蛸の人魚   作:miso_satou

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見切り発車です。続くかわかりません。


第一話

私が恋をしたのは蛸(たこ)でした。

彼女のアコギの音色は、私の聴覚を鋭敏(えいびん)にさせ、1ヘルツの周波数の差異さえ識別を可能にさせました。

私の期待は膨張し、留まることを知らず、彼女に陶酔(とうすい)しました。

淡紅(たんこう)な皮膚の彼女は美行(びこう)の末、神功(しんこう)により人間に美化しました。冷血(れいけつ)動物は、人肌の暖かさを持ち、丹花(たんか)の唇と怜悧(れいり)な頭脳を手に入れました。又、其の花瞼(かけん)は私を魅了させました。

勢いのまま、喜色満面で彼女に伝えました。私と同じ人間になってくれたんだね。嬉しい。どうか、どうか交際してください。其の言葉で、彼女の見目麗しかった瞳は、文字通り混乱しました。ぐるぐると瞳孔が渦巻き、以降戻ることはありませんでした。

私は後悔の念を持つも、醜悪な思考へと退化していきました。此(こ)れで彼女には大きな弱点が出来た。近寄る者は私くらいしか居なかろう。不料簡(ふりょうけん)を起こした私は、舞喜びました。

 

彼女は長考した。

己の眼が変貌したが、其のことではない。

「あー」

彼女の美声が凛冽(りんれつ)たる寒気を震わせた。澄清(ちょうせい)。空に白い息を吐き出す。その呼吸音は、空気が花に当たる時の音のよう。

「声を出せるのか。そうか」

二本の足で砂を弄る。た、こ。2つのひらがなが砂浜に描かれた。

「声が出せる。歌を歌える」

先ほど浜辺に彫刻した字を足で消し去る。細い手指で足に付いた砂粒を払い取った。歌、歌、と歌のことを歌った。

「あぁ、そういえば告白されたのだった。すっかり忘れていた。」

彼女は告白された相手、真理(まり)のことを想起する。いや、いいか。一旦放置しようと思い出さなかった事にした。

「それにしても、歌か」

さく、さく、と地面に人間の足裏模様を作りながら歩く。潮声(ちょうせい)、自分の呼吸音。鳥声(ちょうせい)、自分の足音。長逝(ちょうせい)した自分の過去の姿。

「僕の心は どうなんだろう あなたのことは どうなんだろう」

雑に歌う。其れが楽しい。

「知らないや 僕は生きよう あなたのために」

生きていたら取り敢えず嬉しいのだろう、真理。

「ふっ」

忘れようとして忘れていなかった自分に笑う。

「あれ、私のアコギは?」

潮流(ちょうりゅう)の中、彼女の大切なアコギが揺蕩(たゆた)う姿が見えた。

「ちょっ、やば」

彼女は早急にアコギを取りに行った。

 

数分後、アコギとともに打ちあがった女の姿があった。




コトバンクより
淡紅:薄い赤色。
美行:よい行い。善行。
神功:神の事業。また、神の功徳。
丹花:赤い花。紅色の花。(広辞苑では、美人の唇の赤く美しいたとえ)
怜悧:りこうなこと。
花瞼:花のように美しいまぶた。美人のまぶた。
不料簡:考え方や心構えがよくないこと。
凛冽:寒気のきびしいさま。
澄清:くもりもなく晴れわたっていること。
潮声:海の波の音。
鳥声:鳥の声。
長逝:死ぬこと。

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