貌なき侵入者   作:OTZ

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”兄”との再会

「見間違いではないのか。信じられん。一年間、何も情報が入ってきてないのだぞ」

 

 ダニエルはふって湧いたような急報に対し、どうにか気を持たせて、カオルに尋ねた。

 

「予断を持たせないため、お二人にはお伝えしていなかったのですが……、2,3日前より周辺の森や、またゼス東部を中心にビルフェルムさんらしき特徴をもった謎の戦士をみかけた報告が複数件あがっておりました」

「謎の戦士がこのあたりに出没しているとは聞いていたけど……。まさか兄さんだったなんて」

 

 ウルザは未だ心の整理がついていない。確かに、死体はあがっていない為、生きているという希望がまったくなかったかと言えばそれは嘘になる。しかし一年という年月でウルザはようやく自身の中で整理がつけられようとしていた。そんな中でのこの知らせであった。

 

「複数人の古くからアイスフレームないし、ペンタゴン時代から所属している隊員より、彼こそがビルフェルムであるとの証言が得られました。あいにく私がここに入ったのは事件の後ですので、私個人の確証はないのですが……」

「そう、か……」

 

 ダニエルは言葉を失い、車椅子より手を放して額に手をあてていた。傷心のウルザを長く支えてきた彼からしても今回のことは青天の霹靂にほかならなかった。もし本当にビルフェルムが生きているのであれば、ウルザにとってどれほどの救いになるか。

 また推進力をランスに頼り切ってしまっている現状。アイスフレーム自体のリスクヘッジの選択肢としてもビルフェルムを活用するという手もあり、そういう意味でもダニエルにとって吉報ではあった。

 しかし、彼の心中には当然あまりにでも出来過ぎではないか。というのが強く存在した、

 

「ビルフェルムさんは孤児院におります。どうされますか」

「少し……。ほんの少しだけ、考えさせていただけませんか」

 

 ウルザは決心がつかず目線でダニエルに自室へ運ぶよう促し、彼女は自室へ向かっていく。

 

 

――

 

 孤児院ではウルザの兄であるビルフェルムを一目見ようと、大騒ぎになっていた。

 もともと人当たりのよかった彼は孤児院でも人気者であり、早速引っ張りだこになっている。

 

「おにーさん。次はなにして遊ぶー?」

「そうだねぇ。じゃあ缶蹴りでもしようか! まず僕がオニになるよ」

 

 ビルフェルムはそのへんにあった缶を地面に置き、別の少年が思い切り蹴り飛ばし、缶蹴りがはじまった。

 その様子を孤児院のテラスから少しだけ羨ましげにみてる顎の割れた男がいる。

 

「すっかり人気取られちまっただす……」

 

 ランスと共にアイスフレームに来たロッキーはそう言って肩を落としていた。彼も人気者であったが、すっかり主役を奪われ、不興顔である。

 

「ロッキーさん。そんなにしょげないで。はいこれ、キムチせんせーから!」

 

 同じく孤児院に居るカーマは快活にロッキーを励まし、キムチより頼まれた料理をロッキーに手渡す。

 

「おー! これはへんでろぱ。ありがたいだす」

 

 むしゃむしゃとロッキーはキムチの料理にありつく。その様は実に嬉しそうであった。

 

「もう。がっつきすぎよ、ロッキー」

 

 キムチがにこやかに笑いながらテラスへ現れる。

 

「ロッキーさん、ビルフェルムさんが来てちょっとナーバスなの」

 

 カーマはやや憐れんだ視線をロッキーに送った。

 

「ふふ。ロッキーはロッキーで、良さがあるってこと子どもたちにはわかってるんだから、そんな卑屈になることないわよ」

 

 キムチは心からの言葉をロッキーにかける。

 まだ彼がここに来て日が浅いが、彼の持つ人柄と私欲なき奉仕は多くの人から信頼を得ており、キムチもまた例外ではなかった。

 ロッキーは「ありがとうごぜえますだ」などと礼をいいながらまだ食べていた。

 

「それにしても、凄い人気だねー。ビルフェルムさん」

 

 ビルフェルムのまわりには数十人の子どもたちがあつまり、それは孤児院のほぼ全員と言っていい規模であった。

 

