へ向かっていた流れが、ようやく切れた。

 

「……終わった?」

 

 アクアが小さく言う。

 

「終わった……のか?」

 

 俺も、まだ盾を構えたまま答えた。

 

 ダクネスは大剣を引き抜き、深く息を吐く。

 

「ああ。終わったようだ」

 

「いや待て。今の何?」

 

「私も気になるわ。カズマの盾を踏んで跳んだわよね?」

 

「踏んだな」

 

「踏んだな、じゃないんだよ」

 

 俺の腕はまだ震えている。

 

 というか、盾ごと腕が持っていかれるかと思った。

 めぐみんの竜撃砲といい、ダクネスの踏み台ジャンプといい、今日は味方の方が怖い。

 

「すまない。初めてやった。ぶっつけ本番だった」

 

「ぶっつけ本番で人の盾を踏むな!」

 

「だが、助かった。カズマが踏ん張ってくれなければ、届かなかった」

 

「……そう言われると怒りにくいだろ」

 

 ダクネスは少しだけ照れたように笑った。

 

 アクアはその場にへたり込み、鉄刀【神楽】を抱えたまま息を吐く。

 

「私、頑張ったわよね……? 今度こそ本当に頑張ったわよね……?」

 

「頑張った。ちゃんと時間稼いだし、小型も払ってた」

 

「でしょ!? もっと褒めなさい!」

 

「偉かった偉かった」

 

「雑!」

 

 めぐみんも立ち上がろうとして、腕の震えでまた座り込んだ。

 

「ふ、ふふ……これが初陣……」

 

「お前、初陣で大技撃って座り込んでるだけだからな」

 

「ですが、当てました!」

 

「当てたな」

 

「吹き飛ばしました!」

 

「吹き飛ばしたな」

 

「そしてカズマに守られながら、戦場を見届けました!」

 

「後半だけ急に格好よく言うな」

 

 めぐみんは、疲れ切った顔で、それでも満足そうに笑った。

 

 顔は青い。

 腕はぷるぷる。

 脚もたぶん使い物にならない。

 

 だが、その目はちゃんと前を向いていた。

 

 怖がっていた。

 震えていた。

 それでも、逃げなかった。

 

 俺はアサシンカリンガを鞘に戻し、息を吐く。

 

「……まあ、とにかく」

 

 俺は全員を見た。

 

 アクア。

 ダクネス。

 めぐみん。

 

「よくやったな、俺たち」

 

 言ってから、ちょっとだけ恥ずかしくなる。

 

 だが、誰も茶化さなかった。

 

 アクアは疲れた顔のまま、ふふんと笑う。

 

「当然よ。私がいたんだから!」

 

「泣いてたくせに」

 

「泣いてないわよ! 聖なる涙だって言ったでしょ!」

 

 めぐみんはガンランスにもたれながら、弱々しく拳を上げた。

 

「私の初陣にふさわしい、実に爆裂な勝利でした……」

 

「だから砲撃だっての」

 

「細かいことはいいのです……腕が上がらないので、今は言葉だけで勝ち誇ります……」

 

「情けない勝ち誇り方だな」

 

 ダクネスが大剣を背に戻し、俺の前に立った。

 

「カズマ」

 

「何だよ」

 

「助かった。あの場でお前が盾を構えてくれなければ、今の一撃は届かなかった」

 

「そりゃ、あんな大声で言われたら構えるしかないだろ」

 

「それでもだ」

 

 ダクネスはそう言って、右手を軽く握った。

 

 拳。

 

 俺は一瞬だけ、それを見る。

 

「……何だよ」

 

「いや。こういう時は、こうするのだろう?」

 

「どこで覚えたんだよ、それ」

 

「以前、村で…カズマとアクアがやっていた」

 

「私たち、そんな青春っぽいことしてたかしら?」

 

「覚えてないのかよ」

 

 俺は苦笑して、拳を出した。

 

 こつん。

 

 ダクネスの拳と、俺の拳が軽く当たる。

 

 それを見て、アクアが慌てて立ち上がった。

 

「あ、ちょっと! 私も! 私も頑張ったんですけど!」

 

「はいはい」

 

「雑に扱わないでよ!」

 

 アクアが拳を出す。

 

 こつん。

 

「私もお願いします!」

 

 めぐみんもガンランスに寄りかかりながら、ぷるぷる震える拳を差し出してきた。

 

「お前、腕上がらないんじゃなかったのか?」

 

「こういう時だけは上がります」

 

「都合のいい腕だな」

 

 こつん。

 

 四人の拳が、小さく重なった。

 

 倒れたドスランポス。

 散っていくランポスの群れ。

 守られた村の柵。

 

 アサシンカリンガ。

 鉄刀【神楽】。

 見習い用ガンランス。

 そして、ダクネスの大剣。

 

 昨日より、確かに俺たちは強くなった。

 

 クック先生の授業を受け。

 ガルルガという問題児に追い回され。

 紅魔族の新米を拾い。

 そして今、村を守った。

 

 順調だ。

 

 順調なはずだ。

 

 なのに、どうしてだろう。

 

 強くなった分だけ、面倒ごとも大きくなっている気がする。

 

「それで、カズマ」

 

「何だよ」

 

 めぐみんが、疲れ切った顔のまま、目だけを輝かせた。

 

「次は、もっと大きな相手に竜撃砲を撃ちたいです」

 

「台無しだよ!」

 

 このすばらしい世界は、今日も騒がしい。

 

 そして俺たちのパーティは、また一人、騒がしい仲間を増やしたのだった。




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…エリアル大好きなんじゃ(小声)
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