難産でした。
買いている間 いやーこれ難産っショ!ってずーっと言い続けてました。
スネ夫の母と巻島先輩足したみたいですね!
4期決定おめでとうございます!!
村へ続く雪道を、二台の荷車がゆっくりと進んでいた。
荷台に積まれているのは、先ほどまで俺たちの命を狙っていた二頭のドスランポスだ。
アイルーたちは巨体の脚や首へ縄を回し、傾斜に差しかかるたびに掛け声を合わせている。
「右側、もう少し締めるニャ!」
「皮を擦ったら加工屋のおばちゃんに怒られるニャ!」
倒した直後には、ただ大きくて物騒な死体にしか見えなかった。
しかし、村へ持ち帰れば話は変わる。
皮は防具に。
爪や牙は武器に。
肉や骨にも、それぞれ使い道がある。
命がけで倒した相手を、最後まで無駄にしない。
この辺りは、俺よりアイルーたちの方がよほどハンターらしいな、とも思ったりする。
……そんなことを考えられるように余裕が出てきたのは、村の柵が見えてきたからだろう。
遠出した帰り道の精神安定剤みたいなもんか。
「もうすぐだな…疲れたし、いってぇ……」
俺は左腕を伸ばそうと軽く振り、すぐに後悔した。
盾を持っていた側の腕が、鈍い痛みを返してくる。
ドスランポスの爪を受けた。
柵へ向かう小型ランポスも、何度となく弾いた。
…そして最後には、ダクネスを空へ送り出すための土台にもなった。
鎧。
大剣。
踏み込みの勢い。
そして、村を守ろうという本人の責任感。
それら全部が、あの一瞬だけ俺の盾に乗ったのである。
むしろ、痛いだけで済んだ俺の腕を褒めてやりたい。
「カズマ、その……やはり痛むのか?」
隣を歩いていたダクネスが、気遣わしげにこちらを覗き込む。
「ああ。今になって、じわじわ来てるぞ」
「…すまない。あの時は、あれが最善だと思ったんだ」
「いや、そこは分かってるよ。あれがなかったら、もう一度押し込まれてたかもしれないし」
俺がそう答えると、ダクネスの張り詰めていた顔が少しだけ緩んだ。
実際、最後の一撃は見事だった。
右側へ集中した小型を相手にしながら、地上から大剣を振るうだけの隙を作るのは難しかったはずだ。
そこでダクネスは、俺の盾を足場にして死角から飛び込んだ。
多少突拍子もないやり方ではあったものの、あの場では確かに正解だった。
「それにしても、よくあんな手を思いついたな」
「めぐみんの竜撃砲を見ていて、一撃を確実に当てる必要があると思ったんだ」
「その結論から、仲間を踏み台にするまでが速くない?」
「カズマなら支えられると信じていた」
「信頼の形がずいぶん物理的だな、おい」
ただ、悪い気はしない。
俺の膝と腕へ事前相談がなかったことを除けば。
「次からは、こういったことをやる前に声をかけてくれよ?」
「分かった。次はしっかり合図をしよう!」
「あ、次もやる気なのね…」
「有効な連携ではあっただろう?」
「……まあ、それはそう」
否定できないのが悔しい。
ダクネスは真面目な顔で頷いた。
「盾の強度も上げた方がよさそうだな」
「完全に今後の選択肢へ入れたな、今」
「駄目なのか?」
「駄目じゃないけど、せめて俺の身体が慣れるまで待ってね?」
「分かった。善処しよう」
善処で済ませていい話なのだろうか。
「でも、あれは本当に見応えがあったわよね!」
反対側から、アクアが勢いよく顔を出した。
鉄刀【神楽】を肩に担ぎ、なぜか自分もあの一撃へ参加したような誇らしげな顔をしている。
「カズマがぐっと構えて、ダクネスがばっ!と跳んで、最後にずばーんって!」
「説明の大半が擬音じゃねえか…」
「伝わるからいいのよ! あれなら英雄物語の挿絵にだってできるわ!」
「踏み台になってる俺は英雄枠に入る?」
「土台として大きく描いてもらえばいいじゃない??」
