僕のヒーローアカデミア〜シスターズ・ニュー・ワールド〜 作:BONDX
爆豪兄妹 4歳の誕生日の朝。
カーテンの隙間から差し込む光は、残酷なほどに暖かかった。
爆豪光利は、腫れ上がった眉をこすりながらべッドから這い出した
「…おはよ。母さん、父さん」
リビングに降りてきた光利の声は、昨日までの鈴を転がすような響きを失い、砂を噛んだように掠れていた。
食卓には、いつもより少し豪華な朝食、それを用意した光己も勝も、どんな顔をして「おめでとう」と言えばいいのか分からず、ただぎこちない笑みを浮かべることしかできない。
「あ…。」
トーストを醤っていた勝己と、目が合った。いつもなら「アニキおっはよー!」と真っ先に 抱きついていたはずの朝。
けれど光利は、弾かれたように視線を逸らすと、一番遠い席へと座り、一言も発さずに怖いた。
「…………チッ……おい、さっさと食え」
勝己の声は、地を這うように低い。
素っ気ない。突き放すような態度。
けれど、その視線は隠しきれない焦燥感で光利の指先を、胸元を、その「命」をなぞるように凝視している。
(……見ないでよ……あたしに、隣に来るなって言ったのはアニキなのに……)
光利は、喉の奥に広がる苦い熱を飲み込んだ。
大好きな兄に、自分の存在そのものを否定されたような悲しみ。
昨日、勝己が流した「恐怖の涙」の意味を、まだ幼い彼女は理解しきれずにいた。
――めでたくなんてない、誕生日。
爆豪家の時計は、この日から、光利を救うための「守護」という名の狂気へと進み始める
早々と朝食を終え、光利が逃げるように向かった近所の公園。
ブランコに揺られる光利の包帯の巻かれた手には、まだ生々しい火傷の跡と、乾いた血の匂いが残っている。
大好きなアニキに怒鳴られ、誕生日なのに世界から切り離されたような孤独。
「……痛いよっ……アニキィ…心も、指先も…」
「あなた…どっか痛いの…?」
「えっ?」
ぽつりと溢れた独り言に、返事をしたのは、隣のブランコに座っていた白い少女だった。
「……私の火も、お父さんに『いらない』って言われたわ。……冷たくて、気持ち悪いって」
轟零火だった。
雪のような髪に、宝石のような瞳。けれどその奥には、光利と同じ「拒絶」への怯えが宿っている。
光利は、包帯の巻かれた手を零火の方へ差し出した。
「あたしの血は、アニキの爆発より熱くて……、出すぎると、死んじゃうんだって。……熱くて、苦しいんだ」
零火は、その痛々しい手をじっと見つめ、躊躇いがちに自分の小さな掌を重ねた。
「……じゃあ、私が冷やしてあげる。……私の白炎(ひ)は、誰の熱も奪っちゃう、悲しい火だから」
二人の手が重なった瞬間、柔らかな白い霧が立ち昇った。
光利の血管を焼くような熱が、零火の冷気によって静かに鎮められていく。
「……あ……痛くない、痛くなくなった!……すごいや零火ちゃん!!なにそれ、その白い炎!魔法みたいだよ〜!あたしのこと、助けてくれた凄い個性だぁ!!」
初めて、個性を「助け」だと言ってもらえた。
零火の瞳から、一滴の涙がこぼれ、光利の手の甲で凍りついた。
「……うん。……光利ちゃんの熱、私が全部、もらってあげる」
――これが、後に「爆血」と「白炎」で世界を塗り替える、最強のコンビの産声だった。
二人は時間も忘れ、話し尽くし、遊び尽くした。
「おい光利!何時まで遊んでんだアホが!!」
そこへ帰りが遅くなって心配になった勝己が、怒鳴りながら駆け寄ってきた。
が、勝己の足がピタリ、と止まった。
隣で肩を上下させて付いてきた出久も、光利の隣に立つ 「白い少女」を見て、息を呑む。
「あ、アニキ!グリリン! 見て見て、この子、あたしの熱いのを冷やしてくれたんだよ!すごいでしょ〜!」
光利が昨晩からの喧嘩のことも忘れ、包帯の巻かれた手を誇らしげに差し出す。
そこには、つい先刻まで勝己を絶望させていた「爆血」のどす黒い熱が、跡形もなく引き、穏やかな露が立ち昇っていた。
勝己の瞳が、鋭く零火を射抜く。
零火の小さな掌から揺らめいているのは、透き通るような純白の火。
勝己は本能的に察知した。それは、自分が持つ「爆破」の熱量を、一瞬でゼロに書き換えてしま う、絶対的な「否定」の炎だと。
「…火、なのに……冷たい……?」
出久が、震える指先でその白い霧に触れようとする。
触れた瞬間に広がる、肌を刺すような極寒。
けれど、それは不思議と「拒絶」ではなく、荒れ狂うエネルギーを鎮める「安らぎ」を孕んでいた
「…ひーちゃんの個性を、完全に抑え込んでる…!でも…これじゃ、燃焼じゃなくて、負(マイナス)の熱量を放射してるみたいだ…!」
出久の脳内が、未知の個性を前にして高速回転を始める。
一方で、勝己は零火を一歩前へ詰め寄った。その殺気すら漂う威圧感に、零火は微かに身を震わせ、 光利の後ろへ隠れる。
「…テメェ。……その白い火、なんだよ!」
