僕のヒーローアカデミア〜シスターズ・ニュー・ワールド〜   作:BONDX

4 / 5
ここから爆豪兄妹と出久の出発、轟家の悲劇の序曲が始まります。


プロローグ4 歪み・再起・不安

------------------------------

 

 それは、夕食前の何気ない日常のひとコマのはずだった。

 洗濯物カゴを抱えた光己が、ふと手を止める。カゴの中にあった、光利のお気に入りのTシャツ。その袖口に、不自然な、赤黒い「染み」が点々とこびりついていた。

 

「……何、これ」

 

 泥じゃない。絵の具でもない。

 何度も洗って誤魔化そうとした跡があるが、繊維の奥にこびりついた「鉄の匂い」までは消せていない。

 光己の脳裏に、あの四歳の誕生日前夜の、肉を裂く爆音が蘇る。

 

「……おい、ババア。何……」

 

 そこへ、偶然通りかかった勝己が足を止めた。

 光己の震える手と、その先にある「赤い染み」を見た瞬間、勝己の瞳から光が消えた。

 彼は無言でそのシャツをひったくると、鼻先へ近づけ――そして、奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。

 

「…………光利ィイイイッ!!!」

 

 家全体を震わせるような、勝己の咆哮。

 自室で出久と「おままごと」のフリをしていた光利が、弾かれたようにリビングへ降りてくる。その後ろには、顔を青くした出久が続いていた。

 

「あ、アニキ……? なあに、そんな怖い声……」

 

「これ、何だよ!!!」

 

 勝己が、血のついたシャツを光利の目の前へ叩きつける。

 光利は息を呑み、反射的に自分の「腕」を背後に隠した。その拒絶の動作が、何よりの答えだった。

 

「……見せろ。その、隠した腕を見せろっつってんだ!!」

 

「……いやっ! だって、アニキ、怒るもん……っ!」

 

 勝己は無理やり光利の手を掴み、袖を乱暴に捲り上げた。

 そこにあったのは、刃物で付けたような綺麗な傷ではない。

 内側から爆弾が弾けたように、皮膚がひび割れ、赤黒い肉が盛り上がり、塞がってはまた裂けた――無数の「爆ぜ跡」。

 

「……あ、……ぁ……」

 

 光己が、口を抑えて泣き崩れた。父・勝も、力なく壁に背を預けて項垂れる。

 

「……テメェ…やっぱり俺に隠れてッ……使うなって、言っただろ。……俺が嫌われりゃ済むと思って、あんなに言ったのに……! テメェは、俺の見てねぇところで、自分を壊し続けてたのかよッ!!」

 

 勝己の瞳には、猛烈な怒りと、それ以上に深い「敗北感」が滲んでいた。

 自分がどれだけ突き放しても、妹は自分の背中を追うために、一人で地獄を歩き続けていた。

 

「……だって、あたし……アニキの隣に、行きたいんだもん……っ! 痛くないよ、これくらい……平気だもんっ!」

 

 光利が叫ぶ「平気」という言葉が、勝己の心をズタズタに切り裂く。

 痛みを殺し、命を削り、それでも笑おうとする妹。

 

「……平気なわけねぇだろ……! 死ぬんだぞ、テメェはッ!!」

 

 

 勝己は、妹の「折れない心」に、初めて本気で絶望した。

 

「……デク、テメェッ!!」

 

 勝己が、出久の胸ぐらを片手で掴み上げ、壁に叩きつける。

 

「知ってただろ!光利が、隠れてこんなことしてたの! テメェ……こいつが死んでもいいと思ってたのかよッ!!」

 

 勝己の拳が、出久の顔の横で壁を打つ。

 出久は反論せず、ただボロボロと涙を流して、勝己の怒りを受け止めていた。止められなかった。妹の「アニキの隣に行きたい」という、血を吐くような願いを、無個性の自分には否定できなかった。

 

「……やめて、アニキ!!」

 

 光利が、勝己と出久の間に割り込んだ。

 小さな、傷だらけの腕で、出久を必死に庇う。

 

「グリリンは、悪くない……っ! あたしが……あたしが、お願いしたんだもん! アニキに内緒で、練習させてって!」

 

「……光利ぃ!テメェ死にたいのかよ!この傷……自分で自分の身体ぶっ壊して何がヒーローだ!!」

 