「扱いが建造物じゃん」
アクアは気にした様子もなく、自分の太刀へ視線を落とす。
「それに、私の戦いもかなり良かったと思うの。右から来たランポスをこう、華麗に斬って、また左から来たのを素早く迎え撃って……」
「途中で何回か『もう無理』って聞こえたけど?」
それでも。
「でもまあ、助かったよ」
「え?」
「アクアが小型を止めてくれなかったら、危なかった」
アクアが一瞬だけ目を丸くする。
次の瞬間には、胸を張っていた。
「そうでしょう!」
「立ち直りが速いな」
「じゃあ、後で村長にも同じように説明してね」
「泣き言の部分は残していいの?」
「そこは消しなさいよ!」
都合のいい女神である。
そんな俺たちの数歩後ろでは、めぐみんがガンランスに身体を預けるようにして歩いていた。
腕はまだ小刻みに震えている。
足取りも、向かう時よりもずっと重い。
とんがり帽子の先まで、疲れ切って垂れているように見えた。
初めて担いだガンランス。
初めて間近で見た大型モンスター。
次々と押し寄せる小型の群れ。
村を背負った防衛戦。
そして初めて放った竜撃砲。
一日に経験する量としては、少し盛りすぎだ。
それでも、めぐみんはガンランスを置こうとはしなかった。
「おいおい、大丈夫か?」
「も、もちろんです……」
めぐみんが顔を上げる。
「これしきの消耗、紅魔族にとっては軽い準備運動のようなもの……」
「準備運動で膝が笑ってるぞー」
「笑っているのではありません。勝利を喜んでいるのです」
めぐみんは反論しようと口を開いた。
その直後、ガンランスの穂先が横へ傾く。
「わっ」
慌てて抱え直したものの、その拍子に二、三歩よろめいた。
俺とダクネスが同時に手を伸ばす。
めぐみんはどうにか自力で踏みとどまり、何事もなかったように背筋を伸ばした。
「……今のは足場の確認です」
「雪道なのは村を出た時から知ってるだろ」
「念入りな確認ですね」
苦しい言い訳を続けている辺り、多少は余裕が戻ってきたらしい。
ドスランポス二頭。
今の俺たちなら、倒せない相手ではなかった。
動きはある程度読めた。
爪や尻尾の届く範囲も、前より見えるようになった。
小型を散らす手段も増えている。
武器も新しくなった。
だが、倒せることと、村を守り切れることは同じではない。
敵を追えば、背後が空く。
守りへ寄れば、群れが増える。
一頭へ集中すれば、もう一頭が柵へ近づく。
自分たちだけが生き残ればいい狩りではなかった。
どこかで判断を誤れば、村へ被害が出る。
そういう意味では、今までで一番神経を使った戦いだったかもしれない。
そして今回は、初陣の新米もいた。
「……カズマ」
後ろから、その新米が俺を呼んだ。
「どうした」
「私は、その……」
めぐみんは少し視線を迷わせた。
「足を引っ張っていましたか?」
いつもの大仰な名乗りはない。
爆裂だの紅魔族だのという飾りもついていない。
ただ、俺の答えを待っている。
適当に励ませば、今は安心するだろう。
だが、何でも褒めるだけでは、こいつのためにもならない。
「最初から上手くできてた、とは言わないぞ」
「……はい」
「武器に振り回されてたし、体力も足りてなかった。正直、ドスランポスを前にして固まるか、焦って勝手に撃つかもと思ってた」
「随分と信用がありませんね」
「ガンランスを見ただけで目を光らせたやつを、初日から全面的に信用できるか」
「それを言われると反論が難しいですね」
難しいだけで、できないわけではないらしい。
「でも、待てと言ったら待った。小型には普通の砲撃を使えた。撃てと言った時には、竜撃砲をしっかり当てた」
「……」
「初めてなら十分だ。少なくとも、俺は助かった」
めぐみんが瞬きをする。