「…わ、私にも、分からない。…でも、光利ち ゃんが『痛い』って言ってたから………」
零火の声は、今にも消えそうなほど細い。
それを見た光利が、勝己の胸をドンと叩いた。
「アニキ、怖がらせちゃダメだよ!この子はあたしの『いたい』を治してくれた、魔法
「アニキ、怖がらせちゃダメだよ!この子は、れーちゃんはあたしの『いたい』を治してくれた、魔法 使いさんなんだから!」
魔法使い。
その言葉に、勝己は拳を握りしめたまま、沈黙し た。
自分がどれだけ願っても、どれだけ拒絶しても止められなかった、妹の命を削る「熱」。
それを、目の前の弱々しい少女が、たった一撫で で鎮めてしまった。
「……チッ。…おい、デク。カバンから救急セット出せ。 あのアホ妹の手、冷えすぎてんなら今度は温めなきゃいけねえだろ」
「う、うん…!」
勝己は顔を逸らしたが、その耳は微かに赤くなっていた。
それは、妹を救える「唯一の希望」を見つけてしまったことへの、安堵と悔しさが入り混じった、兄としての敗北宣言だった。
「……なあ。テメェ、その『白い火』 緒でやってんのか」
出久が零火の手を温め終え、一段落ついたタイミングで勝己が、地面に座り込んだまま零火を晩みつける ように問うた。その瞳には、光利と同じ「危ういカ」を持つ少女への、隠しきれない警戒と戸惑いが 混ざっている。
零火は、自分の小さな掌に灯る、音もなく揺らめ く白炎を見つめ、寂しげに首を振った。
「ううん。お父さんもお母さんも、兄姉みな知ってるわ。でも、私の火は『魔法』みたいで、気味が悪いんだっ て」
「気味が悪い?」
出久が、零火の言葉をなぞるように咳く。
零火は怖いたまま、ばつり、ぽつりと、五歳の少 女には重すぎる「轟家の日常」を語り始めた。
「焦凍…私の双子のお兄ちゃんは、お父さんと同じ真っ赤な火が出せるから、ずっと一緒に特訓してる。でも、私は、氷でもない、かと言って炎とも言えない……よく分からない火だから。お父さん、私をどう扱え ばいいか、分からなくて………」
零火の瞳から、一滴の涙がこぼれ、砂の上で小さ な氷の粒へと変わった。
「…ご飯の時も、訓練の時も、私はいつも独り…お母さんも…お父さんを思い出しちゃうみたいで…悲しい顔するの。……冬美お姉ちゃんも、夏雄お兄ちゃんも、私をどう見ていいか、分からないみたいでっ…。」
それは、暴力や怒声よりも残酷な、「無関心」と いう名の断絶だった。
家の中に居場所がなく、誰の視界にも入らない透明な存在。
その告白を聞いた瞬間、勝己の掌からパチリと火花が散った。
「あ?何だそりゃ。テメェの親、節穴かよ。……こんなにハッキリ、光利(こいつ)の熱を 喰ってやがるってのに」
勝己は、妹の指先の熱が完全に引き、穏やかに眠 りそうになっている顔を見た。
自分がどれだけ突き放しても、絶望しても止めら れなかった光利の「痛み」。それを、目の前の弱々しい少女は、たった一撫でで無効化してみせたのだ。
「…扱い方が分かんねえなら、俺たちが教えてやるよ。 おいデク、ノート出せ」
「えっ、あ、うん!轟さん!君の個性はきっと『否定』の力じゃない。ひーちゃんや誰かの暴走を止める、最高の『救済』の個性だよ!!」
出久が震える手でノートを広げる。
零火は驚いたように顔を上げた。今まで「未知」や「不気味」としか言われなかった自分の白炎を、この少年たちは、当たり前のように「必要だ」と肯 定してくれている。
「……れーちゃん。あたし、アニキに『使うな』って言われたけど……。零火ちゃんが冷やしてくれるなら、あたし、もっと頑張れる気がする!」
光利がひそひそと勝己達に聞こえないように話しながら、零火の手をぎゅっと握りしめる。
「……うん。ありがとうっ……私、光利ちゃんのこと……絶対、一人にさせないっっ!」
――家族から透明な存在として扱われていた零火に、初めて「役割」が与えられた瞬間。
それは、轟家の救世主となる前に、彼女が爆豪兄妹の**「最後の希望」**になった瞬間でもあった。
ーーーーーー
それは、五歳の子供たちが交わすには、あまりに 重すぎる「契約」だった。
夕暮れの河川敷。生い茂る夏草に隠れるようにし て、三人の影が身を寄せ合っていた。
小学校の入学式すらまだ先の、小さな背中。
「いくよ。れーちゃん、お願い」
光利が、震える右腕を突き出す。
隣に座る零火 が、張した面持ちでそ の二の腕を両手で包み込んだ。
「うん。…熱いの、全部、私がもらう ね」
零火の掌から、静かに自炎が立ち昇る。
凍てつくような冷気が光利の肌を真っ白に染め、
血管の拍動を強制的に鎮めていく。
熱を奪われ、感覚が麻薄したその瞬間を、光利は 見逃さなかった。
「ッ!はあああああ!!」
指先ではない。二の腕の内側、アニキにバレない
「服に隠れる場所」を選んで、光利は無理やり個性 を爆ぜさせた。
-パンッ!