「うん……。カーマはいかないの? 缶蹴り嫌いだったっけ?」

「楽しそうだけど……。でもそれよりも、ロッキーさんが気になって」

「そう。優しいのねぇ」

 

 キムチはカーマの頭を撫でながら、安堵と小さな疑念を織り交ぜた視線で、ビルフェルムを観察していた。孤児院長であるため、もとよりビルフェルムとはウルザほどではないにしろ、人となりは理解しているつもりでいた。

 彼の姿や傍から見た言動・行動を見る限り、間違いなく彼はキムチの記憶の中にあるビルフェルムと相違ないはずであった。しかし一年間にわたる失踪や、唐突な登場などといった現実が彼女の思考をそこで途絶させてはくれず、様々な事がぐるぐると旋回していた。

 

「本当にビルフェルム君……なのよね」

 

 そう独り言のように呟くキムチの表情は、どこか暗かった。

 

――

 

 自室に戻ったウルザは一人。車椅子の上で窓の外を眺めている。春を迎えて暖かくなってきたとは言え、鳥やムシたちの動きはまだ寒そうで、どこか緩慢としていた。

 そのような情景を見ながら、ウルザの心中では先程のカオルの報告が何度も頭の中で反芻していた。

 

『兄が、生きている』

 

 その事実は間違いなく喜びであるはずだった。両親を失い、肉親を亡くしたウルザにとって、兄の生存がどれほど力になるか、彼女自身でもよく理解している。しかし、素直に受け入れられない自分もいた。一年という時間は、それだけ兄の死という事実を受容するのに過不足ない時間である。

 今になってそれをひっくり返されるのは、久々に出入りのあった部屋の埃が舞い上がるような息苦しさも覚えた。

 

『もし、本当に兄さんなら……でも、人違いだったら……?』

 

 そんな疑いが芽生えると、際限なく育っていってしまう。しかし、確かめなければ何も始まりはしない。

 ウルザは一度、深呼吸を行って、決断を下す。

 

「ダニエル」

 

 外で待機させていたダニエルが、少し遅れて答える。彼も思考を巡らせていた。

 

「決めたのか」

 

 そう言いながら彼はゆっくりと部屋に入った。

 

「ええ……。会いに、行きます。兄さんに」

「そうか……。分かった」

 

 ダニエルは顔を曇らせながらも、ウルザの言葉を受け止め、車椅子を運ぶための持ち手を取る。

 もはや引き返すことはできなかった。

 

――

 

 子どもたちがひとしきり遊んだ後、キムチはビルフェルムをお茶に誘い、孤児院内のテーブルにつき、お茶を飲みながら会話を交わしていた。

 子どもたちはロッキーをまじえてまた遊びを再開していたが、室内はどこか張り詰めていたり、それでいて久闊を叙して弛緩したような空気がある。

 

「色々とね……。ま、後でゆっくり話すとするわ。まずはウルザに会ってあげて。きっと誰よりも喜んでくれるから」

 

 キムチはビルフェルムとの会話をこうして当たり障りない返答をしていた。話してみてもやはりビルフェルムは彼女の記憶と変わりはなかった。しかし、一年も消息を絶っていた割には、あまりにも()()()()()()()のではないかと、彼女は得も言われぬ違和感を抱いていた。

 

「うん……。そうだね、ウルザには伝えたいことも、聞きたいこともたくさんあることだし」

 

 ビルフェルムとされている男は、人の良い笑顔で頷く。

 その時足音と、車輪が床を軋ませる音が、二人の耳に響く。キムチに対面していた彼は、その方向に顔を向けた。

 

「ウルザ……!」

 

 ダニエルとカオルに付き添われて、車椅子に乗っていたウルザは、眼の前にいる人物に言葉よりも先に色々な感情が出て、何も言葉がでなかった。

 ビルフェルムは何も答えようとしないウルザに近づき、更に続ける。

 

「良かった……! あれから車椅子乗るほどの大怪我になったと、人づてにきいて本当に心配したけど、大丈夫だ。ウルザはウルザだった。兄さんは安心したよ」

 

 ビルフェルムは両手を広げ、ニコニコと笑いながら、ウルザの頬に手を当てた。

 

「に……兄さん」

 

