「俺の弟が世界で一番かわいいだろ!!!」 作:まあまああまあま
「……忌み子どもめ」
屋敷牢の外から食料が投げ入れられる。余計な言葉と一緒に。
今すぐにでも殺したそうなのに、俺らを生かすための食料を運ぶことのなんと滑稽なことか。
そそくさと出ていくそいつをしり目に今日の飯をかき集める。
「今日はいつもより多いな。
奥の
「ほら、これ日向の分」
クソみたいな環境で、飯の瞬間だけは心を休ませることができる。
村民の悪意に晒されることも、暴力を振るわれることも、薄っぺらい茣蓙で体を痛めながら横になければいけないこともない。
「にいちゃん」
「どうした?」
「……ぼくたち、いつまでこんな生活続けなくちゃなんないのかな」
「…………きっと、そのうち良くなるさ」
うん、なんていうありきたりな返事を聞きながら二人横になって眠る。日向は賢いから、これが慰めだと気づいているだろう。それでも、気休めにしかならなくても言うしかない。きっといつか良くなる日がくる、と。
しばらくすると、隣からすぅすぅという穏やかな寝息が聞こえてきた。日向が眠りについたのを確認してからさっきから
俺には前世がある。この世界を物語として見ていた記憶がある。この世界の知識がある。
呪術廻戦。
呪霊と呼ばれる化け物を呪術師と呼ばれる人たちが退治する、呪い呪われのバトル漫画。その世界に、俺は転生してきた。
初めはただの因習村だと思ってた。だがある日、俺は村内でふよふよ浮かぶ気持ち悪い小人のような生き物を見つけた。村の大人に伝えるが、誰も見ることが出来ない。
もともと髪色がこの村にいた誰とも一致しなかったこともあるだろう。あれよという間に俺は忌み子となり、座敷牢に投獄された。──弟と一緒に。
弟も小人を、蠅頭を目にすることが出来ていたらしく、俺を庇ってくれた。「にいちゃんは嘘ついてない、本当にここにいるんだよ」、と。そのせいで、日向まで座敷牢に入れられた。
この村はクソだ。時代遅れも甚だしいクソみたいなルールに雁字搦めにされている。俺等が生かされているのは、こんなクソ田舎にも電気が届くくらいにはインフラやら法やらが整備されているからだ。あと十年早く産まれてたら、きっと殺されていただろう。
そういう意味では運が良かった。こんな村に生まれた時点でクソほどツイていないが。
目下の目標は生き延びてこの村から脱出すること。一番の理想は誰かに保護されることだが、まあ無理だろう。となると考えるべきは自力での脱出。それにはあと五、六年はかかるだろう。
座敷牢を出るだけなら
ただ、村を抜け出すとなると厳しい。この村は相当山奥にある。俺は町までの道を知らないし、推定未就学児の体力だと山を下るなんて不可能だろう。
だから、あと五、六年。小学校高学年くらいになれば体もある程度は出来上がっているはずだ。食事が残飯以下だからまともに育つかはわからないが、呪力の素敵パワーに期待してみよう。
残飯を喰らう。日向とお喋りする。残飯を喰らう。薄っぺらい茣蓙に横になる。日向が眠ったのを確認してから呪力を練る練習をする。そして眠る。
残飯を喰らう。日向と言葉遊びをして遊ぶ。今日は一食しかないようだ。薄っぺらい茣蓙に横になる。日向が眠ったのを確認してから呪力を纏う練習をする。そして眠る。
残飯を喰らう。日向と手遊びする。残飯を喰らう。珍しく3食あった。薄っぺらい茣蓙に横になる。日向が眠ったのを確認してから呪力を巡らせる練習をする。そして眠る。
残飯を喰らう。日向とお喋りする。残飯を喰らう。薄っぺらい茣蓙に横になる。日向が眠ったのを確認してから呪力を纏──
幽かに、叫び声が聞こえた。いつも飯を持ってくるやつの声だ。少しして、やがてそれは聞こえなくなった。
なんだ? 何が起きているんだ?