肉が弾ける、嫌な音。
感覚が鈍くなっている筈なのに、衝撃だけが光利の脳を揺らす。
本来ならのたうち回るほどの激痛。けれど零火の冷却が、その痛みを無理やり「熱」に変換して吸い取っていた。
「……ひ、ひーちゃん! もう三回目だよ!血管がボロボロになっちゃうよ……!」
出久が泣き出しそうな顔でガーゼと止血止めを準備する。
五歳の男の子が持つにはあまりに手慣れた救急セット。
「……だいじょうぶ。……れーちゃんが冷やしてくれるから、アニキにバレないもん。……あたし、もっと……もっとアニキの隣に行けるくらい、強くならないと……」
苦しげに汗を大量に流す光利が、内側から弾けた傷口を自分の薄手の長袖Tシャツで無造作に覆った。
シャツの生地の裏が、じわりと赤く染まっていく。
「……光利ちゃん。……私、これ、お父さんに言ったほうがいいのかな……」
零火の瞳に、迷いが宿る。
光利は、血のついた手で零火の頬を優しく撫でた。
「だめだよ。……れーちゃんだって、お父さんに『いらない』って言われたくないでしょ? ……あたしたち、二人で……二人で『すごい』って言わせてやろうよ」
――小さな共犯。
この「痛みを消す魔法」と「痛みを隠す執念」が、爆豪家と轟家の均衡を、音を立てて崩していく。
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数日後。
自宅のリビングのソファで、勝己は不機嫌そうに図鑑を捲っていた。
そこへ、キッチンから麦茶を持った光利がやってくる。
「……光利、テメエなんで長袖(それ)着てんだよ、暑いだろ。」
光利は、いつもならタンクトップ一枚で「あついー!」と騒いでいるはずの暑がりだ。
なのに、今の彼女は手首まで隠れる薄手の長袖Tシャツを着込み、額にはじっとりと汗を滲ませている。
「えへへ、……ちょっと、日焼けしちゃうかなって! 女の子だし、ね!」
光利は、わざとらしく自分の頬に手を当てて笑う。
だが、その薄い布の下には、零火の白炎で冷やし、感覚が麻痺している隙に何度も叩き込んだ「爆ぜ跡」が隠されている。
刃物で切ったわけじゃない。内側から弾けた傷は、薄い布を押し上げるほどに熱を持ち、ドクンドクンと脈打っていた。
「……日焼けだと? おまえ、そんな外に出てねぇだろ。……汗疹になんぞ。」
勝己が立ち上がり、光利の細い手首を掴もうとする。
光利は弾かれたように腕を後ろへ引き、出久の背中に隠れた。
「やだ! ……アニキ、さわんないで! あたし、これ、お気に入りなんだもん!」
「……あ?」
勝己の目が、猛獣のように細められる。
いつもなら「アニキ、あそぼ!」と真っ先に抱きついてくる妹が、自分を拒絶した。
その瞬間、勝己の鼻が、光利から微かに漂う「血の匂い」と、それを誤魔化そうとした石鹸の匂いを嗅ぎ取った。
「……おまえ、まさか『パチパチ』やってねよな。」
勝己の声から温度が消える。
出久が慌てて「かっちゃん違うよ! ひーちゃん、本当にお洒落したいだけなんだ!」と間に割って入るが、勝己の視線は出久を通り越し、光利の震える肩を射抜いていた。
「……見せろ。……見せねぇなら、無理やり腕捲くるぞ。」
「……っ、……アニキの、バカ!!」
光利は泣き出しそうな顔で、出久を突き飛ばして階段へと駆け上がった。
残された勝己は、自分の掌をぎゅっと握りしめる。
――薄い布一枚すら、剥がしてやることができない。
守りたいのに、近づけば傷つける。
勝己は、自分の掌からパチリと漏れた火花を、憎しみを込めて見つめていた。
光利達と零火の邂逅回でした。
まだ不慣れなので色々と拙い部分ありますがよろしくお願いします。
もう少しプロローグは続きます。