 ウルザはビルフェルムのその姿を上から下まで視る。

 四角く、がっしりした輪郭に、スクエアの眼鏡。人の良さがそのままにじみ出たような優しげな顔立ち。

 服装は最後に会ったときとは違うものの、簡素な胸当てと、革や布のところどころつぎはぎの見える質素なもので、一年間に及ぶ潜伏生活の苦労がそのまま出ているかのようだった。報告にあった謎の戦士と全て特徴は一致していた。

 その外見に加え、なによりも声も、その柔らかな月光のような眼差しも、確かに一年前に何度となく触れたそれと変わらなかった。失われてなどいなかった、兄は、本当に生きていたのだ。その実感がようやくウルザのうつろな心を満たしていく。

 

「本当に……兄さん、なの?」

 

 まだどこか信じられないような、しかし溢れる喜びを抑えきれない声色で、ウルザは尋ねる。

 

「そうだよ。もしかして、忘れてしまったのかい?」

「う、ううん……。そうじゃないけど、だって、こんなに長く連絡もなかったのに」

 

 ウルザは確かめるように、兄の双眸に視線を注ぐ。言葉だけでなく、その眼から、一挙一動から読み取ろうとしていた。

 

「すまなかったね。ほら、僕は身を隠さなきゃいけないだろう? どうしても、こういう形でしか」

 

 兄は膝を屈し、車椅子のウルザに視線を合わせる。

 

「でも、氷溶の者を経由するなり……。限られていても、手段はあるでしょう?」

「どうしても、今この時しか隙がなかったんだ。彼らは信頼できるが、いつどこで足をたどられるかわからないだろ? それに……。一刻も早くウルザに会いたかったんだ」

 

 理屈ではないとばかりに兄はウルザの手を取り、眼を合わせて訴えかける。

 

「ほ……、本当に……、兄さんなのね?」

 

 その言葉の中身よりも、その誠実な声色に、溢れ出る優しい息遣いに、ウルザは絆されかけていた。

 

「ああそうだよ。僕はビルフェルム・プラナアイス。プラナアイス家の長兄。君のお兄ちゃんだよ」

 

 男は、ウルザが幼少の頃に呼んでいた愛称を口にし、満面の笑顔を見せた。

 ウルザにとっては決定的な一言であった。兄と、今は亡き両親や、ダニエルやキムチくらいしかしらないはずの、親密な呼び方。

 

「……っ!」

 

 堪えていた感情が一気に爆発した。疑いは霧消し、純粋な喜びが、嗚咽と成って彼女の口から漏れ出した。

 

「兄さん……! 兄さんっ! よかった……生きてて、本当に良かった……!」

 

 ウルザは彼の手にすがりついて本格的に、童女に戻ったかのように泣き始めた、一年以上心の奥底に押し込めてきた悲しみや孤独、後悔、様々なマイナス感情が、涙と共に溢れ出るようであった。

 

「ああ……。大丈夫だよ。もう、心配はない」

 

 ビルフェルムはウルザの半身を抱き寄せ、その背中をさすった。ウルザの頭と交差した瞬間、ビルフェルムは確かに純粋なものとは違う、悪意のある笑みを浮かべていた。

 

 その光景をキムチはビルフェルムの斜め後ろから、複雑な表情で見つめ、そしてその笑みの意味を取り違えなかった。男から漏れ出る僅かな悪意を、彼女は見逃さなかったのである。

 しかし、かといってそんな主観的な確証だけで、こうして兄との再会に心も身体も委ねているウルザに、それを口にする勇気を、キムチは持ち合わせては居なかった。気のせいだろうと思おうとしても、一度生まれたそれは容易には消えてくれそうになかった。

 

 ダニエルは、涙を流しているウルザと、それを受け止めているビルフェルムを、険しい表情で見つめていた。彼の理性はこれをよしとせず、警鐘を鳴らし続けていたが、ウルザの様子を見てそれを口には、キムチと同じく出来はしなかった。今はただ見守る他ない。

 カオルの方はと言えば、そんな複雑な事情を知らないためか、胸に両手を当てて、素直に感激しているようであった。

 

 孤児院の一室は、このような様々な感情でないまぜになりつつ、時が経過していった。

 

―つづく―

 

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