「俺だけじゃない。あの一撃で左側が片づいたから、ダクネスが二頭目へ集中できた。全部がちゃんと繋がったんだよ」
「その通りだ」
ダクネスも俺の言葉を引き継ぐ。
「あの竜撃砲がなければ、私は右側から動けなかった。めぐみんは、十分に役目を果たしていた」
「爆裂?もすごかったわ!」
アクアが力強く付け足す。
「それ褒めてる?」
「褒めてるわよ! 少し耳がじんじんしたけど、威力は本物だったもの!」
めぐみんは三人の顔を順番に見た。
それから、胸元へ抱えたガンランスへ目を落とす。
「……そうですか」
声は小さかった。
けれど、口元はわずかに緩んでいる。
「なら次は、もっと上手くやります」
「おう」
「撃った後も、自分の足で立ってみせます」
「まずはそこだな」
「いずれは、私がいるだけで皆さんが安心できるほどの――」
「目標を盛る前に、順番にやろうな」
「カズマは人の決意を細かく刻みすぎです!」
「でかい目標は逃げないんだから、手前から片づけろ」
めぐみんは不服そうに頬を膨らませた。
だが、先ほどより足取りは少しだけ軽くなっていた。
「これからも、よろしくお願いします」
「ああ。乗りかかった船だ。最後まで付き合うよ」
「船?」
アクアが周囲を見回す。
「ここ雪山だけど?」
「そういう意味じゃねえよ…」
そんなやり取りをしながら、俺たちはポッケ村の柵をくぐった。
◇
村へ入ると、いつもの集会所前に村長がいた。
毛皮を羽織り、湯呑みを手にしている。
加工屋のおばちゃんや猫メシ屋のアイルー。
さらに、戦いの間は家へ避難していた村人たちも外へ出てきていた。
誰も、すぐに俺たちへ駆け寄ってはこなかった。
最初に見るのは柵。
次に家畜小屋。
それから農場の方角。
壊れていない。
荒らされていない。
ランポスの姿もない。
それをひとつずつ確かめた後、村人たちはようやく安堵の息を吐いた。
派手な歓声はない。
けれど、誰もが少しずつ肩の力を抜いていく。
その光景を見ただけで、苦労して守った甲斐はあったと思えた。
「よく戻ったね」
村長が俺たちを迎える。
「二頭とも仕留めて、村へ一匹も入れなかった。上出来だよ」
「こっちは寿命が何日か減った気分ですけどね」
「その分、少しは狩人らしい顔になったじゃないか」
「……今の俺、そんな老けてます?」
「そういう意味じゃないよ」
村長は目尻を下げて笑った。
全員で戻ってきた。
村にも被害はない。
防衛は成功した。
言葉にすれば、それだけだ。
今日は、それだけで十分だった。
「それじゃあみんな!」
アクアが一歩前へ出た。
なぜか村人たちへ向かって、ゆっくりと手まで振っている。
「遠慮はいらないわ! 感謝の言葉なら、いくらでも受け止めてあげるわ!」
「お前、何で凱旋した王様みたいになってんの?」
「村を守った女神よ? このくらい堂々としていた方が、みんなも安心するでしょう?」
村長が楽しそうに頷いた。
「アクアも、よく動いてくれたねぇ。右へ左へ、ずいぶん駆け回っていたじゃないか」
「駆け回っていたんじゃなくて、華麗に立ち回っていたのよ!」
「なら、村の前で見事に舞っていたことにしようかねぇ」
「そう! 今の言い方はとてもいいわ!」
「それで満足なのかよ」
「褒め言葉は、余計な部分を削って受け取ればいいのよ」
「お前の記憶、都合のいい編集が入りすぎだろ」
アクアはふふんと鼻を鳴らす。
そんなやり取りをしていると、加工屋のおばちゃんが俺の前へ歩いてきた。
「盾を見せてみな」
「俺の身体より先に盾ですか」
「歩けてるなら後だよ」
「合理的だなぁ」
言われるままに差し出す。
おばちゃんは盾の表面を軽く叩き、縁へ指を滑らせた。
ドスランポスの爪痕。
何度も小型を受け止めた擦り傷。