座敷牢に入れられてから年単位の時が経っている。その中で、こんなことは起きたことはない。
牢屋を出るべきか、否か。
一瞬の逡巡ののち、俺は
階段を上る。分厚い木の扉の向こうからは、何の物音もしない。軋む扉を、なるべく音の立たないようにゆっくりと開く。
まず異変を訴えかけてきたのは嗅覚だった。鉄の錆びたような匂い。それが、奥の居間から漂ってくる。障子は赤黒く染まっている。障子を開けると、いつも飯を持ってくる男らしきものが
ふと、箪笥の上から視線を感じる。そちらに目を向けると、そこには
「うぉぇっ……」
あまりにも凄惨なその光景に、思わず吐き気が込み上げてくる。飯も禄に食べていないからか胃液が喉を焼くのみで、吐瀉物を撒き散らすことはない。
熊じゃない。熊だったら腸を食われていただろう。
人じゃない。人だったら首を切るのも、腕を逆に曲げるのも道具がなきゃ出来ないし、そんな音もしなかった。
都合よく靴箱にあった子供用の靴を履いて外に出る。靴下なんて履いてないしサイズも合っていないがないよりマシだろう。……あんなやつにも、子供がいたのか。
外に出たものの、どの家からも物音一つしなかった。代わりに、血飛沫が窓にべったりついている家が幾つも見えた。もしかしたら村民は全滅かもしれない。どうでもいいが。
「ひあぁぁあああっ!!!」
少し離れた民家から、甲高い女の声が聞こえ──そして、止んだ。
本能が警鐘を鳴らす。今すぐあの座敷牢に戻り、隅で縮こまっていろと訴えかけてくる。
うるせえ。
確かにそれで助かる確率は上がるかもしれない。だが、もし生存者がいることがこの惨状を生み出した奴にバレたら?
俺には力がある。もしかしたら俺だけは抵抗できるかもしれない。でも、あの狭い座敷牢で抵抗したとて、日向が無事である保証なんてどこにも無い。
俺は兄だ。兄として弟は守らなくてはならない。
いや、違うな。力があるとかないとか、兄とか弟とか関係ない。俺は、大好きな人間である日向を死なせたくない。たった一人の肉親で、俺を慕ってくれていて、いつも俺に元気をくれる、日向を生かしたい。
叫び声がした方に足を向ける。勝手に震える腿を小さな拳で叩き、民家へ歩き始める。音は立てないように。異変を見逃さないように。
切り裂かれたカーテンの隙間から家の中を盗み見る。
巨大な
いや、それを蟷螂と呼んでいいのだろうか。体躯は1メートルを優に超えている。中でも鎌は肥大化しており、人の胴体など容易に断ち切ることが出来そうだ。
何より異質なのは頭部。その頭部には、顔がニつあった。蟷螂の特徴的な逆三角形の頭部が二つ並んでいるのは、あらゆる生物の進化としておかしく、本能的に恐怖を感じる。
(予想通りっちゃ予想通りだが、やっぱ呪霊かよ!!)
舌打ちをしそうになり、慌てて口を閉じる。身体は貧弱、呪力量も多分あの蟷螂野郎よりは少ない。こちらの優位性は俺がまだ見つかっていない事のみ。不用意に音を出してはいけない。
不意打ちで、俺の術式を使って首を落とす。恐らく俺の勝ち目はそれしかない。いや呪霊が首を落として死ぬのか──祓えるのかはわからんが。
(ってかあいつ何級相当だ? 術式は持ってないと思うんだが拳銃程度で倒せる気もしねぇな……2級くらいか?)
散弾銃でギリなのが2級。原作だと大まかな目安としてそのくらいだったはずだ。
俺の術式、散弾銃より強いか……?
俺の術式は対象を溶かす。実験できていないが、射程はそこまで長くない気がする。せいぜい5メートル先を溶かせるくらい。どのくらい溶かす力が強いのかも不明。さっき南京錠は溶かしたが、恐らく呪力でのレジストもできるはず。つまりどれだけ効くかは不明。
そんなことを考えながら屋根の上に登る。ご立派な塀があって何よりだ。そりゃ地下に座敷牢なんて作れるくらいだし塀くらい作れるってか。大層なこった。
登る前に家の中を覗いてみたら蟷螂野郎は最後に殺した女を喰ってた。喰う意味はよくわからない。発見者の恐怖を煽るためかもしれないし、特に意味なんてないのかもしれない。つまり、考えるだけ無駄。
二階の窓ガラスの鍵部分だけ溶かし、鍵を空け、できるだけ音は立てないように窓を空けて侵入する。気分はさながらコソ泥だ。
そのまま蟷螂野郎が女を喰ってた部屋の真上あたりに移動する。
奇襲するにあたって一番の問題は、いかにして奇襲をするかだ。バカ正直に玄関から入って後ろを取るか? 正直無理だと思う。お前は居間で寛いでる人間がいる中堂々と玄関から入りバレずにいるなんて芸当ができるのかって話だ。
じゃあ外で物陰に隠れて待つか、とも考えた。しかし、あいつがバカ正直に玄関から出てくれるとも限らないし、なにより原作では呪霊は壁を透過できていた。等級が低いやつだけだった気もするが規準なんて分かるわけもない。
そこで、上からの奇襲を仕掛けることにした。頭上と言うのは注意を向けにくいイメージがあるし、あいつは食事のために下を向いている。ついでに俺は重力に従って落ちるからスピードも出る。どうやって床をぶち抜くかだが、うってつけの術式が俺にはある。
大きく息を吸う。腹から指先まで呪力を巡らせる。練り上げる。そして、一息で床を溶かす。
俺の身体は重力に従って落ちていく。真下には、突然降ってきた俺に反応できていない蟷螂野郎。
「溶けろっ!!!」
あいつの二つの頭の付け根。そこをよく狙い定めて術式を発動する。
どろり、と頭の一つが溶け落ちる。もう一つも半分しかついていない。
「死ねや!!!」
落下の勢いそのままに、残った頭を引きちぎりにいく。一瞬の抵抗ののち、残った首も引き千ぎられた。
どさり、と蟷螂の身体が崩れ落ちる。
ふう、と一息着いてから蟷螂の死骸を見る。うーむ、虫らしくピクピク動いている。キモいな。
とにかく疲れた。早く帰って日向の隣で眠りたい。どこに逃げ出すかはそれから考えよう。
ふと、違和感。
(まて、なんで死骸が残ってる……?)