「あたしだって死にたい訳じゃないよ! ……でも、あたし……アニキと一緒にいたいんだもん! アニキが『一番』になるなら、あたしも、隣にいたいんだもん……っ!」

 

 まだ四歳の少女の、あまりに純粋で、あまりに狂気的な執念。

 勝己は、振り上げた拳を下ろすことができなかった。

 自分がどれだけ突き放しても、嫌われ役を演じても、この妹は「自分の背中」という呪いから逃げてはくれない。

 

(……チッ。……クソが。……おまえ、……どこまで頑固なんだよ)

 

 勝己は、深い、深い溜息を吐いた。

 否定し続ければ、この妹はまた自分の見えないところで、誰の手も届かない場所で、独りでに壊れていってしまう。

 

「……わかったよ。……勝手にしろ」

 

「……え?」

 

 光利が、驚いたように顔を上げる。

 勝己は、出久の胸ぐらを乱暴に放すと、妹の包帯を巻いた手を、壊れ物を扱うようにそっと握りしめた。

 

「……だがな、光利。……次、俺の見てねぇところで一滴でも血を流してみろ。……その時は、俺がテメェを爆破してでも止めてやる」

 

 勝己は、出久を鋭く睨みつけた。

 

「……おい、デク。……明日から、あいつの特訓のメニュー、全部俺に回せ。……このバカが死なねぇやり方を、俺が叩き込んでやる。……俺の目の届く範囲でしか、一発も撃たせねぇからな」

 

 ――負けだ。

 勝己は、妹の「生きたい」という願いに、自分の「死なせたくない」という理屈が負けたことを認めた。

 ならば、自分が世界で一番過酷な、そして一番安全な「壁」になってやる。

 

「……ありが、……ありがとう、アニキ……っ!」

 

 光利が勝己の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。

 勝己はその小さな背中を抱きしめながら、地獄の底を歩くような覚悟で、瞳を閉じた。

------------------------------

 

 翌日

 公園の隅、夕闇が落ちる砂場の前。

 光利と出久を「お仕置き」として先に帰した勝己は、ポケットに手を突っ込んだまま、逃げ場を塞ぐように零火の前に立った。

 

 

「……おい。」

 

 

 低く、地を這うような声。4歳児とは思えない、剥き出しの殺気が零火の肌を刺す。

 零火はビクッと肩を揺らし、白い髪をさらりと揺らして俯いた。

 家で父・炎司(エンデヴァー)から受ける高圧的な熱――それとは質の違う、けれど同じくらい逃げ場のない「個性の強さ」が勝己から溢れていた。

 

 

「……ばく、ごう……くん……」

 

「……テメェ、俺に黙って光利の無茶に手を貸してやがったな」

 勝己が一歩、砂を踏みしめて距離を詰める。

 

 

「光利の血がどうなってるか、テメェみたいなトロい奴が分かってんのか。……あいつの身体が内側から弾け飛んだら、テメェ、どう責任取るつもりだったんだよ!?」

 

「っ……!」

 

 勝己の怒鳴り声に、零火の瞳にみるみる涙が溜まっていく。

 家では「いないもの」として扱われ、強い言葉を浴びせられることに慣れていない彼女にとって、この糾弾はあまりにも重い。 

 けれど、零火は震える唇を噛み締め、涙をこぼしながらも勝己の瞳を真っ直ぐに見返した。

 

「……わ、わかってる。光利ちゃんが、熱くて……苦しそうだったから……! 私の『白炎』じゃないと、……光利ちゃんを、助けられないって……言ったから……!」

 

 家では誰にも必要とされない自分の「気味の悪い火」。それを、光利だけが「零火ちゃんがいい」と求めてくれた。

 その事実だけが、弱気な零火をこの場に繋ぎ止めていた。

 

 

「……チッ!泣きゃあ済むと思ってんのかよ。」

 

 

 勝己は不機嫌そうに鼻を鳴らし、視線を逸らした。

 本当は、妹の「命を懸けた執念」を、兄である自分よりも先に、この「他人の少女」が共有し、支えていたことへの猛烈な嫉妬。

 それをぶつける場所がない勝己は、乱暴に砂を蹴り飛ばした。

 

「……明日もやるんだろ……俺が見てねぇと、テメェら絶対に無茶しやがる……遅れんなよ。」

 

「…へっ?」

 

それだけを一方的に言い残し、勝己は零火に背を向けて早々と帰っていった。

 

