貌なき侵入者   作:OTZ

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三者の思惑

 アイスフレーム、周辺の森。

 夜の帳がおりたこの時間。森の風景には似つかわしくない一体の大きな黄色い生物が、一体そこに立っていた。

 紳士的な風貌をした彼は、時折スーツについたホコリや、木の葉などを神経質に払いながら、待ち人をしている。

 

「――遅いですよ。オーロラ」

 

 気配に気づき、生物はオーロラに声をかけた。

 

「ごめんなさーいジーク様! ペンタゴンの連中、なかなか離してくれなくて……」

 

 使徒オーロラ。あるときは郵便局員・等々力亮子、あるときはペンタゴン幹部・ポンパドゥール。

 変装を得意とするライカンスロープ出身の使徒で、ジークとはいじめられた所を救われて以来、徹底的な服従と信愛を誓っている。

 

「オーロラ。いつも言ってるでしょう。言葉遣いには気をつけなさいと。連中なんて言葉はよくありませんよ、人たちや方々といいなさい」

 

 魔人ジーク。こちらは変身を得意とするまねした出身の魔人。冷静沈着で、魔物界にはにつかわしくないほどの高度な倫理観や紳士的気質を持つ。

 今はカミーラ隷下の人類侵攻の副司令官を叙任し、事前工作を行っていた。

 

「すみません……。それで、それでなんですけど、ペンタゴンはどうやら祖国の解放計画という大掛かりな計画を立案している最中で、あの邪魔くさいマジノラインの供給源であるマナバッテリーを破壊しようとしているのだそうです!」

 

 オーロラは意気揚々と報告した。

 

「なるほど。マジノラインは魔力で動いている以上、絶たれてしまえば中身のない虚仮同然。我々もとてもやりやすくなりますね。よく教えてくれました。オーロラ」

 

 ジークは満足げな表情を浮かべて応じる。

 

「へへへ……。それで、ジーク様はどうですか? アイスフレームに潜入したとか……」

「こちらも上首尾ですよ。オーロラがペンタゴンで得た情報のおかげで、ビルフェルム・プラナアイスになりすまし、妹であり首魁のウルザ・プラナアイスをはじめ、多くの人々を欺くことに成功しました」

 

 そう。彼こそがビルフェルムの正体であった。

 ジークはオーロラのポンパドゥールとして得た、ペンタゴン時代のビルフェルムの情報を下地に、見事に擬態をしきって堂々と入り込むことに成功したのである。

 

「さっすがジーク様! 鮮やかなお手並みですぅ!」

 

 オーロラは両手を組んでやや大げさなまでに称賛した。しかし、足場がよくなかったのか、バランスを崩して転倒してしまった。

 ジークはふうと息をつき、やれやれとばかりにオーロラの手をとって立ち上がらせた。

 

「相変わらず、落ち着きがありませんね……。ただ、やはり古参の幹部はやや怪しんでいるようです。確か……、キムチとダニエルでしたか? わずかな所作から私の違和感を感じ取っていたと見えます。警戒すべき対象ですね」

 

 ジークは確かにキムチとダニエルの放つ微細な疑惑の目に気づいていた。

 

「危険ですねぇそれは……。いっそ、さくっとやってしまいましょうか? あんなジジイと女一人、私にかかれば……」

 

 オーロラは両手で首を折るようなジェスチャーをしながら、ジークに提案する。

 

「今回の目的は潜入と内訌です。今、手荒な真似をすれば私がやりづらくなるだけですよ」

 

 ジークは咎めるような視線で、軽挙に走ろうとするオーロラをたしなめた。

 

「ごめんなさい。ジーク様……」

「オーロラにはオーロラの仕事があります。まずはしっかりとそれをこなしなさい」

「はい!」

 

 オーロラは元気よく、敬礼をしてジークに答えた。

 

「しかし。分かりませんね……。私のどこに、そんな疑問を持つべき点が……」

 

