ソードアートオンライン・捻くれ者の攻略   作:たけのこの里

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三話 当選

抽選というものに、意味はない確率が結果を決めるそれだけの話だ。けれど人は、その結果に意味を見出したがる。

 

当選したのは運が良かったからだとか、選ばれたのには理由があるとか。九条恒一は、そういう解釈をあまり好まなかった。結果は結果それ以上でも、それ以下でもない。

 

だから、その通知を見たときも――最初は、ただの情報として処理した。

 

 《ソードアート・オンライン βテスター当選のお知らせ》

 

短い文章。簡潔な内容。条件の確認。日程の把握。必要な手順の整理。そこまでやって、ようやく一つの感情が浮かぶ。

 

まあ、面白そうではある。それが、最初の動機だった。

 

期待していたわけではない。熱中するつもりもない。ただ、“どこまでやれるのか”を見てみたい。その程度の興味。軽い好奇心。

 

当日、ナーヴギアを装着し、仰向けになる。視界が暗転する瞬間、ほんの少しだけ心拍数が上がる。未知への移行人間はそれに対して、無意識に反応する。

 

次の瞬間世界が切り替わる。

 

目を開ける。そこにあるのは、現実ではないはずの景色、石畳、建物、空、光の質感。すべてが“それらしく”存在している。作り物だと理解しているのに、違和感がない。

 

「……すごいな」思わず、声が出る。

 

足を動かす。歩く。走る。止まる。どれも自然だ。体が覚えている動きが、そのまま再現される。操作している感覚ではない。“自分が動いている”という感覚。

 

軽くジャンプする。着地の衝撃が、ちゃんとある完全ではないが、十分すぎる再現度。

 

周囲には他のプレイヤーがいる。驚き、笑い、戸惑い、歓声。様々な感情が混ざり合っている。その中心にいるわけではないが、同じ空間を共有しているという実感がある。

 

恒一はその場で立ち止まり、空を見上げる。青い空。雲の流れ。現実と変わらない。いや、現実よりも“整っている”。

 

これ、普通に楽しいな。それだけで、十分に面白い。

 

視線を上げる。街の中。人の流れ。プレイヤーたちがそれぞれの目的で動いている。

 

その感想は、意外なほど素直だった。

 

最初の数時間は、ほとんど観光だった。街を歩き、店を覗き、メニューを開いては閉じる。できることを一つずつ試す。剣を装備し、軽く振る。重さはないが、“振った感覚”はある。

 

フィールドに出る。草原。風の揺れ。遠くに見えるモンスター。ゲームで見慣れた光景のはずなのに、立体としてそこにあるだけで印象が変わる。

 

最初の戦闘。相手は弱い。動きは単純。だが、実際に“間合い”を測り、“タイミング”を合わせて攻撃を当てる感覚は、画面越しとは全く違う。

 

一撃ヒットエフェクト手応え。

 

「……おお」小さく、声が漏れる楽しい単純に。

 

強くなるとか、効率がどうとか、そういうのは一旦脇に置いておける。今はただ、“できることが増えていく感覚”が面白い。

 

何度か戦闘を繰り返す。少しずつ慣れる。回避のタイミング。攻撃の間合い。スキルの発動条件。理解が進むたびに、動きが洗練されていく。

 

その変化が、はっきりと体感できる。ああ、こういうのか。ゲームが面白い理由。

 

成長の実感。試行錯誤。できなかったことが、できるようになる感覚それを“体で感じられる”のが、この世界だ。

 

気づけば、時間が経っている最初は軽く触るつもりだったのに、いつの間にか没頭していた。

 

街に戻るベンチに座るログを確認する。戦闘回数取得アイテムスキルの熟練度数字としても、ちゃんと積み上がっている。

 

「……悪くない」評価はシンプルだ。

 

ふと、周囲を見るパーティを組んでいるプレイヤーたち会話をしながら、次の行動を決めている。楽しそうだ。実際、楽しいのだろう。

 

だが「まあ、一人でもいいか」そう呟く。

 

誰かと一緒にやるのも面白いのかもしれない。効率も上がるだろうできることも増える。でも、一人でやるのも十分に楽しい。

 

自分のペースで動ける好きなタイミングで試せる。失敗しても、自分の問題で済むそれでいい。

 

夜フィールドの端人の少ない場所。静かな空気星が広がる。恒一は寝転がり、空を見上げる。

 

もし、あいつがこれ見たら、どう思うんだろうな。不意に、そんな考えが浮かぶ。

 

結城明日奈。現実では距離ができたままの幼馴染。

 

ゲームなんてやらなさそうなイメージ。でも、この世界なら――少しは興味を持つかもしれない。まあ、関係ないか。すぐに思考を切る。関わる理由はない。今のままで問題ない。

 

それよりも。もう一戦やろう。立ち上がる。剣を構える。視界の先に、次の敵。

 

この世界は、まだ始まったばかりだ。

 

やれることは多い。試せることも多い。だったらとりあえず、全部やってみればいい。そのくらいの軽さで、ちょうどいい

 

最初に“目的”を与えられるのは、悪くない。広すぎる世界は、それだけで人を迷わせる。何をしていいのか分からないという状態は、自由であると同時に不親切だ。だから、この世界はちゃんと“導線”を用意している。街の中心、掲示板の前。人の流れが自然と集まる場所。そこに並ぶいくつかの依頼。その中で、一番簡単そうなものに手を伸ばす。

 

 《薬草の採取:北の草原に自生する回復草を五つ集めよ》

 