残された零火は呆然として、勝己の言葉を脳内でリピートし続けて、理解し始めた。

 

「爆豪くんも…特訓に…付き合ってくれるの?」

 

 

------------------------------

 翌日の放課後。いつもの空き地には、昨日までとは違うピンと張り詰めた「熱」が満ちていた。

 

「ノロノロしてんじゃねぇ! 零火、光利の左拳が赤くなってんだろ! そこにピンポイントで白炎(ひ)を当てろ! 余計なとこまで凍らせたら、あいつの血管がブチ切れるぞ!」

 

「は、はいっ……!」

 

 

 勝己の怒号に近い指示に、零火はびくつきながらも、必死に指先から白炎を絞り出す。

端正な顔立ちを汗で濡らし、白いセミロングの髪を振り乱して、彼女は光利の「爆血」の熱を必死に抑え込んでいた。

 

「 れーちゃん、バッチリ! アニキ、見てて! 今ならもっとデカいのイケる!」

 

 ショートボブの金髪を逆立て、光利が大きな瞳をギラつかせて笑う。

 自分の血を沸騰させ、爆発に変える。その激痛すら「歓迎」するように、彼女は自らの限界を叩き壊そうとしていた。

 

「……ひーちゃん、今だ! 右足の踏み込みに合わせて、血流を……!」

 

 出久がボロボロのノートを握りしめ、叫ぶ。

 勝己が「死ぬ気で冷やせ」と命じ、零火が「死なせない」と凍らせ、出久が「生き残る道」を記す。

 爆音と、白い炎の揺らめき。

 それは4~5歳の子供たちが遊ぶ光景ではなかった。

 

「……テメェら、一秒でも気を抜いたら死ぬと思え。俺が隣に立ってやるのは、テメェらが死ぬのが見たくねぇからじゃねぇ。……最高のヒーローになるためだ。わかってんな!」

 

 勝己の放つ爆風が、空き地の砂を巻き上げる。

 光利は、兄のその言葉に「わかってるよ!」と最高に輝く笑顔で応え、零火もまた、初めて「自分の居場所」を見つけた者の顔で、静かに頷いた。

 

------------------------------

 

 

 特訓が終わった後の空き地には、火薬の匂いと、零火の白炎が残した冷たい霧が白く漂っていた。

「……はい、ひーちゃん、マックスコーヒー。糖分摂らないとまた貧血になっちゃうよ」

 

「あはは! さすがグリリン、わかってるぅ! これがないとあたしの血は滾らないんだよね!」

 

 出久から受け取った缶を、金髪を揺らして一気に煽る光利。

 その隣では、零火が勝己から「ほらよ」と放り投げられた冷たいお茶を、少し驚いたように両手で受け止めていた。

 

 

「……ありがとう、爆豪くん。」

 

 

 零火が小さく微笑む。

 家ではエンデヴァーの重圧に押し潰されそうな彼女も、ここでは年相応の柔らかな表情を見せていた。

 

「……チッ。テメェが光利を冷やし損ねたら、特訓にならねぇからな。しっかり飲んで集中しろ。」

 

 

 勝己は相変わらずぶっきらぼうだが、その視線には、かつて零火を泣かせた時のような刺々しさは消えていた。

 出久がボロボロのノートを広げ、街灯の下で熱心にペンを走らせる。

 

「……すごいよ。ひーちゃんの爆発力と、轟さんの冷却。二人が揃えば、理論上は……今のかっちゃんにも負けないくらいの出力が出せるかもしれない」

 

 

「あ? 誰が負けるかよ、デク! 俺はもっと先を爆走すんだよ!」

 

 勝己の怒鳴り声に、光利が「あはは、アニキったら負けず嫌い!」と笑い転げ、零火がそれを見てクスクスと肩を揺らす。

 

 白銀の髪と金の髪。

 冷気と熱。

 

 

「……ねぇ、あたしたち、最高のヒーローになれるかな?」

 

 

 ふと、光利が大きな瞳を輝かせて、茜色の空を見上げた。

 その問いに、勝己は鼻で笑い、出久は力強く頷き、零火は光利の温かい手をそっと握り返した。

 

「……なれるわ。光利ちゃんが隣にいてくれるなら、私……怖くないもの」

 

 ――この「約束」が、数日後、沸騰する熱湯の音によって、無惨に塗り替えられる。

 轟家の悲劇の朝は、すぐそこまで迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。