 ジークはあの二人の眼差しの意味を、はかりかねていた。そしてそのあまり、本当の障害になるであろう男のことを見落としてしまっていた。

 

――

 

「ウルザちゃんの兄貴だと?」

 

 ランスは夕食のデザートであるシィルのつくったうはぁんを食べながら言う。

 

「ええ。それはそれは、感動的な一幕でしたわ。心が動かされるとは、ああいった事を意味するのですわね……」

 

 カオルは両手を合わせ、未だ夢でも見ているかのような心地でそうランスに語る。

 ウルザが兄と再会した夜。グリーン隊の集会所において、ランスはカオルより報告を受けていた。

 

「本当に心温まる出来事だったんですねぇ。私もなんだか胸のあたりがポカポカしてきました」

 

 シィルも感動で目を潤ませ、カオルと同じく感激している。

 ランスとシィルはダニエルのところを後にすると、隊舎の自室で鬱憤を晴らすようにセックスをしたり、シィルをいじめたりして時間を過ごしたため、ビルフェルムの一件についてはここまで知りもしなかった。

 

「本当に、小説や、演劇の一幕を切り取ったような象徴的な出来事でした。現実は小説より奇なりとはいいますが、何が起こるかと言うのは思いもよらないものですわね」

「けっ……。アホらしい。ウルザちゃんが大変な時にほっぽって、今更になってのこのこ帰ってきただけじゃねーか」

 

 ランスはいまだ半分夢の中に居そうなカオルに対し、冷水をかけるが如く、ひどく冷めた声色でそう言い放つ。

 

「ランス様ぁ。そんな風に言わなくても良いと思いま……ひぃん!」

 

 ランスは一発シィルの頭にゲンコツをくらわせた。

 

「うるさい。だいたいなぁ。カオルの話じゃ、そいつは一年以上行方も手がかりも分からなかったんだろ? 今更になってひょっこり出てくるなんておかしいじゃねーか」

 

 ランスは元より自分の女(と思い込んでる)にちょっかい出されて、それに起因する嫉妬や、根本的な独占欲もあり、それが由来ではあったが、ウルザの兄についてかなり懐疑的な思考を持っていた。

 

「私も、そのビルフェルムさんが亡くなったときはまだここに所属しておりませんでしたので、実際の本人がどうであったかは存じ上げません。しかし、周囲の隊員の反応をみる限りでは、信じるに足る証があると思いますわ」

 

 カオルは、側で雑事をこなしていたプリマやセスナたちに視線を投げかける。彼女らはアイスフレームがペンタゴンより分派した直後に所属した隊員であるため、短い間だが、彼の人となりを知っていた。

 

「ああ。私は救護担当だし、裏方取り仕切ってたビルフェルムさんのことはそれなりにしってるけど、孤児院で見た限りだと特に違和感はなかったな。そうだろ、セスナ?」

 

 プリマは肩をぶつけてやっぱり寝ていたセスナを揺り起こす。セスナもプリマに誘われて、メガデスと同じく孤児院へ見に行った。

 

「おぉ! ……」

 

 しかし、プリマの予想に反してセスナの反応は微妙なものであった。

 

「えっ……。何かおかしなところでも?」

 

 セスナの反応を見てカオルは少しだけ動揺した声で尋ねる。

 

「はっきりとは……いえないけど……。あの人……、なんだか、違う」

「えっ?」

 

 プリマも目を見開いた。

 

「そう……。例えるなら……、アベルト隊長。かな。……、あの人と似た、いや……もっとアレな感じ……ぐぅ」

 

 そう言うとセスナはまたぐうぐうと眠ってしまった。

 

「アベルト隊長……ですか」

 

 カオルはそれを聞くと少しだけ慎重な姿勢になった。セスナはもともと好青年な人柄であるアベルトが長をつとめるブルー隊の隊員だったが、強引な勧誘だったにも関わらずなぜかランスのグリーン隊に転属した。