そして中央には、普段の防御では付かない形のへこみが残っている。
「よく働かせたね」
「俺としては大事に使ったつもりなんですけど」
「盾の方は別の意見みたいだよ」
おばちゃんが、中央の跡を指で叩く。
「これは攻撃を受けた跡じゃないね。上から強く踏み込まれてる」
「そんなことまで分かるんですか?」
「何年、武器を見てきたと思ってるんだい」
俺は隣のダクネスを見る。
ダクネスも盾へ視線を落とした。
「最後の連携で付いた跡です。私がこれを足場にしました」
「鎧と大剣を背負ってかい?」
「はい」
「なるほどねぇ」
おばちゃんは責めるでもなく、感心したように盾を裏返した。
「よく耐えたもんだ。この盾も、持ってたカズマも」
「後半をもっと大きな声でお願いします」
「調子に乗るんじゃないよ」
「はい」
「骨は?」
「たぶん大丈夫です。動かすと痛いくらいで」
「後で薬を塗っときな。盾は工房へ持ってくれば直してやる」
「ありがとうございます。お値段は?」
「骨組みを見てから決める」
「…骨折してないといいですねぇ」
「今度から、上に人が乗っても大丈夫なように補強してやる」
「まさかの使い道が追加されちまった…」
ダクネスが盾を受け取ろうと手を伸ばす。
「修理費は私が出そう。私の判断で負担をかけた」
「いや、そんなのいいよ。普通に戦って付いた傷もあるし」
「しかし――」
「あれで助かったのも事実だろ。全部お前のせいにする方がおかしいって」
ダクネスが少し驚いたように瞬きをする。
それから、静かに頷いた。
「……分かった。では半分ずつにしよう」
「…分かったよ、そうしよう」
「次に使う時は、盾の状態も確認してからにする」
「…俺の状態も確認してね?」
「もちろんだ」
真剣に返された。
冗談ではなく、今後の戦術に正式採用されちまったらしい。
こんなのゲームに…なかったはずでは?
◇
素材の運び込みが続く中、ダクネスのオトモも忙しそうに働いていた。
小柄な身体で縄をほどき、背中に残った大剣運搬用の布を器用に畳んでいる。
戦闘中はじっくり見る暇がなかったが、改めて見るとかなりの働き者だ。
めぐみんが、その姿をじっと見つめていた。
「ダクネス」
「どうした?」
「この子には、名前があるのですか?」
「名前?」
ダクネスは手を止め、オトモへ目を向ける。
「私はいつも、オトモと呼んでいるが」
「ニャ……」
アイルーが、何とも言えない顔をした。
今の反応…ちょっと不満そうだったような?
「ほら! 本人も納得していません!」
「そうなのか?」
「ニャ」
ダクネスが尋ねると、オトモはこくりと頷いた。
どうやら、前々から言いたいことがあったらしい。
「これは由々しき事態です」
めぐみんが突然、真剣な表情になる。
「共に戦場へ立つ者を、いつまでも役割だけで呼ぶなど、あってはなりません」
「…言われてみれば、確かにそうかもしれないな」
「ダクネス。納得するのはいいけど、命名をこいつへ任せるのは危険だぞ」
「なぜです?」
「自分の名前を名乗ってもらってもいいですか?」
「失礼な!?…私は今、この子の魂にふさわしい名を探しているのですよ!」
めぐみんはアイルーの周りをゆっくり一周した。
「ちょこんと座った姿」
「ニャ?」
「わずかにむっとした顔」
「ニャ……」
「そして、大剣を運び、空を舞う戦士を支えた功績」
めぐみんの赤い瞳が、怪しく光る。
「決まりました!」
「待て。せめて候補を出して本人に選ばせろ」
「この子の名は、ちょむすけです!」
「ニャッ!?」
当の本人まで驚いた。
「やっぱり妙なのが来た!」
「妙とは何ですか! 親しみやすさと神秘性を兼ね備えた、非の打ち所のない名前でしょう!」
「神秘性はどこにあるんだよ?」