内容は単純だ。敵を倒す必要もない。危険も少ない。いわゆるチュートリアル。だが、こういう“単純な依頼”ほど、世界の仕様を理解するにはちょうどいい。

 

「……まあ、これでいいか」

 

受注。ウィンドウが閉じる。目的地がマップに表示される。わかりやすい。親切設計だ。

 

街を出る。門をくぐる瞬間、空気の質が変わる。石の匂いから、土と草の匂いへ。風の音も違う。環境が変わったことを、視覚だけじゃなく感覚で理解させる作り。

 

北へ進む。地図の表示を確認しながら、道を選ぶ。最短距離で向かうのもいいが、あえて少し外れる。地形の把握高低差の確認。見える範囲を広げる。無駄に見えて、後で効いてくる行動。

 

草原は広い。視界が開けている分、距離感が掴みにくい。遠くに見える木が、実際にはかなり離れている。スケール感が現実寄りに調整されている証拠だ。

 

途中、小型のモンスターが現れる。狼に似た外見。動きは素直。こちらに気づくと、一直線に向かってくる。

 

「……まあ、ついでだな」

 

剣を構える。間合いを測る。相手が飛び込んでくるタイミングに合わせて、横にずれる。空振り。その隙に一撃。ヒット。エフェクトと同時に、軽い手応えが返ってくる。

 

二撃目。三撃目。敵のHPが減る。最後の一撃で消滅。光の粒子になって散る。

 

シンプルな戦闘。だが、“自分の動きで倒した”という感覚は、画面越しとは比べ物にならない。位置取り、タイミング、判断。そのすべてが結果に直結する。

 

「……悪くない」自然に、そう思う。

 

再び歩き出す。目的地に近づくにつれて、地面の様子が変わる。草の密度が上がり、特定の植物が目立つようになる。これが目標の“回復草”だろう。

 

しゃがむ。手を伸ばす。触れる。採取コマンドが表示される。選択。わずかな時間の後、アイテムが手に入る。

 

 《回復草×1》

 

シンプルな表示。だが、実際に“自分で取った”という感覚がある。アイテムがただ増えるだけではない。“行動の結果として得た”実感。

 

同じ作業を繰り返す。五つ集める。数は少ないが、その間にいくつかの発見がある。同じ見た目でも採取できない草がある。

 

配置には偏りがある。リスポーンの時間も一定ではない。完全なランダムじゃないな。

 

パターンがある。規則がある。それを見つけるのが、少し楽しい。途中、他のプレイヤーとすれ違う。二人組。会話をしながら、同じように草を探している。効率は悪そうだが、楽しそうではある。

 

恒一は視線を外す。関わる理由はない。だが、否定する気もない。それぞれのやり方がある。それでいい。

 

五つ目を手に入れる。クエスト完了の表示。街に戻るよう促される。

 

そのまま戻ってもいいが、少し寄り道する。せっかく来たのだから、もう少し探索する価値はある。

 

草原の端へ向かう。地形が少し変わる。小さな丘。視界がさらに広がる。遠くに別のエリアが見える。まだ行けない場所。だが、存在しているという事実だけで、興味が引かれる。

 

あそこ、あとで行けるのか。目標が一つ増える。

 

軽く走る。体の動きに違和感はない。むしろ、現実よりも軽い。疲労の概念がない分、純粋に“動くこと”が楽しい。再びモンスターと遭遇。今度は少し数が多い。三体。囲まれる形。

 

「……まあ、試すか」逃げる選択もある。だが、あえて戦う。複数戦闘の感覚を掴むいい機会だ。

 

一体目に接近。攻撃。二体目が横から来る。回避。三体目の動きを視界の端で捉える。位置を調整。囲まれないように動く。

 

完全ではない。何度か被弾する。HPが減る。だが、致命的ではない。回復草を一つ使う。効果を確認。回復量。発動時間。十分実用的。

 

数十秒後、すべての敵を倒す。息は上がらない。疲労もない。ただ、わずかな高揚感だけが残る。「……こういうのも、いいな」

 

単純な採取クエストでも、やり方次第で変化がある。同じ行動でも、選択によって体験が変わる。それが、この世界の面白さだ。

 

街に戻る。門をくぐると、再び空気が変わる。人の気配。音。安心感に近い何か。

 

依頼主のNPCに報告。定型の会話。報酬の受け取り。金銭と経験値。それに加えて、小さなアイテム。

 

 《ポーション×2》

 

「……ちゃんと次に繋がるな」ただの報酬ではない。次の行動を支える要素。設計として自然だ。

 

クエスト完了の表示が消える。だが、やることは終わらない。掲示板にはまだ他の依頼がある。

 

行っていない場所もある。試していない戦い方もある。選択肢はいくらでもある。

 

ベンチに座る。少しだけ休む。ログを確認する。さっきの戦闘。採取。移動距離。すべてが記録されている。振り返る。

 

単純なクエストだった。難易度も低い。特別なことは何もない。それでも。「……普通に楽しいな」結論は変わらない。

 

何か特別なことをしたわけじゃない。ただ、歩いて、集めて、少し戦っただけ。それだけで、十分に面白い。

 

視線を上げる。街の中。人の流れ。プレイヤーたちがそれぞれの目的で動いている。この世界は広い。できることは多いなら。

 

次は、もう少し難しいのをやってみるか。立ち上がる。掲示板へ向かう。新しい依頼に手を伸ばす。やることは、まだいくらでもある。この世界は、まだ始まったばかりだ。

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