 その理由が「アベルト隊長……、いつもニコニコしていて……怖い」というものであった。カオル自身もここ最近のアベルトの動きには微細な違和感を感じ取っていたため、少し水をかけられたような感覚になった。

 

「ほら。俺様の言った通りだろ。分かるやつにはわかるんだよ、うさんくせえってな。がははは」

 

 ランスはセスナの髪をくしゃくしゃに撫で回しながら、得意になって高笑いをした。彼女は構わずまだぐうぐうと眠っている。

 

「そう、ですか……」

 

 カオルは象徴的なシーンを観ていた分、ビルフェルムのことは疑えずにいる。しかし、無意識下ではあるがそれにヒビが入り始めた。

 

 

――

 

 深夜。アイスフレームの近くにある大きな丘。

 そこに二人の女性と、大きな存在感を放つ巨大な男がいた。

 

「ほう……。ビルフェルムが帰ってきたというのか」

 

 そう興味深げに答えたのは、ゼス国王。ラグナロックアーク・スーパー・ガンジー。彼こそがゼスの国家元首であった。

 

「はっ! それはそれは、感動的な場面でしたわ。ガンジー様がご覧になればきっと涙をながされたと思います。それだけ、あの兄妹の再会は素晴らしいものでした」

 

 グリーン隊舎で植え付けられた疑問を押し殺して、カオルはガンジーに朗々と報告した。

 

「カオル……。そんなに感動することってあったんだ。ちょっと意外」

 

 ウィチタ・スケート。カオルの同僚であるガンジーの従者であった。

 

「私だって、素晴らしいものをみれば人並みに心動かされるのよ?」

「ふーん……。私も見てみたかったなあ。その場面、そうですよね、ガンジー様」

 

 ウィチタはガンジーに眼を向ける。

 

「うむ。そこは素晴らしい場面であることは疑いはない。生き別れた兄妹の再会ほど心が揺さぶられるものはそう、あるものではないからな」

 

 しかし、ガンジーの表情はどこか喜びきれないような別の感情を伺わせた。

 

「ガンジー様も、なにか気にかかることでも?」

 

 カオルはガンジーに尋ねる。ガンジーは太い腕を組んで暫く考え、答えを出した。

 

「実を言えばな……。あの当時起きた事件、私は直接見てはいないが、報告を読んだ限りではどう考えても、ウルザをはじめとする無事に戻れた一団以外が生き残れるとは信じられぬのだ。その施設は別の機会で訪れたが、周囲の地形や建物の構造、幾重にも仕掛けられた魔法警戒装置。そう出てこられるものとも思えない」

 

 ガンジーは冷静にそう告げる。

 

「考えてみれば、収容所ですからね……。それこそ魔人と魔物ならなんとかなっちゃうかもですけど、力があるとは言えただの人間がそう簡単に這い出られるとは、確かに」

 

 ウィチタもそう頷きながら同意した。

 

「し、しかし、事実は小説より奇なりと言うではありませんか」

「カッカッ。そうだな。カオルの言う通り、奇跡というものも、起こらないとは言えない。ウィチタよ」

「はっ」

「その施設に行き、去年の救出事件についてもう一度洗い直してくれ。もし、何かあれば私も直接行き、この眼で調べよう」

 

 ウィチタはさらに深々と頭を下げ、命令を受け入れる。

 

「カオルよ、引き続きそのビルフェルムについて周辺の状況について精査して欲しい。アイスフレームの日常業務と兼ねるのは辛いだろうが、これもゼスの未来のため、堪えてくれ」

「ははっ」

 

 カオルも同じような声色で返す。最も敬愛する主の言うことであれば、もはや疑いの目で接する他ない。カオルはひざまずきながら、手のひらを握り込み、静かに覚悟を固めた。

 

―つづく―

 

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