「……“ちょむ”の辺りです?」
「絶対今考えただろ」
アクアが疑わしげに眉を寄せる。
「そもそも、どうしてちょむすけなの?」
「ちょこんと座り、少しむっとしていたからです」
「見たまんまじゃない」
「名付けとは、その者の本質を見抜くことから始まるのです」
「こいつの本質、座り方と表情だけで決まったの?」
俺はアイルー本人へ顔を向ける。
「嫌なら、今のうちに断っていいんだぞ」
「ちょむ……すけ」
アイルーは確かめるように、何度か口にした。
「ちょむすけ……ニャ」
少し首を傾げる。
そして、思っていた以上に満更でもなさそうに胸を張った。
「気に入っちゃったの!?」
「ニャ!」
「ほら見てください! 私の命名に間違いはありません!」
ダクネスも何度か名前を繰り返す。
「ちょむすけ。確かに短くて呼びやすい」
「ダクネスまで受け入れた!」
「狩場では、とっさに呼べることが大切だ。それに本人が気に入ったのなら、私から反対する理由もない」
「まさか実用面から採用されるとは……」
めぐみんが誇らしげに腰へ手を当てる。
「これでちょむすけも、我らが正式な戦友です!」
「もともとダクネスの戦友だったよ」
「ちょむすけ、こちらへ」
「ニャ」
ちょむすけが、とてとてとめぐみんの足元へ寄ってくる。
「ふふん。名を授けた者との絆ですね」
「呼ばれたから来ただけじゃねえの?」
こうして、ダクネスのオトモは、その日のうちにちょむすけとなった。
予想外の名前ではあったが、本人が気に入ったのなら問題はない。
ただ、これから緊迫した狩りの最中に、ダクネスが大声で「ちょむすけ!」と叫ぶことになるのか。
慣れるまで、少し時間がかかりそうだ。
◇
素材の運び込みと村周りの確認が一段落した頃、俺たちは村長の前で正式な報告をすることになった。
場所は、いつもの集会所前。
焚き火のそばでは湯が沸き、猫メシ屋のアイルーが人数分の茶を用意してくれている。
「ありがとう。いただきます」
湯呑みを受け取り、一口すする。
冷えた身体へ、熱がゆっくり染み込んでいく。
これだけで、ようやく戦いが終わったという実感が湧いてくる。
「熱ぅっ!」
隣では、めぐみんが湯呑みを傾けすぎてこぼしていた。
向かいに座った村長が、俺たちの様子を眺めて笑う。
「それじゃあ、最初から聞かせてもらおうかね」
「結構細かくですか?」
「防衛の仕事は、何頭倒したかだけでは終われないよ。どこが危なかったか、どう切り抜けたか。それを残しておけば、次の備えになるからねぇ」
それはもっともだ。
俺は茶を両手で包みながら、戦いを順に説明した。
俺とめぐみんが左側。
アクアとダクネスが右側。
二頭を引き離し、小型の群れが片側へ寄りすぎないように動いたこと。
左右のドスランポスが鳴き声で仲間を呼び寄せたこと。
めぐみんが砲撃で小型の進路を塞ぎ、竜撃砲で左の一頭を大きく崩したこと。
その後、右側へ群れが集中したこと。
「そこで、ダクネスのオトモが大剣を運んできまして」
「ちょむすけです」
めぐみんが即座に訂正する。
「ちょむすけ?」
「ダクネスのアイルーが改名されました…」
「周知は早い方がいいでしょう!」
「ニャ!」
ちょむすけ本人まで頷いている。
村長は口元を緩めた。
「それで、そのちょむすけが大剣を届けたんだね?」
「村長まで採用が早いな」
「本人が気に入ってるなら、それでいいさ」
「ニャ!」
もう完全に決まったらしい。
「それで、ダクネスが大剣を受け取って、俺に盾を構えろと言いました」
「ふむ」
「俺が盾を構えたら、それを足場にして跳んで」
「……跳んだ?」
村長の湯呑みが、口元へ届く前に止まった。
「はい。そのまま空中で大剣を抜いて、ドスランポスを上から斬りました」