──昆虫は、頭部から背中を通る太い神経が脳の代わりをしている。そのため、頭部を失っても活動ができる。
もちろん呪霊にその仕組みがまるまる適用されるわけではない。失われた頭部からは呪力が漏れ出し、やがて消滅するだろう。
しかし、蟷螂への恐怖から生まれたこの呪霊は、その特性を一部持っている。呪力的な繋がりからかまだ視界が繋がっているようで、大きく鎌を振り上げ、そして振り下ろした。
意識外からの攻撃に呪力を集中させることで耐えられたのは、単に運が良かっただけだろう。それでも、その小さな体躯には多大なるダメージが入っていた。
左腕はあらぬ方向にまがっており、額から血がだらだらと滴っている。骨だってイカレているだろう。無事な箇所のほうが少ない。
(ああ、いってえ…………)
作戦が上手くいったことで慢心した。対呪霊の経験が圧倒的に足りなかった。考えれば考えるほど悔やむべきところが湧き出てくる。
(死にたくねえな)
薄れゆく意識の中、そんな思いが湧き出る。
死ぬのは怖くない。それで終わりじゃないと知っているから。怖いのは日向を独り残してしまうことだ。
あのおひさまのように暖かい笑顔を曇らせてしまうことが何よりも恐ろしい。
視界の端であの蟷螂が近付いてくるのが見える。その足取りが遅いのは恐怖心を煽るためか、それとも思ったより疲弊しているからか。どちらにせよこのままだったらトドメを刺されて死ぬだろう。
足りない。
力が、呪力が圧倒的に足りない。怪我をした部分に呪力を回し補強しようとするが、回すたびに抜けていく感覚がある。反転術式だって使える気配もない。
引っ掛かるところはある。前世で死に、今まさに死にかけているのだ。呪力の核心とでも言うべきものは掴みかけている。ただ、シンプルな呪力操作の精度が低い。呪力を練る練習をしているものの所詮独学。正しい努力かすらわからない。
だから、ここで終わり。
──ほんとうに?
「終われねぇよな、こんなところで」
あえて声に出す。自分を奮い立たせる。
「日向を、こんなクソみたいなとこに閉じ込めたままで終われねぇよ」
決意表明。あのおひさまの様な暖かい笑顔を思い出す。自然と力が湧いてくる。
体はボロボロ、呪力も残り少ない。それでも立ち上がる。
「縛りだ。この先一週間、俺は呪力を使わない。だから、その分前借りさせろや!!」
瞬間、呪力が立ち昇る。今後一週間呪力が使えない。それは一週間、無力な少年に成り下がるということ。その不利益は想像以上の効果を及ぼした。
蟷螂呪霊は本能的に後退る。急に増えた呪力に対し、危機感を覚えたのだ。
その本能に従っておけばよかったのかもしれない。しかし、呪霊と化したことで下手に得た知性がそれを妨げる。その呪霊の末路は、果たして──
「グズグズに溶けちまえ」
胸部から腹部にかけて、ドロドロに溶けていった。そして、離れた位置にある頭部や、溶け残った足が消滅した。
それと同時に、溢れていた呪力も消滅する。縛りの代償だ。その影響で身体強化も維持できなくなる。ドバドバ溢れていた脳内アドレナリンで気にならなかった痛みもズキズキとその体を蝕む。
やがて体は崩れ落ち、意識は朦朧とし、そして落ちていった。
「ひな、た…………」
縋るように、その名前を小さく零して。