「さっさと逃げねぇのか?街の奴らも幻覚解けてるかもよ?」
俺は今、ロズに完全に生殺与奪の権を握られている。
正直言ってどうしょうもない。俺にできることは時間稼ぎのみ。
「ふん。望むなら今すぐ殺してやるわ。」
…終わった。
ロズは俺から奪った義手から魔力を放出。剣の形にし、俺の胸元にゆっくりと近付けてくる。
「………?殺すならさっさと殺してくれよ。」
「…うるさい。」
何故か魔力は俺の胸を貫く事は無かった。
ロズの方はと言うと、呼吸は乱れ冷や汗も出ている。
その目は先程までの性欲に染まっていたそれでは無い。どこか恐怖を感じている様に見える。
「ぐ…何故…何故じゃ!」
「…なあ、もう剣のさきっぽが刺さってて痛いんだが…殺すか殺さないかはっきりしてくれないか?」
ロズは明らかに動揺している。
その理由は一つ。先程の幻覚魔法だ。
奴は幻覚の内容について、適当と言っていた。しかし、流石のロズでも輸送車に送られている際、街の全員が幻覚を見るような魔法を四肢をもがれた状態で幻覚の内容まで決められるとは思えない。
…と今までつらつら語ったが結局のところ予想の範疇を出ない。
つまり賭けだ。俺にはこれしか無い。
「ユーラって、昔のお前の名前なのか?」
「……余り覚えておらん。じゃが、ユーラと呼ばれておった時期もある。」
「昔のお前なんだろ?お前…すごく優しそうじゃなかったか!?どうしてこうなっちまったんだ!?」
別に優しそうとは思わなかったが、近衛兵とも打ち砕けていたし、少なくとも喜んで人を痛めつけるような奴ではなかった。
今は少しでも奴の心をゆさぶれ。
「儂にも分からん。じゃが…怖い。記憶が戻るのが…怖いんじゃぁぁぁ!」
ロズはそう叫ぶと、俺を全力で殴る。
これで魔力の剣が消失したとはいえ、まだまだ油断出来ない。殴ると言っても、魔力の操作もできていないのか義手義足共に機能はしておらず、ひたすら欠損部分が俺の身体に打ち付けられる。
そこそこ痛いが。
「それは逃げているだけだ!今向き合わなければ本当に戻れなくなるぞ!」
「………っ!」
よし!自分でも何言ってるか分からなくなって来たが、効いてる!このままたたみかける!
「お前なら出来る!自分と向き合うんだ!」
「ぐっ、ぐぅぅ!」
俺は真剣な眼差しでロズにそう訴えかける。
するとロズは頭を抱え、地面に座り込む。何やら苦しそうだ。
「儂は…儂は!」
何やらチャンスだ。俺は地面に転がった義手義足をつけ直し、逃げようとする…が。
ロズの魔力が多少残っているのか、動かしにくい。
さらに反対側の手足は木の根により貫かれており、全力で動かすことができない。
俺がもたもたしていると、先程まで苦しんでいたロズの動きが突然止まり、ピクリとも動かなくなる。
………続くのは無言の時間。
風で木々が擦れる音と、小鳥のさえずりがその場を支配する。
「儂は…なんてことを。」
ポツリとロズが呟く。しかし、その声は先程までの苦痛や動揺で歪んだ声ではなくどこか安心する様な声だ。
「………フィルよ。随分と迷惑をかけたようじゃな。」
「お前は…ロズ?いや、ユーラなのか?」
「今はユーラの方が近いかもしれぬ。酷く長い悪夢を見ておったようじゃ。」
「俺を襲う気はもう無いのか?」
「無い。ただ、儂は多くの罪を犯しすぎた。以前の人格では無いにしても、儂は儂じゃ。」
「今までの奴とは違う人格なのか?」
「そうじゃな。今までは記憶消去の魔法と冷酷になる魔法をかけておったが…大規模な蘇生魔法と幻覚魔法に殆どの魔力を注ぎ込み、お主がきっかけを作ってくれたおかげでこうして元に戻れた。」
少し信じがたい話だ。
しかし、以前のロズ…いや、ユーラとは確実に違うと言う事は雰囲気だけでも十分に分かる。
「…何故その様な魔法を自分にかけたんだ?」
「失うのが耐えきれなかっただけじゃ。」
その目は恐怖でも性欲でも無く、虚しさが残っているだけ。
あの時、路地裏で死にかけていたアルティの目を彷彿とさせる。
するとユーラは次元に裂け目を生み出し、その中から一つの鉄剣が地面にカランと落ちる。
「これで…儂を殺してくれぬか?また衝動的に記憶を消しかねん…もう疲れたのじゃ。」
「え?やだ。自分で死ねば?」
「お主…」
ユーラが呆れたように口を開いた瞬間、途轍もない殺気が俺達を襲う。いや、ユーラを襲う。
森の奥から現れるは異様とも言える程の殺気を放つシースとアルティ。どうやら幻覚が解けたようだ。
「ロズ。貴方…2度もフィルを傷付けるなんていい度胸してるじゃないの。殺す。」
「まぁ…なんだ。さっさと死んでくれ。」
「…お主らか。さっさとやれ。」
そう言い終わった瞬間、シースが瞬間移動かと見間違う速度でユーラの喉元まで移動し、小太刀を頸動脈向けて薙ぐ。
時間にしてまさに一呼吸。
気付いた頃にはユーラの首は………?