村長の視線が、ゆっくりとダクネスへ移る。
「お前さんがかい?」
「はい」
ダクネスは隠す様子もなく、まっすぐ頷いた。
「あの場では、小型に囲まれたまま地上から踏み込むのは難しいと判断しました。カズマが支えてくれるなら、上から確実に届くと思ったんです」
「なるほどねぇ」
村長はしばらく考えた後、目を細めた。
「まさか、そんな手を使うとは思わなかったよ」
「無茶でしたかね…」
「無茶ではあるさ。でも、時にはそういう判断も必要になる」
村長はそう言って、穏やかに続けた。
「それに、村へ一匹も入れず、仲間も全員連れて戻った。お前さんは、あの場で必要な一手を見つけたんだろう?」
「……はい」
「なら、よくやった。それも立派な成長だろう」
ダクネスがわずかに目を見開く。
「ありがとうございます!」
その声は、少しだけ照れくさそうだった。
「…確かに、あれがなかったら、もう一度押し込まれてたかもしれません」
俺も口を挟む。
「俺の腕が痛む程度で済んだなら、安いもんですよ。…ダクネスが乗っても無事だったし」
「…そういう言い方をしないでくれないか?カズマ」
ダクネスは自分にも非があると分かっているため、強くは言えず、こちらを見るだけに留まった。
村長は、そんなダクネスをどこか懐かしそうに眺めていた。
「なんだか、昔を思い出すねぇ」
「昔?」
俺が聞き返すと、ダクネスがわずかに身構えた。
「村長、その話は……」
「小さい頃のダクネスは、なかなかのお転婆娘でね」
「村長!?」
ダクネスの制止を気にする様子もなく、村長は楽しそうに続ける。
「雪が積もれば、誰より先に外へ飛び出す。高い場所を見つければ、登らずにはいられない。危ないから戻りなと言っても、困っている者がいるかもしれないと言って聞かなかったものさ」
「…それは、ずいぶん昔の話でしょう」
「誰かを守ろうとすると、周りが止めても飛び出していくところは変わらないねぇ」
村長の言葉に、ダクネスが黙り込む。
責めている口調ではない。
むしろ、その表情には懐かしさと誇らしさが混じっていた。
「昔は、ただのお転婆娘だった」
「ただの、は余計では?」
「今はそこに、経験と仲間を守る腕がついたようだね」
「……そうでしょうか」
「ああ。立派になったよ」
ダクネスは返事に困ったように視線を下げる。
耳が少し赤い。
アクアがにやにやしながら顔を覗き込んだ。
「ダクネス、照れてるの?」
「照れてなどいない!」
「顔が赤いわよ?」
「…た、焚き火が近いからだ!」
めぐみんも興味深そうに身を乗り出す。
「幼き頃から、高所へ挑む資質があったのですね」
「妙な解釈をするな!」
「つまり今回の跳躍は、長年積み重ねたお転婆の集大成――」
「めぐみんまで!?」
珍しく慌てるダクネスを見て、村長が声を上げて笑う。
「まあ、何にせよ」
笑いが収まると、村長は俺たちを順に見渡した。
「ダクネスが道を切り開き、カズマがそれを支えた。アクアが小型を止め、めぐみんが一頭を崩した」
そして、俺が静かに言葉を繋げる。
「確かに…誰かひとりだけでは、村は守れなかった。良い狩りだったよ」
一瞬だけ、誰も声を上げなかった。
褒められることに慣れていないのか、ダクネスは少し居心地が悪そうにしている。
めぐみんは疲れを忘れたように背筋を伸ばした。
アクアは当然の評価だと言わんばかりに頷いている。
やっべ、ちょっといいこと言ったかもしれない。
「今の言葉、記録に残ります?」
「調子に乗るんじゃないよ、カズマ」
「ですよねー」
◇
報告が一段落すると、村長は湯呑みを置き、めぐみんへ向き直った。
「めぐみん」
「はい!」
名前を呼ばれためぐみんが、背筋を伸ばす。
腕はまだ震えている。
立派というより、今にも湯呑みを落としそうな新米だ。
「初めての狩りは、どうだった?」
めぐみんはすぐには答えなかった。
赤い瞳が、焚き火へ向く。
揺れる炎の向こうに、先ほどの戦いを思い返しているようだった。
「……正直、怖かったです」
やがて、めぐみんは言った。
「思っていたよりも近くて、速くて。爪が盾に当たった時は、身体が動かなくなるかと思いました」
「そうかい」
「ですが、逃げませんでした」
村長は口を挟まず、続きを待つ。
「カズマが前に立っていました。反対側では、アクアとダクネスが戦っていました」
めぐみんは膝の上で、手を握る。
「私だけが逃げたら、きっと後悔すると思ったのです。だから、怖くても残りました」
いつもの飾った口調ではない。
自分を大きく見せようともしていない。
だからこそ、言葉がまっすぐだった。
村長は静かに頷く。
「勝手に撃たず、カズマの指示を待った。小型には砲撃を使い、盾も構えた。竜撃砲も、狙ったところへ撃てた」
「はい」
「撃った後に立てなくなったのは、これからの課題だねぇ」
「……はい」
「武器の扱いも、体力も、まだ足りない。ひとりで山へ出せる腕ではない」
めぐみんの肩が、わずかに下がる。
「だが」
村長が柔らかく笑った。
「だからこそ、見習いから始めればいい」
「……え?」
「ギルドには、わしから話しておくよ」
めぐみんが瞬きをする。
「しばらくは仲間と行動すること。勝手に村の外へ出ないこと。撃てるからという理由だけで、竜撃砲を撃たないこと」
「最後の条件だけ、私に厳しくありませんか?」
「守れないのかい?」
「守りますよ!!」
即答だった。
村長は満足そうに頷く。
「なら、今日からお前さんもポッケ村の見習いハンターだ…あとでギルドからカードを受け取ってくれ」
「……」
めぐみんの動きが止まった。
先ほどまで震えていた腕まで、ぴたりと静かになる。
「おい?」
「……私が」
帽子のつばが下がり、表情が隠れる。
「私が……ハンターに」
「見習いだけどな」
「今だけは、その補足を控えてください」
声がいつもより弱かったので、俺は素直に黙った。
めぐみんは膝の上で両手を握りしめる。
「……ありがとうございます」
それだけ言うまでに、少し時間がかかった。
アクアが柔らかく笑っている。
ダクネスも、自分のことのように嬉しそうに頷いていた。
俺も今くらいは、何も言わずにいようと思った。
「ふ、ふふ……」
思ったのだが。
めぐみんの肩が、別の意味で震え始めた。
「ふふふふふ……!」
「あ、戻ってきた」
「ついに! 紅魔族随一の爆裂を愛する者にして、ポッケ村に新たな歴史を刻むハンター、めぐみんの伝説が――」
「見習いが抜けてるぞ」
「今は誤差です!」
「一番大きな誤差だろ」
めぐみんは勢いよくガンランスを掲げようとした。
だが、腕が上がるより先に、砲身の重さに負ける。
ガンランスが横へ傾き、足元にいたちょむすけが素早く飛び退いた。
「ニャッ!」
「危ねえ!」
「…い、今のは、ちょむすけの反応速度を確認したのです」
「失敗を訓練に言い換えるな」
「まずは、その武器を一人で扱えるようになるところからだねぇ」
村長に言われ、めぐみんは渋々ガンランスを元の位置へ戻す。
「……精進します」
「そうしな」
◇
見習いとして認められたところで、もうひとつ問題が残っていた。
寝床である。
昨日までのめぐみんは、路銀なし。
装備なし。
ギルドへの登録もなし。
装備は盛大な借金付きで手に入った。
見習いとしての立場もできた。
だが、今夜寝る場所は決まっていない。
「では私は、今夜も星々を眺めながら、己の未来について――」
「野宿じゃないか」
「言葉を選んでいるのです」
「選んでも寒さは変わらねえよ」
「却下」