「……お前、何故死にたがってる?」
「何故じゃと?儂は死にたくないに決まっておる。」
「嘘つけ。小太刀が首に入る瞬間、お前はどこか安堵の表情を浮かべていたんだよ。」
「それがどうした?シース、お主は儂を殺したいんじゃないのか?」
「アタシは自殺志願者を殺す趣味はねぇ。…それに、お前にとって死は救いに見えた。なら殺すわけにはいかねぇな。」
「……そうか。そうじゃな。儂は苦しむべきじゃ。今すぐ監獄に…」
「待て。こいつは監獄では無くシースとアルティのもとに置くべきだ。」
そこに割って入る俺。アルティとシースは即、疑問の目を俺に向ける。
「フィル?こいつは貴方を殺そうとしたのよ?」
「だからこそだ。今回の様に街全員に幻覚を見せるほどの魔法を使える奴だからこそ、二人のもとに置くべきなんだ。」
「…まぁ、監獄に送るにしても国や街が絡むから私やシースが絡めるのはロズが何か行動を起こしてからだからね。正直フィルの言う事も一理あるわ。」
「だけどよ。フィルはいいのか?お前をおもちゃにしようとしたやつだぞ?」
「俺は構わない。」
まあロズでは無くユーラだし、そもそも俺をおもちゃにしようとした時とは別の人格の可能性が高いのだが…今話すとややこしくなりそうだしな。後々話すとしよう。
「儂はもう疲れたのじゃ。殺してくれ。」
「あのねぇロズ。貴方さっきからそれしか言わないけど、死は終わりであって別に貴方の罪が許される訳では無いの。本当に改心したのなら、精々人々に尽くしてから死になさい。」
「…………そう…じゃな。あの時魔法を自らかけた時と、儂は何も変わってなかったのじゃな。」
「勝手に締め括ってくれるのはいいが…何か回復ポーションとかないか?腕と足の血が止まらん。」
安心したのもあるのだろうか。一気に力が抜け、寒くなってきた。
「フィル、ポーションよ。痛むけど時間がないわ。」
アルティが鞄からポーションを取り出し、俺の傷口に注ぐ。
「おう。…………っ!ぐっ!」
痛いが…前回コアスライム戦の際使った時よりは痛くない。
あの時は高圧スライムレーザで弾き飛ばされた上、さんで傷口周辺がドロドロだったからだろうか。
……痛みが治まり、ようやく普通に歩けるようになる。
と言うか何かいい話みたいになっているが、何とかなるのか?
何とかなった。
なんか凄いあっさりと屋敷で共に暮らす許可が降りた。
どうやらこの街の監獄では手のつけようがないほど暴れていたらしく、幻覚魔法の事を市民に公表しない事と引き換えに共に暮らす許可が下りたのだ。
あの二人にも一応別人格かも知れないという事も理解はしてもらえたし、呼び名もユーラに統一される事となった。
……ちなみに何処から幻覚を見ていたかと言うと、馬車の辺りかららしい。
何故なら実際に糸目がヘラクレスオオカブトの串焼きを売っていたから。
「……フィルよ。本当にいいのか?」
「何回も聞くなよ。ロズは許してないが、ユーラには特に何も思っていない。」
「………そうか。」
かく言う俺は現在、バリバリ療養中。
ここ最近ポーションを乱用しすぎたのと、義手義足のメンテナンス。
義手と義足に関してはサイズ調節した物をユーラにも渡す予定らしい。まあそれがなきゃ日常生活もままならないからな。その資金もユーラが少しづつ出すと言っているし。
何か俺だけだな。金払ってないの。
まあいい。俺も療養を終え次第、本格的に依頼をこなしていくつもりだ。
……暇だ!
療養中とはいえユーラと2人、屋敷の庭のベンチでただひたすら青空を眺めるのは飽きてきた。
「なあユーラ。しりとりでもするか?」
「……お主、今日だけでもしりとりするのこれで20を超えるぞ。しかもお主一々次の返答まで一分近くあるからやってても面白うない。」
「……そっかぁ。なあ、しりとりしようぜ。」
「…話を聞いていたのか?お主の方がボケ老人になってないか?」
「…そうだな。しりとりしようぜ。」
解放されるまで最低でも後5日。
ユーラにもっかい幻覚見せてもらおうかな。