アクアが間髪入れずに言った。
「その状態で外に寝たら、明日の朝には帽子だけ雪から出てるわよ」
「…見つけてもらいやすくて良いではありませんか」
「発想が遭難者なのよ?!」
ダクネスも大きく頷く。
「見習いになった以上、身体を休めることも仕事だ。今後は屋内で眠れ」
「ですが、これ以上皆さんのお世話になるのは……」
「遠慮するなって」
俺が口を挟むと、めぐみんがこちらを見る。
「カズマ……」
「俺たちも、人手が増えるなら助かるしな」
「珍しくまともなことを言うじゃない」
「珍しくは余計だ」
アクアを睨んでから、めぐみんへ向き直る。
「ただし、竜撃砲で薪に火をつけるのは禁止」
「まだ何も提案していませんがっ!?」
「顔に出てた」
「…では、雪かきへ転用する案を――」
「撃ちたいだけじゃねーか、却下」
「便利だと思うのですが」
「家ごと雪かきされるだろうが」
めぐみんは少し不満そうに口を尖らせた。
けれど、その表情には先ほどまでの遠慮がない。
「……分かりました」
めぐみんは小さく息を吸い、俺たちへ向かって頭を下げる。
「しばらく、お世話になります」
「おう」
「必ず働いて返します。そしていつの日か、皆さんが私を迎え入れたことを誇れるほどのハンターになってみせます」
「まずは、武器を持ったままふらつかずに歩けるところからな」
「また目標を細かく分ける!」
「大きな目標ほど、順番が大事なんだよ」
アクアが吹き出す。
ダクネスも堪えきれないように笑った。
ちょむすけは、いつの間にかめぐみんの隣へ座り、当然のように尻尾を揺らしている。
村の空は、いつの間にか夕暮れへ変わっていた。
雪を載せた屋根が淡い橙色に染まり、家々の煙突から細い煙が昇っている。
素材を運んでいたアイルーたちは仕事を終え、村人たちも柵や家畜の無事を確かめて、それぞれの日常へ戻っていく。
長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。
二頭のドスランポスを倒した。
村を守った。
ダクネスは、土壇場でとんでもない一撃を決めた。
そのオトモには、ちょむすけという名前がついた。
そしてめぐみんは、ポッケ村の見習いハンターになった。
今朝には想像もしていなかったことばかりだ。
それでも、全員で帰ってこられた。
今日のところは、それで十分だろう。
「カズマ!」
感傷に浸りかけたところで、アクアが勢いよく立ち上がった。
「今日はごちそうにしましょう!」
「何でそうなる」
「村を守ったお祝いよ! お肉と、お魚と、甘いものも欲しいわ!」
「金は?」
「パーティの財布から!」
「その財布を管理してるのは俺なんだよ!」
「では、今日一番頑張った人が決めるべきね」
アクアが当然のように自分を指差す。
「それなら、ダクネスじゃないか?」
「えっ」
俺が言うと、ダクネスが驚いた顔をする。
「最後に一頭仕留めたし、右側もずっと支えてた。今日はダクネスが一番でいいだろ」
「カズマ……」
「なら、肉だな」
ダクネスが即答した。
「結局ごちそうになるんかい!」
「戦いの後は、身体を作る食事が必要だろう?」
「ダクネスの意見なら決まりね!」
アクアがすぐさま賛成へ回る。
「私も肉には賛成です。体力をつける必要がありますので」
めぐみんまで続く。
「ニャ!」
ちょむすけも期待するような目で俺を見上げていた。
四対一。
こういう時だけ、こいつらの団結は異常に速い。
静かに終わるはずだった一日は、最後の最後まで騒がしい。
…でもまあ。
俺たちらしい今日の終わりといえば、きっとこんなものなのだろう。
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